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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶都市クレスタリア
34/109

都市と人混み祭りの前に買い物を



 門の前にはガヤガヤ、と人が溢れ、順番に街中に通されていく。

 なんかやたらと人が多いな。まだかなーこういう行列待つの苦手なんだよな俺。せめてリーンがいれば少しはましだったのに。 

 残念ながら、リーンは既に通行許可が降りている為、先に中に入って待って貰っている。

 

 待ちくたびれ、暇つぶしになにかないかと周りをキョロキョロしていると、ようやく自分の番になったようで、男性の番兵がこちらに話しかけてきた。


「では、次の方。

 クレスタリアには何をしに来られたのですか?」

「旅の途中で立ち寄りました。まだ決まってはいませんが、船に乗ろうとかと考えてる所ですね」

「結構。走破者登録をされているなら『走破者情報証』をこの水晶球にかざして下さい。なければ生まれた村、街などで発行される証明書、もしくは通行書をお願いします。肩に乗っているのは使い魔ですか? それならば、使い魔認定の印もお願いします」

「あ、はい。じゃあこれで」


 荷物袋から一枚のカードを出し、兵士が持っていたソフトボール程の水晶球にかざす。ドリーは指に付いている指輪を兵士に向かって見せる。

 なんかちょっとドキドキするなこれ。

 なぜか一人緊張してしまい、ドキドキしながら待っていると、水晶球が淡く青色に光り、その後徐々に消えていった。


「問題ありませんね。では街中での犯罪行為などくれぐれも、なさらぬように。どうぞ」


 無事許可もおり、兵士に礼を言い、街に向かう。

 あの水晶球はなんだったんだろ、賞金首とかになっていたら、他の色に光ったりするのかね? きっと赤じゃないかと予想してみる。まあ、安易な想像だけど。


「――そこの方、少々宜しいですか? 宜しいですよね」


 唐突に、声を掛けられ視線をやると、二十代後半くらいであろう男性がニコニコ、と笑みを貼付けこちらに顔を向けている。

 男性は金色の長髪を左右に分け、端正な顔つき、狐を思わせる細い目、そこから覗く金色の瞳がとても印象的だった。

 そろそろ、と近づいてくる男性の服は、青地に白の装飾がされた法衣の様な服。見ただけで多少なりとも身分の高い地位にいる事が見て取れる。


「なにか御用でしょうか?」


 もしこの男性が俺の思う通り、身分が高いのなら、余り迂闊な態度を取るわけにはいかない。

 注意を払いながらも、男に対して返答をする。


「そんなに警戒されなくても、少し質問をしたかっただけですよ。――いいですよね? 有難う御座います」


 相変わらず表情は笑顔で固定されており、中々相手の感情がつかめない。

 んー、取り敢えず、話をするしかないか? 遠慮したい所だけど、来て早々揉め事など起こしたくないし。仕方ない……。


「大した事は答えられないと思いますが、構いませんよ」

「それは有り難い、何処から来られたので? グランウッドから来てくれたのなら助かりますが、どうでしょう」

「え? あ、はい。グランウッドからですが……」

「そうですね、そうでしょう。それは良かった。最近グランウッド方面から肉沼が消失したとの噂を聞いたのですが、何か知っておりますか?」


 男の独特な話口調にどうにもペースが狂ってくる。迂闊な事を喋らないように気を付けないと。

 ――まあ、肉沼消失の件は別に話しても問題ないだろう。グルグル、と思考を回し、自分の中で考えを纏めていく。


「確かに……消失した、と話を聞きました。それ以上の事はよく知りませんが」

 

 これくらいなら大丈夫だろ。自分の言葉を一言、一言考えながら返答していく。

 それを聞いた男は、大仰に両手を広げ、俺の言葉に過剰なリアクションを取ってくる。


「それはめでたい、良かった良かった、おめでとう。噂が流れていたので気になって此処に来てみた甲斐がありました」


 わざわざなんでこんな所に、俺以外にもグランウッドから来た人はいるだろうし、噂が流れているくらいだから、街中で話を聞けばいいのに……まあ、この男は少し変わっているみたいだし、考えてもわからんな。

