濁った水晶陰りを見せて、騎士と樹手は近くて遠い
【時刻二十一時半】
リーンと共に馬車に揺られ、目的地であるクレスタリア城へと着く。城門手前で馬車から降り、リーンに木箱を抱えさせ、少し後ろをついて来させる。
衛兵が私を見つけこちらに向かってくるのが視界にはいった。
さて大丈夫だとは思いますが、どうなる事か。
私の前まで走りよってきた衛兵は、背筋を正し、質問を投げかけてくる。
「これはスケイリル様。こんな時間にどうなさったのでしょうか」
「ご苦労様です。いえ、珍しい武器を手に入れ、明日にでも姫様に献上しようと思っていたのですが、私の屋敷で保管するには少々高額なものでして。城の宝物庫にでも入れておこうと持って来たのです」
「また急ですね。失礼ですが中身を確認しても?」
「勿論、ですが……くれぐれも丁重にあつかってください。何かあれば貴方の首が何度飛ぶか、わかりませんよ?」
冗談交じりに少し脅しを入れておく。苦笑いを浮かべた衛兵は慎重に木箱をリーンから受け取り、中身を確認していく。
「これは……かなりの業物のようですね。柄に入った印はジム・オルコニアスの物。確かにこれは宝物庫にでも保管しておくほうが宜しいですね」
ふむ、どうやらこの衛兵は中々武器を見る目がある。ジムの印等知らない者の方が多い筈ですし。それに話してみた感じでは……この衛兵はシャイドの息が掛かっていない様だ。
これは、私達にも大分運が向いてきているという事でしょうか。更に言えば、衛兵がメルライナの宝剣だと知らなかったのも運が良かった。まあ、もし知っていたとしても姉妹剣だとでも言う予定でしたが……下手に嘘をつき、ぼろが出てしまっては困りますし、助かりましたね。
衛兵は木箱をリーンに返し、そのままリーンに対する質問を続けてくる。
「こちらは問題ありません。後は、お連れ様の身分を確認したいのですが」
「スケイリル家の新しい侍女です。これから城に使いに出す事もあるでしょうし、武器を持ってくるついでに姫様にお目通ししておこうと思ったのです。
彼女の身分はキリナ・スケイリルの名において保障いたしましょう」
少し考え込む衛兵だが、やがて静かに頷き、道を開けた。
「そうですか、スケイリルの保証とあらば問題ないでしょう。どうぞ」
私は軽く礼を述べ、リーンを引きつれ城内へと入っていった。
夜の帳の中、キラキラと光り輝くクレスタリアの城。
いつ見ても美しく、それを誇りに思い、胸の奥が少しだけ暖かくなっていく。
私は、やはりこの国が好きなのだと、そう実感させてくれた。
城内へと通じる大通路。城の二階まで突き抜けている為、天井はとても高く、大きめの水晶柱が幾つか連なったシャンデリアが天井に吊るされ、煌々と輝き一階の通路と両脇にある二階通路を照らしている。
大通路を奥に向かって暫く歩いていると、目の前から余り会いたくない人物が歩いてくるのが見えた。
ダリム、よりにもよってこの男ですか……。
ダリムに会いたくない理由としては彼がシャイド派であり、城の文官の中ではそれなりに地位の高い位置にいる非常に面倒な男だから。
無視でもされて、そのまま通り過ぎてしまえば良いものを、ダリムは少々肥え太った身体を揺らし、好色に満ちた瞳をこちらに向け、わざわざこちらに近づいてきた。
「おっとスケイリル殿ではありませんか。珍しい、貴方がこの時間に城内にいるなどずいぶん懐かしく感じますな。さてさて、一体何の御用で?」
「スケイリルが城内にいる事に珍しいも何もないでしょう? 今日は姫様に献上品の持ち込み。それと新しく入った侍女の顔見せをしておこうと思っただけです」
「スケイリル殿も大変ですな。そろそろ姫様に媚を売っておかねば城での立場が無くなってしまいますからな」
「…………」
