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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
肉沼の森
4/109

2−3

 



 巨木のあった広間から通路に出た。まずは先程の四叉路に戻るべく、薄暗い通路の沼に首まで浸かり、這うように進んでいく。


 せっかく乾いていたのに、また痒みがでないといいんだが……。


 寝起きに感じていた痒みと頭痛は、巨木から出てきた〝彼女〟とのやり取りに夢中になっている間に消え去っていた。なんだか少し気が楽になっている気がするな、気のせいかね。肩に感じる小さな重みを思い出し、右肩に目を向ける。目に入ってくるのはさっきから、くねくねと揺れている謎の黒い右手。


 広間から出る直前までは服に捕まり、くつろいでいた彼女(?)だが、俺が沼に浸かろうとすると、先が無くなった切断面から黒い根を生やし俺の肩に根を巻き付け固定する。


 俺を養分にして成長とかしないよな? ふと、そんな事を考えるが、そんな遠まわしに害するくらいなら、俺がウロで寝ている間にやっていただろう。それに彼女はなんだか憎めない。簡単に信じるのもどうかと思うが、俺にはどうしてもこの肩でくねくね踊る。珍妙な相棒が悪いヤツには思えなかった。


 しかし、どこまで彼女が俺と一緒にいるのかは分からないが、いつまでも『黒い手』や『お前』などと呼ぶのは躊躇われる。


「呼ぶときに困るし。お前さんに名前を付けようと思うがどうだ?」


 俺の質問に彼女は腕でガッツポーズとった後、人差し指と親指を輪にして了承のサインを俺に見せてきた。どうやら喜んでいるらしい。


 右腕――右――相棒――適当に連想し、思いついた名前を口に出す。


「よし、お前の名前はミギーだ」


 それを聞いた彼女は俺の頭をバンバンはたき、人差し指と中指をクロスさせバツ印を作った。駄目なのか中々気難しいやつだな。


「わがままなやつだなー、右手で相棒と言えばミギーだろうが」


 黒くて――右――幹――ミキ――ミッ


 だめだ、これはやめておこう。


 なかなか思い浮かばず何度か適当に決めた名前を出すが、彼女は気に入らないらしく拒否される。木から考えると木の精霊『ドリアード』を連想するが、長くて呼び辛い、木といえば緑だし(こいつ黒いけど)『ドリアード』を短くして緑なのだから――。


「よし、お前の名前は『ドリー』でどうだ」


 彼女にそう聞くと、彼女はピタリと動きを止め、手をワキワキ動かし、指を丸にしそうにしたり、バツにしようかしたりとこちらを焦らしてくる。


 しばらく眺めていると、指を素早くピラピラと動かし始め、急に動きが止まった瞬間――その指の形は丸だった。

 

「俺の名前は『黒上 明』よろしくな、ドリー」

 

 俺の右手が肩の上に、ドリーの手がそれを受け取る。

 少し変則的な形になってしまったが、これはこれで立派な握手だろう。


 俺の手に伝わる感触は、木で出来ているだけあって、体温が無い冷たい物だったが――俺の心には温かいナニカが伝わってきていた。



 やっと名前が決まったところで、気がつくと俺は例の四叉路に着いていた。


 念の為、道を聞くと、やはり指差した方向は、まだ行っていない通路を指している。先を確認しつつ通路を進んでいると、今さらながら疑問が湧いてくる。なぜ通路が見えてるんだろう。

 

 通路の両脇は人面樹で埋まっているし、天井部分も枝替わりの手が、絡み合い光が入り込む隙間など無いほど埋まっているのに。思い返せば自分は薄暗い位としか感じていない。いくら目が慣れたのだとしても、少しの光も入らないなら見えるはずがない。少し気になりだし目を細め、注意深く観察してみると。


 人面樹が本当に僅かながらだが、暗い青色の光を垂れ流しているのが見える。その光は見ていると、生命力を垂れ流しているように見えてきて、言いようのない恐怖を感じ、嫌な考えを追い出すために、頭を振り――深呼吸した。く、くせぇ。


 深呼吸のせいで、吐きそうになる臭気も存分に吸ってしまい、気分が悪くなってしまった。――気を取り直し、溜息を吐きながら先を急ぐことにする。



 長い間、ドリーの案内に従い進んでいると、かなり大きな空間に出た。


 入った瞬間、――その光景を目にして少し怖気づいてしまった。

 空間はかなり天井が高く、底の方は浅い沼が広がっていた。沼から大量の手が花のように突き出していて、右に左に、ユラリ――ユラリと、揺れている。


「ちょっ、ドリー、冗談抜きでここに入らないとだめ?」


 冗談であってくれと、願いながら聞いてみるが、ドリーは自分に任せろと言わんばかりに親指を立てる。どうやって通るんだよ、こんな所。絶対あの手に掴まれて沈められそうな気しかしないんだが。大丈夫なのか本当に?


