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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
肉沼の森
5/109

2−4


 太陽の明るさに目が完全に慣れ、深呼吸すると、穢れきった沼の空気とは段違いの清々しさに満ちた空気が肺に流れこむ。


 空気がこんなにも美味いものだとは思わなかった。


 右を見れば、木が生い茂り、緑の葉っぱが風に揺られているし。


 左を見れば、三メートルほどの幅の川があり、透き通った水が流れている。


 正面を見れば、剣や、槍、アックス、弓、などで完全武装している十数人の騎士みたいな人たちがこちらを睨んでいるではないか。


 え? なんだこれ。


 俺は周りの訳の分からない状況に改めて先程の声を思い出し初めた。


 モンスターだって? まさか俺の後を追って出てきた奴でもいたのだろうか。勢い良く振り返ると、先ほどの景色を見た後だけに、どん引きしてしまう光景が広がっている。


 まるでそこは地獄との境界線のように、突如世界が変わっている。


 綺麗な葉っぱが生い茂っていた木は、見慣れた人面樹になり、巨大なドーム型に隙間なく広がっている。透き通った水が流れていた小川は、そこから肉沼になり果て人面ドームに流れ込んでいる。


 俺が飛び出してきたであろう出口を見ると、想像していたような穴ではなく、巨大な顔が大口を開けて舌をデロリと出していた。巨大な顔は目をギョロギョロ動かしこちらを見ている。


 気持ち悪すぎるだろこれ。早く離れないと。一歩後ずさり、とりあえず騎士達がいる方向に向かおうとすると、騎士たちは殺気立ちながら俺に武器を向けてくる。なんなんだ一体……。


 一番先頭にいた目付きの鋭い精悍な顔をした騎士が盾を構え、一歩踏み出し俺に剣を向け、大声で語り出した。


「俺は【グランウッド王国】王宮騎士団、一番隊隊長『ブラム・ヴァチェスター』お前らモンスターなんぞに、この国をっ、これ以上荒らさせはせんぞ!」


 それを聞いて思わず慌ててしまう、何で俺がモンスター扱いされないといけないんだ。騎士に向かって〝待った〟を掛けるため両手の平を突き出し話しかける。


「ちょっと待ってくれっ、俺はモンスターじゃない人間だ、

見ればわかるだろう!」


 ブラムと名乗った騎士は、こちらに殺気を放ちながら、怒声をあげる。


「うるせえっ! 人間の言葉を真似て、こっちを惑わそうなどしても、てめえの姿を見れば一目瞭然だ。体に肉のヘドロをへばりつけて、肩から腕が生えた人間などいるわけねーだろ。あまりこっちを舐めるなよっ」


 その言葉に驚き、改めて自分の悲惨な姿を見回した、目と口以外は肉と血が入り交じったヘドロで全身が赤黒く染まり、髪の毛は前髪を上げていたため後方へと逆立ち固まっている。右肩からは人面樹と同じ黒く染まった腕が一本生えているように見える。


 もし俺がモンスターのいるエリアの前でこんな人物を見かければ、話なんて聞かず、一目散に逃げだしているだろう。


 地獄のような場所から命からがら逃げだしてきたのに、同じ人間に誤解され問答無用で殺されるなど、そんなアホ臭い死に方は絶対にしたくはない。


「これには訳があるんだっっ」


 必死に誤解を解こうと試みるが、ブラムは聞く耳持たぬとばかりに殺気を振りまき襲いかかってくる。


「逃がさないように包囲しろ、サイフォスっ後方から補助魔法で援護。アーチェっ、このヘドロが隙を見せたら撃ち殺せぇ」


 凄まじい勢いで、こちらに襲いかかりながら、指示を出す。その後の動きを見ると、後方の金髪ローブに杖を持った青年がサイフォスで、フードを被りこちらに向かって、弓をキリキリと引き絞ってる弓使いがアーチェだろう。



 そして一番聞き流せない情報が頭に残る。


 この騎士のおっさん今、指示を出すときに、補助魔法って言ったか? ってことは残念ながらやはりここは、俺のいた《世界》ではないのだろう、騎士の姿や時代遅れの『武器』といい『魔法』なんて物もあるようだ。


