歩けば事件 忍び寄る悪意
【時刻十二時】
眠い……結局、銀髪女性から空を飛んで逃げたのだが、着地の方法を何も考えていなく悲鳴を上げながら落下。
どうにか『ウィンド・リコイル』を連射し、速度を落として着地できたのだが、着地した衝撃で足の傷が広がり、余りの痛みで喚きながらゴロゴロ転がってしまった。
ドリーの回復魔法のお陰で傷だけは塞がったのだが、未だズキズキとした痛みは引いてくれない。
もう見回りの依頼なんて絶対受けないと心に堅く誓いをたてた。
飛んでいった後、見回りの時間は終わっていなかったものの、一旦斡旋所に戻り、犯行現場を見つけ犯人と交戦した事を伝える。
受付嬢のお姉さんから暫く待ってろと言われ、身体を休めながら椅子に座っていると、騎士のおっさんが事情を聞きにやってきた。
おっさんに個室へ連れていかれ、事情を説明するも、やたらとしつこく内容を反復させられ、非常に時間を取られてしまう。
犯人の姿を見たかだの、逃げた先は突き止めたかだの、何か証拠を見つけなかったか等。
一連の出来事を話はしたが、質問を投げかけてくる騎士の態度は好感を持てるものでは無く、前にテレビで見た犯人を尋問する刑事のようで、肉体的にも、精神的にも疲れ果ててしまった。
やっと開放されたのが午前六時頃か、宿に帰る途中で『弾丸猪のサンドイッチ』と言う名前の軽食を買い、腹ごなしだけはしておいた。
パンはふっくらと柔らかく、肉は少々固かったが中々味がある旨さだった。
どうやってパンを膨らませてるのだろうか、イースト菌あるの? 等と考えては見たものの、余り自分の常識で考えても、どうせ答えなんて出ないので、気にしない事にした。
宿に帰りつくと、眠気と疲れで一瞬で夢の世界に旅立ったのだが、不意に目を覚ましてしまい、時計を見たら今の時間。
五、六時間は寝られたので大分ましなのだが、まだどうにも眠気が取れない。
ベッドの上で胡座をかき、寝癖を放置したままドリーを眺める。
どうやら、キキにお昼ごはんをあげようとしている様で、手に持ったレタスらしき野菜をピラピラと揺らし、キキがそれにかぶりついている。
この野郎、可愛いな、おい。
『キキちゃんご飯ですよっ。よしよーし、大きくなーれ、大きくなーれ』
いや、ドリーそれ以上は大きくならんからな、とはドリーの嬉しそうな様子を見ている俺にはとてもじゃないが言えそうにない。
体を解すため、一つ、背伸びをするとバキバキと身体が鳴った。
さて、今日の予定はどうしようか……。
見回りの依頼はもう絶対受けないから今日の予定は空いている。
だが、リーンはまだ帰っていない様子だし、ラングとドランも……。
――ドタドタ。
外から、誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
ドンドンと近づく足音は部屋の前で止まり、その後扉をノックする音が耳に入ってくる。
「はいよー居ますよ」
「メイどん、と、取り敢えずかくまってくんろっ」
何故か、妙に焦ったドランの声が聞こえてきた。
「なんだよドランかよ、びっくりさせないでくれよ」
ドアを開けるとドランが部屋の中に慌てて入ってきて、ドアを閉めた。
なんでこんなに慌ててるんだドランのやつ。
「メイどんっ、一生のお願いだで、ラングどんが来たら、おらはいねーって言ってけれ」
「いやいや、意味がわからんのだが」
俺がわけもわからず困惑していると、新たな足音が部屋に近づいてくるのが聞こえる。
またしても、ドンドンと叩かれる部屋の扉。
次は何だよ一体……。
「メイ殿ぉぉ。ドランの奴めがここに来てはおらんか?」
なんだラングか、ドランに一体何の用なんだか。
ドランに目を向けると必死に口元に指を立て、黙っててくれとこちらに示す。
そうかそうか、分かった、任せとけドラン。
「ラングー、ドランなら此処にいるぞー」
「ちょっ、メイどん、おらの気持ちをあっさり裏切りすぎだでっ」
