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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶都市クレスタリア
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人間以上、化物未満



 シャイド一人に四人がかりで攻撃しているが、未だまともに攻撃が通った様子も無い。

 

 私の戦っていた影亜人はリーンが援護に来てくれたお陰で、止めを刺す寸前までは追い込めた。だが、止めを刺す瞬間シャイドが亜人を影へと戻し、残念ながら逃げられてしまう。

 ――影亜人には攻撃が通ったのですが、肝心のシャイドには何も通じない。一体どうすれば良いのか。

 全く理由も掴めずどうして良いか途方に暮れる。


【いや、皆さん頑張りますね? それになんてしつこい、いい加減一人位は死んでくれれば良いのですが】


 そう言ってシャイドは腕を振り上げ地面から影の爪を出し、辺り構わず攻撃する。だが、今は打つ手がなく全員が避ける事に集中している為、そんな攻撃には早々当たらない。

 だが肝心のシャイドは片腕を振るい、こちらを攻撃をしながらも、顔を他所へと向け何かを熱心に眺めている。


【しかし、向こうは本当に面白い事になっている様子ですね。それにしても、まさか――どの領域下で本当に――できるとは――としても少々――がまだ完全――ですし。これは――に報告した方が……】


 ブツブツと呟くシャイドの言葉は途切れ途切れにしか聞こえず、何を言っているのかよく聞き取れなかった。

 向こうと言えば、クロウエ様が戦闘なされている辺りですが……一体何がどうなっているのでしょうか。


 だが向こうを余り気にし過ぎてもいけない。シャイドの攻撃は未だ続いているのだから。大体こいつは私達の事など眼中に無い様にずっと顔をあちらに向けている。こちらを舐めきっているとしか思えない。


「いつまで他所見をしているつもりですシャイドッ」


 影の爪を掻い潜り、シャイドに近づき首を水晶槍で刈り取る。だが、やはり効いた様子も無く直ぐ様再生してしまう。


【全く貴方も存外しつこい。そこまで必死にならなくても良いでしょうに。ねえ?】

「愛するクレスタリアをこれだけ荒らされれば、必死にもなると言うものでしょうッツ」

【荒らしただなんて、人聞きの悪いですね。元々この国はそういう素養があっただけの話。私はそれを目覚めやすくさせただけ、ですよ】

「何を世迷言を言っているのです。貴方が全て仕組んできた事ではないですか」

【ヒヒヒッ、これだから人間という奴は馬鹿なんだ。知っていますか? ルカ姫は、この国の姫なんて真っ平御免だと心中で思っている事を「何故私がやらなければならないのだろう」「お父様が倒れたりしてしまうから」「私に出来るはずが無い」「助けて、私を助ける英雄様よ現れて下さい」そう思っている事を。私はね、ほんの少しだけ心の影をつついてあげるだけなんです。それだけで、ほらこんなにも素敵な国になったでしょう。あはははははッ】


 そういって心底楽しそうに笑い続けるシャイドに吐き気を催すほどの不快感と嫌悪感を感じた。 

 

 ――落ち着くのです。こいつは私を怒らせて冷静さを失わせようとしているだけ。もう二度と同じ醜態は晒さない。

 最初にシャイドの正体を見て、動けなくなってしまった時のような醜態は……仮に先ほどの話しが真実だとすると、あの時、私も心の影とやらを引き出され、それで私はあーいった醜態を晒してしまったと言うことでしょう。

 だが、人の心に影があるのは当然で、恐らくこいつは姫様の御心を曲解してこちらに伝えているのだろうと予想できる。

 確かに姫様にとって父親に倒れられ、突如として上がってしまった姫としての責任に辟易 〈へきえき〉してしまったり、頼れる男性という立場の者が周りに少なく、英雄を夢見る事だってあるかもしれない。だが、それを無理矢理に引きずりだしてこれが人の本性だと、そう決め付けるのは、あまりにも浅慮 〈せんりょ〉に過ぎる。

 ここは、逆に姫様がそういった悩みを抱えている、と悟れたのだと良い方に捉えましょう。シャイドをどうにかした後で、私が姫様をお支えしていけば良いだけなのだから。


 シャイドの言葉に動揺することも無く、自らの心を固めていく。そんな私をの様子を見てシャイドは心底つまらなそうな声を出す。


【これだから貴方は城から追い出すしか手立てが無かったのですよ。つまらない女に戻ってしまったようですねスケイリル。

 暗殺しようにも簡単にはいかず、影をつつこうにも心が硬い。嗚呼、まったく、面倒臭い人ですね……いえ、面倒臭い人達ですね】


 そう言い直したシャイドの元に、リーンの魔法が飛び、カルガン男性が殴打し、ドラゴニアンの方がその異常な膂力で金属箱を振り回しシャイドの右半身を吹き飛ばす。

 どの攻撃もやはり効いてはいないようだが、さしものしつこさに。シャイドもうんざりとしている様子だった。


【はぁ、まあ力が抑えられている今の私では、どうにも仕方ないといった所でしょうか。ライラの使っていた『リジオンクリスタル』が壊されてしまったせいで、この辺りの領域が無くなってしまいましたし……やはり百年程度では若すぎたという事でしょうか。リズとラズの方も忌々しいあの女の影響が無かったわけではありませんし。

