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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
蟲毒の坩堝
69/109

6−16

 





 様変わりしてしまった通路内部に、俺の絶叫にも似た叫び声が響き渡る。

 先ほどよりも少しはマシになった揺れの中で、俺の指示に従い一斉に逃げ出そうとする走破者達。だが、その動きはどこか緩慢で、どうにも精彩を欠いているようだった。

 

 ――拙い。

 走破者達の姿を見て、俺の心に焦りが生まれる。恐らくではあるが、背後に迫るあの光景と前方に群れ集うミミズモドキを見て、恐怖心から身体の動きが鈍ってしまっているのだろう。

 その気持は痛いほどわかるし、そうなっても仕方ないことだとは思う。だがこの状況で全力を出しきれないとなれば、頭に浮かぶ文字は全滅という一文字だけ。


 駄目だ焦るな。俺まで混乱してどうするッ。


 口からこぼれ出しそうになった悪態を寸での所で押しとどめ、俺は頭に湧いたマイナスの思考を即座に追い出し、気持ちを切り替えていった。

 

 大体俺の出した指示も悪かった。ただ『逃げろ』なんて単純な指示を出されては、隊の人達が戸惑うのも当然だ。

 小さく自分に向けて舌打ちを飛ばし、何度も何度も自分に向かって『落ち着け』と言い聞かせていく……次第に狂っていた思考が元へと戻り、どうにか普段の調子を取り戻す。

 

 率いる者がするべきことは、皆に道を示し、不安を見せずに希望を見せてやることだ。

 そう自分自身を叱咤して、恐怖で凝り固まった体を奮起させる。

 土塊がパラパラと降りしきる中――俺は立ち上がって、奥へと向かって槍斧の穂先を差し向けた。


「岩爺さんを先頭に近接職がやじり型に展開し、必要最低限隊の進路を切り開き前進。

 リッツは中列に位置して近接の援護。取りこぼしを始末していってくれ。

 矢を消費しなければならない武器の者達は出来るだけ攻撃を控え、危険な場面だけ選んで攻撃を。まだ先はあるんだ無駄打ちはしてくれるなよッ。

 

 後に続く補助魔法使い達は、足の遅い者達から順に身体強化の魔法を掛け、進行速度の上昇。

 最後に攻撃魔法の使い手達は、近接職の向かう先へと向かって魔法を放ち、ミミズモドキの数を減らせ。ここまで騒ぎになってるんだ、ある程度魔法の種類は気にしなくて良い。頼りにしてるからなッ。

 おらおら、間抜けな敵さんが態々姿まで見せてくれてんだ。この機会にさっさとこんな場所突破するぞッ!!」


 感じる恐怖をひた隠し、煽るようにして周囲に指示を飛ばす。そんな俺の様子を見てか、ドリーも腕を振り回し。

『さあ皆さんっ。ここを無事に乗り切れた暁には、私が美味しい果物を差し上げましょう。それ頑張れ頑張れー』

 明るく周囲に応援を送る。


 俺の指示かドリーの応援か、そのどちらが効いたのかまでは分からないが、走破者達が『応ッ』と声を上げ、いつものように機敏な動きを見せて、指示通りの隊列を組んでいく。


「よし、行くぞッ」


 抉るように地面を踏みしめ――全員が武器を構え一本の矢のようになって、ミミズモドキの群れへと向かって飛び出した。


「ほれほれ、邪魔じゃ邪魔じゃ、蟲どもめがッ」

 先陣を進む岩爺さんが、這うように身を低くしながら駆け、両手で握った金属杖を一瞬のうちに引きぬいた――直後。赤銅色の剣閃が煌き、進路上邪魔になっていたミミズモドキを切り裂き。

「ちょっと父さんッ、切り漏らしが多いわよッ」

 続いて、いつもの如く不満を漏らしながらも、リッツが切り漏らされたモンスター達の身体へ風穴を開けていく。


『オーバー・アクセル』

 数名の補助魔法使い達が身体強化の魔法を放ち、隊の速度は加速し。

「では皆さん。せーので魔法を放ちましょうねー。せーの」

『フレア・ボムズ』『ウインド・ラッシュ』『シャドウ・ランス』

 シルさんの呑気な掛け声と共に、今までの鬱憤を晴らすかの如く、遠慮なく放たれた攻撃魔法が前方へと着弾し、モンスターを切り裂き、貫き、消し炭に変えた。

 

 良いぞ、これならいけるッ。


 何か問題が起きた時に対処しやすいよう、最後尾に位置していた俺は、切り裂くようにしてミミズモドキを突破する走破者達の姿を目にして思わず拳を握り、頬を少しだけ緩めてしまう。

 さすがに警戒を緩める気など更々ないが――何度確認しても迫る灰壁よりも、俺達の走る速度の方が若干ながら早い。このまま行けば追いつかれることは無いだろう。

 

 やっぱり、ミミズモドキが地中から姿を現してくれたことはデカイな。お陰でかなり進行速度が上がった。


 状況は良くはなっていないが、そこまで悪くもない。

 一番最悪といえる状況は、こいつらが地中に身を潜めたままの状態を保ったままで、壁に追われることだったのだから。

 

 ……でも、何で態々姿を出したんだ?


 不意にそんな疑問が脳裏に浮かび、水面みなもを揺らす波紋の如く俺の脳裏に広がった。

 通常のモンスターですら本能から自分の利点を生かして襲いかかってくる程度の事をしてくる。なのに、このミミズモドキ達は平気でその利点を殺した。

 姿を晒した後だって、別にこちらに襲いかかってくるわけでもなく、馬鹿みたいに降ってくる土に反応して暴れているだけ。どうにも『知能が低い』というよりは本当に何も考えず反射だけで動いているようだ。

 

 普段なら切って捨てているだろう小さな小さな疑問の種。だが、獄級という場所ではそんな小さな疑問が切欠となって自分達の命を救うことにもなり得る。

 それを経験から知っていた俺は、どうにか疑問の答えを手繰り寄せようと試みるが、答えがかすみがかったかのようにおぼろげで、中々掴むことができなかった。

 半ば意地になり始め更に深く思考に浸ろうとしたその時――グラリ、と体が斜めに傾げ、思考が途中で寸断される。


 ッツ!? 畜生、また揺れ始めやがった。しかも先刻よりデカイッ!


 一度目の時より更に激しさを増した揺れが通路を襲い、振動で壁を生き物のように波打たせていく。

 俺達は立つことすら儘ならなくなってしまい、必死に地面へと這いつくばって耐える事しか出来なくなった。


 どうにか現状を把握しようと視線を巡らし周囲を見渡していると、チラリと視界の端で何かが過る。

 揺れる視界で俺が見たものは、膝をついて動かない岩爺さんの姿と、そこに向かって鞭のように振りまわされていくミミズモドキの頭部だった。


「岩爺さんッ。右だッ!」


 吠えるように発した俺の警告に岩爺さんは直ぐ様反応を示めす。

 膝をついた状態からゴロリと左へ身体を転がし、ミミズモドキの攻撃を見事にける。

 そして『避けるついで』と言わんばかりに手に持ったやいばを縦に据え、ミミズモドキの通り道へとかざしていった。

 ビシャッ。と生々しい切断音が聞こえ、岩爺さんに迫っていた筈のミミズモドキの頭部が呆気無く地に落ちる。

 『良かった』とその光景を見て安心したのも束の間――グラリ、と収まっていくとばかり思っていた揺れが、再度激しさを増して通路をたわませた。

 

 なんだってんだよこの揺れッ。一回目も二回目も三回目も、決まってこっちの邪魔するように揺れやがっ……て?

