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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶都市クレスタリア
44/109

カビた匂いと石畳。お嬢と淑女が動き出す


 【時刻二十二時】


 辺りは陰気に薄暗く、冷たい石畳の上でジメジメとした空気と鼻孔に香るカビのエッセンス。

 気分は最悪です。

 クロムウェルに捕まり、城まで連行された後、結果の決まった事情聴取を受けると、さっさと牢屋にぶち込まれた。

 クレスタリア城の地下にあるこの牢は、城の外観からは想像できない程、陰鬱とした雰囲気を醸し出している。

 連れてこられる時に確認したが、通路は一本のみ、片側に牢屋が立ち並ぶ構造のようだ。何人かの人が牢屋に入っていたのを確認したが、全員牢屋に捕まり陰鬱な空気に長時間晒されているせいか、瞳には生気が無く、特に騒ぐ様子もなかった。

 

 やっぱり牢屋ってのはこんな感じばっかりなのかね? いや、まあ。牢獄が豪奢な装いだったら逆にビックリだけど、もう少し綺麗にしてもらいたいものだ。

 格子から外を覗いてみれば、先は石材で囲まれた通路。そして、一定間隔で木材で出来た柱と梁が並んでいる。正面には看守が椅子に座り机に向かっている様子が見えた。その背中からはどこと無く、退屈そうに暇を持て余している様子が伺えた。

 

 牢獄の中はそこそこ広く、俺、ラング、ドランがまとめて詰め込まれている現状でもまだ余裕がある。

 壁、床、天井は灰色の石材で出来ており、きっと内部には堅牢な金属が埋め込まれているのだろう。目の前に見える鉄格子は、すこし黒光りした金属で出来ており、ドラン曰くミスリルと黒鉄鉱との混合金属じゃないか、との事。

 ラングに「壊せそう?」と聞いた所、直ぐ様「無理に決まっておろう」との言葉を頂いた。

 どうやら俺達に着けられている腕輪と足輪には魔法を使えなくさせる効果があるらしい。それ以前にラングは装備すら無い為、現在身体強化の魔法すら使えず、生身でこの鉄格子を壊せるわけがないという訳だ。

 現在は牢に入れられている為、鎖を外され多少の自由は効くのだが、手が使えた所で何が出来るわけもなく、多少はラクになって良かったな、という事位だろう。まあ、仮にここを破って逃げ出せる状況だとしても、迂闊にそんな事をしてしまえばそれこそ言い逃れが出来なくなってしまう。ドリーとリーンが自由に動けるこの現状で自分の立場を更に不利にするような事は出来ない。

 考えれば考えるほど、俺は余計な事をせずに大人しくしておくことが今出来る最善だと思えてくる。だが、もしもの事を考えて、逃げ出せる様な手も考えておかなければならないのだが……。


「無理っぽいよなー」

「無理であろうな」

「おらもちょっと厳しいと思うだよ」


 どうやら全員考えていることは同じようだ。


「しかし誠に申し訳ない。自分が我慢出来なかったばかりに、より不利な立場にしてしまった……」


 石畳の上で正座をしながらラングが俺達に謝罪してくる。


「もういいって、しょうが無いよあれは、俺だって相当腹が立ったし。それにさ、どうせあそこで何もしなくても、絶対こうなってたから。クロムウェルだって最初から俺達捕まえる気満々だったしな」

「そうだでラングどん。焦ったって仕方ないし、今は大人しくしとくのがいいだよ」

 

 牢屋に入れられた後、冷静になったラングはずっとこの調子だった。多分、冷静さを欠いてクロムウェルに簡単に取り押さえられた事が効いているのだろう。だが、意外にも冷静だったのがドラン。彼は特に暴れるわけでも無く、憤慨する訳でも無く、現状を冷静に見れている気がする。

 

