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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶都市クレスタリア
38/109

邂逅 交渉 我慢の時

 



 【時刻二十三時】


 運河から戻ってきた俺は、猛獣の如く鳴る腹を満たす為に宿の一階にある食事処に足を向けた。

 流石にこの時間は人が少ない様で、周りは閑散としていた。

 少ないとはいえ多少は人が居る。少し疲れて静かに食べたかった俺は、一番壁際の喧騒が余り届かない場所へと席を決め、武器や荷物を横に下ろす。

 ドランは既に部屋に戻っていたので、今日の所は、一人と一本、一匹で囲む食卓となった。


 しかし、船のチケットが取れたけど、まさか七日後しか船が無いとは思わなかったな。

 船の管理をしている場所に行き、話を聞いた所、どうにも最近モンスターが荒れているらしく、斡旋所に依頼を出して完了は七日後になるらしい。

 ――出来れば面倒事に巻き込まれる前に船に乗りたかったんだけどな。

 そこら辺は、リーンやラングが戻ってきたら相談してみるか。

 

 晩ご飯に頼んだ『風切り鳥とトマトのパスタ』をつつきながら、少しだけ憂鬱な気分になる。

 まあ、一番衝撃的だったのは、どう考えてもあの運河の醜悪さだろう。

 もう少しましな見た目にはならんのか獄級ってのは。きっと元は綺麗な運河だったんだろうに。

 想像の中で雄大な運河を想像するも、すぐに現実の運河を思い出し溜息を吐く。

 

 ――しかし、なんだかこうやって静かに食事するのって、随分久しぶりな気がするな。

 まだ、グランウッドからそこまで時は経っていないのだが、どうにもこの『エムネスアース』に迷い込んで以来、楽しかったり、辛かったり、死にそうになったり、と一日という時間の濃度が、極端に上昇した様に感じる。

 

 まあ、別に悪い事ばっかり起きているわけじゃ無いから、良いけれど……と、この世界に来て、良い事もあると思える様になった一番の原因に目を向ける。

 キキに餌を上げているドリー。とても楽しそうで、見ているだけの俺まで和んできてしまう。

 きっと俺は普通に過ごしている日常ですら、ドリーに救われているんだなと、改めて感謝の気持ちがわいてきた。

  

 ドリーを眺めながら黙々と食事をしていると、腹が空いていたため、あっという間に食事も終わり、飲み物と本を片手に一息つく。

 

 まだリーンもラングも帰ってきていないようだし、今日はもう寝ようかね。

 本を眺めながらそう考え始めた所で、不意にテーブルに影が落ちる。

 ――食器を下げに店員でも来たのか……? 


「失礼、相席……良いですか?」


 声に反応して、顔を上げると、ローブに身を包んだ男が一人。

 特徴の無い茶色いローブ、顔はフードに隠れてよく見えなかった。

 なんで? 先ず浮かんできたのは疑問。他に空いている席など幾らでもあるのに、何故この奥まった壁際、しかも俺が座っている席に来たのだろう。

 よく分からんが相手するのも面倒だ。どうせ寝る予定だったのだからここは……。


「あ、俺もう席を立つんで。どうぞ勝手に座るといいですよ」

 ドリーを肩に、キキを頭に乗せ、武器と荷物を回収して席を立ち去ろうとするが、――それを制すように男がフードに手をかける。


「そうつれない事を言わず、少々話をするだけですよ。知らない顔じゃないでしょう?」

 

 男がフードを少しだけ上げる。


「なっ!? お前……」


 現れた顔は確かに知った顔だった。見たのはこれで三度目。一度目は水晶平原で、二度目は祭りの最中。

 

 ――何でこんな所に来やがった『クロムウェル・メルウエリン』

 瞬時に身体が反応し、背中に背負った武器に手を掛ける。周囲にピリピリとした空気が漂い始めた。


「余り目立つ事はしないで欲しいのですが。言ったでしょう『話』をしたいと」


 クロムウェルは両手を差し出し、武器を持っていない事をこちらに示してくる。

 どうする……こいつが何の話をしに来たのかは分からないが、出来れば関わりたくない。でも態々こんな格好をしてまでこの宿に来たって事は、俺がここに泊まっていると既に知られているってわけだ。

 そうなってくると少し話は変わってくる。

 どうせ知られてしまっているんだから、此処で無視して部屋に戻るよりも、話を聞いてこいつの性格を把握するほうが得策じゃないか?

