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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶都市クレスタリア
42/109

潜入 逃亡 大混乱




 【時刻十六時】


 一先ず家の周辺を探ってみることにしたのだが、思った通り全ての窓が塞がれ、裏口も開かなくなっているようだった。

 どうすっかな。忍び込みたい所だが、ドアは一つ、煙突など都合よく有るはずもなく入れそうな所が無い。

 もし、俺が黒尽くめだったら何処に集まるだろうか……。

 出入口が一つで、仲間がいる筈だから、二階……は無いよな。一階に少人数の見張りを立てる位だったら、最初から出入口付近の一階に集まっていた方が何かあった時に対処しやすいわけだし。

 そうなると攫われたあの女性も一階、それも、出入口付近では無く奥の部屋って所だろうか? そうすれば女性が逃げだそうとしても外に出る為には、黒尽くめの集まっている場所を通る事になるから、女性に対する見張りの数も減らせるし、もしそうならいけるか?


「ラング静かにあの家の屋根に上がるぞ」

「了解した」

「ドランはちょっと待機しててくれ、流石にその体の大きさじゃちょっと厳しい」

「わかった、おら、その辺りに隠れてれば?」

「そうだな。目立たないようにしててくれ」


 ドランは静かに頷き、裏道へと入って待機する。

 俺とラングは出来る限り音を立てないように屋根へと上がっていく。

 屋根は三角状になっているよく見かけるタイプ。素材は薄い水晶板が貼りつけてあるが中は木材で出来ているのがわかる。

 これなら、水晶板さえ切れれば、屋根裏に入り込めるだろう。

 背中に背負った槍斧を静かに抜き放ち、ゆっくりと水晶板に先端を差し込んでいく。

 ギ……ギギ……ギィ。


 大した音を立ててないはずだが、緊張している今の俺にはとてつもなく騒がしい音に聞こえてしまう。

 徐々に差し込んだ槍斧を引いていき、屋根に人一人入れる穴を開けていく。

 やべえ、緊張してくるなこれ。

 落とさないように切り取った部分をズラし、ドリーに、持ってきていた縄を括りつける。


〈頼んだぞドリー。誰も居なさそうなら三回縄を引いてくれ、その後縄を離して待機な〉

『任せて下さいっ、この程度……怪盗淑女なら、朝水前です』

〈そこは普通に飯で良いだろう〉

『ではっ』


 ――シュルシュル。

 だめだ、テンション上って聞いちゃいないな。

 ナイフを手に持ち、縄で括りつけられたドリーがスルスル、と穴に降りていく。


 屋根の上で静かに待つこと五分ほどか、手に持った縄が三回引かれる。

 よし合図が来た。

 縄を引き寄せ一旦回収し、ラングに手渡す。


〈ラング、ちょっと縄持ってくれよ〉

〈承知〉


 ラングが腰に縄を巻きつけ固定する。俺は縄を握り、ゆっくりと屋根裏に降りていった。

 然程高さは無い為直ぐに下につくが、ラングの為にその場で待機する。

 ゆっくりと屋根に開けた穴の縁に片腕を掛け、俺の肩の上にラングが足を乗せ降りてくる。下まで降りる前に屋根の穴に切り取った部分をかぶせ直し、二人揃って屋根裏に侵入する事に成功した。


〈ラング、早く降りろって、お前やたら重くてすげーバランス取るの難しいんだけど〉

〈鍛え抜かれた筋肉のせいですな。これも修行の賜物〉

〈やかましいっ、早く、早く。下になる方の身にもなれって〉


 静かに肩の上から屋根裏に降り立つラング。

 危なかった、転んだらどうしようかと思ったぞ。 


『相棒、こっちですこっち』 


 俺を招き寄せるドリー。どこと無く招き猫の手を思い出してしまって、少しだけ和んでしまった。

 足元は木材で作られた天井。流石に装備を持ってこの上を歩くわけにも行かず、通された梁の部分を選び音を立てないようにドリーがいる場所へと進んでいく。

 

