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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
蟲毒の坩堝
55/109

6−2




 夕焼けに染まる水晶船の船尾部で、見覚えある亜人達との思わぬ出会い。

 

『ぬひょおっ、ふさふさー』


 俺の肩の上でドリーがグイングイン前後に揺れ、テンションが上がりまくっていた。岩爺 《がんじい》さんに対する返答もしなければいけないのだが、先ずはドリーを諌めなければ。

 このまま放っておいたら我を忘れて飛びつきかねないしな。気持ちはわかるが落ち着くんだドリー。


 腕を振り回すドリーとそれを抑える俺。

 人目もはばからずバタバタと騒ぐ俺達を、白リスさんは胡散臭そうな目付きで、黒リスさんは「あらあら」と笑いながら口元に手を当て笑っていた。

 そんな亜人二人を見て「やっぱこの二人はリスっぽい」等と下らない感想を抱き、無意識に二人の姿を観察してしまう。

 

 恐らく先ほどの会話で聞こえてきた『リッツ』という名前は白リスさんの事だろう。

 毛並みと同じ色の白いショートボブ。少しキツメの目付きと、茶色い瞳。顔は人とほぼ変わらない造形で、強いていうならツンと少しだけ尖っている鼻が亜人らしさを醸し出している気がしなくもない。

 ただ、顔や体型などは人に近い造形ではあったのだが、尖った三角の耳と先端が少し丸まったフサフサの尻尾が付いているし、腕の甲から肘まで、足首付近から膝、そこから太ももの外側だけ白い毛で覆われていたりと、やはり所々亜人の証拠というべき特色が現れている。

 

 ――しかし結構露出高めの服装だな。やっぱり尻尾とか腕とかのフサフサの邪魔にならないようにって感じだろうか。


 もう大分涼しくなってきたとはいえ、まだ少し気温は高い。そう考えれば丁度いいのだが……それにしては少し軽装過ぎやしないだろうか、と妙な心配までしてしまう。

 リッツは、所々銀色の金属板で補強されている白いジャケットを着こんではいるのだが、中は茶色のビキニタイプのインナー。更にはホットパンツとでも言えばいいのか、丈の短いズボンを履いていて、脇腹やら太ももやらがチラチラと見えてしまい、どうにも目のやり場に困る。


 流石にこのまま見ていては怒られる気がしたので、直ぐに目を逸らす。が、今度はその横にいた黒リスさんが視界に入ってきた。 

 亜人の特色は色が違うだけでリッツとそこ迄変わらない。ただ、少し眉尻の下がったおっとりとした目付きとロングの黒髪のせいか、強気で快活なリッツの印象とは違い、どこか大らかで、優しそうな雰囲気だ。

 彼女の服装はリッツの服よりは露出が少ないのだが……上半身と肘までを覆う黒いインナーは肌にぴっちりと張り付くようにとしている為、黒リスさん体の線を浮き彫りにしてしまっている。唯一の救いと言えば肩から淡い桜色のショールをかけていることと、黒のロングのスカートを履いている事だろうか。


 そうかそうか、リッツはC位で、黒リスさんはDかE位はありそうだな……リーン、ドンマイっ。

 別に小さいのが嫌いって訳じゃないけど、大きい事も素晴らしいと思います。

 先ほどまで失礼だから目を逸らそう、とか思っていた割に、反射的にとある部位に視線をやってしまっているのは、男であるならばしょうが無い事だと言えよう。間違いない。


 ただ、天罰とでも言うべきか、不躾な視線など直ぐにバレてしまった様で、白リスさんがキッとこちらを睨み、不機嫌さを全開にして、尻尾をワサワサと動かし俺に文句を言ってきた。