 

 俺がどうするか迷っているとドリーが声を掛けてきた。


『相棒、私が警戒をしますので、判断は任せますっ』


 ――ふむ、ドリーが警戒してくれるなら不意打ちはどうにでもなるだろう。話だけでも聞いてみるか……。


「わかった。話を聞くだけならいいぞ」

 

 俺の返事に、クロムウェルは静かに頷き、テーブルを挟み、向かいの席に着いた。

 クロムウェルから視線を外さず俺も武器を直ぐに取れる位置に立て掛け、改めて腰をおろす。

 向い合う俺とクロムウェル。

 やがて静かにクロムウェルが口を開き話を始めた。


「……祭りであなた方を見た時は自分の目を疑いましたよ。あの鈍臭いドラゴニアンまで無事でいるんですからね。

 どうやってあの状況から脱出できたのです? 私達が押し付けたモンスター、離脱しながら確認しましたが、水晶のタイタニアスまで現れたようでした。

 あの状況からドラゴニアンを連れて脱出するなど考えにくいのですが」

「それをお前に教える義理が俺にあるのか?」

「尤もですね。単純に興味本意と言えば宜しいですか?

義理など無いですが、その時の状況とあなた方が集めた水晶平原の情報。それを教えて頂ければ報酬を用意しましょう『メイ・クロウエ』」


 やはり俺の事を多少は調べていたか。だが、調べられても大した情報は知られていない筈。

 多分こいつは確かめに来たのだろう。俺が何処まで知っているのかを。

 疑っているのだろう俺達が獄級を潰したのではないかと。

 もし俺たちが獄級を潰したとわかれば、自分に必要な情報を金で引き出そうとしているんじゃないか?

 この状況、幾ら俺たちが騒いだって覆らないのだから、金だけでも受け取ったほうがマシと考え、獄級の情報を流すかも、とでも考えたのだろう。 


「別に報酬を用意してまで聞く内容ではないだろう? 脱出に関しては運が良かっただけだ。

それに、水晶平原の情報なんて要らんだろ『お前ら』が獄級を走破したんだから」


 この返事で良い筈。クロムウェルは獄級を誰が潰したのか知らないし、俺たちが真実を知っているって事も分からない。

 それなら俺は知らないふりを突き通せば済む話だ。

 

 クロムウェルは少し目を細め、返事を返してくる。


「そうですね、確かに『私達』が水晶平原を走破しましたが、獄級の情報は多いほうが良いでしょう? 獄級はあそこだけじゃないのですから」

「意味ねーだろ。獄級ってのは場所ごとに全然違うって聞いたぞ」

「何か傾向があるかもしれないでしょう? それに水晶平原の『主』にも大分苦労させられましたからね。情報は大事ですよ」

「へえ、主かそいつは大変だったろうな。ちなみにどんな奴だったんだ?」

「巨大な『水晶狼』でしたよ。どうにか倒せたのですが、正直二度と戦いたくはないですね」


 ……こいつ、いけしゃあしゃあと。

 だが話してみて分かったこともある。こいつが短絡的な性格ではなさそうだという事が。

 真実を知っているかもしれない俺相手に、ここまで堂々と言い放つクロムウェル。

これだけでも相当面の皮が厚いとわかるが、知られていようが知られていまいが関係無いと、理解していなければ出来ないことだ。

 

