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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶都市クレスタリア
48/109

動く形勢変わる立場

 


 

 何故か二階から飛び降りてきたリーンを上から下ろし、身を起こす。


「何でこんな所にいるんだよリーン。流石に偶然ですねじゃ納得できないぞ」

「あら。これでもメイを助けに来たんだからね。どうよ、ほらほら、感謝してもいいのよ?」

「その態度で感謝されると思っているリーンの頭の中身を見てみたい」

「そう、メイ達が無罪だって証拠も手に入れたんだけど残念だわ」

「……リーンさん。貴方は世界で二番目に可愛いと思うんだ。俺全ての毛穴から感謝の気持ちが溢れ出てしまったよ」

「ふふふ、そう? 一応聞いておこうと思うんだけど一番は?」

「何いってんの? ドリーに決まってんだろ」

『ひゃほーーーい』


 お互い武器を構え、敵に囲まれながらも軽口を叩き合う。先ほどまでの追いつめられた気持ちなど何処かに吹き飛んでいる。リーンが強いから……ではない。俺が困ったときに助けに来てくれた。その事実だけで俺の心は暖かさに溢れ。あんな奴らに負けなどしないと闘士を燃やす。


「でも私だけじゃないんだけどね。多分すぐ来ると思うけど……」


 リーンが言葉を続けようとしたが、二階から人影が更に飛び降りてきた。周りにいた騎士達がざわめき、動揺している様に感じる。どんな奴かと思い、よくよく見れば、例の銀髪の女性。その姿を見た瞬間から冷や汗が流れ出る。

 おいおい、ますます状況が悪くなってねーかこれ。


「リーンッ。あの銀髪の人はやばいっ。人の手足を切り落とそうとする通り魔で、きっと容赦って感情が無いんじゃないかと思うくらい凶暴な奴だ。最大限に気をつけてくれ」

『そうですよリーンちゃん。あの人は可哀想な人なんです……きっとお日様が真っ直ぐ当たらなかったのかとっ。

 お日様が真っ直ぐ当たらないと木の枝だってネジ曲ってしまうので、同じように性格がネジ曲がってしまったのですっ』


 俺達の言葉に、着地した銀髪のメイドさんは流れるように膝と両手を地面に付け、項垂れた。


「メイっ、お願いっ。もう勘弁して上げてッ」


 そして何故かリーンが銀髪女性に駆け寄りフォローに回る。

 え、何がどうなってんの? 何でリーンと銀髪女性が妙に仲良さそうにしてんだ。頼むから説明してくれ。

 周りにいるクロムウェル達や騎士なども未だ現状が把握出来ないのか、動くに動けなくなっていた。

 いや、俺があの立場でも絶対あーなるし。敵か味方か判断つかなければ迂闊に動けないよな。

 でも今なら体勢を立て直せる。


「ラングっ、ドラン。リーンが来た一旦戻ってくれッ」


 俺の叫びに固まっていたラングとドランがハッと表情を戻し、敵から距離を取り、こちらに戻ってくる。


「メイ殿一体どうなっているんだ」

「俺だってわかんないって。というか、どうだラングいけそうか?」

「……思いの外厳しいな。一人一人なら敵では無いのだが、鷲鼻の男はちょこまかと小細工ばかり、魔法使いの方に攻撃を仕掛けてみれば騎士達の援護と鷲鼻からのちょっかい。鬱陶しいにも程がある」


 やはり苦戦していたか、俺の中でラングはどうにも小細工や罠とかに弱いイメージがある。真っ直ぐな性格は長所でもあるんだが、明らかに今回は相性が悪かった様だ。


「ドランの方は?」

「す、すまねえぇ。相手は一級走破者だで、おらなんかが敵うはずねーだよ」


 こっちはこっちで肩書きで萎縮しているって所か。相手はどっからみてもパワー型の戦士。相性も良いし、俺の予測では真正面からの力押しでドランが圧勝したって可笑しくは無いはずなんだ、後はドランの勇気だけって訳か。

