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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶都市クレスタリア
40/109

月夜に輝く水晶と漏れ出す悪意


 【時刻一時】


 上段から唸りを上げて迫る水晶槍を間一髪で受け止める。

 力任せに払おうとするが、受け止めていた筈の水晶槍は既にそこには無く、いつの間にか左から薙ぎ払われている。

 ――糞ったれ、こいつ疾い。

 俺はギリギリで後方に飛びすさり、薙ぎ払いを避け距離を離そうとする。だが銀髪女性はその行動を見て、超反応で俺のバックダッシュに追いすがり、地面に着地する瞬間の足元を槍で薙ぎ払う。

 冗談じゃねーぞッ!? どんな反応してやがるんだこいつッ。


『ウィンド・リコイル』


 右手を斜め前方に向け、大地に風の砲弾を放つ。撃った反動で飛距離を伸ばして薙ぎ払いから危うく逃れる。

 不思議そうな顔をしてこちらを見つめてくる銀髪女性。


「今のは確実に当たると思ったのですが、まさかそんな方法で逃れられるとは少々、予想外で御座います」

「いや、本当。自分でもビックリだよ」


 着地の瞬間に足元を狙ってこられた時は、絶対避けられないと思ってしまった。咄嗟に『ウィンド・リコイル』で逃げなければ今頃俺の足首から先はそこらに転がっていた事だろう。

 やはり速度重視で間違いないようだ。今の所はまだ反応出来る速さだが、それでもかなり危ない、疾いというよりも巧いと言うべきか、最短距離で、最小の動き。そして俺の隙をついて襲いかかってくる水晶槍は、実際の速度よりも更に速く感じてしまう。


「私、少々貴方を侮っていたようです。では先程よりも評価を上方修正せねばなりませんね」


 いや、余計な事せんでいいから、侮ったままでいて下さい。


「取り敢えず殺すつもりは有りませんので、大人しくやられておいた方が身の為ですよ」

「腕を切り落とそうとしたり、足首切り飛ばそうとする癖に何言ってんだよっ」

「ご安心くださいませ、切り落とそうとも、部位を持っていけば後で上級回復魔法でくっ付きますので」

「おー、それなら切り落とされても安心……出来るかッ!!」


 駄目だこのオネーさんまじで危ない。本気で手足を切り飛ばして動き止めようとしてやがる。

 顔は綺麗なのに無表情で怖い事をさらりと言ってくるので、とても怖い。


「余り貴方に構っている暇も御座いませんので……」


 そう言った瞬間、既に距離を詰められ、水晶槍で斬りつけてきていた。

 先ほどの攻撃よりも速く更に正確無比な攻撃を放ってくる。


 ――ギャリィン、ギィンッ。


 月明かりの元、武器を弾き合わせ、鳴り響く音が辺りへと広がっていく。

 遠慮なしに放ってくる彼女の攻撃を、どうにか武器と篭手等で捌いてみるが、篭手の金属部分が水晶槍の一撃ごとに傷つき削り取られていく。

 これは、武器で受けるしか無いな。このまま篭手で受けてたらすぐに駄目になっちまう。

 でもどうする。きっと俺の技量じゃ、武器だけだと、受けきれなくなる。


 思考が回っている間も彼女は待ってくれやしない。

 一閃、二閃、三閃、止らぬ猛攻、浴びせられる雷光の様な連撃。

 どうにか捌けているが、捌けてはいるのだがッ。

 徐々に早くなっていく連撃、一瞬も静止する事無く煌く剣閃は、鍔迫り合いすらも許してくれない。

 腕力だけならこちらが勝っている……気はする。

 というのも攻撃を受け止めても押し合いになる場面に至らないのだから確認しようが無いのだ。ただ、現在受け止めている武器の重さから、糞爺の様な馬鹿みたいな重さは感じない。

 

 ――だからといって、俺が有利って訳じゃないんだけども……。

 

 全力で武器を振るう。彼女の腕ぐらい吹き飛ばす位の気持ちで。

 女性に手を上げるべきではない? そんな気持ちなんて既に、そこらに丸めてかなぐり捨ててある。

 ドリー、リーン、アーチェ、この銀髪女性、俺がある程度、実力を知っている女性全員、俺より余裕で強いからなッ。

 自分で言ってて虚しくなる様なセリフを心なかで吐き捨てながらも致命傷を避け続けていく。

 右頬、右太ももを少し切られているが、致命傷には程遠い。


 容赦のない攻撃を繰り出しながらも、彼女が俺に声をかけてくる。 


「本当にしぶとい方ですが、随分とバランスが悪い。左に比べて右半身の守りが随分とおろそかですよ?」


 言われなくても分かってるよ、ちくしょう。

 ドリーが居ないだけで、バランスが崩れる。調子が出ない。

 情け無い……これでも一応反省して、夜番の最中や旅の途中で素振りとかやっていたんだけど、やっぱそんな簡単に強くなれないよな。

 まずお手本とするべき相手がゴンド位しか居ないって時点で大問題だ。あんな超絶爺をお手本にできる域に俺は達していないし、あの爺は凄まじい技量なのだろうが、余りにもそれを自然にやっている為。まず何処をお手本にしていいかすら俺には理解できなかった。


