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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
混淆都市シルクリーク
84/109

幕間【騎士を癒すは茶葉の香り? 陰気を飛ばすは土産の臭い。そしてしおりは素朴な白い花が良い】

 




 太陽が中天に輝き、大樹を思わせる荘厳な城を陽光で照らす。蒼天には植物の白綿を連想させる白雲が流れていた。

 高い防壁を越えて入り込んでいる風は、清涼な空気を都市内部へと運び、日々を暮らす住民の笑い声や、大声で客引きをしている店員の声を、優しく中空へと攫っている。


 頑強な城壁と、その内側に溢れている活気。

 【城壁都市グランウッド】には、今日も変わらず優しい平和が揺蕩(たゆた)っていた。


 ……だが、そんなグランウッドの中で、平穏な活気とは少し異なった雰囲気を漂わせている場所が一部にあった。

 城に隣接している練兵場――そのすぐ側にある騎士達専用ともいえる食堂の中だ。


 石造りの四方形の建物。内部には昼食の香りと薄くだがアルコールの匂いが充満し、食器の重ねられる音や、騎士達のガヤガヤと騒がしい声音が反響している。


 安堵を感じさせる空気と、そこに紛れ込んでいる少しの殺気。

 一般の市民がココに入ったならば少々頬を引きつらせ、言いようの無い居心地の悪さを感じてしまうことだろう。

 

 別にソレは特定の誰かに向けて放たれているものではない。ただ、身体に残る戦闘の残滓。

 彼等とて常からこんな空気を作り上げている訳ではないのだが、今日は少しそうなっても仕方ない理由があった。

 というのも、ここで食事している騎士達は、つい先ほど東方――メイスリールの少し手前――にある二級区域から帰還したばかりだったのだ。


 張り詰めてはいないが、緩んでもいない。

 そんな平和というには少しだけ張り詰めた空気の中、騎士達を見渡しながら小難しい表情を顔に貼り付けている者が居た。 

 グランウッド一番隊隊長【ブラム・ヴァチェスター】その男だ。

 

 短く刈られた髪と精悍な顔つき、鷹を思わせる双眸。歴戦を思わせる鍛え上げられた肢体は、周囲の騎士達と比べると汚れは少ないと言える。

 

 ブラムの目の前に置かれている食事は、少し手を付けただけで止められており、一見しただけで上機嫌とは言い難い雰囲気を纏わせているのがわかる。

 怒りを発している訳でもなく、誰かに八つ当たりをするわけでもない。

 だがしかし……感情の波こそ冷静ではあったが、“不満”を抱く空気は、布に落としたワインの染みの如く、薄く周囲に広がっていた。

 

 そんなブラムの有体は特に珍しいものではないのか、周囲にいる騎士達は全くといいほど気にしている様子はない……いや、近くに腰を据えていた歳若い騎士にとっては少々怪訝なものではあったらしく、ブラムに向かって恐る恐るといった面持ちで口を開いた。


「どうしました、食事が口に合いませんでした?」

「ん? いや、そんなことはねーさ。ただ、中々上手くいかねーな、と思ってな」


 ブラムが掛けられた言葉に意識を向け、思い出したかのように眼前の皿に盛られていた肉を一切れ口へと運び返答する。

 塩気の効いた肉の味が口内に広がり、ブラムはソレを度数の低い酒で胃へと流し込んだ。

 

(今日の酒は、美味くはねぇな)


 そう感じてしまう程度に今のブラムは疲れていた。肉体的なものではなく、精神的な部分からくる疲労だ。

 彼にとってその気分は隣人の如き近さのものではあったが、かといって幾度経験しても慣れるものではなかった。


「しかし隊長……今回は少し想定外の事態もありましたし、仕方ないのでは?」

「阿呆、仕方ないで済ませたらそこで終わっちまうだろう。何の為の訓練だと思ってやがる」


 若い騎士の間の抜けた意見を聞き、ブラムの声音が一瞬怒りを含ませたものへと変わった。

 が、すぐに『こいつには怒鳴るよりも言い聞かせたほうが良い』と考え直し『出ないに越したことはねーだろ』と嗜めるような調子へと戻す。


「オレがサボって酒を飲めるかは、お前らの頑張りに掛かってんだ。頼んだぞ」


 と、少しバツが悪そうにしている若い騎士の肩を軽く叩き、冗談交じりの言葉を掛けたブラムであったが、その胸中にはやはり消しきれない不満の泥が沈んでいた。


(……折角訓練しても死なれると無駄になっちまうんだがな)


 湧き上がる不機嫌さを飲み込むように、もう一度酒を注ぎなおし、一気に煽る。

 酒を飲んでも気分は晴れず、ブラムは己の不甲斐なさを嘆く気持ちを押し殺し、吐き出した。



 ◆



 二級区域への遠征。区域特色は動植物溢れる湿地帯。

 目標は“マッド・ラット”と呼ばれる二メートルほどの鼠型モンスター。

 

 今回ブラム達がそこへと向かったのは【マッド・ラットの異常発生】それの解決にあたるためだった。 

 