 ドリーの元についてみれば、ナイフで開けたのだろう小さな穴が一つ。

 そこにドリーは人差し指を突き込み、中を確認しているようだ。


『この部屋は誰も居ないようです。二つ隣の部屋には一人寝ている怖い顔したおじさんが居て、残りの部屋にはあの攫われた人は居ませんでしたっ』

〈おおー流石ドリーよくやってくれた。完璧な仕事だ〉


 よくやってくれたお礼に褒め称え、ドリーの手の甲を軽く撫でてやる。


『うへへ、そうですかっ、本当に? じゃあこのまま私一人で女性を救い出して来ますね。そして更に相棒に褒めて頂くのですっ』

〈ちょーと待てッ、大丈夫だ、ドリーここは相棒にも見せ場、というものを譲ってくれると助かるぞ〉

『おお、これは私とした事が、では、相棒どうぞー』


 ドリーが天井をナイフで丸く切り抜き、俺に向かって手の平を見せ『どうぞどうぞ』と進めてくる。

 危なかった。褒められて調子に乗ったドリーが一人で乗り込む所だった……。

 中に入って名乗りを上げるなんて事を、今のドリーじゃやりかねん。


〈ラング俺が乗り込む。ここでロープを持って待機しててくれ、後で引き上げてもらわんといけないし〉

〈ふむ、仕方あるまい。メイ殿、気をつけて〉

〈あいよ、行くぞドリー〉

『ほいっ』


 ピョンと俺の肩の上に戻ってきたドリーと共に、薄暗い部屋の中に降りていく。

 窓が塞がれ光の入り込まない部屋はかなり暗く、俺とドリーじゃなければ、目が慣れるまでかなり時間が掛かったかもしれない。

 

 部屋の中に特に家具すら置いていない。多分この部屋自体、大して使っていないのだろう。

 余り生活感が感じられないし、所々にはホコリが積もっているようだ。

 

 床を鳴らさないようにゆるりと歩き、部屋を出るためにドアに向かう。

 外の様子をドアに耳を当て探ってみるも、何の気配もしないし、音すら聞こえてこない。

 大丈夫そうだな。

 慎重にドアを開け、その隙間からドリーが指を出す。


『大丈夫です。草一ついません相棒っ』

〈俺はそれになんて言って答えれば良いんだろうなドリー〉

『草の根分けてでも探しだす。という言葉があるので、先ずは草を探してみましたっ』

〈もし草が有ったとしてもそれは植木鉢で、根を分けても根っこが千切れるだけで見つからないぞ〉

『……つまり株分けと言うことですか』


 それは、違うと思います。


 緊張感の欠片もなくなり、そろりそろりと廊下を進んで行く。

 少し進んで行くと、階下に続く階段を見つけ、そっと、手すりから顔を出し、下の様子を伺う。

 明かりが微妙に見えてるな。この先に集まってるんだろうか? 行ってみるしか無いな。

 慎重に階段を降りていき、壁沿いを忍び足で歩く。時折床がギシリ、と鳴り、俺の心臓を縮ませる。

 階段を降りきり少し進むと、十字路気味に廊下が分かれていて、奥に見える廊下の先にはドアから光が漏れていた。

 

 あそこに明かりが付いてるってことは、あの部屋が入口付近の部屋か? 方向的にもあっているし、少し探ってみるか。


 静かに近づき、ドアに耳を寄せて、微かに漏れてくる声を拾ってみる。


《足止めした二人はまだ帰ってこねーのか》

《お前さっきからずっと同じ事言ってんじゃねーか》

《いや、だってよ。屋敷の拠点も潰されたって話じゃねーか、用心しておいて損はねーだろ》

《そりゃそうだがよ、足止めのお陰で追ってきたヤツらを撒けたんだから良かったじゃねーか》

《……クソッ、落ち着かねー。ちと便所行ってくる》

《応、ついでに女の見張り交代してきてくれ》

《っち、わかったよ》 


 聞こえてくる足音はまっすぐ俺のいる方向に向かって近づいてくる。

 やべえ、ど、どうしよう。隠れる場所は、どこか隠れる場所はないのかっ。

 見回してみても、直ぐに隠れられそうな場所は無く、二階に逃げようとも思ったが今からじゃ間に合わない。

 急いで十字路まで戻り、右に折れる。


〈ドリー『ウッド・ハンド』天井〉

『ウッド・ハンド』


 右に曲がった廊下の天井に樹木の腕が現れ、俺は飛び上がってその手に掴まれた。

 俺を掴んだ腕はゆっくりと手の甲側を天井に寝かせ、目立たないようにじっとしている。

 ドアの開く音がして、足音がこちらに近づく。

 危なかった、階段に向かっていたら絶対に見つかっていたタイミングだ。

 一応、辺りはかなりの暗さだし、そこそこ高い天井に張り付いている樹木の腕は、木材の天井に同化して見つかりづらくはなっている。

 だが、まだ安心は出来ないのもまた事実。

 不意に十字路に人影が現れ、こちらに向かって曲がってくる。

 鼓動が加速し、緊張が溢れ出す。天井に張り付き地面を見つている俺は、下を歩いて行く黒尽くめに向かって上を向くなと願い続ける。

 

