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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶都市クレスタリア
53/109

クレスタリア編外伝【輝く夢と大事な友】

 



 クレスタリア城内。

 ルカ姫の私室でキリナと姫が二人机に向かい、忙しそうに書類を書き上げている。

 二人共特に会話をする訳でもなく、静かな部屋にカリカリとペンの音だけが反響しているのみだった。


 暫く無言の侭に政務を進めていた二人であったが、やがてどちらと言わずカタリとペンを机に置き、椅子に座り続けて固まってしまった身体を両手を天井に向けグイ、と伸ばして解していく。


「どうにか終わりましたねキリナ」

「お疲れ様で御座いました姫様。流石にこの量を二人で処理するのは中々厳しいものがありましたね」

「そうね。でもそうも言って居られない状況でしょう? シャイドの一件。あれのお陰で罪を犯してしまった者は軒並み使えなくなってしまったもの」


 シャイドの甘言に心情を乱され、罪を犯してしまった者は下位の者ほど少なく、高位の者程多くとルカにしてみれば頭の痛くなるような惨事となっていた。

 重要な書類などは、やはり下位の者に任せるわけにもいかず。ルカ、キリナ、その他数名の者しか手をつけられない状態へと陥っている。思わず頭を抱え込んで「もう嫌ー」と叫びだしたくなったルカは、そのふっくらとした桃色の唇からため息を漏らし、溜まった疲れを身体から吐き出そうとしていた。


「しかし姫様。今姫様に倒れられでもしたら、それこそ一大事になるのですよ? もう少しご自愛なされて下さいませ。先ず姫様の身体が第一な訳で、そもそも食事と睡眠適度な運動こそが……」


 キリナはその無表情な顔を若干ではあるが、心配そうに歪め、ルカに向かって休むことの重要性を延々と説いていく。キリナの終わりの見えない語りに、ルカはその表情をげんなりとさせて待ったをかけた。


「落ち着いて下さいキリナ。もうその話は聞き飽きました。確かこれで百八十九回目の筈」

「正確には百九十二回と半分で御座います。半分の理由は姫さまが話しの途中でお眠りになられまして……」

「わかったっ、わかりました。大丈夫ですその話も既に数えきれない程聞いています」


 嫌そうに顔を顰めたルカではあったが、内心キリナとのこのやり取りに懐かしさを感じ、キリナの語りを必死になって止めるこの時間すら幸せだと感じていた。シャイドによって心の影をつつかれ続けたルカにとって、ここ最近の日常など心休まる隙すら無かった。常に自分の隠しておきたい内心を暴かれ、膨らまされ「もう嫌だ」と思いつつも自分では抑えることなど出来なかったのだ。その心労がどれほどのものかは体験した本人にしか分からないものだろう。


「しかし姫様。グランウッドには何といって伝えましょうか」

「そうね。彼処の王妃とはそれなりに邂逅を重ねているので、ある程度包み隠さず話を通し、こちらの誠意を示せばあまり問題は無いと思います」

「そうですね……あ、姫様。一つだけ必ず記入しておかないといけない一文が御座いました」

「何の事ですか?」

「書面の一番最初に『リーン・メルライナは五体満足、傷一ついては居ません』と」

「……そ、そうですね、必ず記入するようにしましょう」


 キリナの言葉でルカは数々の異名を持つグランウッドの最終兵器こと『ゴンド・メルライナ』を頭に思い浮かべてしまい、思わずその頬を引きつらせた。ルカは子供の頃一度だけゴンドが戦闘している所を見たことがあり、大地を全て焼き尽くさんばかりに暴れまわり、炎の竜巻がモンスターを蹂躙していくあの光景は、彼女の心の奥深くに焼き付いて未だ離れなかった。


「全く……こんなにも姫様が苦労される事になるなんて、シャイドといいクロムウェルといい好き放題にやってくれましたね」


 と、キリナはそこ迄口に出した所で不意に顔色を変え、ルカの様子を横目で伺った。ルカはクロムウェルの名前が聞こえた瞬間少しだけ顔を寂しそうに歪め、すぐにその表情を戻し、何事も無かったかのように取り繕っている。

