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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
混淆都市シルクリーク
93/109

局地戦ノ終わり 何かノ始まり

 




 南西区域 西側方面


 メイ達が斧槍との戦闘を切上げたのと同時刻。

 まるで流星群でも降ったかのように、ボコボコと地面に大穴が開いている通りの中。

 リーンとドラン、赤錆の両者が轟音を奏で続けている戦域の最中に、一つの煙玉が投げ込まれた。

 

「――ッツ!? 何いきなり」


 濛々と立ち込める白煙に、大剣との戦闘を継続していたリーンが驚きの声を洩らし、急いで周囲を伺った。

 火事……ではない。何かが放り込まれたのも見えたし、魔法ではない。

 

 とその時、一瞬意識を逸らしてしまったリーンを見て、白煙を貫き猛然と躍りかかる影があった。

 赤錆の大剣を片手で振り上げた女戦士だ。


【よそ見してるとは余裕だねお嬢ちゃんッ!】

「あら、貴女程度の相手ならば、この位の余裕は見せなくてはいけないでしょう?」


 重量級の赤錆の剣舞いをリーンはしかと選び取り、受けることの出来ないモノは、揺ら揺らと身体を動かし避け、逸らせそうなものは剣を斜めに力を流してゆく。


 渡り合えてはいる。が、実のところ、先ほど挑発するように大剣を煽っていたリーンではあったが、戦況としてはかなり押され気味だった。

 元々リーンは避けるよりも、大剣を扱い受ける方が慣れており、豊富な魔力を使っての殲滅戦の方が得意だ。

 そこに加わり武器の強度と、対人経験の浅さもあって、どう足掻いても勝てないと脳の片隅で確信してしまっていた。

 

(悔しいけど、相手の方が経験豊富なのよね……きっと)


 柄を握っていたリーンの両手に、僅かに力が篭る。

 冷静な部分が囁いていた『勝てない、余り無理をするな』と。

 でも、それと正反対の炎のように熱い部分が叫んでいた『一矢でも報いる気持ちを持つべきだ』と。


 なまじ腕があるばかりに、出来るだけ痛手を負わないように戦ってしまう。それはある意味で正解なのだろうが、きっとここぞという時に出遅れることになる。


 でも、それはリーン自身も嫌と言うほど分かっていることだった。

 ――後一歩が、後少しが足りない。

 

 ……そんなことを考えていたせいか、死に近い戦闘の最中でも、思考がソチラへと流されてしまう。

 ズルズルと、まるで一度はまったら抜けられない、底なし沼に片足を入れてしまったかのように。

 

 剣戟を受けて押されるたびに、大剣の剣風が頬を撫でるたびに、ゆっくりと、ゆっくりと、思考が泥濘にはまっていった。

 不意に、リーンの脳裏に責めるような言葉が走った。


 ――ほら、私はこんなにも弱い、と。

 いや……今さら思ったことではない。

 リーンの心の底には、そんな想いが常々あったのだ。


 あの時も、あの時も、と思い起こすのは自分が弱いと示されているかのような現実。


 歯がゆかったのだ。いつだって、自分は大事な時に倒れてしまうのが。

 リドルでも、水晶平原の主との戦闘でも。

 仲間を助けようと飛びこんで、仲間の為に無茶をして倒れる。耳障りは良い、確かに美徳だ。どことなく騎士っぽい響きだ。


 でも、きっとそれで満足しているから自分は弱いままなのだ、とリーンは分かっていた。

 リッツやラングとの付き合いは、まだ浅くて多くは掴めていない、ドリーはきっと違う部分で強いと分かっている。


 しかし、リーンの中で、他の二人に関してはっきりと断言できることがあった。

 メイだったら、ドランだったら――きっと仲間を助けようと飛び込んで、例え深手を負っても“倒れない”。


 片腕が飛んでも、もう片腕で。

 両腕が飛んでも蹴り足を伸ばして。

 四肢が飛んでもきっと噛み付いて歯向かって。


 普段は其処まで気合を入れるような性格じゃないあの二人……だが、ナニカ譲れないものがあるならば、きっとあの二人はそうするだろう。

 自分では倒れてしまう状況で、きっと間違いなく彼等は立ち上がる。


 信頼とか、信じるとか、そういったものでは既にない。間違うことなき確信だ。

 ――あの二人に比べたら。

 自分は腕だけが一人前で、心構えが半人前だと言い切れる。

 その証拠に、偉そうなことを言っても、いつだって自分は倒れ伏す。

 

 覚悟が薄い、信念が脆い、心が弱い。

 強さが足りない、意地が足りない、意思が足りない。


 ――だからきっと私には“アレ”が使えない。

 

 悶々と考え込むリーンの思考は徐々に深く沈んでいく様子を見せた。

 がしかし、大剣の戦士が嘲けりの笑いを響かせたお陰で、それは強引に現実へと引き戻された。


【はは、どうしたの、動きが随分鈍いじゃない。お疲れかしら? もう終わりかしら?