 後はリーンだけど……。


「リーンっ、いい加減説明してくれ、何がどうなってるんだ」


 俺の言葉に銀髪の人を慰めていたリーンが顔を上げ、返答を返してくる。


「えっ……えっと。簡単に説明すれば、この項垂れてるのが友人で、城内部のゴタゴタが、メイ達が大変で、襲いかかったのは誤解なのよっ」


 とーっても分かりやすい説明を有難うございます。

 リーンの訳のわからない説明を自分なりに解読すると、あそこで項垂れているのがリーンの友人。その友人に頼まれて城内での問題を片付けている途中で、あの夜俺と遭遇、何かしらの誤解からこちらを攻撃し、その後俺達が捕まってしまったことを知り、助けに来たと……多分こんな感じで合ってるよな? そうなると黒尽くめもリーン達の問題って奴に絡んでんのか? 俺が銀髪の人に会ったのもあいつ追いかけてる途中だったしな。まあ、それはともかく。


「リーンその銀髪の人は味方でいいんだなッ?」

「間違い無く味方よっ」


 リーンの言葉に思わず安堵してしまう。なんとも心強い増援だ。

 あの人の強さは身にしみて分かっているしな。


 改めて目を向けると、項垂れていた銀髪の人はどうにか復活した様で、水晶槍を手に持ち、リーンと共にこちらに向かってくる。

 だが、先ほど、俺に返したリーンの返答が聞こえていたのか、止まっていたクロムウェルが動き出し、周囲の兵に指示を出す。


「残念ながら……水晶騎士であるスケイリルは、何を血迷ったか犯罪者の味方をするようです。遠慮はいりません。そこの犯罪者と共に捕らえろっ」

 

 クロムウェルの言葉に騎士と兵士が動き出そうとするが「動くなッ」と銀髪女性が声をあげ、手に持った水晶槍を振るい、それを制す。騎士や兵士達は怒声と共に殺気を叩きつけられ、ビクリとその身を強張らせた。

 その殺気に、俺は見回りをした夜を思い出してしまい、一瞬だけ身震いしてしまう。

 銀髪の人は反射的に止まってしまった騎士と兵士達を見渡し、周りに聞こえるよう、クロムウェルに向かって言葉を紡ぐ。


「犯罪者は一体どちらでしょうかクロムウェル。貴方は『シャイド・ゲルガナム』と手を組み。殺傷事件の罪をそこにいる走破者達に擦り付けた。その貴方が彼らの事を犯罪者呼ばわりとはッ」


 いいぞ、もっと言ってやれッ。しかし、ある程度俺の予想は当たっていたようだな。やっぱりシャイドの野郎が絡んでいやがった。好き勝手しやがって。

 思わず想像の中で、笑みを浮かべたシャイドの顔面を殴り飛ばし、少しでも憂さを晴らす。俺のなんの生産性も無い無駄な妄想を他所に。周囲の騎士と兵士達は銀髪の人の言葉に動揺を見せ、側にいたクロムウェルに視線を集めた。クロムウェルは、その視線を振り切る様に握った剣を乱暴に振るい、見つめる騎士と兵士に向かって怒声を上げ自らの無罪を叫ぶ。


「騙されるなッ! そこにいるスケイリルは、城内での立場危うさに私を陥れようとしているだけです。さっさとそこにいる犯罪者共を捕らえるんだッ」

「お黙りなさいッ。こちらには、クロムウェルがシャイドと交わした誓約書が御座います。貴方も覚えがあるでしょうこの印を……なぜなら英雄と言われた貴方の為に、姫様が贈られた印なのですから」


 銀髪女性は、がなり立てるクロムウェルを無慈悲な視線で一瞥し、手に持った紙を一枚広げ、周囲に見せる。遠目で字までは見えないが、紙には二つの印が押されているのが確認できた。

 その紙を見てクロムウェルの表情が変わる。最初は動揺し、徐々に怒りのと憎しみの宿った形相に。周りの騎士達や兵士も遠目に印を確認し、猜疑の目をクロムウェルに向け、後ずさる。

 あの紙に付いている印とやらがどれだけの物か知らないけど、クロムウェル達の反応を見る限り、かなり確実な証拠になるという事だと思って良さそうだな。

 銀髪の人が追い詰められたクロムウェルに止めを刺すが如く、その凛と澄んだ声で周囲の騎士や兵士に語りかける。


「貴方達はこの事実を知っても、まだクロムウェルを信じる事が出来ますか? クレスタリアの騎士、兵士に問いましょう。貴方達が守るべきは……汚い手を使い、他人を陥れようとするクロムウェルか。それとも自らの愛するこの国かッ」

 