 しかし、この性格で何でクロムウェルの名を語っているんだろうか。正直、理解出来ない……態々危険な名を語る必要があるのだろうか、獄級走破の栄誉だけじゃ駄目なのか? それとも本当にこいつがクロムウェルだったりするのだろうか。

 どちらにせよ、俺達が余計な騒ぎを起こさない限り、こいつは動かないとみて間違い無い気がする。


 考えを巡らせながらもクロムウェルとの話しは続いていく。


「でも態々アンタが来なくったっていいだろうに、まだ色々と忙しいんだろう?」

「――こういう事を他人に任せるのどうにも苦手でしてね」


 そりゃそうだ、まさか他人に獄級を潰した奴が居るかもしれないから話を聞いてきてくれとは言えないしな。


「まあ、確かに余り時間は無いのですが。最初の頃など水晶平原を走破したのは自分だ、と言い出す輩までいたぐらいですしね」


 おーおー探って来やがった。さて、なんて答えようか……ここは俺たちが知っているとは話さず、尚且つ知っていてもそんな事はしないと示すべきだろうか。

 俺は頭の中で確認してから、慎重に返事を返す。


「そいつは……馬鹿な奴も居たもんだな。依頼を受けてもいないのに、そんなことを言っても無駄だろうに」

「……全くです。放っておいても良いのですが、余り五月蝿く騒がれたら迷惑ですので、それなりな『対応』を取らさせて頂きますがね」

「そりゃご苦労なこって、俺なら絶対そんな真似しないから『関係ない』話だけどな」

「確かに君ならしないでしょうね。そんな『馬鹿』な真似」

「そりゃそうだ『虚偽の報告』なんてする筈がないだろう」


 そういって二人同時に笑う。

 表情とは裏腹に、空気が重くなり、ギシギシ、と悲鳴をあげている様だった。

 


 重くなった空気の中で、大した話はせず、お互いに牽制を放ちながら話を続けていのだが、――不意に空気が緩み、クロムウェルが懐から拳大の布袋を取り出した。


「いやいや、中々有意義な話が出来ました。私としては『満足』したのでこの報酬をお渡ししておきましょう」


 クロムウェルはジャラリ、と布袋をテーブルの上に置いた。

 袋の口からは金貨が覗いているのが見える。

 念の為の口止め料って事か……まあ、こんなもの出されても。


「流石にこれは受け取れないな。ここのメシ代だけ奢ってもらえれば俺としては十分だわ」


 受け取る訳がない。

 正直こいつから金を受け取ると碌な事にならない気がする。

 流石に何も受け取らないわけにもいかないし、飯代だけは払わせておくが。


「それはそれは、中々謙虚な方のようで……そのままの謙虚さを保てばきっと『平和』に過ごせることでしょうね」

「そいつは良かった『平和』が一番だよな。しかしアンタもこれから大変だな。

国からからの期待、周りからは騒がれ『英雄 《えいゆう》』みたいなもんだしな。」


 ――俺がそう言った瞬間、クロムウェルの雰囲気が変わり、フードから覗く瞳がドロリ、と影で濁った様に見えた。

 クロムウェルは肩を小刻みに揺らし、小声で笑い声を上げる。


「英雄……みたい? ははッ、それは違うッ、違いますよ。――みたい、ではなく私が『英雄』なんですよ。

私こそが『英雄』であってそれ以外の何者でもない」


 突然クロムウェルが放つどこか狂気じみ雰囲気に思わず身構える。

 こいつ、何なんだ一体。先刻までの冷静さは何処にいきやがったッ。英雄という言葉に妙に反応したようだが、過去に何かあったのか?

