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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶都市クレスタリア
47/109

影と英雄 仲間と混乱

 



 【時刻二十三時】


 目の前にはキリナと、気味が悪い人型の黒いモンスター。

 確かに、ここに来るまで何だかんだと時間が掛かってしまったのは事実。だが、その間に一体何があったらこんな状況になるのだろうか。

 

 大体、私だって早くキリナと合流しようとしていたのだ……それをラッセルという男は人を侍女だと思ってこき使い、やれお茶を入れろだの、暇つぶしに広げていた道具袋の中身を片付けておいてくれなどと、好き放題言い出した。そのおかげで大分無駄な時間を取られてしまったのだ。

 一生懸命我慢しながら侍女を装い時間稼ぎを頑張っていたのだが、突如耳に入った落雷の様な音。私はそれをキリナのエントの音だと判断し、ラッセルを放ったらかして、急いでここまで駆けつけた。部屋の前まで来てみれば、聞こえてくるのはキリナの切羽詰った声、何も考えず無理やり壁をぶち抜き突入してみれば、この状況だ。わけがわからない。

 

 大体この黒い奴は何なのだろうか、趣味の悪い帽子まで被って。見た目だって、どこからどうみても人間ではない。何故キリナはシャイドの部屋に侵入して、こんなモンスターに襲われているのだろうか。

 考えれば考えるほど混乱してきそうになるが、一先ず落ち着きを取り戻し、現状を把握する事に努める。

 キリナは壁際に追い詰められ、床に座り込んでしまっている。だが、その手にしっかりと武器を握り締めているのがわかった。

 武器を持ったキリナを追い詰めるなんて、眼前にいるモンスターの実力は、相当高いという事なのだろうか。見た目は人型の為、巨大モンスター達よりは威圧感は少ないようにも思える。だが、モンスターの実力は、見た目で判断できる奴ばかりでは無い。いつだかメイと共に戦ったキャプチャ・ライダが良い例だ。それにキリナの様子もどこか可笑しい、あんなにも怯え、弱々しく怯えた目をするキリナは始めて見る。

 見たところ外傷等は無いし、精神系の攻撃かしら? 珍しい攻撃方法だけど、キリナに通じるとは思えないのだけど……どちらにせよ、警戒しておく事に越した事は無いわね。

 私は、大剣を影のモンスターに向け、ジリジリとキリナの元へと近づき声を掛ける。


「キリナ大丈夫?」

「は、はい。リーンのお陰でどうにか……」


 だが、そう言ったキリナの顔は血の気が引いているようで酷く青白い。

 これじゃキリナはまだ無理そうね。


「何でこんな事になってるのよ。シャイドはどうしたの、証拠は?」

「誓約書ならここに、シャイドは……目の前にいる影のモンスター。あれこそがシャイドです」


 キリナの言葉を理解出来ず固まってしまう。


「私にも何がなんだか。何時からなのか知りませんが、モンスターがシャイドに化けていた、ということでしょうか?」


 なによそれ、そんなモンスター聞いたことも無いわよ。でも、キリナがそんなつまらない嘘をつくはずがないし、信じられないがきっと本当なのでしょうね。 

 目の前の影は特に動き出す気配も無く、私の方をじっと見つめ、何故か首を傾げていた。


【貴方は……確か、くろうぇ君のお仲間だと記憶していますが、何故ここに? どうしてでしょうね。

 それと一つ訂正しておきますが、私は化けていたのではなく。シャイド本人。あれも私であり、今の姿もまた私です。本当ですよ?】


 聞いただけで嫌悪感が沸きあがる声が私の脳裏に響く。

 ――このモンスター、喋った!? というか、本当にシャイド本人なの? もしそうだとしたら、今まで正体を隠しずっとクレスタリアに潜伏していたという事? なんて厄介な奴かしら。

