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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
混淆都市シルクリーク
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新顔の悩み 新顔が悩み



 リドルから出てまだ二日目。幸運にも未だモンスターに襲われることなく平和が続く。


 整備されていない道を進んでいるせいか、振動軽減の魔法が掛かっているはずの車体が時折ガタリと揺れていた。

 リドルで買っておいた積荷。山のようにとまではいわないソレが、揺れで崩れないかだけを確認し、俺は外の景色へと視線を戻した。


 陽光差し込む蒼天の空。気持ちよくそよぐ爽やかな風流。

 流れる雲のなんと白く流麗か……などと、そんな天気であれば、きっと馬車旅をするには絶好の日和だっただろうに。


「曇ってんなー」

「曇ってるだでー」


 走る馬車の幌内、その最後尾――俺の零した不満の声に、すかさず真横に座っていたドランが相槌をうってきた。

 ドラゴニアンらしい口元を少し曲げ、困ったような表情をするドランも、やはり不満げな様子。

 しかしそれも仕方ないことだろう。

 遮られた太陽光と、空に埃でも積もっているかの如く漂う灰色の雲海。

 少し前まで晴れ渡っていた筈の空は、今ではこの様子。


 吐息とも溜息とも言える呼吸の流れが口から漏れる。


 武器の整備は既に済ませている。シルクリークに向かうにあたっての話し合いは、前方に御者のいるここでするわけにはいかない。

 端的に言えば、俺は少々暇を持て余していたのだ。


 やることと言えば、仲間と会話を交わすか景色を眺める位しか出来ないこの状況で、その一つを天気によって封じられたのはかなりの痛手だ。

 残っている会話も……問題と呼べるほど大げさなものでもないが、少し困った事態になっているし、本当にどうしたものか。

 

 俺は、真向かいに座っているリーンと、その左隣で少し距離をあけて座っているリッツに視線をやった。

 彼女達が現在俺を少しばかり悩ませている問題の種だったからだ。


「ドリーちゃん、私も樹々ちゃんにご飯あげてもいい?」

『むふ、リーンちゃんもお久しぶりですし、存分に堪能してくださいっ』

〈ギャー〉


 各部の鎧を外し、インナーと赤いスカート、その上から桜色の上着を羽織ってくつろいでいるリーンは、ドリーを膝の上に乗せながら、指で野菜を摘み、樹々に楽しそうに餌を上げている。

 その姿は少し前まで呪毒で苦しんでいたとは思えないほどに、生命力と活力に満ち溢れており、思わず自分の苦労が形となって報われたような気がして、自然と頬が緩んでしまう。


 とりあえず、ここまでは特に問題無い。


 俺は、リーンの隣に座っているリッツをチラリと見た。

 服装は常と変わらず、バックラーやベルトのみを外して、片膝を立てて座り込み、黙々と武器の整備をしている白いフサフサ。


 素晴らしい、とても大事なことだ。武器の手入れをするのは走破者として、すごく重要なことだと思う。

 思うんだ……がっ。


 ――あの馬鹿リッツの奴、いつまであーやってるんだ?


 艶めく銃身。ギラギラと輝く銀の装飾。銃口先に繋がっている銃剣部分など鏡面の如き美しさを見せている。

 既にリッツの武器は、これ以上の手入れが必要だとは思えない程の輝きを、その身に宿していた。

 当たり前だ、彼女は初日から延々と、黙々と、そして淡々と同じ作業を繰り返しているのだから。


 無駄に、大人しすぎる……。


 リーンとリッツ、距離は近いが何故か遠いこの二人。

 時折思い出したかのよう言葉を交わすこともあるのだが、一言二言喋ったら千切れた糸電話の如く、そこでプツリと話しが終わってしまい、中々会話が弾む様子はない。

 彼女達の間に流れている微妙な空気の重さと、異常なほどの会話の無さは一体なんなのだろうか。


 別に仲が悪いってわけじゃないと思うんだが。


 リッツを含め、蟲毒を走破した隊の皆は、リーンにとっては恩人といっても過言ではない。

 さらに、リッツは同性ということもあって、見たところラングの時ほど警戒心を持っている訳でもなさそうだ。

 恐らく、リーンの態度に硬い部分が残ってしまっているのは、今までリッツと会話する機会に恵まれていなかったから、なのかもしれない。


 対するリッツ……は『見た目が同じだけで中身別人なんじゃね?』と思わずにはいられないほどの静けさを延々と保ち続けている。


 なんとも“らしくない”


 リッツの長所でもある快活さや騒がしさはどこへやら、まるで『喋りかけないでよね』と言わんばかりの口数の少なさ。

 リドルから出発した当初は『岩爺さん達と別れてきっと寂しいんだな。いつも喧しいくせに可愛いところもあるじゃないか』などと思い放置していたが、流石に此処までくると不気味でしかない。


 ドリーや俺とは普通に話しているのに、リーンやドランとは余り会話が弾んでいない。

 ……いや、ドランは少し違うか。

 

〈メイどん……リッツどんは機嫌わりーのけ? お、オラ怖くて喋りかけらんねーんだけんどもっ〉

〈わからん。機嫌悪いのか? って聞かれると、微妙に違う……ような気がするんだよな〉


 彼の場合は単純にリッツの雰囲気に腰が引けているだけだった。


 恐る恐るといった様子で横合いからヒソヒソと声を掛けてくるドランに返答し、リッツの表情をばれないように覗く。

 

 眉間に寄せられた皺、ムッツリと曲げられた口、普通に見れば完璧不機嫌な表情なのだが、彼女に関しては違っているように感じる。

 そう感じた理由としては、俺の中でのリッツのイメージは『不機嫌ならば、表情と一緒に口が出る』、だからだ。

 まだ短い付き合いではあるが、リッツは共に蟲毒を走破した仲間。俺の想像がそこまでかけ離れたものだとは思えない。


 なんとなく、今のリッツの姿を見ていると『借りてきた猫のようだ』といった言葉が脳裏に浮かぶ。


 いやいや……まさか、そんな馬鹿な。リッツに限ってそんな殊勝な性格している訳がないよな。


 始めて会った時の彼女の様子を思いだし、俺は頭に過ぎった考えを底へと押し込んだ。

 困惑する俺と、戦々恐々と事態を伺うドラン。

 

 そんな俺達の心配など露知らず、リッツが不意に作業を続けていた手を止め――リーンの方へと顔を向けた。

 一瞬で温度が冷え、俺とドランの間に脱兎の如き速さで緊張が駆け抜ける。


〈何が……一体何が始まるんだ!?〉

〈メイどん……また会えて嬉しかっただで……オラもう守りきれる自信がねーだよ〉


 早鐘を打つ心臓を押さえつけた俺とドランは、事態の行方を見守った。

 顰めた表情はそのままに、少し唇を震わせたリッツが、口火を切る。


「……あ、後どれくらいで着くのかしらねッ」

「そうですね……後三日ほど進んだら馬車から降りることになるんじゃないかしら? その先は進んでみないことには分からないわ」

「そ、そう。ありがとう」

「いえ気にしないで」


 …………。

 ――会話が続かねえええええッ!


 再び降りた静寂の幕。空気は和らぐことなく、より緊張感漂うものとなっていた。


 気まずい、見てるだけで凄く気まずい気分になってしまう。

 何であそこだけあんなに空気が張り詰めてんだよ。女の子らしくもう少しキャッキャッウフフ、と会話しろよ。   

 リーンもリーンで、もう少し広げようよ会話をさッ!


〈なんだあれ、なんだよあれ〉

〈ひぃぃ、オラもう耐えらんねーだで〉


 悶えるようにバタバタと暴れる俺と、その真横で、ワッと両手で顔を覆って指の隙間から瞳を覗かせているドラン。


 今の俺の気持ちを表すなら『一週間くらい経ち、話題性がなくなってしまった転校生が、頑張ってみんなの輪に入っていこうとした……が、あえなく失敗。それを目の前で目撃してしまった気分』といった所だろうか……。


 ――ハッ!?