 それに質問にも答えたんだからもういいだろう。


「はぁ、じゃあ、もういいですか? 俺は行きますよ」


 どうにもこの男を相手にするのは疲れる……。

 早くリーンと合流したい俺は、さっさと、先に行こうとするが、男はおもむろに行く手を遮り、話を続けてきた。


「いえいえ、親切に教えて貰ったのですから、名前くらいは教えておかないといけません。常識です? 私の名前は『シャイド・ゲルガナム』はい、貴方のお名前をドウゾ」

「……メイ・クロウエです」

「なんだか珍しい響きですね。クロウエ、くろうぇ……あ、所でそれは本名で? 偽名とかじゃないですか、どうでしょう」

「いやいや本名ですって、なんで偽名になるんですか」

「聞きなれなかったもので、只の……確認ですよ。気になさらずどうぞ。いやいや、本当に、クロウエさんに出会えて良かった良かった。

さて、宜しいですよ。もう用事は終わったので」


 ――やっと終わりやがった、なんなんだいったい。さっさと中に行こう。コメカミをグリグリ、と指で抑えつけて軽くマッサージをし、シャイドに別れを告げる。


「良かった、じゃあ行きますからね」

「ハイハイ、どうぞどうぞ。クレスタリアは今日の夜から数日は祭りなので、ゆっくり『楽しんで』くださいね。はいさようなら」


 ヒラヒラ、と手を振るシャイドが初めて少し口を開けて笑う。

 気のせいか、その口内がやたらと赤く見えてしまった。


 ◆


 門の外もすごかったが都市内部は更に凄かった。人々の波。押しては引いて、大通りに溢れかえっている。

 

 まさか地面まで水晶板を貼ってあるとは思わなかったな。少し透明度が低いけど、滑らないように何か加工してあるのかな?

 家も、城も、地面まで、石材で作った上から水晶板が貼ってある。遠くに時計台が見えるが、どうやらそれも同じ作りのようだった。 

 

 人の多さに多少辟易しながらも、通りを歩いて行く。


 さっきシャイドが祭りがあるって言ってたしな。そのせいで人が増えてんのか? でも、丁度良い時期に着いたもんだな。グランウッドの祭りは行けなかったからな、今日の夜は祭りを回ってみるしかないだろう。


『それにしてもさっきは変な人に絡まれてしまいましたね、相棒』

「だよな、まあ、今日の祭りで思いっきり楽しんで忘れるさ」

『むはー、早く行きたいですっ』

「そうだな。でもまずリーン達を見つけないとな」

『リーンちゃんは、ちっちゃいですからね。見つけるのに一苦労です』


 まさかリーンもドリーに小さいと言われているとは思うまいて。

しかし、この人混みでどうやってリーンを探そうか……見つけられる気がしないぞ。


 溢れる人波の中からリーンを探すなど、砂漠で砂金を見つけるが如く……まあ、それはどう考えても言い過ぎだが、見つけづらい事には変りな……い?

 人混みの中で、何故かリーンが頭一つ、否。身体一つ突き出た状態で腕を組み、仁王立ちしているのが見えた。

横にはドランの頭が見えるし、ラングもあそこにいんのか? 何であんな目立ってるんだよあいつ。と、いうかどうなってんだあれ。

 