 せめてこの女性位丁寧に動いてくれればまだわかりやすいのにッ。

 苦し紛れに反撃を心みるが、簡単にいなされ、返す刃で追い詰められる。冷徹な刃、理詰めの動き。


 そう考えてみるとこの女性の動きはとても参考になる。

 ――ああ、そうやって薙ぎ払いは振るのか。

 ――成程、切り上げの足運びはそんな風にやってるんだな。


 足運び、肩の動き、腰の回転、手首の返し、全てが参考になる。

 俺自身、余裕なんてまるでないのだが、彼女の攻撃を防ごうと必死になって観察していると、細かい動きが自然と頭に入ってくる。


 薙払いって、こんな感じで良いのかな? 

 彼女の動きを参考に、身体を動かし、左側から薙ぎ払いを繰りだす。


 ――轟ッ。

 地面の土が舞い上がり、自分の攻撃では聞いたことも無い風切り音が唸る。


「――――なッツ!?」

 

 銀髪の女性が微かに声を上げ、後方に飛んだ。

 残念ながら攻撃自体はなんなく避けられてしまったが、今まで味わった事の無い感覚、身体が無理をせず攻撃を繰り出したかのような。そんな感覚。

 ――自分の中での、確かな手応え……これが、武器の振り方ってことなのか? 

 

 今まで、俺はどれだけ適当に武器を振るっていたのだろうか、もう一回……もう一回今の出来ないかな? 

 

 少しでも強く、今より強く、更なる強さを。

 失わない為に、守りたいが為に、守りぬく為に。

 

 心の底から自分でもよく分からない感情が沸き上がってくる。ブンブンと武器を振るってみるが、何やら先程の様に上手くは行かない。

 やはり、いきなり上手くはいかないか……でもさっきの感覚は未だに身体に残っている。

 ――絶対に自分の物にして見せる。


 俺の様子を、銀髪の女性は目を細め、見つめている。何かを考え込んでいる様子だったが、突然ざわり、と空気が変わる。

 より鋭く、より冷徹に。

 今の一撃で、彼女の警戒心を刺激してしまったらしい、余計な事をしてしまった、だが、そう思うと同時にまだ色々試してみたい、という気持ちも湧き上がってくる。


「貴方は……そう、ですね。これは本格的に勝負を急ぐ必要が出てきました。

光栄に思って頂きたい、貴方にスケイリルに伝わる槍技を見せてあげましょう。

これで終わりで御座います『水連晶撃』」


 その言葉と共に水晶槍が淡く光る。

 ――ピキッピキリッ。


 水晶槍の柄尻の形が穂先と同じように変化していき、水晶槍が双刃と化す。彼女は変化した槍を右側に構え、風車の如く轟々と回しながら、自慢の速度に任せて疾走してくる。

 

 ――ずるいってッ、何だよアレ、俺の武器だって水晶製の癖に、もう一個刃なんて出ないぞッ。

 なんか先刻まで、感じていた妙な感情はあっという間に霧散していた。

 色々試したいッ、とかかっこ良さげな事も思ってみたりもしたが、あれは勘違いだ。俺は今猛烈に逃げたいです。

 俺の感情とは別に、どう考えても今の状況で逃げられそうには思えない。嫌々ながらも、眼前まで迫っている脅威に全力で抗っていくしか俺に残された道は無いだろう。


 迫り来る圧力の塊は、既に射程距離に入ってきていた。

 回転させた双刃の力を殺さず、彼女は身体ごと右周りに回転しながら、首、胴、足と順に双刃を回しながら高速の三連撃を放つ。

 どうにか目で追えた俺は、咄嗟に武器を右側に立て受け止める。


 ――ギギィッギィィン。

 

 隙間なく伝わる音と衝撃。

 一撃二撃、は武器の頑強さに任せて防げたが、少し前方に出ていた右太もも前面を浅く切られてしまう。

 

 走る痛みに眉を顰め、熱く流れ出る血潮とは逆に身体が冷える。

 だが、我慢出来ない痛みでは無い。致命傷だって避けられた。


 ――だが数秒も経たずに俺の考えは甘い物だったと思い知らされる。

 なんだよ。まだ止らないのかッ!?


 三連撃からそのまま力を縦方向に変化させ上段からの切り落とし。

 武器で防ぐ? 駄目だ間に合わない。仕方ない……左手で。

 ――ギャリン。

 篭手の金属面が切り裂かれ、左手の皮膚にまで刃が届く。ボタボタ、と左手から血が滴り落ちる……だが、未だ連撃は終わらない。

 切り落とした刃を跳ね上げ、グルリ、と柄尻の刃が下から襲いかかってくる。

 右手に持った槍斧を咄嗟に引き寄せ受けるが、力が入らずそのまま跳ね上げられ、武器を飛ばされ、体勢が崩れてしまった。

 

 避けなきゃ。どこに?