 不思議に思い聞いてみれば、本人曰く馬鹿にされたり、村に住んでいた時はでまかせで罪を被せられたことも何回かあったから慣れているんだとか。

 ――俺が思うに、この落ち着きを戦闘でも持てていれば、馬鹿にされる事なんて無かった気がするぞ。

 関心していいやら、呆れていいやら中々難しい所だ。

 俺だって、たまに大声を出して暴れまわりたい衝動にかられたりもするのだが、今、冷静さを保てているのは多分ドリーとリーンが捕まっていない、というのが大きいだろう。別に二人が確実に助けてくれるとか思うほど楽観視はしていないのだが、何故かあの二人が無事だという事だけで、安心感を感じている俺がいた。

 本当、ドリーとリーンには助けてもらってばかりだよな……。

 少々自分が情けなくも、男として恥ずかしくも思い、溜息が止らなくなってくる。


「メイ殿ため息をすると勝機を逃すと聞いたことがありますぞ」

「いや、そんなの聞いた事ないから」

「ラングどんそれはちょっと……」

「むむ、カルガンでは有名な諺なのですが」


 ラングみたいな奴ばっかか、カルガン族ってのはよッ。

 その言葉から、ラングがワラワラと住んでいる村を想像して思わず背筋が凍りそうになる。

 村人全員が修行しかしてないとか想像しただけで恐ろしい。

 思わずブルリと身を震わせてしまったのは、牢獄の冷んやりとした空気のせいだけでは無いだろう。

 

 牢屋の中で考える以外特にする事も無かった俺は、首に掛けたネックレスをチャラリと鳴らし、手持ち無沙汰に先に付いている水晶を指で弾く。

 他の装備は全部取られてしまったのだが、このネックレスは見逃して貰えた。と、いうより、奪う必要がなかったと言えばいいのか。


 一人に対して刻める刻印はいっぺんに一つだけ。

 それ以上つけると身体の魔力が分散してしまい、魔法が上手く使えなくなると聞いた事がある。腕輪の魔法封印は、刻印に魔力を通さないようにする構造らしく、このこのネックレスには魔力を通して魔法を発動できる。

 装備を奪われる時に、騎士達は水晶に刻まれた刻印をちゃんと確認していたらしく、これだけは持たせておいてくれと言ってみれば案外あっさりと許可が下りた。

 

 牢屋から出られる様な魔法が発動するわけでもないし、この牢の場所自体、秘密でもなんでもないので、特に奪う必要がなかったという事だろう。

 流石に犯人確定なら問答無用で奪われていたかもしれないが、未だ俺の現状は犯人の可能性が非常に高い人物、程度。まあ、ラングが殴りかかったお陰で、それを理由にあっさり牢にぶち込まれてしまう事にはなったのだけど。

 

 一人考えこむ俺の鼻に悪臭が入り込んでくる。

 しかし臭いな地下牢ってのは。


 この地下牢はカビの匂いも酷いが、アンモニア臭もかなりきつい。理由は牢屋内にあるトイレのせいだろう。金属製の便所が牢屋の隅に設置してあるのだが、水洗……なんて訳もなく、とても小さな穴の開いたボットン便所だったのだ。

 映画やなんかなら、便所から脱出なんて場面もあるのだろうが、まず金属製で破壊は無理だし、穴は小さすぎて身体が入れるわけもない。

 いや、例え穴がでかくても入りたくはないけど。

 どうにか、脱出の手を一個は確保しておきたいのだが全く何も思いつかない。

 一人で考えても拉致があかず、頭を整理するためにも思いついた案を適当に口に出していく。

 

