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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
混淆都市シルクリーク
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這い寄る不安と望める希望 波乱の前の休息を




 サバラ達の拠点、その一室で――今日のファシオン襲撃を終えた俺達は、その疲れを癒すかのように、思い思いの格好で休んでいた。 

 流石に自分たちの拠点ではないし、装備を外して休むわけにはいかないものの、右前方のソファーではリーンとリッツが腰を沈め、楽しそうに話に花を咲かせているし、ドリーも椅子の肘掛部分で、ぐてぇと伸びつつ興味深そうにソレを聞いている。

 

 少し視線を右へと移動させれば、行儀良く……椅子、ではなく地べたに座っているドランが、今日使っていた槌の整備をしているのも見えた。

 

 柄は曲がっているし、端は欠けている……正直『整備する意味あんのか』と思わなくもない。アレで今日買った新品だと言うのだから、驚きだ。

 とはいえ、ドランの戦闘方法では、俺やリーンやリッツのように、相手の攻撃を避けることが出来ないのだから、それも仕方ないことか。

 

 一応毎回ぶっ壊れる訳じゃないのだが、基本的に三回使ったら買いなおす、といった中々のサイクルでドランの武器は鉄屑へとクラスチェンジしている。

 正直代えの武器だって安くは無い。一本買うごとに、我等の財布――全員で出し合っている――にはそれなりのダメージが入っているのだ。


 糞、鉄仮面の奴ら……財布に直接攻撃をかけてくるとはマジで汚い奴らだ。


 思わず拳を握り締めて、俺はどこかに居るであろう大槌を呪った。

 だがしかしだ、ケチって戦闘中に武器がへし折れでもしたら目も当てられないし、やはりドランの安全を考えれば、幾らお金を使ってでも、武器を新しい物にしてやるべきである。


 上等な武器買ってソレを使い続ける……とも考えたことはあるのだが、余程の武器じゃない限り壊れそうだし、使い続けている内に出てくる、見えない磨耗等が怖かったので、諦めた。

 最終的にはそっちのほうが高くつきそうだ、というのもある。

 

 最初にそれを話し合ったときは『ドランの金属箱……どんだけ固いんだよ』と思ったものだが、以前水晶平原でも聞いた通り、アレはドランがせこせことお金を投入して作った、特別製の金属塊なので、ある意味金額的に釣り合った性能だということらしい。


 一応最近では、財布へのダイレクトアタックを減少させるという、素晴らしい策を思いついたので、被害は大分マシにはなっている。

 まあ、零にはなってくれないんだが。


〈くわぁ……zz〉


 む、暢気な奴め……

 

 丸椅子に腰を下した俺の直ぐとなりから、不意に大きな欠伸が聞えてきた。犯人は地面で寝そべっている樹々だ。

 どうやら起きているわけじゃなく、寝ながらの欠伸だったらしく、目は糸の様に閉じられているし、口端からはヨダレが垂れている。


 ナニカ食べている夢でも見ているのだろうか?

 一見すると、戦闘で疲れて寝ているように見えるのだが、どうせ樹々の事だから単純に走り回って満足しているだけなのだろう。

 

 ただ、別に暢気なのは樹々に限ったことではない。

 いつも違った方向に喧しいハイクは、先ほどから俺がプレゼントしたモノと一生懸命格闘中だし、スルスは相変わらずそつなくお茶を運んだり、お茶菓子を運んだりと世話を焼いてくれている。


 『今日はちょっと用があるから、拠点に寄っていってくれよ兄さん』等と言っていた肝心のサバラは、なにやら先ほどから姿を見せないが……なんというか概ね平和だ。そう、パッと見とても平和である。


 にも拘らず、実は俺はどうにもソレを素直に甘受することが出来ていない。

 なんというか、微妙に引っ掛かることが……というか、盛大に引っ掛かることがあったのだ。

 んー、と頭を捻り、今日の局地戦を含めたここ最近の戦闘を思い返して、一人唸りを上げる。


 やっぱり絶対におかしいよな……ん?

 

 少しの間、一人眉根を顰めて考え込んでいると、不意に視界の中にスッと緑の腕が映りこんだ。その手に持っているのは白い陶器のようなカップ、中には温かそうな赤みがかった液体が程良く注がれている。

 紅茶に近い芳しい香りからすると、中身はお茶のようなものらしい。

 鼻腔に漂ってきた香りに促され、ゆるゆると視線を移動させてみると、腕からして察してはいたが、やはり見えたのは不気味な笑顔を湛えたスルスの顔だった。


「はいどうぞ……槍使いのお兄さんも、少し肩の力を抜いては如何ですか?」

「それもそうだ……ありがとうスルス」


 スルスの気遣いに礼を言い、篭手を嵌めたままの手でカップを受け取る。口元を隠していた布を少しずらし、ありがたく飲み物を頂いてみれば、思いのほか苦さの少ない味が口内に広がった。

 なんらかの果物の葉でも入っているのか、すこし爽やかな香りも混じっている。初めて口にした飲み物だが、なんとなく気が落ち着くような安心感があった。


 やっぱスルスは気遣い上手だな……ん、待てよ、ドランしかり、スルスしかり、もしかして爬虫類系の人はみんな常識人なんじゃ……いや、流石にそれは考えすぎか。


 脳内に流れたそんな馬鹿な考えに、思わず(かぶり)を振って苦笑を洩らす。

 もう一度飲み物を口に運んで、軽く肩の力を抜いてリラックスしていると、何か思いついたかのように、スルスがパンと拍手を一度打ってみせた。


「そういえば、飲み物だけでお茶菓子を忘れていましたね。これはいけない」

「おいおいスルス、そんな気使わなくても良いって、お茶菓子はさっき貰ったよ」


 慌てて茶菓子を取りにいこうとしたスルスの裾を掴んで止めると、彼は『ふむ』と顎に手を当て振り返り、尋ねるように俺を眺めた。


「おや、もしかして、不要でしたか?」

「大丈夫、大丈夫、さっき食べたから、このお茶だけで十分だよ」

「おお、そうですか、これは失礼しました。またお代わりが要る時はいつでも言ってください」


 ニパァ、と口元で弧を描き、爬虫類スマイルを存分に振りまいたスルスは、一度頭を下げると、また違う人の世話を焼きに、俺から離れていく。


 なんか、スルスの性格ってとても裏家業をしているようには思えないんだよな。顔の怖さはともかくとして。

 

 でも、性格が良い分には別に困ることはないけど……と、動き回っているスルスから視線を外し、リラックスした思考を巡らせて静かに瞑目した。

 徐々に遮断されていく周囲の話し声。

 考え込むように意識を集中させていった俺は、先ほどの疑問を明確にする為にも、これまでに得られた情報を整理することに努めた――。



 初めて局地戦を行ってから、既にもう一ヶ月。

 幾度と無く交わされた鉄仮面達との交戦は、かなり激しいものではあったが、どうにか俺達は今日までファシオン兵の数を削り続け、生き残ってきた。


 コチラ側の犠牲者が零という訳ではないので、一概には『良かった』とも言えないのだが、俺が大事に思っている仲間が、一人として欠けることなく済んだのは、やはり喜ばざるを得ないことだ。

 

 代えの武器、戦力を若干封印した状態、不利な部分も多々ある中で、俺達に犠牲が出なかったのは、やはりこちらにとって、違う形で有利な条件が重なったお陰だろう。

 