 何をするのかと見ていると、ドリーは腕を振り上げ、手を手刀の形に変え、目の前に向かって振り下ろした。


 ――さっきまで咲き誇っていた無数の腕は、モーセが割った海のように左右に割れ、道ができていった。


「す、すげぇドリーさんやばい。素敵すぎる」


 凄まじい光景に感動し褒めちぎる。ドリーは褒められて照れてしまったのか、腕をへなへなと下ろし、指をモジモジしている。――だが腕を下ろしたせいで、また腕の花は元に戻ってしまっていた。


「頼むぜドリー」


 苦笑しながらドリーに再度お願いすると。ドリーは、すまなそうにしつつ、先ほどと同じように道を作ってくれた。


 恐る恐る、開かれた道を歩いて行く、届かないとは分かっているのだが、どうしても気になってしまう。自分から二メートルほど離れた所には手の群れが揺らめいている。しかし、これは凄いな、実はこいつすごい奴なんじゃないか? 妙にあほっぽい気がしなくもないが。ドリーに目をやるも、道の維持に集中しているのか、腕を前に向けたままピクリとも動かない。


 少しだけ怖くなり、首だけ動かし後ろを確認してみると、俺が通り過ぎた後の沼からは、次々と居なくなったはずの手が生え出してくる。後ろを見たことに僅かばかりの後悔をし、ついため息を吐く。見なきゃ良かったな。夢に出てきそうだ。


 ――だが俺が勝手に怖がっていただけで特に何事も無く、広間を通り抜けてしまう。


「それにしてもなんだか、順調すぎやしないか?」


 肩に乗る相棒は俺の言葉聴き、不思議そうに小首、いや手首を傾げてみせる。


「いや、あのウロに逃げこむまでは、一息つく暇すらなかったんだよ。それが今じゃこうやってドリーと話す余裕すらあるだろ? だから順調過ぎて、またいきなり化物どもに襲われやしないかと思ってな」


 その言葉を聞いたドリーは腕をグルングルン回すと、前方へ向けてパンチを繰り出している。


「いや仮にお前が強かったとしても、今お前腕だけなんだぞ、その辺ちゃんとわかってんのか?」


 例え、ドリーがものすごい腕力を持っていたとしても、付いているのが俺の体だ。きっと手が届く距離に近づく前に俺が死んでいるだろう。それを聞いた瞬間ドリーは、今思い出したと言わんばかりに、指をパチリと打ち鳴らす。


 その様子を見て、思わず顔を下に向け、左手を額に当てながら、やれやれとため息を吐いてしまった。――だがそんなドリーの、一つ一つの行動を見て、和んでしまっている俺がいるのだから、彼女には深く感謝せねばなるまい。


 先に進むにつれ、だんだんと底が浅くなってきているようだ。沼の通路は今では靴の底ほどしかなく、今ここで巨人にでも出会ったら、ひとたまりもないだろう。


 ――しかしそんな考えも杞憂にしかならず、次の広間が見えてくる。


 広間に入ると、壁に生えている物とははどこか違う人面樹があちらこちらに生えていて、ワサワサと歩いている。進むのに躊躇っていると、ドリーがさっさと行けとばかりにシッシッと手を振っている。


 とりあえず歩きながら人面樹を見てみる。根があるはずのところには代わりに沢山の人間の足が生えていて、それを動かし歩いて移動している。枝の手にはりんごのような形をした肉塊を持っていて、その塊にはやはり顔が付いている。じっと見てると吐き気がするなこりゃ。


 人面樹達は、俺が見えていないかのように、こちらには目もくれず好き勝手に動いている。たまにこちらを、幹に付いてる顔で見てくる個体もいるが、しばらく見つめた後は興味を無くしたかのように目を逸らす。


 なんだこれ、簡単すぎる、今まで散々苦労した分が、返ってきたのかもしれないな。


 もうすぐ広間の出口というところで、ドリーが何かみつけたようで、突然あらぬ方向を指差す。とりあえず行ってみると、そこには、壁に寄りかるように座っている。白骨死体がいた。


 死体の横には鉄槍が一本突き刺さっており、ドリーは槍を抜けと促してくる。言うとおりにして槍を引き抜いてみると、想像していた程の重さはなかった。


 槍の柄をよく見てみると、引っ掻いたような傷があり、そこから木が覗き見えている。どうやら木の柄の上から薄い鉄を被せているらしい、どおりで軽いはずだ。


 槍の穂先はそこまで大きなものではなく、日本にある物に近い、扱いやすそうな形をしていた。錆びてもいないので、まだ死んでから時間がそれほど経っていないことが伺える。


 短い時間で白骨化しているなど、きっと碌な死に方ではなかったのだろう。

 

 その他にも肩に掛けてある皮のベルト、前面には一本のダガーナイフが収納されていた。――ベルトを外してみると、後ろ側には槍を背負えるように金属の金具が付いているではないか。


 有り難くベルトを右肩に掛け、ドリーの手がナイフに届くようにし、槍を取る際ドリーが邪魔にならないよう、左側に柄がくるように金具を調節する。死体は皮鎧を付けていたが、もう使い物になりそうにはない。


 めぼしいものを全て剥ぎ。立ち去る前に白骨に向かい手を合わせる。


 ――あなたの武器はもらっていきます。ありがとうございました。


 心の中でつぶやいた後、早足で広間を出て行く。


 広間から出た先の通路に沼はなく、潜る沼も完全に無くなってしまったので、足元から感じる、ぶよぶよとした感触に顔をしかめ、耳を澄ませながら小走りで走る。


 