 叱咤とも激励とも取れる銀髪女性のその言葉は周囲の兵に染み渡るように伝わる。先ほどまでの形勢は一瞬で変わり果て、犯罪者という立場がオセロの駒の様に引っ繰り返る。

 クロムウェルの仲間達はその表情を蒼白に変え、張本人であるクロムウェルは沈黙し、身体を怒りに震わせる。辺りはシン、と静まり返った。

 これは、形勢逆転って所かな……。

 全てでは無いが、明らかに俺達に向かう敵意の眼差しが減った事を感じ、俺はホッとため息を吐き、胸をなで下ろした。

 だが、安堵したのも束の間、その静寂を割るかの如く、静かに……だが、何故かハッキリと脳裏にこびり付く笑い声が辺りを侵食する。


【ヒヒッ、キヒヒヒッ。人が落ちていく姿程、楽しいものは無い。最高だ。何と面白い催しでしょうかッ。素晴らしい。そう思うでしょう?】


 なんだ……なんて不気味な声だ。

 脳に直接声をねじ込まれた様な。体中に絡み付き這いまわる悪寒を感じさせる、そんな声。

 戸惑いながら周囲を見渡すが、声の元凶と思わしき者は見当たらない。キョロキョロと視線を動かしている俺の横から、リーンの心底嫌そうな声が聞こえてくる。


「見失ったと思ったら……高みの見物とはどんだけ性格が悪いのよ。メイ、厄介な相手が来たみたい。気をつけてッ」 

『相棒、嫌な気配を感じます。油断しないで下さい』


 なんだ? どこにいるんだよ、何も見えないんだけど。

 ドリーとリーンの真剣な声音に、再度辺りを確認するも、特に他に人が増えている様子も無い。そのままリーンに問い返そうとした俺だったが、視界の端に何かを捕らえ、急いで視線を向ける。

 唐突に、俺の立っている場所から六メートル程前方の床が、急にボコリと盛り上がった。

 床から這い出るように出てきた二つの黒い塊は、徐々に人型へと変化する。塊の一つは、黒い亜人の女性に。もう一つは奇妙な帽子をかぶった影で作られたようなモンスターに。一目見ただけで、ドリーとリーンの言葉を嫌でも理解してしまった。

 やばい……アイツは本当に拙い。

 あそこまで凶悪で、人間を狂わせてしまいそうな悪意を撒き散らす気配は、俺の知っている限りでは獄級の主でしか会ったことが無い。いや、こいつの悪意はもしかしたらそれ以上かもしれない。まるで心に仕舞い込んでいるものを無理矢理ほじくり返されているような……そんな嫌悪感を身体全体で感じる。

 

 騎士や兵士クロムウェル達もその姿を見てざわめき。その気配に圧倒されている。兵士達の中には、悲鳴を上げて逃げ出そうとする者もいる始末。

 心配になり、仲間の様子を伺うと、リーンと銀髪の人は影を睨みつけ警戒し、ドランは少し後ずさりしたものの、逃げ出そうとはせず、身体を震わせながらもその場に留まっている。ラングはピクリとも動かず、呆然とした顔で影を見つめていた。

 正直言って、兵士達が逃げ出したくなるの気持ちもわかる。俺だって逃げ出したくて堪らないから。堪えていられるのは、二度この感覚を経験して慣れているからだろう。

 慣れたからって嬉しくもなんとも無い事ではあるけどな。

 

 周囲に充満する悪意と殺気、影が出現した瞬間から空気が淀み、重くなった様にすら感じる。混乱は先程の比ではなく、俺達以外は誰もがその身体を硬直させ、のしかかる空気で動けない。だが、そんな騎士と兵士達を見て、銀髪の人が周囲を制し、淀んだ空気を切り裂く様に水晶槍を振るい、影に向かって切っ先を向ける。


「落ち着きなさいッ。そこにいる影の異形は事の元凶であり、貴方達も知っている『シャイド・ゲルガナム』本人ッ。クレスタリアに人の姿で入り込み、内部から国を穢し、自らの望むままにクレスタリアを侵食していった諸悪の権化」


 ――え? 本当かよ。シャイドってあのシャイドだよな、この影があいつに化けてたって事か? 