 上手く力が入らない、体勢が崩れて動けない。

 一瞬でパニックに陥り、頭が真っ白になる。


 その隙を彼女が逃す筈もなく、上段に構えた水晶槍を俺の右腕に向かって……。


『そこまでですっ』

 ――ヒュンッツ!!


 振り落とされる直前……どこからともなく聞きなれた声と共に拳大の石が彼女に向かって飛んできた。

 彼女は俺に向かって振られていた槍を止め、飛んできた石を軽々と槍で弾くと、警戒しながら一旦距離を離す。

 そして、俺の右側に生えている木の上、恐らく石を投げた何者かに向かって槍を構える。


「何者です。出てきなさい」


 彼女視線の先には一本の枝が……その上には、見慣れた腕が一本立っている。まあ、なんていうか、ドリーである。

 俺の心にはドリーが無事だった事への安堵と、危機をまた救われた事に対する感謝、あと少しの悔しさもあった。


『とうっ』


 木の枝から飛び上がり、美しい心身宙返り二回ひねりを決めながらドリーが俺の側に着地。

 そのまま俺の肩の上にヨジヨジとのぼり、銀髪の女性に指を突きつける。


『……えっと。

月夜が輝くこの夜に、悪事を働くとは言語道断っ……で、それから。

闇夜に紛れて隠れたつもりでしょうが、大樹は全てを見ていますっ。

相棒の危機に駆けつけて、怪盗淑女、ここに見参ですっ。


 ――私に盗まれてしまっている事にも気がつかぬ貴方に、勝ち目など有りはしませんよっ』


 そしてビシッとポーズを取るドリー。

 ドリーの言葉に訝しげに眉を顰め、冷静な口調で返事を返す銀髪女性。

「……何を馬鹿な事を、私は何も盗まれてなど御座いませんよ」


 ドリーは、チッチッ、と指を振り再度指を突きつけ決め台詞を吐いた。


『いえいえ、既に盗んでいます……貴方の勝利というものをねっ! 私が来たからには相棒に負けなど無いのですからっ』


 …………。

 

 ――ッハ! 余りのかっこ良さに少々意識が飛んでしまったじゃないか。なんだよ、その決めセリフ。かっこ良すぎるだろ。

 なんてことだ、ドリーの半分は才能とかで出来てるに違いない。

 残り半分は、愛らしさとか優しさとか色々詰まってんだなきっと。

 

 ……でもなドリー。

 態々それを聞かせたいが為に銀髪女性にまで声を届かせている事とか、俺の知らない間にそんな決めセリフを考えていた事は、後できっちり話し合わないといけないなッ。


 ドリーは満足したのか。突きつけていた指を下ろし、俺に向かって上機嫌で話しかけてくる。


『むっふー。どうでした相棒? いつかこんな時が来るんではないかと、夜な夜な考えていたセリフが陽の目を浴びる事になりましたっ』

「ま、まあまあ、かな。もう少し、なんかアレな感じが足りなかった気がするよ。

ここは、練習の……そう練習の為にッ、ドリーには俺の決めセリフも考えてみたらどうだろうか?」  

『メイちゃんさん……さすがですっ、私に考えさせてくれるなんて宜しいんですか? 相棒の心の広さには、いつも驚かされてしまいますっ』


 よし、これで次の機会には俺も参加出来るぞ。ポーズはあれか、あの何時だか練習したやつを使うとして、最大の問題は次の機会がいつだということなのだが……。

 俺が次の機会を如何にして逃さず活躍出来るかを必死に考えていると、前方から声を掛けられる。

 なんだよ、うるさいな。今いい所だから邪魔しないで欲しいんだけど。


「あのっ、すいません。

少々、失礼しますが未だ戦闘中だという事をお忘れになられていませんでしょうか?」

「――っは!?」『――っほ!?』 


 あぶねえ、ドリーのお陰で殺伐とした雰囲気が粉砕されて、思考回路がいつも通りになっていた。

 銀髪の人もよく攻撃してこなかったな。隙だらけだったぞ俺。


「本気だったのですか? てっきり、こちらを油断させる為の罠かと思ったのですが……」

「……はっはっは。よく見破ったなッツ! 後もう少しだったものを……中々やりおる」

『そうだったんですかっ!? っく、私もまったく気がつきませんでした。恐るべしっ』


 ドリー少し黙ってなさい。バレちゃうじゃないか。


 だがドリーのお陰で、先程までの緊張も、パニックになっていた思考すら全てが元に戻る。

 いつもの重量を肩に感じ、安心感すら出てきてしまう。

 