 溢れかえったモンスター達は付近の街や村へと被害を広げ、人を襲う。

 周辺地域にまで被害は出ている。モンスターの数もすこぶる多いとの報告。

 と、これだけ聞けば比較的に大きな事件と言えるものではあったが、実の所こういった異常発生は、さして珍しいというものではなく、ある意味で一番起こりやすい問題だった。

 

 大抵、異常発生が起こる原因は――上級エリアからのモンスター進入による食い荒らし、時折現れる強力な個体による食物連鎖の変化、走破者達が危機的状況に陥り、広範囲の魔法を撃ち出し巣が破壊された……

 などによって、一部のモンスターの数が減少、相対的に獲物となっていたモンスターが繁殖を起こす、といったものとなっている。


 勿論、各国それぞれモンスターの数の調査はしているし、討伐依頼などもそれを元に組まれ対策はとっている……が、やはり完全に把握することは不可能に近い。

 解決するのはそれなりに簡単ではあるが、未然にコレを防ぐのは非常に困難なことでもあった。


 区域を丸ごと破壊してしまえばそれで済む話ではあるのだが……それを行ってしまうと、今度は、その区域でしかとれない薬草や、素材、命結晶の保持数低下などに繋がり、下手をすれば国力を落とすことにもなりかねない。

 

 当然の如くその対応策として“人為的に必要な素材を繁殖し区域を潰す”――といったことが過去に計画されたこともあったが、滅多に成功した例がなかった。

 

 危険区域で取れる素材は、その区域だからこそ育ち、生息するモンスター達だって絶妙な生態系のバランスで成り立っている。

 下手に人の手で繁殖などさせようものなら、直ぐにその環境に適応して駄目になってしまうものが殆どであった。

 

 危険区域による被害は無くならないが、消してしまえば多大なデメリットがある。

 中々に悩ましい問題だといえよう。


 そして――そんなどうしても起こってしまう問題を解決していくことこそが、国の騎士や兵士達がこなしている主な仕事。

 

 ただ、全ての区域を彼等だけで回れるはずもない。

 二級以上で問題発生すると、少数の走破者達では対応が取れなくなるから、といった理由もあり、基本的に彼等が動くのは二級区域以上が主で、三級から下は――状況によって異なるが――斡旋所の依頼で解決されることが常となっている。

 

 今回起きたマッド・ラットの異常発生もそういった事態の一つ。


 毒草を貪る泥ネズミの前歯や体液には毒性があり、沼色の毛並みは迷彩の如く発見を遅らせる。

 性格は凶暴。獲物は選ばない。

 単体行動ではなく群れを作る為にその数も非常に多く、いざブラム達が湿地に着いてみれば、確かに少数の走破者達だけではどうにもならないと言える惨状となっていた。


 右を見てもネズミ、左を見てもネズミ。雑食のラット達は、動物も、昆虫も、植物も全てを喰らう。

 溢れかえる程のネズミを見て、ブラムが漏らしたのは『勘弁してくれ』との一言だ。

 

 一番隊から七十、二番から三十、三番から三十、斡旋所から集めた走破者三十、計百六十名での鼠狩は一週間にも渡って及んだ。

 余りの多さに辟易し『もう少し人数を連れてくるべきだったか』とブラムが少し後悔した程に。

 

 だが、単純に数を増やすのが良いかと言うと、それはソレで別の話しでもある。

 

 自由に動ける人員を国元から余り出しすぎるのは避けたい。それに、アーチェやサイフォスを筆頭に、余った人員はそれぞれまた違った場所へと赴かなければならないので、やはり無駄に人手は掛けたくない。


 慎重さというものは美徳ではあるが、大げさに人数を集めるのも、また愚かなことだともいえる。

 とはいえ、斡旋所で雇った走破者達の助けもあって、決して少なすぎる人数でもなかった。

 

 騎士達が中心となり走破者達が動く。

 指揮をとる者が明確にされていることで、走破者達も烏合の衆へとはならず、更に普段から戦い慣れている彼等の存在は、こういった時には非常にありがたい。


 逆に、走破者達にとっても国からの依頼は利益になる。

 単体で区域に行くよりは安全であり、尚且つ仮に家族を残して命を落としたり、一人身でも四肢を失った場合は、国の依頼の場合保証がつく。

 これだけでも走破者達にとっては、十分な利益といえるだろう。


 国と走破者――持ちつ持たれつの関係性があるからこそ、モンスターの被害を抑え、現状を維持することを可能にしていた。



 シトシトと降り注ぐ雨の中、湿地帯でのネズミ狩りは順調に続いた。

 敵の数こそ鬱陶しいほど多かったが、こういった事態に慣れているブラム達にとっては、面倒ではあるが、無理難題というほどのものでもない。

 それほどまでに騎士達は強い――それこそ、ブラムや各隊長は強者と断言できるほどに。

 

 勿論、訓練を積んだ騎士達の強さだって、下手な走破者とは比べ物にならない……が実は個人個人の“戦闘での力量”とだけ断定して見るならば、二級~三級までの者も比較的多い。