 そこまで考えたところで、先ほど底へと押しやっていた考えが一気に再浮上。

 脳裏に浮かぶ『ありえない』といった否定的な考え。

 俺はその真偽を確かめる為に、リッツの今の姿をもう一度だけ伺った。

 

 いつもより少し膨らんだ両頬、頭上でフルフルと小刻みに動いている耳。

 頬は少し赤らんでいて、握った両拳が少し白くなっていることから、リッツの全身に無駄に力が入っていることが嫌でも理解出来てしまう。


 え……まさか嘘でしょ? 本当に? いやいやー、隊の皆と話してる時とか普通だったよねお前。


 最終確認といわんばかりに、何気ない素振りを装い、リッツへと話しを振ってみる。


「そういえばリーン、リッツってさやたらと射撃が上手いんだよ。リーンは倒れてたし、見たこと無かったよな?」

「そういえばそうね。何度かドリーちゃんとメイから聞いたことがあったけど、直接見たことは無かったかもしれないわ。今度見せて貰おうかしら?」

 

 顎に片手を当てて小首を傾げたリーンは、リッツに向かって少し微笑みながら「良い?」と声をかけた。


「――!?」


 ビシッ、と固まるようにフサフサの尻尾が動きを止め、毛が逆立っているのか、少し大きさが膨らんだ。

 なんとも面白いほどに、彼女は反応を示してくれた。


「べ、別に構わないわよッ、なんなら今撃ってみても良いけどッ?」

「アホか白フサッ、今やらんでも良い。後にしろ後にッ」


 ピクピクと鼻頭を動かし少し焦った様子で、魔銃を手に取り外に向かって構えたリッツを、俺は『落ち着け』と言わんばかりに両手を翳して止める。


「そう? アタシの腕前を拝みたいなら、いつでも言うといいわ。特別に見せてあげるから。ありがたく思いなさい」

「そうね、ありがと。戦力の確認も大事ですし、馬車を降りてからにしようかしらね」

『っふっふっふ、白フサさんの腕前を見たらリーンちゃんもきっと驚愕で、えっと……わぬぉぬぉいてしまうでしょうっ』


 戦慄(わなな)いてですドリーさん。

 頑張って難しい言葉を使おうとして、あえなく失敗してしまったドリーに、心の中で突っ込みを入れながらも――俺は、千切れんばかりに動かされているリッツの尻尾を見て、自分の考えが間違っていないことを確信した。


 一気に抜け落ちる力、緊張感も何もかもを放り出して、俺はズルズルと馬車の外枠に背を預けてしまう。


 反応、仕草、言葉の調子。改めて見て分かってしまった。

 ……もう間違いない。アイツ、人付き合いが“超下手糞”だ。


 黙っていたのは何と話しかけて言いのか分からなかったからで、延々と武器の整備をしていたのは、緊張を紛らわせるためだったのかもしれない。

 

 何でいきなり。

 以前と今とで違う状況といえば、岩爺さん達と別れたこと位しか俺には思いつかないが、リッツの態度を見ると、恐らくそう思って間違いないだろう。

 蟲毒の中に入っていた時は、それなりに隊の皆とも話していた記憶があったのだが、一体どういう心境の変化なのか。


 なんと言えばいいのか……無駄に力が入りすぎている。そんな印象を抱く。

 

 なんか、ビビッて損した気分だ。


 リーンとの話しを終えて、また整備に戻っているリッツを見て、俺は思わず呆れ混じりの愚痴を零した。

 しかし、気がついてしまったからには、どうにかしてやるべきだろう。

 これから戦闘もあるだろうし、仲間内での連携は最重要になってくる……。

 いや、そういう問題でもなく、旅を共にする仲間となったのだ、手を貸してやるのは当然だ。


 隊を率いていた癖が付いてしまったのか、ついつい殺伐な思考に寄った。

 よろしくない。重要なことではあるが、そればかり考えるようになってしまったら、きっと“俺らしさ”というモノが無くなってしまう。

 真剣に考えるべき状況と、それ以外を一緒にしないように気をつけないと。

 陰鬱な考えを浮かべることなど、きっと仲間も隊の皆も望んでいたことではないのだから。


 死んだ人達の考えまではわからないが、それでも俺は俺らしくを貫こう。

 そんなことを考えつつ、少しだけシンミリとしてしまった、気分を入れ替えた。

 

 気分を新たに、俺は早速リッツが溶け込めるように色々と行動を起すことに。


「さてお前らっ、お互い名前も知っているからって、まともに挨拶もしてなかったし、ここは一つ握手などをして親交を深めてみようじゃないか!」


 パンパンと手を叩きながら、そんな提案を持ちかける。

 全員『突然何を言い出したんだ』みたいな表情をしているが気にしない。

 正直、若干自分でも唐突だとは思ったのだが、何事も始まりが肝心、少しくらい強引でも流れをそちらの方向へと向けてやるべきだ。


「メイがそういうなら、私は別に構わないわよ?」

「あ、オラもだで」

「っは、クロウエにしては中々良い事を言うじゃない」

『私の場合は握手なのでしょうか……それとも抱擁になるのでしょうか。むむ、中々難しい問題ですっ』

〈……ギィ?〉


 とりあえずドリーの難問は脇に置いといて、特に全員異論はないのか、反対意見は出なかった。

 先ず俺とドリーがリッツと握手、続いてドランも問題なく自己紹介と握手を終え、握手代わりに樹々の頭を指で撫でたリッツは、いよいよリーンと対面した。


「私はリーン・メルライナよ。リーンで良いわ、改めてよろしくね」

「苗字は無い、ただのリッツよ。別に呼び捨てで構わないし、好きに呼んでちょうだい」


 少しだけ不安に感じていたが、それは杞憂だったらしく、微笑んだリーンと、少し顔を横にそむけたリッツの握手が無事に終わる。


 さて次はどうしてやろうか、などと頭を悩ませ始めていた俺に向かって、何故かリーンが真面目な表情を湛えて歩み寄ってきた。


 無事に終わったように見えたが、何か問題でもあったのか?

 

 警戒しながら座っている俺、自然な足取りで近づいたリーン。


 なんだ一体、と身構えていた俺の横に、スッ、と膝を曲げてかがみ込んだ彼女は、ヒソヒソ話でもするかのように口元に片手をあてると、

〈メイ……予想外の事態が起こったわ……フサフサじゃなくて……フワフワよっ〉

 一言呟いて帰っていった。


 一体お前は何をしに来たんだ!?


 元の場所に戻ったリーンの、眉尻を下げた『私は満足です』みたいな間抜けな顔を見て、俺は戦慄を覚えざるを得なかった。

 駄目だ、あいつの思考回路が相変わらずわからん。


 混乱の魔法でも掛けられたかのように、頭の上で飛び回る疑問符を、必死になって追い散らしていると、 

 今度はリッツが偉そうな足取りでやってきて、俺の横にドスリ、と座り込んだ。


「ねぇ、クロウエ。少し良い?」

「なんだよいきなり、別に良いけど『金貨寄こせ』とか『クルミ出せ』とか言ったら馬車から放り投げるからな」

「馬鹿じゃないの? そんなこと言うわけ無いでしょ?」

 

 こ、こいつ……。

 スン、と鼻を鳴らして半眼を向けたリッツの頭を、反射的にはたきそうになったが、俺はグッと堪えて話しの続きを待った。

 リッツは、指を中空に彷徨わせ、ブツブツと独り言を呟きながら、ナニカを自分の頭の中で纏めている様子。

 そして、暫くたって納得がいったのか、首を一度頷かせた後、俺に顔を向けた。


「例え話し……違うわね。これはアタシの友達の友達が悩んでいることなんだけど……」

「お、おう、それで?」

「……ゆ……」

「ゆ?」


 リッツは、問い返した俺の顔を見ながら、声量を急激に下げていく。


〈ゅ……友人を作るコツを聞きたがっているのよ。

 さ、さあ、アンタの知ってる情報を、全てこのアタシに伝えるがいいわッ!〉


 ……うわぁー。


 リッツは、両手の平を上に向け「さあ、何時でも来なさい」と待ち構えていた。その態度は果てしなく偉そうで、とても人のモノを尋ねる態度ではなかった。

 どうしてこう素直に頼みごとが出来ないのかこの毛玉は。

 

 と、いうか……今の話しの内容からすると……こいつもしかして。

 

「なあリッツ、答える前に、俺も一つ聞いて良いか?」


 脳裏に過ぎった疑問、それを確かめるべく、俺はリッツに質問を投げかける。


「何よ? 今すこし機嫌が良いから答えてあげなくもないわ」

「怒るなよ? 絶対に怒らないって約束しろよ?」

「うっさいわね、早くしなさいよ」

「……お前……もしかして友達居ないの?」

「――ばばばば、馬鹿言ってんじゃないわよッ!?」


 リッツの双眸は、これ以上開けないほどに見開かれ、茶色いコロコロとした瞳は、内部でバタフライ泳法をかますほどに泳いでいる。

 誰がどう見ても図星であった。

 