 俺が落ち着いたのを見計らってか、ドリーは銀髪女性を警戒しつつも俺に向かって状況を確認してくる。


『それにしても相棒、苦戦していたようですが、相手はどんな感じですかっ』

「完璧、格上」

『倒せそうですか?』

「むーりー」

『そうですか、なら……』


 そういうとドリーはナイフを抜き放ち、俺は飛ばされた武器を拾い、二人揃って相手に向かって構える。


「いつも通りだな」『いつもの事ですね』


 ブラム、アーチェ、サイフォス、肉沼、ゴンド、ラング、水晶平原、そしてこの相手。相手が格上なんていつもの事じゃないか。

 でもドリーと二人なら、どうにかなる。なんとかしてみせる。

 勝利とは相手を倒すだけじゃない。この場合は俺とドリーが二人揃って無事離脱できれば俺たちの勝利なんだ。


 銀髪女性の殺気が膨れ上がり、朗々とこちらに語りかけてくる。

「実力差をわかっていながらその自信。宜しい、打ち砕いてあげましょう」

 

 ◆◆◆◆◆


 眼の前にいる黒尽くめの男。肩に妙な使い魔を乗せて、先程とは違う自信に満ちた表情を浮かべている。

 本気を出していないとはいえ『私』の攻撃をここまで凌ぐなど、ただの賊では無いとは思うのですが。

 よく分からない。

 戦ってみて感じたが彼は非常にバランスが悪い。

 身体能力だけ見ればかなりの物がある。だが技量が全く伴っていない。結晶で身体能力を上げただけ? 否、そんなもので私の攻撃をここまで凌げる筈がない。

 格上との戦闘に妙に慣れている――そう感じる。足元への一撃を避けた魔法の使い方もそうだ。普段からあの様な使い方をしていなければ咄嗟に出来るものではない。

 

 なによりも、あの時の薙ぎ払い……私の動きを模倣したのでしょうか? あれは中々のものでした。

 

 だからこそ、勝負を急がなくてならなかった。

 このままドンドン私の動きを覚えられたら? 成長していってしまったら?

 まだ確実に負けない自信もあり、幾ら動きを覚えられようとも圧倒的な技量の差は簡単に埋まるものでは無い。

 だが、ほんの少しだけ、こんな弟子がいたら私はここまで苦労する事など無かったのでしょうか? などと頭に過ぎってしまった。

 この感情は宜しくありません。油断を招き隙を生む。

 

 大体あの緊張感の無さはなんなのでしょう。

 あの妙な使い魔が現れた時は、流石の私でも呆気にとられ隙を突くの忘れてしまった。それ程に男の雰囲気が一変した。それまでの緊張感が無くなり、いらぬ力が抜けた自然体。

 構えを見ただけであれが自然の姿なのだとそう感じる。


 正直彼がシャイドの集めた集団の一員とは私には思えなくなっていた。

 だが、どちらにしても私有地に侵入してきた不審者であることは間違いが無く。

 あの一連の仕草が芝居だという可能性だって零では無いのだから。

 

 私の後ろにはリーンが居る。もしこの男が黒尽くめの一員で、リーンに不意打ちを仕掛けたら、幾らリーンでも危ないかもしれない。

 男が無関係だとしても、黒尽くめの仲間だとしても、どちらにせよ戦闘不能状態にし、拘束しておかないと安心は出来ない。

 

 失敗出来ないのです。私の後ろにはリーンがいるのですから。

 

 出来れば黒尽くめの仲間じゃ無い事を祈りながら私は彼に向かって武器を振るう。

 ――もし後で違うとわかったら、シャイドを捕まえた後でなら、私が幾らでも罰だろうとなんだろうと受けてみせる。

 

 先ずは様子見、先程と同じく、近づき双刃を振るう。

 右払いは槍斧に受け止められ、返す左はナイフで弾かれる。止らず放った上段からの斬り下ろしもナイフで流され左に逸れる。


「さすがだドリー」

『いえいえ、相棒だってっ』


 動きが全く別人になっている? いえ、今までの動きがおかしかったという事、でしょうか。

 きっと先ほどまであった右半身の隙の多さは、この使い魔が居なかったせい……それにしてもこの使い魔、驚くほどの技量。

 もしこの使い魔に全身があったなら私はきっと敵わなかったと思うほどに。


 これならどうでしょうか? まだ突きは見せていないのだから、反応しづらい筈でしょう。

 上、中、下段と連続で放つ三段突き。

 横の動きばかり見せられてきた今なら尚の事避け難い筈。

 

「うおおおッ」『うひょー』

 上段は身体を逸らし避けられる。


「あぶねえっ」『いいぞー相棒っ』

 二段目は飛び上がられて空を切る。

 

 三段目を下段から対空に変化させ、動きのとれぬ空中にいる彼に向かって放つ。

「ドリーッ」『アイビー・ロープ』

 だが使い魔の出した『アイビーロープ』が近くの木に巻き付き、無理矢理体勢を変えて避けられる。


 ――魔法まで使えるのですか、あの使い魔はッ。

 駄目ですね私は……未だに彼を甘く見ていた様だ、いや彼とあの使い魔を、と言い直しましょう。


「……宜しい、魔力の出し惜しみ等甘い事は無しにしましょう。ここからは、本気を出させて頂きます」


 ◆◆◆◆◆


 俺は、一瞬彼女の言っている意味が分からなかくなり、呆然としてしまった。

 ――え? 