 ――それにしても状況が悪すぎる。素人同然の俺と、騎士団、さらには魔法まであるのでは戦力差は天と地ほどあるだろう。


「ドリー! 頼む、俺じゃ防ぎきれない。隙を見つけてどうにか逃げるぞっ」


 ドリーに声を駆け、俺は、背中の槍を抜き放ち後方に飛ぶ。ドリーはすぐさまナイフを抜き、ブラムに向かって突き出すように構えている。


『オーバーアクセルっ』


 サイフォスと呼ばれた青年が杖を掲げ、ブラムの背に向け振り下ろしながら、何らかの呪文を叫んでいるのが見える。杖の先から赤い球状の物がとび出すとブラムの体に赤い玉が吸い込まれた。あれが魔法かそれにしても何で仲間に向かって撃つんだ。


 ――――瞬間、走りこんでくるブラムの速度が跳ね上がる。


「なっ!?」


 迎え撃つタイミングを完全に外され、動揺してしまった。視界の端で何かが見えたと感じた瞬間、耳元から金属音が聞こえる。


 ――どうやら俺が動揺した瞬間矢を打ち込まれ、それをドリーがナイフで叩き落としたらしい。早過ぎるだろっ、全く気がつけなかったぞ。


 俺が音に気が逸れた一瞬の隙に、すでにブラムは目の前に駆けこんで来てしまっている。目の前のブラムは、すでに左手に持った剣を上段に振り上げて、今にも振り下ろさんばかりの状態だった。――しまった、これは避けられないッ。


 ――裂帛の気合と共に剣は俺の右肩に振り下ろされる。


「ぬりゃああああああ」

 

 し、死んだ、――だが俺の思考とは裏腹にドリーは順手で持ったナイフを手の平で、半回転させると逆手に持ち替えブラムの渾身の一撃をナイフで斜めに受け、その技量で受け流す。


 なんて器用な、――本当に頼りになる奴だ。何も出来ない俺に変わり、騎士団の凄まじい猛攻をドリーは全て受け切って見せた。すでに何度命を救ってもらったか、この小さな相棒は、そんな事など気にもしないと言わんばかりに、ブラムの猛攻を捌き続ける。少しでもドリーの加勢をしないと。自分に出来る事でいいんだ。


 俺はドリーの邪魔をしないように、リーチの有る槍でブラムの足元を狙い、動きの邪魔をする――さらにアーチェとの射線にブラムを入れ続ける。


 俺一人ならこんな事出来はしないが、俺はブラムの攻撃は見なくていい。アーチェの位置だけ確認して、できるだけ隙の少ない動きで足元を狙うだけ。


 何度かドリーの腕が届かぬ範囲に攻撃しようとしているようだが、それ見るとドリーは一気に攻勢に出る。ブラムも相打ちは嫌がり攻撃を止めている。いくらドリーが居ても、確実に相手のほうが強い。だがどうやら相手はこれから沼に入るつもりなのか、消耗するのを嫌がっている様子だった。


「ちぃ、めんどくせえっ、さっさと片付けてやる」


 俺達との小競り合いに飽きたのか再度、剣を振り上げ突っ込んでくる。ドリーがブラムの剣を流すが、ブラムは右手で盾を俺に押し付け、俺はそのままシールドバッシュで吹き飛ばされてしまった。


 鈍い音を立て地面に叩きつけられる。イテェっ、頭がクラクラする。だ、駄目だ動かないと。衝撃で身体が働かなくなっていると、俺とブラムの距離が開く瞬間を狙っていたのか、サイフォスの呪文が聞こえてきた。


『ウォーター・ボム』


 動けない俺に向かってサイフォスが掲げた杖の先から半径一メートルほどの水の固まりが放射線状に飛び、ブラムの頭上を越え、目の前に落ちてきた。


 ――サイフォスが放った水球が地面に触れた瞬間、水球は爆散し辺りに水を撒き散らす。俺はまた無様に吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。動かないと、逃げないと。このままじゃ……。


 体が痛みで動かない。だがその隙を見逃してくれる筈もなく、アーチェからの追い打ちが掛かる。


『フレイム・スワロー』


 目に映るは、引き絞った弓から放たれた6羽の炎燕が放たれ俺の元に飛来する光景だった。


 嗚呼、さすがにこれは無理だ……。


 体の痛みで満足に動けず、迫り来る魔法を眺めることしか出来ない。


「ちくしょおおおおおおおおお」


 無理やりに体を動かし、ドリーを庇うように体を丸める。せめて一回位はドリーの命を救ってやれたらいいなと、考えながら眼を閉じる。


 ――連続する爆発音が俺の鼓膜を打った。

 目を閉じ、来るはずの衝撃と炎に備えるが、何故かいつまでたってもそれが来る様子は無い。

 あれ、まだ生きているのか?

