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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶都市クレスタリア
36/109

遊べや祭り祭れや英雄

 


 

 すっかり日も落ち、遂に【十九時】へと時計が回る。取り敢えず誰か来るまでは魔物辞典などを読んで時間を潰す事に。

 

 ――コンコン。

 少しの間、本を読んでいると、ノックの音が部屋に響く。

 誰か迎えに来たのかな? ドアに向かって返事を返すと、聞きなれた声がドア越しに聞こえてきた。


「メーイ、準備出来たー?」

「はいはーい。今から出るから待っててー」


 どうやらリーンが迎えに来た様だ、先程準備の為に一端部屋に戻っていったが、意外と早く終わったみたいだな。

リーンの事だから、やたら準備に時間が掛かるかと思ったが、特に持っていく荷物が無ければ問題ないらしい。


 装備は既に外して、ゆったりとした茶色の布ズボンに白いシャツ、気楽な服装に着替えておいた。

 この部屋には備え付けの、ロッカーに似た鍵付き金属箱が付いており、その中に貴重品等を入れられる親切設計。

 どうも走破者達が愛用している宿らしく、その辺りの配慮も出来ているようだ。有り難く金属箱を活用し、脱いだ装備をその中に突っ込み鍵をかけてある。


 三階建ての宿屋は部屋も清潔で、一階は食堂になっている。先ほど通った時に、食欲をそそる香りと、美味そうに食べる人達のせいで、今日が祭りじゃなかったら直ぐにでも料理を食べていた事だろう。

 勿論部屋に向かう前に宿屋のおばちゃんに確認したのが、しっかり風呂も完備している。

 かなりの良い宿なのだが、その割に料金はかなり安く一泊六十ゴルと嬉しい誤算。

 

 うーん、ドランに任せて正解だったな。こういった面で、一番信用していいのはドランかもしれないな……。

 まだ付き合いの短いドランが軽々とトップに躍り出るほど、リーンとラングの、生活面での信用度の低さが伺えた。


「まだー?」

『いま出ますよー』


 忘れ物チェックをしている俺の代わりにドリーが返事を返してくれる。

 財布袋とダガーナイフ一本、後は特には無いな。あー走破者情報証だけは持って行かないといけないか……ただ、ナイフは要らなかったかもしれないな。ドリーがナイフ持ってるし。


 ドリーは今日買ったナイフを持って行きたいと珍しく、わがままを言ってきた。

 最初は駄目と言おうと思ったのだが、買ったばかりで、汚れてるはずもないナイフを、一生懸命手入れしているドリーを見ていたら、断れるはずもなく、武器掛けベルトとナイフも持っていくことに。


 準備も終わり、意気揚々とドアを開け外に出る。


「やっと出てきたわねメイ。見て見て、ちょっと買ってみたんだけど似合ってるかしら?」


 リーンの姿を見て、俺は思わず言葉に詰り声が出なくなる……。

 ――浴衣みたいだ。

 薄い桜色の浴衣に赤い帯紐を絞め、帯には小さい絹の袋、足元は白いサンダルのような物を履いている。髪をアップに上げているリーンの赤い髪に相まって、浴衣姿は彼女にとても似合っていた。本物の浴衣よりも多少裾が短く、動きやすそうな形をしているようだが。