 そろそろ私に貴女の真っ赤な血を見せてくれるの?】


「――っ――っ!」


 女戦士の攻撃速度が加速し、考え込む余裕すらもその大剣で削られた。悪意の篭った刃は、沼から一気に引き戻すには十分な脅威だった。


(いけない……今は妙なこと考えている場合じゃない。しっかり、しっかりしないと、年上の私が頑張らないと)


 沈みそうになる意識を、年上の威厳的なナニカっぽいそういうやつかもしれないもので、括りつけ、リーンは眼前の敵へと改めて集中してゆく。

 

 叩きつけられる剛剣を、避けた瞬間地面が割れて、そのまま跳ね上がってきた振り上げが、白煙を裂いて渦巻かせる。

 幾つか返撃を入れてみるものの、剣の腹や柄で阻まれ届かない。


(……? また煙玉?)


 白煙が大剣の旋風で薄くなってきた所に、再度投げ入れられる拳より少し小さい程度の一つの玉。

 先ほどは何処から投げられたのか方向を掴めなかったが、今回はその位置を目端で捕らえていた。

 

 民家と民家の間の隣合う通りを繋ぐ横道――大剣の攻撃を避けながらも、リーンがそこへと視線を向けると、


(あら、あの亜人の人は……ということは撤退かしら)


 ネコ型――しいて言うなれば黒豹に近い姿をした一人の亜人が、口を噤んでリーンに合図を送るように手を振って見せていた。


 その人物には見覚えのあった……というよりもサバラから付けられていた案内役の彼である。

 『後でまた来ますね』と言って、戦闘開始前にいなくなっていたのだが、戻ってきていたようだ。

 恐らく撤退タイミングを計る為に隠れていたのだろう、と納得したリーンは、すぐさまもう一人の轟音生産機――つまりはドランの居るであろう方向へと動き出した。

 白煙立ち込める通りだろうが、ドランの居場所はすぐに分かる。一際大きな騒音が鳴り響く場所である。


【お待ちッ、何処に行くってのさッ!】


 地面を蹴りつけたリーンは大剣の制止などお構い無しに、その音のするほうへとさっさと駆け出し移動を開始した。




 地面に開いた穴が一際多く、すでに道が荒地と化しているそこで――現在ドランは大槌と二人で衝撃音と破砕音を生み出し続けていた。


【……なんてしつこい、未だ死なぬか】

「……っ……」


 憎々しげに大槌が武器を振るい、ドランがそれを冷や汗混じりで防ぐ。

 ドランが防衛、大槌が攻勢――その優位性は戦闘初期から変わらぬものの、それでもドランは大槌の攻撃を亀のように受け続け、未だにその命を尽きさせてはいなかった。

 

 だが、硬い金属の塊であるドランの槌も、既にその所々が欠けており、大きな両手で握っている柄などは、弧を描いて湾曲していた。

 大槌の一合はそれだけ重く、容易に武器を壊す破壊力を秘めている。

 いままで武器を破壊されずに受けられたほうが、奇跡的なのだ。


(もうちょっと斜めに……そしたらまだ威力を流せる気もするだで。あんま斜めにし過ぎると良くないし……おお、そうけ……手が出来るだけ痺れねぇ位置が正解なんだな)


 受ける自分自身が一番よく分かる、身体に伝わる衝撃。それを構えの指針に置いて、ドランはひたすらに鉄塊の乱打を防ぐ。

 槌の端がまた欠けて、破片がバチリと跳ね飛んだ。

 だが、それでも、磨耗してゆく武器とは対照的に、ドランの意思は微塵も欠けたり擦り切れたりはしていなかった。


【――ッッツツ!!】


 一際大きな大槌の雷喝が響き、その乱打が更に勢いを増す。


【何故死なんッ、何故潰れんッ、何故お前如きに受けられるッ!!】


 有利であり、攻めている大槌が苛立ちを顕にし、防衛一方でどう見ても不利な状況に立たされているドランの方が、冷静だった。

 

(ひいい、そんな怒鳴られても、オラしらねーだよっ。頑張って受けてるだけだでっ!?)