「食事に持ってこられたスプーンで壁に穴を掘るっ」

「金属板を掘れるわけがなかろう」


 ですよね、言ってみただけだし。


「鉄格子に小便をかけ、錆びを誘発し、壊して逃げる」

「メイどん、何十年ここに住む気なんだで」


 というかそれで済むかすら怪しい、鉄格子の太さは俺の二の腕程の太さがあり、とてもじゃないが無理だろう。


「病気だと騒ぎ、鍵を開けて入り込んだ看守を殴り倒して逃亡する」

「間違いなく無視されますな」


 だよな。もし本当に病気なら死んでから外にでも放り出せばいいんだしな。例え外に出すにしても看守一人で牢屋内に入ってくるわけが無いし、というか、映画に出てきた様なものしか浮かんでこねーよ。無理だよっ、思いつかねーから。


「だーーッ、なんも思いつかねーー!」


 お手上げのポーズを取り、バタリ、と床に寝転びワーワー騒いでいると、今まで特に何も言ってこなかった看守が、我慢出来なくなったか怒声をとばしてくる。


「貴様ら騒がしいぞッツ、少しは静かにしていろッ」

「……すいませーん」


 怒られちまった。あー、もうダメだ、なんも思いつかん。頭を一旦リセットする為に寝よ……。

 バタリと倒れたまま、そのまま目をつぶり、意識を落として夢の中へと落ちていく。


 ◆

 

 【時刻十時】


「メイ殿ッ、メーイどーのー」


 ゆさりゆさりと身体を揺さぶられ、折角いい夢を見ていたのに現実に引き戻される。


「やめろよラング。後五分……いやそこまではワガママは言わない。だから後三時間……」

「ほほう、良かろうそれは自分に対する挑戦と受け取りますぞ。秘技カルガン目覚ましッ」


 ――ギリギリギリギリッ。

 

「おっほうッ!? 痛い痛い痛いッ、ちょ、タイム。マジで待って」


 腕に走る激痛に跳ね起き……ようとするも身体の自由が効かない。焦って顔だけ動かし周囲を見回すと、ラングが器用にも片腕で俺に腕ひしぎ十字固めを決めている。

 何やってんのこの人ッ、意味がわからない。


「いいから離してっ、片腕で掛けられてるのに抜けられないんですけどっ」

「おお、起きられましたなっ。流石、秘技カルガン目覚まし、これで大概の者は飛び起きてしまうのですぞ?」

「おいラングッ。何でもカルガンってつければ許されると思うなよっ」


 やっとの事で腕を外して貰い、起き上がる。

 何だってんだ一体。普通に起こしてくれよ普通に。

 ブチブチ、とラングに恨み言を呟き、顔を上げると、格子の向こう側に見たことのある顔を見つける。


「ああ、くろうぇ君。お早う御座います。よく寝れましたか? 寝れたでしょう? それは良かった」


 おお? なんでこいつがここにいるんだ。

 見覚えがあるのも当然と言うか、その独特の喋り方がとても印象に残っている男。

 確か名前はシャイド・ゲルガナム、だっけか。

 俺が少し返答に悩んでいる間にシャイドは看守を手で追い払い、格子を挟みんだ位置で椅子に座って俺を見つめてくる。


「シャイドさん? でいいんですよね。というか、何でこんな所にいるんですか」

「驚きました? 中々良い表情をしていますね、くろうぇ君。いえいえ、私がここにいるのは単純明快、私が姫様の相談役という役職についていましてね。殺傷事件の犯人を捕まえたと話を聞いてみれば、なんと知った名前が出てきたじゃありませんか。私の方こそビックリして会いに来てしまいましたよ、くろうぇ君」

 