「メイ、遅いじゃない。待ちくたびれたわよ」


 よほど暇だったのだろう、リーンが俺に向かって手をブンブン振ってくる。

 ちょ、止めて。滅茶苦茶注目されて、恥ずかしいからッ。

 すぐにでも止めないと俺が羞恥心で耐え切れなくなりそうだったので、急いでリーンの元へと人を掻き分けながら進む。

  迷惑そうな顔をする人々に「ほんッとすいません」と謝りながらも、どうにかこうにか到着する。


 着いて見れば仕掛けは単純で、ドランが降ろした金属箱の上にリーンが立っていただけだった。


「いや悪い悪い、なんか門の途中で変な人に捕まっちゃてさ」

「もうっ、放っておけばいいじゃないそんな人。――あっ、後、ラングさん達がメイの宿も取ってくれてるわよ」


 腰に手を当て怒っています、と全身で強調してくるリーン。

 祭りの最中にでも何かおごって機嫌取るしかないなこれは。残る二人にも宿をとって貰ったし、お礼を言っておかないと。


「悪いな二人とも、助かったよ。ありがとう」

「別に構わんよ。大した手間じゃなかったのでな。中々良い宿をとってあるぞ」


 ラングが自信満々に胸を張り、宿の良さを強調するが……。


「まあ、全部おらがやったんだけども」

「こら、言うでないっ」


 即座にドランにばらされる。どうせそんなこったろうと思ったさ。


「おらが水晶平原に向かう前に、泊まってた宿だで、結構安くて良い所だから期待してくんろ」


 ドランが言うなら間違い無いだろう。こと、案内に関しては付き合いが浅くもドランの信用度は俺の中でダントツだ。

だが、良い宿を取った割には、ドランの顔は浮かなく、困った顔をしている様子だった。


「どうしたのドラン?」

「いんや、今頃おら、死んでる事になってそうだなーと思って」


 あー、斡旋所で確かにそうなってそうだな。あの時逃げていった走破者達は依頼の失敗を告げた筈だし、大分時間も空いてしまっている。

 ラングが前に死亡した事にされた時は「全く、またあの面倒臭い手続きをせねばならん」とかブツブツ言ってた気がする。

結構手続きって大変なのかね? 出来れば、俺は体験したくはないが……。


「手続きは面倒だけんど、仕方ねーだよ。まあ、おらはいいとして、メイどんは今からどうすんだ?」


 うーむ。今の時間は【十五時】か、祭りが始まるまではまだ四時間程あるだろう。

 一先ずローブを防具屋に修理に出しに行きたいな。後は『ボルト・ライン』の買い直しと、ドリーの武器の新調、手持ちはギリギリ金貨一枚……絶対足らん。

 仕方ない、命結晶を売るしかないな。クレスタリアまで来る道すがら、多少のモンスターは狩ったし、リーン達が水晶平原で別行動していた時に、モンスターを倒して水晶を回収していたらしく、それを少しわけてもらっている。

獄級モンスターの結晶を売るのは少し心配だが、あの水晶蟹レベルかタイタニアス程のモンスターの物じゃなければ大丈夫だろう。

あの小さい人型水晶のものって話だ、適当な予想だが三級か二級下位程度じゃないだろうか? あいつら、単独の強さはそれほどでもなかったし、――まあ単体で出てきた事なんて一回も無かったけどなッ。


 手持ちが少ないので結晶は、さっさと換金することに決める。

さすがに全部売るわけにもいかないので、多少は残しておかないと駄目だが。


「取り敢えず防具屋、武器屋、道具屋を回って一回宿に戻ろうと思う」

「じゃあ、おらは斡旋所に行ってくるだよ」

「あたしは宿でゆっくりしてるわね、お風呂も入りたいし」

「では自分は『魔道診療所』にでも行って一旦肩を見せてくるとしよう」


 全員が別行動か……ラングのいう魔道診療所ってのは多分医者の事で間違いないだろう。確かに低級の回復魔法と回復薬だけじゃどうかと思うしな。


「じゃあ【十九時】に宿で集合でいいか?」

「「「賛成」」」


 待ち合わせの時間を決め、皆バラバラに別れる。


 ◆


『ふふん、ふ~、お祭り~ってどんなのでしょうか~きっと、楽しくって、美味しくって、騒がしくってー美味しいー』


 何で美味しい二回言ったし。


 ドリーの調子っぱずれの歌を聞きながら、ドランに借りたクレスタリアマップを見ながら防具屋までやってきた。途中まではドランと一緒に向かい、斡旋所で結晶の換金もしてもらっている。ドランは何やら手続きをしていた様で置いていった。

しかし、驚いたな。一つ金貨一枚になったぞあれ、命結晶って単純に強さだけで値段決めてるってわけじゃないのかな? もしくは獄級のモンスターって特別結晶が強いのか? 多分人型水晶の強さよりも一ランク上位の金額なんじゃないかこれ?

