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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶都市クレスタリア
51/109

影と杖

 





 眼前に悠々と立つシャイドと足元から伸びた影に掴まれているクロムウェル。

 クロムウェルは未だ意識はあるようだが身体の自由が効かないらしく、無抵抗で影に掴まれ、口から血液を吐き散らしシャイドを憎々しげ睨みつけている。


【シャ……イド、私をどうするつもりだ。邪魔だ、離せ。クロウエを殺させろッ】

【ヒヒヒ、その身体では無理でしょう同胞。まだ貴方は生まれたばかり、この領域の薄さで成った事には驚きましたが、今の貴方では力不足に過ぎます】


 どこにそんな気力があったのか、そのシャイドの言葉をクロムウェルは憤怒の形相を浮かべ、痛みに顔をしかめながらも否定する。


【――ッグ、ふ……ざけるなッ。何が同胞だ、化物などと一緒にするな。私は英雄……人間】

【ひひ、別に英雄だろうと人間だろうと同胞だろうとどうでもいいでしょう。私達はただ己のやりたい事をし、望むものを手に入れていくだけ。ですが、今の貴方は不完全。死を待つのみですよ? 良いのですかこのまま死んでも。良いのですか全てを諦めても】


 シャイドの言葉を聞き、クロムウェルは黙りこむ。

 これは、かなり拙い。もしクロムウェルがシャイドの提案を飲んだら、下手したら逃げられる。しかもシャイドの話からすると、クロムウェルはあの重症から助かると言っている。

 駄目だそれだけはいけない。この状況で黙って見過ごすなんてあり得ない無いだろッツ。


「ドリーッ」『憂いは断たねばなりません』


 槍斧を片手にシャイドに向かって駆け出す。せめてクロムウェルだけでも止めを刺しておく為に。


【駄目駄目。邪魔をしてはいけないですよ、くろうぇ君。私としても貴方との戦いは望む所ではありますが、今はいけない】


 突っ込む俺に向かってシャイドは杖を持っていない手を上げ、宙で何かを掴む……そのまま何かを引きずりだすかの様に引き上げた。

 瞬間。前方両脇の地面から次々と影で出来たギロチンが大量に飛び出し、駆け寄る俺の進行方向を塞ぐように切り裂いていく。

 身体を揺らし地面を蹴り上げ、クロムウェルの元へと向かってギロチンの波を掻い潜って進む。


 頼む間に合え、間に合え。


 焦る気持ちとは裏腹に、大量のギロチンに邪魔をされ、中々先に進むことが出来ない。その間にもクロムウェルとシャイドの会話は進む。


【さてどうします。ここで死ぬか、生きて望みを叶えるか……選びなさい、選択しなさい、同胞よ】

 シャイドがクロムウェルに選択を迫る。既に血を流しすぎて息も絶え絶えになっているクロムウェルは掠れてはいるがハッキリとした口調で返答を返した。


【……ならば。ラッセル、ゴラッソ、ジャイナ達も連れていきなさい。もしこの条件が飲めるなら、貴方の提案を受け入れましょう】

【キヒヒヒヒッ。良いでしょう……獄の種をここで失う事に比べたらどうという事も無いですしね】


 俺の眼前からギロチンの波が消えて行き、クロムウェルや遠くに倒れ伏すその仲間達を影が覆い始める。

 消えた? 頼む間に合えッ。

 俺の邪魔をしていたギロチンが消え去り、シャイドの元までの道が開く。身体を加速させ全力で走り寄り、そのままクロムウェルの首を狙って槍斧を突き出した。

 だが、数瞬遅い。槍斧が後少しで届くと言う所で、クロムウェルを影が覆い尽くし、黒い球体となった影に槍斧を弾かれてしまった。


「こんなもの、壊してしまえばッ」

【おっと、させるわけが無いでしょう。甘いですよ、くろうぇ君】


 影の球体を攻撃しようとする俺に、シャイドからの邪魔が入る。手に持った杖を連続でこちらに突き放ち、無理矢理後方に下がらせられる。

 俺が距離を離したのを見計らい、シャイドは六枚の影刃を飛ばし、こちらを追撃。

 後方に無理矢理下がらされ泳ぐ身体を『ウインド・リコイル』で強引に移動。六枚の影刃の射線から身体を逃がす。 


【お見事、良く避けきりましたね。褒めてあげましょう、パチパチと。

 しかし流石に四人運ぶのは重い……仕方ありません、暫しの間私がお相手しましょうか】

「邪魔をするなよシャイドッ……何なんだお前。それにここまで邪魔するって事は、やっぱりお前の目的はクロムウェルなのか」


 クロムウェルという名は狙われるという話しだし、こいつの目的はあいつで間違いないんじゃないか? それに俺は巻き込まれたって所だろうか。


【ふむ……クロムウェルの事が目的、その言葉は正しい、と言えば正しく。間違っていると言えば間違っています。わかりましたか?】


 何の答えになっていない返答を返され思わず苛立ちそうになる。だが、こんな事で熱くなっては駄目だと考えなおし、飛び交う影刃を避けながらも、精神を静め冷静さを保ちながらシャイドに向かって槍斧を振るっていった。