 キリナは自らの迂闊さを恨めしく思い、次からは同じ失態を繰り返さないよう、自分を戒めた。

 

 ルカは未だクロムウェルに淡い恋心を抱いていた。確かにシャイドに心の影をつつかれたせいで恋心が実り易くなっていたのは間違いない。だが、恋心それ単体は影でも何でもなくルカ自身の思いから来るものなのだから。

 名前を聞くたび胸がチクリと痛み、姿を思い浮かべればため息が漏れる。かといって、国を捨ててまで思いを実らせたいか? と聞かれれば即答で「違う」と言える自信がルカにはあった。

 元よりシャイドのせいで思いが膨れ上がっていた面もあり、元凶が居なくなった今、クロムウェルに対しての執着心は多少なりとも薄れてはいる。

 ただ、ルカも姫とはいえ女。一度抱いた思いはシャイドの影が消えた今でもほんの少量ではあるが、心の底でくすぶり続けていた。

 ――こんな事ではいけない。

 ルカはそう言って落ち込みそうになる気分を引き上げる。

 シャイドの言うように、ルカは自身へと押しかかる国という重圧を、煩わしいと思う気持ちが多少なりともある。でも、やはり自分はこの国を愛しているのだ。今大変なこの時期に落ち込んでいる暇など無い、と既にある程度自分の内心との決着をつけていた。

 今は、自分の意思でこの燻り続けている火は消せないだろう。でもいつの日かこの苦い思い出を乗り越え、自らの成長の糧となってくれるのではないか。そう前向きに考える。

 ――落ち込んでいる暇など無いのだから。


 そんなルカをキリナは黙って見つめ「やはりこの方はクレスタリアの姫なのだ」とその強さを改めて知った。

 姫を守りぬく為、肌身離さず持ち歩いている水晶槍を窓へとかざす。きらきらと陽光をその身に受け、水晶槍はその美しい刀身を輝かせた。

 ――この槍に誓って必ずや姫様をお守りしましょう。

 そう固く心に誓いを立てる。水晶騎士はいつだってクレスタリアを守る為に在るのだから。


 ◆◆◆◆◆



 【水晶都市クレスタリア】この国の歴史は他国と比べると少しばかり浅く、三百年前に国としての産声を上げた。

 

 現在クレスタリアの美しい水晶城が堂々と居を構えているその場所には、三百五十年前には、貧しい村がポツリと一つあるのみだった。

 名前は【ラグリス村】村の近くには水晶が群生する自然洞窟が点在していて、村人達は日夜『走破者斡旋所』へと採取した水晶を売り払い、日々の糧を稼いでいる。

 まだこの時代では、水晶の加工方法が確立しておらず、魔力を通しやすいが非常に加工が困難な素材として水晶は認知されていた。その為、水晶をそのまま売ったとしても大した金額にならず、ラグリス村に暮らす人々は、とてもじゃないが裕福な生活を送る事など出来なかった。


 ◆


 ラグリス村の中央広場。そこには、二人の少年が上機嫌な面持ちで地面に座り、何やら話し込んでいる。

 少年達の近くには二つの編み籠が置いてあり、中につめ込まれた大量の水晶が、太陽の光をキラキラと反射させ、その存在を周囲に主張していた。


「おいレイド、今日見つけた場所は暫く俺達だけの秘密にしとこうぜっ」

 銀髪の少年に熱心に話を持ちかけているこの少年。

 名前は【カイ・クレスタリア】ボサボサとだらし無く伸ばした水色の髪を後ろで一纏めに結び、そのクリクリと丸い目に溢れんばかりの好奇心を宿らせ、今日の成果を銀髪の少年に向かって楽しそうに話している。


「相変わらずだなカイ。まあ、俺達の飯の種な訳だし反対なんてしないけどな」

 そのカイを面倒臭そうな目付きで見つめる少年。名前は【レイド・スケイリル】短く切った銀髪の髪をガシガシとかき、眠そうな目付きでカイを見つめ、興奮して中々終わらないカイの話をいつもの如く聞き役に回っていた。


