2−7
――奥に進むほどに光が消える。
相変わらず気持ちの悪いグニャグニャした床に、趣味の悪い人面樹の壁。騎士団の全員が緊張でピリピリしているのか、みんな押し黙り、淡々と先に歩いている。
「おい、三番隊の二人、前後一メートルの距離に明かりを頼む、これ以上進めば何も見えなくなっちまう」
「了解しました『フォロー・ライト』」
何をするのか見ていると、ブラムの言葉に、隊列の中程を歩いていた魔法使い二人が背中合わせになり、同時に杖を振り魔法を放った。
杖からは光の玉が飛び出し、ブラムの指示した距離辺りに止まり、辺りを照らしながらフワフワと着いて来る事に感心する。
「ねえ、リーン、もしかしてサイフォスさんのとこの部隊って、魔法使いばっかりなのか?」
すぐ先を歩くリーンに話しかけると、周りの警戒はしたままに、俺の隣まで下がって来て答えてくれる。
「そうね、一応、二番隊って魔法使いの部隊なのよ、ちなみに三番隊はアーチェが隊長で、弓と諜報活動を得意としている部隊よ。他にも二つ部隊があるけど、此処には来てないわね」
「そういえばリーンはどこの部隊なのさ」
「私? 私は一番隊の所属よ。一番隊は近接部隊だしね」
リーンはそう言うと、背中の大剣をガチャリと鳴らして見せる。
何度見ても相変わらず、でかい剣だ。
改めてよくみると、大剣の腹には刻印が縦にズラッと刻んである。なにか魔法でも刻んであるのだろうか。
「でも意外だな、てっきり副隊長くらいやってるかと思ったのに」
俺の言葉に彼女は、少し複雑そうな顔をして「そう?」と答える。なにかまずい事でも聞いてしまったのか? とりあえず、これ以上地雷を踏むのもまずいので、さっさと流して話を変える。
しばらく話しながら歩いていると、後ろから怒鳴り声が飛んでくる。
「うるせーぞ、クソガキ、黙って歩け。てめえはその、気持ちの悪い手とでも遊んでろ」
弓を背負った目付きの悪い男が、ドリーに向かって暴言を吐く。一瞬頭に血が昇りそうになったがぐっと堪える。
話していたのはこちらが悪いし、ドリーに対する暴言は許すつもりはないが、こんな場所で喧嘩するわけにもいかない。それに当のドリーが気にもしてない為、何も言うまい。
「はいはい了解しましたよ」
「なんだてめえ、その口の聞き方は、撃ち殺すぞ」
――っち、ただのチンピラじゃねーかこいつ。
男はこちらに向かって来ようとするが、リーンが俺の目の前に来て、男に向かって剣を抜く。
「確かあなたは二番隊の人でしたか? あなたのそのチンピラの様な怒鳴り声のほうが、よほど五月蝿いですし、耳障りです。黙れ無いと言うのならば強制的に黙らせますが?」
リーンの声は、俺が今まで聞いたことのないほど、低く冷たい声出すと、男の喉元に剣先を突きつけ殺気を出す。
「っち……、だが怪しい真似してみろ、後ろから撃ち殺してやる」
そう捨て台詞を吐くと男は隊の中程に戻って行く。まるで映画に出てくるチョイ役のチンピラみたいな男だ……。
相手のあまりの小物っぷりに逆に怒りが萎んでしまった。
「メイ、ごめんなさいね、あいつは二番隊の中でも評判が悪いのよ、腕はそこそこいいのだけど、あの性格のせいでどうも……ね?」
なんでリーンが謝っているのだろう、悪いのはあの男なのに、アーチェをみると彼女はまったく興味がないのかフードを目深にかぶってこちらを見もしない。
「リーンが謝ることはないだろ、俺もドリーも気にしてない」
俺がそういうと彼女は、ほっとしたような顔になりまた隣を歩き出す。
「おい、お前らあんまバカに構って遊んでんなよ。広間に出そうだ警戒しとけ。メイちょっと俺の横まで来てくれ」