 

 ちょっと待てよ、本気ってなんだよ、やめろよ、既にいっぱいいっぱいだよ俺。さっきの突きだって死んだかと思ったぞッ。


 だがお構いなしに、彼女は水晶槍の形を変化させ、元の青龍刀状態に戻した。そして右手にもった水晶槍に左手をそっと添え、魔名を唱える。

『……エント・サンダーボルト』 


 ――バッヂィヂイイイイ。


 夜の闇を雷光が引き裂き、一瞬俺の視界が白に塗りつぶされる。視界が回復した俺の目には、青白く放電する雷光を片手に握る女性が一人。 それ程の雷撃が彼女の槍に集まっていた。

 『エント・サンダーボルト』名前からして『エント・ボルト』の上位互換だろう。たった、一度掛けただけで『エント・ボルト』五、六回分の雷撃が掛かっているようにすら見える。

 だが、それだけならまだしも、そこから妙な事が起こり始める……放電していた筈の雷光は徐々に水晶槍に吸収されていき、最後には水晶槍内部に青い光が残るのみになった。

 そして雷鳴の変わりに、つい最近聞いた覚えのある音が鳴り始める。

 ――嘘だろ、冗談ですよね? もしこれが俺の想像通りならやばいなんてもんじゃない。


 ――ギィィィィィィイイイ。

 世の中当たって欲しく無い予想程当たるというが、まさにその通りだろう。

 記憶に甦る水晶平原で味わった、雷撃を吸収して高速振動する水晶の刃、俺にしてみれば嫌な記憶しかなく、あれの威力も容易く想像できてしまう。

 銀髪女性が振動する水晶槍を片手に、ゆっくりと口を開く。


「私の、知り合いに……多数相手を得意とする大剣使いがおりますが、私は少々方向が異なっております。

『エント・サンダーボルト』これが私の唯一の攻撃魔法。残りのストックは全て――」

『オーバー・アクセル』

 身体能力が強化され。

『サンダー・リフレックシーズ』

 反射神経が向上。

『フェザー・ウェイト』

 そして我が身の重量さえも削り更なる速さを。


 全ての魔法を掛け終わった彼女は、にこりと微笑み、体内に宿した雷撃の効果なのか、青白く光る瞳でこちらを見つめ、言葉を紡ぐ。

「――身体能力を向上させる魔法しか入っていないので御座います。

私の一番得意とする分野は対人戦、一対一なら尚のこと宜しい」


 ため息しか出ない。最悪である。つまり俺は彼女のもっとも得意とする分野で戦っている事になるようだ。


 彼女は、水晶槍を一振り振るうと、獲物を狙う瞬間の肉食獣の様に身を低く保ち、槍の刃を背後に隠すように持つと、地面を蹴りつける。

 瞬間、彼女の姿が俺の視界から掻き消えた。


『相棒ッ、右に飛んでッ』


 ドリーの言葉に従い身体を投げ出す。


 ゴガガガガッツ。

 地面が抉り取られ、背後に立っていた木々が切り裂かれて倒れていく。 

 相変わらず彼女の姿は見えず、周りに青い残光だけが暗闇に漂っていた。


 よしっ、こりゃ駄目だ、逃げよう。ドリーとも合流したことだし、問題無い。どう考えても、彼女は俺の手に負えそうにない。

 

『相棒次は左ですっ』


 考え事のせいで、一瞬反応が遅れる。どうにか。左に飛ぶも足を少し深めに切り裂かれる。


「ガアアッ!?」


 チキショウ、どうしよう、普通にやっても逃げられそうに無いぞこれ。逃げ遅れた瞬間殺られる。正直回復魔法を掛けてもらう事ですら危うい。


 

 次々と襲いかかる紫電の一閃。ドリーのお陰で未だ四肢は付いているものの、腕、脚全てが浅く切り裂かれ徐々に動きが鈍くなっていく。


 どうする。何か手は……。

 