 

 不意に、自分の言葉に対して奇妙な引っかかりを覚えた……ゆっくりと、吟味するかの如く、俺は先ほど心の中で吐いた悪態を繰り返す。 

 “決まってこっちの邪魔するように揺れやがって”と。


 おい……まさか。 


 ピシリと思考に閃きが走り、奥歯に詰まったモノが外れるかのように抱えていた疑問が氷解していった。

 

 ああ、何で気が付かなかったんだ。アホか俺は。もう少し注意していれば、もっと早く気がつけていたかもしれないのに。


 奥歯を噛み締め自らの馬鹿さ加減を罵りながらも、俺は自分の予想が大きく間違っている事は無いだろうと確信した。

 三度の揺れ。その全てに共通点がある。

 一度目は槍を掴まれた走破者を助けるため。二度目は道を切り開くために。そして最後は岩爺さんの手によって。

 そうだ。いつだって揺れが起こる直前に“俺達はミミズモドキに攻撃を加えていた”

 

 ガチリとはまった一つのピース。それを起点として次々と嫌な予測が俺の頭の中に出来上がる。

 

 壁から生え出したミミズモドキを見て『一つのモンスターの様だ』といった印象を感じたこと。生物のように今もうねり続けるゴムのような壁。一致しないミミズ型モンスターの話。俺達が休憩をしていた時に聞こえていたナニかが地中を進んでいるような音。


 徐々に完成していく最悪の予想。

 俺は知っている――長く灰色の身体を持ち、ゴムのような見た目をした皮膚を持つナニカを。蛇のようにうねり、地中を進むナニカを。

 

 もしかしたら、俺達が今いるこの場所は、巨大なミミズ型モンスターの内部なのかもしれない。


 その考えに至ったと同時に。耐え難い悪寒が全身を襲う。

 証拠など無く、確かめる術も何も無い。だが、同時に否定出来る要素すら今の俺は持ちあわせてはいなかった。それどころか考えれば考えるほどこの予想が当たっているのではないかといった思いが肥大化していく。

 『思い違いであってくれ』そう願ってはみるが『ここがモンスターの腹の中だ』と仮定する事によって、先ほど俺が感じていた疑問にもおおよそだが説明がついてしまう。

 ミミズモドキの知能が低いのも、反射的にしか動かないのも、コイツらが内部に入り込んだ獲物を殺す為だけに存在するただの『消化器官』だとしたら、何らおかしな事ではない。


 ざけんなよ、イカレた体しやがってッ!


 やり場のない不満と怒りが後から後から湧いて来る『普通のミミズがこんな内部構造をしているわけねーだろ』と文句の一つも言いたくはなるが、今それを言った所でどうしようもない事だ。

 ここは獄級の内部。イカレタ現象が当たり前のようにして起こる場所なのだから。

 

 くそッ、最悪だ。最悪の事態じゃないか。これが事実だとしたら迂闊に道を切り開くことすら出来なくなる。


 ミミズモドキを殺してしまえば、きっとまたあの揺れが起こりその度に俺達の足は止まってしまう。

 足が止まれば当然進行速度が落ち、進行速度が落ちれば、迫る内壁に追いつかれつぶされる。

 否定したい負の連鎖がカチリカチリとつながっていくのを感じた。

 『何か打開策を考えないと』そんな焦りの混じった思いが渦巻くが、今はそれを振り切るようにして身体を動かしていく。正直一分一秒の時間すら惜しい。じっとしたまま呑気に打開策を考えている訳にはいかなかった。

 

 土埃がもうもうと立ち込めてはいるが、既に立ち上がれる程度には揺れは収まっていた。

 忙しなく視線を動かし皆の安否を確かめていると、少し先にいた数人の走破者が、俺の先ほど出した指示を律儀に守り、またミミズモドキに向かって攻撃を始めようとしてる姿が映った。


「ちょ、待てッ、攻撃は中止、中止だ! ミミズモドキは絶対に殺さず、殴り飛ばすか全て避けて進む。間違っても攻撃魔法は撃たないでくれ」


 間一髪の所で俺の声が届き、攻撃を加えようとしていた走破者達の動きが止まる。


「いきなりなんだってんだ隊長さんよ。早く進まねーと潰されちまうぞっ」

「オッちゃん、それは分かってるけど、ちょっと待ってくれ。下手にそのミミズモドキを殺すとさっきの揺れが起きるかもしれないんだ。

 頼むから今は俺を信じて出来るだけミミズモドキを殺さず走り抜けてくれ。

 暫く経っても揺れが起こらないようならその考えが合っていたってことだし、仮に揺れが起こるようなら、その時またミミズモドキを始末する方向に切り替えれば良い」


 オッちゃんと数名の走破者は、少し考え込んだ後ハッと表情を変え理解の色を示す。まだ数名訝しげな表情をたたえたままの人達もいたが、一先ず俺の指示を聞き入れる事にはしてくれたようだった。


 ◆ 


 拙い、本当に厳しい――先頭をヒラヒラと飛んでいく蝶子さんの後を追うようにして、邪魔をしてくるミミズモドキを潜り、飛び越えて、時には打ち払いながらも、触手の林を縫うようにして駆け抜けていく。だが、先に進めば進むほど、悪化していく状況に、俺はどうしようもないほどの焦りを感じ始めていた。

 

 予想通りと言うべきか、アレから例の揺れは起こってはいない。ただ、その変わりにミミズモドキを避けて進まなければならくなったので、俺達の進行速度は先程よりもガクリと落ちてしまっていた。

 どうにか迫る内壁とギリギリ同速を保ててはいるが――先ほどから断続的に起こる『ある問題』のお陰で進行速度は落ちていく一方だ。


「――きゃあッ!?」


 またかっ、次はどこだッ!?

 もう何度目になるか分からない悲鳴に反応し、隊の最後尾から視線を巡らせ声の主を探していく。

 忙しなく視線を動かしている内に、一人の亜人女性が地面に横たわるようにして倒れている姿を見つける。

 恐らく、ミミズモドキを避ける際、足をもつらせ転んでしまったといった所だろう。

 

 ……邪魔になりそうなミミズモドキは三匹か、頼む間に合えよッ。


 脳裏に思い描いた最短ルート。その進路を阻むミミズモドキの位置を確認しながらも、俺は一気に速度を跳ね上げて、亜人女性に向かって駆けていく。 

 一匹目のミミズモドキの横振りを潜り抜けるようにして躱し、そのまま速度を落とさず二匹目の横を突っ切る。

 速度を保ちながら三匹目へと迫る……が、倒れた女性の側で暴れる三匹目を見て、俺は思わず短く舌打ちを鳴らしてしまう。

 

 このまま女性を助けながらを三匹目を上手く避けきるのは難しい。

 

 瞬時にそう判断を下し、前傾姿勢になっていた体を更に深く地面へと寄せ、ドリーの乗った右肩を差し出すようにして三匹目へと向かって差し出した。

 

「ドリー頼むッ」

『了解ですっ』


 即座に反応したドリーが、俺の身に迫ったミミズモドキの頭部を下方から手の甲でかち上げ殴り飛ばす――バシッ、と水袋を叩いたかの様な音が聞こえ、打ち払われた触手の頭部が天井に向かって伸び上がった。

 「さすがドリーだ」と頼りになる相棒に賛美を送りながらも、その隙に乗じて片手を地面に向かって伸ばし、クレーンゲームでもするかのように、地面ギリギリから女性走破者の腰に手を差し込み、掬うようにして助けだす。