 影、もといシャイドの言葉に私は警戒を強め、柄を握る手に力を込める。慎重に、慎重に……シャイドから目を離さぬように、言葉を返す。


「私は、キリナの友人よ。知り合いを助ける為にここにいたら可笑しいかしら? それよりも貴方が何故私やメイの事を知っているのッ。答えなさいッ」

【……スケイリルと貴方が友人? ならまさか、スケイリルの探していた誓約書はくろうぇ君の物も一緒に? キヒッ、ヒヒヒ、これだから……これだから――――は私を楽しませてくれるッ。

 私は、認めない。認めない認めないッツ】


 私の言葉を聞いたシャイドは、ブツブツと呟いた後、突如殺気を撒き散らし、狂ったように笑い続けた。

 シャイドから噴出す威圧感。背に感じる凍てつく様な怖気と嫌悪。生物としての本能が命の危険を促し、私に逃げろと警告してきた。

 ――私はこの感覚を知っている。今回で三度目……これは、獄級の主が出す雰囲気と同じもの。

 その威圧感に怖気づきそうになる。逃げ出したくなる。でも、私は引かない。怯えなどしてたまるものか。

 腹の底に力を入れ、怖気つく心を叱咤し、瞳に力を漲らせ、射殺さんばかりに睨み付ける。

 前に出していた右足を少し上げ、この嫌な雰囲気を変える為に全力で踏み下ろす。

 破砕音と共に足元の石床が砕け、纏わりついていた殺気を吹き散らした。

 私の後ろにいたキリナが、どうやら動けるようになったらしく、ゆっくりと立ち上がる気配がする。


「私の質問には答えないで、一人で訳の分からない事ばかり、中々いい度胸してるじゃない。キリナをよくも苛めてくれたわね。絶対に許さないから覚悟しなさいッ」


 剣に炎を絡ませ、全力をもってシャイドを上段から叩き伏せる。手に気色の悪いドロリとした感触が伝わってくるが、構わず振り切った。

 あっさりと、上段から真っ二つに両断される影。その姿に私は心の中で違和感を覚え、油断せずに一旦背後に下がる。

 ――こんな簡単に倒せるはずが無い。

 私の不安を肯定するかのように、両断された影が、じゅくじゅく、と蠢き一つに戻っていった。

 

 やっぱりそうきたわね。あそこまで無防備で受けるという事は、物理攻撃は効かない自信があるのかしら。でも剣に炎を纏わせ切ったのに効いた様子も無いし、炎も効かないって事? 厄介にも程がある。この剣があって本当に良かった。なかったら有効な手立てがなくなってしまう所だったわ。どうにか隙を見て柄を入れ替えるしかないわね。

 全く、こういう面倒くさい相手の時はメイとドリーちゃんがいてくれれば心強いのに……。

 そう考えて、少しだけ心細くなってくる……だが、今はそんな事を憂いているほどの余裕は無い。少し先で元通りに再生してしまったシャイドが、手に持った杖を横に振るうのが視界に入った。

 振るった杖に呼応するかのようにシャイドの足元にある影が扇状に広がり、影で作られた一枚の巨大な刃と化しこちらに向けて襲い掛かってきた。


「キリナッ」


 先ほどまで調子が悪かったキリナが私の後方にいる筈。このまま私が避けてしまったら後ろにいるキリナに直撃してしまうのではないか? そう考えた私は、咄嗟に悲鳴にも似た叫び声をあげてしまう。


「リーンッ、私はもう大丈夫です。構わず避けなさいッ」


 背後から返ってきたキリナの声は力強く、先ほどまでの弱々しさを感じさせなかった。

 ――これなら大丈夫そうね。

 そう判断を下し、私は影の刃を地面を蹴り上げ、上に飛び避ける。

 シャイドは私が飛んだのを見届けた後、杖を振り二枚の影刃を私に向かって飛ばす。

 やはり見逃さないのね。大丈夫、これくらいは予想の範囲内。

 こうなる事も視野にいれ、かなりの力で飛び上がっていた私は身体をひねり、天井を蹴りつけ、急降下する事で迫る刃をかわす。着地した勢いをそのままに、シャイドに向かって駆け出していく。すると、その私の背後から、追走してくる気配を感じる。