 まあ今回はどうやら一人穴を埋められそうでなにより……これで報告の際怒りを買わずに済みそうです。どちらにせよ余り目を離す訳にも……】


 ブツブツと一人で呟いているが、固有名詞が多すぎて、言っている意味の半分も理解が出来ない。

 だがシャイドが力をまだ隠している、と言う事は理解でき、私としては余り信じたく無い話でもあった。今でさえ決定打を何も与えられていないのに、更に力を増されたら本当にどうしようもなくなってしまう。


 だが相変わらずシャイドはこちらに興味がないようで、あらぬ方向に顔を向け延々と呟き続けていた。


 ◆◆◆◆◆


 俺の眼前で狂ったように笑い続けるクロムウェル。

 最後の一撃、という所まで追い詰めた筈なのに。攻撃が当たる直前クロムウェルはその身体を変化させ変質させていった。

 肌と髪の全てが灰を被ったかの如く灰色に染まり切り、その皮膚の所々にヒビ割れのような亀裂が走っている。

 瞳は濁った血液のように赤黒く濁り、爛々と輝くその瞳からは理性の色が薄れ、殺意と狂気が渦巻いていた。


【ヒヒヒヒッ、くく……ははッ。嗚呼アア嗚呼ッツ!!】


 雄叫びを上げたクロムウェルの周囲から、暴風の如く荒れ狂い叩きつけられる悪意の塊。

 その悪意は獄級の主、とまではいかなかったが、非常に良く似た物だった。


 何かを掴みとる様に腕を天に伸ばし、顔を中空に向け未だ叫び続けるその間もクロムウェルの変化は止まらない。ビキビキと硬質な音が響き、クロムウェルの額から、ミスリルにも似た灰銀色の金属光沢を放つナニかが生え出してきていた。灰銀色のナニカはそのまま額と顔の両脇を覆っていった。その形はどこか兜の様で、冠の様にも見える。

 徐々に身体に起こっていた変化が収まり、ピタリと雄叫びを止めたクロムウェルは、静かにゆっくりと目を閉じ、静まり返る。

 ピクリとも動かないクロムウェルのその姿を見て、まるで彫像にでもなってしまったのかと錯覚を覚えた。だが、動かぬ体から今も滲み出る凶悪な気配がその錯覚を否定する。


 何なんだ急に、本気で洒落になってねーぞこれ。

 

 肌で感じるクロムウェルに対する恐怖は、生物に必ず備わっている生存本能。

 油断してはいけない。侮ってはいけない。こいつは、先ほどまで追い詰めていたクロムウェルとは全く別物だ。

 最大限の警戒を、最悪の状況を想定しろ。あいつの力の片鱗は先ほど既に垣間見えている。止めの一撃を放ったあの時……あれだけ速度を乗せた槍斧を、容易く素手で殴り飛ばされ一瞬で位置をずらされた。その力は凄まじく、握っていた俺の肩ごと千切れるのでは無いかと思った程。


『相棒……こうなった理由などわかりませんが、この状況ただ事ではありません。少なくとも簡単に勝てそうには無くなった、と思って下さいっ』


 ドリーの言葉に頷き返事を返す。どうやらドリーも俺と同じくかなり警戒しているようだ。

 しかしクロムウェルは一体どうなっちまったんだ。

 肌の色、あの瞳、そしてあの気配といい……かろうじて人の形を保っているが、あれは既に人間と呼んで良い者じゃない。

 そう、あれではまるで……獄級の主じゃないか。


 くそっ、そんな馬鹿な事があって言い訳無いだろ。少なくともクロムウェルは先刻まで人間だった筈じゃないか、それが何であんな事になってるんだよ。

 仮に、クロムウェルが獄級の主と同じような存在になっているとしたら、主ってのはもしかしたら元々人間だったりするのか? 

