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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶都市クレスタリア
52/109

クレスタリア編最終【交わす誓い願う思い】

 




『メイちゃんさん、良き朝……いえ、夕方ですよっ』

「ぬへ、もうダメだ。俺は今起きたら死んでしまう病気にかかっているんだよドリー」

『ッハ!? それは大変です。今すぐお城の治癒士さんを呼ばなくてはっ。治癒士さーんここでーすっ』

「おい、馬鹿止めろっ。大丈夫今治った超元気」

『おおお、さすが相棒……病気すらも跳ね除けるその頑丈さに私は驚愕の表情を隠しきれませんっ』

「顔ねーだろお前」

『驚愕の年輪を隠しきれませんっ』


 ねえドリー、年輪って顔なんですか?


 流石にこのまま寝ていてドリーに人を呼ばれたら堪らない。仕方なく身体を起こすがビキビキと痛んで悲鳴を上げそうになる。

 周りを見渡せばやたらと豪奢な装飾と沈みこみそうな……もうこれ泳げるんじゃないだろうか、と思えるほど柔らかいベッド。見慣れぬ部屋に多少戸惑いつつも自分が何故こんな所に居るかを思い出した。


 シャイドをどうにか撃退(逃げられた)した後、気を使ってくれたキリナさんからゆっくりと休めと言われ、城の部屋を借り受け休ませてもらえる事に。非常に身体が痛み、激痛が走ったりもしたのだが、深い傷以外は回復魔法を掛けてもらわず、我慢。

 

 ブラムさんが昔言ってたんだよな。回復魔法使ってたら強くなれないって。くそブラムの奴めッ、滅茶苦茶痛いじゃないかっ。これはもうあれだ、ブラムさんに感謝の手紙を贈るしかないな。ふむ、ついでに中に異臭を放つ薬草でもお礼に詰めようっ。それがいい。

 一人でブラムに感謝の手紙と心の篭った贈り物をする事に決める。

 

 しばらくぼーっと樹々とドリーを撫で回したり、樹々を追い掛け回して遊んでいるドリーを眺めて過ごしていると、コンコンと部屋の扉を叩く音がしてドアに注意を向けた「どうぞー」とドアに向かって声を掛け、近くにあった椅子に腰を下ろして待つ。


「失礼します」

 声と共にドアが開き、相変わらずメイドっぽい姿のキリナさんが現れた。流石にもう驚いて武器を構える事も無く、俺なりに堂々とした態度でキリナさんを迎える。


「す、すいません。その怯えた表情を止めて貰えませんでしょうか。私としても非常に心苦しいのですが」

「ははは、そんな馬鹿な事。これはちょっとだけ身体が痛んでしまい……表情が引き攣ってしまっているだけなんです」


 そっと視線を下に向け、憂いを帯びたっぽい表情をする。


『メイちゃんさんって嘘つく時よく敬語になりますよねっ』

「おだまりッツ」

『にょほほ、失礼っ』


 俺の言葉で和らげたキリナさんの表情が、ドリーの言葉で再度引き攣る。

 中々忙しない人だな。

 こほん、と一つ咳払いをし、キリナさんが改まって頭を下げてくる。


「此度は誠に申し訳ございませんでした。そして有難うございます。誤解ではありますが、クロウエ様に攻撃を仕掛け、更には我が屋敷の侍女の身を助けて頂いた事、どうお礼とお詫びを申して良いかわかりません。

 もし貴方様がおっしゃられるなら腹でも首でも掻き切る覚悟が御座います。ですが、できればそれは国内が落ち着いてからにして貰えると私としても助かるのですが……」


 やっぱり馬鹿なんじゃなかろうかこの人。

 どう聞いても真剣な声音で、死んでお詫びをしてみせましょうとか言ってくるこの人に、俺は空恐ろしいものを感じ、思わず冷や汗が流れ落ちる。というか侍女を助けたってあの攫われた人の事だろうか?