「でもさレイド見てみろよ本当に大収穫だろ。これだけあれば、かなり良いもん食えるんじゃないか?」

「まあな。別に俺達には家族もいないし、二人で食ってくだけならかなり楽になるだろうな」

「だろーー! いやー本当裂け目に感謝したくらいだぜ」

「ばーか、それで怪我でもしてみろよ。この村にまともな治療術士なんて居ないんだから。治すのだって一苦労だろうが」


 そう言ってレイドはカイの頭をこづき、籠を背負って立ち上がる。

 カイとレイドの二人は、互いに十三と同い年ではあるのだが、その性格上どうしてもレイドがカイの世話を見るという形に落ち着いてしまっていた。


「ほらカイ、さっさと水晶換金しに行くぞ。いつまでもこんなもん背負ってちゃ重くてしかたないだろ」

「ったくレイドは相変わらず冒険心ってものがないからいけねーよ」


 ブツブツとレイドの文句を垂れ流しながら、カイは籠を背負って先に歩いて行ってしまったレイドの後を追っていった。



 暫く二人で村の中を歩き、走破者斡旋所という看板がたててある建物の中へと入っていく。

 走破者斡旋所と名前が付いているものの、ここを管理していた国は一年程前にモンスターに襲われ壊滅していて、現在ではどこの国の手も入っていない空白の地域となっている。

 ラグリス村周辺の地域はモンスターの数も多く、資源も少ない為、グランウッドやシルクリーク等の国としても手を出せば面倒が増える土地、という認識しかなく、時折斡旋所の管理に人をやる程度にしか手を出さず、既に一年もの月日が流れていた。

 

 いつも以上にギシギシと軋む斡旋所の床板。カイとレイドはその音を聞き、床が水晶の重さで落ちるのではないか、と戦々恐々としながら受付のある奥へと進む。


 受付には一人のお婆さんが眠そうな面持ちで座っている……ここまではカイとレイドにとって何時もとなんら変わらぬ光景なのだが、今日は少しだけ斡旋所内の様子が違っていた。その原因は受付近くの椅子に重そうな腰を下ろし不機嫌そうな顔で、黙って座っている一人の走破者らしき男の存在。

 

 元々ラグリス村には外部から走破者が態々出向いてくる程の魅力など無く、現状では斡旋所とは名ばかりの只の水晶換金施設になっている。その斡旋所に村人以外の走破者がいること事態非常に珍しく、カイとレイドは思わず好機の視線を走破者に向けてしまう。

 幾らカイとレイドとて普段ならここまであからさまな視線をブツケたりはしないのだが、その男の風体が余りにも珍しいものだった為、我慢できずに不躾な視線を男に向かって投げかけてしまっていたのだった。

 灰色の肌、ただ単純に灰色だと言う訳で無く、石で出来た肌と言う方が正しいだろう。肌の所々からゴツゴツとした岩が飛び出し、全体的に厳つい印象を与える。それに加えて鷹のような鋭い目付きと、背中に背負った長柄の金槌が男の印象をより一層厳ついものへと膨らませていた。


〈おいおい、レイド。あれって岩で出来てるって言われてる『ロックラッカー』って種族だろ。俺初めて見たよっ。ちょっと話しかけてこようか。肌とか触らせて貰えるかな〉

〈馬鹿か、止めろって。機嫌を損ねたらどんな目にあうかわかんねーだろ〉

「おいッ、そこのコソコソこっちを覗きみてる糞餓鬼共。ちょっとこっちに来い」


 内緒話を繰り広げていたカイとレイドだったが、その話題の人物から突如として声を掛けられ、その身体をビクリと竦ませる。


〈やばいってレイドお前のせいで怒ってるよ〉

〈カイ、手前。俺のせいにしてんじゃねーよ〉

「いいからさっさとこっち来い糞餓鬼ッツ」

「はいい」「わかりましたっっ」


 恐る恐るロックラッカーの側へと歩み寄るカイとレイド。ロックラッカーの男はおもむろに近づいてきたカイとレイドの背負っていた籠を片手で掴み。中身の水晶をじろりと見つめる。