 その姿を見て、俺の脳裏に懐かしさと共に昔の記憶が蘇ってくる。

 そう言えば高校の時……いや、中学だったか? 谷山と一緒に祭りに行って浴衣姿の女の子を見ながら悔し涙を流した事もあったな。

 二人共一向に彼女が出来ず周りのカップルに殺気を振りまいていたんだっけ。

 不意打ちの気味に、故郷を思わす光景を見たせいか、少しだけ顔が歪んでしまう。


「……どうしたのメイ、似合ってなかった?」


 リーンが俺の顔を見て何か感じたのか、落ち込んでしまい、しょぼくれた顔をする。

 その顔を見て焦った俺は、どうにかフォローを入れようとするが、上手く口が回らない。


「あ、いや、……その。あれだよ」


 やばいどうしよう、なんて言ってフォローすればいいんだ。

 俺が慌てふためき困っているのを見たのか、ドリーが助けに入ってくれた。


『私が通訳しましょうッ! 「余りの可愛さに、いやー言葉がでなかった。その服はあれだよ、俺の好みなんだぜッ」だそうですっ』

「いや、まっ。ドリー、なん、え?」

『「いやいや、全く、ドリーは俺の事をわかっているなー。なんて完璧な通訳。リーンの姿を一目見て、俺の体がエント・ボルトだぜッ」と言っていますっ』


 ちょっと待ってよ、ドリー。俺そんな、『だぜっ』とか言わなくね? というかそれ誰の声真似、ひょっとして俺か、そんなダンディーな感じで喋らないよ俺。大体そんなんで上手く行くわけないじゃないか!


「……やだ、メイったら。そ、そんな褒めなくても……私ちょっと風にあたってくるわねっ」


 リーンは顔を髪と同じく真っ赤に染め、動揺しながら階段を降りていってしまった。  

 

 ……ははーん。凄いぜドリー天才だよな。

 こりゃ、俺、女の子にモテナイわけだよ。こんな事サラっと言えねーし。だぜッ、とか言わねーもん。

 そんな、馬鹿な……。


 そんな俺の心境などお構いなしで、ドリーは腕を振り上げ、なにやら自慢げに話を続けてくる。


『どうです? メイちゃんさんが寝ている間に【一人モノマネ大会】を開催していたのですが……その成果がこんな所で発揮されるとはっ』

 ドリー、俺の寝ている間にそんな事やってんの? ちょっと楽しそうだから今度から俺も混ぜてくれよ。



 だが、突然ドリーは、今まで元気よく振りかざした腕を力なく下げ、何故か少し悲しそうに呟いた。


『でも、少し羨ましいです……メイちゃんさんに見せてあげたくても、私はあんな可愛い服着れません……』


 いつもは明るくしているドリーでも、やはり悩みがあるのだろう。

 腕だけしかないドリーの気持ちを俺が全て分かってやることは不可能だ。でも、相棒の機嫌を治してやる事なら、俺にだって出来る。


「なあ、ドリー。やはりさっきのお礼として、祭りに行ってドリーに装飾品を買ってあげようと思うんだけど、どうだろうか?」

『――ッ!? ……うぅ、似合いませんよきっと』


 俺の声にビクリと震え、イジイジと指を動かすドリー。


「馬鹿だなドリーは、実は俺『装飾選び世界選手権』で優勝したこともあるんだぞッ。任せたまえ」


 ドン、と胸を叩き、ドリーに自信満々で言いはなつ。その言葉を聞いたドリーは、驚きに手のひらをパッと開き。


『にょほおお、相棒すげええ。

そうですか……世界ですか。ならば私がとやかく言うのも、えっと、あれです。おこが……? そう、おこがましいですっ。

ここは世界一に輝いた相棒にお任せするしかありませんねっ』


 うむ。参加人数『俺一人』開催『今脳内で』という事は黙っておけば、バレやしないのだよ。

 すっかりドリーは元気になって、お祭りに夢を膨らませている様子。

 俺はそんなドリーの様子に満足し、部屋の鍵を閉めてから、祭りに行く為に宿屋の外に足を運ぶ。



 外に出てみれば、日は落ち気温は下がっている筈なのに、凄まじい熱気だった。

 人々は皆、楽しそうに顔を綻ばせ、大通りの際にある屋台で買い物をしているのが見える。


 大通りに所々立っている魔灯と松明の光に、水晶の家々が、大通りの地面が、遠くで照らされる水晶の城が、いや街の全てが明かりを反射して赤みがかった光を反射し闇を照らす。人々が安心して闇の中を歩ける様に。


