上がる気分と生きてる実感
まだ三時間程しか歩いていないのに、既に平原には何処から来たのか、動物や、小さいモンスター等がチラホラ、と目に入る。
凄いな。どっからやってきたんだろうか。やっぱり動物なんかは自然の変化に気が付き易いものなのかね?
そんな事に感心しながら、平原の景色を楽しみながら歩いて行く。
遠くまで広がる平原は、背の低い草が生えていて、風に揺られるそのさまは、波の如く、眼前の光景は、まるで緑の海原が広がっているようにも見えた。
所々ではむき出しの岩が、天に向かって突き出しているのも見て取れる。
結構ここって起伏あるよなー。地割れもあった事だし、昔なにかあったのかな? まあどっかにそんな話も残っているかもしれないな。そういうのを探して読んで見るってのも面白そうだよな。
しかし俺も体力がついたもんだな。リーンを楽々背負って歩き続けるなんて、前の俺には出来なか……。
――っはッ!?
今まで景色に目を奪われ、何も考えていなかったが、ここで重大な事実に気がついてしまった。
今、俺は、リーンを、背負っている。
そこまで気がつけば後は簡単だった。全ての意識を集中し、背中に当たる感触を確かめる。
やはり、女の子を背負うといえば、役得があるものだろ。この背に当たる金属質なゴツゴツ、とした感触。
――鎧じゃねーかッ!
ちくしょうッ。リーンが鎧さえ着ていなかったら……リーンだって『残念』ではあるが無くはないんだし、それに、最初に背負う時、何故、俺は足を抱えたッ……自然に後ろに手をやっていればッ。
これは間違いなく、人生での後悔ランキング五位以内には入る失態だろう。
急に黙り込んだ俺を不思議に思ったのか、背中のリーンが声を掛けてくる。
「メイ、どうしたの。なにかあった?」
「……いや、冷静な判断を、何時、いかなる時も出来るようにしないといけない。そんな事を考えてただけだ」
「そう……厳しい戦いだったものね」
「おっ、おう! そうだなっ」
「どうしたの?」
背負っているせいで、耳元でリーンに喋られ、少しドキドキしてしまったのは俺だけの秘密にしておこう。
リーンは背負われる事に関しては、既に抵抗を諦め、大人しくしてる。いや、もう逆に寛いでいるんじゃね? こいつ、と思ってしまうほどだった。
ドランに背負われていたラングは、魔法と薬のお陰か、さっさとドランの背から降り、自らの足で歩いている。
本当、体力あるなよなラングって。まだ背負われて三時間程しか経っていなかったのに、もう歩けるのか……いや、やせ我慢しているだけかもしれんが。
平原を堂々と歩くラングを眺めていると。その側で、ラングの事を心配そうに見ているドランが目に入る。
やはり、自分を助けた事で、大怪我をさせてしまった、とでも気に病んでいるのだろう。それを言うなら、俺の判断ミスだってあったんだ、ドランだけの所為ってわけじゃないんだけどな。
「ラングどん、あんまり無理はしたら駄目だで、遠慮せず背中に乗っていいけども」
「ドラン、そんな軟弱な事でどうする。自分は既に大丈夫だ。それに早々に片腕にも慣れておかないとまずかろう」
ドランはラングの言葉に肩を落としてしまい、俯きながらポツリ、と言葉をこぼす。
「おらの所為ですまねぇ……」
「別にお主でなくとも自分は助けていたのだ。命があれば十分だろう。それに片腕の方が逆に箔が付く、というものではないか?」
気にしていないのか……いや、気にしてはいるのだろう。強さを求める彼が片腕を落とし、――気にしない、落ち込まないはずが無いのだから。だがラングはきっと、救った事に関して、微塵も後悔などしていないのではないだろうか。
それがラングの尊敬する『彼』の強さに繋がる物なのだろう。
「まったく、お主も少しは自信をつけたらどうなのだっ。そんな事では強くはなれんぞ」
「が、頑張ってみるだよ」
それにしても、ドランに対するギスギスした雰囲気は無くなっているな。ラングの中でドランに対する感情に決着がついたのだろうか?
変わった、と言えばドランもそうだ。ラングに大して何処か遠慮、と共に尊敬? の様な感情が見え隠れしている気がする。
それが、少しだけ師弟関係にも見えてしまい、俺は思わず笑いをこぼしてしまう。
何事か、と気づいたラングとドランは、不思議そうに俺に視線を向けてきたが、取り敢えず二人に「なんでもない」と伝えて、歩き続けた。
◆◆◆◆◆
暫く歩いていると、少し大きめの川が流れているのを見つけた。川幅は十メートル程はあるだろうか?