 


 切っても突いてもまるで効いた素振りも見せないシャイド。

 シャイドからの攻撃で俺は徐々に後方に押し込まれ、肝心のクロムウェルから距離を離されていってしまう。魔法ならどうかとも考えたのだが、恐らく先ほどまでリーン達が戦っていたのだろうし、無傷のこの状態を見ると魔法すら効かないのだろうと予想できる。

 


 ――馬鹿じゃないのかこいつ。何も効かないとか一体どうやって勝つんだよ。

 

 負けたくは無いという気持ちは勿論あるが、こいつに何が通じるのかすら分からない今の状況では、余り気合を入れて攻撃しても意味が無いだろう。それに、体感的に感じる魔力の残量は既に残り少なく、余り無駄打ちするわけにもいかなかった。


 俺に向かって影刃やギロチンなどを飛ばしながらもシャイドは余裕の態度を崩さず、必死に避ける続ける俺に向かって声をかけてきた。


【所で私からも質問なのですが……くろうぇ君は一体リズとラズ、それにライラに何をしたのです?】


 そう言った瞬間、先ほどまでとはシャイドの気配が変わった。あたりに濃密な悪意が満ち始め、緊張で喉がカラカラと乾く。

 やはりこいつ性格は巫山戯ていても油断してはいけない。クロムウェルよりも数段上なのが向かい合っているだけで感じ取れる。というかこいつの質問の意味がわからない。誰だよそのリズとラズとライラって。そんな名前聞いたこともないぞ俺は。

 戸惑い無言を貫く俺の様子をみてシャイドは何かに気がついたのか、手をポンと打つ。


【おっとと、質問の仕方が悪かったですね。分かりやすく言えば……】


 ――ズシャアアッツ。


 話しの途中でシャイドの身体が見覚えのある槍で頭頂部から真っ二つに両断された。はっと気が付き周囲を見ると、周りにはリーン、ラング、ドラン、シャイドを切り伏せたキリナさんが集まって各々シャイドに向かって武器を向けていた。

 どうやら気づかぬ間にここまで到着していたらしい。俺は直ぐ様シャイドから距離を離し、安全を確保する。

 ――助かった……俺一人じゃどうしようもなかったしな。いや、この人数でもどうしようもないかもしれないが。しかし先刻の質問は一体なんだったんだ?

 

 疑問に思い、何個か予想を立ててみるものの、あの程度の情報ではやはり何も分からない。その場で思わず考えこんでしまっていた俺だったが、駆けつけてきたリーンに気が付き一旦考えるのをやめた。近づいてきたリーンは、心配そうな顔で俺の身体をパタパタと叩きながら無事を確かめてくるのだが……。


「おい馬鹿このやろう。リーン、痛いから止めてっ」

 ドリーに回復魔法をかけて貰ってはいるのだが、全部治っているはずもなく、叩かれると非常に痛い。思わず顔を顰めリーンを手で制してやめさせる。だがリーンはそれに気が付かず一頻り俺の無事を確かめた後、満足そうな顔をして俺に向かって話しかけてくる。


「メイ無事? 無事ね? 良かった……ごめんなさい。こいつったら急に地面に沈んで移動したものだったからびっくりして取り逃しちゃったのよ」

 あはは、と笑いながらも心配そうな顔をしてこちらを見つめるリーン。

 心配してくれるその気持ちは嬉しいのだが、叩かれた痛みの後では素直に喜べそうにもなかった。かといって怒る訳にもいかず、やせ我慢しながらリーンに向かって「大丈夫だから気にするなよ」と手を振り、引き攣る顔を隠す為に、改めて周囲の状況を確かめ始める。


「怖気付いて逃げおったか影帽子め。ドランッ、ここはアレだ我らが修行した連携奥義で一気呵成に押しこむぞ」

「ラ、ラングどん、勢いだけでもの言うの止めたほうが良いと思うだで、おら奥義なんて今初めて聞いただよっ」


 最後に見た時は冷静さを失っていたラングだったが、どうやら今はいつも通りに戻っているらしく、ドランにムチャぶりをかましながらシャイドに向かって拳打の嵐を叩きこんでいく。