 ――お? あったッ、けど、どうしよう非常にやりたくないというか、その隙を作る為には、一度攻撃を受けて、彼女の動きを止める必要がある。

 とても嫌だ、あれを受け止めるとか怖すぎるんだが。

 しかしやらなければ、腕やら足を切り飛ばされる。後で付け直してやるとか言ってるけど、信用出来るはずねーだろ。

 やるしか無い。俺には信頼する相棒がついているんだ。出来るはずだ。


「うぎぎ、ド、ドリー、引っ付き虫作戦の前半部分を使うぞ」

『むむ、それはもうひとつの新魔法で、でしょうか?』

「おう、ドリー御名答だ。その為には攻撃を一回受けないと駄目だが、それは俺が引き受ける。

間違ってもあの水晶槍をドリーのナイフで受けようとするなよ。きっと余裕でナイフ諸共切り飛ばされるぞ」

『――ッツ!? それは大変です。水色丸がお亡くなりになられてしまいますっ』

「だからこその俺の武器だ。これならきっとッ受けられるッ……気がする」

『私もそんな気がッ……しなくもないです』


 正直、不安でいっぱいです。 


 俺の目では彼女は追えない。後はドリーに任せて精神を集中する。


 ――大丈夫だ受けられる。水晶平原の主から強化した武器だ大丈夫な筈だ。

 ――間に合わせる。一か八かなんて今までもくぐり抜けてきたじゃないか。


 自分自身に言い聞かせる。やれる。平気だ。ドリーがついてる、と。

 集中、集中だ。頭を空に、動きを模倣しろ。相手の動きを思いだせ、足さばきを自分の物に。


『相棒右上段ッ』


 右足を最小限の動きで引き、身体を半回転させる。手首を返して、武器を掲げる。左手を添えて、衝撃に備え、腰を落とし構える。

 彼女の動きを思い出し、少しでも自分の物にする。


 ――ギイイイィィィィイイイッ。


 武器に走る振動と衝撃、出来た。受け止められた。

 受け止められるとは思いもしなかったのだろう。銀髪の女性は目を見開き驚愕の表情を浮かべている。

 心なしか、受け止めている水晶槍の発光も弱くなっているようにさえ見えた。

 だが悠長に喜んでいる暇も無い。直ぐ様、逃亡するための準備に入る。


「ドリーッ」

『アイビー・ロープ』

 ドリーの放った蔦が彼女の足に巻き付き、一瞬動きを止める。

『ウインド・リコイル』

 風の砲弾を地面に撃ち土煙を巻き上げ、俺の姿を一瞬だけ煙で隠す。その隙に腰袋に入れた鉄粉を撒き散らし。

『エント・ボルト』

『フォロー・ウィンド』

 エントを掛けた鉄粉を、追い風にのせて撒き散らし直ぐ様後方に退避。

「ドリー今だッツ」

『ウッド・ハンド』


 ドリーに覚えさせた中級魔法が地面に全長百八十センチ程の巨大な樹木の腕を創りだす。

 腕の動きに連動させて、樹木の腕を操る魔法。腕しか無いドリーにとってこの魔法は、とても相性が良い、中級魔法の為、刻印の空きを二つ分使用してしまうが、そのデメリットを遙かに上回るメリットがある。


「っく、こんな物ッ」


 銀髪女性が苛立ちを顕に、蔦を引きちぎり、鉄粉を水晶槍で吹き飛ばす。


「だが、もう遅いッ」『私たちの勝ちですよッ』

「何を馬鹿な事を、この程度の隙で私が負けるはずが無いでしょうっ」


 俺は彼女に向かってニヤリ、と笑い、手の平を広げ、俺を待ち構える、樹木の腕に向かって飛び乗った。

 ドリーが野球の投球フォームの如く、何かを投げ飛ばす動きを樹木の腕に伝える。


「ふははは、さらばだー」『むふふふ、おさらばですっ』

「なッ、ちょっと。お待ちなさいッ」


 グン、と加速が身体にかかり、俺の身体は都市中心部方面に向かって投げ飛ばされていく。


「ぬをおおおおおお」『ひょおおおおおお』


 俺たちを投げばした樹木の腕は魔力が届かなくなり、崩れ落ちながらも、手をブンブン振って別れの挨拶だけは怠らなかった。

 全く、ドリーはなんて礼儀正しいんだろうか。


 ◆◆◆◆◆


 えっ、いや。え? ひょっとして、逃げられたんで……しょうか? あそこまで本気を出して、水晶槍の能力まで出して逃げられた。

 待って下さい、あそこは何か奥の手を出して『私』に立ち向かってくる場面ではなかったのでしょうか……確かに『手』ではありましたが、いえいえ、私は何を言っているんでしょうか。

 駄目だ完全に混乱している。

 落ち着きなさい私はスケイリル……冷静さを保つのです。こちらは五体満足、あっちは裂傷だらけではありませんか。

 私の勝利の筈です……ですが、なんなのでしょうこの敗北感。


 私は心の底に、沈殿する得も知れぬ敗北感を抱えリーンの元へと帰っていく。

 

 ◆


 隠し部屋についてみればリーンが皮の袋に何やら紙を詰め込んでいるのが見えた。


「リーン何か見つけたのですか?」

「あらキリナお帰り、部屋の中を色々探してたら、棚の裏に金庫が埋まってたから、壊して中に入ってた紙やら色々、詰め込んでるんだけど見る?」


 ヒョイ、と手渡された紙を見ると、どうやら契約書のようだった。

 名前の欄にシャイドの名前と、聞き覚えのない名前が一つ、多分そこに転がっているボスの名前だろうものが書かれていた。

 契約書には依頼を受け、汚れ仕事を請け負う事、組織を立ち上げる為の協力、禁薬等の取引協力、裏切りへの代償など、事細やかに書いてある。 

 特に目を引いたのが、組織名【ククリ】

 聞き覚えは、ありませんね。まだ組織自体は立ち上がっていないのでしょうか? それとも既に出来上がっているが、隠れているだけなのか。

 どちらにせよ、この名前には、注意しておかなければならないですね。

 

 だが、なにより嬉しいのは、この紙一枚でシャイドを追い詰めることができそうな事だろう。

 シャイドの名前の横には身分を表す印が押され、いつぞやに見たシャイドの印で間違いない。

 クレスタリア国での特殊な加工が施されたこの印は、本人以外の使用が不可能。


 集団の話を聞いた様子では切り捨てられない為に印を押させたのだろう。

 多分シャイド側にも集団を抑制させる何かをもってお互いに裏切らぬよう、牽制していたのではないか?