 カメラがあれば良かったのに……いや、この感動は写真や映像とか、形に残したものじゃなく、実際目の当たりにするからこそ感じる物なのかもしれない。

 ――写真じゃ風情がないもんな。等と心の中ですこし大人ぶってみたりしてみる。


『メイちゃんさん、カンガルさんとリーンちゃんがあそこにいますよっ』

「お、本当だな。ドランはまだ来てないみたいだな」


 リーンとラングもこちらに気がついた様で、人混みを避けながら近づいて来た。


「てかドランは? まだ来てないのか」

「うむ、自分が先ほど斡旋所に行ったのだが、ドランはまだ書類に時間かかるらしく、先に行っててくれと言っておったぞ」

「そっか、後で上手く合流できるといいけど……つかラング。傷はどうだったんだ?」


 ラングの傷には真新しい包帯が巻かれ、その他には変わった様子はない。


「それが中々腕の良い魔道士だったようでしてな。この通り痛みは無いし、傷も塞がりましたぞ」


 そういうとラングは自分の傷跡を叩き、調子良さ気に顔を綻ばせる。

 ――良かった。酷い怪我だったし、傷跡から更に悪くなることだってあるもんな。


「メイ、取り敢えずドランさんの言った通り、先に祭りを回ってましょうか。彼の身長ならきっと合流できる気がするし」

「おう、それもそうだな。じゃあ皆行こうか」

「うむ、屋台など全て食い尽くしてやるわッ」

『おー』


 全員楽しみにしていたのか、軽快な足取りで大通りの端に並んでいる屋台を見てまわる事にした。


【食べ物屋】


「結構うまいなこの焼き鳥」

「焼き鳥? メイこれは風切り鳥の串焼きって言うのよ」


 へー、まんま焼き鳥なんだが、いやなんか懐かしいって言うか旨いなこれ、もう一本食っとこ。

 あれ、ドリーとラングは……。


「店主、野菜はないのか野菜はっ」

『店主さん、水はないのですかっ水はっ』


 バンバン、と屋台を叩き肉屋に水と野菜を所望する二人がいた。


「あほか、焼き鳥屋で何頼んでんだ、お前ら違う店いけやッ」


【とかげ屋?】


「なんだこれちっちゃいトカゲ?」


 緑色の鱗で、手のひらに乗る程度の大きさ、ダチョウの様に二本足で立っている妙な爬虫類が売っていた。

 ペット用なのかな? でも何か目つきが悪くそこまで可愛くないんだけど。

 まじまじトカゲを見ていると、リーンが俺に近づきこちらに向かって手のひらを見せてくる。そこには、何故かトカゲが乗っていた。


「メイ、重大発表があるの……家族が増えますッ。見て、メイとドリーちゃんの弟『かげっち』君よ」

「お客さん、そいつぁメスですぜ」

「……『かげーぬ』ちゃんよっ」

「勝手に兄弟増やすなや、返してこい」


 全く、リーンのやつこういうの好きなのか。ドリーのほうが好きなイメージなんだけど。だがドリーは妙に大人しく、俺がリーンに注意している間、黙って肩でゴソゴソやっている。


【射的屋】


「すげーな射的まであんのかよ、って事は銃もあんのか?」


 まだ見たことないがこの分だと銃器に近い武器もあるのだろう、ただ魔法という誰にでも使える異能が発展しているこの状況では、余り発展はしていないのかもしれないが。


 興味本意で仕組みを聞いてみると、どうやら銃に刻印が掘ってあるらしく、魔力を流すと筒の中で魔力が溜り、先に詰まっているコルクを飛ばす、という仕組みになっているらしい。

 楽しそうだったので少しやってみることにする。

 

 目の間に並ぶ景品の数々、取り敢えず大きい物を狙っては駄目だ、あんなの倒れないように出来てるんだ。

 意識を集中して銃口を向ける。大丈夫、俺なら余裕で当てられる。

 ――ぱんっ、ぱん。

 

 ……うん、駄目だわこれ、銃が悪い、そう銃が悪いんだ!