「そんなわけないじゃない! いいい、いっぱい居るわよ友達くらいッ」

「えー、何人位?」

「それは、えっと……ちょっと待ちなさい!」


 走破者をやっているにしては中々に細く綺麗な指を、リッツは自分の顔の前まで持っていき、ブツブツと何事か呟きながら一つ二つと指折り数えていく。


 やがてバッと、俺の顔の前に二本指と一本指を突き出して、

「っは、聞いて驚くといいわッ、二十一人と一本と一匹よッ!」

 勝ち誇ったかのような表情をしながら、そう言い切った。


 驚いた。驚きました。

 はは……蟲毒から生還した岩爺さん達を除いた人数とまったく同じだ。しかもこいつ樹々まで人数に入れてやがる。


 流石にまだドランとリーンを入れるほどには図々しくはないようだが、正直聞いていて涙がチョチョ切れそうになった。

 別に俺だってそんなに多いわけでもないし、馬鹿にする気持ちなんてこれっぽちもないのだが、なんというか『応援してやろう……』そんな気持ちが湧き水の如く溢れだして止まらなくなっていた。


 ――任せろリッツ……俺がなんとかしてみせる。

 コンクリートの如く固まった決意を胸に、俺はリッツとリーン、そしてドランの間を繋いでやる為に、思考を巡らせていった。


 どうしようか……友達の作り方とか俺も正直よくわかんらんぞ。挨拶は済ませたし、後は色々お互いのことを知る為に質問を投げつけあう位か?

 とりあえずよく分からんし、色々試してみよう。


〈おい、リッツ……〉

〈ふんっ、やっと喋る気になったのね〉

〈正確には違うが、大体あってる。いいか良く聞け……先ずは何でもいいから質問をするんだ。

 趣味はなんですかーとか、好きな食べ物はーとかその辺だ。頑張れ、俺は超応援している〉

〈でかしたわクロウエ! じゃなくて、何でアタシを応援するのよ! 友達って言ってるでしょ〉

〈友達の友達な。わかった、わかったからとりあえず行ってこい〉


 落ち着け、とリッツをとりなして、さっさとリーンの下へと追いやる。

 リッツは『アタシじゃないから、勘違いしたら許さないわよ』等と捨て台詞を吐きながら尻尾を振って戻っていった。


〈メイどん……なにがどうなってるのか、オラにはさっぱとわかんねーんだけんども〉

〈大丈夫、後で教えるし、ドランにも関係がある話しだ〉

〈よくわかんねーけんども、メイどんに任せれば“大体安心”だし、大丈夫だよな〉

〈おう“大体安心”だから任せとけ〉


 不安そうな顔をしたドランが俺の言葉で表情を明るく変える。俺はそれを見て『よしよし』と頷いて、一先ずリッツとリーンの動きを待った。

 暫くはどうせ動かないだろう。そんな考えが脳裏に流れた瞬間のことだ。

 座り込んで五分も経たないうちに、リッツがリーンへと顔を向け、口を開いた。


「そういえばリーンって趣味とか、ああああるの?」


 はえーよ! 切羽詰りすぎだろお前。

 友達の友達の設定は一体どこにいったのか、俺が話した内容をそのまんま口に出したリッツ。

 少しは自分で改良して他の話題にすればいいのに、そんなことを考える余裕すらなくなっているようだった。


「趣味? 私の趣味はえっと……お買い物かしら? 楽しいわよ、皆の為に色々買って準備するのって。

“たまに”少しだけ買いすぎちゃうのだけど。リッツちゃんも今度一緒に行く?」

「そうねっ、別に構わないわよッ。シルクリークについてからでもいいわねっ」


 馬鹿野郎、亜人のお前がシルクリークでそんな暢気なことできるわけがないだろ。

 思った通り、リーンにもそこを突っ込まれてしまい「そういえばそうだったわね」などとリッツが返答し、そこで会話は終了した。


 惜しかった。目的地がシルクリークでなければきっと上手く言っていた筈だ。

 ただ、リッツの心はまだ折れていなかったのか、そのまま「好きな食べ物は?」と質問を続ける意地を見せた。

 

 よし、いい流れだ……。

 と、思ったのも束の間で「美味しいもの」と返されてしまい……その後会話のキャッチボールが続くことはなかった。


 リーン頼む……頼むから話しを広げてやってくれ……。

 

 困り果てたリッツの、泳ぎつづける視線が、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに俺に向けられてくる。

 その視線は「助けて」そんなリッツの気持ちをマザマザと表しているようだ。


 俺だけではどうしようもない。このままでは手遅れになる。ここは真の実力を発揮できる体勢を整えなければっ。


「ド、ドリーちょっと来てくれ! 相棒を助けておくれ!」

『ぬおおお、お任せぇいっ』


 返答と共に、ドリーはリーンの膝上から飛び上がり、空中へとその身を躍らせた。

 ヒュンヒュンと回転する黒い腕は、華麗に定位置へと着地を決める。

 俺の右肩にいつもの重さが戻ってきた。


 イケル……これでこの状況を打破できる。

 

〈ドリー、今から俺が言う言葉を、リーンにだけは伝えないように復唱していってくれ〉

『はいっ、容易いことですっ』


 元気一杯に、頼りがい溢れる声を上げたドリー。

 これで準備は整った。後はリッツに上手いこと声を伝えて誘導してやれば良い。ドランはかなり気が効くし、会話の流れを聞かせてやればきっと状況を把握してくれるに違いない。

 

 俺は未だ向けられてくるリッツの眼差しに、アイコンタクトで『任せろ』と返した。

 伝わっているかは定かではないが気分の問題だった。


『白フサさん。隊で培ってきた連携を思い出すのです。私が相棒からの指示をお伝えしますっ』


 ドリーの声を聞き、一度ピクリと耳を揺らしたリッツは、静かに、力強くコクリと頷いた。

 とても素直でいいんだが、お前既に友達の設定忘れてんだろ。

 思わず苦笑を零してしまったが、今は呆れている暇すら惜しい。

 俺は早速ドリーに声を伝えてもらうために、小声で言葉を伝えていった。

 

『リッツ、先ずは相手の好感度を上げるんだ……よくわからないけど、髪とか褒めてみたらいいかもしれないッ』


 声が届いたのか、リッツの肩眉がピンと跳ね『待ってました』といわんばかりにリーンへと顔を向けた。


「そういえばリーンの髪の色って、中々いい色をしているわねっ。赤は少し珍しいんじゃない?」

「かもしれませんね。でもリッツちゃんの毛並みもフワフワですし、色も珍しいんじゃないかしら?」

「当然よっ、アタシの毛並みは自慢なんだから! 色もスクイルでは中々いないわよッ」


 ブンブンと揺れるリッツの尻尾。どうやら好感度上昇の策は成功したようだ。

 ……ただし、上がったのはリッツの好感度だが。


 くそ、駄目だ。リーンに悪気があるわけではないだろうけど、全く状況を把握してない分リーンの方が圧倒的に有利だ。

 心の中で舌打ちをかましながらも、俺は諦めることだけはせずに次々とリッツに指示を出していく――。

 

 戦闘方法は? 一番好きな魔法は? 思い出に残っている場所は?

 様々、本当に思いつく限りの質問をリッツに伝えた。


 その甲斐あってか、少しずつではあるが、リッツの硬さが無くなっていき、会話が継続を見せ始めていた。

 真面目くさった表情とは裏腹に、右へ左へと尻尾を揺らしているリッツ。

 楽しい、嬉しい。そんな感情がこちらにまで伝わってきて、手伝いをしているだけでしかない俺まで気分が良くなった。


 いやー、手伝った甲斐があったな。

 純粋な善意『はは、仲間を助けるのは当然だろう?』俺の心はそんな気持ちで一杯だった。

 本当だ……この時までは、だが。

 

 延々と指示通りに質問を繰り返し、会話を進めていくリッツ。しかし、暫くするとある一つの問題が、急激にその姿を見せ始めた。


 質問の連射により、加速度的に減っていく俺の質問の弾倉。

 そう、指示している内に、司令塔ともいえる俺のネタが尽きてきてしまったのだ。

 ベタな質問なんて既に出切ってしまい、困り果てる俺。だが、会話は続くし、リッツからの『次は?』という視線は止まらない。

 

 どうすれば!? 何も良い考えが浮かばず、焦りまくったせいで、俺の口から零れでた台詞は、明らかにオカシナな方向性のものだった。

 ドリーに『それは無しで』と言おうとしたが時既に遅く、躊躇いも無くリッツに伝えてしまった。

 

「そういえばリーンってもう成長しないの? 大分小さいみたいだけど」

「……ん……んぅ? ねえリッツちゃん、ゴメンナサイね、私ちょっと耳がおかしくなっちゃったみたいっ」


 ――ブハッ!

