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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶都市クレスタリア
39/109

侵入 見回り 警戒警報

 【時刻十四時】


 装備や荷物を整えた後、キリナの自宅へ着いた『私』は、昨日と同じく屋敷内を案内され、キリナの部屋へと入っていく。


「来たようですねリーン」

「言われた通り装備と荷物を用意してきたわよ」

「助かります。先ずは今日の予定を話し合わないといけませんね」


 キリナは一体何をするつもりなのか……取り敢えず話を聞かないことには何も分からないわね。

 黙って頷き了承を示す。


「シャイドという男の話は覚えていますね? 今まで尻尾を出さなかったあの男が妙に焦って……いえ、浮かれていてと言う方が正確でしょうか? とにかく最近妙な動きをしているのを掴みました」


 味方が居ないとキリナは言っていたが自分でシャイドの動きを調べたのかしら?


「キリナが自分で調べたの?」

「いえ、私ではありませんよ。味方は皆無とは言いましたが、正確には城内での地位や実力ある味方はおりません、と言う事になりますね。

多くはありませんが、侍女や街中には私の味方も残っております。今回の事はその数少ない味方からの情報提供でした」


 ――言われて見れば尤もね。そうでなければこの家で、都市で暮らしていく事すらできないもの。

 つまりは、情報提供者は多少いるけど、戦闘要員が足りない、という事でいいのかしら? さすがにキリナ一人で出来ることにも限界があるし、相手の探られたくない腹を探るんですもの、危険な事だって一つや二つある筈だわ。

戦闘が起こる事だってあり得なくはないのだから、軽い情報収集ならともかく、侍女や執事、一般人をそこまで巻き込む訳にはいかないって所かしら。

 

 私が考えを纏め終わったのを悟ったのか、キリナが話を続けてくる。


「あの男が動き出したのは……およそ一ヶ月程前でしょうか『シャイドが姿を隠しながら妙な男達と街中で会っている』と私の家で務めている侍女から報告を受けました。


 侍女の話によると最初に見つけたのは、偶然の産物という話。私に頼まれた用事で、街中に出ている途中、フードを目深に被った人物と、その周りに妙な男達を見つけた、と。

 男達の身なりは一般人と変わらない物を身につけていたらしいのですが、侍女曰く、男達の放つ雰囲気が、一般人の者とは思えぬ異様なものだったと」


 確かに執事や侍女というものは、場や人物の雰囲気を感じ取る能力に優れているものが多いわね。

 

 主人の雰囲気から望むものを察し、客が来れば失礼のない様に相手をする。

 言うだけなら簡単なものだけど、実際簡単に出来る事じゃないし、その中でも経験や才能、そういう部分が優れている者じゃないと、クレスタリア内でかなりの地位にある、スケイリル家の侍女なんて務まる筈がないもの。

 

「その中にシャイドがいたの?」

「結論から言えばそうなります。

シャイドはフードを目深に被り、顔を隠していたらしいのですが、その日は風が強く吹き、被っていたフードが風に煽られ一瞬だけ顔が出てしまった様です」


 キリナの話を聞いて真っ先に思い浮かぶのは、その侍女とやらがシャイド側の人間という可能性。

 もしくは、その隙すら罠だった場合だろう。


「……その侍女は信用できるの?」

「そう……ですね。私が子供の頃からずっと仕えてきてくれた侍女。

今まで冷たかったリーンよりは信用できるとは思いますが?」

「ちょっとっ、キリナ。昨日いっぱい謝ったでしょ、いい加減許して欲しいのだけれど」


 私がその言葉に慌てていると、それを見て手を口に当て、クスリと笑うキリナ。


「ふふ、冗談ですよ。――ただ、それくらい私が信用をおいている人物、と思って貰えば宜しいかと、只やはり彼女は侍女でしかありません。余り無茶をさせるわけにもいかないのですよ」