 撃った二発はあらぬ方向に飛び去り掠りもしないし、こうなると残り一発も当てられる気がしなくなる。


『メイちゃんさん、わたしもやりたいですっ』


 よしよし、いいだろう。どうせ当たらんし、やらせてあげよう。


『ふふふ、大樹スナイパーの名を欲しいままにしてきた……気がする私に、倒せない的はありませんっ』


 ――パンッ。

 ドリーの撃った弾はどんどん右に逸れていき、酒か薬か入った瓶に当たる。ゆっくり、と瓶が傾き揺れが徐々に大きくなる。

 そして棚から落ち――店主の頭に直撃した。


 …………。


『メイちゃんさん、重大発表があります……家族が増えますっ。私と相棒のお父さん【射的屋店主】ですっ』

「ごめんなドリー、流石に相棒、店主は飼っていける自信がないよ。残念だけどそっと返しておこうね」

『えーせっかく射的で倒したんですが……仕方ありません。諦めますッ』


 うんうん。どうもドリーと俺では『倒す』の認識に差があったかな、と思うんだよ。


【銀細工屋】


 布を地面に広げその上に銀細工、というか装飾品を並べてある店があった。

 ふむ、そういえばドリーに何か選んであげると約束したんだっけか。

 ネックレスはだめ、指輪は何個もつけたら邪魔だろう。――よし、ブレスレットならいいかもしれない。

 置いてある品物の中から、少し目を引くネックレスとブレスレットのセットが置いてあった。


「おっちゃんそれは?」

「お、兄ちゃん。そのアクセサリーは二つで一つ。刻印が掘ってあって『パーソナル・サーチ』と魔名を唱えて魔力を流せば、なんと不思議。

ネックレスはブレスレットに、ブレスレットはネックレスに向かって引き寄せられる効果がでるんだ」


 へー。なんだか便利そうだな。それにデザインもシンプルだし……。

 ネックレスもブレスレットも、鎖はシンプルな銀で出来ていて、鎖に通された輪っかの先には小さな水晶がついていた。

 

「おっちゃん、でもこれ結構高いんじゃない?」

「ん? まあ多少はするが、そこまでじゃないよ。

魔法っていっても低位の魔法だ。相手がしっかり身につけてないといけないし、この都市内とかなら大丈夫だが、それ以上になってしまうと効かなくなっちまうしな。

兄ちゃん、プレゼントかい? 銀貨五枚でいいさね」


 ふむ、それくらいなら買ってもいいな。効果はそこまでのものじゃないけど、もしドリーが迷子にでもなった時にはいいかもしれない。


「よし、買いますね。あ、包まないでいいんで」


 袋に入れてくれようとするおっちゃんを制し、店を離れる。

 歩きながら、ブレスレットの長さを調節して外れないようにし、ドリーの腕にはめてやった。


『あ……ありがとうごじゃます相棒』


 照れてしまったのか、手をぐーにしたりパーにしたりと忙しなく動き、少し噛みながらお礼を言ってくるドリー。だが段々照れよりも嬉しさのほうが大きくなってきたのか上機嫌になっていき……。


 通りすがりのおじいちゃんに腕を付き出し。

『あっそこのお爺さん、ちょっと見て下さい実は私の相棒がですねっ』

 側を通ったお姉さんに腕を振り。

『おっとそこのお姉さん、このブレスレットは……』


 嬉しいのはわかったけど、知らない人に見せびらかすのはやめなさい。

 まあ、喜んでくれたみたいで、良かったけども……。 


 ◆


 ある程度祭りを回り、堪能した所で時計を見ると、時間は後数分で【二十一時】を回ろうとしていた。


「おーーーい、メイどんっ。ここだぁ」


 見れば、混み合う人々から、その巨体でドランだけ突き抜けている。ドランは俺に向かって手を振り、こちらに向かって近づいてきた。

 おーやっと来たのか。結構時間掛かったんだな。


「ドラン遅かったな。まだ祭りはやってるから焦んなくてもいいぞー」

「全く、どれだけ時間が掛かっているのやら。よしッ。ドラン祭りを堪能しようぞ」

「ラングさんは散々遊んだではないですか」

『ですが、リーンちゃんも人の事言えませんっ』


 ドリー残念ながら、その言葉はブーメランの如くドリーに戻っていくからな。

 だが俺たちの言葉を聞いても、ドランは少し浮かないをしているようだった。


「……メイどん、ちょっと斡旋所で聞いた話なんだけども。この祭りは『水晶平原』消滅を祝う祭りらしいんだで」

「おお、案外早く伝わってるもんだな。めでたいことには変りないし良いじゃないか」


 俺たちが村に着くまで遊んでた事もあり、結構時間かかってしまったからな。多分その間に誰かが気づいて広まったのかな?