「は、はははー。いやそれはちょっと、いらないって言うか本当すごい迷惑なんで止めてもらえると嬉しいです」

「――ッツ!?」


 俺の言葉で『そんな馬鹿な』みたいな表情で驚き戸惑うキリナさん。

 駄目だこの人。やっぱり少し愉快な人だった。


「っく、そうですか。ならばお詫びはまた後で考えるとしまして……お疲れの所申し訳ございませんが、少々お時間を頂きたいのです。

 此度のことで姫様が直接お礼を申し上げたいそうなので。

 皆様もう集まっておられるのですが、クロウエ様だけ中々起きられる様子が無く……」


 寝起きが悪くて本当に申し訳ございませんっ。

 思わず心から謝ってしまった。だが、姫様のお礼とか全然いらないから寝かせておいて欲しい、と思った俺はきっと悪く無い。

 樹々を頭にドリーを肩に、俺は仕方なくキリナさんに促されるまま部屋を出てその場へと向かう。


 ◆


 煌く水晶の窓から夕焼けが差し込み、広間の中を赤一色に染め上げている。中央奥には水晶で出来た玉座が鎮座しており、その場所には祭りで見たあの姫さまが座っていた。

 広間の中には特に兵士などがいる様子もなく。三名程の騎士と、なんだか偉そうな人達が四人ほど。

 なんかやけに人が少ないな。こういう時ってもっと兵士やら騎士がずらっと並んでいると思ったんだが。つかつか、と敷かれた絨毯を踏み歩き、一塊につったっている俺の仲間達の元へと足を進めていった。


〈メイ遅いじゃない。待ちくたびれて足が痛いんだけど〉

〈これもまた修行〉

〈メイどんの事だしどうせ寝坊だで〉

『正解です。トカゲさん十点っ』


 平均点がわからないですドリーさん。


 俺が仲間達と立ち並んだ事を確認し、姫様の脇にいたキリナさんが、粛々と前に歩み出て声を上げる。


「先ずはお疲れの中お呼び立てしてしまい申し訳ございません。そしてクレスタリアに入り込んだ魔物、シャイド・ゲルガナムを撃退し我が助けとなってくれた事に深甚〈しんじん〉なる感謝を」


 そこまで言ってまた後ろに下がっていくキリナさん。なんだか面倒臭い事をするんだな、と思いつつも失礼な態度を見せるわけにもいかず、真剣そうな表情を顔に張り付かせて黙って立つ。

 ゆっくりと、ユカ姫、いやルカ姫様とやらが立ち上がり、前に出てその綺麗な声音を歌うように広間に響かせていった。


「貴方がたがいなければ、このクレスタリアは崩壊の危機に面していたやもしれません。これも全て私の未熟な器故、起こってしまった事なのでしょう。シャイドの甘言にほだされ、心をかき乱され……一番支えてくれていた筈の我が騎士をないがしろにして国政を怠った。

 そして、クロムウェルという英雄の名に幻想を抱き、冷静さを無くした」


 ルカ姫の表情はとても凛々しく、透き通るような表情を浮かべている。だが、クロムウェルの名を口に出した瞬間一瞬だけ彼女の顔が陰り、悲しそうな表情になった様にも見える。


「人の欲は果てしなく同時に影も深く広がっている。今回の一件は私の未熟な部分を浮き彫りにし、その事を認識できる機会となりました。

 改めて私からお礼を申し上げます。この国を……救って頂き有難うございます」


 深く、深く頭を下げ、今は見えなくなってしまっているその表情は一体どんなものになっているのだろうか。姫という高位の立場に居る重圧は一体どれほどのものになるのだろうか。それは俺には分からないし、一生分かる必要も無いと思う。

 ゆっくりと顔を上げたルカ姫は柔らかい笑みを浮かべ、何事も無かったかの様に悲しみという色を消していた。


「さて、ここからが本題ですが。此度のお礼を形として差し上げたいと私としては思っております」


 ほら来た、またこのパターンか。いらんぞ俺は余計なもの貰っても面倒臭い事になるだけだろ。


「ここはぜひ我が国の騎士に……」


 やめてッ、もうやめて。


「と言いたいところですがそうもいかない事情があります」


 こ、この野郎。ビビらせやがって。

 思わず顔がひきつり、ルカ姫に向かって文句を言ってしまいそうになった。

 しかし事情ってなんだ?


「実はグランウッドからの手紙が届いておりまして。その中にメイ・クロウエ様とリーン・メルライナ様のお名前が書かれておりまして……」


 とその手紙の中身をこちらに向かって話し始める。やたらと長く回りくどい文面で書かれてはいるが、とてつもなく省略すると「その二人はグランウッドが唾つけてっから、お前ら手をだすなよ」的な内容だった。

 あの王妃まだ諦めてないのかよ……。

 どうやらルカ姫の説明を聞くと、クレスタリアは戦力面でグランウッドには到底及ばなく、国内の危険区域遠征などで、共同という名目で戦力を貸してもらっている様で、グランウッドに頭が上がらない部分が多々ある様だ。その為下手にグランウッドの機嫌を損なう真似をするわけにもいかず、既に今回の事件のせいで戦々恐々としているっぽい。

 