 いや、ちょっぴり冷静だった。

 降りしきる猛打の嵐に晒されて、戦々恐々としながらもドランが耐えている。

 ――と、


「あら、ごめなんさいね」

【ちょろちょろ逃げるんじゃないよっ!】

【ぬう……!?】


 横合いからリーンが乱入を果たし、それを追って大剣まで参戦する。

 走り際に放たれたリーンの牽制は、大槌の身体を傷つけることは出来なかったが、その乱打を止める程度の効果はあった。


 それを見るや否や、リーンは深追いせずに、タンッタンッ、と軽快な足取りでドランの下まで退き、

〈迎えが来たわ、逃げるわよドラン〉

 騒ぎに紛れ込ませるように、すぐさまドランへ撤退を促した。


 ドランとリーン、赤錆の二名が、少しの距離を離して構え合う。

 流石の大槌と大剣も考えなしには突っ込まないのか、互いの獲物を睨んで、その首元に牙を突き立てる機会を伺っているようだ。


 ドランは一応『今にも突撃してやるぞ』とそんな雰囲気を全身からも発している……つもりになりながらも槌を構えて牽制し、横合いにいたリーンに小さく声をかけた。


〈……リーンどん、どうやって逃げれば? そう簡単に逃してくれるとは思えないんだけんども〉

〈あらドラン、どうやっても何も――〉


 とそこまで言ったリーンは、右手をついと赤錆へと向けて、何の躊躇いも無く、

『ファイアー・ウォール』

 炎壁を生み出す魔法を通り中央で発動させた。


 リーンとドランと赤錆を別つように、地面から炎が吹き上がり、赤々とした壁を作り上げる。

 火の粉が辺り構わず振り散って、通りの温度が一気に高まった。


〈ほら、これで追って来れないわねっ、行きましょドラン〉


 肩をついと竦めたリーンが、ドランの腰元をパンと叩いて押し出すと、彼は槌頭を地面に落とし慌てて片手の指で炎壁を差す。


〈ちょ、リーンどん危ないだで、火事になるかもしれねーだよっ〉

〈ドランは心配性ね、大丈夫よこの辺りの民家って、木材じゃないもの……それに、これだけ穴ぼこだらけにして今更じゃない?〉

〈…………〉


 亀裂、大穴、撒き散らされた破片。

 店先の樽など『これなに? 木屑?』と言わんばかりに粉々になっている。

 きっと馬車は走れないだろうな。雨なんて降ったらきっと凄まじく大変なことになるだろうな。

 とそんなことを訥々(とつとつ)と考えていたドランは『さて』と一言呟いて、無言でダカダカと逃げ出した。


(うぅ、なんか心苦しいだで……この問題が解決したら、お詫びでもしよう)


 罪悪感が心を占める。ドランだって悪いとは思っていた、申し訳ないとも感じていた。

 でも、ドランの心の中には、その昔聞いたメイの言葉がひゃっほいと小躍りしながら自己主張していたので、その足を止めて振り返ることはなかった。


 『いいかドラン……犯人ってのはな、捕まった奴のことを言うんだぞ』


 脳裏に過ぎったその声に促され……生真面目で心根優しいドラン・タイトラックは『世の中には色々あるんだな……』とほんのちょっぴり、大人になっていた。




 ◆




 南西区域 南側



 降りしきる砂色の剛矢が民家の天井、壁、あるいは地面に貫き立って、大地にはハイクが作り上げた戦斧の裂け目が縦横無尽に走っている。

 ある意味では、一番民家への被害が大きいだろうソコでは、いまもリッツとハイクが群がるファシオンを骸へと変えていた。


「ぐぐ、わらわら……わらわら……鬱陶しいのよアンタ達ッ!」

「お腹が減りました……そろそろ僕の仕事はお終いデス。砂色っ、お帰りくださいっ」


 リッツの放った一発の矢弾が、槍を持っていたファシオンの目を穿ち、ハイクが唸らせた白の戦斧が、また違う一人を縦に割った。

 ジュッ、と嫌な音と共に辺りには焦げた肉の異臭が立ち込めてゆく。

 リッツとハイクの実力は、ファシオンを軽く凌駕しており、一人、二人と次々屠って死体の絨毯を作り上げていた。


 しかし、それでもファシオンは減らず、怯えず、躊躇わない。

 焼ききられたように二つに分かれたファシオンを踏みにじり、同胞は死骸の絨毯を行進する。

 後方からは続々と進み出る兵士の姿は、さながら砂で出来た雪崩のようだ。

 

「例の矢がまた来たわよッ! 避けなさい変態ッ!」


 どこからか飛んで来た二本の矢弾――それをリッツの指示に従いハイクがぬぼーと躱す。


「おお、危なかったデス。でも残念な君、編隊を組んでいるのは僕ではなくて、砂色デス」

「うっさいわよアンタ、全然上手くないからさっさと仕事して仕事ッ!」


 くい、と首を斜めに傾げたハイクだったが、とくに文句を言うでもなく、黒い戦斧に数本の棘を生やして乱暴に振るい、固まっていたファシオン数名を串刺した。

 

(性格はアレだけど……思いのほか役に立ってくれてるわね。性格はアレだけど)


 黒い戦斧についたファシオンの赤い血が気に食わないのか、ションボリと眺めているハイクを見て、リッツは呆れながらも感謝していた。

 

 少し扱い難い性格をしていたが、その性格とは対照的に、ハイクはバランスの良いファイターであった。

 速度はメイより遅く、力はドランよりも弱い。リーン程の殲滅力はないが、二本の大戦斧の間合いと掛けられたエントの効果によって、群がるファシオンを薙ぎ払うのには長けている。

 

 それもあって、遠距離であり、弾数制限のあるリッツにとっては、彼の防護は非常にありがたいものだったのだ。


(でも、いい加減魔力も矢の数も持たないわね……)


 矢筒の中身は数少なく、ここまで数度レイ・ボウで遠距離からの射撃を撃ち落してきた所為で、既にリッツの全身には、魔力消費に伴う脱力感が這い回っている。


 しかし、リッツが『もう少し、抑えて動くべきね』とそんなことを考えていた矢先に、一人のファシオン兵が右方向から曲刀を振り翳して強襲を掛けて来た。


 ボウガンにはまだ装弾していない。魔法を使う暇も無い。ハイクは今も群がられて動けない。

 ないばかりの三拍子揃った状況に、思わずリッツは舌打って、矢筒から一本の矢を引き抜き右手に握った。


『エント・レイ』


 即座に握った矢にエントを掛けて、リッツは左方向に身を捻って曲刀を躱しながらも、ファシオンの双眸を撫でるように矢先で一閃。

 聞き覚えのある風切り音を耳にして、その場で地面に転がった。

 ――直後。

 ダンッダンッ、と音を立てて二度地面が弾け、先ほどまでリッツが居た場所に、容赦なく二矢が貫き刺さる。


(っぐ、ばかすかばかすか……好き勝手やってくれるわね)