厭らしい笑いを浮かべたダリムの顔を見ていると、この場で叩き潰してやりたい、という気持ちが沸いてくるが、今はまだ我慢の時。ここで問題を起こす必要は無い。
「スケイリル殿なら、そんな面倒な事をせずとも……そう、例えば、私の良いようにしてくれれば、シャイド様に掛け合い待遇をいくらでも改善してやるが? そちらの侍女も麗しい見た目をしている事だし一緒にどうだ?」
その言葉に怒りを通り越し、ため息が漏れた。今まで似たような事を何度かこの男に言われてきている。
ダリム……この男は昔はここまで下種な輩ではなかった筈なのですが。
元々女好きの気が有りはしたが、仕事はキチンとこなし、節度も保った行動をしていた。前はここまで欲に塗れた目をした男ではなかったのに、それが、シャイド派になってからは有りえぬほどに傲慢に、どこか、枷が外れたかのようになってしまっている。しかも、この男だけでは無い。シャイド派についている者皆が、金、権力、女、今まで隠していた物を解き放つかの様に、濁ってしまった。
そうならなかったり、シャイド派につかなかった者もいたが、今ではほぼ全員事故や、犯罪者として捕まってしまっていたりと、権力の中枢から消え去ってしまっている。
クレスタリアという名の水晶は、いつからこんなにも濁り輝きを失ってしまったのか。
ダリムの言葉で後ろにいるリーンが私にしか分からぬ程度に殺気を膨れ上がらせているのがわかる。これ以上かまってはいては、何時後ろにいるリーンが切れて暴れるとも限らない。私はダリムの言葉を無視して先を急ぐ事にする。
そんな私を引き止めるべく、ダリムが声を荒げ、追いかけてくるのがわかった。
「待て、待てと言っているスケイリル殿」
背後から手を伸ばされる気配を感じ、振り払おうと動いた瞬間、ダリムの真上から突如水晶のシャンデリアの一部が落ちてくるのが見えた……私は無意識に手に持った槍を振るい、落ちてきたシャンデリアを打ち砕く。
頭上で響き渡る甲高い破砕音に頭を押さえうずくまるダリムは、その後周りを見渡し、自分の晒された危機を再確認したようで、湧き上がった恐怖で腰が抜けてしまったようだ。そのまま尻餅をつき、口をパクパクと動かし、声も出なくなっている。
「どうやら上からシャンデリアの破片が落ちてきた様ですが、何故急に……」
警戒をこめて天井を見上げるも、特に異常は見当たらず、侵入者でもいるかとも思ったが、人一人隠れる場所など天井にはありはしない。
――点検整備がなっていませんね。姫様がお通りになられた時に落ちてきたらどうするつもりなのですか。
しかし、この状況のお陰か、鬱陶しいダリムが思わず黙り込んでしまった事には思わず感謝してしまっていた。
それにしても、思わずダリムを反射的に助けてしまった……やはり私はまだ、この城の者達を信じていたい気持ちが残っているのかもしれないですね。
だが、今はそんな甘い事を考えている暇など無い、と思い直し、頭を振り、くだらぬ思考を追い出した。
「私は先を急がねばなりません。少しでも今の事に恩を感じて頂けたのなら、後の始末をしておいてください」
私の言葉にダリムは無言のままコクコクと顔を上下に動かし返事をする。
本当に恩義を感じたのか、ショックで思考が止まっているのかは知りませんが、助かりますね。このままここにいては今の音を聞きつけ、兵士や下手したらシャイドまで集まってきかねません。さっさとこの場を去る方が良いでしょう。
未だ立ち上がる事も出来ずにいるダリムを放っておき、先へと進む。
「むきいい、腹立つわねあいつ。ぶっ飛ばしてやりたかったわ」
子供の様に地団太を踏み鳴らし憤慨するリーン。ずいぶん荒れていますね。何かあーいった手合いで嫌な記憶でもあったのでしょうか?