 グン、と右腕に一人分の重みが急激に掛かり、右腕に微かな痛みが走る。が、身体能力に任せて強引に脇へと抱え上げ、即座にその場を離脱していった。


 先を走る隊へと合流するために、ひた走っていた途中。

「す、すいません隊長。ご迷惑かけます……」

 未だ小脇に抱えられたままの女性走破者が、俺に申し訳なさそうに顔を向け、頭部に生えたネコミミをシュンと項垂うなだれさせて謝罪の言葉を述べてきた。

 

 さすがにこのまま落ち込ませておくのは拙いか? 落ち込んでいると体の動きだって鈍るっていうし、何かしらフォローを入れておいたほうが良いかもしれない。

 

 どうにか慰めようと頭を捻ってみるが、気の利いた言葉なんて俺の口から出てくる訳もない。それに下手な慰めをした所で逆効果にしかならない気がしていた。

 一応元気を出させる方法を一つ思いついてはいたのだが……それを行うにはどうにも気が乗らない。

 

 でも、何時までも女性を抱えて進むわけにも行かないしな。仕方ない……やるしかなさそうだ。

 

 憂鬱なため息を脇に抱えた女性にバレないようにして漏らす。


 俺はある程度安全な場所までたどり着いたのを見計らう。そして、自分に出来うる限りの爽やかな笑顔を浮かべて。

「別に気にしなくて良いって……あ、でも、そろそろ『重いし』自分で走ってくれると助かるよ。俺『腕が痺れてきちゃって』」

 失礼極まりないセリフを吐いた。

 ――ビキリ、とそんな音が聞こえてくる程に頬を引き攣らせた女性走破者は、そそくさと地面に降り立って。

「隊長……女性に対してそれはどうかと思いますよ」

 と、ジト目で睨んで走っていった。

 その足取りは到底気落ちしているとは思えないほど力強く、しっかりとしたものだった。


 ……くそ、上手くいったのに全然嬉しくない。


『っく、さすが相棒です。自らの好感度を簡単に捨て去るその自己犠牲の精神。尊敬しますっ』


 やめろドリー。そんな尊敬全く嬉しくないっ。

 無邪気に追い打ちを掛けてくるドリーにシッシッと手を振りながら『頑張れ俺』と自分を励ました。

 どうにか俺は気を取り直し、隊の後を追って駆ける速度を上げていった。


 先ほど助けた女性走破者を援護しながら導いて、ようやく先を行く隊へと合流させる。 

 取り敢えず犠牲者が出なかったのは良かったけど、やっぱりまた魔法使いだったか……仕方ないって言えばそうだけど、こう何度もつまづかれるとさすがに厳しいものがあるぞ。


 先程から何度か繰り返されている問題。その全てに魔法使い達が関わっていた。

 起こる問題は自体は様々だが、中身は大して代わり映えのしないもの――避けきれず転倒したり、足を縺れさせて転びそうになったり。

 その度に俺がフォローを入れて犠牲者が出ないようにはしているが、さすがに合流の為に隊全体の速度が遅くなってしまう事までは止める事ができなかった。

 

 強化魔法も掛かっているので、身体能力自体にはそこまで問題はない筈なのだが、やはり他の職業と比べるといかんせん反応が鈍く、連続して避け続けなければならないこの状況に、上手く付いて行けていないようだ。

 慣れなどもあるし、向き不向きがあるので仕方ないとは分かっているが、そろそろ何か対策を考えていかないと本格的に拙い事になりかねない。


 額から垂れてくる冷や汗を手の甲で拭い、チラリと首だけ回して背後を振りかえる。

 いつ見ても視界に入ってくるのは轟々と唸りを上げながら、潰れていく内壁。通路が潰れていくそのさまは、まるで押しつぶされたチューブのようで、あれに巻き込まれて無事で済めるとは到底思えなかった。

 明らかに初期と比べ距離が縮まっている……このままでは後十分も走らない内に追いつかれてしまうだろう。

 

 そろそろどうにかしないと……。


 首を回して周囲を見渡し『何か打開策はないか』と探っていく。だが見えるのは代わり映えのしない灰色の内壁と、蠢くミミズモドキの姿だけ。


 本当気色悪いなコイツら。何か腸の内部でも走ってる気がしてくるぞ……いやある意味正しいかもしれないな。今走っているのは、ミミズの腹の中な訳だし。


 さすがに幾ら俺でも何の証拠も無く決めつけたりはしない。

 逃げ続ける間に、ドリーに頼んで単純ではあるが、少しだけ実験を行なっていた。

 アース・メイクを使って、ここが土壁かどうかの確認――結果としては、地面にはアース・メイクは掛かるが、通路の横壁と天井はピクリとも反応しないという事がわかった。

 蟲の死骸で出来ている場所ですらアース・メイクが反応していた訳だし、十中八九この通路は“生き物”と考えて良さそうだ。


 完璧な証拠はどうせ見つかるはずもないし、一先ずはこの通路をミミズの体内だと仮定して、打開策を練っていく事にしよう。


 本当どうしようか……通路の壁を横にぶち破ってアース・メイク辺りで空洞を掘って難を逃れるか?

 いやいや、駄目だ。触手を殺した程度ですら暴れまわってるんだ。横腹に穴を開けられてじっとしている筈がない。横穴に逃げ込んだ瞬間暴れられて、無残に潰されるだけだ。

 それに最初の頃に放った魔法ですら壁に穴があく様子すらなかったし、かなり頑丈にできているのか、魔法に耐性があると考えておいた方が無難だろう。

 

 さすがにエントを掛けた俺の武器なら切り開けるだろうけど、横じゃ駄目だ。もしそれをやるとしたら最後尾しか考えられない。

 最後尾ならコイツが掘った後の穴が続いているだろうし、暴れている隙に通路を走って逃げ切る事だってできる。

 問題は今向かっている場所が頭部なのか最後尾なのか分からないってところだが、それを今考えてもどうしようもない事だし、今は最後尾だと信じて進むしか無いだろう。


 そこまで考えた所で、自分の思考が脇へと逸れていることに気がついた。

 

 駄目だ駄目だ、最後尾か頭部か何て今はどうでもいいだろ。先ず隊の進行速度を上げる方法を考えないと、最奥にたどり着くことすら危ういんだから。

 単純に進行速度を上げるなら身体強化の魔法が一番か……っち、微妙だな。幾ら身体能力を上げた所で反応がそれについて行けなかったら対して速度は変わらないだろうし、これ以上他の強化を掛けてたら魔力がなくなっちまう。


 なら逆に考えて、こっちの速度を上げるんじゃなくて、相手の動きを鈍らせてみるとしたら?

 一番良さそうなのは氷系の魔法で気温を下げてミミズモドキの動きを鈍らせる、ってところだけど……この広い通路を凍りつかさせず、命も奪わず気温を調節するなんて、そんな都合の良い魔法なんて誰も持ってないぞ。


 特に良い考えも思いつかず、苛立ち紛れに邪魔になっていたミミズモドキを少し強めに殴り飛ばす。

 吹き飛んだミミズモドキの姿を見て、若干ではあるが苛立ちが晴れ、思考がクリアになっていく。

 

 折角ここまで色々と節約してこれたってのに、それを活かす機会すら無いんだもんな……本当腹が立ってくるな。

 矢だって魔力だって使わないように頑張って、命結晶だってリッツの為にかなり貯めこんでおいた……のに?