 リッツは冷や汗を流しながらの強がりを零す。顔色を変えずにエント掛かった矢を握り、音と周囲の動きに注意してまた立ち上がった。

 外套は既に砂まみれ。

 フードの中に隠されているリッツの口にも、ザリザリとした砂が入り込んでいた。


 襲いかかるファシオンの目だけを狙って光矢で切りつけ、延々と飛んでくる射撃に気を張り詰める。

 得意でもない接近戦を行い、みっともなくも転がって避け、声が枯れそうになるほどハイクに指示を出す。


 息は上がって身体はだるい、それでもリッツは動きを止めずに戦闘を継続していった。


 口数は自ずと減る。常に出る文句すらも吐き零さない。

 隠された耳と尻尾が見えない今、傍から見ればその動きは実に冷静さを保っているように映るだろう。

 しかし、リッツは内心では地面に拳を打ち付けたい程の怒りに駆られていたのだった。

 

 憤怒に近い感情がリッツの心を席巻(せっけん)している。

 ――射手である自分が、狙撃を得意と言い張る自分が、遠距離から追われてただ逃げるだけ。

 相手の顔すらも拝めず惨めに避けて、弾数を気にして矢を手に接近戦?

 

 それはリッツにしてみれば耐えられないほど、途方もない程の屈辱であった。


 ――せめて愛用の銃があればッ!! 時間稼ぎの務めでなければッ!!

 言い訳だ、ソレは分かっていたが、それでもリッツはそう思わずには居られない。

 相手の居場所は判明している。今すぐにでも近づいて、その眉間に矢を撃ちこんでやりたい。

 だが、溢れ出しそうなそんな感情をグッと底に押し込めて、リッツを目尻に浮かんだ悔し涙を零さぬように目を開いた。


 そんなことをしてしまえば、きっと後で仲間に笑われる。

 自分の仕事も完遂できないようじゃ、間違いなくメイ辺りから『ええー、まさかリッツさんだけ暴走するなんてー、やだー』等とからかわれる。

 それは非常に腹立たしい。


 リッツが怒り心頭で敵へと向かわなかったのは、意地もあったが、それ以上にせっかく出来た仲間に失望されるのが嫌だったのだろう。


 噛み締めるべき屈辱は既に砕いて呑み込んでいる。

 いつか必ず撃ち貫いてやるという怒りに一先ず蓋をした。


(ぐぎぎ……あの蟲の群れよりまだマシよッ!)


 今よりもっと辛い場所がある。ここよりもっと酷い状況がある。

 切れそうな緊張の糸を、無理やり繋いで固結び。

 光矢を折れんばかりに握り締め、リッツはまた新たな敵影へと駆け出した。



 ウジャリウジャリとファシオンが来る。

 乾いた唇を湿らすことも出来ないほどに、リッツは動いて動いて、汗を滲ませ戦った。


 かけたエントが無くなればまたそれを掛けなおし、落ちている武器すら拾って、射手に似合わない戦いを強いられ続けている。

 矢筒に入った矢の数は、もう残り数本。

 身体に漲っていた魔力の力は、汗と同じく流れきっていた。

 

 ハイクもリッツも既に外套が血みどろに、染み込んだ赤が体毛を湿らせている。

 きっとハイクは後で『色が変わったッ!』などと騒ぐに違いない。

 そんな下らぬことを考えながらも、リッツは目の前にいた兵の目を潰した。


 さながら、死体と砂杭の串刺し通り。この場所を表現するならばそんな言葉が相応しいだろう。

 民家には穴が空き、地面には砂色の棘が生え、目を潰されたファシオンが、音のする方へと向けて武器を滅茶苦茶に振り回している。


(本当……クロウエと居ると碌な目に合わないわね)


 同士討ちなど当たり前、それでも悪態の一つも吐かないファシオン兵を見ていると、獄のモンスターを思い出して、リッツは背筋をゾッとさせた。

 

 蟲毒からでてまたすぐこの状態。命が百個あってもその内全部消費するのでは?

 と、そんな状況にこれからも飛び込むであろうクロウエの姿を想像し、少しだけ呪った。


(まあ、でも……そのお陰で、中々お目にかかれない光景も拝めそうだけど)


 胸中でそう呟いて通りの先へと目をやったリッツは、我知らずの内に、口元を笑みへと変えていた。

 視界の中に、砂色の巨体とその背に乗っている知り合いの姿が映っていたからだ。

 

 砂色の兵隊を轢きながら、潰しながら、でっかい走破竜に乗ってぎゃあぎゃあ喚きながら、知り合いが物凄い勢いで駆けて来る。

 やはりこんな光景は、付いて来なければ、見れなかっただろう。


 迫ってきたファシオンをまた一人下し、リッツはハイクに向けて、先ほどとは違った力強い調子で言った。


「よし、変態っ、撤退するわよっ!」

「おお、あれは黒い君と斑点君……はは、見てください、斑点君が空を飛んでる、いや面白いデスね」


 戦闘中に鬱陶しくなって外套のフードをうっちゃってしまったハイクが、樹々からすっぽ抜けて上空に舞ったサバラを指差し笑い声を上げている。


(いや、なんで無表情なのよ……こいつ)