「いや、それなんだけども……」

 

 ドランの言葉を遮る様に、音が鳴る。澄みきった高音が、不愉快な音ではなく、楽器が奏でる高音に近い音だろうか。


 音の源は、遠くに立っていた時計塔からのようだ。時間を知らせる為の鐘なのかもしれない。

 水晶で鐘でも作っているんだろうか? 綺麗な音だな。


 だが、その音が鳴った途端、祭りの雰囲気がガラリと変わった気がした。ざわざわと人々が落ち着きなく話をし、城に続いている道に向けて視線を向けている。

 警戒、ではなく少しの緊張、それに歓喜の視線だと感じた。

 俺の耳に近くで話をしている人達の声が聞こえてくる。


〈おい、来るぞ〉

〈おお、一目見とかねーとな〉

〈まさか本当に現れるとはな、これでやっと……〉

〈本物かよ?〉

〈わかんねーよ、でも水晶平原は……〉


 なんなんだ? この祭りに何か関係があるのだろうか。

 

 人々が向ける視線の先――城の方向から何かがやってくる。

 それは豪奢な馬車。白い馬に緩やかに引かれた水晶馬車の天井には人が乗れるようになっており、そこには数人の男女が立っている。

 人々が大通りの中心に向かって群がっていき、それを見ていたドランが、静かに口を開く。

 

「メイどん覚えてるとは思うけんども、あそこに立っているのは、おらが最初に一緒にいた走破者達だで」


 そう言われてみれば覚えがあった。

 中心に立ったリーダー格であろう茶髪の男。茶色の長髪を風にのせ、切れ長の目に端正な顔つき、白銀の鎧を着こみ、上から白い下地に金糸で装飾された法衣を纏っている。左右の腰に一本ずつ剣を下げ、人々に向かってニコヤカに手を振っている。

 周りにいる連中にも見覚えがあった。確か――鷲鼻の男性がシーフのラッセル。デカイ岩みたいな顔した男戦士がゴラッソ。金髪の顔立ちは整っているがどこかケバイ女魔法使いがジャイナだったっけ?

 全員前に見た時よりも明らかに良い装備を身につけており、彼らの懐具合がかなり潤っているのだろうと想像がついた。

 

 だが一人だけ、見たことない女性が乗っている。

 歳は俺と同じくらいだろうか。長い水色の髪、どこか人懐っこいさを感じさせるクリクリ、と丸い目に蒼い瞳、水色のドレスの胸元は、ふっくらと押し上げられ中々の『宝物』をお持ちになっているようだった。