 大仰な動作で驚きを表現してくるシャイド。その仕草はどこか胡散臭く見え、俺の目には余り好意的には受け取れない。

 つかこいつそんな大物だったのかよ。何やってたんだよあんな場所で。危なかった……変な話しなくて良かったな。

 何をしに此処に来たのか知らないが、これはチャンスか? ここまで大物なら、もし話を信じて貰えれば、この状況をなんとかしてくれやしないだろうか。


「というか、まだ俺ら犯人って確定してないですよね。大体やってないんだからもう少しちゃんと調べてもらえません?」


 俺の言葉にニタリと表情を変えたシャイドは俺の些細な希望を叩き潰すが如く、止めを差してくる。


「あーそれが残念な事に貴方達が犯人だと確定されたようですよ。理由は貴方のナイフ。殆ど拭われていましたが、少量の血痕が残っていまして『血吸草』で調べてみたのですが、その血痕と被害者の遺体に残る血痕が完全に一致してしまいました。他にも目撃証言や、状況証拠がかなり揃っていますしね。そちらのお二方は四人の走破者達を殺害した家付近で貴方と共にいる所を確認されていますから、あの事件に関わっていたのでしょう。残念です。いやいや本当に残念ですね」


 シャイドのセリフに思わず頭が痛くなる。吸血草がなんなのかよく分らないが、後でドランに聞いておけば良いだろう。それよりもこいつは今、犯人と確定したと間違いなく言いやがった。

 血液が付着していた? きっと遺体か何かから奪ったナイフに付けただけだろうし、幾らでも偽造出来る。大体証拠も何も、日本で言えば警察事態が事件を捏造しているようなものだ。どうせこうなる事くらいわかっていたさ……だが思ったよりも早い。

 

 ちくしょう、もう少し時間が掛かると思ったのに……仕事早すぎだろうクロムウェルの奴。これは少しまずいな、ドリーはリーンと合流出来たのだろうか? ここまで早く事態が動くとは思いもしなかった。本格的に脱獄だろうがなんだろうが、手段が選べなくなってきたんじゃないか。


「いや、折角知り合いになれたのに、本当に残念ですね本当に。

 あっ、被害者の数は九人でしたか? いやいや、よくもまあ、たった数日で殺したもんです。関心してしまいました。

 さてさて、一体どんな刑になるんでしょうね。終身刑? 極刑? それとも罪人が流される島で奴隷として一生を過ごしますか? 私としては多少なりとも知り合いな訳ですし、今の中からお好きな刑を選ばせて差し上げますよ。いえいえ、お礼は結構です。単純に私の好意ですよ。どういたしまして」


 心の底から楽しそうに笑うシャイドの表情が目に入る。

 一瞬背後からラングが殺気立ったのが分かったが、クロムウェルの件で反省しているのか、動き出す様子はない。

 俺はシャイドの態度に凄まじく違和感を感じる。


 なんでこいつはこんなにも楽しそうに話をしているんだ。お前は別にクロムウェルと関係無いだろう? 

 いや、本当に関係無いのか? もしかしたら、こいつも真相を知っていてクロムウェルと繋がっているんじゃないか。

 そこまで考えた瞬間、頭の中でこんがらがっていた疑問の紐が少し緩まった。

 このシャイドという男は、姫の相談役という事からして、かなりの地位なのだろう。そしてクロムウェルよりも先に、というより都市に入る時点で俺と顔を合わせている。

 

 そうだよ、こいつなら出来る……何らかの理由で俺に目を付け、誰かに後を追わせ、ナイフを確認していれば……いや、そこまでしなくても店主にでもどんな物を買ったか聞けばいい。

 見回りの依頼だってそうだ……斡旋所ってのは国の運営だという話だし、やろうと思えば俺の場所を把握する事も、区域を決める事だって出来るんじゃないか? そうなるとやはりあの黒尽くめ達はこいつの仲間で確定か。それであの発見の早さと……後は見つけた黒尽くめを四人殺し、遺体は服を着せ替えておけば四人の遺体が出来上がりという訳だ。別に黒尽くめの中身が走破者だったとしてもなんら可笑しくは無いのだから。

 考えれば考えるほど、シャイドとクロムウェルの繋がりが間違いないのではないかと思えてくるが、それと同時に分からないことも出てくる。 

 なんで俺なんだ、今まで会ったこともないシャイドに狙われる理由がわからない。何か俺の知らない理由があるのだろうか、都市に入る前から何かしらの理由で目を付けられていた?