 堪えきれず俺の口から空気が吹きだした。

 

 駄目だ、いけない。我慢しないと、これ以上は危険だ。

 などと自分を律するも、真剣そのもので質問するリッツと、口を猫のように歪め小首を傾げるリーンの妙な雰囲気というか、シュールさを感じてしまい、俺の笑いは抑え切れなっていく。

 一度こうなってしまったらもう遅い。

 湧き上がる悪戯心と、面白いもの、怖いもの見たさが、水を与えた玩具のスポンジ人形の如くムクムクと膨れ上がる。


「風の便りで聞いたのだけど、リーン頭の中には夢の代わりにガラクタが詰まってるって本当?」

「え、え? 私、風の便りでそんなことを言われているのっ?」


 俺も始めて知りました。

 言わせている俺自身、もうよく分からないことになっている。

 当初の目的から脱線しまくっている気もするが、正直面白かったので既にそんなことはどうでも良くなってしまっていた。


『相棒が楽しそうで何よりですっ』


 声を漏らさないように笑っていた俺を見て、ドリーが嬉しそうに声を掛けると、

「相棒が楽しそうで何よりだわ」

 すかさずそれを復唱するリッツ。


「ちょっとっ!? 急にどうしたのリッツちゃん?」


 リッツの唐突な台詞を聞いて、華麗なる二度見をかますリーン。

 戸惑いと焦りをこれでもかと詰め込んだ、リーンのシュールな挙動を直視してしまい、俺の限界点は呆気なく突破された。


〈ひいい、もう無理、おなか痛いッ。アイツらどんな会話してやがんだ!?〉

〈メ、メイどん、そろそろ止めたほうがいいだよ。絶対大変なことになると思うだよ〉


 馬車の床をゴロンゴロンと転げまわりながら笑いを漏らす俺を見て、会話を聞いて状況を把握していたドランが、焦った声音で注意してくる。


〈まあ待てドラン、もう少し、あと少しだけ。それに、これはリッツの為でもあるんだ。見ろ、会話が弾んでるだろ?

 仲を深める為には、少し砕けた感じの雰囲気も必要なんだって〉

〈え、本当け? オラには危険な臭いしか感じられねーんだけんども!?〉

〈大丈夫、大丈夫。絶対上手くいくって。よしドリー、次の指示だ〉

『了解です「そろそろ仲は深まったぞリッツ、しかし、まだ一番重要なことが残っている。

 人種の間でものすごく有名な《友達になりましょう》という合図を教えてやる。頑張れ」』


 今度は復唱することがなかったリッツは、俺の指示を頭部の耳でしっかりと受け取り、人差し指をリーンに向けてゆっくりと突き出した。

 

 指を見つめ困惑の表情を湛えたリーンだったが、促されるように揺らされたリッツの指を見て、彼女もまた人差し指を上げた。


 そして、恐る恐ると真向かいに突き合された指が、今ここで――繋がった。

 

「ト、トモダーチ?」

「と、ともだーち?」


 嗚呼……僕はもう満足です。

 

〈ブフっ、くそッ、面白すぎるぞあいつらっ!〉

〈メイどん。メイどんっ、オラもあれやりたいんだけんども〉

『メイちゃんさん、私も、私もやりたいですっ!』


 テンションは既に最大限にまで達しており、二人の姿を見ながら、ヒィヒィ笑い転げる俺に、ドランとドリーが揃って指を向けてくる。

 どうやらこの二人まであの言葉を信じてしまっていたようだった。

 

 口から噴出してくる空気を片手で抑えながら、先ずドランに指を向けてやると、嬉しそうに顔を綻ばせて『トモダーチだで』と言い放った。


 既に笑いを堪えすぎて、わき腹には激痛が走っているが、ワクワクと順番待ちをしているドリーにもやってやらねば、かわいそうだ。


「ねえリッツちゃん。これは何の意味があるの?」

「え? 人族の中で凄く有名な友好の印って聞いたけど」

「え? 聞いたこともないわよそんなの。ふふ、きっと誰かが悪ふざけで教えちゃったのね」

 

 死刑宣告の会話が耳に届き、ドリーに指を出そうとしていた俺の動きがピタリと止まった。

 空気がビシッと凍り、続いて驚愕が漂い、一気に膨れ上がる怒気を感じた。

 

 ――拙い!?

 身の危険を感じ、俺はすぐさま逃げ出そうとしたが、少し遅かったようで、

「この馬鹿クロウエエエエッ!」

 リッツの怒声が馬車内に轟いた。


「待て落ち着けリッツ、冗談さ、ほんの軽い小粋で素敵な冗句だ」

「ぐぐッ、絶対許さない!」


 どうにか怒りを静めようとしたが、効く耳をもっては貰えない。

 リッツの尻尾はブワッと逆立っているし、ピンと尖った耳は、力が篭っているのか怒りで震えている。


「よしドラン、今こそ我らがイージスの盾の出番だッ。ほーら、この間話してくれたじゃないか『オラは頑張って皆を守る盾になるだで』って」

「ちょっ、メイどんこの状況でそれは流石にずるいだよっ。まだ、オラじゃ力不足だし、ここはメイどんの機転でどうにかしてくんろっ」

「クロウエっ、とりあえず待ちなさい!」

「ははっ、待てといわれて待つ奴は馬鹿だっ。言われなくても待つ奴はもっと馬鹿だっ」


 狭い馬車の中――必死になって場を収めようとするドランを中心にグルグルと回る俺とリッツ。


「メイ、リッツちゃん。なにしてるのよいきなり。もう、皆子供なんだからっ、駄目でしょ、暴れちゃ」

『ひょひょひょーい、私もー私もーっ』


 遊んでいるとでも思ったのかドリーが喜びの声をあげ、状況をまるで分かっていない割に年上ぶったリーンが『駄目よっ』等と指を立てながら注意を促してきた。

 異常に腹が立つ仕草だ。


 しかしこのままではよろしくない。なんとか彼女の怒りを静めないと……。

 ドランを盾に逃げながらも、俺は必死に思考を回し咄嗟に言い訳を考える。

 そして、俺は『これしかない』と言い切れそうな、良い台詞を見つけてしまった。


「まあリッツ、良く聞けッ」

「ぐぐ、まだなんか下らないことを言う気ねッ」

「違う。よく思い出してみろ、今までの会話を。

 弾んだだろ? それにこうやってお前らしさが出てきたじゃないか。

 俺は……これを狙っていたんだよ。これで君も立派な仲間さっ!」

「――ッッツ!?」


 至極真面目な表情でそう言いきった俺を見て、リッツは文句を言っていた口を半開きにし、電源の切れたロボットの如く動きを止めた。

 

 静止する時間。静かになる車内。

 完璧な言い訳だった。実際このドタバタによって、リッツの硬さはどこかにいっているし、喧しい彼女の素面が現れている。


 ふぅ、自分の頭脳が恐ろしい……。

 

 どうにか窮地を切り抜けた自分自身に賛辞の言葉を送りながら、満足げに頷いていると、

「無理やり……無理やりに良い話しにもってこうとしてんじゃないわよッ、馬鹿クロウエ!」

 リッツの怒りが再噴火した。

 

 おかしい、何故だ!?