 なぜなら、戦闘での力量と言うものは、身体能力だけでは推し量れないものがあるからだ。

 

 魔法を使うセンス。危機を越える才能。武器を扱う上でどうしようもなく越えられない壁。それは本人が望んでも容易くは打ち破れない高い高い壁である。

 稀にこれを努力だけで越える者も現れはするが、それは……そこに至るまで“努力する才能がある”ということなのかもしれない。

 ただ、ここで言う強さとは単純に個人の能力の話ではなく、集団による連携戦闘に関しての強さ。


 効果的な範囲魔法を指揮官が見極め、ただ一言、腕一つ振るだけで揃えて撃ちだし、経験と訓練からなる一糸乱れぬ戦略的な連携は、各々の強さの壁を容易く打破することも可能とする。

 走破者達の中にも、パーティでの連携が得意な者もいるが、それとはまた別の方向性だ。


 十人が十五人分の働きを、百人が百八十人分の働きを、ソレこそが訓練を積んだ彼等の得意分野であり、成果でもあった。


 炎の魔法を風で煽り豪炎とし、雨の如く水を降らせては、一斉に放った吹雪で雹の弾幕を作り上げ、土で作った即席の防壁が、ネズミの流れを塞き止めて、被害が出るのを食い止める。

 順繰りに撃たれた矢弾は途切れることはなく、近接を行う者達は、互いが互いの死角を埋めていった。


 見る間に減り逝く泥ネズミ。殺し尽くさないように気を配る余裕がある程度には、順調だった――四日目の昼になるまでは。



 身体を泥に塗れさせ、ネズミを駆除しながら広い湿地を回り続けて四日。良い塩梅にモンスターの数も減り、多く見積もってもあと一日、それだけあれば帰路につけると安堵の溜息を吐いていた時――ボコボコと沸騰するように沼が泡立ち、沼の底から大量の泥の鼠(マッド・ラット)が湧いた。


 今まで何処に居たのかと言うほどの数。キィキィと耳障りな鳴き声。

 

 ラットを視界に写したブラム達行動は実に迅速なものだった。

 

 アース・メイクを掛け、土の地面を形成し、四方を囲まれぬように土壁を持って防壁を作る。高所に上った三番隊の面々が矢弾を降らせ、二番の魔法が薙ぎ払うかのごとく炸裂。

 一番と走破者達が協力し、次々と鼠を刺し貫き対応していく。


 不意打ちとは言えど、ブラム達を崩せるほどではない。

 また……彼等にとっては自身の動き易さを取るための足場作りではあったが、その実これは非常に良い判断となっていた。

 というのも、彼等が後で知った事実ではあるが、この沼の底には空洞があり、そこが泥ネズミたちの巣となっていたのだ。


 もし足場を固めていなければ、彼等の足元から敵が際限なく出現していただろうし、下手をすれば地面を突き抜け巣にまっ逆さまになっていたかもしれない。


 運も良く、判断も的確。ブラムの指揮により連携も乱れることもなく、難なくこの場を乗り越えられると思われた。

 唯一つ、推測できても、予想は出来ない。そんな事故とも呼べる事態が起こらなければの話しだ。


 頬を雨が濡らす中、ネズミ達の相手をしていたブラム達の耳に、突如として不幸の羽ばたきが襲った。

 