「何見てんのよアンタ。遅刻魔だけじゃなくて、変態なの?」


 目を細め、その身体から怒りの感情を漏れ出させているリッツ。

 怒るのも当然だと思います。

 流石に先刻のは失礼に過ぎる。誠心誠意を込めて謝罪をするべきだろう。


「良い景色を、ありがとうござ……あぶねぇ、間違った」


 つい口からこぼれ落ちそうになる本心を、全身全霊を込めて引き止める。

 ちら、とリッツの様子を伺うも、特に先ほどと変わった様子もない。奇跡的に彼女には聞こえていなかった様だ……危なかった。

 それにしても早く謝罪しなければ拙い。どう考えてもこちらが悪いのだから。しかし、ただ謝って許して貰えるかは、微妙な所でもあった。

 

 まあ、俺にとってこんな程度、難しいうちには入らないわけだが……。

 

 ふい、と顔を背け……申し訳なさを溢れ出させた表情に変え、左手を額と目を覆う様に当てる。そしてそのまま必死な思いを声音に乗せて、謝罪をした。


「僕、最近田舎から出てきたもので、亜人には滅多に会ったことが無かったんです……それで、ついつい物珍しさから、不躾な視線を向けてしまいました……くそっ、なんて失礼な真似をしてしまったんだッ!! こんな目抉り取ってしまえば良いのにッ。

 っく、本当に申し訳ないです」

『ぶっふー。メイちゃんさん、めちゃ胡散臭せーですっ』


 よしよしドリー、後で魔水をあげるから今は黙っとこう。

 ドリーから思わぬ茶々が入ったものの、俺の謝罪は完璧だった。百人中、九十九人は思わず許してしまう程だと自負している。きっと彼女だって思わず怒りを収めてしまうに違いない。


「胡散臭い」


 大変です、容赦の欠片もなく一刀両断でした。

 畜生、まさか一%の人だったとは……そんな少数の人にこんな所で出会うなんて、全くもって運が悪かったとしか言いようが無い。

 これは拙い、どうやって許しを得るべきか。リス、リスと言えば……ッハ!? 


 不意に思いついた謝罪の手。それを探すべく、右肩後ろに付いているドリーポケットを探る。

 目当ての袋を取り出し、その中から一粒の実を手の平に乗せて、リッツに差し出した。


「つまらないものですが謝罪の証としてこれをどうぞー」


 差し出したのはクルミ。ドリーの種袋の中に三個残っていた内の一つ。

 旅の途中、何度か食べた事があるが普通のクルミと違い、甘みがありクリーミーな食感で美味いものだった。最初ドリーのグロウ・フラワーで育てた時は、でかい木でも生えるのかと思い、少し身構えてしまったのだが、実際育ってみるとそんな事も無く、腰ほどの大きさの小さな木と、そこにポコポコとクルミが生るという珍妙な植物だった。

 

 やはりリスと言えばクルミだろう。これで駄目ならもう打つ手がないんですが、お願いします。

 半ば祈るような気持ちでクルミを差し出し、恐る恐る顔色を伺っていると、リッツは俺の手の中のクルミを見つめ、ゆっくりとクルミを手に取った。


「し、仕方無いから。許してあげなくもない」

 

 え、ほんとに?

 予想外というか、計画通りに行き過ぎたというか、正直俺自身上手くいくなど一割程度にしか思っていなかったので、少し驚いてしまった。

 リッツは左太股に付けられていたレッグホルスター状の道具入れへと大事そうにクルミをしまい込み、その後不思議そうな表情で俺を見つめ、問いただす。


「というか何でアンタ『足早クルミ』なんて持ってるのよっ。これグランウッド地域でしか取れないのよ」

「え、普通にグランウッドで買っただけなんだけど」

「だーかーらー。腐りやすいこのクルミが、どうしてこんな所にあるのかって言ってんの」


 腐りやすいのこのクルミ? 初耳なんだが。

 別に何か特別な事をしていたわけでも無いし、適当に袋に突っ込んでおいただけだった為、そんな事を聞かれても俺が答えられる筈もない。

 小首を傾げなんといって答えようかと考えていると。


『はい、相棒っ』

 肩にいるドリーが元気いっぱいに挙手。


「うむ、元気な様で大変宜しい。どうぞ」

『メイちゃんさんに美味しく食べて貰おうと思って、暇な時に種へと愛と魔力を注いでみたりしていましたっ。なので私の魔力に呼応して種が普通のものよりも頑丈で長持ちするようになっていますっ』