 ――黒尽くめに願いが通じたのか、そのまま上を見ること無くそのまま通りすぎていった。

 良かった……曲がり角に張り付いてなきゃ見つかってたかもしれない。

 俺が張り付いていたのは十字路を曲がって直ぐの天井。もし少し奥で同じ事をしていたら流石にバレていたかもしれない。

 歩いていった黒尽くめは廊下の奥にある扉を開き、奥に入っていく。

 天井に寝ていた腕がゆっくりと地面にむかって垂れ下がり、俺は地面に静かに降りた。

 今のうちに階段を上がり、二階に戻って手すりから下の様子を伺いながら待機する。

 

 ――さっきの会話を思い出すと、あいつは便所に行ったんだよな? で、そっから見張りの交代に行って来いって言われてた所を考えると、あの部屋から女性が捕まっている部屋には繋がっていなくて、少なくともあの十字路の右か左に行った先にある、って事だよな。

 ならここで待っていて、十字路から誰かが戻って、曲がらず真っ直ぐいけばその先には女性。戻ってきた誰かがあの待機している部屋に戻っていけば、先程の便所方面に女性がいるって可能性が高いな……。

 流石に確定した情報では無く、交代した黒尽くめが二階に仮眠をとりに上がってくる事もあるだろうし、交代した奴があの部屋に行くとも限らない。だが、取り敢えず様子を見て、先程考えた状況になれば、そうだと思って行動することに決める。


 ◆◆◆◆◆


 【時刻十六時二十】


 落ち着かない。胸が痛い『私』はあれほど世話になったサリアを見捨てる決断を下した。

 正しいんだ、私は間違っていない。

 自らの決断を後悔する感情を誤魔化すように、正当性を叫び続ける。

 私は水晶騎士。クレスタリアに仕える水晶騎士。

 シャイドをこのまま野放しにしていたら、クレスタリアはどうなってしまうか、姫様がどうなってしまうか分からない。

 侍女一人と交換で、クレスタリアを守れるなら、見捨てて然るべきでしょう。だから私は間違っていない。

 後悔、懺悔、悔しさ、憤怒。

 色々な感情が吹き出してしまいそうになるのを必死で堪える。

 手の平に血が滲もうとも、噛み締めた歯が砕けようとも私は決断を変えはしない。


「キリナ……私の仲間に相談してみたらどうかしら? メイなら、なんとかしてくれそうな気がするのよ」

「駄目です。リーンの事は信用していますが貴方の仲間には会ったこともないですし、信用など出来るはずもありません」

「……わからずや」

「それで結構」

「じゃあ私が街にでて探してくるわよっ」

「貴方はサリアの顔すら知らないでしょうッ。今から探して間に合う筈が無いのがわかりませんか」

「それなら証拠を渡して、後で奪い返せばッ」

「出来る保証がどこに有りますッ」


 思わず椅子から立ち上がり、リーンを怒鳴ってしまう。いけないこんな事じゃ駄目だ。

 どう考えても、もう、無理なのですよリーン。お願いだから、そんなに悲しそうな顔をしないでください……。


 ◆◆◆◆◆


 【時刻十六時二十】


 下の様子を伺っていると、ドアが開く音がして、誰かが近づいてくる足音が聞こえる。

 息を殺して待っていると、一人の黒尽くめが十字路を曲がらず真っ直ぐに進んでいった。

 もしあの先に女性がいるなら……。

 暫く待つと――ギィ、と言う音が聞こえ、黒尽くめが一人、先程の場所から十字路を右に曲がっていく。

 よしッ、大丈夫だ。多分見張りを交代して、交代した黒尽くめが待機する場所に向かったのだろう。

 これで女性があの先にいる可能性が極端に上がった。 

 