確かに馬鹿に構っている暇はないな、ブラムは「この先どうなってるかわかるか?」と聞いてきたので、特に敵はいなかった事と、広間中央で沼が川のようになっていた事を伝える。
慎重に中に入ると、相変わらず中央に沼の川があり特に敵の様子はない。
「さてどうすっかね。沼には飛び石が浮いてやがるが、あれはどう考えてもやばい。所でメイお前はどうやって渡ったんだ?」
「あー簡単でしたよここ? 沼に入ってジャブジャブと渡っただけですし。深さは俺の顎くらいまでだったから平気でした」
なんでそんな呆れた顔をしているんだ? ため息まで吐かれてしまったじゃないか。
「お前それ、沼の中に敵がいたらどうするつもりだったんだ。よくそんなんで生きてたな」
「いやドリーがなにも反応しなかったんで大丈夫かなと。それにここまで必死に走ったせいで、足が震えてたんもんで石飛んで渡り切る自信がなかったんですよね」
「お前それで逆に助かったかもしれんぞ、この沼はな、不定期で形が変わっちまうんだ。だから今までだれも攻略出来てないんだろう。そんな場所に人間用の飛び石なんてあるわきゃねーだろ、あんな罠に掛かるなんてバカだけだ」
ドリーにあれやばい? と聞いてみると即座に指をクロスする。
「そういう事なら逆に沼に入って渡るのは大丈夫なんじゃないんですか?」
「いや、違う意味でだめだな、こんな最初のうちに首まで沼に浸かっちまったら動きも鈍るし疲れも溜まっちまう」
ブラムは一人で「外にもどって丸太でも切って来るか?」などとブツブツ考え込んでいる。黙って待っているとあの目付きの悪い男がやってきてブラムに話しかけ始めた。
「ブラム隊長さんよぉ、そんなガキとモンスターの言う事なんぞ聞かねーでいいだろう、どうせ俺たちを騙して、あの足場を使わせないようにしてーんだよ」
「馬鹿なことを言ってねーでお前は黙って持ち場に付いてろっ。このバカが」
「っち、まあまあ、見ててくださいって、俺が今からこいつの化けの皮剥いでやる」
――こいつムキになってやがるな。
さすがに騎士団の一員なんだし、普段ならここまでの無茶はしなかったのではないか? 先程の件でムキになってるのか、俺を睨みつけ、男は一気に足場に飛び移った。
「おいっ、何やってんだっ! くそっお前らっ、今すぐ武器を構えて周りを警戒しろ」
「……何言ってやがんだ、大丈夫に決まってんだろ。――――ほら見てください、だい――――」
バグンッ!
嫌な音が響く。男の乗っていた、飛び石周りの水が一気に膨れあがり、巨大なワニの形をした肉の固まりが、大顎を閉じた。
容赦ない咀嚼音がゴリゴリと鳴る。
骨が、砕けているのだろう。
一瞬で飲み込まれては誰も何もできやしない。全員が動きを止め、眺めているうちに肉ワニはズブズブと沼の中へと沈んでしまった。
「っち、バカしか引っかからないだろうが……そういえばあいつは馬鹿だったな」
吐き捨てるようにブラムが言う。だが、言葉のわりにはその表情は渋面だった。好き嫌いを別にしても、やはり誰かが死ぬのは喜ぶべきところではないのだろう。
「アレがモンスターを呼び寄せる様な罠じゃなかったのだけは良かったか。が沼にはこれで本格的に潜れねーし、丸太もってきて浮かべるってのも不安要素が多い。仕方ねぇ、殺るしかねーな」
そこで言葉を切ったブラムは、剣の柄に片手を当てながらも後方のメンバーに向かって振り返った。
何をするのかと俺が黙って見ていると、ブラムはアーチェ含め弓使い二名、サイフォス含め魔法使い三名に前へ出るように指示を始めた。
俺とドリーは遠距離の武器を持っていない。魔法を使おうにも魔力がただでさえ少ないのだから、こんな序盤で使えるはずがない。
ここは大人しく後方で観戦するしかないだろう。とはいっても、元々望んで動きたいわけでもないのだが。
――リーンはどこだ?