 いやいや、幾ら何でもそれは少し考えすぎだ。落ち着け、冷静になるんだ。この少ない情報で早期に判断した所で、命取りになりかねない。

 一先ず最悪の状況だと考え、クロムウェルは獄級の主と同じ存在に変化している、とだけ想定しておこう。

 侮って殺られるよりは百倍マシだからな。


 あまりの事態に思考をグチャグチャかき回されたようで、中々混乱が収まらない。

 だが、流石に警戒を緩めるような馬鹿な真似はせず、静まり返り動きを止めているクロムウェルから視線だけは外さなかった。


 ゴギィ……ギギィッツ。


 今までピクリとも動かなかったクロムウェルが突如首だけ回し俺に顔を向けた。

 視線が交わい、その狂気の瞳に思わず寒気を感じ、反射的に武器を構えて後ろに下がる。

 俺の動きを特に気にもせず、ゆっくりと身体をこちらに向けるクロムウェルは、静かに朗々とした声音で俺に向かって語りかけてきた。


【これでわかったでしょうメイ・クロウエ。やはりこの私こそが英雄……この溢れ出る力が何より証なのだから。

 既にどちらが英雄なのかはハッキリとしました。ですが、クロウエ……嗚呼、クロウエクロウエクロウエ。

 貴方だけは、貴方だけは絶対に生かしておく事など出来ない。貴方だけはこの私自身の手で始末しなければ気が済まない】


 そう言って歪んだ笑みを浮かべるクロムウェル。

 先ほどとは違い、どこか余裕を感じさせる静かで落ち着いた態度を見せてはいたが、やはりどこかが歪み狂っていると感じた。


 もうきっと、今のこいつには何を言っても無駄なのだろう……。

 元々俺はクロムウェルの事なんて嫌いだ。大嫌いだと言っても過言じゃない。

 こいつのせいで巻き込まれたくもない面倒事に今こうやって巻き込まれているし、殺人容疑で牢屋に放り込まれたりと、嫌な目にしかあっていない。

 ――だが、ここまで変わり果ててしまったこいつを見ていると、少しだけ、ほんの少しだけ同情してしまった。

 


「クロムウェル」【クロウエ】

 

 返す言葉が重なり、お互いがお互いに武器を差し向ける。


「俺はてめえが大嫌いだッ」【私は貴方の存在が憎いッ】


 蹴りつけた地面を砕かんばかりの力を込めて身体を加速させる俺とクロムウェル。

 先ほどまであった距離など一瞬で消し飛び、全力で振り下ろす俺の槍斧とそれを迎え撃つクロムウェルの二刀が重なりあう。


 ――ギッィィイイン。


 大通路に響き渡る金属音。

 ギチギチ、と目の前で武器同士が噛み合い、全力で押し合う。


 っち、水晶平原で強化された槍斧の強度と切れ味なら、真正面からかち合えばあの武器位ならへし折れると思ったんだけどな。剣の色が少し変わっているみたいだし、まさか武器まで強化されてんのか?


 眼前に見えるクロムウェルの二刀は、先ほどまでとは色合いが異なり、よく見ればその刀身に灰銀色の薄い膜が覆っているのが確認できた。

 

 そ、それにしても。こりゃ駄目だ、力押しじゃ敵わなくなってる。


 勢いを乗せて打ち合ったまでは良かったが、いざ押し合いになると、どうにも力負けしてしまっている。先ほどまでは身体能力だけなら勝っていたのだが、どうやらその力関係は逆転してしまっている様だ。

 幾ら力を込めても押し負けてしまい、俺を切り刻もうと迫る灰銀の剣。


『フィジカル・ブースト』


 形勢を見て拙いと思ったのかドリーが強化魔法を掛けてくれる。押し負けそうになっていた身体に力が湧き、全力を込めて押し返す。いきなり俺の力が増した事に多少驚いたのか、クロムウェルの力が一瞬だけ緩んだ。


「ガアァッ!」

 その隙を逃さず力任せに武器を弾き、一旦距離を取ろうと後ろに下がろうとする、が。


【逃さんッツ】

 俺の動きを見て後退を読んだのか、クロムウェルは右剣で追撃の突きを放ってきた。

 凄まじい反応の早さに驚きはしたが、それを敢えて無視。そのまま動きを止めずに後退を続行する。

 

 大丈夫、ドリーなら何も言わなくてもわかってくれる。


『そちらこそ、そんな真似はさせませんっ』

 すかさず俺の動きをドリーがフォローし、ダガーナイフを投げ続けクロムウェルに牽制をいれる。


 追撃してきたクロムウェルだったが、自らに放たれたダガーナイフに気づき、その動きを止め残った左剣で迫るナイフを弾き飛ばしていく。

 クロムウェルの動きが止まったその隙に、できるだけの距離を稼ぐ。

 瞬きをする暇さえ無かった状態から解放され、呼吸を整えほんの少しだけ安堵した。

 ドリーのお陰でどうにか距離は取れたが、正直今の一連の流れだけでも既に冷や汗が止まらない。


 駄目だ、先刻と段違いじゃねーか。これは無理だ、力押しはすっぱりと諦めるしか無い。

 

 今の強化した身体能力でも真正面からクロムウェルと打ち合えば負けてしまうのは分かりきっている。

一転して不利な状況になってしまったのはきつい。だが、それと同時に多少はマシかな、と思える要素が一つ判明したのは幸いだったと言えるだろう。

 ――クロムウェルに、獄級の主程の強さは無い。

 先程からもしやとは思っていたが、実際武器を交えてみて確信できた。もし獄級の主程の力があるなら、押し合いなど勝負にすらならなかった筈だ。

 肉沼の主も水晶平原の主も、真っ向からの力押しなんて通じる気すら起きなかったしな。まだ完全に変化しきっていないせいなのか? 確かに他の主に比べたらまだ人間味が残っている気がするし、そう考えると多少は納得がいく。