手前側は緩やかに流れているが、奥は結構流れが速いみたいだ。
うーむ【十五時】か、水もあるし今日はこの辺りで一旦休んだほうが良いかもしれない。この先にまた水場があるかも分からないし。
「なあ、今日はここで休まないか? 後三時間もすれば日が沈んでくるだろうし」
「うむ、自分はそれで構わん」
「じゃあ、おらちょっと薪と食料探してくるだよ」
ドランはそういうと、辺りの散策に行ってしまう。
まあ、強いモンスターはいなさそうだったし、大丈夫だろ。危なくなったら逃げてくるだろうし。
『メイちゃんさん、川に行ってみましょうっ』
「そうだなドリー、魚とかいるかな? ちょっと見に行ってみようか」
「メイ殿、自分も行きますぞ、川と言えば修行の宝庫ですからな」
「いや、休めよお前は」
だが、ラングはまるで聞く耳を持たず、上機嫌で川に向かって行ってしまう。
――まったく、どんだけ修行好きなんだよ。溜息を一つ吐き、リーンを担ぎ川へ向かう。
川岸へと座り込み、荷物袋を漁り、丸い木に巻きつけられたテグスを取り出す。
前に、旅の途中で釣りで食料を補給するかもしれないと考え、道具屋で買っておいたのだが、正解だったな。流石に現代の釣り糸の様に、透明とはいかないが、かなり細く十分釣り糸として使えそうな気がする。
素材は、シルクリーク製の絹糸で出来ているらしく、強度はかなりの物、と道具屋が言っていたが、どうなのだろうか?
釣り針も買っておいたが、こちらは現代の物とそこまで大差ないようだ。やっぱみんな考えることは同じって事なんだろうな。
釣り用の魔法、なんてものも売っていたが、邪道すぎるだろそれは、と思い、道具と乾燥餌だけにしておいた。
「メイ殿、釣りですか? 自分はあまりやったことはないのですが面白いので?」
「ふふふ、ラング。釣りとは精神を集中する事によって、まるで瞑想のような修行効果をもたらすんだぞ。知らなかったの?」
「なんとッ! ならば、自分にも道具を貸しては貰えぬだろうかっ」
なんて簡単なんだこの漢は……よし、労働力ゲットだな。
待ちきれぬ様子のラングに予備の道具を渡し、川岸に穴を堀り、水を貯めておく。
リーンは隣でゴロゴロ、としながら俺とラングの釣りを眺めている。
「メイ、面白いの? 見てても私にはいまいち面白さが分からないのだけど」
「かわいそうな奴だ、釣りの面白さがわからないなんてっ。なあラング」
「うむ、これは良い修行になるようですぞ。心が穏やかになってきますな」
丸木から糸を伸ばし川へと垂らしていると不意にピクリ、と糸が引かれた感触が伝わってきた。
「ふははは、ラングお先に失礼するぜっ」
手で糸を巻き取り、掴み取る。魚は十五センチほどの大きさで、銀色の鱗が光りを反射しキラキラ、と光っていた。
おおー、なんだっけこいつ。確か『銀色鮎』だっけか? 確かこいつは食べられる筈だよな。
一度グランウッドで食べた事があり、美味かったので、記憶に残っている。
氷の魔法なんて物があるお陰で、魚などの運搬も楽にできるのだろう、街などで魚を食べられるのは本当に助かる。
食事がマズイのは結構耐え難いものだしな。
上機嫌で、魚の口に掛かった針を外し、貯めた水の中に放り込む。いや、良かった。少し不安だったが、ちゃんと魚は居るようだ。
獄級が無くなった後に上流からでも降りてきたのかな。まあ、釣れるとわかったら安心して続けられるってもんだ。
だがそんな俺を、隣で恨めしそうに見つめるラングの存在に気がついてしまう。
唸りながら俺の釣った魚を見つめ、こちらに向かって指を突きつけ何か言いたい様子。
「先は越されましたが、まだまだ勝負は始まったばかり、負けはせぬ。負けはしませんぞっ」
なんで、いつのまに勝負になってんだよ。――だが勝負となったら負けたくはないし、受けてたってやろうじゃないか。
◆◆◆◆◆
一時間程釣りを続けて、今の釣果は俺が四匹、ラングが三匹。
中々ラングもやるようだが、このままいけば勝てる筈だ。
『相棒、ちょっといいですかっ』