「ぬぬ、やはり此処かっ。ええい意気地のない奴め、いい加減に腹を決めんかっ」
ドタバタと部屋に入ってきたラングはベッドにしがみつくドランを捕まえ引っ張った。
「いやいや、お前らここ俺の部屋なんですけど、あんまり騒がないでくれませんかね」
『すいません、キキちゃんがお食事中なのでトカゲさんもカンガルさんも静かにしてくださいっ』
ビシッと指を突きつけ、二人を注意するドリー、おお中々勇ましいじゃないか。
ドリーに注意された二人は、ピタリと暴れるのを止め、大人しくなる。
まあ、その気持ちは良くわかるぞ。ドリーに注意されると、自分が大人気ない態度を取っている様な、そんな気持ちになるんだよな。
大人しくなった二人を取り敢えず座らせ、先ずは話を聞いてみることにした。
「結局なんなのさ、全く話しが見えないんだけど俺には」
「うーむ、いやな、ドランの奴に修行をさせようと昨日、四級依頼に行ってきたのだが、思いの外、成果が上がってなっ」
おおーそれは良い事じゃないか。
ラングも話をしていて上機嫌になったようで、嬉しそうに表情を綻ばせる。
「そこで、自分は考えたのだ、どうしたらもっと効果的に力をつけられるか、と……したらば、ピンッ、ときたのですよ。この際、二級区域辺りに放り込んでしまえば更なる力がつけられるのではないか、となッ」
「……おい、ラングやっぱお前アホだろ」
「なんですとっ!?」
そりゃドランも逃げるに決まってんだろ。どうしてこう、修行とか訓練とか好きな奴は無茶ばっかしたがるのか。
なんて言うか、やってみればどうにかなるだろ? 的な思考回路をしていると言えばいいのか……。
「おお、やっぱメイどんは、おらの味方だで。助かった……助かったよぉ」
速攻で裏切られた事も忘れ、ドランは祈るように俺にお礼を言ってくる。
相当行きたくなかったんだなドラン……。
「なあ、ラング焦っても上手くいかないって、そうだ、今日の所は取り敢えず休みにして、次の修行は、四級辺りの素早いモンスターをどうにか出来てから、級を上げて、三級辺りに挑戦すればいいじゃないか。なっ?」
「むむむむ、しかしですな。いや待て、やはり……」
頭を捻りなにやら考えこむラングだが、暫くすると方針が決まったようで、答えを出す。
「メイ殿が言うなら仕方あるまい……自分も、少しムキになっていた気がせんでもない」
ラングが何にムキになってたかは知らないが、取り敢えずドランの危機は去ったようだ。
ドランは安堵の余り、動けなくなってしまったようで、床の上にヘタリこんでいた。
大丈夫だ、俺もその気持はよくわかる。ラングやリーンは神経が図太すぎるんだよな。
一先ず騒ぎも収まり、暫く俺の部屋で団欒を交わす事となった。
◆
【時刻十三時】
――ガラガラガラガラガラ。
『にゅおおお、私は、今、風になっていますっ』
今俺の目の前では、ドリーが馬車に乗って部屋の中を走り回っていた。
正解に言えば、馬車と言うか、ドランの作った小さいおもちゃ荷車と言えばいいのか。
ドリーが唐突に荷車を作ってくれと言うから何かと思えば、キキに引っ張ってもらって一緒に遊ぶのだと楽しそうに語ってきた。
俺はそこまで手先が器用ではないので、ドランならいけるんじゃないかと思って聞いてみれば、案の定と言うか、その大きな手を器用に使い、木材をナイフで削って、小さな荷車を作ってしまう。
缶コーヒー三つ並べた程の大きさの荷車。さすがのドランでも、車輪を綺麗な円にすることは出来なかった様で、ガタガタ、と結構揺れてはいるが、走る分には問題なさそうだった。
ドリー自体は木なので、然程重量はないのだが、あそこまで大きさが違うものを、キキは楽しそうに引っ張り回している。
実際の種族は違えど、竜の名が冠されているだけあって、かなり力が有るみたいだな。
だが、それは大した問題じゃないんだ……。
「ドランッ、俺にもあれ作ってくれッツ」