 ほほう、やりおる。リーンにも少し分けてあげればいいのにな。

 そんな馬鹿な事を考えていると横からドランが話を続けてくる。


「斡旋所で聞ける範囲で話を聞いてきたんだけども、あの走破者達は、おらに伝えた依頼以外に『水晶平原、走破』の依頼も受けてたらしいんだ。

んで、そのリーダーの名前が『クロムウェル・メルウエリン』」


 おお? どこかで聞いた名前だな。

 記憶の底をさらってみると、グランウッドでの記憶が引っかる。

 ――確か王妃が話してくれた胡散臭い伝承に出てくる名前だったよな。

 リーンは疑わしそうな顔で、ラングはどこか不貞腐れた顔でドランの話に反応を示している。


「おらも他の走破者達の名前は知ってたけども、彼の名前だけ知らんかっただよ。大して話もしてながったし。

 一応全員が一級走破者って事はしっていたんだけんども……」


 聞いていくと、段々話の全容が見えてきたな。


「つまりはあれか、クロムウェルという名前、一級走破者という実績、受けていた依頼、依頼期間中に消滅した獄級。それが相まって今の状態になっている、と」


 俺の言葉にドランが頷き、リーンが同意を示してくる。


「多分そういうことでしょうね。名前は恐らく偽物でしょうけど、あの走破者達がきちんと依頼を受けていたならこうなっても可笑しくはないわね」

「しかしリーン殿、あやつらは依頼を達成してはおらんではないか。何かこう、手柄を奪われたようで納得がいかんッ」


 ラングが苛立ちを顕にし、尻尾を地面に叩きつけている。

 

「でもラングさん、私たちが何を言っても無駄よ。走破者にとって、国からの依頼を受けている、というのが一番の証拠になるのだから」

「まあ、どっちでも良くないか? 逆に考えれば面倒事全部請け負ってくれてるわけだし、むしろ、やっほいみたいな」


 俺の言葉にリーンとラングは溜息を吐きながら額に手を当て、頭を振る。

 な、なんだよ、別に良いじゃないか。旅をするのに手柄なんていらないし。お金は依頼受けたり結晶売ってれば、それほど困らないんだから。


「悔しくないのメイってば。私たちがあんなに頑張って主を倒したのに」

「じゃあ逆に聞くけど。リーンはあの走破者達みたいに馬車の上に乗って、にっこり手を振り、キャイキャイ言われたいのか。旅とかできなくなっちゃうよ?」


 俺の言葉で想像したのかリーンはゲンナリした顔をして勘弁して、という顔をした。

 そのままラングに向かい更に言葉を重ねる。


「ラングはあれか、手柄の為に人助けをしていたのかーそれは知らなかったなー」

「そんなわけなかろうがッ、別に手柄なんぞ欲しくないッ。むしろくれてやるわ」


 ラングはプルプル、と拳を握り、天に向かって突き出した。

 ――流石ラング、なんて扱いやすい奴なんだ。

 そしてドランは……。


「いやいや、おら、あんな注目されたら緊張で死んでしまうだよっ」


 目を向けた瞬間からその大きな掌をこちらに向け、慌てて振っている。

 

 ほらみろ、皆別に要らないんじゃん名誉とか。

 大体そんなもん貰ったら国から出られなくなっちゃうじゃないか。国ごとに斡旋所を管理してるっていうんなら、貴重な戦力や広告塔をできるだけ手放したくないわけだし、偽物だろうが本物だろうがある程度実力があれば、国自体が活気づくんだから居て損はないしな。

 それにクロムウェルって名前が本当かは知らないけど、聞いた話じゃ名乗ってるとモンスターに狙われるんだろ? すげーよ勇気あるわ、まじで勘弁してもらいたいだろそんなの。


「まあそういうわけで、別に気にする事じゃないと思うんだよ。なあドリー?」

『はいっ。相棒の【大活躍】は私がちゃんと書き留めているので安心してくださいっ』


 何を安心していいのか、わからないよドリー。でも取り敢えず余り人には見せないでね、お願いだから。


 話をしている間にも、馬車は人々の間を通りぬけ、広場に向かい。そこで止まった。

 