 まあ、あの国って、爺とか爺とかブラムさんとかソウルブラザーのゲイルさん、それにサイフォスさんと、あと沈黙とかいるし、そう言われても不思議と納得できる。


 今回の事件でグランウッドから釘を刺されているにも関わらず、俺とリーンは巻き込まれ、俺にいたっては牢屋が宿になったりもした。ただ、手紙はシャイドに渡った時点で止められ隠蔽されていたらしく、そこを鑑みてもある程度グランウッド側は強固な態度は取らないのではないんじゃないかと思う。いや、思っているだけで確証なんてないのだけど。

 

 クレスタリア側からの正式な謝罪と、グランウッドに利益のある何らかの取引が後で交わされるんじゃないかとその程度にしか予測は出来ない。

 まあ、戦争とかしたって人と物資が無くなるだけだよね。武器屋とかは儲かるかもしれんが。

 それに、モンスターや獄級なんかが蔓延っているこういった現状では、戦争なんてしたって国にとっては余り旨みは無いんじゃないだろうか。

 ただ、リーンに何かあったら確実に爺は突っ込んできそうではあるけど。

 と、そこまで考え背筋が震える。あんなのに攻められたら俺は直ぐ様白旗を上げることだろう。

 

 そして手紙は実はそれだけでは無かったらしく。別枠でキリナさんの所に届けられているらしい。こちらは私用という所だろうか、そう考えると、姫に届けられた方は本人に知らせる予定のものではなく、何かあった時の保険の様なものだったのだろうか。


 私用の手紙は三枚あり、爺からの手紙と王妃からの手紙、ブラムさん達一同からの手紙と中々豪勢なものだ。

 正直これを開けるのは精神的に躊躇われるので、受け取るだけ受け取って、読むのは後にすることに。


「さて、しかし褒美を与えないわけにもいかないのですが、何か望む物等はないでしょうか?」 


 姫の言葉を聞き皆真剣な表情で何かを考え、リーンから順番に答えを返す。


「私は特にありません。しいて言うなら『身長』でしょうか」

「ふむ、自分はこーあれですなドラゴニアンへと成れる『滝』などあれば」

「おら『勇気』が欲しいんだけども、どうしたらいいんでしょうか」

『相棒との伝説が欲しい……いや、それはやはり自ら作るもの。では【お日様】あたりで妥協しますっ』


 こ、こいつら。

 とてつもなく失礼な事を抜かしているが、本人達はいたって真面目に答えているのだから余計たちが悪い。

 ほらみろよ皆顔引きつらせてるぞおい。


「い、いえ、できれば何か形の有るものか現実味の有るものが良いのですが。あ、名誉とかでもよろしいのですよ?」


 流石の姫様も凄まじい勢いで混乱しているようだった。

 俺から謝ります本当にごめんなさい。でも俺は平和な旅路とかが欲しいんですがどうでしょうか。

 あー、とかうーとか言いながらそれぞれ悩み続ける皆。正直このままでは一向に決まりそうも無く、時間の無駄になりそうなので、ふと思いついた事を提案して見ることにする。


「姫さま失礼します。皆中々考えつかない様ですし、クレスタリアも大変な時期になるのではないかと、俺としては思ったわけです。

 そこで、いつか俺達が欲しいものが出来て、その時クレスタリアに来た時にでも報酬をくれるというのは如何でしょう?

 その保証として、何か誓約書的なものを俺達に渡しておけばいいと思うのですが……どうでしょう?」


 結構これはいけるんじゃないだろうか。多分クレスタリアはグランウッドに何かしらのお詫びをするんじゃないかと思うし、人の入れ替わりとか色々と大変な時期になるはず。この提案なら俺達に報酬を渡す確約をした、と面子も保て、直ぐに出費が掛かることも無い。

 俺の言葉にしばらく考えこむルカ姫様だったが、少し悩んだ末ゆっくりと顔をあげた。


「良いでしょう。後で誓約書に印を押しキリナに運ばせましょう。内容は此度の一件に見合う価値の報酬の確約で宜しいでしょうか?」

「はい、助かります。それで構いません」


 そんな紙切れ袋に押し込んでおけばいいんだ。それに、もし将来俺が何か欲しいものが出来た時には本当に使えるわけだし。


 ルカ姫は少し安堵したような表情を浮かべ、こちらに頭を下げた。

 

 その後今回の一件の話を長々と聞かされる。俺は中学校の朝礼を思い出し、うつらうつらと眠くなってくる。

 静かな広間に姫の声が朗々と響き渡り、騎士や偉そうなおっさん達は真面目そうな顔をしてピクリとも動きもしない。


『相棒、相棒』

〈なんだよドリー今は話せないって〉

『あそこを見てください』


 ドリーに言われ小さく指さした方向に視線をやると、中々恰幅のいい簡単に言えば丸々としたヒゲの生えた偉そうなおっさんが立っている。


『……何故かドングリがあんな所に。どうにも偉そうな感じなドングリなので、命名としてはドングリ大臣とでも名付ければ良いのでしょうか……取り敢えず庭に埋めてグロウ・フラワーをかけてみたいのですがどうでしょうっ。