 

 怒るリッツ、それをどうにか収めようと悪戦苦闘するドラン。

 リーンとドリーは好き勝手に言葉を吐きだし、マイペースを貫いている。

 樹々は樹々でボリボリと野菜を食っていた。

 

 本当に凄まじく元気の良い奴らばかりですね。

 

 結局――暫く説得を繰り返し、リッツの怒りを納めることには成功したのだが、ギャーギャーと騒いでいたせいで、御者には少し嫌な顔をされ『大人しくしててくださいね』と注意されてしまった。

 しかし、一連の騒ぎでリッツも大分慣れてきたのか、普段の勢いを少しだけ取り戻していた。

 

 曇り空相変わらずではあったが、これなら暇を持て余すことはなさそうだ。

 



 ◆



 

 滝のように空から降りしきる雨が『ウィンド・フィールド』の膜で遮られ、水浸しになっている地面に、ピチャピチャと音を立てながら落ちている。

 昼間だというのにあたりは薄暗く、風の膜のせいもあってか余り視界良好とはいえない。


 アレから五日――既に俺達は馬車旅を止めて、徒歩での移動に切り替えていた。

 荷物は出発前に、交渉し買い取っていた馬に積んであるので問題はないのだが、シルクリークまでの道のりはまだまだ遠く、到着するには時間がかかりそうだ。


 今まではほぼ全て馬車旅だった為に、そこまで徒歩の大変さを知らなかったが、これは思ったよりも大変だ。


 普通に歩いたら、二週間……三週間……下手したら一ヶ月以上掛かってしまうかもしれない。

 というのも、徒歩と馬車では異常なほどに速度が違うからだ。

 そんなのは当然……いや、違う。この世界だとその意味合いが、かなり違ってくる。

 

 まず、馬自体の足の速さが段違い。そして、馬車の頑強さ、強化魔法と回復魔法、振動軽減なんてものまであるこの世界の馬車は、あり得ないほどに速い。


 元々、この世界の国や都市の距離が近いこともあってか、今までの旅であまり長旅をした経験がないので、徒歩で歩く大変さを現在ヒシヒシと感じていた。


 都市や国との距離が近い理由は、恐らく走破者という職業があることが関係しているのだろう。

 街の距離が近ければ、旅を続けたり、色々な場所へと向かう走破者達の移動が楽になるからだ。

 普通はそんなことをすれば戦争になった時とかに、色々と問題も起こるのだろうが、この世界ではそもそも人間同士での戦争が少ないらしい。

 

 シャドウィンとかいう国がグランウッドに対して好戦的だ、みたいな話しを聞いたこともあるが、確かあの国とグランウッドの距離はそれなりに離れているし、そのシャドウィンですら獄級が出来てからは大人しくしているほどだ。

 

 リーンに話しを聞いたところ、モンスターに襲われて壊滅した国や都市、街はあれど、戦争で滅んだ国なんかはここ百年ほどでは全くないらしい。

 裏側ではどうなのかは分からないが、表向きには、獄級があるのに人間同士で争っている暇はないって感じなのだろうか。


 しかし、考えれば考えるほど、やはり徒歩は大変だ。

 俺だって、できることなら馬車での移動を続けたかった――が、残念ながらそれは出来ない。

 “極力目立つ移動は避けたい”という至極単純な理由だ。

 俺自身が狙われているという事実〈ファシオン〉や鉄仮面の存在。

 そして、ドランから聞いた『ラッセル』は俺の位置を詳細には知らないらしい、との情報。

 

 つまり、相手側は俺がどこに居るのかも、どこに向かっているかも分かっていない。

 仮に、相手が俺を探していると仮定したとすると、見つからない俺を探す為にどんな行動を起すだろうか? 

 

 普通に考えたら、目立つ道に見張りを立てる。

 そう考えると、馬車で暢気にシルクリークに向かうなんて出来るはずもないし、例え見張りが居なかったとしても、馬車が通るような道を進むのは些か危険すぎる。


 大体、戦力的にも相手が圧倒的に上なんだから、真正面からノコノコ向かうわけがない。

 

 相手の戦力は……すごく大まかではあるが、予測は出来る。

 確か……俺の知っている中世時代の巨大都市と言われた場所の人口が、十五万だかの筈なので、シルクリークは八~十万ほどと考えるのが妥当か。

 国単位で考えればもっと人口が上がるのだろうが、一都市で考えると、大方そのくらいだろうと思われる。


 そう考えると、一つの都市にいる兵士の数は、八千~一万くらい……いやもう少し多いか?

 そして、そこから更に亜人が減り、正規の兵士も全員残っているわけでもないとすると、その数はかなり減少するだろう。

 

 大体、元々この世界での兵士や騎士の数は、俺の知っているソレよりも少ない気がする。

 原因はやはり走破者の存在。後は、人一人の存在の力が段違いだからだろうか。


 イメージでしかないが、正社員が国の騎士や兵士で、バイトが走破者といった感じだ。

 

 国にしてみれば、数が欲しいときには走破者を集めて、それを騎士達が纏める。といった手段を使ったほうが圧倒的に金を使わなくて済む。

 たしかに依頼料を払っているのは国だ。だが、走破者達が手に入れた素材、余った命結晶。それらは最終的には国を潤す糧となるのだから、バンバン依頼を受けてもらったほうが利益になる。

 

 恐らく、騎士や兵士の存在が根本的な所で違うのだ。

 人を抑えるためではなく、モンスターの殲滅を優先し、走破者達を纏める。それが国に仕えている人達の仕事なのだろう。

 走破者達が一斉に反乱をしたら? とも考えたが、シルクリークみたいに無茶苦茶なことをしなければ、そんなことを出来る人数はきっと集まらない。

 ただの走破者が国の運営なんて出来る筈もないし、国が滅んでしまえばモンスターが蔓延る。


 そんな子供でもわかることを考えずに、反乱を起して、自分で首を絞める真似をする人間はそうは居ない。

 シルクリークの場合はどうせあの腹立たしい影野郎が関わっているので、国が滅んでも構わず好き勝手やれているのだろう。


 ただ、幾らシルクリークの戦力が少ないかもしれないといって、俺達が真っ向勝負できる理由にはならない。

 なので、現在俺達が向かっているのは、勿論真っ直ぐにシルクリーク……な訳も無く、シルクリークの南東に位置する三級区域だ。

 

 正直、下から回りこむように進んでいるため、かなりの遠回りになってしまうのだが、順路は避けるためには仕方ない。


 三級区域、というとそれなりに危険性の少ない場所ではあるが、やはりモンスターには襲われる。これも馬車を降りなければならない理由の一つだった。

 さすがに、一般の馬車にここを通ってくれと頼むのは気が引けるし、その前に普通に断られるだろう――。 



「メイどん、そろそろ区域に入るだよ」


 ドランが開いていた地図の一部をトントン、と指さしながら俺に声を掛けてきた。


「あいよ、じゃあとりあえず警戒は……リッツに任せるぞ」

「任せなさい。雨とフィールドで少し見えにくいけど、見逃すほどではないわ」


 リッツは片手を上げて了承の意を見せる。

 未だに少し緊張している感は残っていたが、大分慣れてきたようだ。

 見張りに関しては狙撃手でもある彼女にまかせれば、とりあえず不意打ちを受ける心配もないだろう。


「リーン、まだ魔力は続くか?」

「そうねー、命結晶もあるし、まだかなり余裕はあるわね」


 リーンの言葉を聞いて思わず『助かった』とため息を吐いた。

 というのも、現在風の傘を張ってくれているのが属性筒を変えたリーンだからである。


 雨を防ぐ程度の為に魔法を使うなんて、魔力の無駄遣い……ともいえなくもないが、これはこれで重要なことだ。

 濡れた身体で移動を続ければ、身体が冷えて動きが鈍る。それに、この辺りの雨にはまだ『醜酸運河』の成分が混じっているので、長時間荷物を晒してしまうと、痛んでしまうかもしれない。


 見上げた空は澱んでいて、今のところ雨が上がる気配は見受けられない。

 暫くは、こうやって凌ぐしかないだろう。



 二時間ほど進んでいくうちに、普通の平原だった大地が若干変わっていった。

 地面から突き出た岩の塊と、そこら中に転がっている石や砂利。

 新聞紙をクシャリと潰して広げたかのように、地面は起伏を見せ、足裏に伝わる感触は石畳を歩いているかのように硬い。

 