 

 あっ……とそんな間抜けな声を思わず零し、リッツの魔銃の能力を思い出す。よくよく考えてみればその中の一つを使えばミミズモドキを殺さず、動きを鈍らせることが出来るかもしれない。

 難易度自体はかなり高いが、リッツの腕なら不可能ではない。これまで取っておいた命結晶だってそれなりの数があるし、余程この通路が長くなければ魔力切れも気にしなくて良い。


 ようやく思いついた打開の方法。

 俺のテンションは鰻登りに上昇し――そのまま逸る心を抑えきれずに。


「おいリッツ!! いやまて、リッツちゃーん。むしろリッツさんッ! 頼みがあるからちょっと来てくれー」


 前方を進むリッツに向かって名前を連呼しながら声を掛けた。


 ◆◆◆◆◆


 延々と走る事と避ける事にだけ集中していたアタシは、突然叫ばれた自分の名前に不覚にも驚き、ビクリと体を震わせた。


 何なのよあの馬鹿いきなり大声で人の名前呼ばないでよっ。び、ビックリしちゃったじゃない。しかも何故か『さん』づけだし、気味悪いったらないわよッ。


 何か大事な用があるかもしれないし、すぐに向かった方が良いのだろうが、いきなり呼ばれた『さん』付けと、こちらをからかうかのように連呼された名前。そしてクロウエにビックリさせられた、という事実がどうにも癪に触り『無視してやろうか』などと子供じみた考えが脳裏に過る。

 だがそれを実行に移す前に。

「なにやっとるんじゃリッツ。なんかクロ坊が呼んどるみたいじゃし。のんびりしとらんで、はよう行ってやらんかっ」


 前を進んでいた父さんに『早く行け』と怒られた。

 なんでアタシが『怒られなきゃいけないのよ』と、どうにも腑に落ちない気持ちが湧いてくるが、本当に緊急事態ならば急がねば拙いだろう。

 仕方なくアタシはブツブツと文句を言いながら、走る速度を落として、クロウエのいる場所まで下がっていった。



 隊の最後尾まで下がったアタシは、そのままクロウエの右隣へと速度を合わせて横並びに走り、態々作った『アタシは不機嫌だ』といった表情を見せつける。


「何よ、アタシになんか用なわけ? さっさとしてくれない?」 


 妙に機嫌良さそうに笑っている表情に腹がたってしまい、アタシの口から出た言葉は、かなり刺々しさの混じったものだった。自分でも良く分からないが、コイツの顔を見ていると何故か無性に文句を言いたくなる。

 ただ、クロウエが別に何かしたわけでも無いのだし、幾ら何でもいきなりこの態度は無かったかもしれない。

 どうにも樹海で見てしまったコイツの顔が脳裏にチラついてしまい。心の底で罪悪感のようなものを感じてしまう。

 

 こいつも色々頑張ってるみたいだし。たまにはアタシが折れてやっても良いかもしれないわね……。

 そう思ってはみたものの、元々コイツがフザケタ呼び方をしたのが悪いわけだし、ただ謝るのも癪に障る。

 どうにか謝っていることを悟らせない様に謝罪してみようと頭を捻っていたのだが。


「おお、来てくれましたねリッツさん。いやいや態々すいませんねー。天才スナイポゥーのリッツさんに足を運ばせてしまうなんてー」

『おう、スナイポゥー』


 クロウエの妙な発音と態度のせいで一気に吹き飛んだ。正直イラつくよりも先ず気味が悪い。グリグリと引きつるコメカミに指を当てて怒りを抑え、極力冷静に返答しようと試みたが。

「良い、よく聞きなさいこの馬鹿クロウエ。まずその薄気味悪い喋り方を止めて。さっさと要件を言いなさい。さもなくば鼻の穴をもう一つ増やすわよ……」

 よくもまあこんな声が出たものだと、自分でも感心するほどの冷たい声音が口から溢れ、無意識の内に銃口をクロウエの顔面へと向けていた。


 銃口とにらめっこをしていたクロウエは、やがて額からタラリと冷や汗を流し『落ち着けッ』と言わんばかりにアタシに向かって両手をかざす。


「ちょ、まてリッツ。お前の銃口は俺に向けるものじゃないだろ……そう、迫り来る困難へと向けるものじゃないのか?」

『――ッツ!? ぬおお、相棒今良い事言いました。これは私のメイちゃんさん名言集に記録しておかねばなりませんねっ』

「だよなッ。俺今良い事言ったよな。よし、さあリッツ、それに免じて直ぐにその銃口を下ろせ」


 こ、コイツら……。

 

 クロウエとドリーちゃんの間抜けなやりとりを見て、先ほどまで感じていた怒りが一瞬で霧散していく。

 ッチ、とわざと聞こえるようにして舌打ちを鳴らし、向けていた銃口を下ろしてやる。

 あからさまにほっとした表情を浮かべたクロウエを見て――アタシは元々良く分からなかったコイツの事が、一段と分からなくなっていた。


 ふざけた奴だと思いきや、ここまで隊を引っ張る気概を見せ、判断だって悪くはない。樹海の中で見せたような顔つきをしたかと思えばまたこれだ。

 常に暗い顔をしている奴と比べれば百倍程マシではあるが、このオフザケが演技なのか本気なのか、アタシには区別がつかずどうにもイライラとした感情が湧き上がる。

 

 コイツがふざけている最中に警戒を怠ったりするような間抜けならば、アタシだってボロクソに言ってやれるのに、その辺りはキチッとこなしているのだから尚更タチが悪い。

 先ほどふざけていた時だって、しっかりと視線を動かし隊の様子を伺っているし――しれっ、とアタシの進路確保までドリーちゃんと共にこなしていた程。

 本当に、なんて腹の立つ奴だろうか。


「で、なんなのよ。さっさと要件を話せって言ってるでしょ」


 どうにも納得がいかない気持ちのままではあったが、イライラを抑えてクロウエに先を促すと、クロウエの表情が急に真剣なものへと変わり。

「もう分かってると思うが、このまま走ってるだけじゃいずれ全滅する」

 簡潔な言葉で全滅すると言い切った。

 

 アタシはそんなクロウエの言葉を聞いて、驚きと戸惑いを感じてしまう――別に『全滅する』という事実に驚いた訳ではない。自分の走っている速度と背後から迫ってくるアレを比べてみれば、余程の馬鹿でなければ判る程度の事だ。

 アタシが驚いたのは、クロウエがその言葉を口に出したという部分。こいつは今まで何か危険や異変を察知した時にしかそういった不安を感じさせるような言葉を口に出したことが無い筈だ。

 周囲に不安を感じさせない為にか、それとも素でやっているのかは知らないが、ここまでハッキリと『全滅する』などと口に出すなんて、

 なんというか『らしくない』

 つまり、そんな言葉を態々アタシに言ってきたって事と、ここまで呼びつけられた事から推測すると……何か良い打開策でも見つけたといった所だろうか。


 取り敢えず先を聞いてみないことには判断がつかない。

 アタシは黙って顎をシャクり『早く先をつづけろ』とクロウエに向かって促した。

 そのアタシの様子を確認したクロウエは小さく頷き、自分達のすすむ先――通路の奥へと向かって指を向けながら、話を続けていく。


「取り敢えず、全滅しない為にも、隊の進行速度を上げたいんだけど、その為にはどーしてもリッツの力が必要なんだよ。頼まれてくれない?」

「……そりゃ自分の命が掛かってるわけだし、できることは協力する。ただ、先ずは内容を言いなさいよッ」


 中々ハッキリと内容を言わないクロウエに若干の苛立ちを感じ始めたアタシは、急かすようにして返答をする。


「いやーなに、そんなに難しいことじゃない。正直お前の腕なら簡単な仕事だ。本当、超楽勝だと思うよ。

 えっと、ちょっーと進路上にいるミミズモドキの頭部を『重い』方で三発づつ撃ちぬいていって欲しいだけなんだしっ」


 『重い方』クロウエの言った言葉を聞いて『自分が何をすれば良いのか』その全てを直ぐに理解した。

 ジム・オリコニアス作のアタシの魔銃は、銃床下部に装填された魔印を刻まれた箱を交換することで五種類の少し特殊な能力を発動出来る。

 攻撃性のある能力は『通常』しかないので、普段はそれを入れて使っているのだが……どうやらクロウエはそれを『重』へと変えてモンスターの動きを鈍らせろと言いたいらしい。