 その後ギロリと金色の瞳をカイとレイドに向け、乾ききりしゃがれてしまっている声で、カイとレイドを問いただす。


「糞餓鬼共。この水晶どこで手に入れやがった。ちょっと俺に教えてみろ」

「いやー、そこらで取れるやつと一緒ですよ本当。なあっレイド」

「お、おう。確か森の先に行った所にある洞窟だったかなーとか。だったよなカイっ」

「おい糞餓鬼共、くだらねー嘘ついてるんじゃねーぞ。正直に答えろ。しっかり報酬も弾んでやるから」


 ロックラッカーは凄まじい威圧感を滲ませながらカイとレイドに顔を寄せる。その威圧感にただの少年ごときが耐えられるはずもなく。歯をガチガチと打ち鳴らし、その身を震わせながら、男の質問に素直に答えていく。


「ここから少し先にいった平原の南側に、地割れみたいな裂け目がある場所が一箇所あばばば、あるんです」

「その中にッ、はいっていけば、この水晶を取ったばばばば、場所にいけますですはい」

「……そうかありがとよ糞餓鬼共。じゃあこれは報酬だ取っとけ」


 ピンとロックラッカーの男が指を弾きカイとレイドに一枚づつ金貨を投げ渡すと、ノシノシと斡旋所から出ていく。

 それを両手で受け取ったカイとレイドはその手に煌く金色の硬貨を見て卒倒しそうになった。二人にとっては一生お目にかかれないだろうと思っていた金色の硬貨が手の平に入っているのだ。驚いても仕方のない事だろう。


「おおおおおおいレイド、金貨だぞ」

「そそそそそうだなカイ、金貨かもしれない」

「……なあレイド、もしかしてあの人結構良い人だったり?」

「……それに金持ちだったりするかもしれん」


 そこまでいうとお互い顔を見合わせ頷きあい、斡旋所から飛び出した。

 籠の中身の水晶を急いで二人の家でもある巨木のウロへと隠し、また駈け出す。

 二人が向かった先は近所の武器屋。カイとレイドは今まで水晶を売払い貯めこんできた金で武器を買う。

 カイは銅貨三十枚程の片手剣を、レイドは同じ値段の槍を買った。直ぐ様武器屋を飛び出した二人はロックラッカーが向かったであろう平原に向かって走りだす。



 平原に着くと、ロックラッカーが、金槌を手に裂け目に入ろうとしている場面に出くわした。思わず走り寄っていくカイとレイド。

 ロックラッカーはカイとレイドに気づくと訝しげな顔をして、二人に向かって声を上げた。


「なんださっきの糞餓鬼共じゃねーか。何しに来やがった。もう金はやらんぞ。散れ散れッツ」


 シッシッ、と虫でも払うかの様な素振りでロックラッカーは二人に手を振り、追い払おうとする。だが、カイとレイドはテコでも動く素振りを見せない。


「ロックラッカーのおっさん。いや叔父様っ。俺達も連れていってくれ」

「そうだぜおっさん。いやお祖父様。ぜひ連れていって下さい」

「ああん? 何で俺がてめえらなんか糞餓鬼をつれて歩かなきゃなんねーんだ。冗談も休み休み言え」

「いや俺達どうしても金が欲しいんです。もうこんな暮らしはごめんなんだっ、なぁレイド」

「そうだカイの言う通りだ。あんな辺鄙な村で、このまま生きて、そのまま死ぬなんてまっぴらごめんだっ」


 そこまで言うと、カイとレイドはその場で地面にへばりつき、土下座の姿勢をとる。ロックラッカーの男は少し驚き、その様子を面白そうに見つめると、そのしゃがれた声で二人に条件を出してくる。


「俺の態度と見た目を見ても、そんなくだらねー事を言えるお前らの度胸には感心する。

 そして、そんなお前らにほんの少しだけ興味が湧いた。だがお前らをずっと連れまわすなんて、俺としてはまっぴらごめんな訳だ。そこでだ、今からこの裂け目に入って水晶を外へと運ぶのを手伝うってんなら、糞餓鬼共には過ぎたもんをくれてやる。