肩に乗っていたドリーがそわそわ、と落ち着きなく、俺に声をかけてくる。
なんだろ、何か問題でもあったのか。
「どうしたのドリー。もしかして、釣りをしてみたいのか」
『い、いえっ、少しだけ遊びにいってもいいですか?』
ふむ、暇なのかもしれないな。ここら辺はモンスターは余り居ないようだし、いたとしても、弱い奴ばかりだろう。
何より、大抵のモンスターなら、ドリーなら負けはしないものな。
「よし、いいよ。余り遠くまで行ったら駄目だからな」
『はいっ。じゃあちょっと行ってきますねっ』
嬉しそうに肩から飛び降りたドリーは、根の足をパタパタ、と動かし川の上流に向かって遊びに行ってしまった。
さて、また釣りに戻ろうかと思い、川に顔を向けると、隣で大人しくしていたリーンが話しかけてくる。
「ねえ、メイ、私もやってみたい」
多分、余りに暇なのだろう、リーンが催促してくる、が……今は駄目だ。まだラングとの勝負が終わってはいないっ。
「ラング、あと三十分で勝負を決めよう。リーンはそれまで待っていてくれ」
「うむ、ここから巻き返してみせよう」
「メイ、ひーまーなーのよー」
ゴロンゴロン転がるリーンを一先ず放っておき、改めて釣りに集中しようとする。だが、どんぶらこ、と川の上流から流れてくる何かが目に入ってきた。
じっ、と目を凝らしてみれば、四角い木の板に乗ったドリー。
流れてきたドリーは、そのまま俺たちの眼前を滅茶苦茶、楽しそうに通りすぎていく。
『わー、いやっほーー』
…………。
暫くすると川下から木の板を上に掲げたドリーが岸へと上がり、上流に戻っていき、また流れていく。
『ぬふおぉぉ! きゃーー』
…………。
ドリーが上流に戻っていく途中、声をかけ、引き止める。
「なぁ、ドリー。その木の板はどこで見つけたんだ? ちょっと相棒に教えてみないか」
『はいっ。上流に丸太とか木の板が落ちていましたっ』
そう言うと、楽しそうに歩いて行くドリー。俺は努めて冷静さを装い、リーンにテグスを渡し、声を掛ける。
「……やはりリーンに頼らないといけないようだ。このテグスを預ける。頼りにしてるぞ」
「ふふふ、やっぱりね。よーし、任せなさい。頑張るわよ……って、ちょっと、いきなりなにしてるのよメイっ」
俺は、そそくさと荷物を置き、服を脱ぎ、ズボンだけになる。リーンが顔を赤くしてあわあわ、としているが構っている暇などなかった。
俺が着々と準備を進めていると、出かけていたドランが手に木々を抱え戻ってきた。だが、どうやら食料確保には失敗したらしく、木々以外、は持っていないようだ。
落ち込んだ様子のドランは、少し肩を落とし、話しかけてくる。
「薪は取れたけども、食料は、狼がはしっこくて、全然攻撃があたらねんだよー」
その言葉を聞き、思わず俺は納得してしまう。
ドランの身体能力で、草狼程度にやられはしないと思う。だがあの巨大な箱を振り回して攻撃するんだ、狼などの素早い相手だと、大振りの攻撃など、そう簡単には当たってくれはしないだろう。
水晶平原の主に関しては、完全にドランを戦力外に見ていた節があった。だからこそあの一撃が容易く当たってくれたのだ。
まあ、技術が足りない、なんて俺も一緒なんだけども。
俺がドランの話を聞き、色々と考えを巡らせていると、ラングが妙に焦りながら、ドランに話しかけ始める。
「うむ、ご苦労だったなドラン。少し休んでいるといいぞ、自分は少し用事が出来た。ここはお主に頼みたい。任せたぞっ」
そう、ドランに言い、同じくテグスを渡し、ラングもズボンだけになる。
こいつ……まさか、俺と同じ? まずい、こんな事考えている暇なんてなかった。――目的の物が大量にあるとは限らないだから、急がねばなるまい。
瞬時に判断し、上流に向かって駈け出すと、それを見たラングも並走してくる。そこからは、お互い先を譲らぬように牽制を続けていく。
「ラングっ、お前は少し休んでろって。まだ体力だって戻ってないんだろ」