 不審に思い、ゆっくりと、体を起こし目を開く。


 目の前には炎が広がっていた。否、燃え盛るような――長く赤い髪だった。

 そんな赤い髪をもった、白い軽鎧の女騎士が、己の背丈より高いクレイモアを、両の手で構え、何故か俺を護るように立っている。

 

 状況が理解できず混乱してくる。この女の子が助けてくれたのだろうか、でも何で? そんな疑問が脳裏に沸いてくる。

 必死に状況を理解しようとしている俺の前で、その赤髪の女の子は、俺に襲いかかっていたブラム達に向かって怒声を上げた。


「私が少し居ない間に、隊長達は一体何をやっているのですかっ!!」


 目の前の女騎士は、大剣を背に直すと、ブラム達に向かって肩を怒らせ、勢い良く説教をかまし始める。

 こえーな、おい。

 俺が怒られている訳でも無いのに、思わず謝ってしまいそうになった。


「いや……リーン落ち着け。俺達はただそこのモンスターを」


 リーンと呼ばれていた女騎士は、俺の方を振り返り、座り込んだ俺を見ると躊躇いもなくこちらに近づいてくる。


 真正面から向き合った為、俺には彼女が良く見えた。赤く長いサラサラとした髪、白い肌、整った顔、鋭い目付き、身長は少々小さく、155センチ位だが、その体に似合わぬ、全長180センチ程の大剣を斜めに背負っている。


 こちらに近づくと、座ってる俺に合わせるようにしゃがみ込み、俺の頬を自分の袖でゴシゴシと擦り出し、俺の顔を確認すると振り返りブラム達を睨み付ける。


「どこがモンスターですか。少々汚れてしまって居ますが、れっきとした人間じゃないですか」


 ブラム達は驚き、改めて俺を見てさらに驚いていた。た、助かった。どうやら分かってもらえた様だ。でもなんで分かってもらえたんだ。自分の身体を見渡し納得する。


 ――――そう俺の汚れていた外見は、サイフォスの放った水球でほとんど流され吹き飛んでいた。


「い、いや、でもよぉ、ほらっ、そうだ! 肩に手が付いてるじゃねーか」


 焦っているのか必死で俺の肩を指差している。


 リーンがもう一度こちらを振り返り見てくる。――そこには座り込む俺と、話の流れを読んでさっさと肩から離れ、俺の隣で人差し指と薬指を足に見立て、タップダンスを踊っている黒い手がいた。


「……手など付いていませんが?」


 言われていない俺までもが凍り尽きそうな、低い声で責められたブラムは「てめーずりーぞ!」だとか「マジで、頼むもっかいくっ付け」などと騒いでいやがる。はんッ、ざまあないな。


 俺は腹を抱え爆笑し、ドリーはバンバン地面を叩いたあとブラムを指差して転げまわっている。


「ほらリーン、後ろだっ後ろ。あいつらこっちを馬鹿にしてやがる」


 俺たちを指差し、振向けと騒いでいるが、だが〝甘い〟リーンが振り向いた頃には、とっくに俺は正座して悲痛な顔をしているし、ドリーにいたっては三つ指なんぞついておとなしくしている。