 銀髪女性の言葉に戸惑い、影に目を向ける。影はその顔に唯一付いている口をニタニタと嫌らしく歪め、楽しそうに周囲を眺めている。

 周りにいる騎士、兵士、クロムウェル達も銀髪の人の言葉に各々驚愕と猜疑を織りまぜた様な表情をしていた。

 当然だ、直ぐにそんな話を信じられる訳が無い。だが、俺は騎士達とは違い、少々の戸惑いもあったが、あっさりとその事実を受け入れられた。牢屋に捕まっていた時にシャイドから感じたあの悪寒。あれと同じものを、この影から感じ取れるからだ。

 もう少し注意していれば、あの時感じた悪寒を獄級の主と同じものだと気がつけたかもしれない。だが、あの時は、逃げ出す方法を考えるのに必死で、シャイド自身がモンスターだなんて考え付きもしなかった。


「今すぐ私の言葉を信じろとは言いません、動けぬならそれも良いでしょう。ですが、その胸に、少しでもクレスタリアの誇りを持っているのならッ、この影とクロムウェルを絶対に逃してはなりません」


 その言葉に実際動き武器を構えられたのはほんの数名程。残りは未だこの空気で動けぬ者。瞳を虚ろにし、身体を震わせうずくまっている者。クロムウェルに向けて武器を向ける事に未だに戸惑っている者など、味方になりそうな騎士や兵士は少数、だが、少なくとも騎士や兵士達が敵に回るという事はなさそうだ。

 少し視線を動かし、クロムウェルの仲間達を見る。

 

 銀髪の人の話じゃ、あいつらは今の所、特に罪は無い筈だけど……クロムウェル側から離れる様子は無いな。この状況でクロムウェル側から離脱しない所を見ると、あいつらも裏で何かやってたのか? 

 そう考えれば、裏切れないのも納得がいく、クロムウェル達が捕まれば、芋づる式にばれるに決まってるからな。

 どちらにせよ、このチャンスをのがしてはいけない。今動揺している隙に体制を整えるべきだ。そう判断した俺は即座に仲間に目を配る。全員既に臨戦態勢に入っており、ラングに至っては何かを呟き、今にも飛び出していきそうな程。


「ラングがジャイナ、ドランはゴラッソ。リーン負担を掛けて悪いけど、ラッセルと影亜人の相手を頼むッ、銀髪の人は……」

「その妙な呼び方は止めて下さいっ。私の名前は『キリナ・スケイリル』で御座いますっ」

「いやいや、そんな事気にしてる暇ないでしょって。あーもう。じゃあキリナさん、シャイドを頼みま……」


 俺がそこ迄言った所で、ラングが一人飛び出していく。


「メイ殿ッ、自分はあの影帽子を貰うぞッ」

「ちょ、待てって。なんでそうなるんだよ」

「見つけた、見つけたぞッ漸く見つけたぞッツ!! 貴様の事は一日たりとも忘れた事など無い。お前を殺す為に修行を怠った事など無い。待っていた。この時を待っていたッツ」

 

 焦ってラングに向かって静止の声を上げるも、時既に遅く。怒号を放ちながらラングが影に向かって飛びかかっていった。

 おいおい、何であんないきり立ってんだラングの奴。

 先ほどのラングの様子は尋常じゃなく、今までに見たことも無い程興奮している様子だった。不思議に思い、先ほどラングが叫んでいた言葉を頭の中で繰り返してみると、ふと、何かが脳裏に引っかかる。

 というか、あのシャイドの姿って、なんか覚えがあるんだよな。どこだっけ、確かそんな昔じゃない筈……。

 人型で、奇妙な帽子、真紅の口腔、影のモンスター。

 ――ッツ!? 思い出した。あれって水晶平原でラングが話してくれたモンスターじゃないのか?

 そうだとしたら、ラングの暴走も頷ける。というか、逆にここまで我慢した事を褒めてやりたい位だ。

 恐らく、クロムウェルに返り討ちにあった事で反省し、今までどうにか堪えていたが、俺の指示を切欠に我慢の限界に達したのだろう。

 流石に今のラングに何を言っても聞かないだろうし、仮に聞いてくれたとしても、シャイドが気になり集中出来ない筈。ここは予定を変更するしか無いな。

 俺は即座に声を張り上げ指示の変更を伝える。


「ドランは変わらずゴラッソを」

「……やってみるだよ」


 自信なさげに頷くドラン。


「リーンはジャイナとラッセル」

「毎回私だけ多くないかしら?」


 不満気な声音とは逆に、表情は自信を漲らせている。


「キリナさんはラングのフォローと影亜人の相手を頼みます。時間稼ぎでだけで良いんで、無理はしないで下さい」

「良いでしょう。クロウエ様には返さなければいけない恩があります。従いましょう」


 恩とかそんな物を貸した覚えは全くないが、実力が数段上のこの人が、俺なんかの指示を聞いてくれるというなら非常に有難い。

 この人の実力は嫌というほど分かっているしな……シャイドの実力も影の亜人の実力も不明だし、無理をしてラングと二人だけで倒す必要は無い。俺達の手が開くまでの間ラングのフォローをしながら耐えてくれさえすれば。