「でも、確かにマシかもしれないけど、ほぼ化物じゃないか。なんでこう縁があるかね、あーいうのと」


 俺としては全く会いたい等と思っていないのに、最初に一回、肉沼で二回目、グランウッドで爺と水晶平原で主、そこに今回だ……勘弁してもらいたい。

 あれ、爺は数えていいのかな……いや数えるべきだろ、超爺だし。


 そこまで考えた所でクロムウェルの様子が可笑しい事に気がついた。先ほどまでの余裕を滲ませた歪んだ笑みなど、一瞬でどこかに消え去り、身体を震わせ、怒りの表情を滲ませながら、ブツブツと呟き徐々に声を張り上げる。


【私が化物? 違う、巫山戯るなッ。化物なんかじゃない……私は、人間なんだ英雄なんだッ。

くそ、糞ッツ。消えてしまえ、私を認めない者など全て、全て全てッツ】


 あれ、なんかやばくないか。もしかして俺、地雷踏み抜いたか?

 

 俺の言葉で突如豹変したクロムウェル。その異常な様子を警戒しながら眺めていると、不意に周囲に違和感を見出す。

 クロムウェルがいる場所の周辺、三カ所程の空間が歪み、そこに白く発光する光が集まっていた。


『相棒、私なんか非常に嫌な予感がしますっ』

「そうかドリー奇遇だな、実は俺もなんだよ。というか、取り敢えず逃げるぞッ」


 収束していく光の奔流に激しく生命の危険を感じ、何も考えず全力でその場から逃げ出す。


【消えてしまえ、消えてしまえ消えてしまえッツ】

 クロムウェルが雄叫びを上げた瞬間、三カ所の歪みに集まった光が一本ずつ俺に向かって発射された。

 

「うおおおお、危ねぇッ」『ぬふぉおお、とんでもねぇですッ』

 光が発射されたのを確認した瞬間、全力で右へとダイブする。


 ――キュゴォッツ。

 奇っ怪な音と空気をビリビリと振るわせる衝撃が身体に響き、俺が先ほどまで居た空間が丸太ほどの太さがある三本の光線に蹂躙されていく。

 三本の光線は角度を変えながら、柔らかい泥を指で抉り取ったかの如く、石材の床を容易く半円状に繰り抜きその爪跡を残していった。


【アハハハッヒヒヒヒ、私が正義だッ。英雄である私が正しいんだ】 


 笑いながら右手の剣の切っ先を必死で避けているこちらに向け、あたり構わず乱射してくる。

 

 訳が分からん。情緒不安定過ぎるだろこいつ。というかこれは近距離で戦っていたほうが全然マシだったんじゃないのか?

 

 この攻撃見た所射程の程は大した事が無いらしく、ある程度の距離が離れると途端に威力が落ちているのが、えぐり取られた地面から読み取れる。かといって、距離を余り離し過ぎてもこちらからの攻撃手段が無くなり、結局なすすべなく避け続ける事しか出来ない。

 どうやら光の発射口である歪んだ空間は固定されていて動かせない様で、近距離戦に持ち込めば自らを巻き込んでしまう恐れがあるあの攻撃は迂闊には使えなくなる筈。

 距離を離したのは失敗だったなと判断し、乱雑に撃ち込まれてくる光を避け、掻い潜りながらクロムウェルとの距離を詰めていく。


 ――単純に真っ向から戦っても押されてしまうし、せめて攻撃力だけは上げておかないと。


『エント・ボルト』


 槍斧の攻撃力を少しでも上げたかった為、エントを掛ける。慣れ親しんだ雷撃の音と光が武器にかか……らなかった。

 シュウ、という妙な音と共に雷撃が槍斧に吸収され、消えてなくなる。多少の違いといえば心なしか刃先などの色合いが明るくなっている気がする位だろうか。

 え……何これ、意味が分からないんだけど。も、もしかして、この武器ってエント・ボルト掛からないのか? この状況でそれは無いぞ、勘弁してくれ……やっちまった。こんな事なら試しておけば良かった。

 

 水晶平原で敵が雷を吸収していた姿は勿論今でも覚えている。そしてそれを疑問に思いリーンに「水晶製って雷属性吸収するの?」と聞いた所「ジムの作った槍じゃないんだから、そんな事ある筈無いじゃない」と言われ、ジムって凄いんだなーと間抜けな感想と共にその後気にもしなくなり、いつか爺に怒られるんじゃないかと恐怖しつつも、自分の中ではただ頑丈で切れ味が凄い武器で、これで壊れる心配はなさそうだし良かったなと満足していた。

 それに、水晶平原で武器が変質してから、エントを使うほどの強敵など一度も現れず、そして戦闘のほとんどがドランの修行に持っていかれ機会など無かったと言うことも大きかった。