 ◆◆◆◆◆



 どれだけの分かれ道を通ったのか、もう完全にわからなくなっている。荒くなる呼吸を我慢して、体力がないのかすでに横腹がズキズキと痛む。


 また新しい広間が見え、そのまま入ろうとすると、ドリーが突然待ったを掛ける。部屋を覗けと促され、壁から顔を出し中を除く。


 見えたのは、壁も地面も天井も、全てが肉の色をした部屋。全ての面に半径一メートルほどの大きさの顔が、無数に浮き上がっている。


 ドリーは地面に浮かんでいる顔を指差しバツ印。なにもない場所を指し丸を。彼女の意図をなんとなく察し、確認を取る。


「つまり、顔に触らなければいいんだな?」


 ドリーは満足そうに頷くと、静かになった。


 地面に出ている顔は無数にあるが、足の踏み場は十分にある。慎重に顔と顔の間に足を挿し込み、ゆっくりと進んでいく。視線を地面に向け続け、慎重に進む。顔を上げ距離を確認すると、残り後3メートルほどの所まで近付いていた。


 出口が近くに見え不意に気が緩む、ここでまで走って来たせいで、足がふらつき倒れそうになってしまった。


 ――まずいっ、足を反射的に踏ん張りやすい位置に置く。――ぐにゃり、これまでと明らかに違う感触に心臓が止まりそうになる。


 恐る恐る足元を見ると、地面にある化物の右目を踏みつけていた。


 ――――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ


 化物が奇声を上げている。


 あまりの音量に体が竦み、耳を塞いで一瞬動けなくなる。踏みつけた顔の目が見開き、口を開けて舌を出す。呆けそうになる頭を一瞬で持ち直し、出口に向かって一気に駆け出す。


 「よし、どうにか距離を離し――っ」


 少しは距離を離せたようだが、異常なほど伸びてきた舌に右足を絡め取られ、転倒してしまった。


 まずい、うつ伏せじゃどうにもできないっ。

 

 尋常じゃない力で引きづられながら、左手で背中の槍を抜き放つ、引きずられながらも右肘で地面を押しだし、無理矢理に体を返す、仰向けになり――舌に向かって槍を乱暴に振り払った。


 今まで武器などに振るった事もない、素人同然の槍は舌を裂くつもりで振るったものの目測を誤り、浅く斬りつけるだけに留まってしまう。


 だがまぐれにも当たったお陰で化物は怯み、舌の力を緩めてくれる。ここぞとばかりに右足を引き抜き、転がるように後ろに逃げる。


 すぐさま起き上がり、目の前を見ると右側から振り払うように迫る舌が。


 ――――だめだ、間に合わない。


 刹那、ベルトに刺さっているダガーナイフを引き抜き、凄まじい速さで振り抜いている。……ドリーが目に映る。


 化物の舌が引き裂かれ、舌先が宙に飛ぶ。


 化物が悲鳴をあげ、のたうった舌から沼と同じ色をした液体が周りに飛び散っている。思考停止していた脳が急速に動き出す。槍を握ったまま即座に逃げだした。飛ぶように部屋を走り抜け、広間から出ると止まることなく駆け抜ける。後ろの広間から凄まじい叫び声と振動が伝わって来た。


 一直線の通路を必死に走り続ける。――目の前にはまた広間が広がっていて、恐る恐る中に入る。


 この広間は中央から分断するかのように、沼が流れている。沼の水面からは白い飛び石がポツポツと見えているが、今の俺の足では向こう岸まで、落ちずに渡り切る自信がなかった。


 不意に落ちてしまうよりは最初から泳いだほうがマシだろうと決め、槍を背中に背負い直し、沼に入っていく。ここの沼は今までで一番深く、底に足をつけて直立しても顎下まで沼に浸かってしまう。


 今更汚れる事なんてどうでもいい、早く此処から逃げ出したい。


 汚れるのも構わず沼を掻き分けながら進みどうにか岸へと到着出来た。相変わらず、気持ちの悪い感触をしている地面に這い上がり、広間から走り出る。


 通路の先から俺の目に光が入ってくる。遠くのほうで光が溢れている。


 ――見えたっ、出口だ。


 気力を振り絞り、ラストスパートを掛け、出口からとび出すと、そこには土の地面があり、空からは太陽光がサンサンと降り注いでいた。


「太陽ーーー愛してるぜええ」


 あまりの感動に訳のわからないことを叫んでしまう。


 暗闇に居すぎたため、眩しさにしばらく慣れず、うっすらとしか目が見えなかったが。だんだんと光に慣れてきて周りの様子が見え始めてくる。


 なにか動く物が目の端にぼんやり写り、そちらに顔を向けるとその何かは、大声で叫びだした。


 「隊長っぉぉ! 肉沼からモンスターが出てきやがった、早く来てくれっ」


 久しぶり聞く人間の声に、嬉しさが込みあがり、俺は叫んでいた内容を、深く気にしてはいなかったのだった……


 

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