「気持ちは分からなく有りませんが、騒ぎを起こしてはいけませんよリーン」
「分かってるわよ、ちゃんと我慢したじゃない……というかキリナ。かなり昔だけど、クレスタリア城に入った記憶はあるのよね、その時もこんなに陰鬱とした雰囲気だったかしら? 今が夜だからそう思えるだけかもしれないけど……」
「いえ、リーンの感じた違和感は間違っていませんよ。シャイド派に取って代わって以来、城内の雰囲気はいつもこんな物ですよ」
重く澱んだ雰囲気は城内に溢れ、今現在高い地位に居るものほど目が淀み、瞳に影を宿している。こんな空気ではなかった、こんなにもクレスタリアは濁ってはいなかった。何をしたらここまで変えられるのか私には理解出来ない。だがこのままで良いはずがない事だけはわかっている。
大丈夫、私はスケイリルなのだから。
スケイリルの水晶槍は決して濁ったりなどしないのだから。
自分自身を奮起させ、この濁った雰囲気にあてられそうになる自分を叱咤する。側にいるリーンを見れば、顔を顰め、嫌な空気を払うかのように、頬を一つピシャリと叩いている。
「全く、こういう雰囲気ぶち壊すのが得意な二人が捕まってるって所がまた痛い所よね」
ブチブチと愚痴を零すリーン。やれ最近二人に会っていないだの、会いに行ったら捕まってるだの、問題ばかり起こして、と。――あれで、聞こえないように呟いているつもりなのでしょうか? 完全にこちらまで聞こえているのですが。
それにしては、ぶちぶちと、文句を言っているわりには早く会いたいという気持ちがこちらにまで伝わってきて、なんとなく微笑ましい気分にさせてくれる。
「ほらほら、リーンさっさと貴方の仲間を助ける為、先を急ぎますよ」
「――ッ!? そうねっ。さてキリナ、どんどん行きましょう」
ハッと顔を上げ、先にズンズンと進んでいくリーンの後を、一つため息を零し着いて行く。
「全く……侍女が私より先に進んでどうするのですか」
◆◆◆◆◆
【時刻二十一時二十分】
家の影に身を(?)隠し、私は城を見つめながら考えこむ。
どうしましょうか……門には衛兵、城の周りは高い城壁で囲まれています。このまま中に入るには衛兵の目をくぐり抜けないといけませんが確実に見つかってしまうでしょう。
むー。策があるにはあるのですが、流石にこのまま大樹車を持ち込むの事までは不可能ですっ。少々心配ではありますが、このタルの裏にでも隠しておきましょう。
民家の脇に置いてあったタルの裏に車を隠し、持ってきた種の入った袋を手首に縛り付けた。ダガーナイフも袋に付いている紐で括り、樹々ちゃんを根足の一本で巻きつけ、掴みあげ、突入準備を整える。目指すは城壁の上、今も見回りの兵士がウロウロと歩いている場所。
――右に兵士さんが行って、暫くすると左から違う人が来て……。
タイミングを図りながら、好機を待つ。根足で掴んでいるキキちゃんに大人しくしているように、と声をかけた。
『じゃあ樹々ちゃん行きますよ? 暴れたら駄目ですからね』
〈ギィッ〉
どうやらキキちゃんは、素直に従ってくれるようで。一声了承の声を上げると、大人しく根足に捕まえられ待っていた。
城壁の上に見える兵士が左右から歩いてきて入れ替わる。つまり暫くの間は背を向け合い歩く為、死角が出来る。
――ふふふ、この瞬間を待っていましたっ。
キキちゃんを掴み上げたまま、残った足で城壁の元へと歩み寄る。
『ウッド・ハンド』
地面から生えた樹木の手は、私の動きに連動し、私を抱え込む動作を取る。後はそのまま相棒と共に経験したくっつき虫作戦を決行。
気合を込めて自身を上に向かって投げ飛ばす。グン、と加速と風圧が身体に掛かり、私の身体が空を舞う。徐々に近づいてくる城壁の上、狙い通り、投げ飛ばした私の勢いは、頂点に近くに差し掛かり勢いを失った。