 分からない……わからない。

 幾ら考えた所で答えなんて出るはずも無く、解けたと思った疑問の糸は更に絡まり、混乱していく。


「ヒヒッ、キヒヒ。くろうぇ君は、本当に良い表情をしてくれます……嗚呼、もっと、もっとその表情を見せてください……素晴らしい本当に素晴らしいッ」


 俺の顔を見つめながら、薄ら寒い笑顔を浮かべ、引きつった笑い声を上げるシャイド。一瞬だけ氷柱を突きこまれた様に背筋が凍り、体中から冷や汗が吹き出した。

 ――なんだ今のは、どこかで感じた事がある様な……そんな嫌悪感。

 どちらにせよこのシャイドという男がマトモな精神をしていない事だけは今の一瞬で理解する。

 

 クソがッ、クロムウェルといいシャイドといい、マトモな奴は居ないのかよッ。

 

 俺の目の前で楽しそうに笑うシャイド……だが、俺を見つめていたシャイドが不意に眉を顰め、話しかけてくる。


「ふむ。所で樹木の手が一緒に居たと記憶していたのですが、可笑しいですね? 今は何処に?」

「……捕まったのは俺達だけだよ。目撃証言も俺達だけなんだ。そっちとしてはどうでも良いだろう」


 その言葉を聞いたシャイドは、今まで浮かべていた笑みを初めて無くし、不機嫌ともつまらなそうとも取れる微妙な表情をする。


「……思った以上に使えない。いや、少々つつき過ぎましたかね……どちらにせよ警戒を強めた方が」


 ブツブツと訳の分らないことを呟いているシャイドは、顎に手を当て何かを考えこむ。

 何だ? こいつってこんな顔も出来るのか。

 今まで見たシャイドの表情は全て笑顔。俺の中でこいつにはそれしか表情が無いのじゃないか、とすら思っていたので、少々、否、かなり意外だった。

 

 何か考えがまとまったのか、手をヒラヒラと振りながら椅子から立ち上がるシャイド。


「――私は少々用事ができたのでこれで失礼します。短い間ですが、楽しい牢獄暮らしを満喫して下さいね。ではまた」

「二度と来んな、会いたかねーよ」


 シャイドは俺の暴言を楽しそうに受け止め、悠々と地下牢を後にしていった。


 居なくなったのを確認し、溜まっていた苛立を声を上げて紛らわせる。

 

「だーーークソがッ、まじ腹立つなあの野郎」

「自分は今なら怒りで人を殺められそうだ……」

「よく我慢しただ、ラングどん。おら、いつ襲いかかるのか冷や冷やしただよ」

「――ッグ、そう何度も同じ失態をしでかしてたりはせぬわッ、と言いたい所だが、正直な所、妙な寒気がしてな。怒りよりも本能的な警戒心が沸きでてきおった……」

「お、おらだけじゃなかったのか、てっきりおらが臆病だからだと思ってただよっ」


 やっぱり皆も感じたのか、何だろう、何か引っかかるんだよな……。

 頭の片隅に引っかかって出てこないモヤモヤが非常に気持ち悪く、その正体を必死に掴もうと、俺は、冷たい牢屋の中で考えを巡らせていく。


 ――――――――――――――――――――――――


 【吸血草】【生息地、動植物が多い三級以上の区域】

 

 血液を栄養に花を咲かせる不思議な草。その花の色は吸った血液の違いにより千差万別。未だ全て解明出来たわけではないが、恐らく血中に含まれる魔力、栄養などの違いで花の色が変わっていくのだろう、と魔道士達は結論を出している。

 はるか昔は悪魔の草だと恐れられていたのだが、現在では犯罪者の特定等に役だっている。その理由はもう一つの特性に有り、花を咲かせた血液と同じ血液を再度摂取すると花が魔力光で淡く光るのだ。魔道士達の研究によれば、同質の魔力を過剰に取った時に辺りの土に魔力をばら蒔いて栄養を土に与えているのではないかと推測されている。