〈ギィーッ〉


 私は? と言わんばかりにキキが頭の上で鳴き声を上げる。

 そうだな……頭の上じゃ流石に危ないな。少し隠れてて貰おう。


「ドリー頼む」

『はいっ、じゃあ、キキちゃんはここに入ってて下さいねっ』


 ドリーがキキを捕まえ、右肩後ろに付いているドリーの収納ポケットにキキを隠す。ドリーがくっついてるすぐ後ろだし、下手な場所よりも安全だろう。


 全ての指示を出し終わると、それぞれが自分の相手に向かい走っていく。

 さて、と。当然俺の相手は……こいつだよな。

 横合いから猛然と襲いかかる双刃から身を捻り交わし、クロムウェルと対峙する。


「いきなり襲ってくるなよ。不意打ちとかどうかと思うぞ」

 

 対峙したクロムウェルの目は血走り、憎しみに濁りきっている。殺意を隠そうともせず、憎悪に身を任せるその姿は、とても英雄とは言えそうにない。


「……こんな、こんな馬鹿な事があっていい訳がない。私が何故こんな目に会わなければならないんだ。全部お前の所為……お前の所為だ、お前の所為だッツ」

「俺が知るかよッ、お前の自業自得じゃねーか」


 人はここまで変わるものなのだろうか。最初に感じたクロムウェルの印象など既に無い。

 流石に、ちょっと異常だよな。もしかしたら、シャイドに何かされたのか? 幻覚みたいな物をかけられているとか、水晶平原で似たような場所があったし、有りうる話しかもしれん。

 まあ、もし本当にそうだとしても、今更同情する気など更々無いけどな。

 

 俺達に掛けられた無実の罪はリーンとキリナさんによって、解かれた。逆にクロムウェルは俺達に被せようとしていた罪をそのまま自らに跳ね返ってきた形。

 

 もう遠慮する事はないよな。俺だってお前に恨みが無いわけじゃないんだ。溜まりに溜まった鬱憤を思う存分晴らさせて貰うからな。

 

 左手に槍斧の柄を握りこみ、背に回すように構えた。右手の平をクロムウェルに向け、腰を落として重心を安定させ、体の隅々まで闘志を漲らせる。 


「いけるな、ドリー」

『私と相棒にかかれば容易いことですっ』


 ドリーと共に猛然と襲いかかってくるクロムウェルを迎え撃つ。


 ◆◆◆◆◆


 メイどんからの指示で、何故かオラがゴラッソの相手をする事になってしまった。


 眼前にはゴラッソが大槌を肩に担ぎ、こちらを見ながら、余裕の表情を浮かべている。その姿に、自分の方が身体は大きい筈なのに、何故かゴラッソの方が大きく見え、思わず腰が引けてしまう。 

 

 何でオラ何だろうか……オラなんかに、一級走破者の相手が務まる訳がないのに。

 自信が無い、目の前の相手が怖い。

 臆病者。そんな自分自身に呆れてしまう。

 

 強くなりたい。そう思ってラングどんに鍛えて貰い、昔に比べたら少しは自信と呼べるものだって付いた。でも、幾らなんでも一級走破者相手は早すぎる。

 メイどんからの指示を疑う、とまではいかないが、何故自分なんだ、という気持ちは拭い切れない。

 先ほどだって、全然敵わなくて押される一方だった。メイどんだって、その事を知っている筈なのに。 

 だ、誰か助けてけれ。何でよりにもよって、また一対一なんだで……。

 