まあ、俺としては、手持ちが金貨四枚、銀貨十枚、と暖かくなったから、細かい事はどうでもいいんだけど。

 

 防具屋のおじさんに修繕費、銀貨三十枚を払い、問題なくローブを修理してもらう事になった。

 ボロボロになっているインナーも同じものが有った為、買い直す。

 今までつけていた革鎧を売払い、メイスリール産の軽鎧を買うことにした。

 左肩から心臓を守るようにミスリルが覆っている、右肩は自由に動かせるようにか鎧が付いていない事もポイントだ、ドリーがあの位置に来るから鎧がくると乗せにくくなってしまう。

 鎧自体はとても簡素な装飾で、反射防止の為かミスリルの輝きをわざと消している。

 いつまでも汚れた衣服でいるのもなんなので、そのまま着替えて防具屋での買い物を終えた。


 そこから道具屋に向かい〈魔法紙〉を三枚(もちろん一つはボルト・ライン)。

 後は、回復役、包帯、薬草などの消耗品を補充した。


 今までリーンに魔法を入れてもらっていたが、水晶平原で仲間と離れ離れになってしまった事は記憶に新しい。

 流石に同じ事にならないようにはしたい……世の中何が起こるかは分からない。

 出来ることはやっておきたい、と思った俺は、道具屋のおじさんに〈吸印呪文〉を教えてもらい、メモを取っておく事に。

 これで何かあった時にでも自身で魔法を入れ替えることが出来るだろう。


 ローブ修繕に銀貨三十枚。インナー銀貨三十枚。メイスリール産の軽鎧で銀貨八十枚。

 道具屋で買った低級魔法紙二枚で銀貨二十枚。中級一枚で銀貨三十枚。

 それに魔法紙を纏めておける防水素材の入れ物銀貨三枚。消耗品購入で銀貨三枚。

 計金貨一枚と銀貨九十六枚、と想像よりも安くあがり、俺は意気揚々と武器屋へと向かった。



 ――チリーン。

 武器屋のドアに付いていたベルが鳴り店内に来客を知らせる。

「いらっしゃいませー」

 

 店の奥から人の良さそうな男性店員が一人現れ、俺の武器を見て一瞬だけ驚いた表情を浮かる。

 が、直ぐ様、営業スマイルに戻すといった中々の商売人っぽい挙動を見せた。


『相棒……猛者の香りがしますっ。気をつけてくださいっ』


 ああ、わかっている。もうあんな思いをして堪るものか……今日の予定はドリーのナイフを新調することだ、ミスリル製のナイフが確か銀貨二十枚程度だったはず、強化したいわけだし、資金としては銀貨五十〜出せて八十枚程か。絶対にナイフ以外の物は買わないし大丈夫。

