表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶都市クレスタリア
43/109

響く足音悪意を運び、望まぬ再会事件を起こす

 



 【時刻二十時】


 どうにかキリナも落ち着き、屋敷で共に夕食を取りながら、会話を弾ませていく。


「それにしても、まさか彼がメイ・クロウエだとは思いませんでした……近日、謝罪をしにいかねばなりません」

「でもキリナ、事が終わるまでは迂闊に屋敷から出られないわよ」

「はぁ、直ぐにでも謝罪したいのですが、今日の様な事が再度起こりえますからね。確かに早々に動けませんね」


 シャイドを捕まえ、事が無事終わるまでは、屋敷には私かキリナ、必ずどちらかは警戒の為に残っていないといけない。

 仮に私が残ってキリナがメイに会いに行ったとしても、メイなら話も聞かず凄まじい早さで逃げ出すことだろう。間違いなく、魔法を全開で掛けて風の如く、脱兎の如く、走り去る。私にはそんな確信があった。

 明日辺り私だけメイに会いに行って少しだけ事情の説明をしておいたほうがいいかもしれないわね。


「仕方有りません……直接謝罪に行くのは、シャイドの件が片付いてからにするしかなさそうですね」

「それがいいわね。私が明日の夜にでもメイと会って少しだけ事情を説明しておいてあげるから『黒尽くめを追っていました』位なら話したって構わないでしょ?」

「今ほどリーンを頼りに思った事はありません」

「どういう意味よ……」

「いえ、他意は御座いませんよ」


 相変わらず失礼な事を言うわねキリナは……私ほど頼りになる人も中々いないと思うのだけど?


「しかしリーンの仲間ですか……確かに彼はある意味手ごわかったですね」

「面倒臭いでしょ、戦うの」


 私の言葉にキリナが苦笑を浮かべ頷いた。

 やっぱりね。仮に私が敵だったとしても、メイとドリーちゃんが揃っている時は余り戦いたくはないもの。

 勝てないとは言わないけれど、何されるかわからないというか、最終的には散々苦労させられた挙句逃げられそうというか。

 どちらにせよ非常に面倒な相手だと言うことだけは間違いない。


「そういえば、リーンが彼の仲間なら、聞きたい事があるのですが。

彼の持っているあの武器、あれは一体なんなのですか? 私のエントを掛けた槍を防ぐ所か、内部に溜まっていた電撃が半分程消えさってしまっていたのですが……」

「え、えっと。ごめんキリナッ。私も詳しくは知らないのよね。あはは」


 半分本当で半分嘘だ。確かにメイの武器について私は詳しくは知らないが、元はお爺様の武器で、水晶平原の主を倒した際に変化した事は知っている。でも、まさかそのまま話すわけにもいかないし、いや、キリナになら話しても良いのだろうか? 彼女にも関係ない話ではないのだし……いえ、駄目よ。どうせメイに会いに行くのだし、それも相談してから決める事にした方が良さそうね。

 

 それにしても電撃が消えたって話は聞いたことが無いのだけど、どうなってるのかしらあの武器。

 


 ◆◆◆◆◆



 【時刻十時】


 窓を開け放ち、室内に日の光を取り入れつつ、換気を行っていく。

 よし、今日もいい天気だなっ。でも俺は今日は宿から絶対に出ないぞ。

 引き篭ってやるっ、そうだよ、インドア派なんだ俺は。よし、本を読んで過ごそう、それが良い。

 どうせラングもドランも依頼に行って夕方まで帰ってこないしな。

 既に今日の予定を完全に定め、平和を謳歌する気満々なのだが、どうやら俺の思惑とは裏腹に、ドリーはお出かけしたいらしく俺に向かって元気よく今日の予定を聞いてくる。


『メイちゃんさん、今日はどこにいって遊びましょうかっ』

「残念ながらドリー、相棒、今日お休みだからどこにも出かけません」

『えー、じゃあ明日はどうするんですか?』

「明日は定休日なのでお休みです」

『明後日は?』

「明後日は星の巡りが悪い気がするので、外出は禁止です」

『ぬおおお、お出かけしましょうよー』


 どうにもお気に召さないらしく、部屋の床をゴロンゴロン転がり不満を訴えてくる。


「そのかわり、船の出港まではドリーと部屋の中でいっぱい遊じゃおうぜ、強化日とします」

『……相棒、この際この宿に二十日位は滞在するべきじゃないかと思いましたっ』 


 なんて……チョロイやつなんだドリー。

 ドリーも納得してくれた様なので、部屋の中で思う存分平和を楽しむ事となった。


 ◆

 