「それを聞くと、私なら無茶させても良いってことかしら?」

「リーン、貴方にしては良くお気づきになられましたね。ご褒美に飴を一つあげましょう」

「本当っ失礼だわっ! …………あらやだ、結構美味しいわねこの飴」


 口の中に広がる甘い味に思わず怒りも忘れコロコロ、と飴を食べる。

 なんとなく馬鹿にされている気はするけども、気のせいよね。


「ではリーンも大人しくなった所で話を続けさせて頂きます。

ここからは侍女や一般人を巻き込む訳にはいかず、私自身で調べた成果では御座いますが」

「それは、――また随分無茶をしたものね」


 彼女自身が調べると言うことの危険性は計り知れないものがある。

 全てがシャイドの罠でキリナを嵌めるために動いた、という可能性だってあるのだから。


「罠などの危険性も考慮はいたしましたが、この機会を逃したら二度とシャイドを探る機会が訪れるとは思えなかったからです。

流石にシャイド本人を探れる隙は無かったのですが、侍女から聞いた男達の方を調べてみると面白い物が出て参りました。

男達は、闇商人からあるもの購入していた様なのです。

多分リーンも名前だけは聞いたことがあるでしょう『コープス・エキス』という薬を」

「――ッ!? ちょっとッ、禁薬じゃないのそれッ」


 実際見たことは無かったが、お祖父様やブラムさんから教えてもらった記憶がある。


 確か……二級以上の区域に出てくる、人やモンスターの死体からエキスを吸うモンスター『コープス・スライム』その体液と特定の薬草を組み合わせて作る薬。

 飲んだ者の痛覚を無くす効果があり、戦争や走破者達が使い始めたのが始まりだが、その後、薬には極めて高い中毒性があることが判明、その薬を奪い合い、争いが絶えず起こり始めた。


 そのせいで禁薬指定されて保持、売買、生成を禁止されている筈なのだけど……。


「その時点でシャイドを捕まえられないの?」

「残念ながら薬を直接買ったのは男達の方です。今シャイドを捕まえようと思っても証拠が御座いません」


 なら、薬の件で集団を捕まえてもシャイドには届かないわね。


「ただ、私自身で男達の後をつけ、隠れ家らしき屋敷を特定する事が出来ました。

都市の北西にある屋敷なのですが、三年前まで城内でのシャイドに対する反対勢力、その筆頭が住んでいた場所。

――家主は二年前、事故により死亡している為今は空き家になっています。

家主はシャイドに殺された、と私は予想していますが」


「そんな場所を隠れ家にして今まで目撃例は無かったの?」

「ありませんでしたね。多分そこを使い出したのもここ最近なのでしょう。男達との付き合い自体は昔からあったのかも知れませんが」

「……話の流れからすると、その場所に侵入して証拠を探ろうってところかしら」

「端的に言えばそうですね。私一人であった場合、何かしらの罠に嵌ってしまった場合、突破が困難になる恐れがあります。

ですが今ならリーンがいる……私一人が罠にかかった場合でも貴方がいればどうにでもなるでしょう?」


 キリナの言う通り、一人で全てを見渡す事など不可能とまでは言わないが、かなり難しくなってくる。

 どんなに注意払っていても罠に引っかかってしまう事もある。やはり、一人と二人では格段に周囲への警戒に差が出てくるのは当然なのだから。

 でも屋敷に侵入するとなると確実に戦闘も起こるわね……見張りが居ないわけがないし、重要な部屋には確実に誰か居る筈。


「少し焦りすぎじゃないのかしら、大丈夫なの?」

「特に問題はないと思われます。もし何も証拠が出なかった場合でも、不法侵入していた賊を倒しただけ、で済ませますので。

 当初は『コープス・エキス』売買での罪を私に擦りつけるつもりかと勘ぐってみたのですが、なんの問題もなく闇商人から取引の証拠を押さえる事ができました。

 予想ではありますが、シャイドは、既に私の事など、まるで注意を向けていなのでしょう……最近では、あり得ないほどに上機嫌な様子で警戒心すら少し薄くなっている程です。

 私はあの男があそこまで感情を顕にしている所など見たことが御座いません。何に興味を持ち、どんな事をしようとしているかはわかりませんが、今しかシャイドを追い詰める機会はないでしょう。

 決行は【零時】……リーン、頼りにしていますよ」


 頼りにしている、と。その言葉で今まで以上に気合が入る。

 深呼吸を一つ。改めて気を引き締め直し、彼女と共に武器や装備の点検にとりかかる事にする。


 ◆◆◆◆◆


 【時刻十八時五十分】


 今日の見回り依頼をこなすために斡旋所に向かって足を向ける。

 もう少し早く斡旋所に向かいたかったのだが、ドリーのやつが中々起きず、時間がかかってしまった。

 ドリーは、寝ぼけながら『あ、あいぼぅ。新作戦……思い……名前は、引っ付き虫作戦ですzzz』等とむにゃむにゃ言っていたが。

 

 一体どんな夢見てんだドリー。

 