 幾ら理由を考えても、分からない。自分のわからない何かが、メイどんには見えているのだろうか。

 取り合えず、やるだけやって、時間を稼ぐだよ。暫くすれば、手が空いた誰かが助けに来てくれるかもしれんだで。

 自分の中でかなり都合の良い予測を立て、時間稼ぎをする方針で決定した。

 眼前のゴラッソは少し呆れた表情をしながら頭を乱暴に掻き、ため息を吐いている。 


「またお前かドラゴニアン。もう勝てねーのはわかってんだろ? 俺はさっさと逃げねーといけないからよ、邪魔すんな……っち、まさかこんな事になるなんて、ついてねーよ。シャイド様……いや、シャイドの野郎からの依頼なんて受けなきゃ良かったぜ。

 おい、早くそこどけよ。今なら見逃してやるからよ」


 一瞬逃げてくれるんならどうぞと、言いたくなってしまったが、もしゴラッソが逃げる途中で気が変わり、仲間の加勢にでも入られたら大変な事になる。

 逃げ出したくなる心を必死で押さえ込み、自分の役目を果たす為、武器を構えて通さないと意思表示をした。


「ラングどんといっぱい修行したんだ。勝てなくても、時間稼ぎ位やってやるだよッ」

「良い度胸だ。後悔すんなよドラゴニアンッ」


 ゴラッソが右手にもった大槌を上段に大きく振り上げ、そのまま力任せに振り下ろしてくる。咄嗟に手に持った武器を上げ、受け止める。


 ゴギィィィン!!


 重量級の武器同士がぶつかり合ったせいで、辺りにけたたましい金属音が響き渡った。上段からの大槌をまともに受け止めたせいか、凄まじい重さが身体にかかり、足元の地面が衝撃で砕ける。

 正直、こんな攻撃をまともに受け止めるなんて間違っているだろう。でも、おらには避け切れるだけの技術は無いし、早さも無い。

 持っているのは頑丈な身体と頑丈な武器。これだけは自信を持って言える自分の長所。

 直撃さえ食らわなければ、おらにだって時間稼ぎ位できるだで。


 次々と振るわれる大槌の一撃を延々と真正面から受け止め続ける。一撃受け止めるごとに地面にヒビが広がり、砕けていく。


「亀みてーに丸まって受けてばかり。さっさと倒れやがれッ」


 更に振るわれる力が増し、伝わってくる衝撃が強くなる。

 腕が痛い、足が痛い、身体が痛い。

 こんな受け方をしていれば当然の如く、身体に衝撃が伝わってくるし、受け止めている腕だって痺れてくる。馬鹿な作戦だろう。間抜けな戦い方かもしれない。でも止めないし、諦めない。

 こんな風に、我慢するのは、おら慣れてるだよッ。

 

 ――昔から、巨体のせいで飛べないおらは苛められ、馬鹿にされた。両親が死んで、決意を新たに村を出てからも、ただ、ドラゴニアンというだけで、勝手に期待され、勝手に失望されていった。

 失望した相手は大抵はおらに罵詈雑言を浴びせてきたり、冷たいまなざしを向けてきて、使えない奴と吐き捨てる。

 自分を馬鹿にされるのは慣れている。我慢するのは慣れている。我慢、我慢、我慢、我慢。

 辛いと思った事なんて数え切れない。

 でも今、苦労しているのに楽しいと感じるオラが少しだけいる。仲間の為に我慢する事は辛く無い、なんて感じるそんなオラがいた。

 

 すこしづつでも、強くなりたい。

 その思いが、両親への恩返しから、おら自身の目的に変わったのは、きっとラングどんのお陰だ。

 最初は、今まで会ってきた人たちと同じように、オラの事をドラゴニアンだからと、勝手に期待し勝手に失望していた。とても怖くて、近づきがたくて、話しかけ辛かった。

 でも、水晶平原での主に狙われたあの時、気に食わない筈のオラを、片腕を犠牲にしてまで助けてくれたあの背中が眩しくて、目が離せなくなる。

 あの夜、眠っている振りをして聞いてしまった、ラングどんが憧れて止まないドラゴニアンのように……オラはラングどんの背中に憧れた。


 大槌を受け止め続けいると、そんな事ばかりが頭に浮かんでは消えていき、時折衝撃で意識が飛びそうになる。

 一瞬意識が飛び、力が緩み、武器を支えていた手が外れてしまう。大槌が箱に直撃し、そのまま箱ごと、オラの身体と顔にぶち当たってきた。

 痛む体と顔面。鼻の奥がドロリと熱くなり、鉄の匂いが充満する。

 

 ――もう倒れてもいいんでねーだろうか、おらは十分やっただよ。

 