「……メイどん、それはおらじゃなくて荷馬車職人さんに頼んでくんろ。大体どうやって引っ張るつもりだで」
「え、えっと。ラングが引っ張ったりしてくれない?」
「なぜ自分が馬の如く荷馬車を引かねばならんのだっ」
「いや、ほら。荷馬車を引っ張ることで、凄まじいパワーをつける修行……とか?」
「――ッツ!? さあドラン、今すぐ作るのだっ」
「ラングどんっ、騙されとるよぉ」
『凄いぞーいけいけー』
《ギャース》
全く、なんて騒がしい奴らだろうか。
◆
【時刻十四時三十】
結局、俺の乗れる荷馬車はボツとなってしまったが、折角ラングとドランもいることだし、皆で外食に行くことに話しが決まった。
リーンがいないのは残念だが、彼女も忙しそうだし仕方無いだろう。
早々には宿を出て、南に有る食事所が多い区域へと足を運んでいく。
「おらのおすすめの店に案内するだよ。期待しててくんろ」
「おう、ドランのお勧めなら期待出来そうだな」
『お水が美味しいお店を期待しています』
それはちょっとピンポイントすぎてどうかと思うぞドリー。
「ふむ、ならば自分のお勧めの店も紹介しなくてはならんな」
「いやいいよ、断る」
「何故ゆえっ」
いや、だって野菜しか出てこなさそうな気がするし、その店。
会話を交わしながら大通りを歩いて行く。キョロキョロ、と辺りを見回しながら歩いていったのだが……。
結構賑わっているな、まあ、大通りだから当たり前か……ってうぉいッ!?
前から一人のメイド服姿の女性が歩いているのが目に入り、反射的に大通り沿いにある脇道に隠れてしまった。
脇道は裏通りに向かう道なのか、現在人通り等は殆ど無く、閑散としている。
――とりあえず顔は見えなかったので、わからないが、メイド服がこの間襲いかかってきた女性の服に少し似ていた気がする。
いやいや、そんな馬鹿な事がある筈無いよな。
しかし、万が一って事もあり得るし、ここは、隠れてやり過ごそう。
脇道に逃げ込んだ俺は、大通りの様子を伺いながらもコソコソと隠れる。
そんな俺の様子を見たラングとドランも脇道に入ってきて、不思議そうな表情で俺を眺めてきた。
「何を妙な事しておるのだ、メイ殿」
「メイどん何かあったのけ?」
「後で話すからちょっと待っ……て」
俺の視界には曲がり角を曲がってくるメイド服姿の女性が写った。
うおお、どうしよう、どうしよう。
一人でアタフタと慌てていると、その女性が訝しげな顔で俺を見る。
恐る恐る顔を見れば……三十代程の女性で、この間の女性とは似ても似つかない顔だった。
なんだよ心配して損したしッ! 全然似てねーじゃねーか。
いや……でもやっぱりメイド服は少し似ているような気がしなくも無いんだよな。
ほっと胸をなで下ろし、首を傾げている俺を見て、可笑しな人は放っておこうとでも決めたのだろう。そのまま俺の横を通り過ぎていった。
ラングとドランもその女性の歩いて行く姿を眺め、一緒に首を傾げている。
『なんか、こないだの人に似ていましたねっ。なんて言うか雰囲気がですけど』
そうか、やっぱりドリーもそう思うか。本当、良かったよ別人で……。
額にかいた冷や汗を拭いさり、去っていく女性を安堵と共に眺めると、丁度曲がり角に差し掛かった女性が、横から現れた数人の手によってズタ袋を被され、連れ攫われていく場面だった。
意味が分かんねーよッ!? えー、本当に、また厄介ごとですか? というか、この状況なら確実に……。
「メイ殿ッ、どう見ても人攫いですぞっ。急いで助けに行かねばっ」
だよね、ラングならこうなるよね。
無駄だと思うが、一応反撃を試みる事にする。
「ほ、ほら。お城の兵隊さんに頼んで報告したらどうだろうか?」
「何を悠長なッ、そんな事をしていたら見つかるものも見つからなくなりますぞ」
「メイどん、早く助けに行くべきだでっ」
ですよね、俺もそう思います。