 だがそんな事は今更どうでも良い事だ。この時点で契約書の内容にある。禁薬取引の項目でシャイドを確実に捕まえられる。

 一瞬感極まって気が抜けそうになるが、まだ駄目だ。まだ早い。シャイドがここを潰された事が知られれば、どんな手を使ってでも取り戻そうとするに違いないのだから。

 油断をしては駄目だ、気を抜いては駄目だ、シャイドをこの手で捕まえるまでは。


 ゆっくりと深呼吸を行い心を落ち着ける。

 私の様子を見ていたリーンが何か思い出したかのように、ポンと手を打ち、話し始める。


「そういえばキリナ。部屋を漁ってたら、黒尽くめに背後から襲いかかられて、手加減する暇が無くて斬っちゃたんだけど……大丈夫だったかしら? 

私がやった覚えが無い切り傷があったんだけど。まさかとは思うけど、キリナが逃がしちゃったの?」


 リーンの言葉に思い当たる人物が一人。

 いえ、まさか、あの男は都市方面に逃げたはずですが……。


「死体は何処です? 少し確認したいのですが」

「えっとそこの壁際に転がっているやつね。手首がバッサリ切られてるやつよ」


 つかつか、と近寄り、確認してみると、やはり違う。

 この黒尽くめは他の奴と同じ格好ですし、まさか本当に人違いッ!? いえいえ、まだわからない筈です。

 落ち着きなさいスケイリルッ。


「どうしちゃったのキリナ……まさか本当にそいつ逃したの? 大した実力じゃなかったしキリナが逃すとは思えないのだけれど」

「ざ、残念ながら確かに一人逃しました。いえ、この黒尽くめでは無いのですが、妙な男が一人。エントを使って身体補助まで掛け、それでもまんまと逃げられてしまいました……」

「ちょっとッ、嘘でしょ? そんなに強かったの? 見たところ傷なんかも無いみたいだけど」

「強さ……というなら、確かにそこらの有象無象よりは強かったのですが、なんと言いますか、よく分からないのです。

さんざん私が優位に進めていたのですが結局は高笑いを上げながら、空を飛んで逃げて行きました」


 私の言葉にリーンがかわいそうな物でも見るかの様な顔をして返事を返す。


「空を飛んで?」

「はい」

「高笑いを上げて?」

「はい」

「どんな変人よそれッ」


 それは私が聞きたいですよリーン。


 ◆◆◆◆◆


 【時刻八時】


 ゴラッソ、ジャイナ、ラッセルに後で合流する旨を伝え『私』は姫とシャイドに呼ばれ城へとやってきた。

 番兵は、私を見つけると丁寧に礼をし、姫のもとへと案内をしていく。


 なんて良い気分なのだろうか【英雄】とは、私がなるべきものに収まっただけとはいえ、やはり高揚する気分は抑えられそうにない。

 水晶平原に挑むのは三度目、だが、まさかあんな幸運が転がり込んでくるとは、やはり私が英雄の器である証なのでしょう。

 

 クロウエという男、あれにモンスターを押し付けた後、警戒の薄くなった方角から奥を目指して進んでいた私たちに起きた幸運。

 水晶平原の消滅。

 暫く呆然と立ちすくんでしまいましたが、依頼を受けていたのは私達のみ、それならば、なんらかの理由で自然消滅だろうと誰かが走破したのであろうと、無駄な事。

 すぐにクレスタリアに向かい、斡旋所に報告をした。

 数日確認の為に待たされた私の元に現れたのはシャイドという男。これも私にとっては幸運だったのでしょう。

 クロムウェルの名前で面倒な事になるかと思ったがシャイドはあっさり許容し、私に英雄への道を約束した。

 幸運、強運、天運。

 全てが私に味方をしている。


 ……やっと、やっとここまで来たのです。

  

「クロムウェル様、どうぞお二方がお待ちになられています」

「ああ……ご苦労」

 

 兵の言葉に、沈んでいた意識を戻す。

 ――最近少々考えこむ事が多くなっている気がします。少し気を引き締めねばなりません。

 

 兵に手を上げ、部屋へと入る。

 中は豪奢な装飾が施された部屋で、シャイドと姫が私に向かって手を振り、ソファーへと招かれる。


「クロムウェル様、良くいらっしゃいましたっ。お待ちしておりましたのよ」

「姫様にそう仰ってもらえるなら、私にとっても一番の褒美で御座います」

「まあ、本当ですの? クロムウェル様にそう言って貰えるなら私は何度でも言って差し上げますのに……」


 頬を赤く染めた姫にニコリと微笑む。なんて簡単な女なのだろうか、英雄と言うだけで簡単に惚れ込み心を開く。

 馬鹿な女だ、だが今の私にはなんて都合の良い女だろうか。

 このまま姫を篭絡してしまえば良い。

 英雄と姫君の恋、なんて大衆の喜びそうな噂だろうか、私の名前は広がり大陸を覆い尽くす。

 もう少しなんだ、あと少しなんだ。

 