 この花だけで犯人を確定させるわけでは無いが、他の状況証拠と合わせて、犯行を決定付ける要因として非常に役立っている。


 ――――――――――――――――――――――――



 【時刻二十一時】


「ちょっとキリナ。本当にこんな格好で行かなきゃ駄目なの?」

「よくお似合いですよリーン。そのまま家で働いたらどうでしょう?」

「もう、なに馬鹿な事言ってるのよっ」

「ああ、失礼。確かに少々間が抜けていました……リーンに整理整頓、清掃など出来るわけがありませんでしたね」


 何よ、ちょっと、たまに、ほんの少しだけ片付けるのが苦手なだけじゃない。

 それにしても、侍女服なんて初めて着るけど、結構良い布使っているのね。スケイリル家のものだからかしら?


 侍女服を着込んだ私は、改めて自分の装いを眺める。

 深い紺色の布地の上から白いエプロンをかけ、色合と形はシックな物になっていた侍女服。肩口には盾と水晶それに槍が描かれた紋章が縫いつけられており、この侍女服がスケイリル家の物だと示していた。

 肌触りは確かに良いのだが、くるぶしの少し上まであるロングスカートがどうにも動きにくく、非常に鬱陶しい。袖口はカフスで止めてあるのでそこまで邪魔にはならないのだが、戦闘をする時は少し気を付けなければならないだろう。

 私だって着たくて着ている訳じゃないのだけど、今から城に入るのに普通の格好では当然まずい。仕方なくキリナのお付きの侍女として連れ込もうという魂胆らしい。

 侍女なら武器の持ち込みはどうするのかと疑問がわき、キリナに聞いてみた所、キリナはまだしも侍女の私が武器を持って入るわけにもいかないらしく、私の武器は姫への献上品として持ち込む考えなのだそうだ。その為、現在私の大剣は手触りの良い布でグルグルとまかれ、青色に塗装された木箱に収納されている。


 これはメイを助ける前に絶対に着替えておかないと何を言われるか分かったものじゃないわね。

 きっと「ぶはは、なにそれリーン、似合わないんですけどっ」とか「リーンが侍女とかあり得ん、そういえば整理整頓って知ってる? ごめんわからないよな……ぷぷぷー」とか言われるに違いない。でも、メイの好みは良くわからなく、案外似合っていると言ってくれるかもしれない。だが、からかわれる可能性は結構高いし、何より私自身少し恥ずかしい。

 やはり会う前には着替えておいたほうが無難よね。

 どんどんと、思考が脇道に逸れていき、一人で考え込んでしまう。


「リーン、リーンッ! いい加減出発しますよ」

「え? ああ、そうね。準備は出来てるから何時でもいいわよ」

「全く、態度が柔らかくなったのはいいのですが、頭のほうまで柔らかくなりすぎではありませんか?」

「そう? やっぱり頭は柔らかくしておかないといけないものね。頑張るわ」

「リーン、私は褒めていませんよ……もう少し緊張感を持って下さい。仲間が捕まっているのでしょ」

「何よ、心配はしているわよ。でもメイなら大丈夫、そんな簡単にやられる筈ないもの。それにドリーちゃんもいるし、なにより……私が絶対に助けるのだから」


 表情を引き締め、気を入れなおす。身体からヤル気が満ちてくる。

 絶対に、絶対に助けてみせる。


「本当に、頼りになったりならなかったり……では、行きますよ」


 キリナの言葉に頷き、返す。大剣の入った木箱を手に取り、城に向かう準備をしている馬車へと歩いていった。


 ◆◆◆◆◆

 