 岩場地帯とでも言えばいいのだろうか、余り見かけたことのない光景に、俺は暫し目を奪われた。


『おお、なんだか岩のお爺さんが好きそうな場所ですねっ。お土産に一つくらい拾っておくのもいいかもしれませんね』

「さすがドリー、なんて気が効くんだ。きっと岩爺さんも泣いて喜んで、酒のつまみにして食うに違いないぞっ」

「そこの二人ッ、ヒョイヒョイ石拾ってんじゃないわよ!」


 ドリーと二人でそこらの石を拾っていると、大分緊張感が薄らいでいるのか、リッツが即座にぶち切れて、俺達の拾っていた石を奪って投げ捨てた。


「おまっ、なんて非道な真似をするんだ」

『そうですよっ、せっかく岩爺さんのオヤツに拾っていましたのにっ』

「食べるわけないでしょ! 変人じゃあるまいし!」

「違うのか?」

『違うんでしょうか?』

「ちがーーーうッ!」


 肩に担いだ魔銃をブンブンと振り回して叫ぶ。なんて短気な毛玉だろうか。

 ブチブチとリッツに文句をいいながら、仕方なくポケットに隠していた石を捨てる。


「メイどん、一応三級区域に入ってるから、もう少し緊張感をだしたほうが良いと思うんだけんども」

「いいんじゃないかしら? ドランの言うことも確かに分かるけど、このメンバーが揃ってる状況で、三級程度のモンスターが出てもどうにもならないわよ」


 心配性のドランがキョロキョロと周囲を見渡し、それを見たリーンが、肩――には届かなかったので、ドランの腰あたりをパンパンと叩いて、勇気付けた。

 

 実際今のメンバーで三級の相手をしたらどうなるのだろう?

 ここ最近はずっと蟲毒に入っていたし、クレスタリアに着くまではモンスターの相手をしていなかったしで、いまいち自分達の強さの基準が分からなくなっていた。

 これは、色々と試すのには良い機会なのかもしれない。

 

「なあドリー、せっかくだし蝶子さんも出してあげたら?」

『おお、さすが相棒、素晴らしい提案です。一緒にお散歩したほうが楽しいですしねっ《バタフライ・エールフェクト》』


 魔名と共に集まる光、淡い蒼い光りを出しながら、ドリーの指先から蝶子さんが飛び出した。


「ほぇー、これがメイどんの言ってた蝶々さんなのけ。綺麗だなー」

「あらあら、可愛いじゃないっ」

「え、アンタ達、もう少し驚きなさいよ。オカシイでしょ? 指から蝶が出たのよ?」


 感嘆の声を漏らすドランと、飛んでいる蝶に手を伸ばして触ろうとしているリーンを見て、リッツが抗議の声を上げた。

 

「ねぇリッツちゃん。メイとドリーちゃんだし、いちいち気にしてるとキリが無いわよ」

「んだ。オラとしては幽霊じゃなかっただけでもう安心だで」

「はは、リッツは心配性だな。禿げるぞ」

『フサフサが……無くなる? 白フサさんも遂にタンポポの種を飛ばすときが来たのですねっ』

「禿げないし飛ばさないわよっ! ああ、もう……オカシイのはアタシなの? 違うでしょ、普通に考えて違うわよね!」


 両手を空に向かって上げながら吠え立てるリッツを見て、俺達全員からの生暖かい視線が降り注ぐ。


「これが仲間ってことなの? あれ、アタシ早まったのかしら……頭が痛い……」


 両手で頭部を押さえて、いやいやと首を振るリッツに俺は「そうだこれが仲間なんだ素敵だろ」と言ってやる。

 喜んでくれると思ったのだが、何故かリッツは更にうな垂れてしまった。

 本当に中々気難しい奴だ。


 朧ではなく、皆の目に見えるようになった蒼い蝶。

 リーンとドランには先に話をしていたし、吸収のことも知っているので、驚かなくても不思議では無いのだが『もうちょっと驚いてくれてもそれはそれで楽しかったのに』といった悪戯心が少しだけ湧いた。


『相棒も魔法を出してはいかがです?』

「えぇ、アイツ出すの? 嫌なんだけど」

「いいじゃないメイ、出して見たら? 私も見てみたいし」


 渋々、嫌々、リーンとドリーに促され、俺は例の馬鹿バエを出すことにした。


「出来れば違うのが出ますように、今度は良い子が出ますように『リベンジャー・フラッピング』」


 どこかに居るかもしれない神様に願い事をしながら魔名を叫ぶ。

 前に出したときと同じように、ほんの少しの魔力が身体から抜け出し、俺の指先から黒い豆粒が出現した。


「よし……お座り、待て、伏せッ……ぬおおおおおッ!?」


 結論が出た。神様は居ない。

 この間と全く変わらない凶暴性を発揮した黒い豆粒は、やはり全く変わらない挙動を示し、俺に向かって突っ込んできた。

 狭い風の膜の中では、自由に避けることは出来ない。

 そう判断した俺は濡れるのも構わず、膜の外に飛び出して、突撃を躱す。


「くそ、だから出すのが嫌だったんだ! ばーか、この豆粒! 

 ――ッツ!? あ、あぶなーいッ」


 俺の悪口に反応したのかは知らないが、豆粒はさらに速度を増して、俺に向かう。


「ぷふっ……じ、自分の魔法に追いかけられてるっ。凄いじゃないメイっ、そんな魔法見たことないわよっ」

「そそうだで、メイどん凄いなー。サスガダデー」

「いいわよっ、そこよ、やりなさい。クロウエに直撃しなさい。ああ、惜しい」


 俺を指差しながら笑い続けるリーンと、なんだか気を使ってくれているドラン。

 リッツなど、ハエの方を応援している始末。

 くそ、こいつら本当に仲間なのだろうか。


「くそ、早く消えやがれ、ハエ。

 ……いいだろう上等だ。喰らえッ!」


 真っ直ぐに向かってくるハエに向かって、俺の右拳が唸りを上げる。

 身体能力を全快に使い、雨粒を押しのけるように放たれた俺の容赦ない右拳。

 さすがのハエも、いきなりの反撃に避けることが出来なかったのか、直撃を受けて、黒い魔力光を残して、あっさりと消滅することとなった。


「メイー、楽しかったから、もう一回やって」

『相棒―、ハエさんと仲良しになってあげましょうよっ』

「チクショウ、てめーら好き勝手いいやがって。

 ……もう一回だけだぞ、次ぎ出しても変わらなかったらもう二度と出さないからなっ『リベンジャー・フラッピング』」


 仏の顔も三度まで。

 既に四度目の挑戦ではあるが、やはり俺だって新しく得た新魔法に、まだ若干の期待を抱いている部分がある。

 『もしかしたら、次こそ指示を聞いてくれるんじゃないだろうか』と奇跡を信じるような心持で、もう一度だけ魔名を発した。


 瞬間――明らかに先ほどよりも多くの魔力が、身体から引き抜かれていった。

 俺の眼前で、黒い魔力光が収束していく。

 ただの豆粒だった筈の黒い塊が、形を変え、大きさを変えて俺の前に出現した。


 どこかで見たことがある、山なりを描いた長丸の身体。ソフトボールよりもさらに大きく、蹴鞠ほどもあるその黒い塊は“屍喰らい”の背中に、二枚の羽をつけたような姿形をしていた。

 ブブブッ、と細やかな羽ばたきが、俺の耳を通り抜け、その黒い塊がこちらへと向きを変えた。


「じょ、冗談ですよねっ?」


 いいえ――と言わんばかりに雨風を割りながら突っ込んでくる羽付きの黒いミニマムウジ、っぽいナニカ。

 その速度は先ほどよりも比べ物にならないほどに早く、力強い。


「だああああッ!?」


 驚きで固まってしまっていた俺だったが、目前まで迫った魔法を見て、横っ飛びに身を投げた。

 ゴガッ! 

 俺の背後に抜けた魔法が、勢い余ってそのまま地面から生えていた岩に直撃。

 岩の中心に、破砕音を撒き散らしながら“拳大”の穴を開けた。


 ちょ……拳大?