 引っ付き虫ってあれだよな……服とかに張り付いてくる植物の種。子供の頃に、草むらを抜けたら体中にひっついてて、えらい目にあった記憶があるんだけど。

 こっちにもあるんだな、今度探してみようか。


 少し懐かしさに浸りながら進んでいくと、斡旋所が見えてくる。日も暮れている為、斡旋所の中からは魔灯の明かりが漏れ出していた。

 

 ドアを開け、中に入れば、時間二分前程。

 間に合ったけど、結構ギリギリだったな。えーっと、一人、二人……っげ、最後じゃん俺。

 

 斡旋所の一角に十九名の走破者達が見えるので、恐らく俺が最後なのだろう。

 時計を見て、どうにか間に合うのはわかっていたのだが、なんとなく最後に到着するのは気まずいものがあった。

 静かに近づいていくと走破者の中心に一人の受付嬢が立っており、俺を見つけ声を掛けてくる。


「メイ・クロウエさんでしょうか?」

「あ、はい」

「ならこれで全員揃われたようですね。では皆さん、担当区域を振り分けますので、こちらに集まって下さい」


 邪魔にならない場所に移動した受付嬢はゾロゾロ、と集まる走破者達に説明を始める。


「担当区域は大きくわけて四つ、北東、北西、南東、南西。

残りの部分はクレスタリア側からの騎士達が回っているので、走破者の皆様は今言った場所のみになります。

各自、時間までしっかりと見周りを努めて下さいね。

では〜北西区域――――」


 受付嬢が各区域の担当を読み上げる。


 どうやら俺の担当区域は北西方面になるようだ。

 集まったメンバーを見回してみると、人間の戦士が一人と……後は、なんだあれ、種族がよく分からんな。耳と尻尾付いてるけど、模様や尻尾の形を見ると、しいていうなら、なんかリスっぽい? 

 

 自分の中でなんとなくリスを連想させるフサフサの尻尾を持つ、二人の女性。

 一人はおっとりとした顔の、可愛さ漂う黒毛主体の白毛模様の女性。杖を持っていることから魔法使いだと判る。

 もう一人はすこしキツイ目付きをした顔立ち整った白毛主体の黒模様の女性、背中にはマスケット銃に似た武器を背負っているので、遠距離武器の使い手だと予想。

 

 おお、やっぱ銃あるのか、でも普通の銃じゃないんだろうなきっと。

 それにしてもあの二人姉妹か何かかな? どこと無く顔つきが似ている気がするし、俺の予想では、黒いほうがお姉さん、白いほうが妹だと思うんだけど。

 それに、二人ともかなり美人……だがッ、そんなもんはどうでもいいから、あの尻尾、俺にくれっ! ちきしょう、すげーなおい、フサフサしてやがるぜ。

 ワッサワッサと動く尻尾を思わず掴みとりたい誘惑にかられるが、こんな所で、御用になるのは御免なので、どうにか自分を抑える。

 

 ――おい、ドリー。自分で気づいてないと思うけど、わきわき、と手を動かすのは止めなさい。

 ドリーは腕を、近くの尻尾にあわせてユーラユーラと揺らしながら、手をわきわき動かしていた。

 その気持は良くわかる。けど、絶対怒られるからいきなり掴んだりするなよ。


 そして、最後の一人は……百五十センチ程の身長で、腰の曲がった老人だった。肌は若干灰色で、岩のようなものが皮膚の所々に張り付いていのが見える。

老人は武器を持っている様子もなく、手には、オレンジがかった赤色の金属杖を持ち、ヨボヨボと立っていた。


 え、大丈夫なのか、あのお爺ちゃん、見回り途中で、お花畑に見回りとかに行っちゃわないよな。

 余りの老人っぷりに、妙な心配をしてしまうが、どうやら白黒フサフサとお爺ちゃんは仲間のようで、三人で集まり、なにやら話をしている様子。

 