 あれだけ大きなドングリですきっとそれはもう立派な大樹になるのではないかとっ』


 ブッフォォッ。

 俺とリーン、ラングとドランはなんの躊躇いもなくこの空気の中吹き出した。


 馬鹿止めろッ。この空気でそんなこと言われたら笑っちまうだろうが。糞ッ、向こうに聞こえていないから良いようなものを……うをっ、やべぇ、キリナさんに聞こえてる。


 姫の隣に立っているキリナさんの頬がピクピクとひきつり、顔を真っ赤にさせている。あれは確実に笑いをこらえているに違いない。

 俺達が突然吹き出したせいで、ルカ姫が不思議そうな顔をしてこちらに声をかける。


「……一体どうなされたのですか?」

「い、いえ。少し風邪を引いたみたいでくしゃみをしてしまった次第です。大変失礼しました」

「四人全員ですか?」

「はい」「そうです」「無論」「ももも申し訳ないだよ」


 間髪入れずに真剣な表情で返答する。

 こらドラン。もうちょっと上手くやれって、バレちゃうだろ。


「それはいけませんね。余り長々と話していてはご迷惑になるでしょう。今日はこのあたりでお休みになって下さいまし。こちらの方でお食事とお風呂、お部屋もご用意いたしますので」


 これはなんというか災い転じて福となすといえば良いのか、話も終わってくれるようだしラッキーとでも思っておこう。

 ドリーの思わぬ奇行によって、長い話が無事終わってくれた。俺はそのまま案内に従い部屋へと戻る。

 その後は風呂と美味しい食事をいただき、今日の所はさっさと就寝することに。


 ◆◆◆◆◆


 時間は早朝、朝日が昇り始め、辺りの水晶壁に朝露が張りついている。そして何故か俺は練兵場にいた。

 今日は船の出港日。昼の出港時間に間に合うように朝から出発の予定だったのだが、何でこんな事になってるんだろうか。

 日が登るよりも早く眠りこけていた俺の部屋にラングが訪ねてきて、朝から「練兵場があるのですぞッ」などとテンション最高潮で俺とドランを無理矢理引っ張り出した。いつもなら全体テコでも動かない姿勢を貫くのだが、今日はなんだかやたらと強引で、思わず勢いに流され俺もここに来てしまった。

 現在練兵場のど真ん中で一人元気よくストレッチをしているラング。

 この野郎、絶対容赦しないぞ。

 睡眠を邪魔された怨みは海よりも深い。ドランも眠気眼を擦りながら、ふらふらと身体を揺らしている。

 本当……なんだってんだラングの奴。


「ふはは準備は万全ですぞメイ殿。さて修行を始めましょうぞ。今日の所は武器等は無しで身体の動き方をみっちりとやろうと思っておりますのでご了承をっ」

「先ずは修行をするかどうかの了承をとれやッ」

「そんな事に了承の必要があったのですかっ!?」

「いや、その反応にこっちがびっくりするんだが」

「メイどん。世の中には諦めたほうがいい事もあるだよ」

「もう諦めの境地だなドラン」

『Zzzz』


 肩の上でぐったりしながら垂れ下がっているドリー。

 いいなこんな状況でも寝てられるなんて。羨ましい。


「では先ずは走りこみです。いきますぞー、カルガーン……ん?」

「ん? じゃねーよ、待てやお前。当たり前のように妙な掛け声こっちに求めてくるなよっ」

「メイどんそこは魂〈だましい〉って叫ぶんだで」

「まさか、や、やったのかドラン」

「……い、いやそんな事ねーだよ」


 やったらしい。


 ラングと共に走りこみをした後、体術の指南をされた。こんな早朝から走らされ腹が立ったが……結構役に立ちそうな教えで、むしろ更にイラッときた。

 ただ、やはりラングの体捌きは参考になる所が多く、まあ、仕方ないかな。と諦めて素直に修行を続けていく。しばらくすると、城の方から二人の人影がこちらに向かって近づいてきている事に気がついた。よくよく見ると何故かリーンとキリナさん。