ちくしょう……いや、もう、行くしかないよな。放っておいたらラングとか何をしでかすかわかんないし、俺も一緒に行かないと不安でしょうが無い。
最近の厄介ごとの多さに辟易としながらも、ラング達を放っておくわけにもいかず、首を突っ込む覚悟を決める。
「っぐ、分かった追いかけるぞ」
「応」
「了解だで」
『相棒にかかればズバッと解決ですっ』
直ぐ様、駆け出し、裏道へと通じる曲がり角へ急ぐ。
曲がり角に差し掛かり、先を見れば、女性を二人の黒尽くめが抱え込み、その周りを三人程の黒尽くめが走って逃げていく姿が視界に入る。
おいおい、あの格好って、昨日の黒尽くめだよな? よりにもよってアイツらかよ。頼むから銀髪の人出て来ないでくれよっ。
散々な目にあった元凶である、銀髪女性が脳裏に浮かぶ。俺は心のなかで祈りを捧げ、出会わないようにとお願いしながら、黒尽くめの後を追う。
どうやら黒尽くめ達も、追われていることに気がついたようで、逃げる速度を上げはじめた。
「どうやら、気がつかれましたぞっ」
「分かってるっ、見逃すなよ。俺はここらの地理なんて全然わかんないぞ」
「お、おらが、わかるだよ。任せてくんろ」
まじか、さすがドラン頼りになる。
先を逃げていく黒尽くめ達が右へと曲がっていく。少し遅れて角を曲がるが、黒尽くめの姿は既に無くなっていた。
駄目だ何処行きやがったんだ?
「えっと、メイどんこの先を左に行ってもっかい右に曲がってくんろ」
今はドランの言葉に従ってみるしか手はないだろう。
躊躇うこと事無く、誘導に従い道を進むと、先ほどよりも近い位置に黒尽くめ達の逃げていく姿を見つける。
「おお、本当すごいな、ドラン」
「流石にあったら姿で大通りには出れないと思うだよ。そうなると、曲がれない道が絶対出でくるもんで、それを省くと道は限られて来るから、おらでもわかるだよ」
こういった事には凄まじく頼りになるドラン。俺の中の株を更に上昇させておいく事にした。
先を逃げていく集団は、追い詰められている事に焦ったのか、黒尽くめが二人、踵を返しこちらに襲いかかってくる。
面倒だ、足止めということなんだろうが、どうしたものか……よし、ここは一先ず。
「ラング、先に行けッ。手は出さなくていいから見逃すなよ」
「了解した」
足の早いラングに先行させて見失う事だけは避ける事にする。
ラングは屋根に飛び上がり屋根伝いに黒尽くめ達を追い、先へと駆けていく。
「ドラン俺達は先ず、こいつらをどうにかするぞ」
「お、おう。頑張ってみるだよ」
多少不安も残るが、昨晩戦った感覚からすればドランでも十分勝てるはず。
腰からナイフを抜き放ち、こちらに向かって身構える二人の黒尽くめ。
俺は槍斧をドランは背中に背負った箱をゴトリ、と下ろし、臨戦態勢に入る。
二人の黒尽くめはナイフを逆手にこちらに向かって疾走。
ドランは箱でナイフを止め、黒尽くめに向かって箱を振り回した。
背後に飛ばれ、避けられはしたのだが、空振りした攻撃ですら、空気が唸り荒れ狂う。
すげーな、威力だけは相変わらずだ。まあ、俺もドランばかりを見ている暇はないんだが……。
迫り来る刃を、ドリーがナイフで軽々といなす。体勢が崩れた隙をつき、篭手の嵌った左手で黒尽くめの顔面を殴り飛ばす。
軽々と吹き飛んだ黒尽くめは、脇に建っている家の壁にぶち当たり、グラリ、と崩れ落ちる。
まだピクピクと動いている所を見ると、意識はあるようだが、脳でも揺らされ立てなくなっているの様だ。
よしよし、大丈夫そうだな。やっぱり、この間の奴と大差ない実力みたいだ。問題と言えばドランの攻撃が当たるかって所だが……。
ドランを見れば、箱を投げ飛ばし、黒尽くめに攻撃を仕掛けているが、軽く避けられ少々苦戦している様子。
手を貸すか? そんな思いを脳裏に浮かべた瞬間、事態が一転する。
投げ飛ばし、避けられてしまった箱と繋がっている鎖を、ドランが力任せに振り回す。縄跳びの綱のように鎖に力が伝わり、金属音をたてながら黒尽くめに襲いかかる。