 ――どうやらキリナはきっちりと持ち直している見たいね。これならやれる事も増える。キリナ程の腕ならきっと合わせてくれるはず。


 シャイドに迫るさなか、付近に置いてあった机を大剣でひっかけ投げ飛ばし、シャイドの視界を塞ぐ。だが軽く振るわれた腕で一瞬で粉々にされる机と、そしてそのまま真っ直ぐに飛ばされる無数の影刃。

 でも、肝心の私達は既にそこには居ない。私は左、それを見てキリナは右に左右に分かれてシャイドに襲い掛かる。

 私の大剣が首を刈り取り、キリナの槍が四肢を飛ばし、そのまま駆け抜け、振り向きざまに魔法を放つ。

『フレア・ボムズ』

 飛び出した火球が切り刻まれたシャイドの元に飛び交い直撃する。部屋に爆発音と熱気が渦巻き、部屋を赤く塗りつぶしていく。


 ここまでやれば……少しくらい効いたんじゃないかしら。

 煙で視界が悪くなり、シャイドの姿が見えなくなっている。気を緩めず警戒していると、煙の中から『二体』の影が飛び出してきた。

 ――なッ、何で二体!?

 予想に反して現れた二体の影は腕をギロチンの様な形状に変え、私とキリナに迫る。


「リーンッ」

「分かってるッ」


 一人一体を受け持ち、影の相手をする。だが、よくよく見てみれば、影は帽子を被っておらず、影でかたどった服装すら違う。

 一体どうなってるの? もしかしてこれは囮なんじゃ……。

 そう考えたついた時には既に遅く、煙の中から巨大なギロチンが横殴りに飛び出してくる。二体の影は自分が切り捨てられても構わないのだろう、飛び出してきたギロチンに構わずこちらに切りかかってくる。

 このままじゃまずいッ。まずこの二体の影を、――ッツ!?

 急いで、二体の影を切り捨てようとするも、剣がピクリとも動かない。よく見れば、大剣に黒い糸の様なものが絡み付いていて、動きを封じている。焦ってキリナに目を向けるも、どうやら同じ状況のようで、槍を動かそうと力を込めているキリナが見えるのみ。迫る巨大なギロチンと二体の影。

 ……こんな、こんな所でやられてなんかいられないッ。


『エント・ブレイジング』

 私の唱えたエントの業火が、纏わりついた影糸を焼き尽くし。

『エント・サンダーボルト』 

 キリナの唱えたエントの雷撃が、槍に吸収される過程で影糸を焦がし、消し飛ばす。

 武器に纏った上位エントで、絡み付いていた影糸は既に無く、私とキリナは二体の影を一閃の元に消し飛ばし、迫りくるギロチンに向かって同時に武器を叩きつけた。

 燃え盛り、切り裂かれ、危ういところまで迫っていたギロチンは消滅した。だが、安心するのも束の間で、それと同時に煙の中からパチパチと拍手をしながらシャイドが現れる。

 

 余裕綽々って所ね。本当に腹が立つ。あの攻撃でも全く堪えた様子もないし、どうなってるのよこいつ。


【いやいや、素晴らしい。流石スケイリルと、くろうぇ君のお仲間です。この程度の影括りでは歯が立たないようで……では、これならどうでしょう、はい、どうぞ】


 そう言うと、シャイドの被っていた二股帽子についている腕がユラリと動き、指を動かし何かを操る動作を取る。指先から伸びた影糸が本体の足元に伸びていき、地面から何かをズルリと引き上げていく。

