2−8
心臓が口から飛び出さんばかりに鳴っている。
とりあえず騎士たちが待機している場所まで行くことにし、小脇にアーチェを抱えたまま、なんとか広間出口から離れた位置までたどり着く。
一先ずアーチェを足元に下ろし、一息付く、足に力が入らず思わず座り込んでしまう。
背後の広間の方からは、モンスターが暴れている音がして、未だに内部で暴れ回ってる事が伺える。
「もうだめ、疲れた、体じゃなくて精神が」
体の方は広間内での戦闘中、騎士たちが倒して転がっていた『命結晶』が戦闘の余波で割れ、棚ボタ気味に数個程吸収したので、先刻よりも軽いぐらいなのだが。
「やるじゃねーかメイ、良くアーチェを救ってくれた、礼を言う」
ブラムに褒められるとなんだか妙にむず痒くなってくる。
「礼ならドリーとリーンに言ってくださいよ。俺がやった事なんて二人に比べたら大した事じゃないですし」
「馬鹿が、妙な謙遜してんじゃねーよ。お前が他より出来ないなんて当たり前だろうが。なんでも一人で出来るわけじゃねーんだ、お前はやれることをやったんだ、黙って褒められておけ」
そう言われると少し自信がついてくるから我ながら現金な物だと思う。
――俺の隣で転がっていたアーチェが、モゾモゾと身を起こし顔を上げる。常に、顔が見えない程深く被っていたフードが、身を起こした拍子に外れ、彼女の顔が現れる。
茶色の軽くウェーブのかかったショートボブ。それなりに整った顔に、小動物を匂わせたそのくりっと丸い瞳が俺と合う。
「ひっ……ごめんなさい、ごめんなさい、助けてくれてありがとうございます。このヘドロ野郎」
初めてまともに聞いたその声は、とても可愛らしいものだったが、その可愛らしい声のまま、後ずさりしながら、謝罪と感謝と罵倒を、同時に聞く事までは予想できなかった。
「ヘっ、ヘドロ野郎!?」
まさかいきなり、ヘドロ野郎呼ばわりされるとは思わなかった、後ずさって行く彼女を止めようと思わず手を伸ばしてしまう。
「ヒャーやめてください〜! ヘドロがうつります〜! でも感謝はしてますです〜!」
こ、この女、さすがにそれはひどい仕打ちじゃないだろうか。すごいスピードで後ずさりして行く彼女を、リーンがフードを被せ引っ張って戻ってきた。
「ごめんね、彼女はどうも対人恐怖症らしいのよ、顔を隠して目を見なければある程度大丈夫なのだけど、許してやってね? ヘドロ野郎」
「リーン、お前もか!?」
まさかの裏切りに一瞬びっくりしてしまうが、間違いなく俺をからかってるんだろうな、こいつは。
フードをかぶり直したアーチェが目の前に来てちょこんっと頭を下げてまた離れていった。
「よしお前ら、さっさと次に進むぞ」
さらに少なくなった騎士を見て、ブラムに訪ねてみたところ。今の広間で一番隊から一人、二番隊の運搬を担当していた、三人のうち一人が飲み込まれ死んでいってしまったらしい。
心の中で彼らの死を尊びながら先に進む。
◆◆◆◆◆
いくら進んでも先に進んだ気がしない、枝別れしていく通路を、肩にいるドリーの指示で進んでいく。
「こいつは、ドリーの嬢ちゃんがいなかったら、本当に迷って全滅していたかもしれんな」
「ですよねー俺もここ通った時は、さすがに面倒臭かったですし、敵が出てきても、この通路だと隠れられないから怖くて」
俺の言葉にリーンが興味を示し反応してきた。
「その言い方だと、先の通路には隠れる場所があるの?」
「おーあるある、もっと奥のほうだと、通路全部が膝くらいの高さまで沼で埋まるし、沼に潜れるから」
「そ、そうなの……」
リーンも女の子だし、さすがにそれは嫌なんだろう。とても嫌そうな顔しているし。ついでにブラムまでうんざりした顔をしている。確かに嫌っちゃ嫌だけど、あの深さがなかったら、隠れられなかったわけで。
「でもあんまりこの辺って、敵がいないんですよね。俺が通ってる時も一回も見てないし、肉巨人とかはもっと奥のほうでウロウロしてるんで」
「ウロウロって、一応聞くが、お前どうやってやり過ごしたんだ?」
「そりゃ、もちろん潜ってですよ」
「そ、そうか……、おまえも大変だったんだな」
なんだか同情されてしまった。
◆◆◆◆◆
頭がだんだん麻痺してきている。同じような道を、同じような景色を、どれだけ時間が経ったかわからないほど先に進んだ。我慢できずに思わず叫びそうになった所でやっとのこと次の広間が見えた。
「メイ、次はどうだ?」