 ――キリナさんとの戦闘だって相手が雷のエントを掛けていた所為で、効果が無いと思い使えず、都市に入ってからは内部でエントの練習する訳にもいかなかったしな。

 

 今さら後悔しても遅い話で、俺の手持ちの札が一枚無くなった事実には変りない。

 

 俺の武器にエントを掛けるのは諦めよう。でもせめてドリーの武器なら。


「ドリー、ナイフをこっちに向けてくれ」

『了解ですっ』


 槍斧を左手に持ち替え、右手で差し出されたナイフに手を添え、エント・ボルトを掛けていく。

 流石に今度は吸収されるなんて事もなく、無事にドリーのナイフにエントが掛かり、その青い刀身にバチバチと雷撃を纏う。それを確認して思わず安堵でため息が漏れた。だが、今はそんな事で集中力を乱す訳にはいかない、と自分をたしなめ集中しなおす。

 既にクロムウェルとの距離は縮まっていて油断などしていられる状況では無いのだから。


 全速力で接近してくる俺を見て、クロムウェルは今まで撃ち出していた攻撃を止める。どうやら接近戦はクロムウェルにとっても望む所だったようで、俺を迎え撃つ構えを見せる。


 小手調べに先ずは左から薙ぎ払い。

 だが、それなりに力を込めて放ったにも関わらず、片腕で易々と止められ、右からの突きを返される。

 その突きをドリーが逸らし、ナイフが接触した瞬間クロムウェルの武器にエントが流れこんでいった。クロムウェルは一瞬だけビクリ、と身体を硬直させるも、無理やりに身体を動かしこちらを攻めて立ててくる。

 駄目か、エントはしっかり掛けていたはずだけど、あんまり効いてる様子が無いな。


【小賢しい真似をしてくれますねクロウエッ。潔く死になさいッツ】

「ざけんなッ、誰がてめえなんかに殺られて堪るかよッ」


 強がりを言っては見たものの、エントを掛けたドリーのナイフは効果が薄く、俺の技術じゃ今のクロムウェルに攻撃を当てるのは難しい。ドリーと二人で攻め立てても、二本の剣をその身体能力と元々備わっていた技術で的確に動かし、難なく耐えきられる。

 本当に、どうすりゃ良いんだこれ。

 すぐに良い案など浮かぶ筈もなく、俺はクロムウェルの猛攻を耐えながらどうにか反撃を返して打開策を探っていった。

 



 特に打開の手も見いだせぬまま、苦しい戦いが続いた。

 

 先程から攻撃のタイミング、斬り込む箇所、ウッド・ハンドなど魔法での奇襲と、色々変化を付けて攻撃し続けてはいるが、どうにも全く当たらず、次第に打つ手が無くなり防御一辺倒になってしまっている。


 容赦無くこちらを殺そうとしてくるクロムウェルの攻撃を延々とドリーと二人で捌き続ける。だが、致命傷はどうにか避けられてはいるものの、徐々に身体にクロムウェルの攻撃が当たり始め、ガリガリと体力、気力共に奪われていく。

 

 身体能力も上で技術まであり、離れたらあの攻撃が飛んでくる。獄級の主を相手するよりはマシとはいえ、俺一人では荷が重すぎる。かといって遠くに見えるリーン達の方も、かなり手こずっている様子で、手を借りれそうにも無かった。


 拙い、このままじゃジリ貧だ。どうする、どうすればいい……畜生ッ、何も手が思いつかないッ。

 

 猫にいたぶられる鼠の気持ちが今ならよくわかるかもしれない。徐々に浅く切り刻まれ、断続的に続く痛みに俺の心は徐々にだが落ち込んでいく。これが長時間続けばいつかは折れてしまいそうだと、先行きの暗さに眉根を顰め、顔を強張らせてしまった。


『相棒……私がついています。だから、だから諦めないでくださいっ』

「ああ、大丈夫だドリー。俺はまだ大丈夫だから……」


 ドリーの言葉にどうにか返答を返したものの、上手く返事が出来たか今の自分では分からなかった。

 傷つき続ける身体に、時折ドリーから回復魔法が掛かる。だが、下位の魔法でしか無い為治る速度が到底間に合わず、キリキリと痛む全身と流れでてしまった血液のせいで、頭が少しだけぼやけてくる。

 やはり、幾ら魔法であっても失った血液までは戻らない。

 このまま血液を失い体力を失い続ければ、打開の方法を考えついても身体が動かないという事態になりかねない。

 

 くそ、せめて……せめてあの二刀の剣をどちらか一本でもどうにか出来れば勝つ事だって出来るのにッ。


 基本的に俺が得意としているのはドリーと二人での連携戦闘。

 普通なら槍斧で攻撃を防いでしまえば反撃するのに若干の時間が掛かってしまう。だが、俺はドリーが届く範囲であれば防御を任せ攻撃に集中する事が出来る。そのお陰で他者に比べて圧倒的に手数を多くする事が可能になり、今までどうにか格上とも戦えていた。