 【時刻十七時】


 ――遊び疲れた。まさかただ遊ぶだけでここまで体力を消耗するとは……ドリーの体力を少々甘く見ていたようだ。

 しかし、ドリーなんであんなにジャンケンつえーんだよっ。全然勝てないんだけど。

 ドリーにジャンケンを教えて見たところ、異常な強さを発揮し、八割は俺が負けている。少々汚いとは思ったが、秘技グーチョキパーを繰り出すも、まさかの大樹返しで負かされるはめになるとは……ドリー恐るべし。 

 だが、今日は散々遊び倒したお陰で、無事一日を過ごすことが出来たので良かったと言うべきか。

 

 ドリーは遊びつかれてキキと一緒にお昼寝(?)しているようだが、寝相が悪く今にもベッドから転げ落ちてしまいそうで少し心配になる。 というか秘密基地と称してベッドの下に物を詰め込むのをやめて欲しいんだけど。ベッドの下って狭くて、ドリーとキキ位しか入れないから片付けが大変なんだよな……。

 面倒だな、と思いつつも、部屋の片付けを始めようとしたのだが、それを遮るように部屋の扉が音を立てる。


 ――コンコン。

 何だ、誰か来たみたいだな。多分この時間なら……。


「メイ殿ー帰りましたぞー」

「メイどん、居るだかー?」


 やっぱりラングとドランか、依頼が終わって帰ってきたみたいだな。二人の声音からすると依頼は上手く言ったのか?


「開いてるから入っていいよー」

「邪魔するぞ」

「失礼するだよ」


 ドカドカと入ってくる二人の所為で一気に部屋が狭苦しく感じてしまう。

 特にドランがやばい、結構広めの部屋の筈なのに、人口密度がやたらと上がる。


「どうだった依頼は、その様子だと上手くいったようだけど」


 俺の言葉にパッと顔を喜色満面にし、何故かラングが得意げに話し出し始める。


「それがですなっ。やはり自分の考えた、ドランの箱で攻撃力を鎖で変化をつけるのは中々良い案だったようで、そこそこ素早い狼共を倒すことに成功しましたぞっ」

「そうなんだでっ、おらが一人で依頼を成功させる事が出来るようになるなんて……おら、おらぁ」


 感動して瞳に涙を溜め喜ぶドランと、自分の案が上手く入ったことで上機嫌になり語りだすラング。

 やべえ、こいつら暑苦しい。

 まあ、なんだかんだ言って、ドランが嬉しそうで良かったんだけどさ。


「じゃあ今日は下の食堂でお祝いしようぜ」


 部屋から出ない予定ではあったのだが、飯を食いに外に出るくらいなら問題あるまい。


「いやー、スマンなメイ殿。また奢って貰えるなんて少々悪い気がしますな」

「……じゃあ遠慮無く頂くだよ」

「お前ら昨日散々食い散らかしといてまだ俺に奢らせようってつもりかよっ」 


 やめろよっ、これ以上俺の財布に致命傷を与えないでくれ。

 さすがに二日続けてこいつらに奢ったらどうなることか分からない。必死になって誤魔化し、どうにか今日の所は奢りを回避することに成功する。


 外食に行く事には決まったのだが、部屋着で出るのもどうかと思ったので、面倒だが着替えを始める。

 武器は一応持っていくべきだろうか……何があるかわかんないしなっ。

 宿屋の直ぐ下にある飯屋に行くのに武器を携帯するとか、どんだけ疑り深くなってんだ俺、とか思いもするが、まあ念には念をと言うことで仕方ないよな。


 準備も終わり、出発する為ドリーを起こそうとベッドを見ると、ドリーとキキの姿が見えない。

 あれ? どこいったんだ。まさかベッドから落ちちゃったのかね。

 屈みこみ、ベッドの下を覗き込もうとするが、床に近づいたことで、俺の耳に多数の足音と、擦れ合わさる金属音が聞こえてくる。

 何だ? 部屋に近づいて来ているのか……。

 酷く嫌な予感を感じる。荒々しく聞こえるその行進の音には敵意が篭っているようにも思え、最近立て続けに事件に巻き込まれている俺には、不幸を運ぶ使者の足音にしか聞こえない。