 弱気な考えが頭を過ぎり、折れそうになる心と身体。このまま力を抜けば、倒れてしまえば、楽になる。

 でも、オラが憧れるあの背中はこんな事程度で負けたりはしない……ラングどんならこの程度で弱音なんて吐かないだよッ。

 

「グゥォオオオオッ!!」


 叫び声を上げながら、ぶつかってきた箱を抱きしめる様に受け止め、吹き飛びそうになる体を意地でもその場に繋ぎ止める。

 ――やった、倒れなかっただ。オラ、堪え切っただよ。

 そんなオラをひどく驚いたような顔でゴラッソが見つめ、大槌を肩にかけ、声を掛けてくる。


「おいおい、ドラゴニアンってのはどんだけ頑丈なんだよ。鼻血で済む筈がねーだろ今のはよぉ。しかも倒れずに耐えやがったとか、どうなってんだお前の身体は。

 はあ、このままチマチマ攻撃してたら拉致があかねぇ……仕方なねーな。お前が悪いんだぜ。無駄に頑丈なおまえの身体がな……『オーバー・アクセル』『エント・アース』」


 ゴラッソが幾度も魔法を使い、身体能力を強化し、大槌にエントを掛け続ける。

 土や石材が大槌に巻きついていき、どんどんと、その大きさを巨大化させていく。三倍ほどの大きさになった槌を振り上げ、にやりと笑うゴラッソ。


「ちったぁ成長してて驚いちまった。そういえば、あのカルガンに修行して貰ったんだっけか、まあ、残念ながら師匠が悪かったみたいだな……じゃあな、腰抜けドラゴニアン」


 振り下ろされる巨大な石槌がひどくゆっくりに感じた。

 先ほどのゴラッソの言葉で自分の瞳孔が開いていくのがわかる。今まで我慢していたものが噴出す様に感じた事の無い程の怒りを感じた……自分自身対して。


 オラはなんて、馬鹿なんだ。ラングどんに鍛えて貰っているオラが、情けない姿を見せれば見せるほど、今のようにラングどんも一緒に馬鹿にされる事になる。何がオラは我慢するのを慣れているだ。

 もう昔と違って馬鹿にされるのはオラ一人じゃねーんだ。

 びびってる場合じゃないだで、全力でやらねーと修行をつけてくれたラングどんに申し訳ねーだよ。


「やってやるだよッ……全力でぇッッ!!」


 散々に練習させられた武器の使い方。鎖を握り、力一杯振り回し、重量操作の魔法を切る。腰をひねり、回転力を力に変えて、向かってくる石槌に叩きつけた。


「そんなもんでエントを掛けた俺の一撃を防げる訳がねーだろッ!」

「オラは、オラは負けねえッツ」


 自信満々に言い切るゴラッソの言葉に負けじと声を張り上げる。鎖に伝える力を更に強く全力で振り切った。

 轟音が響く。迫ってきていた筈の石槌は、数瞬しか持たずに容易く砕け散る。


「――なッ!?」


 想像以上に軽々と石槌を吹き飛ばし、辺りに降り注ぐ石や土。柄を握っていたゴラッソごと衝撃で吹き飛んでいってしまった。

 吹き飛んでいったゴラッソはリーン達が戦闘している近くまで吹っ飛び、そのままベチャリ、と動かなくなる。

 

「お、おら。やりすぎてしまったんでねーだろうか」


 飛び散った石と土で辺り一面大惨事になっている。石やら土塊が飛んでいってしまったのか、近くにいたメイどんから「あぶねーよドランッ」と怒られてしまった。

 正直勝てたという嬉しさよりも、派手にやらかしてしまったという焦りの方が大きかった。飛んでいった石片も中には勿論城の壁に飛んでいったものもあり。穴が開いていたり掛けられた絵に直撃しているものもある。


「えらい大惨事になってしまっただよっ……確かこういうときは、全部クロムウェルが悪いだでッ!!

 と言っておけば大丈夫だってメイどんが言ってただよ」


 というか、こんな事してる暇ねーだで、早くラングどんの所いかねーと、ラングどん熱くなりすぎて何かやらかしそうだよ。

 付近で戦っていたメイどんに助けがいるか、と聞いてみるが「ラングを頼むッ」と返ってきた。予想通りの返答を貰い、おらは鎖を握り締め、ラングどんの元へと走っていく。 


  


 

 

 

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