 だが、今のクロムウェルは俺の攻撃を片腕で止められる程の力を手に入れてしまっている。そのせいで手数という優位が無くなった、とまではいかないが、かなり薄くなってしまっていた。

 正直、ここまで凌げてきたのだって、変化前にクロムウェルと交戦していて、ある程度動きの癖を覚えていたからでしかない。


 だがそれにだって限界がある。気力も体力も無限ではないのだから。

 

【ハハハハッ……消えるんだ消えろッ。クロウエ】

「――ガアッ! くそ、畜生ッツ!」

 

 左肩にクロムウェルの放った突きが深く刺さる。直ぐに後方に下がり抜いたが、これで更に血を流す事になってしまう。心なしか身体までふらついてきている様だ。だが俺がそんな状態だろうと、クロムウェルにとっては関係のない事。先ほどから繰り返される猛攻は未だ止まらず、攻撃を受ける機会は増え続け、俺の動きは益々鈍くなっていく。

 その様子を見て、俺の限界が近いと悟ったのか、ドリーが真剣な声音で俺に向かって語りかけてきた。


『……もし、どうあがいても勝てないと思ったのなら、迷わず逃げて下さい。いざとなったら私の命に変えてでも……相棒が逃げ出すくらいの隙を作って見せます』


 その言葉に心臓を杭で貫かれたような、魂を直接引き裂かれたかの様な痛みを覚える。まだ失っていないのに、ドリーを亡くした訳でも無いのに、何故か過剰に反応してしまい、身体が震え、涙がこぼれ落ちそうになった。

 だが……それと同時に今まで落ち続けていた気力は強引に引き上げられ、俺の心に闘志という名の炎が灯る。

 

 ――俺がそんな事させる筈が無いだろうッ。ドリーを死なせる様な真似許す筈がないだろッツ!

 

 怒りが溢れる。こんな状況に陥ってしまった自分の力の無さに、ドリーにあんなセリフを言わせてしまった不甲斐なさに、その怒りが気力に変わり、失った体力の代わりに身体を支える。

 

 ぼんやりとしていた視界も重く澱んでいていた頭も、今は清々しいまでにスッキリと鮮明になっていた。

 回せ回せ、思考を加速させろ。打開の手を探せ、勝負を諦めるな。

 ピンチなんていつもの事だ、相手が格上だろうと、ドリーと共に切り抜けて来たじゃないか、諦めたら勝てる戦いも勝てないッ。 

 既に俺の中には悲壮感などは無く、落ち込んでしまっているドリーにわざと怒ったように声を掛けた。 


「ドリー、お前の相棒は世界一なんだろッ。それがこの程度で負ける訳ないだろうが、つまんねー事言ってんじゃねーよッ。

 ここからが本番だ、気合を入れろよドリーッ」


 勝手に妙な覚悟を決めているドリーを叱り、自信満々な表情を作って、まだまだいけると虚勢を張る。


『――ッツ!? は、はいっ! そう……そうですっ世界一なんですっ。えへへ、すいません。怒られてしまいました。にゅへへ』


 俺の言葉にドリーは一瞬だけビクリと腕を震わせ、その後、嬉しそうな声音で怒られてしまったと笑っていた。

 ドリーの気持ち事態は嬉しかったけど、それで生き残っても俺はちっとも嬉しくなんて無い。

 逃げるなら一緒に、生き残るのも一緒にだ。


【何をごちゃごちゃとッ。勝ち目が無いのはもう分かっているでしょう。なのに、なんでそんな表情が出来るッ。

 気に入らない、やはり貴方は気に入らないッ】


 そう言って、クロムウェルは更に激しく攻撃を加えてくる。その殺意の篭った一撃を多少強引に避け、薄皮を切られながらも反撃を入れていく。

 傷ついたって構うものか、痛み位抑えこんでやる。

 

 全力で振り下ろした槍斧は、クロムウェルの右剣で防がれ、返す石突きは左剣で逸らされた。攻撃終わりを見逃してくれる筈もなく、クロムウェルからの反撃が俺に向かって振るわれる、が。右払いをドリーが弾き、真下からの切り上げを、斧と槍先の間で受け止め、こちらも相手の攻撃を防ぎきる。

 先ほどまでの一方的な展開とは違い、一閃ごとに互いの命を全力で狙い合う連撃戦。

 武器同士が真っ向からぶつかり合う金属音。その音が、辺りの空間を塗りつぶすかの如く連続で響き渡っていく。


 ――でもこのままじゃ拙いんだよな。今はいいけど、このままこれを続けていけば先に体力が尽きるのは間違いなくこっちだ。

 まあ、攻撃をしていき、せめて情報を集めていかないと、攻略の手立ても見つからないから仕方といえば仕方ないんだが。

 これが変化前だったら、槍斧を全力で振るえば身体能力の差で押していけたんだが、今じゃ技術はそのままであっちの方が身体能力まで上だもんな……。

 と、そこまで考えた瞬間……何かが脳裏に引っかかる。今の状況では打つ手もないし、藁をも掴む気持ちで、再度思考を繰り返し違和感の正体を探しだす。


 技術が同じ? でもどうせ向こうの方が上なんだから別に引っかかる事なんて。

 ――あれ? いやいや、ちょっと待てよ。動きや技術、癖なんかも同じじゃないか? じゃなかったら今まで凌いでこれた筈が無いし……もしそうなら、上手くいけば、やれるかもしれない。