 ピクリとも表情を変えずにただ笑うハイクに、不気味なものでも見るかのような眼差しを向けたリッツだったが、すぐに気を取り直して、メイ達と合流するべく移動を開始した。





 遠く離れた時計台の上


 壁もなく、仕切りも殆ど見られない、四方形の広場には、サイコロ状の形を持った砂色の混合金属が幾つも重ねられている。

 そして、塔がぐるりと円を描いたその中央には、赤錆の男の姿が在った。


 斧槍などよりも布地が目立つ軽装の鎧。

 頭部には一切の装飾が無くただ目元に二つの穴が開いただけの簡素な鉄仮面を被っている。


 その握られているのは、赤錆色の戦弓一つだけだった。

 ピンと張られた漆黒の弦。

 凄まじい固さと粘りを持った赤錆の金属は、それに引かれて、まるで三日月のように美しい曲線を描いていた。

 弓の両端には棘のような鋭く長いピック。色は血の様な赤色で、陽光を受けて怪しく光るそのさまは、まるで人を突き殺したばかりのようにも見える。


 矢筒も砂色の剛矢もどこにも見当たらない。

 ただそこに在るのは、弓と男と砂色の混合金属だけ……。


【…………】


 何も喋らず、なにも語らず、赤錆の男が右手を覚束ない様子で彷徨わせ、やがて近くに積んであった砂色の塊に手を置いた。

 瞬間。

 

 ギュルッ――と袋に砂を詰めてねじったような不思議な音と共に、砂色の合金が形を変えて一本の剛矢へと変貌した。

 無言のままに赤錆が流れるような動作で、戦弓のピックを地面に付きたて固定。

 ギィギィと錆び付いた不快な音を響かせながら、赤錆の月を歪め――限界まで引き絞る。


 逃亡途中で二手に分かれてはいたが、赤錆の狙いは既に決まっていた。

 駆ける砂色トカゲと、先ほどまで延々と逃げ回っていた白い亜人。


 バシュッ――!

 風を貫く音が鳴り砂矢は放たれ空へと消える。

 撃つ、作る、そして撃つ。

 淡々と、ただ黙々と、赤錆は雲と鷹のような鳥が飛んでいる青い空へと矢を放ち続けていった。

 その凄まじく長い射程から、獲物が逃げるまで延々と――。




 ◆◆◆◆◆




 メイ達が“初”の局地戦を終えて“三日”が経過した今日。

 シルクリークの東区域にある拠点の一室で、シズル・レイオードは納得がいかぬ表情を顕に、顎に手を添えイライラと部屋の中を歩き回っていた。


「くそっ、サバラの奴めッ! とんだ隠し玉をッ」


 ダンッ、とシズルの手の平がライトブラウン調の執務机に叩きつけられ、その上に乗っていた瓶が振動でカチャカチャと揺れる。

 そんなシズルの様子を見た女部下の一人は、表情に苦笑いを浮かべて宥めるように声を掛けた。


「なんとも間が悪いと言いますか……さすがこれは予想外でしたね」 

「間が悪いのか……サバラの奴が狙ってやったのか――ッ」


 シズルは悔しげに拳を握り込み、三つ編んだ茶色の髪を揺らして頭を振った。

 反射的に部下に当たりそうな衝動に駆られたが『流石にそんな情けない真似は出来ない』と息を深く吸い込み気を落ち着かせる。


「ただ……隊長、自分としてはサバラの奴が悪感情に任せて、今まで戦力を隠してきたとは思えません。

 砂色の外套を着込んだ者達の話も出てきたのはここ最近ですし、やはりただ間が悪かっただけだでは?」

「そう……だな……恐らくそうなのだろうさ」


 部下の言葉に返答し、煮え立ちそうだった思考に冷水を被せたシズルは、ここでようやく本当に冷静さを取り戻した。

 

 ほぼ間違いなく、ただの偶然。機会の巡り合わせ。

 そう思える理屈も、シズルの知っている中に幾つかあった。

 

 三日前に行われた局地戦――その最中で赤錆を押さえた者達。

 その中の二名が持っていた武器が、暫く前に妙に都市内を嗅ぎ回っていた輩と一致する。 

 

 素直に考えれば、その者達がかなりの実力者でサバラがそれを上手く取り込んだ――と予測できること。

 だがしかし……やはりシズルとしては、思わず冷静さを失ってしまう程に、悔やまれることがあったのだ。


 ――どうして、どうして自分達の所に居ないのだ、と。

 ――どうして、どうしてサバラを切り離す前にそれを知る機会が無かったのだ、と。

 怪しまずに自分達が接触しておけば、そうすれば赤錆を抑える戦力を手中に収めることが出来たのに。


 たら、れば、だったのに、かもしれない。

 後悔などしても遅く、過去に戻って事実を変えることなど出来はしない。

 それでもシズルは悔やまずにはいられなかった。


 噛み合わされた歯が軋み、再度温度を上げていた脳に響き渡る。


(駄目だな……ないもの強請りをしているだけでは、きっとイシュ様は救えない)