 ラングも気がついたのか、俺に向かって表情を険しく変え、注意を促してきた。


「メイ殿。何やら不穏な空気を感じますぞ。警戒を怠らないでくだされ」

「分かってる。何が起きても良いようにしておくぞ」


 武器を引き寄せ、気を引き締める。

 駄目だ、ドリーを探す暇はなさそうだな……。

 よくも悪くも俺の予想は正しかったようで、ドリーを探す暇も無く部屋の扉が乱暴にノックされ、男の声が静まり返った室内にジワリ、と広がっていった。


「メイ・クロウエの部屋ですね? クレスタリア騎士団の関係者なのですが、少々聞きたい事があるので入れて貰っても良いでしょうか?」


 その声に心臓が跳ね上がる。それは非常に聞き覚えのある声。

 クロムウェル……一体何しにきやがった。

 自らが感じた嫌な予感が盛大に当たった事を確信し、警戒の度合いをマックスまで引き上げる。ラングとドランもその声に聞き覚えがあった様で、一気に部屋内部の空気が重くなっていく。

 騎士団関係? 何の用だ。俺はこいつに関係するような事で、何か騒ぎを起こした記憶はないぞ。

 

「返事を貰えないのならば無理やりにでも入らせて貰いますが?」


 アホかこいつ、わざわざ事を荒立てるような真似しやがって。

 どうする……相手はドアを破ってまで部屋に入ってくる気満々なわけで、ここで俺が拒否したとしても無駄な事だろう。

 何の用だか知らないが、話を聞いてみない事には何もわかりゃしない。

 出来ればもう係わり合いになりたくなかったが、仕方ない。


「ラング、頼む」

「承知。警戒を」

「了解」


 武器を構え、何があっても動けるように四肢に力を込める。

 ラングの手によってゆっくりと開けられるドア。

 開け放たれたドアの先にはクロムウェル……と水晶の武器を携帯した六名ほどの騎士の姿。

 