「えーっと、確か浅い沼があって、人面樹がいっぱいカサカサ動いてた所だと思うんですよね。人面樹達は特に俺を見ても、襲って来なかったんでそのまま通り抜けましたね。あっ、後は白骨死体があったんで、この槍とか色々と剥ぎました」
「襲ってこなかったのか? ……だが死体があったのなら、何かあるだろう。用心して行くぞ」
おそるおそる広間に入ると、一斉に人面樹がこちら振り向き、それぞれの顔から笑い声を上げ、一斉に襲いかかってくる。
「おいメイ、襲い掛かって来たじゃねーかッ!」
「ちょっ、なんでっ、オレオレ、俺だよ――。ほら、あの時目が合ったじゃないか、ちょっと通して……。うをっあぶねえ」
思わず人面樹に話しかけてみると、その枝のようになった手に生る、果物の形をした顔を投げつけてきた。ぎりぎりで後ろに飛び避けると、沼に落ちた顔が浮かび上がり形を崩す。
――スライム状になった顔が、沼の上を滑るように移動して、こちらに襲いかかってくる。
他の人面樹も狂ったように笑いながら、次々と顔を投げつける。
「メイっ! 俺の後ろに隠れろっ、無理せず後ろから近づいてくるスライムだけを、槍で倒してくれ」
すかさずブラムの後ろに入ると、ブラムはその手に持つ盾で、次々と飛んで来る顔を吹き飛ばしている。俺も足元にはい寄ってくるスライムだけを、槍で地道に突き殺していく。
「うわあああぁあ、やめろッ、離れろ」
「来るなっ! こっちに来るなぁぁ」
叫び声がして、そちらを見ると、魔法使い一人と一番隊の騎士に、それぞれスライムがへばり付いている。半狂乱になった二人に次々と顔が投げつけられ、遂には埋もれて見えなくなり。
スライムが離れた頃には、二人の骨だけが残っていた。
「あの白骨はそういうことかよっ」
必死にスライムを近寄らせまいとしていると、後ろから声を掛けられる。
「ブラムさん、大きいのを行きます。少々時間を稼いでください、メイさん、よろしくお願いします」
「全員、サイフォス達を囲んで円陣を組めッ」
どうやら後ろからやってきた、サイフォスと魔法使いは、二人で、なりやらでかい魔法を撃つらしい。さすがに大きい魔法は使うのは集中がいるのか、時間稼ぎを頼まれた。ブラムの言葉に従い全員で円になってサイフォスを守る。
「もうっ、きりがないわ!」
「へ、へどろっが、ヘドロ野郎がたくさんいますッ!」
女性二人は気持ちが悪いのを我慢しているようで、必死に顔を撃ち落としている。……所でそのヘドロ野郎の中には俺も入っているのだろうか。
背後からサイフォス達の声が聞こえてきた。
『アイシクル・レイン』 『ウインド・ラッシュ』
サイフォスが唱えたであろう魔法は、人間の腕ほどの大きさがある、尖った氷柱を広範囲に降し続ける。それだけでは広さが足りないのだが、続いて放たれた暴風が、その氷柱を横殴りに吹き飛ばし、範囲を莫大に広げる。
そのあまりの激しさに、思わず目をつぶり顔を腕で庇う。しばらくの間凄まじい音が耳に響いていた。
――音が静まった後。恐る恐る目を開けると、俺たち以外に動く者は何一ついなくなっていた。
その後は、全員で広間に落ちている結晶を回収したり、割ったりしていると、リーンがなにやら、大剣の柄をいじくっているのが見え、近づいてみる。見ていると柄尻の赤く四角い物に指を掛け、引き抜いた。引抜かれた物は、筒状になっていて、剣の柄と同じくらいの長さの物。
「あれ、なにしてんの? てかそれって抜けたんだ」
「んっ? あーメイ、これの事? これはね、此処に結晶を入れると、結晶を消費して炎の魔法が使えるのよ。剣に纏わせる事も出来るしね」
そういうと、筒の中にスライムから落ちた結晶を入れている。
それが終ると、また剣の柄に押し込み、捻る。柄尻が先程より明るい赤になっていた。
「すごいもんだな。俺も此処出たら、そういう武器買おうかなー」
「バカねーメイ、そんな武器、普通売っていないわよ。この武器は我が家に伝わる家宝の剣なのよ?」
魔力が少ない分、是非欲しかったんだが。結構凄い物らしい。
俺もスライムの結晶を手に入れていたのだが、砕いても吸収されなかったので、残りの結晶は運搬を担当している騎士に皮の袋をもらい、それに入れて腰に下げている。
さすがにみんな疲れが溜り、この広間で休憩することになった。
ドリーが覚えた魔法の一つ『アース・メイク』を使い、沼の一部を土の地面に変え、そこで交代しながら仮眠をとり休憩する。俺も疲れていたのか、あっさり寝入ってしまう。
◆◆◆◆◆
……目が覚めると、すでに皆、出発の準備をしている。あれ? 俺見張りしてないんだが。