黒尽くめは箱を避けて油断していたのか、蛇のように迫る鎖が腹に直撃し、吹き飛ばされていく。
「ドリー捕まえてくれっ」
『ウッド・ハンド』
地面から現れた樹木の手が、吹き飛んでいく黒尽くめを捕獲する。
――上手くいったみたいだな。
一瞬ドランの一撃で上半身と下半身がお別れしてしまうんじゃないかとも思ったが、加減していたのか、目の前でスプラッタな光景を拝まなくてすんだようだ。
人を殺してはいけない……等と今さら言うつもりはないが、俺にはまだ自らの手で生きている人間を殺す度胸など持てていなかった。
死体を斬った事もある。友人の姿をしたモンスターも斬った。肉沼では連れて行かれる人達を見捨てさえした。
でも、生きた人間を進んで斬る勇気はまだ持てていない。
いつか俺も自分の手で、命を奪う時がくるのだろうか。否、確実に来るだろう……命の危険に晒されてまで、相手の生命を奪う事を躊躇う気など無いのだから。
今、追いかけている黒尽くめ達の実力が、大した事が無くて良かった、と俺は思わず安堵してしまう。
「メイどん。こいつらどうするんだ?」
『ぬおお、暴れないで下さいっ』
「あーっと。とりあえず縛ってそこらに括りつけておこうか。地面に『殺傷事件の関係者です』とか書いといて」
ドランが倒れて動けなくなっている黒尽くめを抑えつけ、ドリーが魔法でもう一人を捕まえている。
まあ、どっちにしてもこの状況じゃ殺したりしないで捕まえたほうが正解だったろうな。
此処で下手に殺してしまえば、例え向こうが悪くても確実に面倒な事になってくるし、縛って置いておけば、誰かが見つけて通報なりなんなりしてくれるだろう。
今はさっさと先を急いだほうが良い。どうせこいつらを問い詰めても時間の無駄になる可能性が高いし、なによりラング一人だと不安だ。
ドランの箱からロープを出して、手早く黒尽くめを拘束していく。
適当にそこらの魔灯の柱に括りつけ、ラングを追って先へと向かうことにした。
◆◆◆◆◆
【時刻十五時】
「取り敢えず、一段落って所かしら?」
『私』はキリナの屋敷でソファーに沈みこみながら、一息ついた。
「ご苦労様ですリーン」
――本当よっ、大変だったんだからねっ。
あの後、キリナに「この屋敷に余り長居をするのは拙いです」と言われ、残った証拠をかき集め、袋に詰めて、急いであの屋敷を離脱した。
黒尽くめの仲間がまだいるかもしれないし、既に証拠を押さえている現状で、無理に下っ端を生け捕る必要は無くなったらしい。
屋敷に戻ってからも袋に詰めた証拠の確認の為に、無数にある書類に一枚づつ目を通していったのだが、寝る暇もなかった為、途中で何度か寝てしまった私は、きっと悪くないだろう。
――でも、ゆっくり休めるのは有り難いわね。
身体におびた殺気を静めるには、こういった時間が必要不可欠だもの。
悪党と言えども人を斬った後はどうしても身体から殺伐とした雰囲気が漏れでてしまう。
人を斬る事に嫌悪感など既に無い。騎士をやっていたら賊の討伐などでそういった機会など幾らでもあるのだから。
しかし、慣れてはいるが、日常にはしたくない。
窓からは夕焼けの明かりが入り、飲んでいた紅茶の色をさらに赤く染め上げる。すっかり温くなった紅茶を一息に飲み干す。身体に染み付いた嫌な雰囲気を飲み干して無かった事にする為に。
私が一人黙って寛いでいると、向かいに座って紅茶を飲んでいたキリナが、丁寧に頭を下げてくる。
「今回は有難う御座いました。リーンには大変感謝しています」
「何よ、急に改まったりして、いいわよ、大したことしてないし」
実際キリナ一人でも今回の件は片付けられただろう。
万が一の事を考えて、もう一人戦闘能力を持つ仲間が欲しかっただけなのだし。
だが、急にお礼を言ってきたキリナを見ていて、色々と思う所もあった。
――私の手伝える範囲はもうないかもしれないわね。