 リーンは俺たちにだけわかるように――ニヤリと笑い、ブラム達に振り向く前にキリッと顔を戻している。


 ――――ふむ、こいつもなかなかいい性格してやがるな。


 そんな事を考えながらこんな時だというのに口元がにやけてくるのを堪えられなかった。やっぱり自分以外に人がいるのはこんなにも楽しい事だったのか。


 ――ひとしきりブラムをからかった後、俺は騎士団に事情を説明する事になった。




 ◆◆◆◆◆




 少し森が開いている場所を見つけ、騎士団全員そこに集まってもらい説明をする。


「――――とまあ、そういう事があったわけで、ドリーは俺の恩人?恩手?なんですよ」


 俺の言葉にブラムは口に手を当てて、ウームと唸なっている。


「もしその話が本当なら、獄級危険区域である、『肉沼の森』最奥からなんの装備も無しで、無事に生還したって事になっちまうんだがな」


 それのどこが悪いのか、顔をしかめ、胡散臭そうにこちらを見る。こっちがどれだけ必死で逃げてきたと思ってるんだ。


「あーまあ、大体そんな感じであってます、でも無事っていってもすごい苦労したんですからねっ!」


 後半部分は思わず興奮して声を荒らげてしまった、さすがにもうあんな目には二度とあいたくない。


「いや、だからすごい苦労した程度で抜けられる場所じゃないんだが、獄級ってのは」


 そんなに呆れた顔をしなくてもいいじゃないか苦労したんだ。


「あー所で、獄級ってなんなんです? わけわかんないんですけど」


 俺が質問すると、騎士団の皆様は信じられないとでも言わんばかりの顔をしている。


「なんでそんな事も知らねーんだよっ。常識だろうが」


 知らないものはしょうがない、だがブラムは訳がわからないと言う顔をして怒鳴ってくる。どうやって誤魔化すか。そうだ記憶喪失と言う事にしよう。それなら色々な事を聞いても大丈夫だよな。


「いや……実は沼の底での経験のせいか、気がついたら記憶が無くなってしまってたみたいで」


 ――俺は悲痛な顔をして、顔を俯かせて見せる。


「いや……すまん俺が悪かった」


 ブラムと、騎士団連中はみんな苦虫を噛み潰したような顔をしている。


 なに、この人達、滅茶苦茶ちょろいんですけど。簡単に騙されてくれて、とても助かった。ふと、リーンと目が合うと彼女は口をへの字にまげ、複雑そうな顔でこちらを見ていた。


 ――やばい、絶対バレてるなこりゃ。なんとなくリーンの顔を見てそう感じる。


 こういう時こそ、困った時のドリーさん、助けて!


 ドリーにアイコンタクトで合図を送ってみるが、ドリーは騎士団の女団員が振るねこじゃらしのような物をバッシバッシ叩いて遊んでいる。


 そうだった、あいつ目なかったわ……。冷や汗を流しながらリーンを見ると、彼女は特に何も言わず、ばらすつもりも無いのか静観を決め込んでいる。


「よし、こうなったら、なにかの縁だ、なんでも答えてやろう」


 俺の演技に騙され、さっきの罪滅ぼしのつもりなのか、ドンと胸を叩いて構えていた。いや本当助かるなこれは。


「じゃあさっきの級からいいですか?」


 応とも、と答え、説明をしはじめる。


「まあ簡潔に説明すれば、やばい場所の格付けみたいなもんだ、下から『四級危険区域』そっから三、二、一、と上がって行きその上に『獄級』がくるわけだな」


 つまり、危ない場所を特定して、危険度を付けているって事か。でも、そんなもんができる位いっぱいあるって事かよ……。つらつらと説明するブラムになんとなく気になり素朴な疑問を投げかけてみる。


「なんで獄級って言うんですか?」


 まあ多少予想も付くが……。


「単純な話だよ、俺たち人間にとってはまるで地獄のような場所しかねーんだよ獄級ってのは」


 やっぱりか。言われて納得してしまった。実際、あそこは本当に地獄みたいな場所だったしな。沼の事を思い出しブルリと身を震わす。


「今までも人間とモンスターとの小競り合いはずっと続いていたんだが、百年ほど前に獄級が突如出現したらしくってよ。その全部が他のエリアとは一線を画してんだよ。地形やなんかも変わっちまうし、雑魚はつえーし、嫌な仕掛けばっかりだし、獄級にはそこの場所ごとに、ボスクラスのモンスターがいるって話も聞くが、確認できる程深く潜った奴なんていないんだよ。たまたま浅い場所に出てきた奴を見たって話を聞くが、とんでもねーヤバさらしい」


 聞けば聴くほど行きたくない要素しかないな。


「それで騎士団連れて此処に討伐にでも来たという事か。しかし騎士団って言う割には数が少なすぎやしません?」


 俺の質問に、ぼりぼり頭を掻きながら、答えてくれる。


「まあ騎士団内部でも腕利きばっか集めたからな。下っ端ならまだいくらでもいるが、どうせ着いてきても犬死するだけだ。今まで獄級ってのはそんなに活発に活動してなかったんだがよ、ここ最近、急に各地で暴れだしたらしくてな、ここら辺りもあの糞忌々しいレギオンゴーレムに荒らされてな」