 住民からの協力による逃亡の優位性。幾度か対戦することによる慣れ。相手の武器が同種なことによる戦い易さ、そして俺達は防戦だけで良いという条件。

 いや、やはり一番助かったのは『相手側が示し合わせたかのように、最初と同じ組み合わせで鉄仮面達をぶつけてきてくれたこと』だ。


 正直に言えば、斧槍がドランへ……とか狙ってこられたら、きっとドランは負けていた。ドラン本人も『相手が大槌だったから』と言っていたし、器用系の斧槍はドランにとって相性的にもよろしくもない。

 

 念のために『他の人を見捨てても良いからさっさと逃げろ』とドランに言いきかせており、リーンにも『ドランが嫌だと言っても無理やり逃げてくれ』とは指示してはあった。


 それを行う許可だって、サバラときちんと話し合って得ていたし、もしそうなったとしても、取り返しのつかないことにはならなかったとは思う。

 が、やはり戦況的には、今より厳しいものへとなっていたに違いない。


 ただ……こうやって対策こそ立ててはいるが、俺としては『ドランに斧槍をぶつけてくるなんて展開には、この先もならないのでは?』とも予想していた。

 

 そう思った理由は簡単で『アイツラが自分の狙った獲物を簡単に変えるとは思えないから』だ。

 敵に言うセリフではないかもしれないし、盲目的に信じている訳ではないが、俺は色々な意味で……斧槍の性格を信頼している。


 アイツは絶対に俺を狙う。話しを聞くと、他の面々も多少なりともそういった部分があるらしい。

 そこに加えて『鉄仮面達の己の腕に対する強烈な自信と、負けず嫌いな一面』といった性格から鑑みれば……恐らく今後も、向こうから狙って同じ組み合わせで挑んで来てくれると思われる。


 なんというか、良い意味でも、悪い意味でもあいつらは執拗だということだ。


 一先ず斧槍達に関する情報としては、これ以上目新しいものも無いし、これ位だろうか……

 と、俺はつらつらと考えていたことを一旦区切り、他に整理しておかなければならないものは……と考えた。


 すると、やはり次に思い浮かんできたのは、俺の不安要素でもあった『馬鹿バエ魔法』のことだった。

 戦闘中に意識を失う。感情が刺激されて集中力を欠く。その上使った魔法はコントロール不可……と散々だったあの魔法。

 実はアレに関することも、ここ暫くの間に色々と分かってきており、若干対応策も増えていた。


 今の所、あの魔法に関して判明した……と言っても良いのは、大きく分けて四つ程。


 一、あの衝動が起こるのは斧槍という個人ではなく“鉄仮面”という一括り。

 これは、見かけただけで戦闘はしていないが、大剣やらの姿を見ても苛つきが来たので間違いない。


 二、感情の波が最大限付近までいく要因は“亜人”を貶めるような発言が切っ掛けになっている。

 黒蜂さんの時も黒マキさんの時も同様であり、それが無かった場合は、俺でも抑えられる程度で止まっていたので、確信まではいかないが可能性は高い。


 三、あの魔法は感情が最大近く――意識が持っていかれそうなあの付近――までいかないと、黒マキさんと黒蜂さんが出てくれない。

 一応、余裕のある状況などで数回使って確認してみたが、条件が揃っていない時は何度やっても、あのミニマム羽ウジしか出てこなかったので、そう思っておいたほうが無難だ。

 

 四、黒マキさん、黒蜂さん、等、どの種類の蟲が出てくるかは恐らくランダムである。


 ……これに関しては少し自信が無い。

 というのも、三の条件のせいもあって、この一ヶ月の間で蟲型の魔法が使えたの一回だけしかなく、確認を取れる機会が少なかったのだ。

 その一度の時は『奪った攻撃は斧槍の振り下ろし』と同条件での検証であったのだが、現れたのは、黒マキさんではなく、黒蜂さんだった。


 正直な話、確認を取ろうと思えば斧槍との会話で、亜人関係の話に誘導し強引に使うことも出来たのだが……実はちょっとそれを躊躇ってしまう理由があった。

 ソレは……『おそらく、あの魔法には、蠅とウジを含めると“八種類”の姿形がありそうだから、下手に使用するとヤバイ』といった心配だ。


 所詮想像でしかなくて、実際他の蟲の姿を見たわけでもないが、黒蜂、黒マキ、黒ウジ、黒マメと出てきて、そう連想しないほうがおかしい。

 そして、その考えに至った俺は、自然とあることにも気が付いてしまった。

 ――蛍と百手、あいつらが出てくると絶対に碌なことにならない、と。


 俺の記憶している限り、ホタルの能力は広範囲に光を撒き散らし『幻覚』を起こす。

 ムカデに至っては、広範囲を滅茶苦茶に『乱打』するといった物騒極まりないものだ。

 実際魔法として出現した際に、一体どんな効果を表すかは不明ではあるが……もし似たような奴が出てくると仮定すると、迂闊には呼べない。


 サバラや亜人、一般市民が逃げている途中で幻覚にかかったら?

 コントロールも出来ない広範囲攻撃が炸裂してしまったら?


 もし本当に八種類あるのだとして、単純に今まで運良く出てこなかっただけというのならば、これまでただ下がるばかりだった、俺の神様的な何かに対する好感度は、急上昇してしまうに違いない。

 それほどあの二つの魔法の危険性は大きい。


 一度気が付いてしまえば、俺としては出来るだけあの魔法を使わないよう、試行錯誤をするしかなかった。

 ……いや、実際はそんな自慢するほど大して苦労していない気もするが。

 というのも、斧槍との戦闘中に『ぷぷ、斧槍さんったら、今日も僕を取り逃がしちゃうんですよね、恥かしいっ』等と煽ってやれば、そっから先アイツは俺の文句しか言ってこないからである。

 なんというか、短気というか単純というか、なんにせよ扱い易い奴で助かった。


 ただ、その代わりに、その後烈火のごとく怒り狂った斧槍の相手をする羽目にもなるので、俺としてはあまり喜んで行いたい方法でもない。

 自分の寿命がガリガリと削れて逝くのを音を、望んで聞きたい奴は少ないだろう。

 

 鉄仮面達の性格や、その実力。ハエの魔法のアレヤコレヤ。

 コレまでで色々と分かったことも多く、それと同時に不安要素もまだ山ほどある。

 が、現在の戦況を一言で纏めると『俺達の優勢である』と言っても過言ではないだろう。

 

 このままこれを続けていけば、いずれファシオンの数は減り、広い視点で見ても形勢を傾けることが出来そうなほどには、コチラの被害と相手の被害は吊り合っていない。

 

 しかしだ、俺にしてみれば、逆に状況が良いからこそ違和感が湧き上がる……というか、随分と相手の攻勢がヌルくないか? と疑問に思っていた。

 こっちだってかなり頑張っているし――使用出来る範囲では――微塵も手を抜いた覚えは無い。

 でも、ここ最近……丁度一週間前を境に、相手側から感じる必死さのような、焦りみたいなモノが、随分と薄くなってきている気がしてならなかった。

 

 感じる……と曖昧なものでしかないのだが、やはり相手の反応がオカシイ。

 今日の局地戦だってそうだ。俺達が逃げるのを追いはしてきたが、いつものように執拗にではなく……直ぐに諦めた。

 しいていうならば、まるで余裕を持って見逃してくれているような……そんな印象。


 今日は俺の煽りにもそこまで反応していなかったし、敵に向かって言うセリフじゃないが、なんとも斧槍“らしく”ない。

 