 引き上げられたものは獣人の女性だろうか、スラリとした長身。ロングの髪と、半円の耳が頭頂部に付いている。肘から先は体毛が覆っていて、鋭い爪が伸びていることが分かる。

 ベアド族、だろうか。全ての色が影で黒く塗りつぶされている為よく分からない。人形のように無表情の顔からは、黒い涙を流し続けていた。正直見ていて気分の良いものでは無い。

 ――趣味が悪い。性格の悪さが透けて見えるわね。

 影括りと呼ばれたあれが一体何なのか私には分からないが、どうせ碌なものじゃないし、知ってどうにかなるものでは無いだろう。 

 

【余り貴方達と遊んでいる暇はありませんからね。さっさと死んでください。全く。非常に残念です。嗚呼、残念だ】


 その言葉と同時に二股帽子の腕が指をさらに動かした、瞬間。床を蹴り砕きながら突っ込んでくる女性型の影。その手に付いた鋭い爪を振りかざし、私に向かって力任せになぎ払ってくる。どうにか大剣で、その腕を受け止め、押し返し反撃をしようとする、が。

 凄まじい力が私に掛かり、足を踏ん張って耐えようとするも、そのまま身体が浮き上がり、壁に向かって軽々と吹き飛ばされる。

 私の背中に鈍い衝撃が走り、部屋の壁を突き破り廊下まで転がりでる。

 ――な、なんて馬鹿力。派手に吹き飛んだお陰でダメージはそれほどじゃ無いけど、あの攻撃を受け止めるのは諦めたほうがよさそうね。

 影獣人はドラン程ではないが、かなりの怪力。それに、ドランとは違い、そこそこの早さもあるようだ。

 勝てなくは無い。いくら力が強くてもまともに受けなければいいし、速さはこちらが上。まだどうにかできる。

 私を追ってぶち抜いた壁から廊下に出てきたキリナと、悠々と歩いて出てくるシャイドと影獣人。

 キリナの伸ばしてきた手を握り、身体を起こし、軽く腕を回して身体の調子を確かめる。

 よしっ、特に問題ないようね。

 改めて剣を構える私の横にキリナも槍を構え並び立つ。

 

「キリナどっちが良い?」

「何を言っているのですリーン。勿論シャイドに決まっているでしょう」

「だと思ったわよ。じゃあ私はあっちの影獣人を貰うわよ」

「リーンは抜けてますからね。下手打って負けないでくださいよ」

「キリナこそ、さっき負けそうになってたじゃない。無理しちゃ駄目よ」


 キリナの調子も大分良くなったようで、お互いに励ましなのか煽り合いなのか良く分からない声を掛けつつ、二人の影と相対する。


 ◆◆◆◆◆

 

 【時刻二十三時十分】

 

 先ほどから馬鹿みたいに聞こえてくる爆発音やら戦闘音。


「なあ、知ってたかドラン。最近の流行らしいんだが、城ってのは爆発するんだぞ」

「メイどん、その妙な嘘をつかれた事より、それでおらが騙されるって思われている方が心外だで」

『ほほーーう。それが流行の最先端というわけですか。では私も流行を取り入れ、爆発できるようになった方がいいのでしょうか』


 そんな事出来るんですかッ!? 

 漫画とかで爆発して種をとばす植物なんかは見た事があるが、ここにもそんな植物があるのだろうか? どちらにせよ怖いからやめてください。


「メイ殿。遊んでいる暇はなさそうですぞ。ほれ、また来ました」

「おお悪いなラングッ、みんな今度はそこの部屋だ、取り合えず隠れるぞ」


 急ぎ部屋を見つけその中に逃げ込む。

 先ほどから幾度と無く繰り返されてきた行動。理由は簡単で、二階から響く爆発音やら戦闘音で城に常駐している兵士が集まってきてしまっているのだ。まあ、そこまでは良かったのだが、兵士達が音源に向かって集まっているせいで、やたらと遭遇率が上がっている。