 来る筈が無いモンスター。いるはずが無い強敵。

 空中から乱入を果たした七体のモンスターが、ブラム達の戦闘区域に不幸の影を落とした。


 ゾロリと生え揃った牙、チラチラと口元から覗く炎の舌。赤い鱗は連なる鱗の鎧。

 腕に成り代わり生えている両翼を羽ばたかせている姿は、雄雄しさを体現している。


 大きさこそ全長六メートル程とさほどではないが、ブラム達はその姿を視界に捉え、ギラギラと輝く眼光を見た瞬間、止まらぬ冷や汗が全身から滲んでいくのを感じていた。


 何故こんな場所に竜が居る。と、誰かが悲痛な叫び声が彼等の間を駆け抜けた。


 『フレイム・ワイバーン』そう名づけられたこの飛竜は、メイスリールの東の山脈にある一級区域に生息する『弱竜種』にカテゴライズされるモンスター。

 この場合で言う『弱竜種』とは、一定以下の大きさ、そして強さ、かつ知能がある程度低い竜のことを指す。

 ただ……いかに“弱”と付けられてはいても、種族柄個体の強さが極めて高く、等しく一級に位置しているモンスター達ではある。


 本来の竜など出てくれば、この時ブラム達は間違いなく命を落としていただろうが、それはある意味であり得ないことだ。

 “竜種”と分類される者達は総じて繁殖力が弱く、個体数が極めて少ない。更に軒並み知能が高いこともあって、人が住むような場所に姿を現すことが稀だ。


 強さで言うならば、このモンスター達とは比べ物にはならないが、危険度という意味合いでならば“竜種”は比較的低い所に位置している。


 だがしかし……だ。この時のブラム達にとってはそんなことはどうでも良いほどに、出会いたくない事故だったと言えるだろう。


 本来ならこんな場所にいる訳がない相手なのだが、間が悪かった。いや運が悪かった。


 異常発生したマッド・ラット。毒すらも効かないワイバーン。

 実はこの時――ワイバーンの住んでいる一級区域の餌が減少している状態に陥っていたのだった。

 つまりは、この竜にとって、食っても食っても湧いてくるネズミ達がいるこの場所は、遠出する価値があるほどの、正しく餌の宝庫となっていたということだ。


 普段であれば例え『弱竜種』といえども問題なく処理できたが、この時は状況が劣悪だった。

 周囲を見れば鼠の群れ。土の地面から降りれば足元の敵に対応が出来ない。

 そんな状況下において、空から降り注ぐ七本の火炎の吐息。


 笑う暇すらなく、泣き叫ぶ時間すらもなく――ブラム達は戦った。吐き出されるブレスを暴風で吹き散らし、滑空してくるワイバーンへと向けて猛攻を掛ける。


 獲物見て舌なめずりするかの如く、炎が地面を舐め。竜の相手をしている最中も、泥の群れが足元に這いよってきていた。

 危機的状況、四面楚歌といっても過言ではないほどの状況。


 だが、ブラムにとって……いや十年前の肉沼が溢れたあの時を知っている騎士達にとっては、この程度では諦めるなど許されない。

 王が死んだ。その時の隊長が死んだ。ゴンドやゼムが居てさえ尚、国が崩壊しかねない危機だった。


 あれに比べれば、今が何と温いことか。

 

 燐炎が舞い散る中で、火炎が雨も湿地も蒸発させる中で、それでも彼等は絶望を感じてはいない。

 雄叫びのような魔名が響く度に、竜へと向けて魔法が放たれ、誰かの絶叫が聞える度に、光が瞬き傷を癒す。

 炎熱を阻むのは幾重にも張られた風の膜。空を駆う竜の進路を阻むのは、貫き立った氷の塔。

 

 こんなものは絶望的状況ではない。

 折れぬ心こそが騎士の剣。砕けぬ意思こそが騎士の盾。


 咆哮が、絶叫が、乱れ飛ぶ戦場。

 時間の流れすら分からぬままに戦い続け――最後の竜を落としたのは、ブラムの号令と共に放たれた落雷の嵐だった……。

 


 四肢を落とすほどの重傷者――十名。

 死者――三十名。

 怪我を負っていない者など誰一人としていなかったが、回復魔法の恩恵によって、死者の数は奇跡的に少なく済んだ。

 が、二級区域で出すにはあまりに多い。やはり、どうしたって人数が多いほど、相対的に死者の数は増えてしまうのは避けられないことなのかもしれない。

 

 手を伸ばせる範囲は狭く、広くなるほど届かない。

 

 書類上で結果だけを見るならば、この被害状況は十分良しと出来る範囲。

 しかし、ブラムにとってこれは勝利ではない。呆れるほどに自分の未熟さを確認させられた敗北である。



 ◆



 ブラムはテーブルを指先でコツコツと叩きながらも、遠征を思い出して更に顰めたものへと表情を変えていた。


(新米も中々育ちゃしねーな。助かったのは実力の抜きん出た奴が死ななかったことか……っち、自分でも嫌になる考え方じゃあるな)


 ブラムは自らの考えに、思わず少しだけ嫌悪感を覚えたが、隊を率いる者として、喜ぶべきは被害の少なさと、これから先にまた育てていかねばならない新米のことだった。

 

 正直、既に慣れた彼にとっても、実力の差で命の重さを測るかのようなこの思考は、易々と甘受出来るものではない。しかし、割り切って考えなければ勤まらないのもまた事実。

 率いてこそ分かる悩みだ。


 背負う命は重く、記憶に刻まれた前任者の姿は果てしなく遠い。


 しかし、潰れることなどあり得ない。投げ出すことなど考えもしない。

 『私の代わりに守っておくれ』『お前に任せれば安心だな』

 そうやって尊敬すべき二人から受け渡されたこの重みは、ブラムにとっては決して捨てられない大事なものでもあるのだから。

 

 とはいったものの、やはり気分は上がらない。

 ブラムはムスリと表情を固定したまま、残った食事を片付けていった。



 暫く経ち、食事を終えてイスに座ったまま眠気に任せ、うつらうつらとしていたブラムだったが、右前方から聞えてきた騒がしい話し声によって、ソレを中断させられた。


(ったく、元気な奴らだ。なに騒いでやがる?)