 正直こいつの過去になどまるで興味はないが、出来るだけその辺りの話題には触れないようにした方が良さそうだ……。


 クロムウェルは暫く笑うと、頭を振り、興奮を収め、俺を見つめる。

 先ほどまでの狂気に満ちた視線はすでに無く。冷徹さを感じさせる眼差しに戻っていた。


「いや、失礼……祭りのおかげか、少々疲れている様ですね。

 有意義な話も出来ましたし、大分夜も更けてきました。そろそろ、私は失礼させてもらおうと思います。出来れば次に『会う』機会が無い事を願っていますよ」

「俺もそう思ってるよ、出来れば二度と会いたくは無いな」


 俺の言葉に満足そうに笑うクロムウェルは、席を立ち、ふと、思い出したかのように言葉を加える。


「あ、そうそう。今日のお礼と言う訳では無いのですが、助言を一つ、貴方がた、まだあのドラゴニアンと一緒に居るのですか? 

あーいった無能な輩を仲間に加えるのは止めておいた方が良いでしょう。戦闘で危機を招くだけですよ」


 その言葉に一瞬怒りが沸き上がり、クロムウェルの顔面を殴りつけたい衝動に駆られる、が。――どうにか自分を諌め、表情には出さないようにテーブルの下で拳を握りこみ我慢する。

 苛々する。ドランは確かに臆病だが、彼が居なければ主に止めを刺す事は叶わなかった。

 手柄を奪われた事など、どうでも良い。それよりも彼を無能扱いされた方がよっぽど怒りが沸いてくる。

 俺は表情を崩さずクロムウェルに言葉を返す。


「あーそっか、お前らは知らないんだっけ? 実はドランってかなり凄い奴なんだけどな。

本当、惜しい事をしたもんだよアンタも」

「あはは、あのドラゴニアンが凄い? いやいや、貴方も中々冗談が上手い方のようですね。まあ貴方の仲間だ、好きにすると良いでしょう。

では、これで……」


 そういうとクロムウェルは銀貨を一枚テーブルに置くと、フードを深くかぶり直し、夜の帳が下りた街へと消えていった。


 最後に余計な事言っていきやがって。お陰で苛々するハメになってしまったじゃないか。

 気分が悪くなった。今日はもう寝よう。


 今まで俺の邪魔をしない様に黙っていたドリーだったが、クロムウェルがいなくなった事で警戒を解き、ウンウン唸りながら俺に話しかけてきた。


『メイちゃんさん。あの人何処かで頭をぶつけたのでしょうか……若いのに、お可哀想ですっ。

キラキラ平原の主は狼じゃないのに……相棒の溢れんばかりの優しさで、恥をかく前にそっと訂正してあげた方が良かったのでは?』


 ――っぶっは! ちょッ、今までの流れを全然理解してないだろドリー。

 やめてあげて、彼もわざと言ってるだけなんだ。わかってあげてッ。


 先ほどまでの苛々は、ドリーの発言でどこかに吹き飛んでしまう。

 いつのまにかドリーの中でクロムウェルという男は『何処かで頭をぶつけて可哀想な事になっている人』にされてしまった様だ。

 まあ、面白かったので訂正はしないで放っておくけども。


 俺は笑いを堪えながら自室に戻り、眠りへとついた。


 ◆◆◆◆◆


 【時刻八時半】


 眠っていたドランを無理矢理起こし『自分』は斡旋所に向かって歩みを進める。


「ラングどん態々こんな朝から行かなくてもいいだで」

「バカモンッ。ドラン貴様はまだまだ未熟者なのだ、修行を怠ってどうする。まずはその臆病な性格からなんとかせねばなるまい。そこでッ、考えたのが討伐依頼を片っ端から受け、モンスターを倒し自信を持つ、そうすれば自ずと臆病さも鳴りを潜めるに違いあるまいッ」

「そ、そんな上手くいくのけ? おらめっさ不安だで」


 全くこの男は……水晶平原の主に見せたあの気合は一体何処に行ってしまったのだ。

 あの時見せた力強さを見せればそこらの相手など鎧袖一触に出来るだろうに。

 頼りになるのかならぬのか、本当によくわからぬ男だ。

 