 ――これは二階から逃げるのは諦めたほうが良いな。

 現在隠れている場所は二階に通じる階段近くにあった部屋。銀髪の人から逃げるのに必死で、いつの間にか一階まで戻ってきてしまっていた。だが、良く考えてみればチャンスだと言えなくも無い。二階に兵士が集まっているという事は、一階が手薄になるという事。なら二階からの脱出はさっさと諦め、手薄になった一階から逃げれば良いだけの話だ。

 

 息を潜め部屋に篭っていると、外の廊下をガチャガチャと走り去る兵士達の足音が聞こえる。どうやら問題なくやり過ごせたようだ。俺は安堵のため息をこぼし、外に出る。


「どうせ、一階まで降りてきてしまったんだ。ここはドリーの言っていた大通路まで進み、そこから逃げる方が良いと俺は思うんだけど……どう思う?」

「そうですな。自分としては特に反論は無い」

「流石に今二階に戻ったら確実に捕まってしまいそうだで、おらも賛成だよ」

『ならメイちゃんさん。私が大通路までの道案内をしますねっ』

「おう、頼りにしてるぞドリー」


 やる気に満ち溢れたドリーの案内に従い、俺達は大通路へ向かった進んでいく。


 ◆


 兵士達から隠れ、やり過ごし、大通路に通じる廊下までどうにかたどり着く。

 廊下の角から顔を覗かせ、大通路の状況を確認する。確かにドリーの言っていた通り、広々とした通路には柱などほとんど無く、余り隠れるのに適しているとは思えなかった。

 広い一本の通路の両脇には、わき道のように小さな廊下が何本か見え、そこに逸れれば多少は隠れられるのではないか、とも思うが、通路のかなり先まで視界が空けているせいで、誰か来たら隠れる前に見つかってしまいそうだ。

 

 でも、ここまでくれば後は強引に突破出来そうだな。もし数人程度の兵士に見つかったのなら押し通って出口まで走るか。

 城の出口はもうすぐ近く、多少強引でも突破出来るはずだ。ただ、一つの懸念としては銀髪とかが出てきたら一気に形勢が悪くなってしまうという所だろうか。

 かといって、ここでずっと迷っていても始まらないよな。覚悟を決めて行くしかない。


「ドリー、ラング、ドラン。一気に駆け抜けるぞ。もし誰かに見つかってもそのまま突破する」

「応ッ」「うぎぎ、頑張るだよ」

〈ギャース〉


 俺の頭に居座っているキキが鳴き声を上げ、俺の頭に噛み付いた。

 ごめんって、キキも勿論入ってるから許してくれよ。


『ふむふむ。では私の今回の日記の題名は、怪盗紳士大脱出とでも名づけましょうか』


 そんなの書いてるのドリー? 今度中身を改めるからな。なんか適当なことばっかり書いてありそうだし。

 

 全員が武器を手に取り、今にも飛び出そうと足に力を漲らせているのが分かる。俺は軽く深呼吸を一回……。


「行くぞッ」


 俺の掛け声を切欠に廊下から飛び出し大通路中央をひた走る。


 流石にドランの走る速度は俺とラングよりも劣る為、全速力とまでは行かない。だが、以前に比べたら少し足が速くなっているように感じる。

 これもラングの特訓とやらの成果かね?

 

 俺達が大分奥から出てきた為か、出口までの道のりは未だ遠い。大分先に見える外に通じる巨大な門は、当然の如く硬く閉ざされているようだ。だが、やはり毎回開け閉めするのは大変なのだろう、右脇に小さなドアが付いているのが見えた。

 

 あの程度なら武器で破壊すれば開けられる筈。いけるッ、逃げ延びられる。

 

 段々と近づいてくる門に注意力がほんの少しだけ緩んでしまう。大通路の先、脇に逸れる廊下に一瞬だけ光る何かを見た気がしたが、視線を向けた時にはそんな物は無くなっており。気のせいだろうと切り捨てた。