 眠気を晴らされた愚痴を零しながら、ブラムが声の方へと視線を向ける。

 視界に映ったのはギランと数人の騎士、全員が一番隊の面々……いや、若干一人妙な人物が紛れている。

 ギランの隣に佇んでいたのは、ヤンと呼ばれる彼の付き人だ。


 ギランの座っている前方のテーブルには、無駄に綺麗なクロスがかけられ、その上にはこれまた無駄に豪華なティーセット。


 やたらと鼻に付く苦みばしった謎の香りと、用意されているティーセットを見てブラムは『なにやってんだ……』と呆れ混じりに吐息を零した。

 そんなブラムの視線など気が付くこともなく、ギランと騎士達は、未だギャーギャーと騒ぎ続けている。

 

「はは、君達ぃ、僕の素晴らしいお茶の香りがそんなに羨ましいのかい? 頭を下げるならば少しだけ分けてあげなくもないが?」

「誰がいるか馬鹿野郎っ。おい、ギランっ。頼むからそのひでぇ臭いのお茶をどっかにやってくれ! 酒が不味くなるだろっ」

「つかギランよぉっ、何でここまで付き人連れて来てんだよ……阿呆だろお前っ」

 

 高笑いを上げながらカップを口元に運ぶギランに、鼻を抑えた騎士が文句を放ち、もう一人の騎士が、横合いに突っ立ってヤンを指差し呆れ顔を向けた。

 ソレを受けたヤンは胸元に右手を当てると、さも申し訳無さそうな表情を湛えて、騎士にスッと頭を垂れる。


「ご気分を害されたのなら申し訳ありません。(わたくし)と致しましても大変残念なことではありますが、坊ちゃまは一人では食後お茶を入れることすらままならぬので、ここはどうかご容赦を……」

「おい、ヤンっ、余計なことは言わなくても良いのだよっ!」


 ギランが目を見開きヤンに静止の声音を上げるが遅く、サラリと暴露された事実を聞いて、騎士達がヒィヒィ言いながら腹を抱えてテーブルを叩く。

 憤慨しながら騎士達を罵倒するギランだったが、これもいつものことなので、騎士達は気にする様子すらない。


(ギランの奴……性根はマシになったが、性格の方は余りかわりゃしねーな。いや、しぶとさだけならある意味一級になったか?)

 

 相変わらずのギランであったが、ブラムはこれでも彼に感心している部分があった。

 というのも、今回の遠征に実は彼も付いていっており、更にはこうやってしっかりと生き残ることが出来ていたからだ。


 あの炎と鼠溢れる戦場で、ギランは生き延びた。

 圧倒的な活躍こそしなかったものの、あの乱戦の中で敵の動きを見定め致命傷を避け続けていたことを、ブラムはしっかりと確認している。


(まぁ、あんだけ叩き潰されてりゃ……な)


 ゴンドとゼムの地獄めぐり。どうやらその成果の程はキチンと出ているようだ。とブラムは生暖かい視線をギランへと降り注がせた。


 ただ……以前よりも成長していることは確かではあるのだが、別にギランが急激に強くなった訳ではない。

 むしろ、隊の中で見れば未だ下から数えたほうが早い程度。

 

 それも仕方ないと言うべきか……ギランにとって非常に残念な結果ではあるのだが、ゴンドとゼムの可愛がりは、実は殆ど訓練になっていない。


 当然だ。普通に考えれば分かること。

 何故なら、ギランにしてみれば『自分が何をされているのかも良く分からないままに、気が付くとやられている』という状態なのだから、参考にも練習にもならない。これでどうやって強くなれというのだろうか。


 一応、元々ギランの性根を叩き直すことが目的なのだから、その辺りは効果が出ている……と言ってもいいのだが、実に不憫な結果ではある。


 しかし、そんな理不尽なまでの訓練を受け続けたせいで、幸か不幸かギランはある一点において多大な成長を見せていた――端的に言えば“本能的に自分の命を守る”といったものだ。

 

 避け損なえば、いつか死ぬ。

 ゴンドやゼムが最大限手加減していることにすら気づかぬギランにとって、これは本能に深く刻まれた(トラウマ)

 

 目で見えなくても事前の動きで判断し、最小限のダメージで済ませるように反射的に動く。避けることなど一日目から諦めていた。

 彼はこう考えたのだ……ダメージを減らせれば御の字だ、と。


 爺の恐怖に毎日晒されていたギラン。

 そんな彼にとっては、もう弱竜種など鳩にしか見えなくなっていた……いや、ただそう見えるだけなので、実際突っ込んでいけば返り討ちにされるのは間違いないのだが。

 

 つまり簡単に言えば、ギランは見事殴られるプロフェッショナルへと進化を果たしていたのだった――。

 

(なんとも……微妙な)


 思わずブラムの口から苦笑が漏れていた。

 ただ、ソレは馬鹿にした意味合いではなく『オレもその気持ちは分かる』といったもの。


(だが、生き残れるのも立派な才能だ。死ななきゃ実力はいずれ嫌でも付くしな)

 

 人を育てるということは、不安定な石を積み上げて塔を作るのに似ている。ブラムはそう思っていた。土台ともいえる場所をどれだけ頑強に広く取れるかで成長に差が現れる。


 コツコツと石を積み上げていく地道な作業。それをいとも容易く崩すモンスター。

 

 経験という名の石を積み上げては崩されて、それを経験していくうちにブラムは、生き残る――それがいかに重要な才能かを感じ取っていた。

 狙ってなのか何も考えていないのか……ゴンド達が何を考えギランを可愛がっているかは分からないが、生き残る嗅覚が鍛え上げられていることは重要な要素だ。


 未だギランには尖った石片の如き高慢さが感じられるが、それだってゴンドや訓練の激流によって、転がって、削られ、丸みを帯び始めている。

 その証拠に、既に隊の中ではあの偉そうな態度も、ある意味愛嬌とも呼べる程度には受け入れられていた。

 