 ドランを伴い斡旋所の扉をくぐる。

 まだ走破者達ははそれ程多くなく、チラホラと依頼を眺めていたりテーブルに座り雑談を交わす者たちが居るだけ。

 自分は掲示板へと向かい、貼られた依頼書を眺め、ドランにとって丁度良さそうな依頼を探していく。


 まずはあやつに自信を付けさせるべき、であるなら、あまり素早いモンスターの討伐ではなくドランの攻撃が当たりやすい相手にするべきであろう。

 ふむ、これなど丁度良いかもしれぬな。

 一枚の依頼書を眺め中身を確認する。


 ――――――――――――――――――――――――

【モンスター討伐】【四級依頼】

【場所】クレスタリア北にある四級区域。


【内容】モンスターの間引き。最近クレスタリア北の四級区域に生息する『ランド・コング』達の頭数が増えてきたとの報告が上がった為、     

二十頭以上の間引き宜しくお願いします。証拠として『ランド・コング』の特徴ある右親指の提出。行き帰りの馬車賃は斡旋所で負担します。


【報酬】銀貨六枚。結晶と素材の引取りも行っています。


【期間】行き帰りで半日も掛からない場所にある為、期間は二日以内。


 ――――――――――――――――――――――――


 うむ、これなら大丈夫であろう『ランド・コング』はどちらかと言えばパワー型、余り素早い相手でもないのでドランには丁度良い相手。

 満足いく依頼が見つかり、掲示板から依頼書を剥がし、受付に持っていく。


 受付嬢に依頼書渡し、ドランと共に依頼を受け、出発しようとする……が、斡旋所の奥にある階段から、見覚えのある顔が現れる。

 巨漢の戦士、鷲鼻のシーフ、派手な女魔法使い。

 クロムウェルという男の仲間達だった。

 どうしたって苛立ちが視線にのってしまう。

 ――やはり自分にとって、あやつらは許しがたい。人の手柄を横取りし、意気揚々と英雄気取り。

 軟弱だ、脆弱だ。漢としてあるまじき所業。


 視線に気がついたのかゴラッソと呼ばれる戦士がこちらに近づいてきた。


「おいおい、こいつぁ、あの時のドラゴニアンとカルガン族じゃねーか、ええおい。旦那から聞いてはいたが本当に生きていやがったとはな」

「なに用だ、貴様らと話す事なんぞこちらにはないぞ。さっさと去ね」

「こっちとしても別に用はないんだがよ。ちょっと見かけたから声を掛けてやろうと思ってな」 


 そういってニヤニヤと笑うゴラッソ。

 気に食わん。苛々が収まらぬ。


「ラングどん、落ち着いてくんろ。早く依頼に出発するのが一番だで」


 ドランが自分の片腕を掴み外に連れ出そうとするが、それを見たゴラッソが驚いた顔でこちらを見つめ、突然笑い出した。


「カルガン族の、お前腕はどうしたよ。片腕になってるじゃねーか。大方そこのドラゴニアンが足でも引っ張って巻き込まれたんだろう? そんな腰抜け連れてっからそうなんだよ」


 そういうとゴラッソは大声で笑い声を上げた。

 ――瞬間頭が沸騰し、頭の中が一色に染まる。

 気に食わぬ。気に食わぬ、気に食わぬッ!


 ドランを振り切り、思わず手を上げそうになるが、腕がピクリとも動かない。


「ええい、ドラン離さぬかッ」


 何もこんな時にバカ力を発揮せずとも良かろうが、幾ら力を込めても離さぬドランは、必死な顔をして自分を引き止める。


「ラングどん、落ち着いて、落ち着いてくんろ。本当の事でねーか、おらの所為なのは事実だで。

おらは馬鹿にされる事なんて慣れっこだから気にしてねーだよ。

こんな所で騒ぎを起こすなんて絶対駄目だ、お願いだラングどん」


 ――ギチリ。

 歯を噛み締め、その言葉に少しだけ冷静になる。

 馬鹿にされている本人が気にしないと言っておるのに、自分がここまで憤慨しドランに迷惑を掛けて良いのであろうか? 気に食わないのは間違いないが、このままではメイ殿やリーン殿にまで迷惑が掛かるのではないか?