 近づく外への脱出口。まだまだ、問題は山積みではあるが、ここさえ乗り切れれば、打てる手も広がる。


『相棒駄目です止まってッツ』


 切羽詰ったドリーの声が俺の耳を打つ。視界の端が光り、両脇に延びている廊下から魔灯の灯りを反射した氷柱と矢の弾幕が五メートル先ほどの場所に降り注いでいく。

 かなりの速度で走っていたので、咄嗟には止まれずこのままでは直撃してしまう。

 ――このままじゃ間違いなく死ぬ。

 フラッシュバックする今まで俺が見てきた死にゆく人々の表情。

 嫌だ、嫌だ嫌だッツ。

 

「死んで堪るかああああッツ」


 迫りくる死の恐怖に身体が自然と反応する。銀髪の人が見せた体捌きを応用し、力の流れを掌握する。左手にもった槍斧を振り上げ、その勢いを生かし斧部分を自分の背後に向かって叩き下ろす。地面をえぐり、速度を落とし、残った右腕を前方に向けて突き出す。


『ウインド・リコイル』


 魔法で更に速度を減少させ、がりがりと地面を抉る槍斧を離さぬ様に力を込めた。

 無理やりに減速させた為、今にも自分の腕がちぎれてしまうのではないかと思うほど。

 だが、そのお陰で、降りしきる魔法と矢の雨からはギリギリで逃れられたようだった。

 他のみんなが心配になり周囲を確認してみれば、ラングはその体捌きで、ドランは金属箱の重量を戻し地面に引きずらせ、上手く逃れられたようだ。

 

 何だってんだちくしょう。ちょっと容赦なさすぎじゃねーか?

 

 引きつるように痛む左腕を押さえ、魔法が飛んできた脇の廊下に目を向ける。ぞろぞろと出てくる兵士や騎士合わせて二十人程。それと見覚えのある顔四人。それは、今俺がとても会いたくない顔ぶれでもあった。

 クロムウェル、ラッセル、ゴラッソ、ジャイナ。


 なんで狙い澄ましたみたいに、こんな所にいるんだよこいつら。

 

 クロムウェルは兵士達に指示を出し、俺達の進行方向を塞ぐ。そのまま先頭に出て、こちらに向かいながら、腰に挿した二本の剣を抜き放つ。

 ある程度の距離まで近づくと、後ろにいる騎士や兵に聞こえない程度の声量で、俺に向かって話しかけてきた。


「メイ・クロウエ……シャイド様に注意しろと忠告され……牢屋に行って見れば既にもぬけの殻、そして城の二階からは戦闘音。そちらにはシャイド様が向かわれ、私達にはここで待てとのご命令だった。正直、半信半疑では有りましたが、まさか本当に現れてくれるとは思いませんでしたよ。

 貴方は本当に、好き放題やってくれますね」


 クロムウェルの表情は能面のように冷たく、その表情からは何を考えているか読み取れない。

 


『相棒。こういう人はまず診療所に連れて行ってあげないといけないんですよっ』


 どうやらドリーはまだクロムウェルの事を可哀想な人だと思い込んでいるらしい。否定はしないけどな。


「俺はどこかの英雄様とやら程好き勝手はしてないつもりだけどな」

 

 俺も負けじと嫌味を飛ばし、クロムウェルを睨みつけた。流石にここまでやられて黙っているほど我慢強く等無い。というよりも、面倒に巻き込まれるのが嫌でここまで我慢していただけで、既に問題が巻き起こった今、我慢する必要性が無くなってしまったともいえる。

 ドリーの魔法で痛む腕を回復して貰い、クロムウェルに向かって武器を向ける。ラングとドランも構え、いつ戦闘が起こっても良いように備えているようだ。


「そこを退けよクロムウェル。邪魔するってんなら英雄だろうが構わずぶっ飛ばす。大体真実を公表しようなんて、はなから思って無いんだ。無駄に俺に構ってんじゃねーよ」

 