 ちなみに、期間は一ヶ月間。

 この裂け目の奥にはモンスターだっているだろう。俺はてめえらを助けねえし、お前らが死のうとも気にもしねえ。さてどうする?」


 そのロックラッカーの言葉に二人は暫し考え込んだ。だがやがて静かに顔を上げ決意を込めた眼差しで、声を揃えて「望む所だ」と答えをだす。

 

 そこからの一ヶ月は実に過酷なものとなった。

 重い水晶をしこたま籠に入れて運び、村と裂け目を往復。

 入り口付近の水晶を取り尽くしてしまって、奥へと行けばモンスターに襲われる。まだ若い二人がそう簡単にモンスターを倒せるはずもなく、必死の形相でレイドが水晶を投げつけたり、カイがロックラッカーを盾にしたりと、どうにかこうにかしのいでいき、頭を使い、色々な策を立て、少しづつ倒したモンスターの命結晶を二人は手に入れていく。

 そして、命からがら手に入れた命結晶をその身体に吸収し、カイとレイドの二人は徐々に強く逞しくなっていった。

 ロックラッカーは、二人の違った意味での逞しさに若干の呆れを交えつつも、働きぶりに関しては特に文句を言う訳でも無く、運んだ水晶を村にある鍛冶屋に持ち運んでいく。

 ロックラッカーは鍛冶屋の主人に金貨を渡し「暫くこの場所を俺に譲れ」とそのいかつい顔で交渉(脅迫)をし、余りの熱心(怖)さに主人は黙って頷き、見事一週間の間、鍛冶屋はロックラッカーの物へと所有権を移した。

 毎日運ばれる水晶を瞬く間にロックラッカーは消費していき、ラグリス村には昼夜問わず鍛冶屋から金槌を叩く音が響き渡る事となった。


 そして、瞬く間に一ヶ月の期間が過ぎ去り、鍛冶屋のドアの前でカイとレイドは直立不動の姿勢を保ちながら、ロックラッカーを待っている。

 カイとレイドが待ちくたびれた頃、ゆっくりと鍛冶屋のドアが開きロックラッカーがその姿を見せる。


「おう餓鬼共はえーじゃねーか」

「あたりまえだぜぇ旦那」「待ちくたびれちまったよ俺」

「おう、わりーわりー。んで、お前らの用ってのは勿論……」

「なんかくれっ」「報酬をくれっ」


 二人の様子を見てロックラッカーが初めて二人に向かって笑い声を上げた。


「上等だ上等じゃねーか餓鬼共。お前らは俺が思っていたよりも将来有望の様だ」


 そういって男は右手に持っていた本を一冊カイに、布を巻いた長い棒状の物をレイドに渡す。

 レイドが待ち切れない様子で布を剥がすと、中から美しい水晶で出来た槍がその姿を表した。


「すげええええええッツ」

「うおっ、何だそれずるいぞレイド。俺なんて本だぞ本ッ。畜生、俺難しい字なんて読め……ないいいいいい!?」


 カイがパラリと捲った本を見て、引きつった悲鳴を上げる。その中身は水晶の加工技術。しかもカイでも判るような簡単な文字と、絵までついている心配り。

 カイが驚くのも無理もなかった。本に書かれている水晶の加工技術は、今まで世に出ていないもので、水晶の成分が溶け出した水から自由に形を決めて凝固させるものだったり、水晶を簡単に加工し硬度を保つ技術などと、カイですら凄まじい技術だと理解できるものばかりだった。


「糞餓鬼一号。テメエには戦闘技術がねえ。さっさと諦めな。だがなお前には俺を盾につかってモンスターを倒すなんてアホみたいな度胸と悪知恵があるそれを活かせ。

 ちなみにその本にはその槍を作れるほどの技術は書いてねえからな。だが、お前にはそれで十分だろう糞餓鬼一号」


 カイにそこまで言い放つと、ロックラッカーはレイドに顔を向ける。


「糞餓鬼二号。テメエは驚くほどに戦闘の才能がありやがる。その槍をくれてやるからてめえはてめえの長所を伸ばせ。槍の説明なんてものはしねえからよ。自分で使いこなして覚えていけ」