 それを見て俺の脳裏にある予測が出来上がっていく。

 最初に出したときは両手で叩いた。その後に出した時は少しだけ大きさをましていて、威力は平手打ちほど。

 今回は俺が全力で殴りかかった。そして、膨れ上がって形が変わり、残された痕は拳大。


「も……もしかしてこいつの能力って」


 頬を流れる雫。それは俺の冷や汗なのか、雨のせいなのか分からない。

 嫌だ、無いわー。などと思ってみるが、恐らく八割がた俺の予想は当たっているだろう。

 この馬鹿ハエの能力は“受けた攻撃の威力を返す”に違いない。

 

「つかえねええええええ!」


 俺の心の底から上げた真摯な叫び声が、辺りの岩に当たって木霊した。



 ◆



 あの後、もしかしたら他人から攻撃を受ければ目標を変えるのでは、と思ってリーンに頼んで叩き落としてもらったが、結局俺に向かってくるという驚異的な馬鹿っぷりを見せ付けられた。


 正直、ため息しか出ない。

 ある程度、この魔法の能力をまとめてみたのだが、その使えなさは折り紙つきといった所だろう。

 

 一、最初に使う魔力は微小、受けた攻撃の威力に伴い上昇。

 

 二、俺の魔力の上限か、ドリーと二人あわせた分かはわからないが、返せる威力には恐らく限度がある。所詮予測でしかないし、危な過ぎて試してみようという気も湧かない

 

 三、奴の狙いは俺一人。


 最悪だ。三がなければまだ使い道があるのに、と悔やまずには居られない。


 ドリー曰く、主の球は命力や魂の力が、うんたらどーたらとかいう話しだったので、きっとこのハエは、自分を倒した俺を恨んでいるということなのかもしれない。

 普通に考えれば魔法に意思があるとは思えないのだが、蝶子さんは相変わらず蝶子さんだったので、その可能性は皆無ではないだろう。


「あーあ。はずれだったなチクショウ……」

「いいじゃないメイ。きっと笑いは取れるわよ……私の」

「メイどん、元気だしてくんろ。魔法なんて無くっても十分強いし、いーでねーか」

「あははは、さすがクロウエだわっ」

『むむ、蝶子さんはこんなに良い蝶々さんなのですけどねー』


 人の魔法をまるで宴会芸かなにかと勘違いしているのか、プークスクスと笑うリーンと、隠す気すらないのか、もろにこっちを指差しながら笑っているフサフサ。


 どうやら、俺の癒しはドリーとドラン……それに樹々しかいないらしい。

 いや……全員から普通に慰められたら、それはそれでショックがデカイかもしれないが。


 若干うなだれながら風の膜の中に帰ってきた俺に、リッツが濡れた体を拭くための布を投げつけ、それでも乾ききれない分を、リーンが魔法で乾かしてくれた。

 これを笑う前にやってくれたら、ありがたかったのに。

 そう思ってしまった俺はきっと悪くない。


 もう二度とあの魔法を使うものか、と心に決めながら、俺は岩場地帯を歩いて先へと足を進めていった。



 歩き続けて十分ほど経った頃か、

「クロウエ、モンスターが居るわよ。数は一体。大きさはそれなりって所ね」

 リッツがモンスターを見つけたらしく、銃口を左方向へと向けながら、俺に警告を放つ。


「おお、見えた見えた。結構でかいぞ」

「あれは……確か『岩塊蛙ロック・フロッガー』だったかしら。一度遠征で戦ったことがあるけど、あまり覚えて無いわね」

「つ、強いのけ?」

「んー普通に三級のモンスターって所よ」


 少し先に見えているモンスターの見た目は、リーンの教えてくれたロック・フロッガーという名前通りのものだった。

 大きさ八~十メートル程のデカイ蛙。全体の色合いは灰色で、剣山のように背中に生えた脊柱、頭部、足などには岩が装甲のように張り付いている。

 一見すると硬そうな見た目ではあったが、腹部などには岩が付いていないようなので、その辺りが弱点なのかもしれない。


「クロウエ、気がつかれたみたいよ。こっちに向かってくるわ」


 リッツの声と重なるように、重さを感じさせるドシッ、といった音が響き、軽く地面が揺れる。

 逞しい四肢を縮ませ、反動で飛び上がる。

 ビョンビョンと飛び跳ねながら、俺達に向かってくる岩カエルは、巨体の割にはなかなかに身軽な動きだ。


 振動が近づき、モンスターとの距離も詰まる。

 岩の塊が跳ねながら向かってくる光景は、それなりに迫力あるものだったが、不思議と俺は恐怖を感じることはなかった。


「どうするメイ、倒す?」

「そうだな。このまま追ってきそうだし、倒そうか。

 じゃあドラン、跳ねているし鬱陶しいから落として」

「わかった、やってみるだで」


 既にかなり近くまで迫ってきていた岩カエルが、一際大きく跳ね上がり、俺達を押しつぶそうと空から降ってきた――が。

 鎖を掴んで頭上で箱を振り回したドランが、落ちてくるカエルの右側面に向かって箱を力任せに叩きつけた。


 石を割る轟音が響き、直撃した鉄槌の余波で空気が悲鳴を上げる。

 容易く破壊されるカエルの右側面、その威力に岩の破片が飛び散って、衝撃で落下の軌道が左へズレた。


 相変わらずの威力だな。下手したら前よりも強くなってるんじゃないか?

 ドランの腕力を久々に垣間見て、迷わず賞賛の声を上げた。

 テレテレと側頭部をかきながら『そ、そうけ?』といっているドランを見て、戦闘中にも関わらず、妙に和んでしまった。


 しかし、まだ敵は生存している余り気を緩めすぎるわけにはいかない。


「リッツは足止め、リーンはその間に足を一本」


 グゲッ、と短い泣き声を上げながら俺達の左手に着地したカエルの腹部に向かって、リッツが魔弾を四連射。

 バスッバスッ、と柔らかい胴体部分に四つの穴が開き、痛みでカエルの動きが鈍る。

 泡を食って逃げ出そうとしたモンスターの右足を、既に疾走を始めていたリーンが、速度を落とさぬまま、両手で握っていた大剣を一払い、岩ごと易々と切り裂いた。


 傾ぐ巨体、モンスターの大きな口は痛みで開き、中からヌラリと光っている舌が、力なく零れ出た。

 既に相手は満身創痍。後は止めを刺すのみだ。


 どうする? ドランにまかせるか……いや良い機会だし、蝶子さんの力をもう一度確認しておくか……。


「ドリー、蝶子さんをカエルと俺の間に移動」

『はい、では蝶子さん、お願いしますねー』


 ビシッ、と向けられたドリーの指に従うかのように、飛んでいった蝶子さんが、俺の右腕と、カエルの腹部の直線上にその身を躍らせた。


 確かドリーの言うには、実際は当たって無いって話しだけど、微妙にやりづらいなこれ……。

 

 少しだけ戸惑いの心が浮かんできたが、蝶子さん自身も『さあ来い』と言わんばかりにの様子で待ち受けていたので、気にしないことにして――脳裏のラインを、蝶子さんを通してカエルの腹へと結んだ。


『ボルト・ライン』


 俺の口から魔名が発せられ、それと同時に魔法が発動。

 横向きとなって放たれた落雷は、真っ直ぐに蝶子さんの下へと向かう。


 いつもの魔法、いつもの威力だ。

 蝶子さんが淡い光を放って、雷撃に吸収されるまでは――。

 

 光がはじけるように輝いた

 腕よりも少し太い程度だった筈の光の線が、一気に膨れ上がり、電柱を三本纏めたかのような大きさの電撃砲と化す。

 速度、威力、共に向上した魔法が、バヂュッッ! と配線がショートしたかのような音が鳴らし、岩カエルの腹部を焼き切りながら貫通した。

 

 震える巨体、走る電撃。

 腹から背中に風通しの良い穴を開けた『ボルト・ライン』は、それでも尚威力が残っていたらしく、背後にあった岩へと直撃、焦げ目を作ってようやく消滅する。


 うわぁ……えげつない。


 円状に開いた腹部の穴、その淵は真っ黒に炭化していて、今もブスブスと煙を上げ続けていた。

 直撃を受けたモンスターは、全身に電撃が行き渡ったせいなのか、既に力尽きて地面にベチャリと横たわっている。


『さあ、おいでませ蝶子さん』


 消えてしまった蝶子さんをドリーが新たに呼び寄せる。と、何事もなかったかの如く、再度蒼い蝶が現れる。

 相変わらず元気そうなので、やはりドリーの言うとおり攻撃魔法を受けてもなんともないらしい。


「メイっ、凄いじゃない……ん? でもこの場合はドリーちゃんが凄いのかしら」

「リーンどん、蝶子どんが凄いんでねーか?」

「そこ大事なところなの? アタシとしては凄くどうでもいいんだけど」


 駆け寄ってきたリーンとドランが、誰を褒めるべきかとどうでもいいことに迷いながら首を捻り、その二人を見ながらリッツが同じく首を捻っている。


「いやー俺自身びっくりの威力だわ」

『ふふ、私達の力を合わせれば、この程度草木を生やすよりも容易いことですっ』


 それは逆に難しいんじゃないですかねドリーさん?