 俺の言葉を聞き、クロムウェルは表情を醜く歪める。こちらまで聞こえてくる程に歯を噛み締め、憎々しげに返答を返してくる。


「私にとって……もう、そういう問題じゃないのですよクロウエ。グランウッドからの手紙が届き、貴方が肉沼を走破した中心人物だと分かった……分かりますか? 英雄は、一人でいい。貴方は、貴方は私にとって邪魔にしかならないッツ」


 押さえ込んでいたものが吹き出したかのように、辺りに殺気撒き散らし、猛然と二刀の剣を振るう。それと同時に後ろに控えていたラッセルとジャイナがラングに向かい。ゴラッソがドランに向かって走りだす。

 俺にクロムウェル、ドランにゴラッソを当て、片腕のラングを先に潰そうって腹か。後ろに控える兵士は逃さぬように警戒か? くそ面倒な事しやがって、混戦になったほうが未だ隙をついて逃げられるのに。

 

 右から切りかかってくるクロムウェルの剣をドリーがナイフで弾き、左からくるものを槍斧で防ぐ。

 擦れ合わさる槍斧と双刃。武器を押し合い、睨み合う俺とクロムウェル。


「てめーが何考えてるかしらねーけど。俺は英雄なんてなりたくなんか無いッ。一人で英雄ごっこでもして遊んでろよクロムウェルッ」

「貴方がなりたくなかろうが、なんだろうが。私以外に英雄になる可能性のあるものは許さないッ。許せる筈がないッ」


 なんだってんだこいつ、わけわかんねーよ。本当に同一人物か? 冷静さの欠片も無いじゃないか。

 これでこいつをぶっ飛ばせるとはいえ、ある程度手加減はしないといけないだろう。仮にもこの国の英雄となっているこいつに余り余計なことをすると、この先逃げ出した後更に面倒になりかねない。なんて鬱陶しい奴だ。

 

 そんな俺の思惑を他所に、襲いかかってくる双刃は俺を殺す事しか考えられていない殺気に満ちたもので、受けても受けてもお構いなしに打ち掛かって来る。

 力ならば俺が上。先ほど武器を合わせた時にそう感じた。だが、技術としては向こうが上手か、正直ドリーが居なければ危うい。でも、俺に足りないものをドリーが補い。ドリーに足りないものを俺が補う。クロムウェルの強さは銀髪の人程では無い。これならば上手くやれば勝てる。


「ドリーッ」

『フィジカル・ブースト』


 身体能力強化で、このまま一気に押し切ってやるッ。

 唐突に上がった俺の速度にクロムウェルは戸惑ったのか、精彩を欠いた攻撃をしかけてくる。

 俺は直ぐ様右手に武器を持ち替え、右からの攻撃を全てドリーに任せ、左手の篭手で反対の剣を上手く打ち払う。両手の武器を俺とドリーに弾かれ、多大な隙を見せるクロムウェル。

 ――貰ったッ。

 その隙を見逃さず、槍斧の穂先をクロムウェルの右腕に向け真っ直ぐに突き出す。


『オーバー・アクセル』『アイス・ピック』


 俺の攻撃がクロムウェルを貫く直前。魔名を唱える声が聞こえた。どうやら背後で控えていた騎士二人が魔法を使ったらしい。

 赤い魔法球がクロムウェルの身体に当たり、捉えたと思った俺の攻撃は、強化された身体能力で後ろに飛びすさり、避けられる。そして、クロムウェルが居なくなり、俺が孤立した瞬間を狙い澄まし氷の棘が、頭上から降り注いできた。