 しかも、これは俺だけの感想ではなく、リーン達も同じように感じているとのこと。

 確信を持てた訳でもなかったので、まだ聞いてはいないが、恐らくサバラも同じことに気がついているだろう。

 

 俺達に対する反応が変わった鉄仮面達――

 どうにも、言葉に表せない嫌な予感がする。例えれば、大波がくる直前の水が引いた海を見ているようなそんな恐怖と言えばいいのだろうか。

 単純に上手く事が運びすぎているから、そう思ってしまうだけなのかもしれないとも思うのだが、こういう感覚を大事にした方が良いと、俺は今までの経験から学んでいた。


 やはり警戒を強める必要はあるだろう。

 ここは街中であって獄ではないが、相手は間違いなく人間ではないナニカなのだから。

 ただ、幾らそれを感じたからといっても、明確にナニが出来るといった訳でもない。

 正直、今の情報量では、もし何があっても動揺しない為に心の準備をしておくこと位しか出来はしない。


 ――はぁ、攻めてはいるけど、どうにも受身にならざるを得ないってのは、余りいい気持ちはしないな。

 どうせ今日サバラが用事あるって言ってたし、その時にでも少し話をしてみるか……

 

 湧き上がる不安に蓋をして、キリがいい所まで考えた俺は、ようやく沈み込んでいた意識を引き上げ、眼を見開いた。


 ――瞬間。


「やあ、おはよう御座いマス、黒い君」

「――うをっぃ!?」


 いつの間にか目前にいたハイクの顔に驚いてしまい、俺は身を仰け反らせて奇声を上げる、といった醜態を晒してしまった。


 くそ、びびらせやがって……

 ドキドキと鳴る心臓を抑え、少し気持ちを落ち着ける。

 目の前には、今も、じぃ、と見つめる黒々とした目が二つ。顔立ちはかなり整っているのに、やたらと白い肌と目の下のクマの所為で、やはり病的な印象が拭えないハイクの顔がある。


 いや、というか気が付かない俺も俺だな……

 最近妙にハイクと一緒にいる機会が多いこともあって、少し気配に慣れてしまっているようだ。

 気恥ずかしさを誤魔化すように後頭部を掻き、口元に手を当てて『ププ』と笑っているリーンに『いい度胸だ表に出ろっ、俺は出ないけど』といった視線を飛ばした後、俺はハイクへと視線を戻して問いかけた。


「で、どうしたんだハイク、何か用か?」

「見てくだサイ黒い君っ、貰ったコレで頑張って作ってみまシタ! 素晴らしいでしょう」


 とりあえず未だ笑っているリーンは放っておき、無駄に良い笑顔を浮かべるパンダが持っているモノを視界に入れる。

 なんというか、映ったのはマス目で区切られた平たい真四角の板と、そこに並べられている黒と白の丸い石だった。

 いや、端的に言えばオセロである。


「お、おう、綺麗に並べたな……つかアレだろ? 顔の模様とかだよな?」


 何が素晴らしいのか全然分からなかったが、なんとなく並びがパンダの模様のようになっているので、どうせソレのことを言っているのだろうと、予測をつけて褒めてみる。

 すると、どうやらソレは正解だったらしく、瞳を爛々と輝かせたハイクは、オセロ板を頭の上に器用に乗せ、両手を上にワーと上げて荒ぶるパンダのポーズを取った。

 

 あ、やっべ、なんか嫌な予感がする……

 だが、そう思った時点では時既に遅く、そのまま振り上げられていたハイクの腕は、躊躇いも無く肩へとガッと下され、俺は予想通り――力いっぱい揺さぶられた。


「うおおおお、ハイク、止めろっっ!?」


 首の据わっていない赤子の如く、力強い振りで俺の頭がガックンガックンと前後に揺れ、耳にはテンションが漲っているハイクの叫びが聞えてきていた。


「ふふふはははッ、さすがデス黒い君っ、やはりこの芸術性を分かってしまわれまシタかっ。 

 そうです、そうなんデス。これは黒い君の言った通り、彼女の素晴らしさをこの白黒で表現しているのデスっ。

 嗚呼、嗚呼、この時の彼女の表情は正しく女神ぃぃっ。そうですね、前に話したと思いますガ、丁度出会ってから四日目の【第五章、僕と彼女のアヤフヤな関係、まるで白黒ダネ】に出てくる――――」


「ちょ、待てっ、分かった、分かったからやめろ!

 ――あ、そうだハイク!? ほーらまた違うのも作ってみたらどうだ、 なっ? 一回作っただけじゃ素晴らしさも表現しきれないだろっ。

 いやー見たいなー、六章辺りに出てくる素晴らしさを是非見てみたいなー」


「――ッツ!? おお、名案……いえ、白黒的に明暗デスっ」


 むふ、と鼻を膨らませたハイクは、耳をパタパタと動かして、意気揚々とオセロ板を持って床に正座、また一人パチパチとやり始めた。

 

 マジで危ない所だった……つか、頑張ってオセロの使い方を教えたのに、明らかに間違って覚えてやがる。

 でも、一先ずハイクの話を遮れただけでも、十分仕事は果たしてくれていると言うべきか……ありがとうオセロ板……そしてありがとうドラン職人。


 ふぅ、と額フードの上から額にかいた汗を拭う真似をして、安堵の吐息を洩らし、不思議そうに俺を見ているドランへ、両手を合わせて『ありがたやー』と祈りを捧げる。


 というのも、実はあのオセロ板……俺がハイク対策にドランへと製作依頼を出したものだったのだ。

 一体、何故そんなモノをドランに頼んだのか? 

 ……これには、実は海よりも深―い理由があった。


 簡単に言えば、ハイクの愛しの彼女エピソード……あれがくっっそ長いからである。

 もう延々と、それこそ放っておけば、夜から次の夜までずっと話し続けかねない程に壮大に長い。

 その上、ストーリーの中身自体は非常に短く、終わると内容がループするので、まともに聞いていると尋常じゃなく気力が削られる。

 壮大なのに短い……なんて自分で言っていても矛盾している話だと思うが、ハイクの話は正しくそれだった。


 俺が聞いたハイクの話しは一章~【第三十六章白く明るい未来と黒い別れの時】まであるのだが、そこまでの内容をめっちゃ簡単に纏めると――

 

 ハイク、子供の頃に彼女と出会い一目惚れするが、あっさりと振られる。

 その後、一年程セカセカと付き纏ったハイクだったが、その同族の彼女に『いい男になるまで修行して出直して来なっ。待っててやるからせいぜい死ぬ気で頑張がいいさッ』との言葉を頂き……その後、別れてしまったそうだ。


 …………以上。


 最初に聞いた時に『超思い出薄くねッ!?』と叫んでしまった俺は、絶対に悪くない。

 つまり……簡単に言えば、ハイクの彼女エピソードの長さというのは、その時の心情だったり、彼女の毛並みがどうとか、言葉がどうとか、性格が白黒してて良いとか、そういった類のものが、事細やかに説明されているせいで、そうなっているのである。