「いやいや、メイ殿こそ休んでおられたらどうか? 自分は回復魔法に回復薬でもう大分回復しておるのでな」
「まあまあ、ほら、釣りで修行するんだろ。遠慮しないで続けろって」
「っはっはは、やはり片腕を無くした所為でバランスが崩れてしまっておってな。まずはそこを鍛えようと思いましてっ」
「ちくしょう、やはり目的のブツは一緒かッ。絶対に譲らないからなっ。
――ッ! よし、あった」
目的の『丸太』が一本岸辺に落ちているのを見つける。だが同時にラングも到着してしまい、俺とラングは丸太を挟み対峙した。
ピリピリ、とした空気が辺りに流れ、先程までのほのぼのとした雰囲気など既に皆無。
「片腕なんだ無理するなよ。ドリーがいなくてもそこまでハンデがあったら俺だってやれるぞ」
「ほほう、メイ殿、武器は先ほど置いてきたではないか。格闘戦で自分に勝てるとでも?」
っぐ、やばい。全然自信がない。――そうだ!ドリーが居る筈だ。ここは手を貸して貰い、なんとかラングを打倒するしかない。
ジリジリ、と距離を取りつつもドリーを探せば、今まさに、川へと飛び込んでいくドリーの勇姿が見えた。
『次は一番強い流れを制覇しますっ。見てて下さい相棒っ』
――バシャン。
飛び込んだドリーは川の流れを完全に読みきり、木板の上でバランスを取りながら下っていった。
なんだあれ……ちょっとかっこ良すぎるんじゃないか、ドリー。
「……なあ、ラング。この丸太は二人で乗り込まないか。やはり人類は醜い争いなどするものじゃないと思うんだ」
「……一理ありますな。ではメイ殿が前、自分が後ろで」
「よし、行くぞラング」
二人で川に飛び込み丸太を船に川を下る。ラングは後ろで丸太の上で立ち上がり、バランスを保ちながら立ち上がり、俺は先頭で流れを読切り舵をとる。
「ふはははは、楽勝だぜっ」
「ぬはははは、良い修行になるわっ」
『うおーー、相棒すげえー。ですがっ、私に勝てるとでも?』
やばい、なにこれ、超楽しい。
ドリーが余りにも楽しそうにしていたので、思わず自分もやりたくなってしまったが、これは楽しすぎるだろ。
川下まで下り、ドリーを丸太の上に乗せ、ラングと二人でわっしょい、と担ぎ上げ上流へとまた走る。
何度か繰り返し遊んでいると、途中でリーンに止められる。少し彼女の表情は怒っているようだった。
まずい、さすがに釣りを押し付けて遊んでいるのがまずかったか?
「メイ、魚が逃げるじゃないっ。やめてよね……釣り、それは私と魚との、一瞬を賭けた勝負なのよ」
どうやら、魚釣りが思いの外楽しかったらしい。既にプロ気取りの発言をかましてくるリーン。
――まあ、まだ一匹も釣れてないみたいですけどね。
対するドランは堅実に釣り上げているようで、貯めた魚は少し増えているようだった。
これなら任せても大丈夫そうだな。後は任せたぞドラン。心の中でエールを送り、上流へと走っていく。
◆◆◆◆◆
散々遊び倒し、日が落ち始める。いい加減準備を始めないとマズイと感じ、ドリーのスローイングナイフを借り、魚を捌き始める。
魚の腹を裂き、腸を取り、鱗をナイフで剥ぎながら水で洗う。袋に入れておいた拳程の大きがある岩塩の塊を、ナイフで削りながら魚にまぶしていく。
不思議な事に、海から塩を取る事は余り一般的ではないようで、店には岩塩ばかりが並んでいた。その割には値段は結構安く、不思議に思い聞いてみた所、綺麗な岩塩が豊富にある区域があるらしく、塩自体、大して貴重な物ではないらしい、とわかった。
まあ、此処ら辺りは、結構内陸部分だとリーンから聞いた事があるし、海から取るよりも近くにある岩塩のほうが主流になっているのかな? でも海から塩を取る、と言う話自体聞かないのだから少し可笑しな事でもあるのだが。
考えながらも手を止めず次々と魚を準備していく。あの後ドランが四匹、リーンが一匹釣り上げたらしく、合計十二匹の釣果が上がった。
魚自体は上流からでも降りてきたのだろうが、餌の虫などが少なかったのだろう、これだけの時間で、この釣果なら中々のものじゃないだろうか。