 いや……偉そうな態度でも訓練では先輩にボコボコにされているのだから、なんとも憎むに憎めないだけなのかもしれないが。


(うるせーうるせー。なんとも喧しい奴らだ)


 ブラムが抱いていた陰鬱な空気、それは繰り広げられている騒がしさによって、ほんの少しだけ和らいでいた。

 テーブルに肘を付き、手に顎を乗せながらも、ブラムがそんな光景を眺めていると『やはり君達程度ではこの高貴な香りがわからないのさっ』等と捨て台詞を吐いていたギランと視線が交差する。


「おや、ブラム、調子が悪そうでなによりだ。そろそろ僕に隊長を譲って引退してはどうかな?」

「お前も懲りない奴だ……頼むからそういう台詞は、もう少し実力をつけてから吐け」


 片手にカップを携えてのたまったギランの言葉を、ブラムは手を振りながら相手にすること無く受け流した。

 これが行軍中での一幕だったならば、教育の意味も込めて鉄拳制裁が飛んだかもしれないが、今は身体を休めるための自由時間でもある。

 休暇中とも呼べる今、ブラムとしてはそこまで厳しくすることはないだろうとの判断だった。


「ふん、いずれは君も僕の部下になるのだから、僕としては今から身の振り方を考えて置いたほうが良いと思うんだが。

 ああ、所で、お茶を飲むかい? 誰もこの素晴らしさを判る奴がいなくてね。困ったことだよ」


 ギランの台詞と同時に、ブラムの眼前にヤンからサッとカップが差し出される。

 が、その中身を見たブラムの表情は、文字通り苦虫を噛み潰したかのようだった。


 鼻腔をくすぐる独特の香り。飲む前から既に味が透けて見えそうな毒々しい青いお茶。

 良くこんなものが飲めるな……などと呟きながら、ブラムは差し出されたカップをやんわりと退ける。


「え、遠慮しておく。つかギラン、お前酒止めたのか? 最近飲んでる姿を全くみねーんだが?」

「――ッツ!? ブラム……君はなんて馬鹿なことを言うんだい?」


 ブラムの質問を耳にしたギランは「信じられない」とばかりに、口を半開きにして、目を見開いていた。

 何かオカシナことを言っただろうか? などとブラムが首を捻っていると――額に手を当てたギランが急にプルプルと小刻みに肩を震わせ、決死の覚悟を決めた戦士のような表情を湛え、口を開く。


「仕方ない。何も知らない君に僕が親切にも教えてあげよう。

 いいかい? ……酒が残ると……反応が鈍るんだよ」


 鼻の穴を少し興奮で膨らませ、まるで世界の真理を発見した、とばかりにギランが重々しく呟いた。


「それがどうしたってんだ? 任務中じゃなきゃ別には問題ねーだろうが」

「だ、だから君は馬鹿だというんだッ!? 死んでしまうじゃないかッ、避け損なったら死んでしまうじゃないか!?

 腕輪があっても落雷を喰らうと痛いんだッ、殴られると身体と意識が飛ぶんだ!」

「……嗚呼、そういやお前殆ど毎日だったな」


 不憫な子を見るかのような視線をギランに向けたブラムに、ヤンが「三日目に眠れなくなり、お酒を召されたところ、次の日が……」と補足を入れる。


「ってことは、その異臭のする茶もその対策か?」


 ブラムが眉根を寄せてギランの持っているカップを指差すと、ギランの表情が自らの玩具を見せびらかす子供のように変化した。


「おお、君も中々分かっているじゃないか。そうだこれは南方地方から取り寄せた特別製の健康茶……これを飲めば疲れも吹き飛び身体の痛みも和らぐんだよっ、凄いだろ? 羨ましいかい? はは、残念だがあげないよ」

「いらねーよ……ん? ってギラン、お前まだその花持ってんのか? 随分と意外だな」


 いつのまにか健康マニアになっていたギランに、憐憫(れんびん)の眼差しを向けていたブラムだったが、彼の腰元のベルトに刺さっている白い花を見て――思わず感心の声を漏らした。

 

 その花は、帰りに立ち寄った街中で「僕がモンスターを退治したのさっ」とのギランの言葉を真に受けた子供から、お礼に貰ったもの。

 ブラムとしては、よく今までこいつが持っていたな。といった心境だ。


 大分コイツにも可愛気が出てきたもんだ。などと思いながらブラムが笑っていると、

「……ん? ああ、これかい? 貰ったはいいけど、残念ながら捨てる機会が無くてね。ふん、邪魔でしかないよ」

 それが気に食わなかったのか、ギランは白い花を手に取り、つまらなそうに言い捨てた。


「ヤンっ、この花をさっさと捨てておいてくれたまえっ」


 ヒラリと花を手から落とし、差し出されていたヤンの手の上にギランが花を落とす。

 まさかほんとうに捨てるのか? と事の成り行きをブラムが見守っていると――ヤンは少し思案した後、ギランに囁くように質問を向けた。


「坊ちゃま、どのようにして捨てれば宜しいでしょうか?」

「そうだな……ぺしゃんこに潰してしまうのがお似合いだろうね!」

「ほう……では、本に挟んでしまえば良さそうですね」

「ふむ、さすがだなヤン」

「光栄です」


 呆れ顔のブラムをよそに、花の処遇があっという間に決まる。

 どうやら、あの花はしおりにすることに決まったらしい。よくあの一言でギランの言いたいことがわかるものだ。


(まあ、始めての遠征で感謝を受ければ嬉しいもんだ。ギランの奴にもこれで少しは自覚が出るといいんだが)