『アイビー・ロープ』
城壁の凹凸になっている部分に向かって蔦の縄を伸ばし巻きつける。蔦を操作し身体を上に引き上げ、城壁に上がりこむ。念のため辺りを確認すると、狙い通り兵士には気がつかれていないようだった。直ぐ様、城壁の上を城に向かって横切り『アイビー・ロープ』を再発動し、反対側の凹凸に巻きつけ、蔦をどんどんと伸ばし、城壁から中に向かってスルスル、と降りていく。登る時は流石にこの高さまで魔法が伸びてはくれないが、降りるだけならただ伸ばすだけ、飛ばす必要がない為、下まで簡単に伸びてくれるだろう。
――この勇姿を相棒に見せられないのが非常に残念ですね……きっと相棒なら「流石だな、凄いぞドリーっ、ご褒美に今日から毎日一回は撫でてあげることにしようッ」と言ってくれるに違いなかったのに。
……にゅふふ、そんな相棒、毎日だなんて、よろしいんですかッ!? ふんふふーん、これは相棒に会ったら私の活躍を一から詳細に説明せねばなりませんねっ。
今から相棒を助けた後、何て言って自分の活躍を報告しようか心が踊り、自分の状況をすっかり忘れ、どうやって相棒に褒めてもらうかを考えこんでしまう。だがそんなくだらぬ事を考えていたせいか、思わず力が緩み……ズルッ、と下に落ちてしまう。
――ふぉっ、拙い、このままじゃ落ちてしまいますっ。
と焦ったが、その焦りに比例しない軽い音をたてて、普通に地面に着地出来た。どうやら一人で考え込んでいる間にいつのまにか下まで着いていたらしい。
こ、これはちょっと恥ずかしいですねっ、このことは相棒には黙っておきましょう……。
どうにも一人で行動していると集中力が散漫になってしまい、妙なドジを踏んでしまう。
これは、本当に夜まで待って正解でしたね……。
夜に紛れているお陰で多少のミスでも未だ見つかっていないが、これが昼間に来ていたなら、ぼけっと考え込みながら城壁を降りている時点で見つかってしまっていたかもしれない。
まあ、余り考えててもしょうが無いでしょう。今は先ずどちらに進んでいけばいいかを考えないといけませんっ。どうやらここは中庭の様、取り敢えず目の前に見えるお城の中に入っていけばいいと思うんです。ブレスレットの水晶もここからまっすぐに進んだ先、少し下辺りを指しているようですし。
キキちゃんを地面に降ろしてやり、一緒に先に進んでいく。時折見回りの兵士を見つけるが、物陰に隠れたりしてやり過ごす。暗がりに私の黒い身体が溶け込んでいるお陰か、全く見つかる様子は無い。
暫く進むと城内に入っていけそうな小さな窓を見つけ、そこに身体を滑り込ませて侵入していく。窓から中に入ってみればそこには廊下が続いており、魔灯の明かりで意外と明るく見通しが良い。
もう少し暗い方が見つかり辛いので助かるのですが……この廊下をこのまま進んでいては、誰か来た時に隠れられませんね。急いで移動しなければ。
私は素早く判断を下し、ブレスレットの引かれる方向に向かって急ぐ。
運の良い事にここまで誰も通る様子は無く。とても広い廊下にまでたどり着くことが出来た。天井は高く、上にはキラキラ光る綺麗な水晶が付いている。
このままここを真っ直ぐですか、むー、この城は隠れる場所が少なすぎていけませんね。
どうにも石材の強度が強いのか、水晶板のお陰なのか、グランウッドに比べて柱の数なども少なく、余り隠れられそうな場所が無い。もしもの事を考え、隠れる場所の事も考えねばならないのだが、中々いい案が思いつかない。
だが、考えながらも先に進んでいく私の耳に無常にも微かに人の歩いてくる足音が聞こえてきてしまう。