――知り合いがいるなら、まあ、大丈夫か? 一応礼儀として挨拶だけはしておいたほうがいいかもな。

 とりあえず、四人の走破者に向かって軽く挨拶をしておくことにする。


「今日は区域一緒になったみたいで、宜しくお願いします」

「あらあら、ご丁寧に。怪我しないようにお互い気をつけましょうね?」

『っく、そんなに私を誘惑してどうする気ですかッ』


 黒リスさんは丁寧に返してくれる。なんだか物腰が柔らかい人だった。


「アンタ最後に来た走破者でしょ? もっと早く来なさいよねっ。後、アタシ達の足引っ張ったりしたら許さないからね」

『次は色違いですかっ、迫り来る困難にも私は負けませんよっ』


 白リスさんは意外とツンケンしている感じだな。まあ幾らそんな態度を取った所で、尻尾のフサフサ加減で台なしだがな。


「いやいやお若いの、すまんのぅ。この子はちぃとばかり気性が荒くて、心根は優しい子じゃから勘弁してやっとくれな」

「いえいえー気にしてないです。時間には間に合いましたけど、もう少し早く来ないとって、自分でも思ってたんで」

『メイちゃんさん、すごいです、岩のお爺さんなど初めて見ましたっ』


 岩肌のお爺ちゃん。勝手にあだ名を付けて心の中で【岩爺 《がんじい》】と呼ぶことにする。

 岩爺さんはニコニコしながら、白リスさんのフォローを入れてくる。好々爺といった感じだ。


「今日は宜しくな」

「あ、はい宜しくお願いします」


 ……戦士の人の時は何もないんだなドリー。

 いや確かにめっちゃ普通の人だったけど、特に俺から言うことも無いくらい普通の人だったけど、なんか言ってあげようよ。

 凄いです。こんな普通の戦士見たことがありませんっ、とか。いやごめん今のは無いわ。


 軽く全員に挨拶を済ませ、北西区域担当の走破者達と簡単な話し合いを行った。その結果、北西区域を更に四つに割り、俺はその右下部分に位置する場所の見回りと決まる。

 

 俺は自分の担当区域へと向かう為、都市の北西へと向かっていった。


 ◆◆◆◆◆


 【時刻零時】 


 キリナと二人、闇夜に紛れて屋敷へと向かう。

 

 この辺りはどうやら屋敷の元主の私有地だったらしく、家も無く辺りには土の地面がむき出しになっており、所々木々が生えている。流石にこんな所で人など居る筈もなく。辺りはシン、と静まり返っていた。

 先頭を行くキリナが速度を緩め、やがて木の影に隠れ、止まる。

 着いたのかしら……近くにある屋敷と言ったら目の前に有るあれよね? 随分荒れ果てているみたいだけど。


 月夜に照らされ、朧気に見える屋敷は、手入れがされていないようで、人の住んでいる屋敷に比べたら随分と荒れている様に見えた。

 貼られた水晶板もくすみ、門の一部は欠けている。水晶板の内側、木で作られた内壁も所々に穴が開いていた。

 

 辺りを警戒していたキリナが、私に顔を向け、小声で話しかけてくる。


〈リーン、着きましたよ。取り敢えず裏から中に入ってみようと思いますが、此処からの会話は小声でお願いします。

内部でどうしても戦闘を避けられない場合をのぞき、出来るだけバレないように行きたいと思います。

途中でバレて証拠等を隠滅されたら大変ですので〉

〈了解よ〉


 私も声を小さく返事をし、キリナの後に続き、外壁沿いに屋敷裏手に回っていく。


 裏手に回った後、キリナは、靭やかに外壁に飛び乗り、中を確認し、私に合図を送ってくる。

 その合図見て、出来る限り静かに外壁の上に飛ぶ。

 目を細め、中を見るとやはり荒れ果てている様子。水晶板を張った庭の地面から、雑草が水晶を突き破り外に顔を出している。


 壁から飛び降り、庭を静かに進んでいくと、屋敷裏に勝手口が見えた。

 流石にドアに鍵がかかっている。どうするのかとキリナに視線を送ると、彼女は静かに頷き武器を構える。

 

 彼女の武器はスケイル家に代々伝わるジム・オリコニアス製の【水晶槍】全てが水晶で作られたその槍は、曲線を描いた片刃に月夜の輝きを写し込み怪しく光る。

 右足を前方に半身に構えたキリナは刃を上段に掲げ、大きく息を吸い込み、フッ、と一息吐くと共に振り下ろす。


 ――ィィン。


 静まり返るこの空間にとても、とても小さな音だけが鳴った。

 恐るべき技量、殆ど音を鳴らすことなくドアの隙間に刃をねじ込み鍵を切断してしまう。

 私と彼女の戦闘力で言えば互角程であろうか、だが技量という分野に関しては私は彼女に届かないだろう。

 ――メイに訓練してあげてくれないかしら? キリナに師事を受ければメイに足りない技量を育てるのにいいと思うんだけど。


〈リーン、先に進みますよ〉


 手だけで返事を返し、屋敷内部へと入り込む。

 屋敷内部はやはり暗い。だが外から入り込む月夜のお陰で、視界に困ることはなさそうだ。

 廊下を進み人の気配を確かめて部屋などを開き確認していく。

 