 ちょっと予想外だったな。ラングならもっと冷静さを失ってると思ったんだが、一体何があったのやら。

 良い意味で予想外なラングの様子に驚きながらも安心していると、右後ろから突然声をかけられた。


「クロウエ様、余りシャイドの言葉に耳を貸すのは危険です。どうやら精神系の特殊な攻撃を得意としているようで御座います。お気をつけ下さいませ」

「そうですか、助かります……って、うをぉいッ!?」『それはそれはご丁寧に……って、わっふいっ!?』


 先ほどまでシャイドを両断していた筈のキリナさんが、いつの間にやら間近にいて、俺とドリーは不意に声を掛けられ驚いてしまい反射的に武器を構え後ずさる。その俺の姿を見て、キリナさんは口を逆三角形の形に、顔を驚愕の表情に変えブツブツと「わ、私は未だ敵なのでしょうか? やはりここは首を差し出してでもお詫びせねばどうしようも……」と呟きながらショックを受けている様子。


 キリナさんって滅茶苦茶怖い印象しかなかったけど、実は結構愉快な人なんじゃないんだろうか。

 しかし精神攻撃か、じゃあさっきの質問も何かそういった事をしようとしてきたってことか?


『ふぃー少し驚いてしまいましたが、そういえばこの銀髪さんは味方なのでしたねっ。しかしメイちゃんさん、皆来てくれましたよ。いやっほーい』

 ドリーは皆が来てくれた事が嬉しかったのか、肩の上でユラユラと一人ウェーブをしながら喜んでいる。思わず俺も一緒にやるべきかと真剣に悩んだのだが、流石にこの状況でふざける訳にもいかないと自制心を総動員、ぐっと堪えて我慢する。


 しかし皆来てくれたなら、どうにかシャイドの防御を突破してクロムウェルに止めをさせないものか。

 ラッセル達の入った球体ならばシャイドの邪魔が入らないかもしれないので、どうにか出来そうではあるが、優先順位が格段に違う。他を放っておいても今はクロムウェルを狙うべきだ。

 未だシャイドの後方でグニャグニャと気味悪く変化を続ける黒い球体を睨みつけ、声を張り上げ周囲の皆に伝える。

 

「シャイドの後ろにある黒い球体、あれを逃すと面倒な事になる。どうにか突破して、逃げられるのを食い止めてくれッ」


 俺の言葉が伝わったのか、ラングとドランは戦っていたシャイドを通りぬけ黒い球体に目標を変え、リーンはシャイドを回りこむように向かう。


「動ける騎士か兵士がいるのなら、近寄らなくても良いので、シャイドを逃さぬようになさいっ」


 キリナさんは声を上げ、動けそうな騎士や兵士を集めてシャイドの周りを遠目に包囲させる。やはり未だにまともに動ける者は多くないらしく、どこか動きがぎこちない。

 あれじゃ近寄り過ぎたら確かに危ないな。


【おやおや、質問は途中で遮られるし、全くつれないですね。そう思いますよね? しかし早々思い通りにいくと思ってもらっては困ります】


 ズルズル、と地面にシャイドが沈みこみ、地面を影が疾走していく。そして立ち塞がるように黒い球体と駆け寄る皆の間に現れる。

 迎え撃つシャイドは杖を持っていない腕と帽子に付いていた腕二本、計三本の腕を振り上げると、地面からかつて無いほどの多数の影が現れ、クロムウェルに向かっていく皆の進行方向を塞ぐ。

 隙間の無いほど大量に現れた影の波が俺達を飲み込む様に襲いかかり、そこに追い打ちをかけるように、シャイドは杖を振り次々と影で出来た槍をこちらに向かって撃ち出し始めた。


 あぶねぇよッ。どんだけ撃ちまくってんだこいつ。

 あたり構わず大量に降り注ぐ影の凶弾。避けるだけで精一杯で、クロムウェルに向かって近づくことすら出来はしない。仕方なく手薄になっているシャイドに向かい、攻撃を入れて邪魔をしようと試みるが、シャイドは攻撃を食らいながらも地面から影で出来た手やギロチン作り出し、暴風の如き勢いで辺り構わず破壊していく。

 

 うへ、こうやってまじまじとシャイドの戦闘を間近に見るのは初めてだけど、本当やってらんないぞこれ。

 