 実際……ハイクが、その全てを話しているのかどうかは定かではないのだが、無駄に長いことだけは間違いないだろう。

 一応、その後の話しも興味があったし、ハイクに聞いてみたのだが、年月的には断然長いのに、そっちは五分くらいで終わってしまった。


 そちらも簡単に纏めると、こうだ。

 ハイク、彼女のハートを射止める為にも色々な意味で強くなろうと決心し、走破者になってレッツ修行の旅へ。


 旅を続ける間にも実力も自然と付いてきて、最近彼女を探し始めたのだが、何故か中々見つからない。

 あのハイクがそんなことで諦める筈もなく、延々と探し続けて数年間――立ち寄った都市、つまりシルクリークで『亜人迫害』などとのたまっている事を知る。

 後はサバラに聞いた通り『彼女を迫害するとは許すマジ』と大暴れして、現在に至る……と。

 

 この間の話しをするときのハイクの表情は、それはもうめっちゃやる気がなく、話しの仕方も、モンスターを倒しましたー、終わりデス。等と、かなり適当なものだった。


 どんだけその彼女好きだよお前。

 つまり、現在ハイクがサバラに付いている理由も、全て彼女の為であり、他の亜人達の事なんてどーでも良いとのことらしい。

 もし彼女がファシオン兵側に付いていたら、躊躇いなくそちらに付くとサバラの前で断言していた程の変態っぷりだ。

 

 俺としては、自分が大事にしている人以外は~という気持ちも若干分からなくもないし、亜人があちら側に付くのはあり得ないので、それを聞いてもハイクの印象が悪くなることはなかったし、彼が敵に回る心配もしてはいない。

 恐らくサバラも、そういった判断を下してハイクを雇用しているのだろう。


 最初から変わった奴だとは思っていたが、もう此処までくると純愛ではなくストーカーの領域だと思う……が、ハイクの話しを聞いていると、その探している彼女も相当変わっているようなので、案外お似合いかもしれない。


 気に入らない奴はぶっ飛ばす。アンタのモノはアタシのもの。白黒ハッキリ付けろやこの野朗ッ、など。男勝りというか、明け透けで、ハイクの知る限り、嘘すらも付かない女傑。


 正直、俺だったらマジ勘弁して欲しい感じの性格ではあるが、ハイク的には普通に聞いていて、ドン引きする欠点でさえも、素晴らしいのだとか。


 ハイク曰く『とても美しい人デスっ』だそうだが、パンダ亜人の女性……そしてその性格……と聞くと、なんか凄くガタイの良い、ムキムキした姿を思い描いてしまう。

 まあ、その彼女がどんな人物だろうが、別にハイク自身が幸せそうなのだから、俺がどうこう言う問題でもないだろう。


 ただし、この話しを延々と聞かされるとなると、それは別問題……正直一回目以降は全く進展ないし、内容分かっているしで拷問といっても過言ではない。

 つまり、俺の素晴らしい頭脳でソレを回避しようと考えた結果が、ハイク=白黒好き=オセロを渡す=いやっふーい。つまりこういうことだった。


 ハイクの様子を見るからに、どうやらそれは上手くいっているようだ。

 暫くの間は『何章のあの時を白黒で再現しておくれよぅ』等と言っておけば、話しを上手くスルーすることが出来るだろう。

 で、その間に今度は囲碁セットでもドランに頼み込んで作って貰えば、また時間は稼げる……その次はチェスとかにしておけば……いや、もういざとなったら将棋のコマも白黒に塗っちまえば良いんじゃないか?


 将棋好きの人が聞けば憤慨しそうなことを考えながらも、俺はオセロ板に夢中になっているハイクの背を眺め『アレならどうだ、ではこれは?』等と次なる一手を模索してゆく。


 と、つらつらそんなことを考えていた時だ。


《槍の旦那っ、かしらがお呼びになってますっ》


 唐突に、締め切っていたドアがコンコンと軽快な音を鳴らし、サバラの部下であろう男の声が室内に響き渡った。


 ……ん? ああ、そういや、そうだった。

 考えを一旦寸断し、俺は椅子から武器を取って立ち上がり、今までどこぞに姿を消していたサバラのお呼び出しに応じる為、すたすたとドアへと向かって歩き出した――

 のだが、


『ぬおお、相棒っ、私を置いて行くとは……えっと、アレですっ、水……は臭く無いので……泥臭いですよっ』


 リーン達の話しを聞いていたドリーがそれに気が付き待ったをかけてくる。

 いや、ドリーさん、自分の好みで正解を避けるのは止めてください。後もうそれ完全に意味が違います。

 

 後頭部を一掻き――コチラに向かって存在を示す為、リーンの頭の上でウインウイン蛇頭を回しているドリーを引き取りに、進行方向を変えて歩み寄る。


 ちょっとサバラの所に行くだけなんだけどな……まあ良いか。


「ほら、おいで」

『むふふ、相棒は意外と寂しがりなので、私が付いていないといけないのですよっ――へあっ』


 みょん、とリーンの頭から、蛇の尻尾付近で勢いをつけて飛んだドリーは、狙いたがわず俺の肩上へとへばり付く。

 ドリーの寂しがりがどうたらというのは、俺としては断固否定するべき部分ではあるが、慣れ親しんだ重みに安心感を抱く自分がいるのも、また事実。

 いつの間にか、この重みを感じない方が異常になっているのだから、人生なにがあるか分からないものじゃある。

 

「じゃあ、皆、ちょっと行ってくるな。あ、俺が帰ったら拠点戻るから荷物の準備だけはしといてくれよ」


 ドアへと足を向けながらも振り返り、俺が部屋にいる仲間達に向かってそう言うと、

「いってらっしゃい、迷子になっちゃ駄目よ?」

「もー、さっさと帰ってきてよね。アタシ拠点帰って早くお風呂入りたい……もう砂塗れで嫌になるわ」

「…………」

 リーン、リッツ、ドランの順番で、それぞれ手を振って返してくれた。


 ったく……案内あるのにどうやって迷子になれってんだ、子供か俺は。

 後、リッツ、お前は排水溝に張ってある網に尻尾の毛をモシャモシャ詰まらせるから、風呂は最後で。

 あ、ドランさんいってきます。拠点に帰った際には是非碁板を作るご相談でも……。


 返答していると時間が無くなりそうだったので、胸中で思うだけに留め、俺はさっさと部屋を退出した。




 ◆




 地下拠点を案内に従い歩いて暫く。

 灰色の岩壁通路を抜け、酒を飲んでいたり、サイコロっぽい石を振って賭け事に興じている亜人達を横目に、三つほどの部屋を経由し、俺は目的の部屋の前まで辿り着いた。


「槍の旦那、ここです」

「あ、どうもです」


 ここまで案内をしてくれた亜人の男が、スッとドアの横へと身体をズラし腰を落とすと『どうぞ』と促すように片手を広げて見せてくる。


 なんか、スルスを筆頭に、案外対応が丁寧なんだよなこの人達。

 ココに来るまでの間も、途中で出会った亜人達は皆きちんと挨拶してくれたりと、最初に比べると、サバラの部下達の印象が俺の中では随分と変わっている。


 やはり見た目荒くれっぽい人でも、知り合って話してみないと案外は分からないものだ。

 ただ、こうやって仲良くなっていくと、それはそれで彼等が死んでしまった時に悲しくなるので、俺としては嬉しいやら悲しいやらと、少し複雑な心境だったり。


 こういった微妙な気持ちは、俺がもっともっと強くなれば、感じなくても済むようになるのだろうか? いや、どうなんだろう……少なくなることはあっても、全て無くなることはない気もする。