 自信満々に言うドリー。

 その言葉を聞き、ああ、と一つ手を打ち納得した。と、いうのも、時折ドリーが種袋を手に抱え、くねくねと不思議な踊りを踊っているのを目撃した事があったからだ。ただその時はなんか楽しそうに遊んでいるなーという感想しか抱かなかった為に、今の今まで気にもしていなかった。


 って事は……野菜や果物もやろうと思えば長持ちさせる事も出来るって事か? でも種とは大きさが違うしな……無駄に魔力を消費して、いざとなった時に魔力が足りないって事にもなりかねないし、まあ、微妙な所かも。


 返事を返す事も忘れ、ドリーと会話をする俺。そんな俺達を白リスさんは不思議そうな面持ちで見つめ、やがて一人で納得したのか顎に手を当て頷いている。


「そう……企業秘密って事ね。この殻の艶から見ても冷凍した訳でもなさそうだし、一体どんな手品を……」


 なんだか一人で勘違いしてくれている様でこっちとしては非常に助かる。実際返答しようにも「ドリーはグランウッドの一部で、娘みたいなものだから植物に関してはプロなんだよねっ」とか言えるわけがないし。


 とそこ迄考え、不意に「返答」という言葉に引っ掛かかりを覚える。


 何か忘れている気がするんだよな。返答……返答。――ッ!? そういえば岩爺さんに話しかけられたのに、返事返すの忘れてた。怒ってないかな。

 

 取り敢えず一人でブツブツ考え込んでいるリッツは放っておき、チラリ、と岩爺さんに目をやる。すると、岩爺さんは杖頭に両手を乗せ石のまぶたを下ろし黙って瞑目していた。その様子はどこか怒っているようにも、ただ黙って返事を待っているようにも見えた。

 岩肌のせいもあってか、表情の変わらない岩爺さん。どうにも何を考えているのか読みにくい。取り敢えず俺は少し岩爺さんに近づき、観察しながら反応を待って見ることに。


 百五十五センチ程度の小柄な体格。見える範囲の全て肌は岩で覆われ、ゴツゴツとした厳つい雰囲気を出している。

 上半身は紺の鯉口シャツと、上から灰色の羽織。下半身は黒の袴と草履、とその服装はその手に持った赤銅色の金属杖と相まって昔のご老公の様な和風な雰囲気。

 ここに来てから浴衣以来の和を感じさせる服装に俺は少し感動してしまい「おおー」と感嘆の声を無意識にあげる。

 