 【時刻二十一時】


『九万六千なんだかいっぱい秒ー、九万六千すごく沢山秒ー、九万七千もうそろそろいいんじゃないかと思いました秒っ』


 よし、もう一日は経ちましたし、夜も更けてきました。余りにも待ちくたびれ、いつもは大好きな太陽が今日だけは少しだけ憎たらしく感じてしまいました。残念ながらリーンちゃんは待っても来ませんでしたが、私もそろそろ相棒に会いに行きたいので、もう待つのは止める事にしましょう。

 決心を固め、ベッドの下に潜り込み『大樹車一号』と置いてある荷物を取り出す。

 相棒がたまに頭に巻いていた黒い布を借りて、包んで隠しておいた七つ道具の出番が来たようです。

 念のため、包んでいた布を外し、中身を確認する。

 ふむふむ、スローイングナイフ一本、色々な種、腕に着けている相棒から貰ったブレスレット、そこに置いてある大樹車一号、後は、愛と勇気と相棒への信頼で七つッ。むふふ、全て揃っている様ですねっ。


『では樹々ちゃんっ。相棒の元へと向かいましょうっ!』

〈ギィー〉


 なんとなく〈任せてっ〉と言っている気がします。いえ、きっと言っていますっ。

 

 根の足を動かし、ドアへと向かいノブに飛びつき、グルリと回す。開けたドアからソロソロと外に出ていき、戸締りも忘れない。

 完璧ですね。怪盗淑女にかかれば戸締りなど造作もない事なのですから。よく開けっ放しで飛び出していくカンガルさんを相棒が怒っていましたから覚えました。


 キョロキョロと辺りを見れば特に人影は無い。車を引っ張るキキちゃんを連れて廊下を進んでいくと……。

 

 ――ッ!? なんて事でしょう。こんな所で最大の難所があるなんて。中々やりますね……階段。

 私一人なら問題がないのですが、今は大樹車を引き連れている最中。ウッド・ハンドを使えばどうにでもなりますが、こんな所で魔法を無駄に使うわけにも行きません。

 仕方なく、私はキキちゃんから車を外し、手の平で持ち上げ、ゆっくりと階段を降りていく。キキちゃんは問題なくピョンピョン降りていき、先に下でまっている様子。

 

 ぬおお、ふらふらしますっ。

 

 荷物を載せた車を持ち上げながら階段を降りているせいで、どうにもバランスが取り辛く、よろけて階段から根足を滑らせてしまった。


『ひょおおおおおお』


 前のめりに倒れ、思わず叫び声を上げながら荷物を上にほうり投げる。そのまま先に落ちていった私は、空中で一回転。スタンっ、と地面に着地をし、上から落ちてくる車と荷物を受け止める。

 ふ、ふふふ。計算通りですねっ。さ、最初からこうするつもりだったのですから……。 


 非常に怖かった、もとい、計算通りに下に着いた私はキキちゃんに再度車を取り付け、宿の外に出ていく。途中すれ違った人々が私に注目しているようでしたが、きっと大樹車一号の魅力にやられてしまったのでしょう。


 外に出てみれば辺りはすっかり暗く、ポツリポツリと立っている魔灯の明かりが道を照らすのみ。


『パーソナル・サーチ』


 ブレスレットに刻まれた魔法を使い相棒の位置を確認すると、水晶が遠くに見えるキラキラ城に向かって引き寄せられているのがわかった。 

 ――あそこに相棒はいるのですね。待ってて下さい。今行きます。

 大樹車一号に乗り込み、キキちゃんに『フィジカル・ブースト』を掛ける。

 

『怪盗淑女……出陣ですっ。さあ、行きましょう、カゲーヌX。悪の魔の手に攫われた怪盗紳士を今こそ救い出す時っ』


 ビシリと指をキラキラ城に突きつけ、キキちゃんに声を掛ける。


〈ギャース〉


 キキちゃんが雄叫び(?)と共に城に向かって駈け出した。ガラゴロと夜の街並みに大樹車が唸りを上げ、疾走していく。




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