 出来る。確かにそれは不可能ではない『重』の能力は文字通り重量増加の能力――魔弾を当てた場所、ごく狭い範囲ではあるが、三段階まで重ねて重量を増やすことが出来るのだから。

 あのモンスターの頭部に重ねて三度撃てば確かに動きを鈍らせられるだろう。

 

 だが幾らできるからと言って、それが簡単だとは限らない。

 

 撃ちぬくだけ。難しいことじゃない。楽勝だ。こいつ自身そんなこと微塵も思っていない癖に、よくもまあそんな軽口が出てくるものだと感心する。

 全速力で疾走しながら、進路上邪魔になるモンスターだけを選びとり、不規則に動きまわるモンスターの頭部に向かって正確に三連続で魔弾を命中させる。

 そこに加えて左右から襲いかかるモンスターの警戒と、装填の為に命結晶の交換。視界だって魔法で照らされてはいるが、そこまで広いものではない。

 遅れれば先を進む人達が死ぬかもしれないし、ミスを多発すれば背後から迫る壁に追いつかれて死ぬかもしれない。

 そんな中でこいつはそれをアタシにやれと言ってきているのだ。


 何が『楽勝』でどこが『簡単』なんだ。正直、自分で言って思わずその難易度の高さに目眩がする程だ。


 やらなければどうせ死ぬのは分かっている。それが有効な手段なのも理解した。だがそれでも簡単に『やる』と頷けるほどアタシの心は強くもしぶとくも無かった。

 

 そんな事本当に出来るのか? 失敗したらどうするんだ。

 グルグルとそんな考えが頭を巡り、緊張で喉がひりついた。アタシは、クロウエに返答する事すら出来ぬまま、背に伸し掛かる責任という名の重圧に押しつぶされそうになる。

 嫌だ。無理だ。そんな責任アタシは負いたくない。アタシがミスして誰かが死んだらどうするんだ。その借りをアタシはどうやって返せばいいんだ。

 強くない。アタシはアンタみたいに耐えられるほど強くない。

 

 カラカラと乾いた喉の中を、荒くなった呼吸が通り抜けていく。

 

 延々と考え続けている内に『ああ』と一つ気がついた。

 さっきからこいつが妙にアタシを持ち上げてきていたのはこの為だったんだ。アタシがこうやって緊張しないよう煽てていたに違いない。

 そう考えると先程の気色悪いご機嫌取りにも納得がいく。


 イラッ、と腹の底に小さな小さな怒りが沸いた。


 いや、それは良い。まだマシだ――何より腹が立つのは。 

 この馬鹿の脳内に存在するアタシは『天才』とか『リッツさん』と呼ばれただけでホイホイと調子に乗ってこんな無茶な頼みごとを引き受けると思われていると言うことだ。 


 ビキリ、と自らのコメカミに怒りで血管が浮いていくのを感じる。

 徐々に、徐々にだが、伸し掛かっていた重圧や緊張よりも、沸々とした怒りの方が大きくなっていく。


 落ち着け、落着くのよアタシ……切れちゃ駄目。冷静になるのよ。別にクロウエ自身は悪気があって言ってる訳じゃないんだし、アタシがやらなきゃいけないってのも納得出来る話だったわ。

 大体コイツじゃどうしようもないからこの偉大なアタシに頼んできたんじゃない。隊を率いるものとして、態々下手に出てまで頼み込んできたって事よ。ここで切れたら大人気ない。そう大人気ないわっ。

 

 先ほどまでとは違った意味で荒れ始めた呼吸を強引に整え、怒りで沸騰しそうになる頭を必死になって冷やそうとしたのだが――。


「なんだよ黙りこんで、ああ、リッツは自信がないか……それじゃあ仕方ないな。俺の秘密兵器さんにお願いすることにするよ。

 ……ここだけの話だけど、実はうちのドリーって、銃の腕前も中々凄いんだよ。

 だからほれ、魔銃貸してくれよ」

『ふっふっふ、ついに私の封印が解かれる時が来てしまったようですねっ。

 お祭りの射的で、店主さんを取った私の腕前を存分に発揮してみせましょうっ』


 ヘラヘラと笑うクロウエの顔と『ハイ』と元気よく挙手しながら『射的』の腕前を自慢するドリーちゃんの姿を見て。

 ブチィッ――と盛大な音を立て、怒りの限界が千切れ飛ぶ。


「……ここここ、この、このぼけクロウエッッッ!! アタシの腕を『射的』なんかの遊びと一緒にしてんじゃないわよッッ!!

 それだけならまだしも更にはアタシの銃を貸せ!? 一体どれだけアタシをコケにすれば気が済むのアンタって奴はッ」


 どれだけの時間アタシが自分の腕に磨きを掛けたか、どれだけ自分の腕に誇りに思っていることか。

 それを祭りの射的程度と一緒くたにされてしまってはもう我慢など出来る筈がない。一瞬で頭に登った血液と怒りが、重圧も震えも消し飛ばす。

 そして、冷静さを取り戻した時には。

「おおやってくれるかリッツ。いやー良かった良かった」

『……ええ、私、頑張って店主取ったんですよ? 凄いんですよ?』 

 アタシは既に『やってやるわよッ』と盛大な怒声を上げた後だった。

 

 ハッと気が付きクロウエの『してやったり』と言わんばかりに釣り上がった口角を見て。

 ……や、やられた。

 ようやく自分がまんまと乗せられたれたことを理解する。

 

 呆然としてしまったアタシの背中を『さあ早く準備をするぞリッツ』と言いながらクロウエが押し、なすがままに隊の前方へと押し出されていった。



 銃床の底を引きぬくようにして外し、中から取り出した長方形の箱を腰に下げた別のものと交換。腰袋の中身を全て父さんに預け『うぐぐ』と小さく唸り声を上げながら命結晶をしこたま放り込んでいく。


「おいリッツ、準備はいいか?」

「ああ、良いわよッ!」

「ちょ、何だよやたら機嫌が悪いな。まあ落ち着けって」


 「まあまあ」と宥めてくるクロウエを見て思わず『誰のせいで機嫌が悪いと思ってるのよッ』とまた怒声を上げそうになる。

 だが、このままでは延々と同じ事を繰り返しかねないと気がついて、今はグッと堪える事に。

 