 そう考えると迂闊に手を出せなくなる。歯が砕けるのでは無いかと思う程の力で食いしばり、動き出しそうな身体を抑えつける。

 

「なんだこねーのか、まあ俺達も忙しいんでな。お前らの相手をしてる暇もねーんだがよ」

 

 ゴラッソの言葉に後ろにいたジャイナが髪を掻き上げながら、ゴラッソを諌める。


「そうだよゴラッソ。さっさと行くよ。こんな奴ら相手に騒ぎ起こしたらクロの旦那に怒られちまうよ」

「す、すまんジャイナ。つい、こいつの目付きが気に食わなくてよぉ」

「ジャイナの姉御の言う通りだ。ゴラッソもそこら辺にしといた方がいいですぜ、今の俺達は些細な事で注目を集めるって事を忘れちゃいけませんや」


 ラッセルとジャイナに言われ、フンと鼻を鳴らしたゴラッソはドランに近づいていった。

 巨漢同士が向かい合う。

 ドランの方が頭二つは背が高いのだが、怯えている様の所為で心なしか小さく見えてくる。

 全く堂々としておれば良いものを……。


「よく止めてくれたなドラゴニアンの。お前の臆病さに今は感謝しねーといけねーな。

ありがとよ、じゃあ、俺らは忙しいんでな」


 そういうとドランにわざと肩をぶつけるゴラッソ。

 普通ならばゴラッソがよろけるのだろうが、腰が引けている今のドランはよろけて地面に尻餅を着いてしまう。


「わりーわりー。もうちっと身体を鍛えたほうがいいぞドラゴニアンよっ」

「か、考えておくだよ……」


 我慢だ、我慢するのだっ。今此処で自分が暴れればドランの我慢を無碍にすることになってしまう。

 ワナワナ、と身体を震わせる自分の横をゴラッソ、ジャイナ、ラッセルは通り過ぎ斡旋所から出ていった。

 座り込んだドランは身体を払い起き上がる。


「ほれ、もう行っちまったよラングどん。こんなもの気にしたら負けだで」

「……ドランよ、今日の修行は厳しいものになると知れッ!!」 

「ええ、そんなッ。ちょっと落ち着いてくんろ、ラングどん、なっ?」

「ええい、喧しいわッ。この苛々はモンスター共に向けて解き放ってくれるッ」


 慌てふためくドランを引っ張りながら、依頼をこなすために斡旋所を出ていく。

 ――何としてでもドランを一人前に鍛えてくれるッ。最低でもあんな木偶の坊如きに当たり負けしない度胸ぐらいは付けてもらわねばッ。


 ◆◆◆◆◆


 【時刻十二時】

 