 階段を降り、右に曲がって進んでいく。廊下の行き止まりには一枚のドア、先には微妙に人の気配がしている。

 このドアの先か……どうする。ドアを破って強行突破出来なくもないが、黒尽くめが全部で何人この家にいるか分からない。

 確実に声をあげられ、俺の事がバレてしまう。

 あーどうすっかなー。

 天井を見上げ、考えを巡らすも良い案が浮かばない……あれ、天井、天井か。


〈ドリー天井裏からこの部屋の様子を探ってみてくれ、人数によっては制圧してくれていいぞ。ただし静かにだ〉

『ふふふ、おまかせくださいっ』


 そうと決まれば話しが早い、槍斧の柄尻にドリーが根で捕まり、ナイフで天井に穴を開ける。

 スルスル、と穴から入っていくドリー。

 俺はすることも無くなり、辺りを警戒しながら待つことにしたのだが、静まり返った廊下おかげでドリーの声がはっきりと聞こえてくる。


『真っ暗ですねっ』

 うむ知ってるぞ。


『あ、ねずみさん。少々失礼しますねー。あ、ここを真っ直ぐですか。それはご丁寧に』

 え、会話してんの? 嘘でしょ?


『おお、ここですね。では【水色丸】グリグリー』

 お、見つけたか、穴でも開けてるのか。


『相棒、敵は一人。女性が一人。いけそうなので制圧します』

『ウッド・ハンド』


 少しだけ、部屋の中から音が聞こえてきた。


『相棒入っていいですよ』


 ドアには鍵が掛かっていないようで、ドアノブを回すとすんなりと開いた。

 部屋に入ると中央に椅子が一つ、奥には女性が床に転がっていて、目隠し、口には猿轡さるぐつわ手は妙な腕輪が嵌められ、鎖でつながれていてる。どうやら足も縄で縛られているようだった。

 黒尽くめはドリーの出したウッド・ハンドにより、椅子の近くで、アイアンクローをかけられていた。

 手早く黒尽くめの服を破いて脱がし、その布で手足をきつく縛っていく。

 騒がれないように黒尽くめの喉を強く掴み、声を出させないようにしてから、口にも布をかませて、床に転がす。


〈ドリー良いよ、おいで〉

『はいっ』


 天井に穴を開け飛び降りてくるドリーを両腕で受け止め、俺は囚われた女性に近づいていく。

 ふむ。意識はあるようだな。

 女性の目隠しを取ってやると、女性は急に視界が開けて戸惑っているようだった。 


〈静かにー、先刻道で会いましたよね? 攫われる所見ちゃったんで助けに来ました。猿轡を取りますが静かにしてもらっていいですか?〉


 俺の言葉に女性はしばし考え込んだ後、静かに首を立てに振った。

 猿轡や足を縛っている縄を切り、手に嵌っていた腕輪は鎖の部分をドリーに頼んで切断し、女性を自由にしてやる。

 強ばっていたのであろう、身体を解し、女性は俺に頭を下げる。


〈あ、ありがとうございます〉


 女性の声は何処か震えている様で、捕まった恐怖がまだ残っているのだろう。

 まあ、実際怖いよな誘拐されたら。でも今はお礼に答えている暇も無いし、ばれないうちに急いで逃げないと。


〈お礼は取り敢えずいいんで、静かに騒がずで、お願いします。じゃあまずは二階に向かいますんで〉

〈は、はい〉

『相棒、何かメッセージを残していかなくて良いのですか? 怪盗紳士、淑女、参上っ、とか』

〈っぐ、残念ながらドリー、余りゆっくりしてる暇もないからな。今回は無しだ、次は絶対やるぞ〉

『ぬぬ、仕方有りませんね。今度何か書く道具を用意しておかないといけませんねっ』


 そうだな。明日にでも買っておこうかな……。

 口惜しくもあったが、遊んでいる暇もなかった為、女性を連れて部屋を出る。

 薄暗い廊下を静かに進み、階段を上がっていく。


 ◆


 侵入してきた部屋に問題なく戻ることができ、脱出の為に、天井に向かって声をかけ、ラングを呼ぶ。


〈おーい、ラング。縄降ろしてくれ〉

〈おお、メイ殿。無事救出されたようですな。では縄を下ろしますぞ〉


 シュルシュルと下ろされる縄を受け取り、女性の腰に巻きつける。

 女性に縄を手でつかませ、ラングに上まで引き上げて貰う。特に問題も無く上まで引き上げられ、次は俺の番だ。

 腰に撒かれた縄をグイグイ引っ張られ、少し苦しい。

 ――なんかさっきより乱暴じゃないですかねラングさん。

  