 俺の声に反応したのか、岩爺さんの双眸がゆっくりと開き、中から金色の瞳を顕にした。俺は、怒られるのではないかと思い、一瞬身体を強張らせ、緊張を張り巡らせてしまう。


「ひょっ!? もう朝かの。

 むむ……おや? その顔どこかで見たことがあると思うたら。あの時斡旋所で一緒になった若人ではないか。元気しとったかいの?」


 この爺、絶対寝てやがった。しかもそのセリフは先刻聞いたぞ。

 岩爺さんの飄々とした態度に思わず頬が引き攣るのを感じる。が、このまま黙っているわけにもいかないので、心を落ち着け返答を返す。


「あ、どうもお久しぶりです。まさかこんな所でまた会うとは思いませんでした。後、もしかして今寝てました?」

「袖振り合うも多生の縁といった所かの。ちなみに儂は寝ていたのではなく。少しばかり瞑想をしていただけじゃ、精神を統一する事によって心の乱れを……」


 岩爺さん言い訳がなげえ。


「寝てないです。大丈夫寝てないですっ」


 ブツブツと垂れ流される岩爺さんの講釈を止めるために、わかってます。と言わんばかりの態度を示し、どうにか納得してもらう。


「そうそう、若人は素直が一番じゃ。良きかな良きかな。所で……誰じゃったかの? どこかで見た気もするのじゃが」


 さっき自分で「あの時一緒になった」とか言ってたじゃねーか。なんて事だ、この爺ボケてやがる。

 どう対応して良いか困惑し、愛想笑いをしてその場を誤魔化す。そんな俺を見かねたのか、黒リスさんが横合いから参加し岩爺を諌めはじめた。


「『お父さん』……余り知らない人をからかっちゃ駄目よー。ボケてないのにボケたフリして。ほら、困っちゃってるじゃない」

「これ『シル』年寄りのささやかな楽しみを奪うでないっ。それに見てみぃ。この若人も楽しそうにしてるでないか」


 そう言って俺に向かって楽しそうに笑う岩爺さん。というか、先刻のはボケたフリかよ。この爺中々の曲者である。

 

 恐らく先ほど岩爺さんが言った『シル』とは黒リスさんの名前だろう。

 そのシルさんは、少し小首を傾げ、岩爺さんの言葉を確かめるかの様に、俺の表情をまじまじと観察してきた。

 見てくださいこの苦笑。全然楽しそうではないです。気づいて下さいお願いします。


「あらあらー本当だわー。ごめんなさいね。楽しんでいるところ邪魔してしまってー」

「いえ、お構いなく……」


 畜生、節穴だ。

 一人心の中で悪態を付いている途中。不意に先ほどの会話を思い出し、溢れんばかりの違和感を感じる。

 シルさんは岩爺さんの事を『お父さん』とそう言った。シルさんは恐らく二十四歳ほど、そして岩爺さんの年齢は見た目や言動からして間違いなく七十から八十。亜人は寿命の違いも大きいらしいし、実際年齢など分からないが、外見年齢で見れば大きくは外れてはいないだろう。

 

 そんな馬鹿な、何かの間違いであってくれと願いながら、シルさんに確認をとる。


「……えっと、お父さんですか?」

「お父さんよー」


 大混乱だった。思わず失礼な事を口走りそうになる自分を収め、混乱する頭をどうにか沈めて、替りの言葉を口に出す。


「えっと……その。お歳の割には、色々とお元気そうで、なによりだと思いますっ」


 残念。俺はまだ混乱から立ち直れていなかったらしい。

 俺が口走ってしまったセリフを聞き、今まで黙っていたリッツが顔をりんごの様に赤く染め上げ、俺に向かって喚き始めた。


「あ、あんた何わけわかんないこと口走ってるのよっ。義父にきまってんでしょ義父にっ! 大体父さんは『ロックラッカー』なんだから『スクイル』と子供なんて出来るわけないじゃないっ。なんなの? 馬鹿なの? 馬鹿なのねっ」


 言われたい放題ではあったが、正直さっきの言葉は自分自身もどうかと思うので怒られても仕方ない。

 今言ったリッツのセリフを考えると『ロックラッカー』は岩爺さんの種族名で『スクイル』がリッツとシルさんの種族ということか

 

 でも、確か本には異種間同士でも条件次第では、普通に子供が出来るって書いてあった筈なんだけどなー。

 

 最初に本で見た時は嘘だろこれ、とか思ったものだが、大分この世界に慣れてきている今となってはそんなもんなのかなー、と簡単に考えていた。

 確か本によれば――仮に『犬系』の種族と『猫系』の種族が子供を作った場合。生まれる子供は、両者の特色を持ったものではなく、どちらか一方の種族になるのだとか。その原因は血の濃さのせいだとか、命力の強い方だとか、色々と言われているらしいが、未だ解明までは至っていないと、いう話。

 

 でも、よく考えれば哺乳類系と魚介系とかだったら流石に無理だよな……そういった意味でロックラッカーとは子供が出来ないって事なんだろうか。

 