どうやら皆気を使ってくれて、俺には見張りをさせないで寝かせてくれていたらしい。
「いや、本当にごめん、皆だって疲れてるだろうに」
「メイ、お前と一緒にするな、俺達は鍛えてるから此れ位平気なんだよ、大体、道案内に倒れられたら、そっちの方が一大事だろが」
言っている事も最もだが、やはり、気を使ってくれたんだろう。
「ありがとう」
「わかった、わかった、ほらお前らっ、出発するぞ」
広間を出ると遂には通路にまで沼が来始めている。今更濡れる事など気にならずどんどん進む。
「ブラムさん、あと少しで広間があって、そこを抜けて、また長い通路です。そこまでいけば最奥が近いですよ」
「俺は広間が近づくたびに憂鬱な気分になって来たぞ、それで次の広間はどうなんだ?」
「なんか地面から手がいっぱい生えてましたね、花畑みたいに、確かドリーがシュパンッとやって、ワサワサーっとなってユラユラーって感じでした」
「わかるかっ!」
「まあまあ、とりあえずドリーがなんとか出来るみたいなんで、大丈夫ですよ」
「今まで全部の広間で問題が発生しているんだが」
「…………さあ行きましょうか」
「この野郎、逃げやがったな」
やはり広間には大量の手が咲いていた。ドリーに頼むと、前と同じように割れる。
「……こりゃすげーな」
「でしょっ? でしょっ? ほらっ! 今回はなにも無いみたいですね」
ドリーの凄さを分かってもらったみたいで、なんだか嬉しくなってくる。俺もドリーを褒めまくってあげたいのだが、前みたいになるのは目に見えてるので、唇を噛み、拳をきつく握り締めながら我慢する。これまでの人生の中で一番我慢したであろう瞬間だった。
中央付近まで来た所で、周りの手が急にざわめき始める、沼から次々と人サイズの、肉巨人に似た外見のモンスターが現れる。
どうやらあの手はこいつらのものだったらしい。
「メイ、やっぱり問題発生じゃねーか」
「いやいや、そんな事言われても、ドリー、この範囲、円状に広げられる?」
ドリーが手を上に挙げると円状に範囲が広がる。どうやらこの範囲からは生まれてこれないらしい。だが、どうやら出てきてしまった後のモンスターには効かないらしく次々とこちらに襲いかかってくる。
「メイ、そっから動くなよ。お前は俺らが守ってやるから、じっとしていろ」
「じゃあ俺、気楽に休憩してますんで、ちゃちゃっと働いちゃってください」
「この程度の連中に休憩しているほど時間かけるかよっ」
モンスターが迫る中、ここから動けないことに恐怖を感じ、冗談を飛ばした。ブラムにはどうやらバレているようで俺の肩を叩いた後、盾を構えて俺をかばってくれている。
◆◆◆◆◆
――――倒しても倒しても限が無い。
一匹一匹は確かに弱いようだが、次々と地面から沸いてくる。さすがにみんなも次々と出てくるモンスターにはうんざりしている様子だ。
「キリがねーなおい、こいつら、いつ尽きるんだ」
「もー、本当いい加減にしてほしいわね」
「ひーごめんなさいごめんなさい、お願いですから、早く土に還れ肉塊共」
「ブラムさん、このまま戦い続けては、さすがに魔力が無くなってしまいますが」
それぞれに愚痴を言いながら敵をなぎ払っているのだから、大したものでは有るんだが。それはともかくアーチェの口の悪さは、対人恐怖症とはまったく関係がなかったようだ。
それにいくら敵がそこまで強くないとはいえ、足元は肉の沼地、その為、疲れも溜まりやすいだろう。
……肉の沼地?
「そうかっ、ドリー、ちょっとその辺に全員が乗れるような広さの『アース・メイク』かけて」
ドリーが上げていた手をさげ、俺の言うとおりに沼の一部に陸地を作る。ドリーが力を使うのを止めたせいか、そこら中からモンスターが溢れ出す。
「メイっ、何やってやがる」
「ブラムさん全員をここに乗せて、サイフォスさん達は雷の呪文を」
「何? ……そうか、そういう事か、わかった、全員急いでここに乗れっ」
サイフォスは早速集中し始め、ブラム達は陸地に上がってくる。
「サイフォスさん、みんな乗ったみたいです」
『サンダー・フォール』
沼の至る所に、雷鳴と共に雷が落ちる。
全てのモンスターが肉の沼地によって広がっていく電気により、感電死していく。辺りに肉の焼けた臭いが漂い、辺りを静寂が支配する。沼地のそこまで電気が通ったようで、新しいモンスターが出てくる様子はない。
これはひどい臭いだ、しばらく肉料理は食べられないかもしれないな。
くだらない事を考えながら、広間を出てひたすらに長い通路を歩いて行く。