 ――かなりわかりにくいけど、人がいた形跡があるわね。

 テーブルのホコリが一部なくなっていたり、廊下に消えかかっているが足跡も確認できた。

 残念ながら、今探っていた部屋にはめぼしい物も無く、次の部屋に行こうと廊下に出ると。


〈屋敷に誰かいるのは間違いなさそうですね。後はどこに隠しているかですが……ッ!?〉


 キリナと共に誰も居ない部屋に入り込む。

 廊下の先から人の気配を感じた。

 気配を殺し、息を潜め、耳を澄ませる。


 ――コツコツコツ……ギィィィ、ガチャン。


 耳に入ってくる人の足音は私たちが隠れている部屋から三部屋先程の場所に入っていった。

 キリナと視線を交わし、外に人の気配が無くなったのを確認した後、外に出る。

 さすがにもう喋る訳にはいかない、背中から大剣を抜き、警戒しながら何者かの入っていた部屋へと近づく。


 内部の気配を探るもまるで気配が無い。

 おかしい、確実にこの部屋に入ったはずなのに、気配を消している? いえ、そんな筈はないそれなら最初から消している筈だ。

 武器を構え、慎重に部屋へと入っていく。やはり誰も居ない。だが、キリナは慎重に辺りを見回し、地面に何かを見つけたようで壁に掛けられた絵に向かっていく。


 キリナが絵を壁からズラすと、壁に埋まった取っ手らしきものが現れる。

 取っ手を取り、ゆっくり右に回す。そのまま壁を少し押し込み、右へとずらすと、壁の一部が横にずれていき、中に下り階段を見つけた。

 隠し階段……キリナが見つけたのは多分、さっき入った何者かの足跡かしら。その足跡を辿っていったら絵の前で消えていて、それで仕掛けに気づけたんだわ。


 キリナと二人中に入り隠し扉を閉め階段を下っていく。


 下った先は石の通路、鼻孔に苔とカビの青臭い嫌な匂いを感じる。

 どうにも防音はしているらしく中に入った時点でかなりの静けさとなっていた。

 慎重に通路を進んでいくと、先に扉があり、中から光が漏れでている。


 扉に耳を寄せ、内部の様子を探ってみると、数人の男達の声が聞こえてくる。


《今日の依頼は誰が行ったんだ》

《ケビンの野郎が向かいましたぜ、しっかし、こんな簡単な依頼こなしてるだけで金貰えるんだから楽なもんだ》

《あの男の考える事はよくわからんよ。まあ俺らとしては金を貰って、良いもん食って、酒を飲んで、薬を買う。いい暮らしじゃねーか》

《確かにこのコープス・エキスは思ったより便利でしたね。これ飲んでりゃ痛みでひるむ事もねーですし、ある程度強引にモンスターを倒して、後で回復なんて真似も平気で出来やすからね》

《まあ、今の金を貰ってれば走破者なんぞする必要もねーんだがな》

《ちげーねえ》

《でもあの男信用できるんですかね? 後でトカゲの尻尾切りの様に捨てられちゃたまんねーんですが》

《アホか、信用なんて出来るわけねーだろ、その為に契約書まで用意したんだ。あいつはこの隠れ家までは知らねーんだから下手な事は出来ねーよ。

 組織を作るとか言ってやがったが、俺達は黙って言うこと聞いて金もらってりゃいいんだよ》


 あの男ってのは間違いなくシャイドのことでしょうね。部屋に入る為にはこのドアからしか無いし、これは突入するしかなさそうね……。

 どうやらキリナも同じ考えのようで、武器を構えてドアを破る準備を始めている。

 

 キリナが先頭、私が少し遅れて突入で良いかしら、同時に入っていくと罠が怖いし。

 中から感じた気配はおよそ十人程、この人数が集まっているならそれなりに大きな部屋になっているだろうし、大剣を振り回す広さぐらいは有りそうだ。

 ――コープス・エキスを使用している事も聞けたし、その時点で犯罪者、遠慮もしなくてよさそうね。

 

 ――ゴガンッ!