 クロムウェルに向かっていたリーン達もシャイドの邪魔でどうにも近付く事ができない様子で、どうにかしようと、時折シャイドに攻撃を放っていた。だが、シャイドはどんな攻撃を喰らっても相変わらずダメージが入っている様子も無く、直ぐ様再生している。

 

 クロムウェルに向かうにはシャイドが邪魔で、肝心のシャイドには攻撃が通らない。

 これは詰んでる臭いしかしないんだが。今はどうしようもなさそうだし、一旦攻撃を抑えて見に徹するか。 

 そう考えを纏め、俺は攻撃するでも無く、皆が攻撃を加えていくのをただ黙って観察する事に決める。


 ラングの拳をそのまま受け止め、リーンの攻撃を胴体に受ける。ドランの叩き潰しを悠々と避け、キリナさんの槍で切り裂かれながらも反撃し、杖の柄で突きかかっていた。

 正直、見れば見る程勝てる道筋が見えずうんざりしてくる。


 何も良い手など浮かぶ事も無く、暫く一人で頭を抱えて悩んでいると、急に肩の上でドリーの唸り声が聞こえてきた。視線を肩にやるとドリーはユラーユラーと揺れながら、何事か考え込んでいる様子。


『ん〜むー。なんだかもにゃもにゃします。なんか気になることがあるのですが……後少しといった所で出てこないんですっ』

「何? なんかシャイドの攻略法でもわかったとか」


 もしそうなら非常に助かる……目的でもある黒い塊は、既に球体と呼ぶには相応しくない体相に姿を変えてしまっていて、もう余り時間がない事を俺に伝えてきていた。


『いえ、それとはちょっと違う気がするのですが。なんかこーどこかで覚えがあるものが……ひょッツ!? おおお、思い出しましたっ。メイちゃんさんメイちゃんさん。あのヘンテコ帽子さんが持っている杖見えますか?』


 ドリーに言われ目を向ける。シャイドの持っている杖は妙な金属で出来ているらしく怪しく黒光りしていた。柄の部分は捻くれ蛇同士が絡み合っているかの様にも見え、その先に『特に変わった所もない』六角柱の赤いクリスタルが付いているのが見えた。そのクリスタルを見た瞬間どこか頭の中で引っかかるものがあったが、何かに邪魔されているかの様に、思考の隅から出てこない。

 何か引っかかるけど、普通? 普通の杖……だよな。


『あの先についている赤い石なんですが、中が光っててキラキラ平原とかにあったのに似てませんか?』

「いやいや、中光ってなんかいないだろ。ふつうの赤いクリスタルだって」

『え? それ本気で言ってるのですか相棒。あんなに中でキラキラしてるのに……』  


 ドリーの声音はとても真剣なもので、明らかに嘘や冗談で言っている様子は無い。そしてドリーの言葉で、俺の頭の中にあった違和感が急激に膨らんでいく感覚が湧き起こる。

 ――何で俺とドリーの見ている光景に明らかな差異があるんだ。それに水晶平原にあったって、肉沼にもあったアレだよな……ッグ、ガアっ!?


 違和感が疑問を生み、膨らみきった思考を抑え切れなくなったか、俺の頭の中にあった閂がガキンッ、音を立てて破壊された気がした。俺は痛む頭を手で抑え、ゆるゆるとシャイドの杖へと視線を向け直した。

 そして改めて杖を見た瞬間、俺はその光景に驚き戸惑い動揺してしまう。

 赤いクリスタルでは無く、紅黒いクリスタルであり、ドリーの言うとおり確かに内部に電子回路の様な光の線が怪しく煌めいている。


 おいおい、明らかにあれって獄級にあるクリスタルじゃないか。大きさは全然違うけどあの見た目間違い無いっ。何で俺は今まで気が付かなかったんだ。

 そこまで考え、俺の脳裏にある推測が浮かぶ。もしかして精神系の攻撃が得意って幻覚とかも出来るのではないだろうか?

 仮に幻覚だとすれば、ドリーに効果が無かった事もある程度納得ができる。確か水晶平原での鏡面部屋。あそこの幻覚もドリーにはなんの効果もなかったらしいし、獄級の主達の圧力もドリーはいつも気にしていない様子だった。

 ならリーン達にも伝えれば気がつくのだろうか……いや、恐らくだが無理そうな気がする。確かクレスタリアに向かう途中、鏡面部屋での話をリーンに聞いたのだが、リーン達が見た光景は俺とは違い、出てきた人型水晶は生前とまるで変わらない姿だったという話。それなのに俺が見た人型水晶は確かに形は本人そっくりだったのだが、明らかに水晶だと見分けはついていた。