 ラングとドランはもう居ないのか。

 部屋に行ってみたものの、既にもぬけの殻、きっとラング辺りが修行と銘打ってドランを連れ出したんだろうな。


「なあリーン二人とも居ないみたいだ」

「あらそうなの? 仕方ないわね。取り敢えず斡旋所に向かいながら話ましょ」

「それもそうだな」


 リーンは先程宿に戻ってきたようで、俺が斡旋所に向かうと言うと『私も行くわ』と着いてきた。

 昨晩クロムウェルが尋ねて来た事を話すと顔を顰め、嫌そうな表情でいっぱいにする。


「また随分と面倒臭い事をしてきたわね」

「まあね。でもこっちが大人しくしてれば、何もしてきそうにはなかったよ」

「どうにか顔面をぶん殴れないものかしら?」

「やめとけって、放っときゃいいだろ。ちょっかい出してこない限り動かない方がいいって。

只、船の出港が六日後なんだよな……その間、街を出て、関わらないようにするってのも考えたんだけど」


 俺の言葉にリーンが済まなそうな顔をして謝ってくる。


「……それが、ちょっと知り合いから頼まれ事をされちゃったのよ。

船が出るまでには何とかするつもりだけど、私は街から出るのはできないわ……ごめんなさい」


 この案は駄目か、流石にリーンを置いて出ていくのは躊躇われるし。 


「そっか、何か手伝える事はある? 困ってるなら手を貸すけど」

「……ちょっとメイにも言えない事なのよね。私としては手伝って貰いたいのだけれど、知り合いが私以外には話すなって言うから」


 なんだか面倒臭い事になってるなリーンの奴。

 まあ、本当に困った時になったら話してくれるとは思うけど、今は聞いても答えてくれそうにない。


「でも余り危ない事はするなよ? 後、本当に困ったらちゃんと言えよな」

『そうですっ。相棒の漲る【ぱぅわぁ】でお茶の子さいさいですっ』

「ふふ、そうね。本当に困ったらメイとドリーちゃんに助けてもらわなくちゃねっ」


 俺たちの言葉に浮かない表情だったリーンが嬉しそうな笑顔を見せる。

 ――なにかあったら大変だし、色々と準備だけはしておかないとな。


 ◆◆◆◆◆


 リーンと話をしているうちに、斡旋所へと着いた。

 流石にぼけっと六日過ごすわけにも行かないし、軽い依頼をこなそうかと思って来たのだが。

 その事をリーンに話すと「私は着いてきただけで依頼は受けられないわよ」と言ってくる。

 ってことは俺だけで依頼受けるのか……出来るだけ、付近の依頼がいいなー。


 唸りながら掲示板を見ていると一つの依頼が目に止まった。


 ――――――――――――――――――――――――

【都市内の見回り】【四級】


【場所】クレスタリア


【内容】一昨日の夜から都市内で数件の殺傷事件が起きている。被害者は鋭利なナイフで心臓を突かれ死亡している。未だ犯人は捕まっておらず目撃証言も出ていない。

目撃証言のなさと殺害された人物の友人や家族に話を聞いた所、事件は全て夜間に行なわれている事が判明。

クレスタリアの騎士達も見回りをしているが、一刻も早く被害を無くすために、走破者からも夜間の見回りに出て貰いたい。

(定員二十名)


【報酬】銀貨三枚 (犯人を捕まえた方には別に報酬をお出しします)


【期間】一日。十九時〜五時(次の日も受けるなら斡旋所で再度依頼を受けてください)


 ――――――――――――――――――――――――


 これ中々いいんじゃないか? 夜間の見回りのみで銀貨三枚なら結構報酬が良い気がする。

 周囲の警戒ならドリーと夜目が効く俺の視界ならそこまで困らない筈だし。

 取り敢えず一日だけでも受けてみるか……。


 受付に依頼書を持っていき、依頼を受けておく、今夜時間の十分前に斡旋所に集まって欲しいと受付嬢に言われ、忘れないようにメモをしておく。

 ついでに、依頼は受けないもののリーンとパーティー登録をしておく事になった。


 ――――――――――――――――――――――――

【名前】          『メイ・クロウエ』『リーン・メルライナ』

【得意武器】        『槍斧』『大剣』

【得意属性】        『雷、風』『炎』

【使い魔】         『ドリー』

【使い魔の種族】      『木』

【固定のパーティメンバー】 『ドリー』『リーン・メルライナ』

【パーティ名】       『紳士と淑女と荒ぶるお嬢』

 ――――――――――――――――――――――――


 その後は、修繕していたローブを受け取りに行き、一緒に昼ごはんを食べる。

 リーンは一時間もしたら又出かけるそうで「もしかしたら数日戻ってこないかもしれないけど、出港までには連絡するから」と言って部屋に戻っていった。

 俺も部屋に戻り、今夜の見回りに向け、ドリーの魔法を二つ、入れ替えてやる。

 部屋の中で装備を整え、準備をし、ドリーとキキと遊びながら時間を潰していった。



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