 ――まかせろ、負けなどしないさドリー。


「お客様、今日はどんな商品をお探しに?」

「武器にするナイフを買いに、資金は『銀貨五十枚』で、いっぱいッ。いっぱいッですがー」


 最初に上限の金額を言うなんて馬鹿のすることさ、下限いっぱいで言っておくのがコツなんだよ。ふははは。

 心境を移さぬよう表情を変えない俺。

 俺の言葉を聞いた店員の目が一瞬きらり、と光ったのが見えた気がした。


「それはそれは、少々お待ちを」


 そういうと男性店員は一旦奥にはいり女性店員を一人連れてくる。そのまま店内からナイフを集め戻ってきた。

そして、カウンターに持ってきたナイフを置き、こちらに質問を投げかけてくる。


「刃渡りとかはお好みがおありで? 重量などは気にされますか?」 


 ふむ、此処は素直に言っておくべきか。


「刃渡りは長めで、重量はそれほど気にしなくて大丈夫です」

「では、これ、とこれ。後はこれもいいですね」


 そう言いながらカウンターに並ぶナイフを減らしていく。その中で一本のナイフを手に取り、こちらに差し出してきた。


「こちらは、ミスリルと堅鉄を混ぜて作られた物ですが、ミスリルの粘りと堅鉄の硬さ、その両方を併せ持つ中々の逸品です。金額の方も銀貨五十五枚のところをおまけで五十枚にしましょう」


 凄まじく良い品って程ではないが、悪くはないな……だがこれで終わるはずがない。


「しかし、私共としてはこちらよりも……」


 横に立っていた女性店員がスゥ、と一本のナイフを出してくる。

 そら来たッ! わかっていたさ俺だって成長しているんだッ。


『相棒、ここからが勝負ですよっ』


 おう、任せろぃ。

 店員にはドリーの声は伝えないようにしている。俺にだけ聞こえる声援を受け、気合を入れる。


「こちらが良いかと。このナイフは二級モンスター『一角熊』の角を特別な製法で削り出して作られたナイフ。刃渡りも長く強度も十分。素材は骨の為重量も軽い、とこれを進めずして何を進めろと、違いますか?」


 これは中々のものじゃないか? 値段次第ではこれに決めてもいい気がするが……。


「ただ、一つ問題がお値段の方なのですが……銀貨七十枚なのですよ」

「……あーちょっと高いかな。もう少し安ければ買える、かもしれないのに」

『へいへーい、いいですよ相棒っ』


「……こちらとしてはこのお値段でギリギリ、なのですよね。しかし、しかしですね。

今ならこのナイフに……高級研石と言われる『白色砥石』更にッ。握りに巻いてある皮を『雪原白虎』の皮に変更して、最高の握り心地をご提供。

今ならここまでつけて『六千八百九十ゴル』『六千八百九十ゴル』でお届けします」

「ええー店長こんなにつけていいんですか!?」


 テンポ良く相槌を入れてくる女性店員。てかこの人店長だったのか。


『相棒、中々良い条件なのでは?』


 うむ、そうだなドリー。ナイフ自体は良い物に見えるし、おまけも引き出し、少しだけだが料金もおまけしてもらっている。

 ……よし。


「そのナイフ買ったッツ」

「「お買い上げ、有難う御座いますー」」


 完璧だ。完璧すぎて自分が怖いくらいだな。これなら、もうグランウッドのおばちゃんに対抗できるかもしれない。

 今回は俺の勝ちだなっ。


 俺が一人で勝ち誇っていると、女性の店員が残ったナイフを回収して店内に戻そうとしているのが目に入った。


「キャッ!」


 だが、一人では持ちきれなかったのか一本のナイフが鞘からこぼれ落ち、抜き身のままカウンターに落下していく。

 ――スコンッ。

 抜き身のまま落ちたナイフは自重のみで木製のカウンターを容易く穿ち貫き、刃の根元まで突き刺さった。

 ――ッツ! なんだあのナイフすげーなおい。


「大丈夫だった? 怪我はないようだね。あーこのナイフ持って来ちゃったんだ、気を付けないといけないよ」


 店長は女性店員の安否を気遣い、声を掛けながらナイフを引きぬく。


「それにしても凄い切れ味でしたね」


 俺の言葉に店長はニコニコ、としながら、ナイフをかざし俺に見せてくれる。

刃の形はファルシオンに似ていて少し曲線を描いている。刃渡りは大振りのナタとナイフの中間程か。

だが注目するべきは素材だろう。どうも水晶で出来ているようで、色はどこか水を連想させる、とても綺麗なコバルトブルー。


 ――水晶、だよな。蒼いのはなんで……ん? よく見ると、刃の内部に何か入っているな。

 