 つまり、俺にも少なからずそういった耐性があるということなのだろうか? 自信はないが、そうとしか考えられない。

 理由としては肉沼から色々と吸収したから? 位しか思いつかないのだが、多分あながち外れてはいないんじゃないかと思う。俺よりもドリーの方が長く肉沼にいたわけだし、根から沼を取り込んでしまっていたと本人も言っていた筈だ。


 これは、試してみるしか無いな。シャイドがあのクリスタルに幻覚をかける必要があるって事は、なにかしらあれがバレたら困る理由があるって事だ。


「……ドリーこれは大手柄かもしれないぞ。もし当たってたら、後でたらふく魔水を飲ませて撫でくりまわして褒めてやらないとな」

『――ッなんですって!? ……ぬへへ、にょほほ。いやん相棒、そんなに褒めたら駄目ですよー。ええそんな事までしてくれるんですかっ、仕方ないですねーたっぷり褒めてくれて良いですよー』


 おぃ、ドリーしっかりしてください。お前の仕事はまだ残っているんだ。


「落ち着けドリー先ずはシャイドに聞こえないように指示を伝えてくれ」

『じゅるり……ッハ!? っく、夢ですか……後少し魔水の湖で泳ぎたい所でしたっ』


 そいつは豪勢な夢だけど相棒の財布では追いつかないから勘弁してください。


『仕方ありません、夢は自ら植えるものだと誰かが言っていた気がします。さあ相棒じゃんじゃん私に指示を下さいっ、そして褒めてくださいっ』 

「植えるって可笑しいだろ誰が言ってたんだよ」

『多分私ですっ』

「そ、そうか。まあ取り敢えず……」

『了解です。リーンちゃん相棒からの伝言です「バレないように杖の水晶を巻き込むように攻撃をしてみてください」』


 ドリーのその言葉が聞こえたようで、リーンは小さく頷く。そのままシャイドに駆け寄り胸元をなぎ払い、その直線上にクリスタルを巻き込むように攻撃をする。シャイドはその攻撃を相変わらず避けずに身体に受けた、が。ほんの少しだけ、相当注意していないと分からない程度に杖を上げ、軌道上からクリスタルを逃がしていた。

 これは間違いないんじゃないか? いや焦るな、もう少し様子を見たほうが良い。


「次だドリー」

『はいっ「カンガルさんは囮、その後銀髪さんがリーンちゃんと同じくクリスタルを巻き込むように、後今度は少しでもいいので当てて下さい」』


 ラングがシャイドに向かって真っ直ぐ走りだす。その後ろをキリナさんが身を隠しながら追走。

 シャイドの攻撃を避けながらラングが近づき雄叫びと共にシャイド……目前の地面を砕く。凄まじい轟音が響き渡り砕かれた石材が飛び散った。思わずシャイドはラングの奇行に注意を向ける。

 追走していたキリナさんがその背後から飛び出し、シャイドの杖を巻き込む形で斬りかかる。流石にラングの行為に気を取られていたのか迫る槍がクリスタルに当たる。だが、残念ながら硬質な音を立ててキリナさんの槍は弾かれてしまった。

 しかし遠くから注意していれば分かる事があった。槍がクリスタルに当たる瞬間シャイドが僅かに動揺し、クリスタルに顔を向けたことを。

 キリナさんの槍は現在エントが掛かっていない、多分エントを掛けた状態ならあのクリスタルは砕けていたんじゃないだろうか。


「次だドリー」

『ほい「全員でかかり、最後の一撃はとかげさんの攻撃。勿論クリスタルを巻き込んで」』


 リーンとキリナさんが突っ込み、ラングが追走、ドランが最後尾になりシャイドに向かうリーンとキリナさんの二人が同時にシャイドを攻撃し、その身体に剣閃を刻み込む。ラングが宙に飛び上がり、シャイドの顔面に蹴りをお見舞い。

 全ての攻撃を余裕綽々で受け止め切ったシャイドに、後方で待ち構えていたドランが全てを叩き潰すかの如く、上段から鎖を伸ばした箱を打ち下ろす。

 轟音。そしてシャイドの身体がゼリーの如く叩き潰された。――杖を握った右手を残して。

 

 もうここまで確認すれば間違いないだろう。シャイド明らかにあの杖を庇っている。しかも確か最初に見に回った時も攻撃力が強いドランの攻撃は受ける素振りも見せず避けていた。他に打開策も見えないし、あの杖に何かあるのは間違いないんじゃないだろうか。


「ドリー、皆を一旦呼び戻して欲しい」

『みなさーん、相棒が呼んでるのでー、ぬぅぅっ、集合っ』


 人差し指をビシリと立て「集まれっ」と言わんばかりに天高く掲げる。

 ……こういうのはお世話になっている俺が言うのもどうかと思うんだけど、ドリーさんもうちょっと緊張感がある集合のさせ方はなかったんですかね?