 やはり女性と男では扱いが違うのか、随分雑な様に感じた。

 しかし、レスキューかなんかに救出されてる気分になるなこれ。

 プラプラ、と揺れながら引き上げられていると、どうにも、そんな気分になってくる。

 

 無事、屋根裏へ到着し、開けた穴まで向かい、ラングと女性を外に出した所で、階下から声が響いてきた。


《おいッツ。女が居ねーぞッ》

《何!? 少なくともまだ、家からは出てねーはずだ。一人はここにおいて、残り全員で探せっ》


 やっべえ、バレた。

 だが、まだ外に逃げたとは思ってないようで、部屋の中を探すつもりらしい。

 これなら、今の内に逃げればまだ大丈夫な筈。


〈おい、ラング急げ急げ。その人は取り敢えずラングが背負って先に降りてくれ〉

〈承知した。では、背中にしっかり捕まって離さないでくだされ〉

〈わ、わかりました〉


 俺の視界からラングが消える。

 まさか飛び降りたとか無茶してないよな、あいつ。背中に人背負ってるの忘れてなきゃいいんだけど。

 俺もグズグズしてる暇は無いな。あそこまで飛ぶか。

 足に力を込め、梁を蹴りつけ、屋根に開いた穴まで飛ぶ。穴の縁に少しだけ肩をかすめるも、なんとか上手く抜けることができた。

 

 屋根から見下ろしてみると、地面まで結構な高さがある。グズグズしている暇もないので、思い切って飛び降りる覚悟を決め、屋根から飛びだす。

 

 ――うおおお。

 風にロープが煽られバタバタとはためき、近づいてくる地面に恐怖を覚えるも、前に比べれば信じられないほど上がっている身体能力のお陰で、難なく着地することに成功する。

 いや、大丈夫だって分かってたし、怖くなかったし。


『メイちゃんさん。膝がプルプルしていますっ』

「ドリー、これはな。武者震いだっ」

『そうだったんですかっ。怖くて震えてるようにしか見えませんでしたっ』


 ハハッ、全くドリーは何を言ってるんだか……。


 改めて辺りを見回してみると、ドランとラングが俺を待ってくれていたようで、少し先でこちらに向かって手を振っていた。

 そうだった。早く逃げないといけないんだった。

 ハッ、と思い出し、直ぐ様ラング達の元へと駆けていく。

 