「やっほーメイ。なにしてるのよこんな早朝から」

「お、今日は頭が芸術的じゃないのな」

「当たり前じゃない。キリナがちゃんと整えてくれたんだからね」

「おい、そこで偉そうにするなこっちが情けなくなる」

「クロウエ様。普段のリーンに何を言っても無駄なこと。黙って世話をして必要な時には馬車馬の如く働かせれば宜しいのです」

「キリナさん……流石です」

「この程度造作も無い事」

「ちょっと、どういう意味かしら」

「そのまんまだ」「そのままの意味です」 


 俺とキリナさん二人から同時に言われ、ダメージを受けたリーンは練兵場の土を足でほじくり返し始める。リーン、危ないからちゃんと後で埋めとけよ。

リーンとキリナさんに何をしてるのかと聞かれ、ラングがやたらと張り切って修行を始めだしたと教える。するとキリナさんの目が輝きだし、俺に向かって表情を引き締め歩み寄る。


「クロウエ様、とても良いご提案が御座います。今までお礼もお詫びも何も良いものが思いつかなかったのですが、これなら間違いない筈です。私がクロウエ様に少ない時間ですが修行をつけて差し上げます」

「嫌な予感しかしないので遠慮します」

「っぐ、いえよく考えて下さい。貴方様の武器は私と同じ能力をお持ちのようです。やはり私の技術を多少なりとも覚えるのはとても必要な事ではないでしょうか?」


 そう言われると、なんだかそんな気がしなくも無い様な……。

 キリナさんの話も分からなくもない。シャイドの杖を引き裂いたあの時、俺の武器である槍斧はキリナさんの持つ水晶槍と同じように振動し、その切れ味を格段に増していた。どうやら俺の武器にエント・ボルトを掛けると吸収されてしまったのはそれが原因だった様だ。  

 

 何故エント・ボルトを掛けた時点でそうならなかったのかと言えば、単純に電力不足。どうやらあの特殊能力を使うにあたってエント・ボルト計六発分程の雷撃が必要らしい。

 正直それを聞いた瞬間「なんて使えねぇ」と思ってしまったのも仕方ないことだろう。今の武器でも切れ味に困る事なんて早々ないし、どちらかと言えばエント・ボルトが使えなくなる事の方がキツイ。

 大体エント六発も掛けていたら俺の魔力などあっという間に無くなってしまう……もう少し発動が簡単なら使い道があるのだが。


 だがやはりそうなるとキリナさんの技術を直々に教えて貰える事は、俺にとってかなり役に立つ事なのではないだろうか。

 それに爺じゃあるまいし、綺麗なお姉さんに優しく教えてもらうって夢がある気がする。


「お願いします先生っ」

「メイ、なんだかさっきと態度が全然違くないかしら?」

「そんな事はないですよリーンさん」

「最近結構メイの性格が理解出来てきた気がするのよ」

「最近リーンが何故か侍女服に目覚めたようで理解できなくなってきた気がする」

「あれは変装の為に着てたんだからしょうが無いでしょっ」

「まあまあ、そう怒るなって結構似合ってたから良いじゃん」

「ねえキリナ、あの服私に頂戴。なんだか無性に必要な気がしてきたの」

「はあ、リーン。褒められ慣れてないからって動揺しすぎです。少しは落ち着きなさい。

 取り敢えず今から私はクロウエ様の指導を始めないといけません。その話は後にして下さい」


 そう言ってキリナさんは武器置き場から木で出来た模擬槍を持ちだしてくる。渡された槍はどうやら内部に金属が入っているらしく、それなりに重量があり特に軽すぎて使い辛いという事もなさそうだった。


「では時間がありませんので戦闘形式でお教えしていく事にしましょう」


 キリナさんの凛々しい蒼い目がギラリと鋭く光り、その気配から俺の選択が間違っていた事を瞬間的に感じ取れた。

 どうやら綺麗なお姉さんから優しく教育なんてそんなものは夢でしかなかったらしい。

 まあ、模擬槍だし、修行なんだから本気なんて出さないはず……。


『フェザー・ウェイト』『オーバー・アクセル』『サンダー・リフレックシーズ』

 次々とキリナさんにかかっていく身体強化の魔法。槍を頭上でグルリと回し、キリナさんは真剣な表情でこちらを見る。


「では参ります」

「ちょっと待てええええええ」


 俺の言葉を聞く様子すら無く俺の目の前から彼女の姿が消え失せた。


 ◆


 はは、修行とか訓練とか教育とかってもう全部なくなっちまえばいいんだッ。

 

 ドリーが寝てるのに俺だけでまともに打ち合えるわけも無く。それはもう容赦無くボコられた。流石に常時本気で動くわけでも無く。俺の見える程度の早さで、丁寧な身体の動かし方を分かりやすく俺に攻撃を加えることで教えてくれた。