 魔法のせいで、俺が戦う暇すらもなくモンスターが炭と化してしまった。

 とはいえ、蝶子さんの効果も確認出来たし、利益はあったといえよう。

 


 戦闘も終わり、俺達はモンスターの死骸から命結晶や売れそうな素材を回収。

 ドランはドランでモンスターの肉を一部切り取って、何かの皮に包んで箱に詰めていた。

 

 カエルの肉は鳥肉に似てるってどっかで聞いたことがあったな……食ったら美味いのかな?

 

 ドランの姿を見て、恐らく今日の晩飯になるであろうカエルの味を想像した。

 特に拒否感は無い……いや、ドランが調理すると考えると、どちらかと言えば美味そうだ。

 そう思ってしまった俺は、大分この生活に馴染んでしまっていると言う事なのだろうか。


 食べられるものは、残さず食べる。モンスターカエルの肉だろうが、食事には違い無い。

 文句を言う方がこの場所では非常識となるだろう。

 リーンやリッツだってきっと何も文句を言わない……というか、むしろおかわりする。


 花の乙女がカエルの肉をおかわりする。と考えると、それはそれでどうかとも思うが、好き嫌いするよりは、美味しく食べられるほうが得に違いあるまい。

 

 俺はウンウンと頷いて、ドランに肉の捌きかたでも教えて貰うか、と考え彼の手伝いに向かうことにした。



 回収を終え、ひたすらに三級区域を突き進む。

 何度かモンスターと交戦した感想を一言でいうなら『こんなもんなの?』だった。

 巨体を持つモンスターもいたし、それなりの数でせめてくる奴もいた。が、苦戦をすることは一度として無かった。


 リッツの射撃とリーンの実力、少しでも動きが止まればドランの一撃でミンチになる。

 俺も何度か戦ってみたが、本当に『三級ってこんなに弱かったっけ?』と言いたくなるほどあっさりと片付いてしまった。

 

 こうなってくると、やる事は一つで、俺は襲ってくるモンスター相手に、蝶子さんの魔法効果の検証を繰り返した。

 分かったことは、欠点こそはあるが、かなり使える魔法だということだ。

 

 消費魔力は中級一発分、威力向上は中級までが限界。

 そう考えると、低級の魔力分損をしているとも考えられるのだが、俺達にとって、蝶子さんの魔法効果は、その欠点を埋める程の利点があった。


 その利点とは、魔印ストックを気にせずに、中級の魔法が使えることと、向上された魔法が、種類によっては、この世界では存在していない効果を出すことだ。


 例えば、先ほど使った『ボルト・ライン』これの中級版に位置するのは『ボルト・インパルス』といわれる、複数同時に発射する魔法だ。

 だが、蝶子さんの効果で低級が中級まで変化しても、同じ効果にはならず、一本の威力が高い電撃が生れる。

 描いたライン通りに走る中級威力の雷撃砲。

 似たようなものはあるらしいが、これと同じ中位魔法はリーンの知る限りでは存在しないとのことだ。

 

 ――便利だ。

 自分の知っている魔名を聞いて警戒したのに、それとは違った魔法が飛んでくる。これは敵側からしてもかなり嫌な効果だろう。


 残念ながら、中級魔法を上位に、みたいな無茶な真似は出来ないのだが、仲間の撃った低級魔法の威力を上げることは可能だった。


 これによって連携の幅も広がる。俺としては願ってもない能力だ。

 俺の豆ハエは、捻くれまくった性格のせいで使えなかったが、蝶子さんの能力を得られただけでも十分利益はあったと言っても良い。

 俺の機嫌は既に上々となっていた。



 ◆



 すっかり日が暮れてしまった三級区域の岩場の影で、俺は鼻歌混じりに今日の寝床の準備を始めた。

 

「ドリー、蝶子さん、頼むぞ」

『ふむ、どんな造形にするべきでしょうか……』

「いやドリーさん。普通でいいです普通で」

『そうですか? 相棒の彫像ハウスなんて考えていたのですが……』

「普通でお願いしますッ!」


 三級区域の真ん中に、巨大な獄級走破者の像が現れるっ。

 なんて冗談ではない。別に作ったからといって、最終的には崩してしまえばいいのだろうが、自分の姿形をした像を壊すのは、微妙に複雑な気分になるに違いない。

 リッツやリーンに頼んだら。きっとキャッキャと喜んで壊してくれるだろうが、それはそれで腹が立つ。


 俺はどうにかドリーを説得し、カマクラ型に作るようにお願いした。

 突き出た石塊に囲まれ、円状に開けた場所。

 そこに、ドリーのお願いを聞き届けた蝶子さんが、フワリと飛んで行き地面に止まる。

 

『アース・メイク』

 

 大地が隆起し、ドリーの振られた指先に従うように形を変えていく。

 低級では絶対に作れないほどの、ドランも苦もなく入れるだろう半円状の土のカマクラが出来上がっていく。

 天井付近は少し出っ張り返しが付いて、その真下には空気穴がポツポツと開いていた。


「おお、完璧だな」

『にゅははーー、もっと褒めてくれても構いませんよ相棒っ』

「よーしよしよしよし」

『わっふーい』


 肩の上にいるドリーの腕の半ばを両手の平で挟み、棒回しで火をつけるようにグリグリと動かした。

 何が楽しいのかはわからないが、とりあえずドリーは喜んでいるようなので、よしとしておこう。


 既に天気は小雨になってきており、雨風凌げる家も出来た。

 今日はここでゆっくりと身を休めることにしよう。

 

 近くで薪を拾っていたドランも戻ってきたし、周囲のモンスターの掃討をしているリーンやリッツも暫くしたら帰ってくるだろう。


「食事はもう少し時間掛かりそうだな……おお? なあドリー、蝶子さんでパワーアップした『グロウ・フラワー』ってどうなんだろ、ちょっと試してくれない?

 俺の魔力持ってっていいからさ」

『へいっ、ではでは~《バタフライ・エールフェクト》からのー《蝶・グロウ・フラワー》』


 魔名にかってに付け加えるのは止めなさい。

 ペペペッ、と種をまいたドリーが流れるような動きで、魔法を放つ。

 俺はそれをワクワクと期待を込めて見守った。


 巨大な果物が? ジャックと豆の木みたいにでかいツタが?

 などと胸を高鳴らせていた――のだが、出来たのはなんらいつもと変わらない背丈ほどの木と、それに生った赤い果物だけだった。


 肩透かしを食らった俺は、思わずガクリと肩を落とした。

 しかし、まだ分からない……美味しさが倍増していることも考えられる。

 そう考え、一個実をとって口に運んだ。


「……普通だな。相変わらず凄い美味しいけど、前に食べたときと一緒だ」

『んーみゅ、オカシイですね。ちゃんと蝶子さんが頑張ってくれたんですが……』


 全く変わったところがない果物を見て、俺達が不思議に感じて首を唸っていると、俺の頭部に座っていた樹々が、腕を伝って俺の持っていた果物を奪い取ろうとしてきた。


〈ギャーッ、ギャーッ〉

「駄目、樹々はさっき食べたばっかりだろ。食いすぎは身体に毒だからお前は明日な」


 左手で樹々の小さな身体をつまみ上げ、定位置の頭上に戻す。

 樹々は不満タラタラなようで、いまだに俺の持っていた果物にむかって鳴き『よこせよこせ』と言いたげに、俺の頭に甘噛みをしていた。


 あげたいのは山々ではあるのだが、こいつ今日は少し食いすぎだ。

 

 奪われないように気をつけて、手に持っていた果物を平らげてしまい。残りは全部もぎ取って手荷物に突っ込んだ。

 

 獲物を狙う狩人の如き視線を、荷物袋に送り続ける樹々。

 牽制の意味も込めて、俺はその鼻面にデコピンを叩き込む。


〈ギャッース〉


 全く……なんでこんなにしつこいんだ? とりあえず今日は食われないように気をつけとかないといけないな。


 頭の上でビョンビョン跳ねて怒りを表している樹々を撫でてやり、俺は完成した土塊ハウスに荷物を置く為に入っていった――。





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