『ウインド・リコイル』

 風の砲弾を打ち出し、その場から緊急回避、目標を失った氷の棘が地面に次々と降り注ぎ、甲高い音を立てて砕け散っていく。


 警戒だけじゃ無く、フォローまでしてくるのか、あの後ろの騎士達は。

 そうなってくると一気に形勢が悪くなる。ギランの時と違ってしっかりと統制が取れているせいで、非常に分が悪い。俺の攻撃は邪魔され、隙を見せれば魔法が飛んでくる。

 肉沼から出たばかりの時に味わった苦い記憶。ブラムとの戦闘を彷彿とさせた。だがあの時と同じ手を使っても長引けばラングが危なくなり、結局ジリ貧になってくる。

 不利なんてものじゃない。ラングは二人の相手と騎士からの援護、ドランはドランで、どうやらゴラッソに苦手意識があるのか動きが鈍く終始押されている様子。

 どうする。どうすればいい。

 考えろ。思考を止めるな。このままじゃ拙い。何か、何か打開策はッ。

 いくら考えても良い案なんて浮かんでこない。基本的に戦力が足りてないのだから、浮かんでくるのは時間稼ぎにしかならない案ばかり。

 思わず眉を顰め、悔しさで顔が歪む。

 そんな俺を見て楽しそうに笑うクロムウェルはゆっくりと剣をこちらに向け、降伏を促してくる。 


「諦めなさいクロウエ。ここで死ぬか大人しく捕まるか私の慈悲です。貴方に選ばせてあげましょう」


 馬鹿かこいつは、どちらを選んでも俺に未来が無いのはわかりきってる事だろうが。次に捕まったら流石にもう脱獄なんて無理だろうし、どんな目に会うか分からない。それなら勝てるかどうか分からなくても。やるだけやってみる方が百倍マシだ。

 現状、完全に向こうが優勢だ。こうなったら、なりふり構わず目の前の敵を倒す。そう心に決め、武器を振り上げクロムウェルに斬りかかろうと……した瞬間。


 大通路の二階両脇に伸びている通路から爆発音が鳴り。二階の通路から炎が吹き出す。大通路に居た騎士やクロムウェルはその轟音に驚き動きが止まる。

 俺は音に反応し、思わず上部を見上げた……だが、目の前で起こるその事態に理解が追いつかず身体が固まる。

 空から人が降ってきた。――しかも俺の真上に。


「ちょっと、そこどいてッツ。危ない」

「あぶねーのはそっちだッ。馬鹿かこっち来んなッ」


 降ってくる謎のメイド姿の女はとてつもなく聞き覚えのある声で怒鳴りながら、俺に向かって降ってくる。


「こっちくんなーー」「どいてーーー」


 避けるまもなく俺の上に落下。反射的に受け止めてしまった俺は、衝撃に耐えられずそのまま倒れこんだ。

 眼の前が一瞬真っ暗になって意識が飛びそうになるが、気合で乗り切り、起き上がろうとする。だが何かに抑えられ動けない。

 徐々に視界が戻ってきて、何かを確認する、と。俺のよく知っている人間が倒れた俺の上にペタリと座り込み、こちらを見ていた。


「あら、メイじゃない。こんな所で、奇遇だわ」

「どこの世界に上から降ってきて『あら、奇遇ね』で、すますアホがいるんだよリーン」

『相棒今まさにその状況ですっ』


 そうだけど、そうなんだけどっ。意味が少し違うんだってドリー。


「ドリーちゃん久しぶりーー」

『リーンちゃん久しぶりーー』


 いえーい、と二人でハイタッチ。

 ……いや、二人共仲が宜しくて相棒は大変嬉しく思います。

 でもな。


「……先ずはそこをどけやコラッツ」


 俺だって、久しぶりに会えて嬉しいけど、頼むから先ずこの状況をわかってくださいお願いします。

 訳のわからぬ状況にここにいる全ての人間が混乱し固まっている。

 だが、その上から降ってきたリーンのお陰で、先ほどまでの追い詰められていた精神は和らいでいたのだった。



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