 キリナがドアを吹き飛ばし、突入する。


「――なっ!? 何だテメエッ。グッガアアア」

「おい、侵入者だ殺せッ」

「糞がッ、水晶槍って、こいつスケイリルじゃねーかッ」

「あら、私をご存知で、なら抵抗を止めて大人しくされたら如何でしょう?」

「巫山戯んなッ。死にやがれ」

「それは誠に残念です」


 キリナが中で大暴れしている事が音だけで判る。

 少し遅れて中に入ると、キリナの横を一人の黒ずくめの男が駆け抜け、私が立っているドアに向かって逃げ出してくるのが見えた。

 私要らないんじゃないかと思ったけど、やはりそういう訳にもいかないらしいわね。


「ごめんなさいね。ここは通行止めです」

「ちきしょう、もう一人いやがった。でもスケイリルじゃないならッ」


 そういって私にナイフを付き出してくる黒ずくめの男。

 全く、随分舐められたものね。

 大剣を正眼に構え、ナイフを持った手ごと切り捨てる。


「俺の右腕がああ、このアマよくもおおおお」


 だが、男は手首を切られてもお構いなしに突っ込んでくる。

 これがコープス・エキスの効果……結構厄介なものね。

 手首を切り落とし、地面に刃先が向いた大剣をそのまま跳ね上げ一気に男の首を飛ばす。全員殺してしまう訳にはいかないがまだ残っている者の中から一人生かしておけば済む話。

 下手に手加減をしても痛みを感じないのだから、動きを止めるためには手足を切り落とす。もしくは何かで縛る等しなければならない。

 だが今はまだ敵が残っている。悠長にそんな事をしている暇はなかった。


「あの女もやばい、先ずはスケイリルを全員で潰すぞ」


 私は部屋の出口に陣取り、誰も逃さないように出口を塞ぐ。

 残る相手は六人。先ほど戦った相手の力量からみても、キリナならなんの問題もないだろう。


 キリナに一斉に飛びかかる男達。

 だが、彼女は囲まれた中心で踊る様に攻撃を交わし、最小限の動きで心臓を突き、首を跳ね飛ばす。

 魔灯の明かりが水晶槍を照らし、飛び散る血しぶきすらも彼女には届かない。

 

 彼女が動きを止めた頃には、既に周りに骸が六体。残る一人は槍先を喉元に突きつけられていた。


「大人しく話すなら命の保証はしましょう。勿論牢屋には入ってもらう事には変わりありませんが」

「はは、昔だったら迷わず頷く所だったが、今は痛みなんぞ感じねー。それにどっちみちあの男が俺を生かしておくわきゃねーよッツ!」 


 ――骸の数が七つに増える。

 男は自らのナイフで心臓を貫いていた。

 

 痛みが無いと人はここまで容易く自らの命を捨てられるのだろうか。

 私には理解出来ないし、理解したいとも思わない。


「一人は生かしておきたかったのですが……仕方有りませんね。どうしても、と言うわけではなかったですし、話によるとまだ外に出ている仲間が最低一人はいるようです。

その者が戻ってくるかもしれません。私は外に出て見回り兼、待ち伏せをしたいと思いますので、リーンはここを少々探ってもらっても構いませんか?」

「何か見つけたらどうすればいいのかしら?」

「そうですね。余計な事はせずにその辺りにある革袋に入れておいて貰えますか? それか私を呼びに来て下さい」

「余計な事って何よっ」

「失礼、言い方を変えましょう。変に気を使って『リーンなり』に考えなくても構わないですよ」


 キリナって相変わらず失礼ね。言い返したいのも山々だけど、今は遊んでいる暇も無いので黙って頷いておくことにする。


「では、私は少し出てきますね」


 そういうとキリナは部屋を後にして、外へと向かっていった。


 ◆◆◆◆◆


 【時刻零時三十分】


 それなりに警戒しつつも街の見回りをしているが、特に異常は起こっていない。

 事件なんて起こらない方が良いのだから、良かったと言うべきか。


 そんな事を考えながら、暗闇の中歩いていく。

 魔灯は有るには有るのだが、辺りはかなり暗い。グランウッド程、魔灯は多くないので、松明で補助しているようだが、何もイベントがない日まで夜中には松明を使うのは危ないし、仕方ないよな。