「レギオンゴーレム??」


 聞きなれぬ名前を耳にし、思わず聞き返えしてしまう。


「ん?沼の底から来たなら会わなかったか、顔と手がいっぱいついてる巨人だよ」


 その説明で沼で会った嫌な記憶が頭を過った。


「俺は勝手に肉巨人って名前付けてたもんで」


 俺の考えていた安直な名前を聞き、ブラムは笑うと「意外と似合ってるなその名前、とりあえず今日はここまでだ」と言って腰をあげると、騎士団連中を追い立てキャンプ地に向かっていった。


 

 一人残って頭の整理をしていると、ふと人が近づいてくる気配がする。振り返ってみると、そこには右手にお椀を持ち、左手を腰に当て困ったような顔をするリーンがいた。


「ここでずっとぼーっとして、何をしているのですか?」

「あー、特には決めてないよ」


 本当に何も決めていない。久しぶりに見た外の景色を眺めているだけで、落ち着くのだ。特になにする訳でもなく、ボケーッと景色を眺めていると彼女は俺に向かって椀をさし出してくる。


「何も食べて無いだろうと思って持ってきてみたのですが、食べますか?」


 言われてみれば、沼にいる間なにも食べてないし、飲んでもいなかった。いったいどれだけ沼にいたのかは、よくわからないが、今までよく平気だったもんだ。


「おーそう言われれば、そうかもしれん」


 彼女は不思議そうな顔をして、首をひねってこちらを見ていた。


 椀の中には干し肉やら、くず野菜がたっぷり入ったスープ。軽く臭いを嗅いでみるも、鼻が麻痺しているせいで、臭いが薄い。一口食べると、そこまで絶賛するほど美味くはないが普通に食べれる味だった。


「……泣くほど美味しかった?」


 俺の様子を見た彼女は、堅苦しい口調を崩し、微笑みながら俺の顔を見ている。


「泣いてないし、塩味が足りなかったから足しただけだ」


 別に特別美味かったわけではないし、今まで食べたことのないようなご馳走でもないのに、目からは涙が溢れ出る。今まで麻痺していた感覚が少しずつ蘇ってくる。嗚呼、そうか生きてるんだな……。


 ぐしぐしと鼻を啜ってから、一気に残りを掻きこむ。



「そういえば、食べ終わったら川にでも行って、体を洗ったほうが良いんじゃない? 服は団長に言って用意させるから、あなた、かなり臭うわよ」


 そこまで俺は臭いのか、リーンはうーっと顔をしかめ、鼻をつまんでいるではないか。失礼な奴だ。


 ――だがリーン言葉も一理あるなと思い直し、団長の下へ向かおうとすると、遠くから服の入った籠がカサカサ近づいてきているのが見えた。おおーブラム辺りが気を使って渡してくれたのかな。


「さすがドリー気遣いもバッチリじゃねーか」


 笑いながらそう言い、迎えに行こうとする俺にリーンは真面目な顔をして、聞いてくる。


「ドリーさんは、信用できるの?」


 俺にとっては下らない事を聞いてくるリーンに、分かりやすく教えてやる。


「あれ見りゃわかるだろ」


 俺が指さした先には服と、体を拭く布を籠に入れて、手の平に乗せ、根の足を使ってフラフラと危なっかしく歩いて来るドリーがいた。


 俺が言いたい事がわかったのか、それを見るとにっこり笑い手を差し出してくる。彼女の笑顔をみると結構人懐っこいやつなのかな、と思ってしまう。


「『リーン・メルライナ』リーンでいいわ、よろしく」

「『黒上 明』 だ、よろしく」


 とりあえず差し出された手は握らず名乗る。だって今握手するとなー。


「くろうぇ が名前?」


 慣れない名前のせいで発音が難しいのか、顔を顰めている。今の反応を見ると、名前が先で苗字が後なのかな。


「いや、メイが名前だよ」


 彼女は何度かぶつぶつと名前を反芻すると。


「じゃあ改めてよろしくね『メイ』」


「よろしくな『リーン』ただ握手は俺が体を洗った後にしてもらうと助かるよ」


 ヒラヒラ手を振って、笑いながらドリーと一緒に川へ向かった。









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