 一旦気になりだすとどうしても気になり、色々と考え込んでしまう。


「全く……胡散臭いと思ったけど、さっきのアンタの言葉、もしかしたら本当かもしれないわね。どんだけ田舎者なのよアンタ。もう少し考えてから口に出しなさいよね」


 リッツは溜め息を吐きながらではあるが、怒りを収めてくれた。

 前に岩爺さんが言った「根は優しい子」ってのも案外本当の事かもしれないな。


 ◆


 その後は三人にきちんと謝罪を入れ、少々の会話し、互いに名乗りを済ませ部屋へと戻った。 


 まあ、リッツは岩爺さん達に言われて不承不承といった感じではあったが。

 

 白リスは『リッツ』黒リスさんが『シル』とある程度予想通りの名前。シルさんの言うには苗字等は無く名前だけなのだそうだ。

 ただ岩爺さんの名前は、どうしてこうなったのか俺自身分からないのだが、本当に『岩爺』という事になってしまった。

 原因としては、俺が三人との会話の途中、迂闊にも「岩爺さん」と口を滑らせてしまったせいだろう。その失礼にも程がある呼び名を聞いた岩爺さんは「今から儂の名前はそれじゃからと」信じられないことをのたまい始め、何故かそれを聞いたリッツとシルさんも仕方ないわね、と言った表情で了承してしまう。


 そんな三人を見て、わけが分からず困惑する俺に、シルさんが優しく説明をしてくれる。が、その説明を聞いて更に気疲れが酷くなった。

 話を聞けば、岩爺さんは、今までもそうやって名前をちょこちょこ変えているらしく、なんと、義娘であるリッツとシルさんですら最初の名前は知らないとの事。


 強気で快活なリッツ。大らかなのか何考えてるのか分からないシルさん。飄々として、とぼけまくる岩爺。

 俺は休憩に行った筈なのに、行く前よりも疲れているのはどういう事なのだろうか……。

 ただ俺自身も今日は尻尾やら耳やらフサフサやらお宝やらの魔力で、少し口を滑らせ過ぎたので、自業自得といっても過言ではないかもしれない。


『楽しかったですね相棒。次は是非あの尻尾を我物にするため頑張りますっ』


 まあドリーは楽しんでいたみたいだし、これはこれで良かったのかもしれないな。

 

 俺は一つ背伸びをし、何やら手紙の返信を一生懸命書いているリーンと、金属箱の中身を整理整頓しているドランに暫く寝るから、と声をかけ、ベッドに身を投げた。


 ◆◆◆◆◆


 コンコン、とドアを叩くノックの音が頭に響き、俺は眠りから覚醒していく。


 瞼をこすり、ぼやける視界でドアの方を見やると、リーンが船員から何かの編み籠の様な物を受け取り、それを持ってこちらに来るのが見えた。


「あら、起きたのねメイ。船員の人が夕食を持ってきてくれたわよ。一緒に食べましょ」


 そう言って柔らかく微笑んだリーンは、おれに向かって手に持った籠をズイ、と突き出す。籠の中身を覗いてみると、丸いパンに、野菜、肉などが挟まれているサンドイッチが十程入っている。

 食欲を煽る肉の焼けた香りで思わず俺の腹がグウ、と鳴り、それを聞いたリーンが楽しそうに笑って、籠の中からサンドイッチを取り出して準備をしてくれた。


「そういえばメイ。さっき船員の人が言ってたんだけど、二時間後位から危険区域に入るから、魔灯は全部消して、絶対に騒がないで下さいって言われたわよ」

「へー、なら暇つぶしに本とかも読めなくなっちまうな。何時までか聞いた?」

「確か抜けるまでは三時間位かかるって言ってたから、諦めて寝てたほうが良いかもしれないわね」


 手に持ったサンドイッチに齧り付きながら「ふーん」とリーンに返事を返す。

 でも、危険区域に入ってる途中で寝るとか緊張して出来そうにないんだが、寝てる間にモンスターに襲われてそのまま運河の藻屑に、とかなりそうで怖い。


「おら、暗いの苦手だから、さっさと寝てしまった方がいいかもしれんだよ……それなら運河に沈んだ時、何も知らずに逝けるだで。起きてたら沈む時に身体が溶けていくのを見ることになるもんな。おら耐えられねーだ」