 それでも数の割にはある程度の明るさは保っている。きっと水晶板で反射しているお陰だろうと自分なりに予想してみる。


『しかし何も起こりませんねっ』

「何も起きないのが一番じゃないか」

『それはそうなのですが、早く犯人は捕まったほうが良いですし、犯人なんて相棒がペペぺーん、と捕まえてしまうでしょうしっ』


 その変な擬音は何を表しているんだろうか。

 それに都市は広いんだ、そんな簡単に犯人が見つかるはずないじゃないか。


 ――ガシャーン。


 何かが割れる音と共に、俺の耳に女性の悲鳴が耳に入る。

 まじかよ、噂をすればなんとやらというか、これは事件が起こったと見るべきか。


『行きますよ相棒っ』

「おうっ」


 武器を抜きローブを靡かせ声のした方に向かって疾走する。

 

 少し走った先、通路を右に曲がると、黒ずくめの人物が一人。手には切れ味を重視しているのか片刃で厚みの薄いナイフを握っている。

 ナイフは魔灯の明かりでヌラリ、と赤く光り、男の足元には胸元を赤く染めた女性が倒れていた。

 その横には割れた瓶が一つ。

 どうみても犯人は黒ずくめ、被害者は女性、音の原因はあの瓶だろう。

 女性は既に事切れているのかピクリとも動かない。


 ちきしょう、遅かったか。


 こちらを見つけた黒ずくめは、逆手にナイフを握りこちらに向かって駈け出してくる。

 疾い、のは疾いのだが……これぐらいなら俺でも余裕で避けられる。

 槍斧の柄尻を、相手の攻撃に合わせて胸に突き出す。

 相手は俺の攻撃を少しだけズラし、肩に受ける。だがそのまま止まりもせず俺にナイフを突き出してきた。

 おいおい、なんでだよッ!?


 ――ギィィィン。

 

 驚き戸惑った俺の隙をドリーのナイフが埋める。

 ドリーは相手のナイフの力を流し、そのまま手首を斬りつけた。それでも相手は怯みもしない。

 一体どうなってやがる。少しぐらいは怯むだろう普通。

 黒ずくめの手首は深く裂かれているが、まるで痛みが無いかのように、声すら上げない。


 黒ずくめは怪我したままの手でさらに二擊、三擊と攻撃を加えてくる。

 それなりに鋭い攻撃、攻撃に怯みもしない黒ずくめ胆力。それなりに強いのかもしれないが……。


「だが、遅せえよっ」『まだまだですっ』


 黒ずくめの一撃を余裕をもって躱し、二擊目をドリーが跳ね上げ、男のナイフは上に逸らされた。

 先ずは相手の武器を奪うべく、跳ね上がられたナイフに向かって槍先を唸らせる。


 ギャリィィッツ。


 跳ね飛ばそうと思った黒ずくめのナイフが、金属が切り裂かれる嫌な音を発しながら刀身半ばから斬り飛んだ。

 え、何これ、すげえ切れ味だな。

 予期しない武器の威力に一瞬唖然となる。黒ずくめの持っていたナイフの刃が薄い事もあったのだろうが、それにしても恐ろしい切れ味だ。


 黒ずくめは自分のナイフを呆然と見つめ、直ぐ様反転して逃げ出した。

 逃して堪るものかっ。――あの足の速さなら十分に追いつける。簡単に逃げられるとは思うなよ。


『相棒、駄目です。止まってくださいっ』

 

 黒ずくめを捕まる為、駆け出した俺にドリーが静止の声を掛けてくる。


「なんだよドリー逃げられちまうっ」

『足元に何か撒かれています。そのまま向かっては駄目です』


 ドリーの言葉に足元を見ると、マキビシ状の何かが散らばっているのが見えた。刺の長さがかなりあるので、俺のブーツでも貫いてしまうだろう。飛び越そうとも思ったが、かなり先の方まで、ポツリポツリ、と撒いてあるので足元に注意しながら走らないといけなくなる。

 駄目だ逃げられる。


『相棒今こそ例の作戦を発動させる時ですよっ』

「れ、例の作戦?」

『――ッ!? 相棒あんなに一生懸命話し合ったのに覚えていないんですか……』


 やべえ全然覚えてないよ。ドリー、ショック受けちゃってるよ。


「いやッ、覚えてる覚えてる。ただ、ほら、たまにはドリーに指示して貰いたかっただけなんだよッ」

『っは!? そ、そうですか? じゃ、じゃあ失礼ながら……相棒私を右手に持って下さい』

「おうっ」

『そのまま振りかぶって』

「おうっ」

『相手に向かって全力で投げつけますっ』

「おうっ」


 ――ブンっ。……え?