 やってやる。ここまで馬鹿にされて、ただで済ませてなるものか。それに難易度のほうも思ったよりはマシになったみたいだし……。


 視線を巡らせ周囲を見る――右にクロウエ、左には父さん、背後には姉さん。残った走破者達もアタシを中心に配置されている。

 クロウエが言うにはアタシが射撃だけに集中出来るようにという事らしい。

 想像していたよりは大分楽にはなった。だが、それでも難しいことには変わりはないし、不安も残っている。

 そのせいか、クロウエに向かってついアタシらしくも無い言葉が口をついた。


「こんなに固まって配置して、アタシが失敗して死んだらどうするのよ……」


 そんなアタシの言葉を聞いたクロウエは『なにいってんだコイツ』と片眉を上げて奇っ怪な表情を浮かべる。


「いやいや、多少ミスっても良いようにこの配置にしたんだろ。それに誰かが死んだら指示を出した俺の責任だ。

 勝手に俺の責任とらないで欲しいんだけど。知ってる? そういうの泥棒って言うんですよ」


 相変わらずの調子で言い募るクロウエに思わず『やっぱりコイツは馬鹿だ』と心の中で悪態を付き、そして笑ってやった『自分だってビビってる癖に』と。

 今しっかりと見えた『俺の責任だ』そういった瞬間コイツの頬が引き攣ったのを。

 間違いなく確認した、左手が震えていたのを。

 あの樹木の橋で見ていなければ絶対に気がつけなかっただろう程度の小さな変化。

 だが確信出来た。間違いないコイツだって怯えている。貼り付けた笑顔の裏に緊張を隠し、伸し掛かる重圧を誤魔化しているだけ。


「そう、そこまで言うなら分かった。アタシは何も気にしないから、なにか起こったらアンタが全部責任持ちなさいね」

「っぐ、当然だろう。何を今更言ってるんだこの白い毛玉は。さっきだって言っただろ耳が遠いんじゃないの?」


 動揺しているのか普段言わないような稚拙な悪口を漏らすクロウエを見て、アタシは思わず『ざまあみろ』と呟いた。

 先刻の仕返しよ。アタシが此処を華麗に突破するまで精々悩めばいんだっ。

 子供じみた仕返しをしたお陰かは知らないが、不安は消え、抱いていた緊張は薄くなっていた。きっと今のアタシなら、普段通りに銃口を向けることが出来そうだ。


「さあクロウエ、さっさと合図をかけなさい。アタシの準備は終わってるわよッ」


 アタシの言葉にゆっくりと頷いたクロウエは、最後に一度だけ周囲を確認してから『行けッ』と短く指示を出した。


 ◆

 

 アタシを先頭にして隊がドンドンと加速していく――引き金を引き絞るごとに黒い弾丸が銃口から飛び出して、邪魔になっている触手へと直撃していった。

 一つ、二つ、三つ。寸分違わぬ位置へと魔弾が直撃していき、当たるごとに魔弾の効果が顕著になる。

 ズンと、と急激に重くなっていく頭部に耐えかねたのか、触手の頭が垂れ下がり、グタリ地面に這いつくばって、その上を次々と走破者達が駆け抜けた。

 疾く、疾く、もっと疾く。次第に加速していく隊の速度に間に合わせるように、必死になって銃口を定めていく。

 撃って、定めて、また引き金を引く。一連の動作が徐々に徐々に滑らか、そして正確になり始める。

 

 右から振り回される触手の胴体が視界に入ってくるが、アタシはそれを気にすること無く無視していった。当たらない筈だ。アイツは嘘つきだがこういう時の仕事はしっかりするやつなのだから。

 その予想通り、アタシに当たる少し手前で――ゴッッ、と鈍い音がしてモンスターの身体が跳ね上がる。

 恐らくクロウエが力任せに蹴り上げたのだろうとは思うが、今のアタシにそれを確認している暇などなかった。


 集中しろ、集中しろ、もっと集中しろ。


 自らに暗示をかけるように、ただひたすらにその一言を繰り返す――次第にアタシの視界は狭まって、モンスターの姿と進むべき道しか見えなくなった。

 外す気がしない。突破できない筈がない。

 今のアタシなら、コイツらが一回り小さかったとしても当てられる。

 徐々に集中力が増していき、アタシはただ引き金を引くことしか考えられなくなっていった。


 ◆◆◆◆◆


 凄まじい速度で通路を駆けていく隊を見て、俺は驚きを隠す事が出来なくなっていた。


 なんだリッツの奴。まじですごいなオイ。正直もう少し手間取るかとも思ったのに……つかコイツ、まだ一発も外してないんじゃないか?


 機械的に引き金を引き絞り、淡々と前方のミミズモドキを撃ち抜いていくリッツの勇姿は隊全体の士気を嫌でも上げていく。


「やる気満々じゃのーリッツの奴め。クロ坊一体なんて言ったんじゃ?」

「いや知らないですよ。俺は適当に煽ってみただけなんですけど、なんなんでしょうね」


 リッツを間に挟みながら近くにいた岩爺さんと会話を交わしていくが、その会話すら今のリッツには聞こえていないようだ。

 ちょっと怒らせてみようかと思っただけだったのだが、まさかここまで上手くいくとは思わなかった。

 っは、ちょろい奴め「俺ビビってないけど、お前まさかビビってるの作戦」はどうやら上手く言ったみたいだな。

 まあリッツが騙されてしまうのは仕方あるまい。既に俺の演技力は世界レベルに達してしまっているみたいだしな。


 リッツに言った責任は俺が取ると言った言葉、勿論本気で言ってはいたのだが、正直不安で押しつぶされそうだった。

 隊の人間が死んだら俺のせい。指示をミスって殺してしまったら俺が殺したようなもの。

 いくら覚悟を決めていても、やはり慣れるものではない。

 

 リッツの「アンタが責任をとれと言った言葉」あれを聞いて一瞬だけビクツいてしまったのも自覚している。

 俺の素晴らしい演技力によってちょろいリッツはまんまと騙されてしまったようだが、あそこで不安を見せてしまっていたらきっとここまで上手くはいかなかっただろう。

 上出来だ、そう自分自身を褒め称えながら、俺は暴れるミミズモドキを殴り飛ばしながらリッツを守りながら駆け続けていった。



 十分ほど走った頃だろうか――不意に何か違和感を覚えた。

 その違和感の原因は恐らく通路の幅。どうも縦幅と横幅が一回り細くなってきているようだ。

 俺は『もしかして最奥が近いのか?』とつい甘い希望を抱いてしまうが、毎回毎回容赦なく裏切られているお陰もあって素直に喜ぶことができなかった。

 しかし、更に奥へと進んでいる内に、次第に先端に行くにつれレモンの先のような形で狭まっている袋小路が見えてくる。

 袋小路周辺。まるでそこだけ切り開かれたかのように、ミミズモドキの姿は無い。


 徐々に胸の内に湧き上がってくる歓喜。地獄のような通路を延々と走らされ、溜まり続けていた不安からの開放感。それを綯い交ぜにしたかのような感情が後から後から沸き上がり、少しだけ視界が涙で歪みそうになってしまった。

 ようやく辿りついた最後尾を目前にして、隊の全員が歓喜の遠吠えを上げる。駆け出す足は一段と早くなり、我先にと最後尾へと向かって走りだす。


「クロ坊ッ、様子が可笑しい。気を抜くなッ!」


 余りの嬉しさに緩んでいくばかりだった空気を岩爺さんの注意を促す声が切り裂いた。

 地面を削るようにして速度を殺し、岩爺さんが睨みつけている最後尾へと、俺は警戒の視線を向けていく。


 最後尾中心――その一段と狭まった先端の灰壁がゴボリ、音を立てて盛り上がり、今まで目にしたことの無いほど巨大なミミズモドキが現れた。

 そこら中に生えているミミズモドキをそのまま五倍ほどの太さにした程の巨体。殆ど見た目は変わらないのだが、明らかに一箇所だけ違う部分があった。

 

 頭部先端上部に付いている、瞼のない巨大な目玉。

 

 デカミミズはその目玉をギョロギョロと忙しなく動かし、めつけるように見渡すと、俺達に向かって馬鹿でかい口をガパリと開ける。

 見せつけるようにして向けられた口内にはビッシリと詰まった無数の手が生え揃っていて、鳴き声でも上げるかの様に、一斉に爪をこすり合わせ――ジジジジジジジジジジッッ。と、気味の悪い音を奏で始めた。