キリナに頼まれ手伝いはしたが、元々クレスタリア内部に干渉する気はさらさら無い。きっと、それを分かっていたから、この瞬間に礼を言ってきたんじゃないのかしら。
後は、シャイドに証拠を突きつけ捕まえるだけなのだから、私が出来る事など余り無いだろうし、残っている問題と言っても、何時それを実行するか、という事くらいだろうか。
早ければ良いのは間違い無いのだけど、残念ながら今日はシャイドは城に居ないらしい。
余り時間をかけていてはシャイドに黒尽くめが襲撃された事実が伝わってしまい、下手すれば逃げられてしまう。
まあ、キリナとしては、別にシャイド自体に逃げられようともこの国から追い出せさえすれば構わないのかもしれないけれど。
「でも今日は無理なら、いつ実行するつもりなの?」
「そう、ですね。姫様も一緒に居られて、尚且つシャイドと共に居ない日が望ましいのですが……明日、は無理ですね。
多分明後日の夜になるのではないかと思います」
「そう、結構遅くなるのね」
「シャイドは姫様の相談役として、可能な限り側に居りますから、いたし方ありません。
明後日までは屋敷の者には外出を控えさせ、大人しくしている他ないでしょう」
仕方ないといえばそうなのかもしれない。やけになったシャイドが姫に危害を加える事だってあり得るのだから。
出来ればシャイドが一人の時が望ましい。
今、黒尽くめ達が襲撃された事をシャイドが知ったからといって、私たちの存在までバレたわけではないし、この状況なら焦りはしてもシャイドもやけになる事はないのではないか。
金銭などで解決出来る可能性が残っているなら、それを取りたいでしょうしね。
一人でウンウン唸りながら考え込んでいると、不意にコンコン、とノックの音が鳴る。
「入りなさい」
キリナの言葉にドアが開き、一人の執事が静々と入ってきた。
「どうしました? 何の用でしょうか」
「いえ、先程キリナ様宛にこのような物が届きまして、急ぎの物だと拙いのでお持ちいたしました」
執事の差し出したのは一枚の手紙。
キリナはペーパーナイフで封を破り、中身を確認していく。
「――ッツ!? 今、サリアは何処にいるかわかりますかッ?」
キリナが座っていたソファーから立ち上がり、執事に向かって詰め寄っていった。
執事は少し困惑しながらも、キリナの質問に答えていく。
「サリアなら何時もの買い出しに出かけている時間ですが……何か問題でも」
「急いで探しなさいッ。い、いえ、駄目ですね。貴方達は屋敷から一歩も出てはなりません。
大体屋敷から出ぬように先ほど、伝えたはずですがっ?」
「申し訳ございません、命じられた時には既に遅く、サリアは出て行っておりまして……」
執事の言葉に唇を少し噛み、表情を曇らせるキリナ。
「そう……ですか。貴方達は屋敷の中で一人にならぬよう、ある程度の人数でまとまって待機していて下さい」
一体手紙には何が書いてあったのだろうか。彼女があそこまで慌てるなど、間違い無く問題が起こったに違いない。
執事が慌てて部屋から出ていったのを見計らい、キリナに手紙の内容を問いただす。
「一体どうしたっていうの、手紙には何が書いてあったのよ?」
「リーン、拙い事になりました……貴方に話したシャイドと黒尽くめのつながりを見つけた、私の尤も信頼する侍女【サリア】
彼女が……恐らく黒尽くめ達に攫われました」
「嘘でしょッ!? まだ今朝から大して時間経ってないじゃない」
「ですが、事実、と思って行動したほうがよいでしょう。
手紙の内容は【十七時】に人を向かわせるから、サリアと交換で押収した証拠品を差し出せと。出さなければサリア命の保証はしない、という内容でした」
そんな馬鹿な。こんな直ぐに特定出来るわけがない。私達が侵入した屋敷に証拠だって残していないのに。
いや、相手も確信はないのだろうか? 確信は無いままにキリナに手紙を送りつけてきたとしたら、この状況だって十分ありえるのではないか?