 ハッと俯かせそうになっていた顔を上げて、シズルは自嘲気味に胸中で呟きを洩らした。

 瞑目して揺れる心を鉄にして、シズルは執務机の前にあった椅子へと腰を沈めてゆく。

 直立していた女部下が微笑を浮かべてそれを見て『それで……』と呟き、言葉を続けた。


「これからどう動きますか? その者達に接触をはかるか……サバラに直接会いに行くか」


「やるならば両方だな。ただし、サバラに会いに行き――それが駄目だった時は、その者達へ接触するという順番だ。接触する際にもサバラには伝えなければならん。

 筋は通せ、コソコソ引き抜きなどしてみろ、イシュ様に合わせる顔が無い」


「わかりました、ではそのように動きます。隊長は直接行かれるので?」


 勿論だ――とシズルが頷くと、女部下はまた少し苦笑して、用事でもあるのか一度頭を下げ、部屋を後にした。

 ポツリと部屋の中に残されたシズルは、ようやく頬の緊張を緩めると、今度は眉間にシワを寄せて一人悩む。


 もし仮に、その両方が上手くいかなかった場合。接触しても素気無く断られた場合。

 むしろ、その可能性は低くない。というのも、サバラとシズルはその方針に明確な違いがあるからだ。

 

 簡単に言えば、サバラは最終的にイシュを救えれば何でも良いといった方針であり、シズルは先ずイシュを救いたいといった方針であった。


 やはり元近衛の隊長をしていたこともあり、イシュには並々ならぬ想いがある。

 とはいえ、それが根底にあるのは間違いないが、ただソレだけを考えての方針でもなかった。

 まずイシュがいつ殺されるのか分からない、という見えない時間制限。

 仮にイシュが殺されてしまえば、継承者として適正なものがいなくなる。


 そうなると、シズル個人としては許し難いことではあるが、いざとなれば他の者を据えるのも、やむなしだろう。

 が、やはり王としての資質や人柄、混乱を収めるにはイシュの力が必要である、とシズルは感じていた。


 それに、以前サバラにも言ったが、民衆や周囲の協力を仰ぐ為には、やはり群衆を牽引する誰かが居たほうが良い、というのも間違いではない。

 元々イシュは民から好かれていたこともあるし、評判だって良かった。

 つまり、イシュを助けさえすれば、少なくとも今よりは戦力が充実することになる。


 シズルとしては、サバラの意見も多少分からなくも無いが、それ以上にやはり自身の考えを正しいと信じているのだ。

 

(やはり上手くいかない可能性は高いな……)


 考えれば考えるほどに、シズルの脳内には、サバラと言い合いになって断られる光景が目に浮かんできた。


(もし仮に、上手くいかなければ……その時はサバラ達の動きを利用させて貰うしかないだろうな)


 ただ、利用とはいってもコソコソと、という訳ではない。

 単純にシズルが考えていたのは“サバラ達が局地戦で敵を引きつけている間に、城内への強襲をかける”と言ったものだ。

 

 これに関してはあながち不可能ではないだろう、とシズルは思っていた。

 三日前の戦闘の際に都市内へと出たファシオンはかなりの数に上ったからだ。

 その上、あの厄介な赤錆四人を足止めしてくれるのだから、ソコに合わせて総力を注げば……。


 シズルにとって一番良いのは、協力してそれを行えることではあるが、仮にそれが出来なくとも、サバラ達の動きを把握して合わせるだけでも、その効果は多少なりとも発揮する。


(これならば、どちらに転んでも少しは楽になるな。ただ、直ぐに動く……というのも出来ないか)

 

 早く助けに行きたい――そんなシズル自身の想いは強いが、ついこの間強襲を受けたばかりでまだ準備が足りていない。

 多少ならば目を瞑ることも出来るかもしれないが、現状は明らかに戦力不足であった。

 様子見をしながら戦力補強、同時にサバラ達と接触を交わし、城内に放り込んでいる密偵にイシュの捕まっている場所に関する情報を集めさせる。


(いける……やれる筈だ……私が必ず救ってみせる)

 

 ただ個人としてイシュを助けたい気持ちと、現在こうやって部下を率いているものとしての気持ち。

 色々な感情の板ばさみで、シズルはキリキリとした胃の痛みを感じた。


 だが同時に――もう少し待てば、ここさえ我慢すればきっと救えるはずだ、といった希望を垣間見て、シズル・レイオードは少しだけその胸を高鳴らせていたのだ。




 ◆◆◆◆◆




 シルクリーク城内 王の間



 広間の中には、曲刀を持った兵士の意匠が掘り込まれた、砂色の円柱が左右に並び立ち。

 乳白色の石床には、ビロードの如き赤い敷物が、真っ直ぐ王座へと伸びて道を作っている。

 高い天井と広々とした空間に揺らめく魔灯の明かり、その光度は落とされ広間を薄く照らすだけ。

 広間上部には、幾つかの大窓があり、今は光と風を取り込む為に開け放たれていた。

 