『メイちゃんさん、入らないのですか?』


 ――おお、そうだった。

 不思議そうに問いかけてくるドリーの声に反応し、ぼんやりと考えていた思考を打ち切った俺は、案内をしてくれた亜人の男に、軽く頭を下げて礼を言った。


「じゃあ、案内ありがとう御座いました」

「いやいや、大した手間じゃねーですし、これも仕事ですから。あ、そのまま入って貰って構いませんや。話は通ってるんで」

 

 亜人の男は、俺の礼に少しだけ照れくさそうに頭を掻いて『では』と一言残してどこかへと去っていく。

 それを見送り、周囲に人影が居ないのを確認したドリーは、いざっ、と元気良く蛇頭をドアに向けてパクパク口を開いて見せた。


『さあ、相棒入りましょうか』

〈そうだな。でもなんの用なのかね?〉

 恐らく局地戦のことだろうとは思うのだが、少し疑問だった俺は、声を落としながも問いかける。


 と、どうやらドリーの意見は俺とは違うものだったようで『甘い甘い』と言わんばかりに左右に首を振って、自信満々な面持ちで――顔つきは全く変わっていないが雰囲気で――言い切った。


『にゅふふ……きっと美味しい天然水が手に入ったから、こっそり如何ですか? とのお誘いだと思いますっ。

 むむ、どうしましょう相棒っ。私、まだ夕御飯もあるのにそんなに頂けるでしょうかっ、心配ですっ』

〈いらん心配だろ、それは……ってまさかドリー、お前その水欲しさに付いて来た訳じゃないよな?〉


 流石にそれは絵に描いた餅……というか絵に描いた水過ぎるだろ? 幾らドリーでも、そこまで深読みする筈が……と、は思いつつ疑惑の眼差しを向けてみると――


『そんなっ、まさかっ!? 酷いですよ相棒っ、私はそこまで食いしん坊ではありませんっ』


 ドリーは『失礼なっ』といった感じで、必死に反論してきた。

 がしかし、身体は小刻みに震えているし、蛇の口は動揺しているかのように、ゆっくりパクリ、パクリ、と開閉している。


 ……こ、こいつ。

 そんな、明らかに胡散臭いドリーの態度を見て、すぐに言及してやりたい気持ちが湧いたが、普通に尋ねても『ち、違いますよっ』等といって誤魔化されるのがオチである。

 押して駄目なら引いてみろ……とそんな言葉もあることだし、俺は小さく首を振って、いかにも申し訳無さそうな声音で返答することにした。


〈そうか……疑ってすまん。そうだよな……美味しい天然水なんて、ぜっったいに! 出てくる訳がないし、そんなお誘いがある訳ないから、考えすぎだよな。相棒が悪かったよ〉

『そ……ですょ……出てくるわけ……ないですよぉ』

 

 俺の『絶対に』との言葉にピクリと反応したドリーの声は、段々と蚊が鳴くように小さくなっていき、やがて蛇頭をしだれ柳の様に肩から下げて沈黙した。

 どんだけ落ち込んでんだよドリーさん。

 いつもと如く、非常に分かり易い反応に苦笑した俺は、慰めるように蛇のペシペシと叩いて声を掛けてやる。


〈ほらほら、拠点に帰ったら、俺がなんかこー無駄なパワーを込めた気がする水を、ドリーの為にコップに注いでやるから元気出せっ、なっ?〉

『――ッ――ッツ!? ふわわ、い、良いのでしょうか……なんだか気を使って貰ったみたいで悪い気がします……。

 でも、相棒のご好意を受け取らないのも失礼ですし……ここはっ、コップ五、六杯ほどで満足することにしますっ。では、相棒……早く帰りましょうっ』


 流れるような、砂蛇の美しい二度見。

 先ほどの様子とは打って変わって、ドリーは一瞬で上機嫌に戻り、まだドアに入ってさえ居ないというのに、帰路に着こうとのたまい始めた。


 ――駄目だ、微塵も遠慮の気持ちが見当たらない。

 

〈ちょっと我慢しろよドリー、用事が終わって帰ったらだからな〉

『むぎゅ……了解しましたっ』


 首筋を鷲掴んでギュウ、と締めると、大して苦しくも無い癖に、ドリーは口をシャーと開けてリアクションを取ってくる。

 なんか反応良いからちょっと面白いんだよな、これ。

 不意にこのまま遊んでいたい気持ちに駆られたが、いい加減部屋に入らないと拙いだろと自制する。


 そして、一度自分の身なりとドリーの身なりを確認して、

「入るぞ、サバラっ」

 俺は一声掛けてから、サバラの待つ室内へと入っていった。

 

 ガチャリとドアは開け、まず俺の目に映ったのは、部屋の中央のテーブル。

 そしてその近くの椅子に座っているサバラと、対面するように座っている人物の姿だった。

 茶色い長い三つ編み、美人っぽいけど、なんだか真面目そうな表情を湛えた女性。

 装備は軽装の上から外套を纏っているらしく、一見すれば走破者のような見た目ではあるが、俺を見てスッと立ち上がった所作は流麗で、乱暴さが見当たらない。


 誰だろうか……と疑問が湧いてはきたが、それはツカツカと歩み寄ってきた、その女性の言葉で氷解した。


「シズル・レイオードだ。シルクリークの元近衛隊長であり、本隊を率いる指揮官だ……と言えば分かって貰えるだろうか?」


 ――ああ、サバラが嫌いっぽいあの人か。

 と凄く失礼な納得の仕方をしながらも、俺は右手を差し出して、自己紹介を返す。


「どうも、俺は槍使いの兄さんとか呼ばれています。サバラ達とは協力関係にある人物……とだけ言っておきますね」

「ふむ……呼ばれているということはサバラも本名を知らないということか……フードも取る素振りもないし、よくそれで引き入れたな」


 顎に手を当てて、なんだか難しそうな表情で『むむ』と唸るシズルさんとやら。どうも印象通り少し固い人って感じで良いのだろう。

 とはいえ、まだ少し人物像が把握できない。ここは少し突付いて見るか……。


「あ、でもほらコレが本名かもしれないじゃないですかっ。フードを取らないのにも止むを得ない事情が……あったり……とか」


 少し茶化すような調子で、俺がそう言うと、椅子に座っていたままだったサバラが、呆れたように溜息を吐いて、口を開いた。


「兄さん……それ信じる人どれだけ居るんだよ。さすがに本名槍使いはないと思うよオイラ」

「いやいや、俺の仲間の八割は上手くやれば信じるぞ、間違いなく」

「え、誰だろ……白い人は違うし赤い姉さんかな。あ、でもなんかリキヤマさんもなんか案外人が良さそうだし……喋ったことないけど」


 おお、サバラ大体正解。ラング……はちょっと怪しいけど、そこにドリーを加えれば完璧だ。

 ドリーは疑い率0パーセントで信じるからな。


「サバラ、槍使い殿、一体なんの話をしているのだ。余りからかうのは止めてくれないか?