 ドリーの言葉に従い、シャイドと戦闘していた全員が一旦後方に下がりこちらに集まってくる。


【おやおや、もう諦めてしまったんでしょうか? いいのですか、もうすぐこちらの準備は整ってしまいますよ? ヒヒヒッ】


 っけ、言ってろ言ってろ。


「どうしたのメイ? 先刻からずっと黙って見てたみたいだけど、もしかして何か思いついたのかしら」 

「多分そんな所……かもしれない。詳しく説明しても多分今の皆じゃわからないと思うから、今は俺を信じて動いて欲しい……」


 恐らくリーン達の幻覚を解く事は非常に難しいのではないだろうか、仮に解けるとしても今は詳しく説明している程時間が無い。信じてくれとは調子が良いとは思うが、今の俺にはそう言うしかなかった。


「ふっふっふ、私に任せなさいっ」

「ぬはは、影帽子の奴め、遂にお前に一矢報いる事が出来るようだな」

「おらに出来る程度でお願いしたいんだけども」

「ここで印象を良くする事こそ謝罪の為の第一歩に……」


 約一名おかしな事を呟いてる人もいるが、これはイエスととっていいのだろう。

 ……本当有難い事だよな。っと、駄目だ駄目だ。感慨に浸るのは一先ず後に、取り敢えず流れを説明しておかないと。

 俺はシャイドに聞こえぬ様、手早く、かつ小声で全員に流れを説明していった。



 全ての説明を終え、皆が位置に着いた。いざ向かおうとした直前に、急に横にいたキリナさんが俺に向かって声を掛けてくる。


「クロウエ様、最後の私の位置にクロウエ様では駄目だったのですか? もしそれでも良いのなら私が失敗した場合に援護をお願いしたいのですが」

「えっと、多分俺の武器じゃ攻撃力が足りないと思うんですよね。せめてエント掛けられればいいんですが、なんかエント・ボルトかけても吸収されちゃって使えないし……」

「――ッツ!? 吸収……そうですか、やはりこれは間違い無い……クロウエ様少しお話が」

「お、ドランの奴が向かったみたいだ。キリナさん今は時間がないしその話は後で」


 既にドランは先に出ている。遅れるわけにも行かないし、俺はキリナさんの言葉を遮り、駈け出した。


「ちょ、お待ちくださいっ。はぁ、全く仕方有りませんね……遅れる訳にはまいりませんし」

 背後からキリナさんが呟きが聞こえ、その後追走してくる。


【おやおや、やっと向かって来られるようで。くろうぇ君まで一緒のようですが、もうお休みしていないでよろしいのでしょうか?】


 頭に響いてくるシャイドの言葉は完全に無視し、先ずはドランがシャイドに向かって仕掛けていく。ドランに向かってシャイドが影刃を放つも、やはりクロムウェルの方に警戒を置いているせいか、その数は多くはない。


「キリナさん宜しくお願いしますっ」

『フェザー・ウェイト』『オーバー・アクセル』


 キリナさんの手から緑と赤の魔法球が飛び出しドランに当たる。ドランの元々高い身体能力が更に上昇し、その重い身体を軽くする。シャイドの放ってきた影刃は全て躱され、地面を抉り取りながら突進したドランがシャイドから少し距離の離れた状態で武器を振るう。

 シャイドもドランの攻撃には警戒しているのか、杖をいつでもかばえるようにドランの挙動を伺っている様子。

 ドランの金属箱がシャイドに、ではなく。眼前の地面に隕石の如く炸裂した。城中に響きわたっているんじゃないかと思うほどの轟音を立て、大通路の地面を破砕させ、石材の散弾をシャイドに向かって飛ばす。

 一部の石材がシャイドに直撃し、その顔を容赦無く吹き飛ばした。


 石材の散弾が飛び散る中、全てを掻い潜りリーンがシャイドに向かって剣を振り上げ魔名を叫ぶ。

『ボルト・スパーク』

 バチバチと音を立てながら紫電の球体が飛び出し、シャイドの周りに次々と降り注いでいく。地面に当たった雷球は真白な放電現象を発生させ、続くラングの姿を覆い隠していった。