ふと気になり探してみると、彼女はいつの間にか魔法使い達を庇える位置に移動していた。
せっかく騎士団の実力が見れるんだし、参考にする為に見逃さないようにしておこう。まずはアーチェが何かするようで、弓を引き絞って放つ。
軌道は沼に浮いている飛び石。見事に命中し、さらに続けてもう一射。
きっと矢の衝撃で釣るつもりなのだろう、と考えている内に、案の定、肉ワニが水面から飛び出してくる。
ブラムが即座に合図を出し、アーチェともう一人の弓使いが同時に矢を連射。
さすがに普段から訓練をしているのだろう、その動きによどみはなかった。
同時にサイフォス達が魔法を放つのが見えた。
『ウィンド・スライサー』全てを切り刻む風が、『フレア・スプリット』無数の小さな火球が、『アイシクル・スパイラル』螺旋に貫く氷柱が、魔名が響き渡るたびに三人から肉ワニに向かって、ソレラが襲いかかる。
全ての攻撃が次々と着弾し、肉ワニは苦痛と怒りのあまり、叫び声を上げながらブラム達に突っ込んで行く。
危ないっ! 思わずそう叫びそうになったが、ブラムは焦りもしてない様子で盾を構え『魔名』唱え迎え撃つ。
「『グランド・ガード』」
ブラムの体が淡い光に包まれる。
と、信じられない事に、真正面から肉ワニを盾で受けた。たしょう後方に押されているとはいえ、みるまに肉ワニ勢いが失い、やがて止まった。
直後、すでに飛び上がっていたリーンの大剣の一撃が下され、ワニの首は無残にも跳ね飛ばされる。
「なんだあれ、やべえっ、こんなに強かったんだリーン達、よく生きてたな俺」
思わず苦笑いしながらも呟きをもらしてしまった。
確かにあの時はブラム達が消耗を嫌い手を抜いていたとはいえ、自分がいかに身の程知らずの戦いをしていたのか、今更ながらに後悔していたのだ。
倒し方が決まってしまえば、後は今の繰り返しで全ての肉ワニを、ただの肉塊にしてしまう。リーンがなにやら、先ほどはね飛ばしたワニの首を、大剣でほじくり返しているが見えた。
「うげっ、何やってんのリーン。グロイんだけど」
「これ? ちょっと待ってね、っよ! よし取れたわ、はいこれ上げる」
少し肉もくっついて来てるが、なにかの結晶のような物を渡してくる。
「なにこれ??」
「これは『命結晶』って言ってモンスターの心臓か脳にある物なんだけど、簡単に説明すれば、それを砕くと体が強くなって魔力がちょっとだけ上がるのよ」
それはすごい……。すごいけど、流石にはいわかりましたとは、貰えない。
「俺なんもしてないし貰えないよ、リーンが使えばいいじゃん」
「私には意味ないのよ。『命力〈めいりょく〉』には特性があって、より強い力を好む傾向があるの。だから弱い相手の物を砕いても、私達自身が持っている命力が、相手を拒否して吸収出来ないのよ。今のモンスターより、もう少し強かったら私でも吸収出来るんだけどね。他にも一応お金に変えたり、それ以外にも使い道がなくはないんだけど。今のままじゃさすがにメイ戦えないから使っておいて」
ふむ、そう言われると、有り難く使っておいたほうがいいかも知れない。でも強い者に惹かれるならどうやって俺に吸収されるんだろう? 疑問に思って聞いてみると。砕いた後、命力はすぐに消えてしまうらしく、砕いた者、と言うか一番近い命力の持ち主に向かって、消える前に逃げこんで来るのだと教えてくれた。
「じゃあ、有り難く使ってみるよ」
槍の石突で命結晶を割ってみると、中からなにやら青白く光るものが出てきて俺に入ってくる、少し気持ち悪い。だがなんだか体が少し軽くなり、どう考えても先ほどより槍が軽く感じる。
「おーすごいなこれ、これがあったからリーンはあんな大剣振り回せたのか、てっきりただの怪力なのかと思った」
「失礼な事言うわねまったく。……あら? メイ、向こうも終わったみたいよ」
なにが終わったんだろう? アーチェ達が肉ワニに刺さった矢を回収している。矢尻が真っ直ぐの物を使っているみたいだ、やっぱり補給もないし節約してるんだろう、ブラムはブラムで肉ワニの死体を沼に放り込んでいる。
「よしっ、じゃあさっさと渡るぞ」
目の前でリーン達は次々と肉ワニの死体を飛び移り、あっと言う間に沼を渡っていく。
「ちょっ、待って、まじで飛ぶのかこの上を」
どう考えても俺には出来そうにないんだが、仕方なく覚悟を決め飛んでみる。先ほどの命結晶のお陰か、意外と飛べてはいるが、リーン達の用に楽々とはいかず、危なっかしい足取りではあったがなんとか渡り切る。
「い、意外となんとかなるもんだ」
そんな俺を見てドリーはよく頑張ったと言わんばかりに頭をポンポンと叩いてくる。
「はぁーありがとう、いつ落ちるかヒヤヒヤしたよ」
「おらーメイ、さっさと行くぞ、早く来い」