 途中からラング達も加わり男衆対女性二人で模擬戦を行うことになったのだが、正直始まる前から無理ゲーの臭いしか漂ってこない。

 いくらラングでも初見でキリナさんの早さを目で追う事は出来なかったようで、消えた瞬間「そこだッツ」と叫びながら全く逆方向に攻撃。

 恥ずかしいッツ。

 だが、その後加えられたキリナさんの容赦無い一撃を捻り躱したのは流石ラングといった所か。

 

 ドランに至っては始まって直ぐに「何がどうなっているのかわからねーだよ」と訳がわからなくなり、それを見かねたリーンが相手をし、速攻で軽くいなされ地面に転がっている。

 俺も頑張っては見たのだが、どうにかキリナさんの動きを追うことが出来る様になった所で、時間がきてしまった。

 キリナさんに最後にもう一回例の連撃を見せて、と頼んで見せてもらったのだが、実はあの連撃は十連撃まであるらしく、俺が真似ていたのは途中までだったと判明。

 誰が十連撃まで受けれるんだよあんなの。そんなにいらねーだろッ。と心の中で負け惜しみを叫び、意気消沈しながら宿屋に荷物を取りに帰る事にした。

 宿に帰る途中ラングはどこか心ここにあらずと言った感じでいつもの調子が無くなっていたのがなんだか印象的だった。


 ◆◆◆◆◆


 【時刻十二時】


 俺とドリー、リーン、ラング、ドラン。それにキリナさんと共に水晶船の前まで集まっている。

 あの後宿屋に置いていた荷物を纏め、目を覚ましたドリーが騒ぐので、大樹車とやらを隠した場所まで探しに行き、無事回収。

 宿を引き払い馬車に乗り二時間掛けて船着場まで到着する。


 キリナさんはどうしても見送りたいと言ってくれ、態々ここまで同行してくれた。


「いや本当大変だったなクレスタリア」

「メイはいつも大変だった。じゃないかしら?」

「そそそそんな事は無い」

「動揺しすぎだでメイどん」

「ですが、貴方がたが居てくれなかったらと思うと、感謝の言葉も見つかりません……」


 少し寂しそうに笑うキリナさんの笑顔はとても綺麗で、例えて言うならとても透き通った蒼い水晶の様だった。

 

 出港までまだ暫しの時間が有った為、俺はキリナさんから、クロムウェル達についての事を少しだけ教えてもらう事に。

 どうやら今回の一件は大ぴらには公表しない事になるらしい。勿論斡旋所や検問等、国の機関ではクロムウェル達の情報は回っていくのだが、あれだけ国民を煽っているのだ。そう簡単にあいつは偽物でしたーとは公表出来ないのだろう。

 体面的には水晶平原を走破したクロムウェルは次なる獄級を目指して旅立ちましたとかとでも言っておいて、落ち着いた頃合いを見計らって公表するんじゃないだろうか。

 シャイドに関しては禁薬の売買等の罪で追放した事になっていて、他国の上層部にはシャイドの名前、人相、そして正体がモンスターであると情報を回しておくとの事。ただ人相なんかはアイツは変えることが出来るかもしれないし、余り有力な情報にはならないかもしれない。


 結局一般市民の人達は何も知ることもなく、これからも普通に日常を暮らしていくと。

 ルカ姫様曰く、民衆が知らなくて良い事なんて山ほどあるのだと言っていたそうだ。なんだか政治って汚いなー等と子供じみた考えを少ししてしまい、自分にはやはりあーいった場所は向いていそうにないと再確認する。


 出港の時間も近づき次々と人々が船へと乗り込んでいく。


「クロウエ様。もしまたクレスタリアに来る時まで腕を磨いておいて下さいまし、旅に飽きたら私の元に来て頂ければ何時でも修行をつけて差し上げましょう。貴方を見ていたら弟子などがいるのも楽しそうだ、と思えてきましたので」

「あはは、き、気が向いたら」


 そう言って彼女と握手を交わす。いかにも気がない振りをしてみた俺ではあったのだが、キリナさんの槍術は俺にとってはとても参考になり、彼女の体捌きは尊敬に値するものだった。爺の動きはまだまだ俺には遠くその後髪すら見えない。だけどキリナさんは敢えていうならその手に持った水晶槍を光に照らし、後方にいる俺に進むべき道を教えてくれた道しるべの様な人。

 そんな人から修行をつけてやる、弟子が欲しくなったと言われ少し照れくさく、嬉しく感じた。


「うわーんキリナー、また来るからねー」


 リーンがキリナさんに抱きつきグリグリと頭を擦りつけている。そのリーンの頭を優しくなでるキリナさんの表情は姉の様で、その光景はなんだか心あたたまるもの。

 