「さて、お前は一体何しにここに来たんだクロムウェルさんよ」


 薄ら笑いを浮かべるクロムウェルに俺は漏れ出す敵意を隠そうともせず問いただす。俺の敵意を知ってか知らずか、クロムウェルは大して気にもせずに話を続けてくる。


「まずは挨拶を『始めまして』クロムウェルと申します。

どうやらそちらは私の事をご存知の様子ですが」


 白々しい嘘吐きやがって。

 まあ、俺としてもクロムウェルとの面識を話す気などない。そんな無駄な事に時間を掛けるより、さっさと話の流れをつかむ方が重要だ……。


「ああ、祭りで見たからな。それにアンタ有名だろうが。そんな事どうでも良いから早く続きを話して貰いたいんだけど」

「はは、それは失礼しました。では本題ですが、ここ最近都市内で起こっている殺傷事件はご存知でしょう?」

「ああ、見回りの依頼も受けたからな」

「その事なら知っていますよ。確か犯人を見たのだとか?」

「そんな事を聞きにきたのか、騎士のおっさんに全部話したはずだが」

「勿論違いますよ。貴方の話を聞きに行った騎士なら……私の後ろにいますしね」


 クロムウェルが少し身体を横にずらし、背後にいた騎士を俺に見えるようにしてくる。

 確かにあの時話を聞きに来た騎士のおっさんだな。ならどうして、昨日の荷車の事がバレタ? いやいや、そんなことでクロムウェルがここまで来るわけないだろ馬鹿か俺は。


「実は一向に捕まらない犯人なのですが、国上部から指示がでましてね。私が駆り出される事になったのですよ。そこで、私なりに事件の詳細などを色々と調べてみました。

 まず事件が起こり始めたのは『五日前』なのですが、調べて見ると貴方がこの都市に来たのも『五日前』だという記録が残ってますね」


 おいちょっと待てよ。


「次に被害者は鋭利な『ナイフ』で殺されている。

これについては、貴方は初日に武器屋から水晶製のナイフを購入されたようで」


 クロウェルの話を聞けば聞く程、俺の脳裏にある考えがよぎって来る。

 まさかこいつ……冗談じゃないぞ、いやいや、俺はお前らにちょっかいかける気はないって言っただろうがッ!

 頭の中をクロムウェルの言葉がかき混ぜ、鼓動が次第に早くなり、この先の言葉を聞きたくないと耳を塞ぎたい衝動に駆られる。


「そういえば、最近見つかった目撃証言のほうもありまして、何でも犯人は『黒尽くめ』の服装だったそうです」


 もう確定だこいつは俺を、犯人だと思っている……いや、仕立て上げ陥れようとしているって所か。

 何故だ? おかしいだろう、こいつになんのメリットがある。何もしなくてもこいつの虚言がばれる事などあり得ないのに、余計な謀をして自分自身に危険を呼び寄せてまで、俺にちょっかいを掛けてくる必要がないだろうッ。

 だが、このまま黙っていてもどうしようもない。正直無駄だとは思いつつも自身のアリバイをクロムウェルに伝えていく。


「黒のローブは防具屋に修理に出していたんだが」

「一つしか持っていないと言う証拠はないでしょう。それに黒いローブに関しては大して重要視する所でもありません」


「見回りに出ていたし犯人もみつけたッ」

「目撃者は無く、肝心の犯人も捕まえられず、貴方の見回り範囲で被害者が見つかっただけでしょう」


 何も言い返せず、頭を抱え込みたくなる。


「切れ味の鋭いナイフなんていくらでもあるだろうがッ」

「刃渡りの長さが貴方の買ったナイフと同程度なのですよ。刃の厚さまでは傷がえぐれて確認できませんが、骨をあの切り口で切れるナイフは限られてきます」


 まずい、このままじゃ絶対にまずい。 


「二日目の夜は『人』に会っていた」

「その方を連れてきてはくれませんか? 『私は』その話を『知りませんが』」


 そう言うだろうよ。俺はお前と会っていたんだからな。だが今この場でそれを言ったとしても負け犬の遠吠えにしかならない事は俺自身わかっている。

 あまりの理不尽さに、少しづつ頭に血が上り、我慢できずに思わず叫びをあげて否定する。


「どちらにせよそれだけじゃ証拠不十分だろうがッ」

「それが、残念ながら昨日、裏通りにある一軒家からナイフで刺し殺された『走破者』の死体が四体見つかりまして。

 付近の住人から黒いローブの人間男性。隻腕のカルガン族。巨体のドラゴニアンがそちらの方角から走り去っていく姿が目撃されています。残念ながら、現時点で貴方達は非常に犯人である可能性が高い事を理解して頂けたでしょうか?」


 何を馬鹿な……俺は殺していない。しかも家に居たのは黒尽くめだろうがッ。

 この発見の早さ、手回しのよさ、黒尽くめはこいつの仲間? それも俺を陥れる為に殺した?

 という事は俺が見回りに出ているあの時間あの区域で事件が起こった事だって狙われていたって事か。 

 大体この事件事態、都合が良すぎるだろ。俺をあの夜見つけた時点で既にこうする予定だったのか……いや、あり得ないだろ。ナイフを買った事だってあの時間から調べたんじゃ間に合わない。それにあの時のこいつは本気で騒ぎを起こす気が無かったはずだ。あれは演技だったのか? 否、それは無い。俺を嵌める気だったのなら、俺に会いに来ること事態なんの意味もない筈だ。でもこいつ以外に俺を狙ってくる理由があるやつなんて思いつかないし、少なくともかなりの地位にいないと出来ない所業じゃないだろうか。

 考えれば考えるほど訳が分からなくなり、怒りがこみ上げてくる。だが、俺よりも既に我慢の限界に達している者背後にいたようだ……俺の背後から感じ取れる殺気と威圧感。唸る様な声音と共に噴出す感情。


「……もう我慢の限界だ。馬鹿にされようとも、手柄を奪われようとも、耐えた。

 だがッ、よりにもよって自分達が犯人だと? メイ殿もドランも、そんな外道の所業をする者達ではないッ!!