確かにこんな所で休んでるわけにもいかんだろうな、ハイハイ、と手を振りブラムの元まで行き、先を急ぐ。
「確か、ここの通路はこのままずっと真っすぐのはず。その先に広間があってそこがちょっとだけ、危ない」
通路を進みながら、ブラムに俺の身に起こった事を詳しく話す。
「なるほど、つまりはあれか。顔に触らなきゃいいんだな?」
「そんな感じですねー正直ひどい目にあったしあんまり入りたくはないんですけど」
あの時はドリーが居なければ死んでいただろうな。……と思ったがそもそもドリーが居なければあそこまで行けなかったわけだ。いかんなー少しは強くならないと。
見覚えのある広間が見えてきてしまった。相変わらずの顔、顔、顔に思わずげんなりする。さすがに同じ目に合うのは、勘弁してもらいたいので、さっさとドリーと共に武器を抜いておく。
あまり緊張し過ぎるのも体の動きを鈍らせるのでまずい、とりあえず深呼吸して、――そろりそろり、っと広間に入る。
さすがに騎士団連中も慎重になっているのか、見渡せばみんなそれぞれに顔を強ばらせているのが見て取れる。
「おー俺を食おうとした奴か、相変わらず気持ち悪い顔してるなお前」
前の時に俺に襲いかかってきた顔が居たのでつい話しかけてしまった。
「メイったら、少しは緊張感もったらどうなの? よくそんな顔に話し掛けれるわね」
一応内心はビクビクしてはいるんだが、あまりに周りの空気が硬くなりすぎていたから、巫山戯てみたんだが少しは効果があったらしい、雰囲気が和らいでいる気がする。わざと乗ってきてくれたリーンにも心のなかで感謝する。
――やっとの思いで中央までたどり着くが、背後から嗄れ粘り付くような笑い声が響いてきた。
「――――ヒィッ」
背後を向くと、最後列に居た一番隊の騎士が足元の顔からの笑い声に驚き、背後に後ずさろうとしていた。
「まてっ、危ないから下がるな」
俺の声も聞こえないようで恐慌状態に陥っている。
「っち『スケアリー・ボイス』じゃねーかどういうこった、聞いてねーぞ、メイ」
「いや知らねーから、俺だって聞いて無いですからっ」
さっきの騎士はそこらにある顔を踏みつけまくっている、これは洒落にならない、何度も騎士に声を掛けるが、届かない、全く聞こえてはいない。
顔は騎士に向かって舌を伸ばして捕まえると、飲み込まずに、よりにもよって放り投げやがった。騎士はそのまま飛ばされ地面を転がり、その通った後から次々と顔が目覚めている。
「総員駆け抜けろおお」
ブラムの叫びを聞きながら、俺もすぐさま駈け出した。顔がどんどん目覚め舌を振り回し、連鎖的にほかの顔も目覚める……完全なる悪循環。
舌が邪魔で先に進めないっ、ドリーが次々と舌を切り飛ばしているが、キリが無い。
「メイっ危ない!」
リーンの声に反応して反射的に右に跳ぶ、今まで居た場所に蚯蚓のように地面から生え出してきた顔が地面に激突している。
すでに周りは囲まれ、逃げ場がない、そこに閃光の如く駆け周りをなぎ払いながらリーンが助けに入る。
「悪い、助かった」
「お礼は後で、今から道を開けるから空いた瞬間駆け抜けて」
「ドリーっ!」
『フィジカル・ヒール』
呼んだだけで意図を悟ってくれたドリーに感謝しつつ、体に力を漲らせる。
リーンの動きを横目で伺うと、彼女は大剣に付いていた赤く四角い柄尻を捻ねり込み、上段に構えた。大剣の刀身が真っ赤に輝き赤い炎がとぐろを巻く。叫びと共に赤い炎を振り下ろす。
『フレイム・ロード』
凄まじい豪炎が剣から放たれ、眼前全ての敵を焼き払いながら、出口まで炎の道を創り上げる。
俺はすぐさま走り出し駆け抜ける、リーンが俺を追い越していき、左右から迫ってくる舌をその嵐のような剣閃でなぎ払っていく。そのまま後ろを必死に着いて行く、まだ逃げ出していなかったのか、右側からアーチェが合流してきて並走する。
出口目前、横で走っていたアーチェが突如倒れこんだ。――振り返り、アーチェを見ると右足に舌が絡んで引きずられそうになっているではないか。
――周りには俺しか居ない。
走って助けに行っても間に合わないだろう。
――俺に彼女を助けられるのか? 大丈夫、出来る、やれる筈だ、――――否っ、やってみせるっっ!
右手を突き出し、ラインを浮かべる、アーチェに当たらないように斜め右に撃って直角に曲げる。
撃つ瞬間不安になるが、ドリーが腕を伸ばし右腕を握ってくれる。
心を満たす信頼で不安を消し去り、魔名を叫ぶ。
『ボルト・ライィンッッ』
ラインが引かれ紫電が走り轟く雷鳴、見事な迄にアーチェを避け雷は舌を吹き飛ばす。すぐさま駆け寄り小脇に抱え全速力で広間から出る。
騎士達からの歓声を受け。俺は……
「しっ、死ぬかと思った〜」
情けない声を出したのだった。