 私としては話し合いをしにきているのだが」


 俺とサバラの会話を、少しだけ棘のある調子でシズルが断ち切る。表情は怒ってはいないが、少しだけ顰められていた。

 うむ、そこまで怒りっぽくはないけど、イメージ通り固いな。結構真面目な人っぽいし、確かにサバラとは合いそうにもないか。


 今の反応を見て、先ほどよりも印象が固まったことに満足した俺は『いやー申し訳ない』とそれはもう反省している素振りで謝って『で、今日は何の用で?』と話しの先を促してやった。

 すると、シズルは『一先ず座らないか?』と俺に声を掛けて、先ほど自身が座っていた椅子へと視線を移動させて見せる。

 特に異論も無かったので、俺は槍を背中から下して横に立てかけ、サバラの横の椅子へと腰を下した。

 後に続いてシズルも対面の席へと腰を下す――そして、両手の指を組んだまま俺を真っ直ぐに見つめると、彼女は真一文字に結んでいた口を開いた。


「ゴチャゴチャと言い訳がましいことは言わない。分かり易く端的に言おう……槍使い殿を含めたお仲間全員、サバラの下から外れて、私の下に付いてはくれないか?」


 ……おいおい、ド直球過ぎるだろこの人。

 嘘は言ってない。隠し事もする気が無い。そんな意思が、揺らぐことなきシズルの瞳に篭っているように感じられる。

 個人的にはさっさと話しを進めてくれた方が嬉しいし、回りくどい言い方をされるよりは良いけど、まさかここまで直で言ってくるとは思っていなかったので、少し驚いてしまった。


 とはいえ、素直に頼まれてハイそうですか、と言うわけにはいかない。チラリとサバラの横顔を伺ってみれば『気に食わない』と筆で書いてあるかのような、微妙な表情をしているし、納得しての戦力の受け渡しって訳じゃなさそうだ。

 先ほどの口調から考えてみても……恐らく向こう側が頼み込んでこの状況になったって所か……。


 グルグルと思考を巡らせ、そこまで考えた俺は、一応確認の意味も含めて、シズルに返答した。


「それは頼みごとって区分でいいんですよね? 報酬は? サバラ達には了承を取っているんですか?」

「報酬は……成功した際になるが、王金貨以上のモノを差し出そう。口約束に過ぎなくなるが、私の命に代えてもそこは守ると誓う。

 サバラからは、交渉をするといったことに関する了承までは得ている」


 うーん……やっぱ嘘じゃないっぽいな。

 今の状況からすれば、逆に報酬の確約をするって言い切られるほうが、胡散臭いし。


 とはいえ……やっぱり答えは、

「すいません、その申し出はお断りさせて貰います」

 拒否に決まっていた。


「っく……何故か理由を答えては貰えるか? 私に出来る範囲でなら、ある程度の譲歩はする」


 整った眉を眉間に寄せて、シズルはテーブルに両手をつけてズイと顔を俺に近づけさせた。

 なんだかやけに切羽詰った顔をしているので、若干罪悪感が湧いてきたが、そんなこと気にしても仕方ないし……と、シズルに断った理由を告げる。


「……正直お金は是非とも欲しいんですけど、それはこの問題が起こっている間はってことで、別に解決し終わったらどうでも良かったりするんですよね。稼ごうと思えば十分稼げますし。

 で、断った理由としては、俺達って見るからに怪しいじゃないですか? 少なくとも敵の密偵を疑っちゃう位には。

 もし、ここで俺達がシズルさんの申し出受けちゃうと、一ヶ月一緒にいたサバラ達を平気で切り捨てるって印象が付いちゃいますよね?

 いや、俺としてはそれは頂けないと言うか、こういう戦闘を行う時にそういうのって拙いですよね。

 つまり……簡単に言えば、せっかくここまである程度信頼積んできたのに、それを崩してそっちに付くほど、その報酬に魅力を感じないってことです」


 口を挟ませることなく、俺が一気にそこまで言い切ると、部屋の中に沈黙が張り詰めた。

 もしかして、機嫌損ねたのだろうか……でも、下手に期待させるより、こういうのはバッサリ切ったほうが自分の為になるし、仕方ないか。


 目の前にいるシズルは、なんとも複雑そうな顔をして少し俯いている。隣のサバラを見ると、なんかニヤニヤしていたので、俺は左手を横方向に伸ばして、中指でビシッと、サバラの鼻面にデコピンを叩き込んだ。


「いってぇっ! なにすんだよ兄さんっ」

「いや、なんかそのにやけ面に腹が立った」

「横暴だっ、ビックリするだろ!」


 両手で鼻を押さえて、やいやいと言ってくるサバラの頭を片手で止める。そのまま顔を前方に向けてみると、少しだけ目を開いてこちらを見ているシズルの表情が映った。


「サバラにも随分子供っぽい所があるのだな。少し意外だよ」

「んー、結構そんなもんですよコイツ」


 シズルの言葉に俺がそう返すと、ぐいぐいと俺の手から頭を逃そうとしていたサバラが、動きを止めて『冗談じゃない』と言わんばかりに、首を振って否定する。


「ちょ、兄さんそういう嘘つくの止めてくれない? オイラのかしらっぽい感じが崩れちゃうだろ」

「最初からねーよ、そんなもん」

 

 俺がバッサリと反論を切り捨てると、サバラは少し口を開いて愕然とした表情を浮かべた。

 ……いや、嘘じゃないし。

 実際、こいつは俺より歳下らしいし、部下の亜人といつも戯れている様子にはそういった子供らしさがある。

 俺にとっての仲間達、サバラにとっての部下達……それほどまでには、俺とサバラの間には信頼関係は築き上げられてはいない。

 でも、少なくともサバラのそういった一面を見れる程度には親しくなっているといってもいいのだろう。


 やはり、そう考えると……シズルの申し出に下手に考える素振りを見せなかったのは、正解だったと云える。


「……はあ、やはり駄目そうだな。無理を言ってすまない」


 サバラと俺のやり取りを見て、シズルが至極残念そうに呟く。諦め……というか、最初から断られることを悟っていたかのような口ぶりだ。

 

 が『これで話しも終わりかな……』と俺が思ったのも束の間で、シズルは気持ちを切り替えるように一息吐くと、

「では、次はサバラと槍使い殿……その双方に協力を申し出たい」

 真剣な顔つきでそう言った。


「シズルの姉さん……そりゃオイラは聞いてないけど……どういうことだい?」


 サバラの双眸がすぅと、細くなり、言葉に少しの棘が混ざり始める。

 すると、シズルは落ち着けとばかりに両手を見せて『実はな……』との言葉を発端に話しを続けた。


「サバラの局地戦……効果がかなり出ているだろう? 相手側の数も随分と減っている。

 そこでだ、二週間以内に……私達は城へと奇襲をかけ、イシュ様を取り戻そうと計画している。出来ればその日付をサバラ達の局地戦の日取りに合わせたいんだがどうだ?」

「……姉さんまだそんなこと言っているのかい? 止めとけって何度も言ってるだろうッ!」


 サバラの怒りのボルテージが急激に上がり、声音に怒りが含まれていく。なんだか状況が良く分からなかった俺は『ちょっと待ってくれ』と両手を広げ、二人の会話を打ち切った。


「あのさ、全然意味が分からないんだが……局地戦に合わせて奇襲ってんなら、別に構わないだろ? なんか駄目な理由あるのか?」


 局地戦での同時攻撃で、王様を助けて民衆操作――味方を増やして戦力を増やすって流れは別にそこまで悪くない。

 一般市民巻き込むのはどうよって、感じもするが、どうせ放っておくと亜人も一般市民も、もれなく大変な目に合うのが――蟲毒の主の会話とかシャイドを知っている俺からすると――簡単に予想できる。

 

 そういう理由もあって、正直、市民だろうがなんだろうが、自分の生活守る為に、魔法撃ち係りで後方援護位は頼んだって構わないんじゃないかな、とか俺は思っていたり。


 と、そんなことを考えながら、首を傾げて返答を待っていると、シズルが少し怪訝な表情でサバラへと顔を向け、話しかけた。


「……サバラお前まだ補給のこと話していなかったのか? あれほど私には喧しく言っていたくせに」


 補給? 俺にまだ隠している一部のことだろうか。話してくれないなんてっ、とか子供じみたことをいうつもりは無かったが、やはり気になるものは気になったので、俺もサバラへと視線をやってみる。

 サバラは視線をついと右上に泳がせると、少し気まずげに表情を歪め、耳の付け根をポリポリと掻いた。


「いや、姉さんの申し出の話しを聞いた時に、兄さんがそれを断ったら教えようとは思ってたんだよね……本当だよ?