 カイとレイドはその手にもたらされたロックラッカーからの贈り物を、とても大事そうに抱え込み、ロックラッカーに向かって大声で礼を言った。


「でも旦那。こんなのほんとに貰っていいのか。俺が貰った本は良いとしても、レイドに渡した槍なんて、それを作る為に今まで鍛冶屋に引き篭もってたんじゃないのかよ」

「おいカイてめえ、俺の貰った槍だぞ、余計なこといって返さなきゃならなくなったらどうすんだよっ」

「だー喧しいッ。糞餓鬼共びーびー喚いてんじゃねーぞ。俺はなあ、槍を作って世に出すのが目的で、槍が欲しい訳じゃねーんだよ」


 ロックラッカーの言葉に思わず頭を捻るカイとレイド。

 そんな二人を見て、ロックラッカーはその顔を真剣な表情に変え、二人に向かって顔を近づけ、何時もとは違う威圧感と憎悪の篭った声音で二人に話しかける。


「なあ、糞餓鬼。俺と一つ約束しちゃーくれねーか。どんなやり方だって良い。お前らの好きに生きれば良い。だが、一匹でも多くのモンスターを狩って狩って狩って狩り尽くせッ」


 空気が震え、辺りに殺気が満ち溢れる。

 ロックラッカーの余りの威圧感とその身体から滲み出す憎悪によって、カイとレイドは自分の意思とは無関係に足が動かなくなり、ガチガチと震えながら黙って頷く事しか出来なくなっていた。

 そんな二人を見て、ロックラッカーはその雰囲気を緩め、いつもの調子でカイとレイドの頭をぽんと叩く。


「良し、やっぱりてめえらは俺の見込んだ糞餓鬼共だよ。じゃあ俺はもう行くからよ。後は頑張れ。

 おお、そういや今まで忘れてたけどよ。ここの主人にアホみたいに金渡したら一週間と言わず一生使っていいんだとよ。俺はもうこんな糞みたいな鍛冶場なんぞいらねーからよ。後はてめえらが勝手に使え」


 とんでもない事を最後に言い残し、ロックラッカーはふらりふらりと歩いて行き、やがてその姿を消していった。

 後に残されたカイとレイドは呆然としながら、いつもの様に思った事をそのまま口から垂れ流す。


「すっげえ怖かったなレイド」

「おう滅茶苦茶怖かったなカイ」

「そういえば名前聞いてなかったな」

「すっかり忘れてたな」


 常に旦那やらおっさんやら適当に呼んでいたせいで、二人はロックラッカーの本名を聞くことをすっかり忘れてしまっていた。

 やがて気を撮り直したのか、カイが頭をポリポリ掻きながら、照れくさそうにレイドに話しかける。


「でもさ」

「おう」

「俺、あの旦那結構好きだったんだ」

「そうか、俺もだ」


 二人の両親は物心つく前にモンスターに殺されてしまっていた。その為二人には両親の記憶なんてものは、これっぽちもない。そんなカイとレイドにとって怖くもあるが、どこかやさしいロックラッカーは自分達の知らない父親という存在を感じさせてくれたのだった。

 カイとレイドはロックラッカーに貰った宝物をその手に大事に抱え込み。予期せず手に入れてしまった鍛冶場という家を見上げる。


「これからどうしようかレイド」

「どうすっかねーカイ」

「俺さ、夢ってでっかく持つべきだと思うんだよ」

「また訳の解らんことを言い出したなお前は」


 カイの唐突な言葉に思わずレイドは眉根を顰める。そんなレイドの事もお構いなしにカイは何かをウンウン唸りながら考え込み始め、暫くしてレイドに向かって質問を投げかけた。