 ラング達の元へと向かっていると、背後から聞こえてくる嫌な声。


「おい、あそこにいやがったぞッ」

「あのアマ、どうやって外に出やがった。しかも俺たちを追ってきた奴らまでいやがるぞ」


 気づくのはえーよ、もう少しゆっくりしてても俺は全然構わなかったのにッ。

 ラングとドランに合流してさっさと大通りの方向に逃げ始める。


「ふはは、我らの足なら簡単に逃げ切れますなっ」

「あほかッ、全力で走れば逃げ切れるだろうけど、ラングは人背負ってるのを忘れてるだろッ」

「メイ殿……黒尽くめ共を殲滅するほうが良いのではないか?」

「ちょ、ラング。無かったことにしてんじゃねーよ。どっちにしろラングは背負ってたら無理だろ」


 さて本当にどうしようか、黒尽くめが何人いるかもわかんないし、ここはやはり逃げたい。

 何か、何かないか……。

 視界に入ってきたのは、荷車が一台。いっぱいにタルを乗せて道の脇に止まっている。

 えーいいのかなー。大丈夫だよね。そうだよ、俺きっと悪くないし。


「ドラン、ちょっとあそこに止まってる荷車をひっくり返してみてよっ」

「メイどん、何いきなり無茶言ってるだよっ」

「大丈夫だドラン俺を信じろ。きっと問題ない筈だ」


 大丈夫だってこんな裏道に置いてある荷車に大したもん乗ってるわけないだろ。


「本当け? 信じるからな、おら信じるからなっ」


 そういうとドランは荷車を掴み、全力で力を込め始める。


「グゥゥオオオオオオオッツ」


 雄叫びを上げて荷車を引っくり返す……つもりだったのだろうが、込めすぎて吹っ飛んでいく荷車。

 見事に飛んだ荷車は、タルをまき散らしながら盛大な音を立てて、黒尽くめ達を巻き込んでいく。

 タルの中身は果物やらが満載していたらしく、裏道は正に大惨事。


 …………。


「メイどん。なんかえらい事になってるけど、本当に大丈夫け?」

「ドラン、お前なんて事をしてしまったんだ、大惨事じゃないかっ」

「ひでぇ、メイどん、そらないだよ」

「いやごめんって、ドラン、冗談だって。えーっと、そうだっ……」


 俺は、息を吸い込み、道の脇に建っている家々に聞こえるように、全力で声を張り上げる。


「黒尽くめ共めッ! 荷車をッ、荷車をッ、よくもめちゃくちゃにしてくれやがったなッ!! 全部黒尽くめ達が悪いッ、最低だお前らッ」


 これでよし。


「どうだドラン。完璧だろ」

「そ、そうけ? メイどんがそれで良いなら、もう、おら何も言わねーだよ」


 どうやらドランも納得してくれたようでなによりだ。


「メイ殿はちゃんと考えているのか、何も考えていないのか良くわかりませんな。っはっはっは」

「いや、お前にだけは言われたくないッ」

『黒尽くめ達め、許すまじっ!』


 残念ドリー、ちょっと遅かったな。

 

 全力で黒尽くめに罪を押し付け、俺たちは緑の果物でぐちゃぐちゃになった犯行現場から逃げ出していった。


 ◆◆◆◆◆


 【時刻十七時】


 ついに十七時なってしまい、キリナの屋敷にフードを目深に被った怪しげな者が訪ねてきた。

 目立たぬよう屋敷の内部に招き、殺気に満ちた部屋の中で話を始める。


『交渉の品をだせ』

 

 魔法で声を変えているのか、男か女かの判別がつかない。多分体格から見ても男だろうとは思うのだけど。

 

 私は何が起こってもいいように、剣の柄に手をかけ、キリナの側で待機する。

 やはりキリナはこの交渉を断ってしまうのだろうか……結局、私はキリナに何もしてあげられなかった。

 鬱々と気分が落ち込んでいく……私が落ち込むのは少し可笑しいのだろうが、今のキリナの表情を見ていると、どうしたって気になってしまうのだ。


「態々お越しいただけ有り難い限りですが、元々私には何の事だかわかりませんので、出せと言われてもどうしようも無いのですが?」


 凍てつく吹雪のように冷たい声色に怒りを乗せて、キリナは拒否する意思を相手に見せる。


『女が死ぬぞ』

「無いものは出せませんと言ったでしょう」


 キリナはぶれない。表情にも出さない。

 心情はどうなっているかはわからないが、ローブの男にはキリナが本気で見捨てても良いと言っているように聞こえていることだろう。


『……っち、後悔するなよ』


 キリナの決断は変わらないと判断したのだろう、ローブの男は立ち上がり、去ろうとする。だが、そこをキリナが槍を手に持ち引き止める。


「お待ちなさい、おめおめと逃すとでも思っているのですか?」


 部屋に殺気が満ち溢れ、逃すものかと構えるキリナ。私も大剣を抜き放ち、警戒しながら様子を見る。

 ローブの男がゆっくりと右手を差し出し、手の中を見せる。


『こうなることも想像できず、何も準備せずに此処に来たとでも思っているのか?』


 手の中に見えるのは丸い筒状の物体。

 あれはなんだろう? この状況を覆せるものと言ったら……。


『俺が魔力を流せばこの部屋一つ位なら吹き飛ばせるぞ』

「さかしい真似をするものですね」

『スケイリルの屋敷に来るんだから普通、コレくらいは用意してくるだろう。正直この程度でスケイリルを殺れるとは思っていないが、捕まる位なら吹き飛ばすぞって事だ。女も俺がここを吹き飛ばしたら殺す様に言ってある。