 どうにもタイミングが悪いな……もう。まあ、いい機会だしちょっと話しとくよ」


 ポツポツと、少しだけ自信無さ気ではあるが、サバラが補給とやらを語りだす。

 

 なんか難しい予想をゴチャゴチャと交えながらの語りではあったが、まあ、簡単に纏めると『際限なくファシオン兵の補給がくるからヤバイ。場所の特定するまで、大きく動かないほうが良い』といった内容だ。


 ……こりゃ結構重要な情報だな。


 ただ、俺の結論とは違い、サバラの話を聞いていたシズルの表情は芳しくなく、余り納得しているようには見えない。


 いや、それも仕方ないとは思う。

 だって、普通に考えれば兵士は有限であり、そんなワラワラと出てくるなんて、信じられないからだ。

 

 俺だって何も知らなきゃ『何ソレねーよ』とか言っていた気がする。

 が、

「あー、だったら俺も止めたほうが良いに一票でお願いします」

 今の俺にとっては、思わずシズルの計画を止める程度には、説得力のある内容だった。


「おおさすが兄さんっ!」

「――ッツ! 何故だ」


 サバラがやけに嬉しそうにやっほいと諸手を上げて、シズルがなんか無駄に怖い表情で俺に詰め寄ってくる。

 いや、なんでと言われても困る……説明しようにも出来ないし。


 城の内部に獄の魔物っぽいやつが入り込んでいるので、その可能性は十分あるよっ、とでも言えと? あり得ない、無理だ。


 そんなことを言ってしまえば、何故俺がそれを知っている……といった話になってくる。


 正直、信じさせようと思えば身元を明かして、説得は出来る。クレスタリアなり、グランウッドなりから話しを通して貰い、シャイドの話しを聞かせる事だって出来る。

 

 でも、俺はそれをやらない。

 国の危機にそんなことを言っている場合か? とか、色々と思うこともあるけれど、俺はシズルに会ったのは今日が初めてだ。いっちゃ悪いが微塵も信用していない。


 それに、仮に彼女やサバラが信用できる人物だったとしても、俺はきっと言わない。

 だって、反抗勢力の親玉だ、いつか敵に捕まって拷問でもされる可能性がある。


 それでもし俺の身元がバレてしまい、リドルの時のようにモンスター襲撃でもあれば、それこそ国の状況が悪くなる。

 リスクとリターンを考えると、俺の選択は言わないの一択だ。


 とはいえ、いつまでも隠し通せるとは思っていないし、問題解決の為にどうしようも無い場面になったのならば、身バレを気にせず武器の開放をしてでも全力を尽くすつもりではある。


 ただ……残念ながら、今はその時じゃないってことだが


 そんな色んなしがらみというか、理由もあって、悪いとは思うが、シズルにも、サバラにもこの重要とも呼べる情報を晒す気は、俺にはまだ無い。

 

 つまり、当然シズルの『何故だ』という問いかけにも、

「んー、嫌な予感がするってだけです。せめてもうちょっと様子探ってからが良いんじゃないかなーと」

 誤魔化すような答えしか返せなかった。


「そんな……そんな暢気なことを言ってはいられんだろ? イシュ様を救うことによる利点がわからんのか?」

「いや、分かりますけど、それを分かった上で、もうちょっと待ったほうが良い、って思うってだけです。

 あ、後アレです……最近ちょっと鉄仮面達の様子が変だし、やっぱ慎重になったほうが良いかなーと」


 俺がそう言うと、サバラが『ああ』と納得したような言葉を返し、シズルが怪訝そうな表情で俺を見てくる。


 これも……丁度良い機会か、そう思った俺は、とくに隠す必要のあるものじゃないし、最近の鉄仮面達の変化をシズルにも教えていった。

 五分程俺の考えをツラツラと語り、シズルに言い聞かせてみたものの、どうにも反応はよろしくない。

 いや、証拠も何も無しで、そんな気がするってだけじゃ信じられないのも無理はないとおもうのだが。


「まさか二人共に反対されるとはな……」


 グッと、シズルが歯を噛み締める。サバラが『フフン』と鼻を鳴らしたので、ドリーにやれと視線で促し、べしりと尻尾で叩いてもらって懲らしめた。


 サバラの奴、このシズルさんが相当苦手……というか嫌いなのかね。

 俺が呆れたような視線をサバラに送ると、少しだけムスッとしてはいるが、さすがに反省したのか、余計な茶々を入れるのは止め、難しい顔をしているシズルを宥めるように声を掛けた。


「いや、シズルの姉さん……せめてもうちっと待ってもらえない? 実は最近さ、ようやくファシオンのやつ等が動きを見せたんだよね」

「なに……本当か?」

「あ、やっぱり知らないか……姉さんのとこの密偵また一人いなくなったみたいだし、仕方ないかな」


 肩眉をピンと跳ね上げシズルが問うと、サバラは人差し指を立てて、中空を探るように彷徨わせる。

 また俺の良く分からん話に突入していたが、聞いていれば分かりそうな内容だったので、横から口を挟まずに静観することに決めた。


 動かしていたサバラの指が不意に止まり、内容を纏め終わったのか、サバラが口を開いて説明を始めた。


「いやさ、三日、四日前位にゴラッソとかいう戦士風の男と……百名ちょいのファシオンが街から出たんだよね。この時期に外に出るとかおかしいよね? 絶対になにかあると思うんだ。

 で、オイラの部下の二名に後を付けさせているから、戻ってくるまで待ってみない?」


 サバラの言葉にシズルが押し黙る。色々と考えることがあるのか中々返答しようとはしなかった。

 と、そんな時、今まで話を分かっているフリをして、なんちゃって会議ごっこをしていたドリーが、俺に蛇頭を向けてきた。


『相棒……ゴラッチョさんと言えば……あのお方ですよね?』


 いや、ゴラッソな。絶対マッチョ混じってるよなソレ、いや気持ちはわかるけど。

 凄く言葉で突っ込みたかったが、サバラもシズルもいるこの場所でそんなことをするわけにはいかず、俺は苦笑するだけで済ませた。

 ただ、ドリーの言うとおり、ゴラッソという名前には聞き覚えがある。確かマッチョな感じの戦士で、マッチョ対決でドランに負けた男の名前だった筈。


 あいつ等は、シャイドの命令で動いているふしもあったし……サバラが出したその追跡者は、本当に有益な情報を手に入れて帰ってくる可能性がある。


 ――やはりここは待つべきだろう。と俺はそういった結論を下したが、


「いや、やはり二週間以内に私達は動く……敵の数が今少ないのは事実だ。それに仮に……サバラの話が本当だとすると、そいつらが戻ってきたときにまた援軍が来るということになるからな……やはり動くなら今だ。