 差し込む陽光と入り込む風。

 壁の彫刻、ステンドグラスのような小窓、その全てが綯い交ぜになって、正に城内王の間と呼ぶに相応しい場所であった。


 だが、荘厳なる雰囲気とは裏腹に、そこに漂っている空気は、異常なほどに冷たく、重苦しい。

 他の国ならば兵が並び立ち、人の気配が充満しているのだろうが、現在ここにはラッセル、ゴラッソ、四人の赤錆と、一人の男の姿しかなかった。


 ラッセルとゴラッソを右端に据え、大槌、大剣、戦弓、の三人の赤錆が並び、そこから一人飛び出た位置で、斧槍が武器を背にしたまま、柳のように頭を垂れている。

 口は噤まれ雰囲気は硬く、常に帯びている殺気は見る影もない。


 頭を垂れた斧槍以外の全ての視線は、玉座に座った一人の男に向けられていた。


 王――そう呼ぶにはその男の出で立ちは少し異様なものだった。

 赤生地に黒と金の糸で意匠を施された上等な絹の衣服に身を包み、胸元には銀鎖に繋がれた、四センチ程の赤黒いクリスタルが揺れている。


 両手には薄い黒革の手袋。足元は黒革の軍靴にも似た履物。

 頭部には、鋼鉄の処女(アイアンメイデン)を彷彿とさせる、人の顔を無機質に象られた赤銅色の金属仮面を付け、その素肌を一寸たりとも晒してはいない。


 そんな王の座る足元に転がっている茶色の布袋は、その光景の中ではやけに場違いだ。


 不意に、男が斧槍へと向けて、ただ静かに右手を上げた。

 その仕草は、命を持たない人形の様に、無機質なものを感じさせる立ち居振る舞い。

 だがそんな静けさとは裏腹に、ただ座っているだけでも発せられている雰囲気は、広間の空気を澱ませ穢している。

 王――そう呼ぶには、その男の全身から発せられる雰囲気は、酷く暴力的なものだ。


「……それで、“三週間”も掛けて、お前達はその四人の内、誰一人も殺せていないと言うのだな?」


 玉座に座った一人の王が、底冷えするような冷淡な声音で問うと、ようやく斧槍は垂れさせていた頭を静々と上げた。

 

【……申し訳御座いません。全て私の不徳の致す所】


 ただ粛々と、斧槍は王の問いかけに謝罪だけを返す。反抗する意思を微塵も感じさせず、言い訳の一つも呟かぬままに。


「……オレにとってのお前とは何だ」

【唯の武器に御座います】


 玉座の肘掛に右手を乗せて、頬杖を付きながら王が問い、斧槍が迷い無く即答を返す。


「……ではその武器が間抜けを晒すと言うことは、持ち主であるオレが間抜けを晒すということじゃないのか?」

【――ッツ!? い、いえ、私の力が足りないだけで御座います】

「ほぅ……なんだ? 近頃の武器は間抜けを晒すだけでなく、口答えまでするようになったのか?」


 肩を震わせ、初めて斧槍が了以外の言葉を口に出すも、それは怒りを滾らせる訳でもなく、ただひたすらに逃げ道を塞ぐような、王の問いかけに潰された。


【――っ……】


 王の放った新たな問いかけに、斧槍は答えることも出来ずに黙り込む。

 それを見て、ゆっくりと……王は玉座の背もたれから身を離し、僅かに前傾姿勢となると、両手の指を軽く組ませて斧槍へと視線を向けた。

 

 誰も喋らず、誰も口を開かず、重苦しい静寂が流れてゆく。

 一歩でも歩けば薄氷が割れ、奈落へと落ちる。そんな緊張感に支配され、震えることすらせずに誰もがその身を強張らせて動かない。


「っは、つまらんなぁ……お前らは。役に立たぬ武器など、刃こぼれして役に立たぬ武器など、鋳潰(いつぶ)して何処ぞに捨ててやろうか?」


 右手を前方にゆるりと差し出し王の低く轟くような声が、音吐朗々(おんとろうろう)と、心底に在る感情を含ませるナニカを浸して、重く、重く、沈ませる。


【……っぐ、王……次こそは間違いなくあの槍使いの首を此処にッッ】


 自分への情けなさか、次などと甘えた言葉を吐き出さねばならない屈辱の為か、斧槍が憤怒の感情を滲ませ王へと懇願する。

 赤錆の手甲がギシリと(たわ)み、渦巻くような紫煙が仮面の隙間から零れていた。


「相変わらずお前はすぐに荒れる……首を差し出すのは当然だ。

 だが、もうそれだけは終わらん……ほら見ろ、あの厭らしい影からの贈り物が届いたようだ」


 と、斧槍の憤怒にも興味も抱かぬ様子で王は言うと、初めて楽しげな感情を込めた声音で、広間の全員に背後を見ろと促した。

 ――その瞬間。

 開け放たれていた大窓から一匹の大鴉が飛び込んできて、広間の中央にゾフリ、と奇怪な音を立てて着地した。

 

 ヘドロで作った泥ダンゴのように、鴉が球体へと変化し、そしてピシリと亀裂が入って割れてゆく。

 古ぼけたペンキがはがれるように、やがて黒球体が形を崩し、中から一人の女性の姿が現れた――。



「ジャイナの姉御ッ!?」

「お、お前なんで此処にッ!!」


 ラッセルとゴラッソが、現れた女性――ジャイナの姿を見て驚愕の声を上げる。

 王の威圧と雰囲気に飲まれ、先ほどまで必至で声を押し殺していた二人だったが、流石に知り合いの姿を見ては、堪えきれなかったようだ。


「はは……はは……久しぶりだね二人とも」


 陰鬱な顔つきをどうにか綻ばせようと笑顔を作ったのだろう。

 ジャイナのソレは酷く歪なものだった。

 

(何でジャイナの姉御が……じゃあもしかして旦那は今一人ってことですかい?)


 容易に予想してしまえる事実にラッセルが胸中で焦り、説明を求めるようにジャイナへと視線を送ったが、

「そこの女……影から受け取ってきたモノを渡せ」

 王の発した声によって遮られてしまう。


 持ってきたモノ? 