 脳裏に閃いた打開の一手。俺は確認の為、クロムウェルの右肩に向かって槍斧を振り下ろす。

 ――確かこいつ前だったらこの角度から振り下ろせば右剣で斜めに受けて逸らしてきたはずなんだけど。

 頼む、お願い、と。祈りながら俺は少し前に戦った記憶を引っ張り出しながら、クロムウェルの動き一挙手一投足見逃すまいと目を凝らして観察する。

 すると俺の願いが通じたのか、クロムウェルは予想通り槍斧を右剣で斜めに受け逸らす。その姿が俺の記憶にあるクロムウェルの姿とピタリと重なる。

 他にも何個か記憶にあるクロムウェルの姿を思い出しながら攻撃を加えてみると全て同じよう記憶にあるクロムウェルの動きと重なっていく。

 

 ――間違いないッ。こいつ、理性が薄くなったせいか、前の技術を感覚的に使ってしまっているんだ。

 

 今までの様子を鑑みても、恐らくクロムウェルは今非常に情緒が不安定になっていると予想できる。普通なら理性が薄くなったりすれば剣を振る動き等に粗が出てくると思うのだが、今のクロムウェルはしっかりとした技術を使い、剣を扱い戦闘をこなしていた。

 その辺りは流石一級走破者と言うべきか、長年かけて身につけた技術が、理性を失った今でも身体に染み付いているのらしい。だが、感覚的になり過ぎているのだろう、今まで気が付かなかったが、動きが重なりすぎていて、酷く行動が読みやすい。

  

 今までのクロムウェルの動きを脳裏で再現し、印象に残っている場面を思い返す。脳裏にこびり付いていた一つの流れが頭に蘇り、俺はそこにこの勝負を賭ける決意を固めた。

 クロムウェルに聞こえないように小声でドリーに声をかけ、一連の手順を伝える。


『任せて下さい相棒っ』


 よしよし、任せるぞドリー。

 俺は先ずその流れまでクロムウェルを誘導していかないと、ばれない様に、わざとらしくならない程度に。


 攻撃を避け防ぎながら、クロムウェルにばれない程度に自らの喉元に隙を作っていく。隙だと判るようなものでは無く、ほんの少しだけ攻撃がし易い程度に。

 暫く打ち合い続けていると、クロムウェルが待望の右手での突きを俺の喉元に突き込んでくる。

 その突きを上半身を逸らしながら避ける。すると決まった流れかの様に、クロムウェルが残った左剣で俺に向かって振り下ろしを放とうとしてきた。

 俺は右手で槍斧を背後に回し身体を支え、そのまま右足をクロムウェルの顎に向かって蹴り上げる。


 ここまでは予定通りだ、しかし、お前にこんな事を願うのは可笑しいかも知れないが、信じているぞクロムウェル。


【ヒヒッ、クハハッ。馬鹿が二度も同じ手を食う訳が無いでしょうッ、余り私を舐めるなクロウエッ!】


 そう言うと、クロムウェルは振り下ろそうとしていた左腕を即座に引き戻し、蹴り上げた足を受け止めた。ブーツの前面に貼られているミスリル部分と剣がぶつかり合い、辺りに甲高い音が響く。

 喜悦に顔を染めあげたクロムウェルは、先ほど突きを放った剣を高く上げ、俺に向かって振り下ろす。


【勝った……勝った。やはり私の勝ち。アハハハッ、ヒヒ、死ねクロウエッ!!】 


 ――掛かったッツ!!


「ドリーッ」

『あいさっ』


 ギャリィィィンッ。


 クロムウェルの放った右手での振り下ろしは、俺の『左肩に居る』ドリーによって受け止められた。

【なッ!? 馬鹿なっ。何故使い魔がそこにッツ】

「はは、ドリーが左肩にいちゃいけない理由はないだろ?」

 

 単純な話、身体を逸した際に、右腕を振り上げたのは身体を支えるためでもあるが、ドリーの姿をクロムウェルから隠す為でもあった。そして、その間に逆の肩に移動しクロムウェルの攻撃を待って背中付近に張り付いていたというだけだ。器用なドリーならではの芸当だろう。

 そして俺はお前を信じていた、お前には同じ手は通じないだろうと、必ず俺に魅せつけるように蹴りを受け止めてくれるだろうと。

 躱されたり、逆の手で攻撃をされていたら実際かなりまずかった。まあ、態々左肩に攻撃を仕向けるために隙だらけにしておいたので、まんまと釣られてくれたみたいで何よりだ。