どうすれば良いのだろうか、キリナにとってその侍女はきっと大事な人な筈だ。
今から探して見つけ出せるだろうか……いや、そんな簡単に見つけられるわけもない。
「ど、どうするのよキリナっ」
私の言葉にキリナは顔を歪め、歯を噛み締めながら、言葉を吐き捨てる。
「見捨……見捨てるしかないでしょうね。折角掴んだシャイドを追い詰めるチャンスを……侍女一人と交換する訳には、でき……できないでしょう。
それに今から探したとしても間に合いません。屋敷を離れる事だって出来はしない」
キリナは一体どんな気持ちでその言葉を口に出しているのだろう。
私にはわからない。
ただ、逆の立場で私が大事に思っている仲間が攫われたらどうするのだろうか。
多分、私は証拠を差し出してしまうんだろうと、そんな確信がある。
騎士らしい信念を貫く彼女を少し羨ましくも思い、それと同時に今の私にも満足していた。
只、この苦しそうな表情をしているキリナの事を私はこれ以上見ていたくない。
何も打開策など浮かんでこない自分の頭を恨めしく思い、こんな時、メイなら一体どうするだろうと、考えてしまう。
◆◆◆◆◆
【時刻十五時】
シャイドの屋敷に招かれた私は、窓を締め切られた薄暗い部屋へと通された。
眼の前ではシャイドが手を組み、ニタニタと笑いながら椅子に座っている。
いつ見ても気味の悪い男だ……。
「クロムウェル君、まあ座るといいよ。遠慮しないでどうぞ。あれ、元からしていなかったかな?」
「いえいえ、余りおからかいにならないで頂きたい」
「そうかい? それは失礼したね。いや、今日招いたのは他でも無い。例の件の事なんだけどね。
明日に決定したから、クロムウェル君も一緒に向かってくれると助かるんだけど。勿論いいよね?」
有り難い。私自ら赴けるなら願っても無いことだ。
「わかりました。しかしシャイド様は動かないのでしょうか?」
「あー私かい? ちょっと飼い犬が他所の犬に噛み付かれたらしくってね。ちょっと牽制をいれないといけないから忙しいんだよね。全く困ったものだよね」
何かの比喩表現なのだろうが、私は知らなくても良いことなのだろう。
只、何か問題が起こっているのだろうか? この男に着いて行って私にまで被害が及んでこないだろうか。
そんな私の感情を見通しているかの如く、シャイドが気にするなと手を振り、話を続ける。
「あー『私』にとって大した問題じゃないから、心配しなくても大丈夫だよクロムウェル君。
暇つぶしもする必要が無くなった事だし、どう転んだ所で大した事にはならないしね。平気平気」
この男が何の事を言っているかは私にはわからなかった、だがどちらにせよ、今の私には選択肢など無い。
メイ・クロウエをこのまま放置する事など私には出来ない。
この心の底に溜まっているヘドロの様な感情を抑えることなどできないのだから。
◆◆◆◆◆
【時刻十五時半】
ラングを追って先に進んでいると、何故か屋根の上から声が掛けられた。
「メイ殿、こちらですぞ、いいから先ずはこちらに来てくだされっ」
何やってんだあいつ。なんで人様の家の屋根で身を隠してるんだ?
訳がわからないが、ラングの言うとおり二階建ての屋根上に登っていく。
「何やってんだよこんな所で」
「いや、不届き者の後追っていたのですが、どうやらあやつら自分が屋根から追っていることに気がつかなかった様子で、どんどん先に進んでいきおってな。
向かい側の家に入っていきおったのですよ。そこでメイ殿の言葉を思い出しましてな。
一人で中に侵入するよりも、一先ず合流する事を優先しようと考えた、ということです」
おお、凄いぞラング。たまには自重も出来るんだな。
ラングを心の中で褒め称え、向かいの家を確認していく。
二階建てで、水晶板を貼り付けた家は全ての窓が塞がれ中の様子はわからない。入り口も一つ、裏口はきっと塞がれているのではないか?
どうしたもんか、強引に突破したら攫われた人が危ないだろうし……やはりここは。
「バレないように侵入するしかないだろうな」
「でしょうな」
「メ、メイどん、ここ高くて怖いんだけんども」
『ふふふ、体が鳴りますねっ』
それを言うなら腕が鳴りますだろ、ドリー。
いや……ドリーの腕は体だから合ってるのか?
などと、下らない事を考えているのもどうかと思うが、どうせ焦ったからって上手くいくとは限らない。
どうやって家に侵入するかを、まずは落ち着いて、考えていく事にする。