――ッツ!? まずいこちらに近づいてきています。どどど、どうしましょう。どこに隠れればいいんでしょうっ。
焦った所で周囲に隠れる場所は見つからず。思わずどうしようも無い現状に嘆き天井を見上げた。視界に入るは、キラキラ光る水晶の明かり。それを見つけ少しだけ活路が見いだせる。あの大きさ、人の重さには耐え切れないでしょうが、私とキキちゃんならいける筈。
どうにかあそこに登れれば、やり過ごせるんじゃないでしょうか? 余り考えている時間はありません。すぐに行動しないと。
キキを再度根足で掴み、天井に向かって手を向ける。
『アイビー・ロープ』
蔦の縄が手から飛び出し、上部に輝く水晶の一本に巻き付き、そのまま蔦を操作して自らの身体を引き上げる。水晶柱の一本を手で掴み上部に這い上がり、身を隠す。
おお。どうやら間に合ったようですっ。
下から上は死角になっている為見えないが、上からは下の様子がよく見える。なんだか記憶に新しい銀髪の女性と、その女性が着ている服によく似た服を着る赤い髪の女性が歩いてくるのが見えた。
あの銀の人は確か相棒に襲いかかっていた危ない人だった筈です。ふー、間一髪でした……それにしてもあの赤い人はリーンちゃんに顔がとても似ていますね。世界には三人のそっくりさんが居るんだ、と相棒に教わりましたが、まさかこんな所でお目にかかれるとは……後で相棒に自慢しましょうっ。
大体本物のリーンちゃんがこんな所に居る筈無いですし、服も違うし武器も持っていない。やっぱりあれは別人ですね。
リーンちゃん(偽)の事は一先ず放っておきましょう。それよりも、もう一人通路の先から誰か来るようです。おお……なんいうかでっかいドングリみたいな人ですね。
下を歩いている人達は、さっさと何処かに行けばいいものを、何やら真下で話を始めた様子。
ぐぐぐ、早く相棒の所に行かないと行けないのにっ。まだーですかーまーだーでーすーかー。
無意識で身体を揺すり、早くしろと心の中で急かす。だが、余りにも揺らしすぎたせいか、連なった水晶柱の一本に当たってしまいボキリと地面に落ちてしまった。
ふぉぉぉッ。これはなんとういう失態……相棒風に言えば「やっべ、マジねーよ。何これ、あれだよね、元からもう壊れてたんだよね? だから俺は悪くない」と言った所でしょうか。どうしましょう、これお高いんでしょうか? 弁償とかしないといけなくなると、私のお小遣いで足りるか分からない……っは!? そんな場合じゃありません。下の人はどうなったのでしょう。
ばっと下を覗き込み、様子を探ってみると、銀の人が落ちてきた水晶を砕いた様で、どうやら無事な様子。その後上を睨みつけるかのように顔を向けられ、一瞬バレたのかと思ったが、どうにかバレてはいないらしい。
なんにせよ無事でよかったです。流石にあれが直撃されでもしたら、非常に悪い気がします……。
やっとの事で下から銀の人とリーンちゃん(二人目)が居なくなってくれ、残るはドングリさん一人のみ、呆然と座り込んでいたドングリさんも何か思い立ったのか急に立ち上がり、兵士を呼びつけ何か指示している。水晶のかけらを指している事から片付けの指示でもしているのでしょうか。
取り敢えず銀の人が居なければどうにでもなりそうですね。左右を見渡すと、両脇に二階の通路が通っているのがわかる。取り敢えずどちらでも良さそうなので、天井途中にある装飾に蔦を伸ばして振り子の様に右側通路に向かって飛んでいく。
『あーああー』
この掛け声は一体なんなのでしょう。相棒がアイビー・ロープ初めて見た後、こういう状況になったら絶対に言えと、言っていました……訳は分かりませんが、確かにどこと無く気分が高揚するといいますか、素晴らしいものですっ。さすがメイちゃんさんっ。