馬鹿にするのも大概にしろよ貴様らッツ」

「おいラングッ、やめろッ!?」


 俺の言葉すら届かぬ程に怒りに身を任せ、クロムウェルに向かって殴りかかるラング。怒りで周りも見えなくなり、冷静な判断すら出来ていない。

 真っ直ぐにクロムウェルに向かっていくラングに周りにいた騎士達が騒ぐも既に遅く、ラングの殴り殺さんばかりの左拳がクロムウェルに迫っていく……だが、クロムウェルは腰に帯刀していた二本の剣の内一本を抜き放ち、手甲の嵌ったラングの拳を右から打ち据え、体勢を崩させた。体の泳いだラングの頭に手を掛け、足元を左足で払い頭を地面に向かって押し付ける。

 鈍い音と共にラングは床に倒され、クロムウェルはラングの首に二本の剣を鋏の様に交差させラングを動けなくさせてしまう。

 

 ――こいつ口だけじゃなく強い。

 

 ラングは怒りで冷静さを失っていたし、片腕が無くバランスが崩れ以前よりも体捌きに陰りが出ているのも確かだ。だが、クロムウェルのあの体捌きは一朝一夕で身に付くものでは無い。

 こいつが本気で戦う姿は見た事が無いが、流石一級走破者と言うべきか……。

 どうする。ラングがあれじゃ下手に動けないし、騎士達もクロムウェルに攻撃されたせいか、かなり殺気立っている。

 このまま全員が捕まるのは確実にまずい、一先ず窓から逃げるか? ラングは後で助けに行くしか無いだろう。

 ジリ、とすり足で距離を取ろうとするも、動き出す前にクロムウェルに制される。


「まだ、犯人と確定しているわけではありませんが、もし逃げるようでしたら、犯人とみなし、このカルガンの首を刎ねます。ちなみに外にも騎士が囲んでいるので、窓から逃げようと思わない事です」


 くそッ、どうにもならねー。

 俺は下手に動く事も出来ず、近づいてきた騎士に拘束されてしまう。手首に着けられたのは、あの攫われた女性がしていた物と似た様な腕輪と、それを繋いでいる鎖。ドランの方を見ると、ドランも下手に抵抗しないほうが良いと分かっているのか、大人しく捕まっている。