無駄な事はしないほうが良い。大人しく俺を見逃す事だな。お前がいくら早くとも、警戒してれば魔力を流すほうが早い』


 残念ながらアイツの言うとおりでしょうね。恐らく筒の中身は『炸裂甲虫』の体液。

 あの量なら確かにこの部屋位なら吹き飛ばせる。

 正直、その程度なら私とキリナなら魔法などを使って簡単に逃れられる。でも外にいる執事は死んでしまうでしょうし、男も死んで私達が得るものが何も無い。

 男の体捌きからしても、大した強さではないでしょけど、警戒している今の状況では魔力を流すほうが早い。

 男を逃して後を追うなり隙をついて捕らえるなりするにしても、取り敢えず、一旦逃したほうがいいでしょうね。

 キリナも同じ判断をしたのか、武器まではは下ろさなかったが、男を逃すつもりのようだ。


「良いでしょう、行きなさい。ただ私から逃げられるとは思わないことです……」

『おおー怖い。じゃあ殺した女はきちんと送りつけてやるから安心しな』


 ゆっくりと扉に近づく男を、私達は黙ってみているしか出来ない。


 ――ドンドンッ。


 不意に鳴るノックの音、静まり返った部屋にやけに響く執事の声が聞こえてきた。


《キリナ様ッ、サリアが戻って参りましたッ》

『なッ!? そんな馬鹿なッ』


 ローブの男が思わぬ言葉に注意が逸れ、隙だらけの身体を晒す。

 今しかないッ。私は大剣で斬りかかろうとするが。

 

 ――ゴトリ。


 既にキリナが神速の速さで男の首を刈り取り、筒を持っていた手を切り落とす。

 やはり相当イラついていたのでしょうね。私が動く暇すらなかったもの……それにしても、サリアさんが戻ってきたって一体どういう事なの?


「サリアはッ、サリアはどこですッ」


 扉を開け放ち、執事に向かって必死問い詰めるキリナ。

 執事は少し慌てながらも廊下の先の部屋を指さした。

 凄まじい疾さで部屋に向かっていくキリナの後を、私はため息を吐きながら着いて行く。

 なによ、やっぱり心配だったんじゃない……。


 ◆


 部屋の中には三十代ほどのメイド女性が一人キリナと対面に座っている。

 キリナはサリアさんに向かって頭をさげながら、少し肩を震わせていた。


「サリア……無事で何よりです。ですが、サリアに謝らなければなりません……わ、私は、貴方を見捨てようとしていました」


 今にも泣き出しそうな声音で話すキリナに、サリアさんはゆっくりと立ち上がり近づいていく。

 そしてキリナの頭を愛おしそうになでつけ、優しく諭すように話しかける。


「キリナ様、ちゃんとわかっております。だからそんな悲しい顔をしないでくださいませ。

キリナ様の悲しいお顔を、サリアは見たくありませんよ」

「…………」


 黙って俯くキリナの心境は一体いかなるものなのか、私にはわからないが、ただこれで彼女の悲愴な表情を見なくても良さそうだ、とそれだけは確信出来た。


 十分程経ち、キリナも大分落ち着いたようだ。

 私達は、全く把握出来ていない現状を把握する為に、サリアさんを交えて三人で話をする事にする。


「いえ……私もよく分からないのですが、三人組の走破者? 様達でしょうか。その方々に攫われた所を助けて頂いたのです」

「その方々は今何処に? 是非ともお礼をしなければなりませんっ。

何をお礼にすれば良いのでしょう……金貨でしょうか、いえいえ、やはりここは栄誉やなにかそういった報酬の方が……」


 キリナはサリアさんが無事帰って来たことがよほど嬉しいのか、いつもより少し興奮しているようだった。

 それにしても、奇特な人達もいたものね。私達にとって幸運なことだとは思うけれど、自ら進んで人助けなんて、運が良いにも程があるわね。


「い、いえ。それが……ここまで送ってもらったのですが、お礼の為にスケイリル家にご招待します、と言ったら。

 黒いローブの男性が妙に慌てて『俺は、お礼の為にしたとかじゃないんですよっ。なのでスケイリル家とやらに招待される必要は無いと思いますッ。では急用ができたのでッツ』と言って凄い速さで去って行かれて」