スタッ、と通路に降り立ち、キキちゃんを下ろす。
しかし中々上手くいきませんね。私は下に行きたいのに上に来てしまいました。先ずは下に降りる階段を探さないと……。
辺りを散策し、下に降りる階段を見つける。
どうやらこの階段を降り、先に見える廊下を進めば相棒の居る方向にいけるようですね。
今回は大樹車も持っていませんし、普通に降りていくことにしましょう。
ピョンピョンとキキちゃんと共に階段を降りていった。
そのまま廊下を進み、人がやってきた時は天井に張り付いて隠れたり、廊下に置いてある花瓶の中に入ったりと、地道に先へと進んでいく。
進んでいく途中に隠れる場所が無くなり已む得なく近くの部屋に入ってしまう。どうやら武器やら装備がゴチャゴチャと置いてある場所の様だった。部屋の中には特に誰も居なく、やり過ごした後はそのままその部屋を後にした。
暫くそのまま少し進んでいくと、少し開けた場所が見えてきた。他の場所に比べ薄暗く、先には下に進む階段があり、そこには衛兵が一人立っていた。しいていうならドアの無い小部屋とでも言えばいいのだろうか。私は、直ぐ様小部屋に入る手前の壁に隠れて様子を伺った。
見れば小部屋に入って階段までは隠れる場所も無く、あの先に行こうとすれば、確実に衛兵に見つかってしまうだろう。
どうしましょう。せっかく潜んできたのに……相手は一人、突破しようと思えばできますが、交代で誰かが来たらすぐにバレてしまうし、もしかしたら身動きを封じる前に声を上げられてしまうかもしれません。できれば、ここでバレて騒がれることは避けたい。
――こんな時、相棒ならどうするのでしょうか。多分相棒なら手持ちの物だけで何か考え、バレずに突破するに違い無い。
メイちゃんさんの相棒である私がその位できなくては格好が付きません。大丈夫。何か、何か考えるのですっ。
幸いにも衛兵は一人のみ、あの一人を何処かに誘導してしまえばいいのですが……そうですっ。音、音でおびき出せばいいのではないでしょうか? でも何で音を鳴らせばいいのでしょうか。近くに見えるのは廊下に置かれた花瓶のみ。あれを落として音を鳴らすにしてもダガーナイフなどで落としたりすれば誰か居ることを知らせるような物。アイビー・ロープでは蔦を戻す間に駆けつけられバレかねない。後持っているものと言えば植物の種……暫く考えこむ私の脳裏に電撃が走ったかの様に作戦が閃いた。
――おお、これなら証拠隠滅もできますし、私はここに隠れたまま遠隔操作で花瓶を落とせます。
思いついた作戦を実行する為に、花瓶に近寄り中にグロウ・フラワーを掛けた種を一つポツリと入れる。
元の位置に戻り、暫く大人しく待つ。
不意にグラリと花瓶が揺れ、甲高い音を鳴らし地面に落ちて砕ける。
「ん? 何の音だ、誰か居るのかっ? おいおい、なんで花瓶が割れてんだっ。なんなんだ一体、割れた後には異常も無いみたいだし……」
衛兵が音につられて奥から出てきた。私は隠れていた壁を通り過ぎた衛兵と入れ替わる様に奥に向かう。衛兵は目立った異常である花瓶に目を奪われ、私に気がつかない。
にょほほ、完璧な作戦でしたね。グロウ・フラワーで成長させた植物には私の魔力が掛かり強化されています。そうっ、根で花瓶の底に少しだけ穴をあける程度には。そのまま内部で成長していく植物を少しだけ操作し根で花瓶を持ち上げ台から落とす。
普通ならばグロウ・フラワーに植物を操作する力など無いらしいのですが、私はグランウッドと同じ様な存在、植物に関しては得意魔法なのですから。