 勝ちを確信していたクロムウェルは、防がれた事に動揺し、少しだけ動きが止まる。


「オラアアアアアッツ!!」

 直ぐ様クロムウェルに受け止められていた右足を引き戻し、身体を捻りながらドリーが受け止めている剣の柄、クロムウェルの右手を全力で蹴り飛ばす。 


【――グッ!?】

 俺に思い切り剣を握った手を蹴飛ばされ、クロムウェルは声と共に剣を手放してしまい、そのまま蹴り飛ばされた剣は宙を舞う。

 クロムウェルは直ぐに剣を回収しようと動き出すが……もう遅い。


『アイビー・ロープ』

 ドリーの伸ばした蔦のロープが宙を舞った剣を巻きとり、今度は逆方向に放り投げる。

 クロムウェルは思わずそれに反応してしまい、無理矢理身体を捻って多大な隙を生んだ。


『ウッド・ハンド』

 そこを見逃さず、のけぞった俺の真後ろ。地面から樹木の手が生え俺の背中を押しだし、俺はその力を利用して一瞬で身を起こす。

 多分このまま普通に攻撃してもクロムウェルはギリギリで受け止めてくる。なら一本の剣で受け止められない程の連撃を叩きこんでやるだけだッ。

 受け止められないほどの連撃と考えれば、直ぐに俺の脳裏で浮かんでくる光景があった。

 俺は鮮明に覚えている。戦闘で人の動きを盗みたいとあれほど思い、脳裏に焼き付けたのは初めてだったからだ。

 理想の動きを思い出せ、全力であの動きを再現しろ。強くなるんだ。ドリーを守れる程にッ。


「喰らいやがれッツ!!」


 若干槍斧を短く持ち、身体を右周りに回転させ、俺が胴に一撃目、続いてドリーが首に、そして俺が足と順番に高速の三連撃を放つ。

 クロムウェルは雄叫びを上げながら強引に身体を動かし、残った一本の剣で攻撃を受ける。

 

 ――ギギィッギィィン。


 全て受けられ逸らされてしまうが、この連撃はこのままじゃ終わらない。

 三連撃からの回転をそのまま利用し、力を縦方向に変化させ左上段からの切り落とし。それをクロムウェルはギリギリで身を引いて避ける。だが、ドリーが前に付き出した左肩から、ナイフで切り上げ、それを追う。

 クロムウェルは咄嗟に剣を引き寄せナイフを受けようとするも、無理な体勢になっていた為力が入らず剣をそのまま跳ね上げられ、多大な隙を晒す。

 しいていうなら劣化水連晶撃といった所か。自らが体験したこの連撃。俺一人では無理だがドリーがいたお陰で、自分なりに再現できた。これをあの片手剣一本で防ぎきるのは流石のクロムウェルといえども厳しいだろう。


「――お前の負けだよ、クロムウェル」


 既に上段に振り上げられていた槍斧を、クロムウェルの左肩から袈裟懸けに斬り下ろした。

 

【あり得ない、そんな馬鹿な事。――――ッツガアアア!!】


 短く叫びを上げクロムウェルはゆっくり地面に倒れる。ドクドクと地面に流れ溜まっていく血液は赤く、人間と同じ色をしていた。

 まだクロムウェルは生きている様で、うめき声を上げながらも俺に向かって怨嗟の言葉を吐き続ける。

 

【ギィッ……ハァハァ。クロウエよくも、よくもッ。絶対にお前だけは絶対に、ガ嗚呼アアッ】


 その怨嗟に染まりきった表情と声音に俺は背筋に薄ら寒いもの感じてしまった。


 ――こいつは生かしておいたら駄目だ。絶対にここで殺しておかないと。

 今はまだ、クロムウェルは獄級の主よりも弱いが、もし生かしておいたら確実に強くなり、俺を狙ってくる。根拠は無いに等しいが間違いなくそうなるだろうと俺は確信していた。

 そんな危険を後に残すなんてあり得ない。クロムウェルを殺す覚悟なんて、戦うとを決めた時に既についている。

 ゆっくりと槍斧を振り上げ、そしてそのまま、クロムウェルの首を目掛けて振り下ろす。


 ギチィィイ!

 

 だが、クロムウェルの首目掛けて振り下ろした槍斧は、突然地面から生え出した黒い影によって防がれる。クロムウェルの周りに現れた影はグチャグチャと形を変え、帽子を被ったシャイドの姿へと変化していった。

 シャイドは自らの足元に伸びた影を操り、クロムウェルの身体を掴み上げ、人差し指を立て俺に向かって指をふる。


【くろうぇ君、いけない……それは駄目です。私としても新たに生まれた獄の種。コレを殺されては困まるんですよ】


 あと一息と言う所で邪魔をされ、俺とドリーはシャイドを警戒しながら、武器を構え対峙した。







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