 どうやってこの状況から抜けだそうかと思案を巡らしていると、背後にあるベッド付近から、ドリーの声が聞こえてくる。


『相棒……相棒。聞こえていますか? 一体何がどうなっているんですか?』

 教えてやりたいが、この状況では何も答えられない。


『……返事を出来ないという事ですね? では、はいなら一回。いいえなら二回かかとを静かに鳴らしてくださいっ』


 ――コン。と一回かかとを上げ、床に下ろす。

 助かる、ドリーなりに状況を理解してくれている様だ。


『では、私が不意打ちで出て行き、この状況を抜け出しますか?』

 二回鳴らす。

 既に俺の腕には拘束具が着けられ、ラングは未だに剣を突きつけられている。今の状況で不意をついても、とてもじゃないが逃げ出せない。


『むむむ。では、私に出て行かずここで隠れていろと言う事なのでしょうかっ?』

 一回。

 ドリーにはリ-ンが帰ってきた時に状況を伝えて欲しい。何にせよ今後リーンの助けが必須になってくる。


『きっとリーンちゃんを待てという事なのでしょうが……一日だけですよっ。それ以上は心配で待てませんっ。

 一日待ってリーンちゃんが来なければ相棒を追いますっ』


 ……コン。

 本当はリーンが来るまで待って貰いたいところだが、俺達の状況がどうなるかは分からない。

 ここで待たせるのが最良とは限らないし、ドリーの判断に任せる事にする。


 俺の動作を不思議に思ったのかクロムウェルがこちらを見つめ、嘲笑を浮かべながら声をかけてきた。


「流石にこの状況では苛立ちを隠せない様ですね。諦めなさい。すでに状況は覆らない」

「ああ、分かってる。だが苛ついて当たり前だろうさ」


 苛立ちが混じった台詞にクロムウェルが俺にだけ聞こえる程度の音量で笑い声を上げる。


〈ヒッ、ふふ……ははッ。そうですね……苛ついてもしょうがないでしょう。こうなったのも、貴方が悪いんですよ貴方が〉


 額に片手を当て、静かに愉悦を滲ませた笑みを浮かべている。よく見れば、クロムウェルの瞳は何時ぞやに見たあの濁った瞳に変わっていた。

 こいつに何があったか知らないが、もう話がまともに通じる奴じゃない、と俺はそんな妙な確信をもつ。


 その後、ラングには俺につけられている腕輪と似たデザインの足輪が嵌められ、全員完全に拘束されてしまった。騎士達は特に部屋を家捜しするでもなく、目に付いた装備や、荷物などを回収していく。

 まあ、目的が俺の捕縛なわけだし、犯行に使ったと思われているナイフや装備は回収するにしても他はさして重要ではないという事か。

 頼むからこのまま見つかってくれるなよドリー。


「そういえばメイ・クロウエ。貴方には使い魔が一匹ともう一人仲間がいたと情報があったのですが、どこに居るのです?」


 クロムウェルの質問に、心臓が跳ね上がり、背に冷や汗を浮かばせる。俺は慎重に言葉を選び、動揺を悟られないように、自然な表情で嘘を吐く。


「使い魔はもう一人の女と一緒に用事があると出て行った。別に目撃証言もないんだろ? 知り合いに会いに行くって言っていたし、どうでもいいだろそんな事」

「確かに女性の方はありませんし、使い魔も所詮腕だけ、放っておいても問題ないでしょう。それに、私としても犯人を捕まえるのが仕事ですから、関係ない者にまで追求はしませんよ」


 その言葉を聞き、表情には出さずに安堵する。やはりというかこいつは『俺達』では無く、何故か『俺』を狙っている様に感じたのだが、どうやらそれは正解だったようだ。

 

「ではいい加減時間が惜しいですからね。大人しくついて来て貰いますよ」


 腕輪に嵌められた鎖をグイ、と引かれ連れて行かれる俺に、背後からドリーの力強い言葉が投げかけられた。


『相棒は……絶対に、私が助けて見せますっ』


 トン、と一回床を踏み鳴らし、俺は騎士達にされるがままに連行されていく。


 ◆◆◆◆◆


 【時刻十九時】


 流石にこの時間ならメイ達は部屋に居るわよね? なんだかずいぶん久しぶりに会う気がするわ。宿に近づくにつれ、気分が上がり、早くメイとドリーちゃんに会いたいという気持ちが強まっていく。

 どうせラングさんやドランさんと一緒に騒いでいるに違いない。それに、キリナの事を話したら何て言うだろうか、きっと相当面白い顔をして驚くに違いない。想像しただけで笑いがこみ上げてきてしまう。  

 久々に帰ってきた宿に入り、メイの部屋に向かおうとしたのだが、途中で宿屋のおじさんに声を掛けられる。

 

「おーアンタ。メイ・クロウエって兄ちゃんの知り合いだろ、一体どうなっているんだい? アンタのお仲間みんな騎士様達に拘束されて連れてかれちまったんだが……事情を聞いても教えてくれやしないし、部屋はどうすれば良いんだい? 一応先に金を貰ってるから部屋はそのままにしておくが、このまま期日過ぎても戻ってこないようなら部屋を引き払っちまうけど良いかい?」


 え……メイが拘束されて連れていかれた?