「なんか始まるらしいな。いってみるか」


 俺の言葉で一様に頷く皆。

 やはり多少気になる事もあってか、俺たちも広場に向かって歩いて行く事にした。


 ◆◆◆◆◆


 着いてみれば凄まじいまでの人の数で、肝心の先が何も見えず困り果ててしまう。


「リーンどんは、この箱に乗るといいだよ。んでメイどんは、おらが……よいっしょっと」


 ドランは箱を横に降ろした後、俺の両脇に手をいれ、軽々と持ち上げ肩に乗せてくれる。

 リーンは下ろされた箱に飛び乗り腕を組み先を見る。


「うおおおお、たけええええ」『うひょー、中々の景色』

「ドランさんはいつもこんな視界で生きているのね。不思議な気分だわ」


 流石にドランの背丈は高く、更に肩に乗せてもらっているせいか、素晴らしい眺め。

 軽々と人の波の上をいき、広間の中心までよく見えた。

 ラングはどうするのかと思いきや、ひょいひょい、と身軽に建物を足場にジャンプして民家の天井に上がっていく。

 怒られても知らんからな俺。


 広間の中心で兵士達が武器を地面に突き立て並んでいるのが見える。その中央には先ほどの走破者達が並び、中心に立っていたドレス姿の女性が少し前に歩み出てきた。


〈ルカ様ーーー〉

〈ルカ姫様バンザーイ〉


 女性はどうやらこの国の姫なのか? 民衆達は大声を張り上げ腕を掲げる。

 手を掲げ民衆を制す姫。先ほどとは一転して広間が静まり返っていった。

 姫は静かに、厳かに口を開く。


【今日、この時。私はこの国に生まれた事を誇りに思いたい】


 何か魔法でもかかっているのか、静かな口調で語りかけて居るはずの声は辺りに響きわたっていく。


【――知っての通り、クレスタリアは水晶の産地。地下に眠る水晶を掘り出し、水晶の混じった地下水を魔法で凝固させ資材にしながらこの国は発展してきました。

そして……百年程前から現れた獄級『水晶平原』この区域のおかげで上質な水晶の取れる領土は減り、時折現れる水晶型のモンスターに脅かされる日々が始まりました……ですがっ!

私【ルカ・クレスタリア】が収める今代で、ここにいる走破者様達、そしてリーダーでもある『クロムウェル・メルウエリン』様が、ついに獄級の鎖を一つ断ち切り、この国を開放なさってくださりました。

 未だ我が国の脅威は残っておりますが。それでもこの希望の光りは消えることなどないでしょう。


 ――我が愛する民と、希望の英雄がいれば何も恐れる事はないのだから】


 姫の言葉と共に、クロムウェルと呼ばれる茶髪の男が前に出る。


〈クロムウェェェェルッ!〉

〈クロムウェル様ぁぁ〉


 沸き上がる歓声と共に腕を振り上げクロムウェルの名前を叫び続ける。


〈〈〈クロムウェルッ!! クロムウェルッ!!〉〉〉


「ひゃっほーークロムウェルッ!」『やっほーくろむぇっ!』

「なんでメイ達までやってるのよっ」

「何か盛り上がってたからつい」『相棒が楽しそうだったのでつい』


 しっかし凄い人気だなおい。

 やはり獄級という存在は、あるだけで人々にとってのストレスになっていたのだろう。

 

 ゆっくり前に出てきたクロムウェルは深呼吸を一つ行い、少し間を置いてから全体をゆっくり見渡し声を出す。


【――此度の獄級走破は、私だけの力で成し遂げたわけではありません。

此処に居るラッセル、ゴラッソ、ジャイナ。

仲間達がいなければ、支えられてなければ成し遂げられなかった事でしょう。


 苦しい日々、死んでいった者達。この国全ての人々の力があってこその獄級走破ッ。

クロムウェル・メルウエリンの名にかけて、クレスタリアに永遠の平和と安寧の日々をッ】


 クロムウェルは二本の剣を抜き放ち、空に掲げる。

 再度沸き上がる歓声と、興奮の熱気が辺りに散らばり、国全体が雄叫びを上げているかのようだった。


 誰もが興奮し周りが見えなくなっている中で、一瞬だけ、ほんの一瞬だけクロムウェルと視線が交わった。

 クロムウェルは、ほんの少し動揺を顔に出したようだったが、直ぐ様その顔に冷静さの仮面を貼り付ける。


 もしかして、気がついたのか。だがこちらは別に騒ぎを起こす気など毛頭ない。

 このままここに居るのも拙いか? 関わり合いにならないのが一番だろう。

 リーン達に身振り手振りで帰る事を伝え、俺達は、この場から離れることにした。





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動揺するってことは思ってたより肝太くはないんだな
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