「……なんて謙虚な方でしょうか、今時珍しい者もいたものです。ですがっ、ここまでの恩義を受け、礼を欠くようではスケイリル家の名が廃ります。

 サリア、その方々の特徴をお願いします。是非とも探しださなくてはいけません」


 ローブの男とその他二名……ね。まあ、よくある装備よね黒いローブって。


「えっと……とても体格のよろしいドラゴニアンの男性と」

 やっぱりクレスタリアほど大きい都市ならドラゴニアンも多いのねっ。


「隻腕のカルガン男性が一人」

 やはり走破者といえばモンスターとの戦闘で怪我ぐらいするわ、隻腕だって珍しくないもの。


「そして、黒いローブで槍斧を持った人間男性」

 どこかで覚えがある組み合わせだけど、よくあるわ、これくらい。


 落ち着いて私、そうよ紅茶でも飲んで妙な想像を始める頭をおさめるのよ。


「あッ、黒いローブの男性の肩には、黒い手の使い魔が乗っておりました。確かドリーさん……とか呼ばれていたかと」


 ――ブッーー。

 ――ゴトンッ。


 思わず紅茶で宙に綺麗な橋をかけてしまった私と、何故かテーブルに頭を突っ伏しぶつけるキリナ。

 一体、何やってるのよメイってば、どうやったら毎回、毎回、面倒事に首を突っ込めるのよッ。

 状況を把握するどころか、余計頭の中が混乱してきてしまう。 

 そして、何故かテーブルに突っ伏しているキリナはギリギリ、と人形の様に首を動かし、私に向けて、しょぼくれた声で話しかけてきた。 


「……リーン、どうしましょう」

「何よ、私も今どうしたら良いのか分からなくなっている所よ……」

「いえ、私。少しばかり、その黒ローブ様の四肢を切り落とそうとしてみたのですが」

「え……いや、え? ちょっと、キリナ。何やってるのよッ」

「いえ、例の高笑いを上げながら逃げていったのが正にその方でして……」

「えっと、高笑いって『ふはははー』とか『ひょおおー』とか言ってた?」

「――ッ!? 何故それを」


 ……もうダメよ。実は違う人物じゃないかという希望すら断たれたわ。間違いなく。完全にメイとドリーちゃんよ。

 最初に聞いた時は、高笑いしながら飛んで逃げるなんてどんな変人かと思ったけど。

 ――やるわ。メイとドリーちゃんならやりかねないわ。


「凄く……凄く言い難いんだけどね、キリナ。その三人組って、私の仲間だったりしちゃったりするかなーなんて。

 あー、そういえばメイってあの夜、街の見回り依頼を受けてたから、黒尽くめが何かして、それを追って屋敷に来たって考えると、全然あり得る話だったりするの……よね」


 ――ゴン。

 再度突っ伏したキリナはブツブツと小声で『よりにもよって、よりにもよって』とつぶやいている。

 暫くすると、ガバッと、動きだしたキリナが私に詰め寄り、焦った声を出し、完全に混乱していた。


「どどど、どうしましょう。都市の見回りをしていたリーンの仲間の四肢を切り落とそうとし、よりにもよってその方にサリアの危機まで救ってもらって。

私にどうお詫びをしろとッ、死ねと、そうですか死ねと言うのですかっ」

「落ち着いてキリナっ、大丈夫よ。メイならちゃんと謝れば許してくれるから」


 私の言葉にキリナが項垂れていた顔を上げ、期待に満ちた表情を向けてくる。


「ほ、本当ですか?」

「――その前に多分、キリナに会ったら怯えて逃げると思うけど」

「……さようならリーン。いままで有難う御座いました」  

「おちついてーっ。ごめんってキリナ、大丈夫だからッ」 


 パニックになるキリナを必死に宥めながら、心の中に沈殿していた嫌な気分がすっかり無くなっていることに気がついた。

 ありがとう、キリナを助けてくれて……。


 ◆◆◆◆◆


 【時刻十九時】


 宿屋の一階で皆と夕御飯を頂きながら、俺は一人、心の中で勝利の雄叫びをあげていた。


 ハハッ、バカめ。まさかあんな罠があろうとは、逃げきってやったぜ銀髪の人めがッ。

 危なかった。スケイリルという名前にどこか聞き覚えが有ると思えば、あの時の銀髪の人が言っていた名前じゃないか。

 思わず速攻で逃げ出してしまったけど、あのメイドさんが攫われたって事は……銀髪の人は黒尽くめの仲間じゃなかったのか? それとも仲間割れかなんかだろうか。

 どちらにせよ、もうあの周辺には近づくまい。いや、いっその事船が出るまでの間は宿から出ないという手すらある。

 さすがに外に出なければ厄介ごとに巻き込まれる事なんて無いんだ。それが良いかもしれないっ。

 完璧だ、恐ろしいほど完璧な計画だ。

 取り敢えず明日は一歩も宿から出ない事にしよう。


「しかしメイ殿、お礼も貰わず逃げ出して、一体全体どういう事です?」

「本当だで、お礼位貰っても良かったと、おらとしても思うだよ」

「いや、詳しくは今から話すから、本当ごめんって。そうだっ、今日は俺がおごるから」

「あ、店員殿、すいませぬ。メニューにある野菜全部お願いし申す」

「おら、上から順番にもってきてけれ」

『水を……水をボトルでお願いしますっ』


 鬼かこいつら。





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