【っち、小賢しい真似を。ですがこの程度で見失うわけがないでしょう】

「ぬはは、それも想定済みだ影法師ッ」


 先ほどの雷球はシャイドの目を隠すものではなく、俺の背後にいるキリナさんがエントを使う音を誤魔化すためのもの。

 まんまと引っかかり、ラングに目を奪われているシャイド。思った通り気づいた様子も無い。


「仇を討つ、貴様を倒すのは自分だああああッ」

【ヒヒヒ、無駄だという事が未だわからないのですか】


 ラングが憤怒を顕に雄叫びをあげてシャイドに豪拳を放つ、と見せかける。


「と、でも言うと思っておったのかこの戯けが」

 放った拳を引き戻し、左足でシャイドの杖を蹴り上げる。


【なッツ!?】


 初めて見せたシャイドの動揺。杖がくるくると宙を飛び、シャイドの手を離れた杖はかなり離れた場所にカランと音を立てて落ちた。慌てたシャイドがその身体から影の手を伸ばし杖を拾おうとする。


「ドリーやるぞ」『フォロー・ウィンド』

『おまかせぇぃ』『ウッド・ハンド』


 援護の風が背を押し、全力で駆けた勢いのままに伸ばされた影の手を勢いのままに半ばから切り裂いていく。


「キリナさんっ」

「此処に」


 ドリーの作った樹手の上に既にキリナさんが待機、ドリーが投球フォームを取り、キリナさんを杖に向かって投げ飛ばした。


【杖に向かって……まさか気がついたのですかッ? させるわけがないでしょう。地面を伝って杖を……いやそれでは切り裂かれて終わってしまう。ならば私自身が行くしか】


 焦ったシャイドもキリナさんの後を追い、風の如く杖の元へと向かう。

 地面に落ちた杖にキリナさんの水晶槍が迫る。シャイドも追いついているのだが、キリナさんの方が余裕で早い。


「私の勝ちですッツ」

【っぐ、間に合わない。しかしこの距離ならば、奥の手を……この状況では腕位しか……ですが致し方有りません。ッギ嗚呼嗚呼嗚呼アアア】


 シャイドが耳をつんざく叫び声を上げる。シャイドの足元から伸びている影から突如として一本の黒い腕が生えた。

 その腕は凄まじい力強さを感じさせ、鋭い爪と腕を覆う鱗がどこか爬虫類を連想させた。

 ――あれはやばい、このままじゃ失敗する。


 反射的にそう感じ取り、未だ残っている樹手に駆け寄り我が身を飛ばす。


【ヒハハハッツ、無駄ですよスケイリル】


 杖の直ぐ近くに生え出た影の手がキリナさんを水晶槍ごと殴り飛ばす。その衝撃で穂先が杖から外れ、短い悲鳴をあげて後方に吹き飛ばされる。

 くそ、せめて杖をもう一回弾かないと、俺の武器じゃあれは壊せない。

 投げ飛ばされた勢いをそのままに地面に着地しシャイドに向かって駆けていく。俺と入れ替わりに後方に無理矢理下がらされたキリナさんが俺に向かって声を張り上げる。


「クロウエ様、武器を私が触れられるようにして下さいませッ」


 彼女の意図も分からぬまま、俺は速度を緩めず槍斧を後方に垂らすように向け、すれ違う瞬間にキリナさんが触れられるようにする。

 キリナさんとの一瞬の交差。その時彼女は何を考えたか俺の武器の横腹に触れ、魔名を叫んだ。

『エント・サンダーボルト』


 落雷の様な音と共に俺の武器へとエントが掛かる。

 ちょ、あぶねぇ。これじゃ俺が黒焦げに……ええい、ままよッツ!

 俺に襲いかかってくる筈の雷撃が来る様子は無い。後ろに構えている己の武器を振り向いて確認する暇さえ惜しんでシャイドの元へと向かう。

『サンダー・リフレックシーズ』『オーバー・アクセル』

 背後からキリナさんの声が聞こえ、補助魔法らしきものが身体に当たる。身体能力と反射神経が向上し、更なる速度で駆けていく。

 杖に向かい駆けよるシャイドと俺。

 これは駄目か? 恐らく向こうの方が一瞬早い。

 予想通り俺よりも一瞬早く杖に手を伸ばしたシャイド。俺は構わず杖を握ったその手ごと切り裂く様に槍斧を薙ぎ払っていく。

 

【無駄です。くろうぇ君の武器ではコレは壊せませんよ】

 シャイドは余裕を滲ませた声音で自らの勝利を確信している。だが、俺はその声を無視してせめて杖を弾き飛ばせればと願いながら全力で槍斧に力を込めた。


「ガアアアアッツ」


 ――ギャァァリイイイィィィィィン。


 耳慣れない音が響き、おれの予想とは裏腹に槍斧はシャイドの片腕を容易く切り飛ばし、杖先についていたクリスタルを紙の如く両断する。俺は余りにも勢いをつけすぎたせいで、急には止まれずシャイド横をそのまま通りすぎて、たたらを踏んだ。