 クロムウェルという名前には魔物が寄るというが、十年間この名前を使わず実力を上げ続けた今の私なら、獄級の主だろうと、負けるはず等ない。

 獄級内部に乗り込み主を倒すよりも、自ら外に出てくれたほうがこちらとしても助かる。国からの戦力に私の実力があれば、然程怖いものでも無いだろう。

 事実、走破は出来ずとも、水晶平原に三度入り、それなりの成果を上げ帰還出来ているのですから。

 獄級の怖さはモンスターの数と区域の広さ、後はトラップだろう。あれさえ無ければ戦力が整っていれば、どうにでもなる……。

 

 思わず一人で考えこんでしまった私に、シャイドが声を掛けてくる。 


「クロムウェル君は考え事が好きだね? そうだろう?」

「失礼しましたシャイド様。些か緊張しているものでして」


 このシャイドという男は未だに良く分からない。なぜこうも私の援助をしてくれているのか。

 私を国で抱え込むことに反発する城内部の意見を抑えこみ。

 更には私に利益がある行動ばかりを取ってくる。

 便利な男、とは思えない。この男の時折見せる濁った瞳を見ていると背筋に本能的な警戒心が芽生えてくる。


「あ、姫様、少しの間席を外して頂けませんか? いいですね? 有難う御座います」

「また男同士のお話ですの? シャイドの言うことだから仕方ありませんが、手早くしてくださいね?」

 

 やはりこの男がクレスタリアの中心。姫に対してもこの態度を貫き、文句の一つもでないこの現状。異常だ、いかれてる。

 シャイドの言うがまま、となりの部屋に移動する姫を見つめ、薄ら寒いものを感じる。


「よしよし、はいっ、クロムウェル君。少し話をしようか、結構君にとっても重要な事だよ? 勿論聞くだろう?」


 大げさに手を振り、楽しそうに話すシャイド。


 一体何の話でしょう、重要な事? どちらにせよ、この男に逆らう事は、今の私の立場でするべきでは無いでしょう。 いずれ邪魔になったら消してしまえばいいのだから、それまでは、ある程度擦り寄っておくべき……ですね。


 黙って頷き了承の意思を示す。


「なんとね、グランウッドの肉沼も走破されたんだよ。驚きだろう? びっくりしたかい? 最近『暇つぶし』をする必要が無くなって来たからね。ちょっと噂を集めたりしていたんだよね。凄いだろう?」

「い、いえ。走破者達の間で噂に登っていましたので……」


 シャイドには悪いがそこそこ有名な話だった。

 グランウッドから流れてきた走破者達や商人や旅人、その間で、グランウッドでの肉沼消滅の噂はとっくに流れている。

 確かグランウッド騎士団所属の精鋭が集まりやっと走破したとの話だ。 

 

 だがそこで話は終わりではなかったのか、シャイドは一枚の手紙を懐から取り出し、ピラピラと振りながら話を続ける。


「そうか、それは少し私の情報が遅かったかもしれないね。ちなみにグランウッド王妃からの手紙によると、一人の男が中心となって走破したって話なんだけど、そうかそうか、知っていたか。それは残念っ。

男の名前は『メイ・クロウエ』っていうのだけれど君には関係無い話だよね? 有るわけ無いよね」


 ――ッ!?

 その名前に、私の中のナニかが蠢き、心を侵食していく。ジクジクと心の底に溜まった物を誰かにつつかれる感覚。

 メイ・クロウエ? あのメイ・クロウエですか?

 その瞬間私の頭のパズルがカチリと嵌る。

 

 あいつだ……あの男が水晶平原を走破したに違い無いッ。どす黒い感情が噴出し、頭を真っ黒に染め上げる。

 あいつがやったのか? ならばあいつも私と同じ英雄なのか? 

 騎士団が寄ってたかってならまだ良かったッ、だが一人の人物が中心となってとなれば話は別だ。

 

 要らない要らない要らない要らない。

 私一人でいいんだ。他には要らないんだッ。


 抑え切れない感情が、こぼれ落ちそうで、溢れ出しそうで、視界が一瞬真っ赤に染まる。 


「あれ、もしかして知り合いかい? 困ったね英雄が二人になってしまうよね。

ちょっと、思うんだけどね…………二人も要らないよね?

偶然なんだけど、本当ーに、偶然なんだけど、今都市ではこんな事件が起こっているらしいよ? 知っていたかい?」


 シャイドがニタリと真っ赤な口内を見せつけ私に向かって笑いかける。

 

 何故だろう。

 

 ――この男は私の心をかき乱す。




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