 感謝を形にされるのは、例え花でも嬉しいものだ。こういった小さな積み重ねこそが、きっと気力を支える何よりの褒美なのかもしれない。


 面白い……これだから人の上に立つのは面白い。

 ノロノロと妙な成長をしていく下っ端を見て、ブラムの口元は自然に緩んでいた。



 ギランの健康グッズ自慢をブラムが騎士達と共にからかい続けて一時間程経った頃――木製扉がガタリと開き、ブラムのよく見知った青年が顔を覗かせた。


 均整の取れた顔と涼しげな目元、淡い水色のローブとよく合っている金糸のような髪。

 メイ曰く『酒を飲まなきゃ爽やかイケメン』こと【サイフォス・クライム】その人だ。

 

 キョロキョロと周囲を伺いながら食堂へと入ってきたサイフォスは、談笑していたブラムを見つけると、三十センチほどの荷物片手に歩み寄り、声を掛けた。


「ブラムさんここに居たんですね。探しましたよ」

「なんだ、サイフォスお前も帰ってたのか。何か用か?」

「ええ、先ほど。用と言いますか……ブラムさん、面白い物が届いてますよ」

 

 はい、とブラムに差し出されたのは、サイフォスが抱えていた四角い木箱。よく見てみれば、天板に書かれている宛先は城、そしてブラム達一同へと書いてある。


「一体誰から……って、オイこれメイからじゃねーか!?」

「ねえ、面白いですよね?」


 本人証明代わりの刻印と、不慣れさを感じさせる汚い手書きの名前。

 それを見て、思わずブラムは驚きを滲ませ、サイフォスは楽しそうに微笑んだ。


「……差出元はリドルか、てかメイの奴ほんと何やってんだ」

「何時の間にやら時の人ですからね。帰ってきて耳にした時は、さすがに驚きましたよ」


 ブラムは呆れ顔で、サイフォスは荷物に興味を抱きながら覗き込んでいる。二人の顔つきは異なったものだったが、その瞳の奥には一様に驚きの感情を揺らしている。

 それも無理からぬこと、遠征から帰った直後に聞いたとある話し、それを聞けば大概の人間は驚かざるを得ないのだから。


 “蟲毒が消失した――依頼を受けた中心人物の名前はメイ・クロウエ”

 

 使い魔を使用され届けられたその速報は、ブラム達の言葉を失わせるには十二分の事実。

 最初にそれを聞いてブラムが呟いたのは『何でそうなった』この一言だった。

 

 あれだけ平和に旅をすると言っていたメイが、自ら獄に入り込み。しかもそれを走破したなど、ブラムにとっては少し予想外の話し。

 

 そして冷静になってみれば、改めて感じたのは呆れ。

 というのも、既にブラムを筆頭に一部の騎士達は女王から内密に聞き及んでいることがあったからだ……。


 クレスタリアでの事件。水晶騎士の言による所だけなので、確証こそないが、水晶平原もメイ達が潰したと聞いた。

 更には今回の蟲毒だ。


「どうしてこうも問題事にばかり首を突っ込むかね。メイの奴は」

「さあ、なんでしょうね。そういえばアーチェが言ってましたね『何か起こったら全てメイ君が関わっています……きっと身体の八割が問題で、二割はきっと空っぽです~』とかなんとか」

「サイフォス、あれだ、笑えねぇよ」


 さすがにここまで来ると、あながち冗談とも思えなくなってしまったブラムは、思わずサイフォスに向かってそう零す。

 メイが関わった獄、そのことごとく潰れている。今まで消したくとも消せなかったあの区域が。

 

 笑えない。本当に笑えない。

 