上機嫌で地下に向かう階段を降りていく、真っ直ぐにその先を指し示すブレスレットの水晶を見て、私は勢い良くガッツポーズを取った。
◆◆◆◆◆
【時刻二十二時】
二十一時頃から引っ張られるネックレスに気が付き、俺はその様子を伺いながら牢屋で過ごしていた。時折、力が無くなったかのようになるが少しするとまた力が働く。
この現象から察するに多分ドリーがブレスレットの魔法を何度か発動させているのだろう。ちょろちょろと動いているようで、忙しなく引かれる方向が変わっていたのだが、つい先程から牢屋から見える通路先に位置が固定されていた。
これはドリーの奴マジで侵入してきたんだな。リーンは一体どうなっているんだろうか? ドリーがここまで来たということは会えなかったのか? それとも二人揃って侵入なんて無茶な事してないよな。
〈おい、ラング、ドラン。どうやらドリーがこっちに向かってるみたいだぞ、動けるように準備しておいてくれ〉
〈おお、さすがドリー殿。了解した〉
〈でもドリーどん来たからってどうすんだべ? 逃げんのはいいけんども、その後はどうすんだで〉
〈……さ、さあ〉
〈メイどーん頼むよー。メイどんだけが頼りなんだで〉
〈待てドランそれでは自分が頼りにならないみたいではないか〉
〈ラングどん……おら、人には向き不向きと言うものがあると思うだよ〉
間違いない。ラングに任せたら全部力押しでどうにかしそうだもんな。もしくは気合とそんなので。
失敬なと騒ぎそうになるラングをどうにか大人しくさせ、視線を通路の先に戻す、と俺の目が通路の先で何かが横切るのを捉えた。
テテテテテテテテッ。
石の通路の両側に、上部の梁と繋がっている柱が並んでいるのだが、その柱から柱に見覚えのある腕が走って隠れていくのが見えた。
今のドリーだよな? 見間違いじゃないはずだけど、しかもキキまで連れてきてやがる。
チラっ。
指先だけ柱からのぞかせ、こちらを伺うドリーとキキ。
ゴロゴロゴロゴロゴロ。
チラっ。
何故か床を転がり柱から柱へと移動し、また指と顔をのぞかせる。
…………。
スタンッスタンッスタンッスタン。
チラっ。
ハンドスプリングの要領で前転しながら次の柱へ、徐々にだが一本と一匹はこちらに近づいて来ていた。
――ドリー、不覚にもちょっとカッコイイとか思ってしまったが、転がらなくていいし、ハンドスプリングで移動しなくてもいいんだぞ。
いや、まあ、物陰に隠れながら移動したりするときはスタイリッシュに移動するんだぞ、とか冗談で教えたのは俺だけどさ、まさか本気でやるとは思わないよね。
大分近くまでやってきたドリーは俺に向かって手信号で何かを伝えてくる。
普通なら分からないだろう。だが俺とドリーは以心伝心なのだからこれくらいは余裕で出来る。俺はドリーと手話で会話を始めた。
【相棒っ、あそこで眠そうにしている衛兵はどうしましょう?】
【今は後ろを向いているし、奴は眠さに負けて集中力が無い。バレないようにこちらまで向かってきてくれ、それから少し話をしてこれから先の事を決めよう】
【了解しました。直ちにそちらに向かいますねっ】
【ああ、ドリーよく来てくれた。ありがとう】
【ふふふ、相棒ですからっ】
そこまで手話で会話し二人同時に親指をビシッィと突き立て、お互いを褒め称える。
でもドリーは喋っても聞こえないんだから、手話である必要性はなかったよな。まあ雰囲気的なものなのかもしれないけど。
〈メイ殿さっきから何を面妖な動きをしておるのです〉
〈ほっとけッ、今ドリーがそこまで来ててちょっと会話してたんだよ〉
〈メイどんすんげーだよ。喋らなくても伝わるもんなんだな〉
〈おう、俺とドリーの仲だからな。簡単なもんだ〉