 順番に船に乗り込む段階になり、いざ先へと進もうとしたのだが、その場から動く気配をみせない人物が一人いた。

 ラング。

 彼はこちらを見ながら片腕で頭をポリポリと掻きながら、気まずそうな顔をしている。

 嗚呼……そうか。

 ラングのその顔を見ただけで俺は悟ってしまった。わかってしまった。


「すまぬが自分は……此処からは同行できない」

 

 ラングの様子から予想はついていたが、俺の心臓がキュッと縮み、微かな痛みを伝えてくる。


「ここに来るまでずっと悩んでいたのだが……やはり、行けぬ」


 ラングの感情を表す様に耳は垂れ、尻尾は落ち着きなく動いていた。普段の勇ましい顔を困ったような悲しそうな表情に染めあげ、小さく首を振り、ほんの少し俯いていた。

 俺の横にいたドランはそのラングの言葉を聞き、目を開き、口をパクパクと動かし半ば呆然としていた。徐々に声が出るようになってきたのか、ラングに掴みかかる様に近づき必死に声をかけ始める。


「な、なんでだ。やっぱりおらが全然強くなんねーから、迷惑掛けちまったのか? おら、頑張るだよっ。もっともっと修行してラングどんみたいに強くなるから。だからそんな訳の分からねーこと言ってないで、一緒に船に乗ろ。なっ?」


 ラングはドランに肩を掴まれ揺さぶられるがままにされていた。だが、やがて片手でドランの腕を鷲掴み、ギリギリと力を込めて引き剥がした。

 ラングが表情を変える。その顔つきは勇ましく、雄々しく。ドラゴニアンにだって引けを取らない程の頼もしさを感じさせた。


「ドラン……ドラン・タイトラックッ!」 


 ビリビリと空気が震える。まるでラングの咆哮に畏怖を抱いて身を震わせているかの様に。

 名前を呼ばれてビクリと身体を竦ませ、ラングを見るドラン。


「最初は自分にとって、お主は酷く目障りな存在だった。まるで、昔の臆病な自分を見ているかの様な、そんな気持ちにさせるお主をどうしようもなく嫌っていた。

 だが、お前は自分とは違う。強く気高く……自分の憧れのドラゴニアンと比べたって遜色が無い。ドランお前は強いッ。自信を持て……他の誰がお主を馬鹿にしようとも、自分はお主を強いと信じている。自分などいなくともお主なら大丈夫だ」

「だけども……だけどもよぉ」


 ラングの言葉でその大きな茶褐色の瞳を濡らし、大粒のナミダをボロボロと零す。ラングはドランを優しく見守り、ふとその表情笑顔をに変え、豪快な笑い声を上げてドランの肩を叩く。


「はははっ、この戯けがっ。これは生涯の別れではないっ。一時の別れだ。

 自分はまだまだ力不足……今回の件でそれが骨身に染みてわかったのだ。この先共に行ったとしてもきっと今の自分ではいつか足を引っ張ることになってしまうだろう……。

 そこで、一旦故郷へと戻り、隻腕での戦い方を改めて学び、その間も修業を欠かさず力を上げる。そして必ず後を追おう。再会の時を心待ちにしながら。

 なにより、こんなにも面白い仲間達と別れるなんて勿体無くて出来そうにないのでなッツ。そういう事だ、メイ殿達を頼んだぞドラン」


 そういって笑うラングの瞳がドランに負けず潤んでいる様に見えるのは、気づかない振りをしてやるべきだろう。

 きっとラングなりに色々と悩んだ末の決断なんじゃないのだろうか、おれの勘違いでなければラングも俺達の事を認め、仲間だと思っていてくれたと思う。

 そしてグシグシ、と鼻水をすするドランの頭を小突き、ゆっくりとリーンに向かって身体を向けるラング。


「リーン殿、皆の事お頼み申す。貴殿ほどの使い手ならば自分も安心して任せられるというものだ」

「任せて下さいラングさん……いえ、違うわね。メイ達の事は私に任せなさいラング。でも余り合流が遅いと置いてっちゃうかもしれないわねっ」


 リーンの返答を聞き、ニヤリと口元を緩め、握手を交わす。


「なんとも心強い言葉だろうか。これは気合を入れて修行して早々に追いつかねばならなくなりましたなぁ」


 そういって、リーンの元を離れこちらを静かに見つめるラング。そこにドリーが我慢できなくなったのか、腕を振り回し感情を顕にしてラングに話しかけた。


『にゅおおおお、カンガルさん寂しいですよーー。絶対に絶対にまた一緒に旅をしましょうね? 約束ですよ?』

「そうですなドリー殿。自分が居ない間メイ殿をしっかりお守りしてくだされ、ついでにドランの面倒も見てくれると助かりますな」

『任せて下さいっ。では約束です』

 