 通路中に広がるその不快音に全身の皮膚が一気に粟立ち、寒気にも似た嫌悪感が湧き上がる。


 醜悪な見た目とその異音。いつもなら即座に逃げ出したくなっていただろうが、残念ながらそうもいかない理由があった。

 俺達の遥か後方――リッツの活躍により、かなり距離を離してはいたが、未だ背後からは例の内壁が迫って来ている音が聞こえてきていたのだ。

 後ろに逃げ出すことなど出来はしない。逃げるなら前に向かって進まなければ。

 

 時間もあまり無いな……。


 目前のモンスターと背後に迫る時間制限タイムリミットはここに入ってきた当初を思い出すかのような危機的状況だと言える。だが、絶望的とまではいかなかった。何故なら、俺の視界中で先程から希望の光とも言える光景がチラチラと映り込んでいたのだから。

 トンネルのような形状になっているデカミミズの口内。その奥には見える体外と思わしき空洞。


 その光景を見て『間違いなくここは、最後尾だ』とそんな確信を抱く。

 恐らくあのデカミミズは不要物を外へと出す器官。恐らくアイツにだけ目がある理由は、不要物と獲物を見分けるためでもに付いているんだろう。

 そんな奴が俺達をただで出してくれるとは到底思えない。

 

 出来るだけ戦闘は避けたかったがそうも言ってられないようだ『やるしかない』俺は覚悟を決め、デカミミズへと向かって武器を構える。

 

「隊を円状に展開ッ、中心から順番に、魔法使い、遠距離武器の使い手、一番外に近接職を配置。数の少ない近接職で全て囲うのは不可能だが、前面にだけに展開すれば問題ない筈だ。

 隊の付近にいるミミズモドキだけは始末して良い、その際は揺れに気を付けろっ。

 いいか、コイツさえ突破すれば念願の外だ。みんな。気合を入れろッッ!!」


 全員いい加減この通路にウンザリしていたのだろう。気合の入った雄叫びを上げ、周囲の空気を振るわせて、弾けるように動き出す。

 

 先ずは、隊を展開するのに邪魔になりそうなミミズモドキを全員で始末していく――。

 ジジジジジジジッ!

 一匹殺すごとにデカミミズが暴れまわり、口を開いてこちらに威嚇の鳴き声を上げてくる。それに加え予想通りの、揺れが辺りを襲い始めるが、走って逃げなくて良いのなら、幾らでも対策は取れる。


「揺れの間は遠距離からの攻撃に切り替えろッ。周りにいる者は身体を支えて補助してやれよ。リッツはデカミミズまでの進路にいる触手を狙ってくれッ。

 ドリー、リッツを頼むぞ」

『お任せっ《ウッド・ハンド》』


 ドリーの唱えた魔法によって、地面に樹手が出現。

 親指と人差し指輪っかを作るようにして、リッツの腰を優しく掴み、手の平で掬うように乗せて固定した。固定砲台と化したリッツは相変わらず正確無比な射撃の腕を見せ、次々と引き金を絞って黒色の魔弾で地面に生えたミミズモドキの動きを封じていく。


「クロ坊ッ。何かしてきおるぞ」


 岩爺さんの声に従い視線を向けると、先ほどまで暴れまわって居たはずのデカミミズが、象の鼻の様に先端を高々と天井に向けて上げている様子が見えた。

 ヘドロに沸いた気泡の音にも似た、不気味な異音が聞こえ、それと同時に元々太かったデカミミズの胴体が一回り膨れ上がる。

 ――ゴパァッッ!!

 俺達に向かって撃ちだされた紫色の水弾。

 

 駄目だ、あれに当たってはいけない。

 恐らく、いや。間違いなくあの紫色の水弾は百手が使ってきていたのと同じ毒液だろう。確実に避けなければ……死ぬ。


「ロック・ウォールで防げッ! それと風使いはエア・フィールドを張れ、直ぐにだっ」


 俺の叫びを聞いた一人の魔法使いが、瞬時に岩壁を産み出して、迫る毒弾を防ぐ盾を作り――少し遅れて風使いが半円状の風の膜で俺達を包み込んでいった。

 岩壁にぶち当たった毒弾がバシャッ、と水音をまき散らし、周囲に毒液を四散させていく。雨のように周囲に降り注ぐ毒の雨を風の膜で防ぎ切り、俺達は無事直撃からは免れられた。


 ムカデの使った紫色の毒液を見ていなかったら、恐らく俺はすぐにあの液体に反応することが出来なかっただろう。

 仮に直撃を免れられたとしても、水晶船で船員達の使ったエア・フィールドを見ていなかったら、今頃はきっと毒液の雨で死んでいた。

 危なかった――瞼にタラリと落ちてくる冷や汗を、親指でピッと払い落とし、全員が無事だったことに胸を撫で下ろす。


 早く反撃しないと。

 時間制限は刻一刻と迫っている。延々と防衛ばかりしている訳にはいかなかった。


「目標はデカミミズのみ――風、水、氷、の三種類の攻撃魔法を許可する。遠慮無く撃てッ。炎と雷は使うなよ、蒸発して毒煙にでもなられたら堪らないからなっ。

 土属性の使い手達は毒液にだけ意識を向けて、ロック・ウォールで防衛。絶対に後ろに通すなよッ」


 俺の指示で、三種類の攻撃魔法がデカミミズへと向かって撃ちだされていく。

 デカミミズの頭部についた一つ目がギョロリと動き、飛び交う魔法を確認すると、まるで逃げるようにして、胴体へと潜り込んだ。

 その直後、次々とデカミミズに直撃していく攻撃魔法……だったが、水の槍は簡単に弾き返され、飛び交う氷柱はかすり傷一つ付けられない。

 そして、最後に放たれた風の魔法ですら、残念ながらデカミミズには全く効果が無いようだった。

 攻撃後に揺れが来るかとも覚悟していたが、何のダメージも入っていないせいかそれすらもない様子。

 ただ、反撃するように放たれた毒弾もこちらの壁に阻まれて届いていないのだから、お互い様という所か。 


 しかし、全然効いてる様子がない。やっぱり直接攻撃していくべきか……。


「リッツ進路確保はどうだッ?」

「そんなもんとっくに終わってるわよッ。最初に撃った奴が動けるようになるまであと五分程度……というかどうするのよっ、もう後ろ来てるわよッ」


 視線を動かしデカミミズまでの進路が開かれているのを確認し、続いて背後に目を向ける、既に内壁は目で確認できるまでに迫っていた。

 拙い、拙い、焦燥感をグッと堪え、必死になって突破の方法を考えていく。

 アイツは目を持っている訳だし、単純に近づいていっても毒液を吐かれて追い返されるだけだろう……リッツ辺りに目を潰してもらうように頼むか? 

 駄目だな。さっき魔法を放った時に目を潜らせて守っていたみたいだし、そんな単純に行くはずが無いか。

 ……いや、まてよ?

 魔法を撃った時に目を潜らせて守ったって事は、その間は視界が塞がってるってことだよな?

 

 魔法を絶え間なく打ちながら、相手の視界を塞いで接近。これで一気に蹴りを付けるしか無いな。多少強引な手段だが、これ以上考えている暇なんて無い。

 下手したら後ろから仲間に撃たれる可能性だってあるが、俺にはドリーがいる。出来るはずだ。辿りつけるはずだ。

 

 自分の相棒の腕を信じろ。何度もそう自分に言い聞かせ、しなければならない覚悟を決める。


「全員聞けッ、今からここを突破する。

 皆は俺の少し後を遅れてついて来てくれッ『氷、土、水の攻撃魔法をデカイのに向かって撃ち続けながら』だ。

 俺に当たるかもしれない、とかそんな遠慮はいらないから、あのモンスターの元にたどり着くまでの間、絶え間なく撃ち続けてくれ」


 だが、俺の指示を聞いた隊の皆は、さすがに困惑気味な表情を浮かべ、戸惑ってしまっている様子だった。


「そんな心配しなくて良いって。自慢の相棒が魔法なんて全部撃ち落としてくれるから、俺には絶対に当たらないから。なっ?」

『――ッッ!? むおおおお、ちょっと、皆さん聞きましたか? 