「おい、怖いこと言うの止めろよドラン。くそ、俺も寝ちまおうか……」


 寝るのも怖いが、起きているのもまた怖い。ドランの余計な一言で更に恐怖が煽られた。


『ならば相棒。起きていて、沈む直前に寝てしまえば良いのではと思いましたっ』

「お、お前天才だな」

『相棒の右腕ですからっ。この位の閃き土に根を張り巡らせていく事よりも容易いことです』


 そうかそうか、俺にはその難易度がどれ位なものなか全く理解できないが、ドリーがすごいと言う事はよくわかったぞ。

 よしよーしと魔水を飲んでいるドリーを撫でてやる。


「メイって色々思いつく割には、馬鹿よね」

「何をっ、俺とドリーの知能を合わせれば、知能指数三万は固いんだぞっ」

『にゅふふ、相棒ご謙遜をまだまだ上を目指せますよっ』

「三万というか散漫な気がするだよ……」

「よしドラン、その喧嘩買った。いけっカゲーヌX」『お逝きなさいっ』

〈ギャー〉

「ちょ、おらの野菜が食われてるだよっ。やめてけれっ」


 よし、悪は滅びた。

 ドランは蹂躙されていくサンドイッチを樹々から取り返す事を諦め、新たなものに手をだしてもしゃくしゃと食べ始める。

 その後も至って平和な食事を続け、楽しく時は過ぎていった。


 ◆


 真っ暗な船室の中、特にやることも無くベッドに転がり、ドリーとヒソヒソ話をしながら暇を潰していた。


〈リーンの奴め、何が「暇潰しに暗い中でお話でもしてましょうだ」真っ先に寝やがったし〉


 隣のベッドでスピスピ平和そうな顔で寝ているリーン。ドランも既に「生きてたらまた会おうだで」などと不吉な言葉を残して寝てしまっていた。


〈……メイったら本当に馬鹿なんだか――――仕方ない――私がいないと駄目駄目よね……Zzzz〉


 一体どんな夢を見ているのか、口元をニヘラと緩めてアホな寝言を吐いている。


〈なんか段々あの顔見てたら腹が立ってきたなおい。鼻にドングリでも詰めてやろうかな〉

『相棒……幾らなんでもドングリは先が尖っているので危ないですっ。怪我したら大変ですし、角のないクルミにしておいた方がいいんじゃないかと思います』

〈ドリー……お前って本当、やさしい奴だよな。相棒はびっくりしてしまったよ〉

『いえいえ、相棒なんて体全部が優しさで出来ているじゃないですかっ』


 ドリーさん。頑張って考えてはみたけども、それは只の優しさで、俺の成分が入っていません。


 ヒョイと渡されたクルミを手にリーンにそろりそろりと近づいていく。後で殴られても可笑しくはない愚行ではあるが、先に寝ているリーンが悪いのだからしょうがない。

 リーンの寝顔を眺めながら、クルミを突きつける角度を決めかねていると、不意にドタドタと船室の外で足音がする事に気がついた。


 不思議に思いドアを開け、外を覗く。


〈おい、『アシッド・スカル』が出たらしいぞ〉

魔船員ませんいんを全員起こしとけ、後絶対騒ぐなと全員に言い聞かせておけよ。アシッド・スカルだけならどうにでもなる〉


 …………えー。

 そうして、俺はパタリと静かにドアを閉めた。


 マジかよ本当にモンスターが出やがった。でもあの船員さん達そこまで慌てた雰囲気でもなかったし、大丈夫そうといえば大丈夫なのか?