 そういって小指を重ね指きりげんまん。親指を突き出し約束を交わす。


〈ギャー〉

「そうだな。樹々殿とも約束せねばな」


 樹々にもキチンと挨拶し、彼らなりの約束を交わす。真面目なのか律儀なのか。相変わらずラングは……ラングだな。

 そして遂に俺の番が回ってきてしまう。俺個人としてはこういった雰囲気はすこぶる苦手であり、なんだかどうにも落ち着かない。

 先ほどまでとは違い、ラングはやけにしみじみとした口調で俺に向かって話しかけてくる。


「メイ殿には随分と世話になってしまった気がするな」

「ああ、ラングはすぐ暴走するからな」

「ははは、これは手厳しい」

「だけど……楽しかった。楽しかったよ、とても」

「そうですな。自分もとても……楽しかった」


 そういって静かに笑う俺とラング。

 ラングは空を見上げてこちらを見ようとしないし、俺はフードを被り顔を隠す。

 頭をボリボリと欠いて笑うラングの顔を見ていると、やはり胸の奥が少しだけ痛む。視界が少しぼやけているのは、きっと視力が急に悪くなったせいで、鼻を啜ってしまったのは最近風邪を引いているからしょうが無いんだ。


「で、でもさ。暫くしてから後を追うっていってもそう簡単には見つからないだろ。大丈夫か?」


 素朴な疑問を尋ねた俺を、何故か驚いた表情で見つめ返し、その後腹を抱えて笑いだしたラング。


「心配ご無用。自分の予想が正しければ、メイ殿を見つける事など案外造作もない事だと思って居りますぞ」


 ラングの言葉に俺の頭には疑問符が浮かぶ。だが、縁があるのだからきっと再会できるだろうという意味とかかな、等と自分なりに解釈し納得した。


《まもなく船が出港しますっ。まだお乗りでない方がいるなら急いで乗船してくださいっ》


 その声に視線をやる。

 水晶で出来た桟橋が両脇を挟むように二本船まで続いており、その先にあいも変わらず美しい水晶船が停泊していた。船の両脇にある桟橋からは乗り込む為の水晶板が掛けられており、円柱状の水晶棒が船を支えるように両脇から三本づつ桟橋に伸び、固定されていた。

 ――出港なんてしなければ良いのに。

 思わず心の中でそう思ってしまった。だが、そんな事を口に出して言おうものならラングに馬鹿にされるに違いない。

 船に乗り込む為にゆっくりと桟橋に向かって歩いて行く。その背にラングの声が掛けられた。


 走り寄ってきたラングが拳を握りしめ俺に向けた。一瞬意図が分からなかったが直ぐに悟り、俺もラングに拳を向ける。

 ガキィィン。

 俺の篭手とラングの手甲が打ち合わせれて、金属の甲高い音が青空の元に鳴り渡っていく。

 これはきっとラングなりの誓いなのだろう。

 ――大丈夫だ、またきっと会える。

 打ち合わされた拳の様に、この透き通った水晶の様に。強く堅く、透き通った純粋な願いはきっと叶うに違いないのだから。


 いつまでもグシグシと鼻を啜っているドランと、少しだけ寂しそうに表情を変えたリーン。そこに俺とドリーと樹々を加え、キリナさんとラングに全員で力いっぱい手を振り船に乗り込んでいった。


《出港するぞおおおお》


 声と共に船体全体が淡く光り、両脇に付けられていた水晶棒がガコン、と外される。船体の重みで運河の底に定着していた船が重量軽減の魔法によってその身体を浮かび上がらせる。


『フォロー・ウィンドウ』

 十名程の魔法使い達が一斉に風の魔法を使い、金属繊維でも編みこまれているのか、キラキラと陽光に輝く白銀の帆に風をはらませる。次第に加速していく蒼い水晶船は、船首で見守る女神像を目的地に向けて、その威風漂う船体で堂々運河をかき分け進みだす。

 

 進む運河は獄の河。

 だが、美しく力強い水晶船が獄の河を掻き分け進んでいくその姿は、まるで「こんな場所に負けてたまるか」という強い意志の様なものを感じさせ、俺に勇気を与えてくれた。


「なあドリー」

『なんですメイちゃんさん』

「正直すごく大変だったけど」

『はい』


 色々と大変な事もあり、寂しく胸を重くする仲間との別れもあった、だけど、それでも。


「楽しかったなクレスタリア」『良い思い出になりましたクレスタリラっ』




 

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