 宿屋の主人が言っている事を一瞬理解できず、自分の表情が凍り付いている事がわかった。頭の中には疑問と焦り、戸惑いが埋め尽くす。だが、続いて放った店主の一言で、頭の中全てが危機感に塗りつぶされる。


「大体クロムウェル様まで一緒になって乗り込んでくるなんてただ事じゃないよ」


 クロムウェル……その名前を聞いたことにより、メイがまた面倒事に巻き込まれたのだと一瞬で理解した。

 まずい、これはきっと私の手に負えない。ここはキリナに頼んで詳しい事を調べて貰うしか無い。どちらにせよ、余りぐずぐずしている暇はなさそうだし、早く屋敷に戻らないと。

 宿屋の主人に部屋はそのままにしておいて欲しいことを伝え、もし期日までに戻らなければ、スケイリルの屋敷に連絡するようにと言い聞かせておく。流石にスケイリルの名前は知っているようで、少し冷や汗をかきながら宿屋の主人はコクコク、と頷いていた。

 少しでも時間を無駄にしたくなかった私は、直ぐに踵を返し、キリナの屋敷に急いで向かう。


 ◆

 

 屋敷に向かった私はすぐにキリナに事情を話すと、彼女は私の話を聞くやいなや、私を屋敷で待たせ、城に向かってくれた。

 一時間程の時間をおき、戻ってきたキリナは少し焦った顔で私に説明を始めてくれる。


「リーンの仲間は現在都市で起こっている殺傷事件の犯人だと疑われて……いえ、犯人として城の地下牢に捕らえられている様です」

「メイがそんな事するわけ無いじゃないッツ」


 ガタリ、と座っていた椅子を倒し、思わず感情のままにキリナにつっかかる。キリナはそんな私を見て、落ち着けとばかりに手を上げ、話を続けていく。言いたいこともまだ沢山あったが、一先ず話しの詳細を聞くために、グッと拳を握りしめ、荒れ狂う感情の波を抑えつけた。


「貴方の言うとおりきっと彼らは犯人ではないのでしょう。というより赤の他人であるサリアを助けるような方々が、その様な事をするとは思えません。しかし、何故犯人に仕立て上げられたのか理由がまったく分かりませんね……間違いなくシャイドは絡んでいるのでしょうが、なぜかクロムウェル……といって分かりますか? その者が彼らを捕らえに出向いたのかなど謎が多すぎます」


 理由は想像がつく、クロムウェルが絡んでいるなら、間違いなく水晶平原関連なのだろう。ただメイが言っていたように何故騒ぎを大きくしてまでメイ達を捕まえたのかまではわからない。

 メイがクロムウェルと会ったらしく、それなりに考えが回る人物だと言っていたが、単純にそれが勘違いでかなり短絡的な人物だったという事なのだろうか? だが、どうしたものか。キリナに助けを求めるなら、水晶平原の話を彼女には話しておかないと拙いかもしれない。キリナにだって被害が及ぶかもしれないのに、彼女に何も話さないなど出来ない。いや、してはいけない。

 ――ごめんなさいね……メイ。

 私は心の中でメイに謝りつつも、キリナに水晶平原の真実を話す決心を固める。静まり返った部屋に私の話し声だけが広がっていった。



 キリナは目を閉じ、一言も喋らず私の話を聞いていく。時折眉をピクリ、と跳ね上げ反応を示す程度だ。

 ま、拙いわ、キリナが不機嫌になっている。話を進めれば進める程『私は不機嫌です』といわんばかりの感情が私を突き刺し、どうにも居心地が悪い。

 結局キリナは最後の最後まで一言も話さず、私の話を聞き終えた。


「――と、いうわけなのよ。だからきっとそれが関係しているんじゃないか……と思うのだけど」

「……リーン。何故そんな重要な事を今まで黙っていたのですッ」

「まってキリナ落ち着いてっ。だってそんな事話しても、信用される訳ないし、面倒になるだけじゃないっ」


 私の言葉に深い、深い溜息を一つ吐いたキリナは、怒りを未だ滲ませながら、言葉を紡ぐ。


「私はねリーン。その話を信じる程度には貴方に信頼を寄せているのですよ?」

「ご……ごめんなさい」


 静かに淡々と言われたキリナの言葉に心が痛み、彼女の信頼を裏切った様な罪悪感がわき、思わず胸を抑えて謝罪する。キリナの顔を直視出来なくなり少しだけうつむいてしまった。 