『にゅはははー、名付けて【引っ付き虫作戦】ですっ』

「それ、話し合ったの夢の中だろおおおおおお」


 遠のいていく黒ずくめに向かって飛んでいくドリーは空中で入れ替えておいた魔法を発動させる。


『アイビー・ロープ』


 ドリーの手からロープ程の太さがる蔦が飛び出し、黒ずくめの腰、ナイフの鞘に巻きついた。

 黒ずくめは何故か巻きつかれて重量が上がっている筈なのに、気づきもしないで逃げていく。

 ……ドリーを連れたまま。


『にゅわーーー、相棒おおおおお』

「ドリーーーー」


 やべえ、どうしよう。ドリーも一緒に行っちまったよ、おい。

 脳みそをフル回転させて、何か手を探す……あ、あれがあるじゃんか。

 思い出すドリーに買ってあげたブレスレット。

 ゴソゴソ、と胸もとから銀のネックレスにつながれた水晶を出す。

 確か店のオヤジが言うには……。


『パーソナル・サーチ』


 チャラリ、と水晶が揺れ、浮き上がってドリーの連れていかれた方向に引かれる。

 よし行ける。後は余り距離を離される前に追わないと。


 念のため女性の生死だけは確認してみたが、やはり既に事切れていた。

 俺は足元に落ちているマキビシを注意深く踏まないように突破し、水晶の引き寄せられる方向に向かって走りだす。


 ◆◆◆◆◆


 【時刻零時五十分】


 んー何かこの辺りって人気が無いというか、家が無いというか。ちょっと変わってるな。地面がむき出しで変な木が生えてる感じとか。

 運河のせいで雨が特殊な為か、辺りに生えている木々は少し色が変だった。幹は濃い茶色、葉はかなり薄い緑色をしている。

 元気に葉を茂らせているところを見ると環境に合わせて変化していったのだろうと予測がついた。


 この奥だよな。行ってみるしかないか……。


 警戒しながら、更に北西に向かって足を進めていくと、突然気配を感じて、反射的に後ろに飛び退る。


 ――ジャリ、と音がして今まで俺が居た所の土がはじけ飛ぶ。


 見れば一人のメイド風な服を着た女性が、今まで俺が居た場所に透明な槍を突き立てていた。


「貴方が残りの一人ですか……大人しく武器を下ろしなさい」

「何わけわかんねー事言ってやがる。いきなり斬りつけて来やがって、俺が武器を下ろしたらどうするってんだ」

「勿論、痛めつけて捕まえるに決まっているでしょう」

「それを聞いて下ろす奴がいるかよっ」



 多少むっとしてしまうのも仕方あるまい。いきなり暗闇で襲われれば誰でも腹が立つだろう。

 眼の前の女性は顎に手を当て少しだけ考えこちらに話し掛けてくる。


「ふむ、貴方は多少腕に覚えがあるという事で御座いましょうか。確かに腕を切り飛ばすつもりでしたが上手く避けられた御様子。では、致し方有りません。動けなくしてから話を聞く事にしましょうか」


 その言葉に取り敢えず女性の装備と武器を確認する。戦闘の仕方を少しでも予測できるかもしれない。


 見ると女性の装備は全て水晶製、篭手も、服の所々に急所のみを庇う形で付けられた軽鎧までもが水晶。

 構えた水晶の槍は青龍刀の様な形をしていて、突くよりも斬りつける事に特化した槍のようだ。軽鎧の事から速さを生かした戦闘スタイルだと予測を立てる。


 女性の銀髪と水晶製の装備が月夜に輝き、幻想的な魅力を出す。ヒュンヒュン、と槍を回し、こちらに向かって半身のまま穂先を下段に構えを取った。


「それでは、参ります」


 ブワリ、と肌に鳥肌が立ち、女性から凄まじい殺気を感じ取る。

 ――おいおいおい、爺ほどじゃないけど、こいつ相当強い。

 頭の中で警報がガンガン鳴り、逃げろと告げている……逃げる? いやいや、駄目だドリーをまだ見つけていない。置いて逃げるなんて出来ない。

 なんで黒ずくめ追ってきたらこんなオッカナイお姉さんに襲われてんだよッ!

 黒ずくめの仲間かなにかか? 本当に勘弁して貰いたい。


 銀髪の女性が俺に向かって槍を振り上げ突っ込んでくる。

 ――ちくしょう、やればいいんだろ、やればッ。





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