「レイド、でっかい夢ってなんだと思うよ?」

「んー金持ち、とか?」

「なあなあレイド。すげー金持ちってどうすりゃなれるんだろうか」

「やっぱ一番偉いやつだろ」

「そうか、じゃあ俺さ王様になろうと思うんだ」

「馬鹿だろお前」

「いいじゃんか」

「まあ、それもいいかもな。じゃあ俺がこの槍で王様になったお前を守ってやるよ」

「じゃあ俺はお前に腹いっぱいご飯を食べさせてやろう。王様だからな」


 その言葉を聞き、レイドがキラリと水晶槍を太陽にかざす。それを見てカイも頭上に本を掲げて、二人だけの誓いを交わす。


「俺が王様になってレイドに腹いっぱい飯を食わせてやるからなっ」

「俺は騎士になって王様を狙う悪党からカイを守ってやるからなっ」


 二人はお互いに目標を定め、空に高々と上る太陽に向かって「オーー」と言って腕を振り上げた。

 

「所で、場所どうしよう? ふむ。こうなったらこの村を俺の国にしてしまおうと思った」

「また無茶苦茶言いやがって」

 



 ◆◆◆◆◆


 


 クレスタリアの城内で、一人の男が夢から覚めた。

 カイ・クレスタリア。あの好奇心一杯だった目は、今では開ける事すら満足に出来なくなっていて、ボサボサと一纏めにしていた水色の髪は、既に色を失い白く染まっていた。


 ――懐かしい夢だった。そうだ、あれが始まりだったんだ。波乱万丈の人生だった。何度挫けそうになったか分からないほど。

 あの村で水晶の加工商売から初めて徐々に大きくしてったんだっけ。レイドはいつも素材集めに走ってくれて。

 ああ、商人に騙されて、借金作ったこともあったな。

 他にも、攫われそうになったり、命を狙われた事だって。

 ……苦難の山だった。苦労の連続だった。一人では到底進んでいける道じゃなかった。

 その困難な道を挫けずここまでこられたのは、間違いなく友のお陰だろう。


 カイは痛む身体を抑えつけ、首を動かしゆっくりと顔を横に向ける。そこには、カイの手を握りしめ、その皺の寄った目尻に溢れんばかりの涙を溜め込んだ一人の老騎士がいた。

 レイド・スケイリル。水晶で出来た騎士甲冑をその身に纏い、傍らには肌身離さず持ち続けてきた水晶槍が立てかけられている。

 銀髪だった髪の毛はカイと同じく色を失い、特徴的だった眠そうな目には涙を浮かべ、カイと目が合うと、皺の浮かんだその顔をくしゃくしゃにして、寂しそうに笑った。

 レイドは、年老いて嗄れてしまったその声を微かに震わせ、静かにカイに語りかける。


「カイ、満足か?」

「レイド、そりゃあ満足さ」

「俺はお前を守れたか?」

「ああ……何度守って貰ったか数えきれない程に」


 そう言ってカイは嬉しそうに顔を綻ばせる。

 声を出す事すら苦痛に感じる筈なのに、カイはレイドに楽しそうに語りかけた。


「レイド、お前は満足か?」

「カイ、勿論だとも」

「俺はお前に腹いっぱい食べさせてやれただろうか」

「ああ、食べ過ぎて破裂してしまうかと思った程だ」


 カイとレイドは同時に笑う。

 カイはゆっくりとレイドの顔に手を伸ばし、その涙が溜まった目尻を拭う。そして楽しそうに、幸せそうに。最後の力を振り絞り、自分の気持ちをレイドに伝える。


「ああ、ありがとう。なんて、なんて幸せな人生だっただろうか……」


 その言葉を最後に、カイはレイドの側から永遠に離れ、二度と戻りはしなかった。

 レイドは、ゆっくりとカイの手を胸へと下ろし、水晶槍を窓へとかざす。


「俺とお前が愛したこの国は、きっとこの水晶槍が守ってくれる。俺とお前の固めた絆は、きっと子供達が受け継いでくれる。

 安心してくれカイ。水晶騎士は常にお前の愛するこの国と共にあるのだから」


 窓から入り込む陽光が、透き通った水晶槍を美しく輝かせる。カイと誓いを交わしたあの時と同じように。

 だが光り輝く水晶槍よりも、今は双眸から溢れる涙のほうが、恐らくこの場に相応しい。




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