 誰も出来なかったことをしたから? いや違う。

 引き寄せられるかの如く、メイに問題が群がっているようにしか見えなかったからだ。

 大丈夫だろうか。ブラムの胸中に流れたのは、ただメイ達の身を案ずる感情だった。


「でもブラムさん。ドリーさんを含め、三人とも無事なようですし、とりあえずは安心しましたね」

「……最初は少し焦ったがな」

「ああ、リーンのことですね」


 蟲毒に向かった走破者の名前一覧、その中にリーンの名前が書かれていないことに気が付くのは、ブラムとサイフォスにとっては自然な流れ。

 ただ、『何かあったのか?』と焦って聞いてみれば何のことは無く、しっかりとメイの側には赤髪の騎士がいたとのこと。

 それに、仮にリーンが死亡したりすれば『斡旋所経由で情報が流れてくる筈……』と思い至りようやく胸を撫で下ろしたのだった。


 ブラムもサイフォスもまだ詳しい内容こそ知らず『余計な心配を』と愚痴を零してしまったが、それでも二人が無事ではあることが分かっただけでも十分な朗報だ。



「メイからの荷物……なあ? 重みは……それなりか」


 そんな心配ばかりを掛ける問題児から送られてきた謎の木箱――それをブラムは両手で掴んで少し振ったり興味津々な様子で弄んでいた。


「サイフォス、こりゃ一体ナニが入ってるんだ?」

「えっと……話しを聞くと何かの瓶みたいですよ。急いでいたので余り詳しくは聞いていないのですが、渡された時に妙に嫌そうな顔をされましたね。もしかしたらお酒かもしれませんよ?」


 ブラム達個人に宛てたものならば何も問題はないが、宛先が城となっている以上検査は勿論入る。

 サイフォスが酒だと予想したのは、検査人がアルコールの匂いが苦手だったりすると、稀に渡されるとき嫌な顔をされることがあったからだ。


「っく、メイの奴、中々味な真似しやがる」


 手紙で酒を要求した記憶があるブラムは、迷いも無く酒だと断定し、喜び勇んで荷物を開けていく。

 中から出てきたのは、長方形で口に向かって段々と細くなっている茶色い瓶。ブラムが手に取り少し揺らしてみると、ちゃぷちゃぷ液体が揺れる音と手ごたえが返ってきた。

 

「おお、おおお? 酒だ、間違いなく酒だっ」

「確かに瓶はお酒みたいですね?」

「よし、少し味見を……」


 ブラムはいそいそと手に取ると、コルクで閉じられた瓶の口元に手をかけ、一気に開封し、コップに注ぎ込んだ。

 トクトクと流れるどす黒い液体。

 周囲の空気、それが染色されたかのように様変わりした――とてつもない“異臭”によって。


「うおおおおお、ざけんなッ、なんだこの臭い!?」

「ブラムさんっ、ちょっと臭い!? 早く締めて、いや、誰か窓を開けなさい!」

「隊長ッ! 何やってんですか――ッ」


 阿鼻叫喚。

 ハッカに近い目に染みるような臭い、カメムシを更に強烈にしたような苦さ、そこに酸味溢れるレモンの香りを足したかの如き芳醇な異臭によって、ブラムが叫び、サイフォスが動揺し、周囲の騎士は鼻と目を抑えて抗議の声を上げた。


「捨てろッ! 早くコップに注いだ中身を窓から捨てろ!」

「ブラムさん、落ち着いて! 暴れないでくださいってコップが倒れ――あ……」

「ちょ、隊長! あああああッ!?」


 指示を出そうと手を振ったのがいけなかった……。

 ブラムが慌てて振ったせいで右腕は見事コップに直撃。

 バシャと恐怖の音を立てて、テーブルには異臭の水溜りが出来上がった。


「――ッ――ッツ!?」


 余談ではあるが、この時轟いたブラム達の絶望の叫び声は、城の中庭で新型の魔道具を試していたゲイルの耳にまで届いていたそうだ――。


 

 木箱の底に同封されていたメイから手紙の数は、人数分とプラス一枚。

 【開けた後、最初に見てください】と書かれていた手紙には、こう書かれていた。


【恐らく最初に開けるだろうブラムさんへ。

 

 そういえばブラムさんは、お土産にはお酒が良いと言っていたのですが……僕としてはやはり貴方様のお体がとーっても心配です。

 そこで、考えました。お酒はお酒でも、リドル産の特性薬草酒を送ればいいじゃないっ、と。

 これで健康になってくれると、凄い嬉しいです。残さず飲んでください。


 追伸――もし仮に、仮に気に食わなかった場合は、サイフォスさん、ゲイルさん、そしてアーチェの順にこのお酒を回してくれるといいんじゃないですかね?

 香りが少し特徴的ではありますが、そこは“内緒”にして貰ったほうが、いい気がします。

 “一人”にしか回らないと、お優しいブラムさんとしても“不本意”でしょう。

 きっと浮かべられるであろう最高の笑顔を想像して、僕は今も胸の高鳴りが抑え切れませんっ。

 お礼なんていらないです。では楽しんでください】



 この手紙を読んだ、ブラムとサイフォスは、口を噤んだまま仲間を増やしにゲイルの元へ――そして、ゲイルを共に引き連れてアーチェの元へと向かうこととなる。

 

 最終的には、酒はブラム達に飲まれることはなくギランの手に。


 ギランが『リドルの特性薬草酒じゃないか! 本当に貰ってもいいんだね? 中々これは手に入らないのだよ』とかなり嬉しそうにしていたことから、ブラム達はこの酒が本物の薬草酒であることを知った。


 その後、口直しに……いや、鼻直しに被害者友の会を開いた彼等は口を揃えてこう言った。

 『本物を選んで送りつけてくる辺りに凄まじい悪意を感じる』と。





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