【自慢の相棒】ですよ? ハイっ私ですよ私っ。むっふー』


 俺の言葉にキャッキャと喜んだドリーが、手を上げて『私ですっ』とアピールを始める『防ぎ切れないかもしれない』そんな不安全く感じさせない俺とドリーの態度を見てか、隊から動揺が消え去っていった。

 これなら大丈夫そうだ。

 走破者達の表情を伺いながらも、俺は声を張り上げ指示を出していく。


「よし……雷のエントを使える人は、俺の武器にエントを掛けてくれ、他の人は俺の合図と共に攻撃魔法を射出。

 三――二、一、やれッ」


 ――バチィッ、垂れ下げる様にして後ろに向けていた俺の武器に一斉にエント・ボルトが掛かり、水晶武器の能力が発動。同時にモンスターに向かって雨あられと魔法が放たれ始める。


「ドリー行くぞ」

『エント・ウォーター』

 ドリーに一声かけ、ナイフに水のエントを掛けたのを確認した俺は、攻撃魔法の雨が降り注ぐ中へと突っ込んでいった。が、そんな俺を追い越すようにして一つの小さな影が急に現れる――岩爺さんだ。


「ほっほ、儂も行くぞい一人じゃあのデカイのを切るのは難儀じゃろうて」

「そんなこと言っても、普通の武器じゃ切れないと思いますよ、アレ」

「大丈夫じゃて、儂の武器はちょっと素材が特殊でのぅ。切れないものとかそんなに無い……っぽいんじゃよ」


 おい、微妙に自信ねーじゃねーか。

 呆れたため息を思わず零して、目の前を走る岩爺さんを睨みつけてみる。ただ、確かに岩爺さんは今までモンスターを切るのにそれほど苦労していた様子はない。切れ味が良いと言うのは本当なのかもしれない。

 それに、岩爺さん一人位ならば、目の前を走らせてやれば、守り切ることも出来るだろう。


 態々俺の心配して助けに来てくれたんだし、怪我させたくないよな……。


「ふむ、クロ坊の前は中々安全じゃな。魔法が一本、二本抜けても、先ずクロ坊に刺さるじゃろうし」


 こ、このクソジジイ、蹴倒してやろうか。

 

 ただでさえ、背後から魔法が撃ち落とされているあろう音が聞こえていて、ヒヤヒヤしているのに、そんな事を言われると、非常に怖いものがある。

 若干ながら不安を感じ始め――肩に入るドリーに今どんな様子なのかを聞いて見ることに。


「ドリー大丈夫だよね?」

『ひょおおおお』

「平気だよね?」

『ひゃっほおおお』


 駄目だ全く聞いてない。

 余程自慢の相棒と言われた事が嬉しかったのか、ドリーはエントを掛けたナイフをブンブンと振り回し、やる気満々で自分の仕事に励んでいる様子。

 ただ、ここまでヤル気が溢れているのなら、本当に俺まで抜けてくることはなさそうだ。


 一先ず考えないことにして、視線を先に向けて攻撃魔法を受け続けているデカミミズの様子を探る。

 やはり予想通り一つ目は既に胴体に潜り込んでしまっているようで、煩わしそうに胴体をくねらせるだけ。

 俺達が迫っている様子に気づいているようには思えない。

 

 既に相手までの距離は詰まっている。時間も無いんだ、存分に晒されたこの隙を見逃して堪るかッ。


「やるぞ岩爺さんッ。根元から切り落としてやるッ」

「元気いいのぅ、了解じゃ」


 岩爺さんと互いに声を掛け合い、壁と繋がっているデカミミズの根元部分へと向かって、地面を蹴り一気に飛び上がった。

 既に、俺達が接近に成功したことにより魔法の援護は無い。その為頭部に付いていた目玉が裏返るかのようにしてギョロリ、とむき出しになる。

 

 不意に、その気味の悪い目玉と視線が合った。

 ようやく俺達の姿に気がついたのか、慌てたようにして身をくねらせ逃げようとするデカミミズだったが。

 もうすでに遅い。


「おらあああああッッ!!」

「よっこいせッ!」


 落下する勢いをそのままに、岩爺さんと二人揃って根元部分へと武器を突き込んでいく。

 ゾブリ――と弾力性のある感触が武器を掴んでいた手の平へと伝わり、岩爺さんの武器と俺の武器が、デカミミズの皮を引き裂き貫いた。

 

 ジジジジジジジジッッッ!!

 

 苦痛の鳴き声を上げ身体を振り回しながら俺達を振り落とそうとしてくるデカミミズに対して、俺と岩爺さんは容赦無く上部から、缶詰の蓋でも切るかのようにして、左右に別れて切り裂いていく。

 百手のように毒液が噴出するかと若干注意はしていたが、別段そんな事もなく――やがてデカミミズは緑の体液を零しながら、根元から地面にボトリと落ちた。


 ギィッアアアアアア嗚呼嗚呼ッツ!!


 鼓膜を破らんばかりの鳴き声が、俺達が侵入してきた方角から聞こえ、直後、今までで最大の揺れが通路を揺らす。

 掴む場所すら無い最後尾に居た俺は、縦に、横にと周囲の壁に叩きつけられ、お椀に転がされたサイコロのように無様に振り回される。

 

 打ちのめされる痛みと、グラグラと覚束ない視界。

 自分が地面に当たっているのか天井に当たっているのかすら分からなくなった頃――不意に身体が宙へと投げ出された感覚を味わった。

 浮遊感、そして急激に落下していく身体。


「ガハッ!?」

 

 ドスッ、と叩きつけられるかのように衝撃が全身を叩きつけ、肺に溜まっていた空気が全て外へと吐き出される。グラグラと揺れる頭を必死に動かし、現状を把握しようと辺りを見渡すと、そこは見覚えのある。蟲の死骸が積まれた暗い通路の中だった。

 

『相棒っ、上、上っ』


 ドリーの言葉にふらつきながら顔を上に向ける。と、そこには、俺に遅れて次々と上から降ってくる走破者達の姿が。

 慌ててその場からゴロゴロと横に転がると、ベシャッ、そんな間抜けな音と共に、走破者の一人が地面に落ちる。


 受け止めたほうが? いや無理だろ。でもさすがに重なっちゃ拙いし。

 

 そう思った俺は、次々と降ってくる走破者達を餅つきの水を付ける人の要領で横へとずらして行った。

 べシャッ、ズラす。べシャッ、ズラす。

 傍から見たらかなり間抜けな光景だとは思うがやってるこっちは必死な作業。


 暫く無言で続けている内に――上から何かが降ってくることもなくなった。どうやら無事全員助け終わったようだ。

 上には縦穴、目の前には奥へと続く通路。恐らくではあるが、L字型になっていた上部に巨大ミミズの尻尾があって、そこから投げ出されてここまで落ちてきたと言った所だろうか……。

 どうみても普通の通路。未だ獄級の中だというのに、俺にはここがまるで天国のようにも見える。

 

 嗚呼……やっと、やっと逃げ延びた。


 べたりと腰を地面に下ろしたままで、俺は様々な思いを込めながら、大きく息を吐き出していった。


 



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