 なに、そちらに動きを合わせてくれとは言わない。ただ局地戦の日程だけ教えておいてくればいい」


 シズルは別の結論を下したようだった。


「シズル姉さん……日程は教えるけど……オイラ協力はしないし、助けもしないからね」

「ああ、構わんさ……そこだけ動きを合わせられるだけで十分私にとっては協力だからな」


 諦めたようにサバラが首を振り、シズルも覚悟を決めたように言い切った。

 正直、サバラが正しい気もするけど、シズルの計画も間違ってないし、上手くいきそうな気もする。

 つまりは、どっちが正しいかなんて俺には分かりそうにもないってことだった。


 どうせ協力しようぜ、と俺が言っても、シズルもサバラも聞かないだろう。どっち寄りの行動基準にするかは絶対に噛み合わないのが分かっている。

 信念とか自分の考えとか、そういうものは大事ではあるが、こういう柔らかさがなくなるのも、困ったものだとは思う。

 いや、俺にもそういう部分はあるのだろうし、誰にだってそういう硬さはきっとある。


 中々上手くいかないもんだな。


 這い寄るように、期日は迫る――別に俺が何をしなくても、周囲は動いて状況は変わる。

 つまり、俺としては、その流れに押し出されないように、ただ頑張るしかないということだろう。


 シズルは既に説得を諦め、サバラも反論を諦めている所為で、先ほどまで部屋にあった、気まずい雰囲気は少しだけ和らいでいた。

 サバラもそれを感じ取ったのか、少し肩の力を抜き、シズルは『では……そろそろ』と椅子から立ち上がって、部屋の外へと向か……う直前で、不意に何か思い出したか、クルリと振り返った。

 

 眉間にシワが寄せられていて、口元はへの字、視線は少し斜め下に向けられており、なんとも困惑……というか言いづらそうな表情をしている。

 なんだろう……と俺とサバラの二人が黙ってシズルに視線をやっていると、やがて彼女は意を決したかのように、口を開いて言った。


「サバラ……槍使い殿……こういうのは少し躊躇われるのだが……出来ればファシオン兵の武器を拾って……鋳潰して売り払うのは止めて貰えないだろうか?」

「――ッツ!?」

「――ッツ!?」


 全くの同時に俺とサバラの身体がビクンと動く。瞳はクロールで泳いでいるし、吹けない口笛がスースー音を立てている。

 

 シズルの茶色の瞳はちょっと冷たい。なんだろうか、自動販売機の小銭いれを焦っている人を見る目とでも言えばいいのか、そんな感じだった。


 ――やべぇ、やべぇよ……バレてるぜ……。

 そう、シズルの言っていることは真実だった。ドランさんの武器消費で財布に継続ダメージを受け続けていた俺は、最近では局地戦の帰り際に相手の武器を拾って売り払う、といったバイトを行っていたのだ。

 サバラもサバラで、何故か全くわからないけど……全く何故か分からないけど、最近急に懐に冬が到来したらしく、俺とは武器を奪い合うという骨肉の争いを繰り広げている。


 俺達の返答を待っているのか、シズルはジッとコチラを見つめ続けていた。

 し、視線が痛い……。

 だんだんと居た堪れない気持ちになってきた俺は、ここはキチンと謝罪しようと心に決めて、サバラの肩をポンと叩いて言った。


「さ、サバラ君……みっともない真似は止めてくれたまへ……いや、僕は恥かしいよ」


「はあ? 兄さんが最初に始めたんだろっ、使い手が居ない武器は可哀想だ……供養してやるべきだよっ、とか言い出して」


「お前っ、俺の所為にすんなよっ! 足が付くからちゃんと溶かして売らないとっ、とか言ってたのはサバラだろ」


「何言ってんだよ……武器の無い世界を目指すんだよサバラ君とか妙なこと言ってるくせにっ」


『いいぞー、相棒っ、そこだやれやれーーっ。ぬおお、素晴らしいですっ』


 どうにか俺の所為にしようと卑怯な言い訳を募るサバラの頭を、俺が強引に手で押さえつけて『こいつが犯人ですっ』と叫ぶと、サバラはその手に噛み付いてきて『兄さんの命令で仕方なくっ』とのたまった。

 ドリーはさっさと退避して、椅子の上でくねくねしながら俺に応援を送っている。


 と、そんな俺達を見かねたのか、

「いや……別に売ること自体は大目に見るが……できれば少し自重して貰えると助かる。一応国の資材だからな」

 シズルが呆れたように額に手を当ててそう言った。

 

 くそ、駄目だ既に俺まで一緒だと思われている。

 俺は、サバラに罪を押し付けようとしたがそれは無理だったらしい……と悟って、即座に方向転換することに決めた。


 顔を引き締め、拳を握り締め、真摯な態度で真剣な声音で俺は口を開いた。


「いやシズルさん……僕は国の為を思ってやっているんですよ」

「……何? というとどういうことだ」


 流石に国の為と言われれば黙っていられなかったのか、少し怪訝な顔をしてシズルが問いかけてきた。

 はは、よし乗ってきた……このまま押し通すしかない。

 

「良く考えてください……国と言うのは民からなるものです……そして現状シルクリークはとても人口が減っているし、行商なんかも減っています……」


 フルフル、と首を悲しそうに振って――フードの所為で見えていないだろうが――瞑目し、言葉を続ける。


「でもここで僕達が武器を溶かして売り払うことによって……武器屋さんや金属加工をしている業者が儲かります……僕達がお金を一杯持っていれば、局地戦で壊れた家の修復で大工の方々が潤い、民家の持ち主は新築でハッピーになります。

 どうです……皆幸せでしょう?」


 ふっと、柔らかな笑みを湛えて俺がシズルにそういうと、彼女は少し首を傾げて一言返した。


「いや、国の財産は減少する一方なのだが」


 ――畜生ッ、この人てごわいッ!?

 ガッ、と目の前にあったテーブルに手を付いて、思わず俺が項垂れると、シズルは『まあ、程ほどに頼むぞ』と俺の肩を叩いて部屋から出て行き、サバラも『兄さんドンマイ』と肩を叩いて出て行った。


 あれ……なんか俺が全部悪い雰囲気になっている。


 はぁ、となんだかとても納得いかないような気持ちで、俺が一人溜息を吐いていると、

『相棒……そんな壮大な思想があって武器を拾っていたのですねっ、私……感動しましたっ』

 ドリーが疑いを微塵も持たない義眼で見つめ俺を賞賛してくれた。


 さすがドリー、なんて騙され……信じ易いんだ……。


 若干ながらもドリーの反応に気を良くした俺は、ようやく椅子から立ち上がった。

 いや、今日は何だかんだといって平和だった気がする。

 

 二週間以内にシズルが動いて、サバラの放った密偵も帰ってくる……流れ的にはやはり良い方向に向かっているようだ。


 余程のことが無ければこのまま勝てそうではある。

 この二週間で、きっと良くも悪くも大きく現状は動くことになるだろう。俺はそんな小さな予感を胸に抱きながら、仲間達の下へと戻っていった。





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