ラングとドランに説明をして視線を戻せば今まさにドリーとキキは衛兵の真後ろをソロリソロリと歩いているところだった。
――よしよし、そのままバレないように……後ろから近寄り、身体を沈み込ませて飛び上がり、衛兵の首筋に手刀を打ち込み眠らせる、と。
おいい、なんでだよッ!? え、何してんのドリーさん。どうしてそうなった。
『相棒……作戦通り、この不届き者眠らせてやりましたっ。この腰につけているのが牢屋の鍵ですねっ。ぬおお。ここまでお見通しだったのですねっ』
〈流石メイ殿。良い作戦です〉
〈お、おう、まあな。完璧に作戦通りだったよなドリー〉
『はいっ』
いやホント作戦通りだった間違いない。
〈メイどんなら一旦ドリーどんをここまで呼ぶかと思ったけども違ったんだな。ちょっとビクッリしただよ〉
いやドラン。現状一番びっくりしているのは俺だと思います。
ドリーの持ってきた鍵束を使い、牢屋を開け外に出る。だがどうやら腕輪の鍵はこの束には無いらしく、残念ながら外せなかった。そのまま倒れている衛兵を縛り、牢屋に投げ込げこむ。これなら交代や人が来るまで暫く時間を稼げるだろう。
「しかし、せめて武器があるならこの腕輪壊せるんだけど、どこに持ってかれたか分からないしな」
「確かにこのまま腕輪をつけたままではかなり不便ですな」
「おらには腕輪は余り関係ないけんども、やっぱりあのバッグパックは返して貰いたいだよ」
俺としては、ちょっとドランの金属箱をバックパックと言うには躊躇われるんだが。
そんな事を考えていると、俺達の会話を肩の上で聞いていたドリーがハッ、と声を上げ話し始める。
『メイちゃんさん。私ここに来る途中、武器や防具やなんかゴチャゴチャ置いてある部屋を見つけましたっ』
でかしたぞドリー、それが本当なら俺達の装備もそこにあるかもしれないな。ゴチャゴチャと置いてあるって事は多分正規の装備じゃないだろうし、貴重なものでもないのだろう。さらに言えばここに来る途中ってのもミソだな。牢屋に近い位置に置いてある装備置き場って言えば、犯罪者や一時牢屋に入れておいた人の装備や荷物を置く部屋なのではないのだろうか? べつに全員が全員牢屋に捕まったままってわけでもないし、余り遠くの部屋にしておくと不便な筈。行くだけの価値はあるだろう。
「よし、じゃあ先ずはそこに向かってみる事にしよう」
「というかメイどん本当に脱獄すんのけ?」
「馬鹿を言うなドラン。牢なら既に出てしまったじゃないか。それにもう既に衛兵に危害を与えてしまっているし、このまま此処にいたって、もうどうしようもないだろ」
「……はあ、それもそうだで。もうこうなったら覚悟をくくるだよ。強くなるのっって難しいもんだと思っていたけんども、メイどんと一緒にいるとなんだか嫌でも強くなってしまいそうな気がしてきただ」
「いや待ってくれ、別にいつもこんなことばっか巻き込まれてる……わけじゃ……ない、かな?」
『メイちゃんさん、自信がなさすぎて逆にびっくりします』
そういわれても、考えれば考えるほど笑えなくなってくるんだよドリー。
今度こそ完璧にお尋ね者になってしまいそうだ。ち、畜生。
大丈夫、簡単な事だ。先ずはどうにかして装備を取り戻し、見つからないように城から脱出、リーンを都市から見つけ出し、捕まる前に逃げ出すと。
意外と難易度たけーよ。でもどっちにしたってもう逃げ出す事しか出来やしない。このまま此処にいても俺達に掛けられた冤罪が洗われるとは思えない。
色々と深く考えれば頭痛がしてきそうなので、まずは何も考えずここから逃げ出す事に集中する。
「よし、逃げるぞ皆」
『おー』「うむ」「いいんだかなー」
俺達は小さな掛け声を上げ、一階に通じる階段を慎重に上がっていった。