「まあ、リーンやクロウエ様の言う話も尤もです。確実にそんな話信用されはしないでしょうし、迂闊に騒げば面倒事になっていたことでしょう。どちらにせよ、騒がなくても面倒事になったようですが」


 良かった。少しは機嫌がなおったようね。流石にあのままだと居た堪れないし、本当に助かったわ。

 安堵で少しだけ胸が軽くなり、漸くキリナの顔を直視出来るようになる。


「ですが、リーンが獄級を二つも潰したとは……」

「それはちょっと違うわ。正直言って肉沼も水晶平原もメイとドリーちゃんが居なければ確実に走破出来なかったでしょうね。肉沼ではドリーちゃんの案内が無ければ奥まで辿りつけず、それ以前にメイの前情報がなければ犠牲者がもっと出ていたもの。水晶平原だってメイとドリーちゃんにだけは何故か鏡面部屋で幻術の掛かりが浅かったらしいし、二人が居なければ今頃全員、仲良く水晶になってたわよ」

「そう……ですか。本当に良く分からない方ですねリーンの仲間達は」


 頭を押さえ、やれやれ、と振りながらキリナは呆れたように呟いている。


「その気持ちは多少分からなくもないけど、メイとドリーちゃんと一緒にいると、大概の事には驚かなくなってくるものなのよっ」


 少し胸を張り、自信満々に言い放つ。


「リーンそれは自慢出来ることではないでしょう?」


 あれ、そうなのかしら? そう言われてみれば、そうなのかもしれないわね。拙いわね……なんだか二人に毒されている気がしてきたのだけど。

 キリナは「まあ、それはともかくとして」と一旦仕切り直し、真剣な顔つきで、話を続ける。


「クロムウェルに関しては私は反対していたのです。自ら危険を呼び込みかねないのに、あの男を祭り上げるなど一体何を考えているのか……ですが、シャイドと姫様に押し切られ、結局はこのような事になってしまいましたが」

「そういえば結局バラシちゃったけど、クロムウェルの事はどうするの?」

「正直どうにもなりませんね。リーンの話だって証拠があるわけでもありませんし、実際依頼を受けていたのはあの男だったわけですから。それに、今さら偽物でしたと騒ぎを起こしても、民衆が不安に駆られるだけでしょう。ですが、シャイドさえどうにかしてしまえば、クロムウェルを城で迎えるなんて愚行は、私が阻止してみせます」

「そう……それがいいでしょうね」


 あそこまで大々的に発表しておいて、偽物だとなったら国の信用にすら関わってくる。水晶平原は事実無くなったのだし、クロムウェルを国から出してしまえば、後はどうにでもなるだろう。

 嘘を通す事にはなるが、正直になんでも話せば良いという事ばかりではない。


「リーンの仲間に関してはですが、私が協力して彼らを助ける手助けをしましょう。恩義は返さねばなりません。何故シャイドが関わっているのかはわかりませんが、リーンの仲間を助ける為にも、予定を少し変更せねばなりませんね。

 本来なら明日の夜、姫様が入浴でシャイドから離れている時にでも捕まえようと思っていたのですが、もう少し時間を遅くし、一旦シャイドの部屋に忍び込みましょう。クロムウェルが関わっているのなら誓約書位あるでしょう。私もクロムウェルに会ってみた事があるのですが、その程度の保険を掛ける頭はあると判断します。もし侵入がバレたとしても、シャイドに関してはもう一枚の誓約書があるので問題ありません」

「本当に? 協力してくれるのね!? ありがとうキリナっ」

「仕方ありません。それに、恩義など無くてもリーンの頼みは聞かないといけないでしょう?」


 柔らかく微笑みながら私に向かってそう言い切る。そんなキリナの言葉に希望がわき、少しだけ涙が出そうになるが、グッと堪えて身体にヤル気を漲らせていく。

 私とキリナは、明日の為に話し合いを続け、夜はドンドン更けていった。





次はいければ三日後、無理なら四日後、という予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