 

 先ほど見た船員さん達の声音は、急いではいたものの、そこまで緊迫した雰囲気でもなかった……ただ、何があるのか分からないのは世の常。最悪な自体が起こって何も知らぬまま、お陀仏になんてなりたくない。

 俺は念のため、リーンとドランを起こし、装備を整え甲板へと向かう事にした。


 ◆


 甲板に出てみると、船員十数名と、俺達と同じ考えなのだろうか装備を整えた走破者達が十名程。そして視界には奇妙なモンスターが十匹程甲板の上でゾロリと蠢めいていた。

 

 運河と同じドドメ色の体色。体長一メートル五十程で、スライムもどきのゼリー状の身体、半透明で透けて見えるその身体の内部には人間の頭蓋と各種の骨が浮かんでいる。


 多分こいつがアシッド・スカルなんだろうな。取り敢えず少し様子をみるか。


 最初は援護したほうが良いのかと、思いもしたのだが、どうにも船員達と走破者達の戦い方が妙で、そこが気になり俺の足を止めさせた。

 船員達は遠距離を保ちながら風の魔法を使い、アシッド・スカル達を攻撃しているし、走破者達も現在戦っているのは皆遠距離武器の持ち主か、魔法使いらしきものばかり。その魔法使い達も全員が風の魔法や、土ばかりを使い、火や雷を使っている様子がなかった。


 多分火と雷を使わないのは、音と光のせいか? さっき船員さん達も静かにって言っていたし、余り派手な魔法は使わないようにしているのかもしれない。


「なあ、リーン。援護行ったほうが良いと思う?」

「要らないんじゃないかしら、あの亜人の走破者達が大分活躍してるみたいだし、私達がでしゃばっても邪魔になるわね。

 それに結構有名なんだけど、アシッド・スカルって運河の水で出来てるらしいから、下手に近づくと危ないわよ」


 ……まあ多少予想はしていたが、やっぱりそういう事か。俺の武器は水晶製だし多分溶けないと思うけど、切りかかって跳ねた水滴が当たろうもんなら目も当てられない。やはり止めておいたほうが良さそうだ。

 それに、船員さん達や、リッツとシルさんに任せとけば良さそうだしな。


 十数体のアシッド・スカル達と戦っている中には、夕方会った二人の亜人が混じっていた。


 リッツは左手に丸い円形のバックラーを付け、腰回りには皮のベルト。そこには数個の布袋と拳銃のマガジンに似たものを四つ下げている。

 流石の軽装と言うべか、迫り来るアシッド・スカルの体当たりを身軽に避け続け、距離を離し、その手に持ったマスケット銃の引き金を次々と引いていく。


 ドッシュッ。

 どこぞの映画で昔見たサイレンサー付きの銃声に似た音が静かに鳴り。リッツの銃から淡く光る白い弾丸が発射され、アシッド・スカル内部、頭蓋が浮いている部分を撃ちぬいた。

 撃ちぬかれたアシッド・スカルはどろりとその身体を甲板に溶けださせ、やがて動かなくなる。


 すごいなあの銃。実弾じゃなくて魔力を飛ばすのか? いいなー便利そうだし、どっかに売ってるのかなー。

 

 俺は、リッツの持っている銃が羨ましくなり、まじまじと観察してしまう。

 ダークブラウン木製胴体には所々に銀色の金属板で装飾を施され、そこから長く伸びた銃身には様々な印が掘り込んである。さらに先、銃口上部には白銀色の銃剣までついていて、なんだかとても格好良い。

 

 俺は遠距離の攻撃方法が乏しい……魔法のストック数が少なく、必要なものを入れているだけで、一杯一杯になってしまい、遠距離を重視すれば近距離がと、中々上手くいかない。

 その為どうにも遠距離武器には憧れを抱いてしまう部分があった。

 ただ、そんな俺にとって、唯一の救いはドリーだろう。ドリー自身は腕しか無い為、遠距離攻撃はダガーナイフを投げる程度なのだが、俺よりも魔法のストック数にゆとりがあり、魔力量も俺より多い。その為、やろうと思えば色々とスタイル変更が出来る。

 

 アシッド・スカルみたいに近距離が向かない相手だって居るだろうし、次ぎ買う魔法は少しその辺りを考えておいたほうが良いかもしれないな。


 そんな事を考えつつ、次にシルさんへと視線を向ける。彼女の装備は夕方とほとんど変わりなく、違いと言えばその手に一本の杖を持っている事くらいだろうか。

 樫の木に似た木材の杖。その先端には三日月の様な形になっていて、その中心に黒く丸い水晶球が付いていた。杖尻の方は先端が尖っており、金属で補強されているのが見える。恐らく近距離戦になったしまった時にでも突いて攻撃する為なのだろう。