 可笑しい、何であんな簡単に切れたんだ……。


 疑問を抱き自分の起こした現象に思わず呆然となっていると、不意に手に小さな振動を感じた。気になり視線を向けると、何故か槍斧の刀身が蒼く光り輝き、刃先がビリビリと空気を切り裂き振動している様子だった。


【馬鹿なッ、あり得ない。何故スケイリルの槍と同じ能力が、畜生、糞。ガアアアアア】


 切り落とされた片腕を抑え、シャイドが苦痛の叫び声を上げる。その腕は今までと違い再生することもなく、地面に溶け出し消えていった。

 上手く行ったのか? 見た限りあのクリスタルが無いと再生出来ない……のか? 取り敢えず俺の武器の事など疑問は尽きないが。


「今しかない皆止めをッツ」 

【ひひ、ヒヒヒ。まさかこんな事になろうとは、杖に施された幻視の印を見破られるとは思いませんでしたよ……そう、そうか。そうですか、あの――せいか。っち、想定しておくべきだった。予想しておく必要があった】

 ブツブツと何かを呟くシャイドに全員で攻撃を加えていく。だが、シャイドは苦痛に真紅の口を歪ませながらも、ニタリと口を笑みに変えた。


【……いやいや、備えあれば憂いなしとは良く言ったものです『ガルス』に借り受けていなければ危ない所でした……ねぇッ】


 おもむろに黒い球体を取り出したシャイドは、その球体をそのまま地面に叩きつけた。


 ――ウオオオオ怨怨怨ッツ。


 叩きつけた地面から死者が溢れ出す。怨嗟と苦痛、悲哀すべての負の感情が無い混ぜになったような表情を浮かべ、半透明の亡霊達が飛び散っていった。


「避けろッツ」

 反射的に危険を感じ取り、全員その亡霊達から身を躱す。だが、周りを囲っていた数人の兵士達は避けられず亡霊をその身に受けてしまった。


「――――ッツ!」

 声にならない悲鳴を上げ、兵士の肉体が全て亡霊に食われたかの様に消え去った。後に残されたのは、からり、と乾いた音を立てる白骨だけ。


【キヒッ、ヒヒヒヒヒ。あと少し、もう少し早ければ貴方がたの勝ちでした。既に領域は消失してしまいましたが、どうやら間に合った。あれは私の一部から離れ個体を獲得し、領域がなくとも力を失うことも無い。残念でした。本当に残念でしたね、くろうぇ君。

 ……それでは、また会いましょう?】


 バサリ、と黒い球体だったものが巨大なカラスに変わり、空へと飛び立つ。地面を蹴り上げシャイドはその背に飛び移り、城の壁を強引に壊し、そのまま四羽の影カラスが夜の帳が降りた空へと溶けこんでいった。


 暴れ狂っていた亡霊たちもいつの間にか消え去っており、後には数個の白骨と、破壊しつくされた大通路がシンと静寂を溢れ出させているのみ。

 思わず力が抜け落ち、ぺたりとその場に腰をつき、深々とため息を漏らした。


 クロムウェルにもシャイドにも一矢は報いて撃退はした。だが、これは勝ったと言っていいのだろうか、結局追い詰めたまでも逃がしてしまっている。それにあのクリスタルはやはり獄級にあったものと似たような物なのだろう。シャイドが時折漏らしていた領域やら力がどうこう言っていた事から考えると、あのクリスタルは獄級の主に何らかの力を与えるものなのかもしれない。

 今回は杖という目に見える弱点があったから良かったものの、もしシャイドと獄級内部ででもあったら間違いなく打つ手が無くなってしまうだろう。

 願わくば二度とアイツと会わなくて済みますように。

 

 グルグルと頭の中に色んな情報が飛びかい過ぎて、だんだんとよく分からなくなってくる。

 はあ、駄目だな……取り敢えず後で考えよう。今はこの長い夜を無事乗りきれたことに感謝して、疲れた身体を休ませよう。

 ゴロリ、と大通路の地面に身体を転がし、近づいてくる仲間たちの足音を耳になじませながら、大の字になって天井を見上げる。


「だーーーッツ、疲れたぁぁ」

『よしよし、相棒は頑張りましたよっ』


 髪をゆっくりと撫でるドリーの手の平に癒され、地面から起きる気力すら無くなった。




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