 どうやら入っているのは蒼い金属芯。それが通した光を反射し蒼く見せているようだ。

 蒼い刃の根元には緑色の金属柄が続いていて、柄尻には刃と同じ様に蒼い水晶が付いている。

 俺は、思わずナイフに見惚れてしまい、ポツリと感想をこぼす。


「これは……凄いな」

『きれーーーーーい』


 ドリーはナイフを見て大喜び、肩の上ではしゃぎまわっている。


「流石お客様、お目が高くてらっしゃる。このナイフの刃はクレスタリア産の上質な水晶で出来ています。

 柄は温かみ溢れる『緑色鉱石』そして刻印が柄に刻まれているのですが、水晶内部の芯『蒼魔鉱』にも繋がっていましてね。元からの切れ味も相当なものなのですが、更にそこから『強度強化』『切れ味強化』を行える正しく業物。

 美しさもさるものながら、水晶自体、魔力をとても通しやすい素材なので、刻印から吸われる魔力は最小限に留めてくれると至れりつくせり……そうですね例えば」

 

 店長はカウンターの下から一本の白い棒を取り出す。


「これはあの『ロックスケルトン』の骨ですが、このナイフに魔力を通せば……ほら、このとおり」


 店長は骨をカウンターに置くと、刻印がある方の手でナイフを握り、トントン、と骨を切っていくではないかッ。

 すげええええ、ロックスケルトンが何かしらないけど、半端ねぇええ。


「まあっ、そんなものまで切れてしまうんですねっ」

 一緒に驚く女性店員。


『相棒ぅ、やってみたいですー。やってみたいですー』

 自分もやりたくて仕方ないドリー。


「どうぞ、お持ちになってみては?」

『はいっ、はいッ』


 店長の言葉にドリーが挙手をして嬉々としてナイフを受け取とり、骨をバカスカ切っては喜び、また切っては喜ぶはしゃぎよう。

 ドリー、次俺な、俺の番っ。

 

 持ってみれば、確かにナイフに魔力が流れこむ感覚がする。だがかなり消費は少ないようだし、握った骨も手触りだけでかなりの堅さとわかる。

 試しに切ってみれば容易く骨は輪切りになり、このナイフの切れ味の凄さを体感できた。


「いやーお連れ様にそのナイフがとてもお似合いですね。私、感心いたしました」

「可愛いっ。まるであつらえた様だわっ」

『え……そ、そうですか、エヘヘ、相棒聞きましたっ? 似合ってます?』

「うんうん、ドリーに凄く似合ってるよ」

『ぬへへ、えへへ……』


 クネクネ、と腕をくねらせ照れているドリー。でも本当に似合ってるのだからいいじゃないか。


「こちら当店自慢の一品ですが、お値段の方が金貨一枚銀貨三十枚と少々お高くなっていまして……お客様の提示された条件に見合わなかったので出す予定ではなかったのです。

 本当に惜しい! 今お買い頂ければ……元から持っていたお客様のナイフを引き取り、柄を雪原白虎の皮に、白色砥石もつけて『一万二千ゴル』でお売り出来たのですが……お客様の斧槍も凄まじい業物の様ですし、なにより所々水晶で出来ていると見受けられます。

 お揃いで水晶製の武器など圧巻でしょうねー」

「憧れちゃうわー」


 ふ、ふーん……お揃いね、うん。お揃いも悪く無いと思うよ俺。

 

「ただ『限定一本』のみしかない為、ここで逃されると、手に入れるのは難しくなってしまい……」

「このナイフッ、買ったあああ」『これに決まりですっ』

 ドリーと心を一つにして店長に向かって叫びを上げる。


「「お買い上げ有難う御座いますー」」

 