 リッツとは違いちょろちょろと動く訳でも無く、ニコニコと笑みを絶やさずモンスターとの距離を測るかのように、杖をその手に佇んでいる。

 そのシルさんを与し易い相手と判断したのか、二匹のアシッド・スカルが彼女に向かっていった。

 が。


『シャドウ・ファング』


 迫るモンスターに慌てる様子も無く、杖先を向け、朗々と魔名を唱える。

 瞬間、アシッド・スカル二匹の足元から黒い牙が四本現れ、その身体を貫いた。おおーと思わず拍手しそうになったが、騒いではいけないことを思い出し、寸前でその手を止めた。


「なあリーン。あれって何の魔法? あの影っぽいの見てると、嫌なやつ思い出しちゃうから気になるんだけど」

 あのシルの使った影の牙を見ていると、クレスタリアで戦ったシャイドの攻撃を思い出してしまい、凄いのは凄いのだけど、少しだけ複雑な気分になってしまう。


「確かにちょっと似てるわよね」

 と、そういって苦笑しながら俺に説明をしてくれるリーン。


「あの魔法の属性は『陰』と言ってね。夜とか闇とかそういった感じのもので、別に悪い属性じゃないから安心するといいわ」

「ふーんって事は『陽』とかってあるの?」

「あら、知ってるの? メイにしては珍しい事もあるのね。撫でてあげます」

「ちょ、おい止めろって」


 ワシャワシャと髪を撫で繰り回してくるリーン。しかし残念ながら背伸びしながらの為、年上の威厳も何もあったものではなかった。


「ほっほっほ、良きかな良きかな」

「うをっ。いつの間にいやがった岩爺さん。全然気が付かなかったぞ」


 何故か俺の右隣に杖を突きながらチョコンと立っている岩爺さん。いきなり話しかけられたものだから思わず驚きのけぞってしまった。


「どうにも、暇でのぉ。クロ坊見つけたから少し遊ぼうかと思うて来たんじゃが」

「そのクロ坊って止めて貰えません? 流石にそこまで子供じゃないですし、こーむず痒いんですけど」 

「儂の年齢からしたら皆子供じゃし、良いではないか」


 飄々と俺の文句を受け止める岩爺さん。その様子をリーンは訝しげな表情で、ドランは羨ましそうな目付きで見ていた。

 リーンは自分が知らない相手だから警戒しているのだろう。ドランのほうはよく分からん。

 一先ず岩爺さんを二人に紹介して、知り合った経緯を話しておく。一応挨拶も交わしていたのだが、ドランはニコニコと握手をしていて、リーンの警戒は解ける様子はない。


 リーンって微妙に人見知りが激しい気がする。ラングにすら結構な間、敬語で貫いてたしな。


 俺としては警戒はするが、リーン程ではない無い。かと言って、特に仲良くなった覚えもないが。と言った所か、まだ大して話もしていないし、この三人の事をよく知らないのだからこんなものだろう。


「でも岩爺さん。暇って、戦わなくて良いんですか?」

「儂か? 儂ってほれ、武器も遠距離じゃないから出番がないのじゃよ。それにもう歳じゃし、体力もないから楽したくての」


 その岩爺さんの言葉に少しだけ驚いた。杖をもっているから、てっきりこの爺さん魔法使いかなんかだと思っていたのに、どうやら違うようだ。しかし杖以外に武器など持っている様子もないし、アレで殴るのか、武器を置いてきているのか、そのどちらかだろう。


 取り敢えず一人で納得し、甲板へと視線を戻す。

 どうやらアシッド・スカル自体は然程強い相手ではなさそうだし、このまま何もしなくても問題なさそうだ。と安堵の溜め息を漏らし、大人しく観戦を続けていった。





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