 ……ラッセルが訳も分からずその言葉の意味を探っていると、ジャイナが諦めたようにコクリと頷き、王の傍らにまで歩み寄った。

 

 何も言わず見つめる王と、顔を強張らせて愛想笑いを浮かべようとしているジャイナが対面する。


「こ、これです……」


 血の気が失せているか、顔色を蒼く染めながら、ジャイナが握っていた小袋から、四センチ程の二つの赤黒いクリスタルを取り出して、王へと恐る恐ると差し出した。


(シャイドからの贈り物ってことは、きっと碌でもないものに違いない……本当に余計なことしかしない化け物でさ)


 思わずそれを見ながらラッセルは心中で悪態を吐いた。

 とはいえ『碌でもない』なんて口に出せる筈もなく……ラッセルはただ固唾を飲んで見守ることしか出来やしない。

 

 そして王はソレをジャイナから受け取ると、その内の一つを無言で斧槍へと放り投げた。

 地に落ちただけで、容易く砕けてしまいそうな見た目をしたクリスタルが、ひゅんひゅんと飛ぶ。

 斧槍は音も無くソレを片手で受け取ると、指示を仰ぐように王へと顔を向ける。


「ソレは……そこのゴラッソとかいうモノへと渡して“西”にもって行かせろ。木偶(でく)だけだとナニカと不安だからな」

「――お、オレッ!? え……いや……はい」


 王の言葉に一瞬慌てふためいたゴラッソだったが、四人の赤錆から強烈な眼光を向けられ、呆気なく沈黙してしまう。


(いや、あれは仕方ない、アッシでもきっとあーなっちまいやすね)


 ラッセルがゴラッソの不幸を間近に、そんなことを考え憐憫の眼差しを差し向けていると――

 王が己の胸元に揺れているクリスタルを、ジャイナから受け取った物へと換え、ゆらりと玉座から立ち上がった。


 ――と同時に。

 先ほどまで広間に漂っていた空気が、爆発的に重圧を増した。


「――ッツ!?」


 ラッセルが息を呑んだ。いや、呑み込むことすら出来ずに止めた。

 ガタガタと身体が震え、歯が噛み合わないような恐怖に全身が襲われる。

 訳が分からない。蜂の巣を叩き割ったかのように、頭の中で混乱が暴れ回り、状況が分からずただひたすらに恐怖した。

 

 何も変わっていないのに、姿も何も変化していないのに、王の雰囲気と赤錆四人の威圧感が増したのを感じる。


(これって……)


 ラッセルはこれに似た感覚を知っていた。いや、体感したことがあった。

 シャイド・ゲルガナム――あの憎たらしい影の発している雰囲気と、非常によく似ていたからだ。

 その力強さや悪意の程は、以前シャイドから感じたものよりは、明らかに弱く思えたが、質は同じものだと確信できた。

 やっぱり碌なもんじゃなかった……と、ラッセルが極めて小さく零したそんな呟きは、王の狂乱めいた嗤いで掻き消える。


 

 楽しげに、凶暴に、暴力を声にしたかのような嗤いが延々と広間に木霊してゆく。

 やがてソレはくつくつとしたモノへと収まって、立ち上がった王がグルリと赤錆達を見渡し、声をかけた。


「【ハルバ】武器は何も考えずにただ殺せ」

【御意ッッ!】

 斧槍の柄を石材床に打ちつけて、ハルバが王の言葉に呼応して。


「【レイモア】敵は誰だ?」

【王の敵全てッ】

 普段の狂気は微塵も見せず、レイモアが大剣の切っ先を突き立てた。


「【ハマ】歩むのに邪魔なモノは全て砕いて見せろ」

【――応ッッ!!】

 大槌の頭を自身の傍らにめり込ませ、ハマが咆哮を響かせて。


「【アロ】沈黙はお前の美徳。黙って屍を作るが良い、淡々と貫き殺すが良い」

【…………】

 沈黙を保ったままで、アロは鋭く尖った戦弓の片端で眼前の床を貫いて見せる。


 赤錆が、揃って王へと武器を差し出し、王はソレを見てまた嗤う。

 暴虐を体現するかのように、全てを掴み取るかのように、王は両腕を広げて言った。


「未だ我が身は仮初のモノなれど、これで手足を増やす準備は整った。

 他国も、家畜も、気に食わぬ奴らも、全てを奪って全てを殺して。

 また我が国が、此処から全てを喰らって見せようッッ!

 ――嗚呼そうだ、手始めは……この国の家畜の駆除から始めねばならんだろう」


 歓喜のような咆声と共に、王が傍らにあった布袋を蹴り飛ばす。

 ゴロリゴロリと転がる袋が、やがて広間の床で停止して、その中身が外気の元へと晒される。

 その中身を改めて、ラッセル達三者は眉根を寄せて声を詰まらせた。


 ソレは男の生首だった。

 シルクリークの高官の生首だった。


 舌をデロリと垣間見せ、白濁した眼を見開くソレは、乾いた血液が頬にベタリと張り付いた、怨嗟で固まった血みどろの首。

 生気も血液も感情も全てを失った生首の額には、焼き鏝で押されたであろう刻印が、皮と肉を黒々と焼いて刻み込まれていた。


 ソレは全てを侵略し尽す証。

 ソレは全てを殺し尽くす宣戦布告。

 その刻印は、長い歴史上――

 古の暴王【ダド・ウィンブランド】が、唯一人好んで使っていたものだった。





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