 ――ふぅ、いい買い物だったぜ。

 結局最初に買おうと思ったナイフは取りやめ、水晶製のナイフを買う事となった。おまけで腰袋に鉄粉も分けてもらい、満足感に満たされつつ、チリーン、と店のドアを開け外に出ていく。

 ドリーはナイフを相当気に入った様で【水色丸】と勝手に名前をつけて、鞘に入れたナイフを握りしめたまま、上機嫌で俺に話しかけてくる。


『いやー相棒っ【予定と違って】金貨一枚銀貨二十枚の大金を使ってしまいましたが、良い買い物でしたねっ』


 そうだな、ドリー。大分財布が、か……るくッ!?

 まさかッ!

 バッ、と振り返えると、ゆっくりと閉まるドア。その隙間から覗く店長の顔がニヤリ、と笑った様に見えた気がした。


「ま、ま……またしてもやられたあああああああああああ」


 沈みゆく夕日が都市を赤く染上げ、俺の叫び声が夕日に向かって響きわたっていった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

【雪原白虎】二級


 雪原に住み、獲物を狩る為に順応していったモンスター。

 全身が白い毛皮で覆われ、その皮に到るまで白く。昔は目撃者から全身が雪で出来ている等と噂されていた事もある。

 長い牙、鋭い爪、雪原を風の如く走り抜ける脚力、攻撃力と隠密性はかなりのものがあり、気がついたら首が飛んでいたなんて話も数々聞く。

 広範囲の魔法攻撃、と火属性の攻撃には弱い為、そこを付いていけば倒す事も可能だろう。

 引取り素材も牙、爪、毛皮、皮、と多く、それなりに高額。二級以上の走破者達から『プラチナタイガー』等とも呼ばれ、人気がある。


 ――――――――――――――――――――――――――――

【一角熊】三級


 体長三メートル程の熊型モンスター。主に森林、山、などの区域に住んでいる。

 額から生えた特徴的な一本角は、最大の攻撃力を誇る武器でもあり、強さのパラメーター。

 その角の大きさが大きければ、大きいほど、個体としての強さも上がっていき、噂では、二級クラスの強さを持つ一角熊も居たとされている。 

 豪腕から振るわれる爪の薙払い。角を生かした突進、突き上げ、と完全なパワーファイター。

 力比べで対抗せず、素早さで撹乱しつつ徐々に弱らせていくのをお勧めする。

 引取り素材は毛皮に堅牢な堅さを誇る角。斡旋所まで持っていけばそこそこの値段で引き取ってもらえるだろう。


 ――――――――――――――――――――――――――――

 【俺メモ】

 

『緑色鉱石』

 緑色の鉱石、森林区域などで取れるらしく、土の魔力と相性が良いらしい。

 

『蒼魔鉱』

 ミスリルと水辺で取れる蒼色鉱石を混ぜた物。魔力をよく通す為、武器の芯などに使われる事もある。 


『ロックスケルトンの骨』

 ロックスケルトン、というモンスターの骨。その骨は堅さはかなりのものだが、衝撃に弱くあまり装備等に使われたりはしない。武器の試し切りや、パフォーマンス等で武器屋などがよく引き取って行くらしい。

 

『白色砥石』

 滑らかな乳白色の砥石。目が細かく綺麗に仕上がると走破者達に大人気。砥石としてはかなり愛されている物らしい。

 ―――――――――――――――――――――――――――


 宿に帰り、リーンに色々と聞いてみた事をメモに纏める。

 魔物辞典も読んでモンスターも確認しておいた。

 ――くそ、良い物なのは間違いなかった。けどッ! あの店長、絶対最初からこのナイフを売りつけようとしていたに違いない。

 そう考えれば女性店員が落としたあの一連の動作さえ、計算された動き……武器屋さん、恐るべし。


 悔しさは感じるが、いつまでも落ち込んでいるわけにもいくまい、祭りが始まるのだから、楽しくいかないとな。





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まぁ値段に合うものを買えてるだけいいよね。いい店や
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