一人二匹もあれば十分だろう、と思い。残りの四匹は開きにし、塩水で洗い、目玉部分に紐を通してドランの箱に吊るしておく。
準備も終わり、ドランにそこらに生えていた岩を砕いて貰って、簡易のかまどを作る。
「じゃあ、私が魔法で火をつけましょうか」
リーンが横になりながらも薪に手をかざし魔法を使おうとするだが……そうはいかんっ。
「ちょっとまてえええい」『そこまでですっ』
「な、なによいきなり」
俺とドリーの上げた静止の声にビクリ、と身体を竦ませリーンが魔法を使おうとした手を止める。
「こんな事もあろうかと……こーんなこともあろうかとッ。持ってきていた物があるのだよ。
ドリー君、例のアレを取ってくれたまえ」
『はいっ。相棒』
ガサゴソ、と袋の中身を漁るドリーが取り出したのは一つの木箱。フタを開けると中には布が詰めてあって衝撃から中身を守るようにしてある。
中に入っているのは、四角い水晶と万華鏡に似た筒。そう、ゲイルさんから受け継いだ、魂の結晶『魔道具』である。
ドリーは筒の方を取り出し、恭しく俺に差し出してきた。筒を受け取り薪に向けて先を向ける。
「ご苦労。ドリー君、底を回しても……いいのだよ?」
『――ッツ! そ、そんなっ……宜しいんですかっ!?』
「ああ、構わんよ。思う存分回すがいいさ」
俺の言葉に恐る恐るドリーが手を伸ばし、筒の底を回す。
――カチリ。
音と共に先に火が灯る。
『むひょー、すげー。見ました? 今私が火をつけましたよ。ボッ、てなりましたボッって。ねっ相棒っ』
腕をグルグル回しはしゃぎ回るドリー。うむ、ういやつめ。
ラングとドランもその筒の起こした火を見つめ、俺に話しかけてきた。
「メイ殿、その筒はどこで買ったので? 是非教えていただきたいのだが」
「メイどん、おらあんなの初めて見ただよ。後でおらにもちょっと回させて欲しいんだけんども」
「分かってるさ、お前らの気持ちは痛いほどよく分かる。後で色々と話そうじゃないかっ」
そんな俺達を少し呆れた顔でリーンが眺めていて、溜息を一つ吐き、ポツリと呟く。
「これ、お兄様が作った『魔道具』よね……メイ達からお兄様と同じ臭いがするのだけど。全く、こんなのどこが面白いのかしら?」
分かってないなリーンのやつめ、ロマンやら遊び心がこんなにも詰まっていると言うのに。
◆◆◆◆◆
一頻り『魔道具』話も終わり、今日の晩飯が出来上がる。
鍋にはドリーに出してもらった野菜、それに干し肉をナイフで削って入れたスープ。魚は火の周りに棒に突き刺し焼いている。そこにドランが持っていたパンと、俺の持っていた分を皆に分ける。
リーンとラングの持っていた物は、地底湖に落ちた時に水に濡れ、駄目になってしまったらしい。
各々自分の椀を出し、スープを掬い、魚を取る。
俺も一本の焼けた魚を口に運んでいく。じゅわり、と口に魚と塩の味が広がっていった。
美味い……ちゃんと身は引き締まっているし、少しキツメの塩味が疲れた身体を癒してくれる。スープも飲んでみれば、干し肉を入れたお陰で中々の味に出来上がっていた。
十分だな、この味なら。
俺が一人で幸せを噛み締めていると、隣で岩に寄りかかって座っているリーンが俺に催促してきた。
「メイ、私、魚が食べたいわ」
そういうと、アーン、とこちらに向かって口を開け、飯をせびってくる。
こいつ、実はもう動けるんじゃねーか? と疑心暗鬼になりつつもリーンの口に魚を近づけ食べさせてやる。
もしゃもしゃ、と魚を食べ、嬉しそうな顔をするリーンを見ていると、なんだか、ヒヨコにでも餌をやっている気分になってくるんだが。
「美味しいわね。次はスープお願い」
「お前ちょっと遠慮しろよ、俺が食えねーじゃねーか」
「ふふん。動けないんだから仕方ないじゃないっ」
仕方ない、とは思うのだが、俺に向かって、ニヤニヤ、と笑いながら言ってくるリーンの顔を見ていると、その言葉の信頼性が極端にさがってくるの何故だろうか。
「くそっ。なんて胡散臭い態度だ」
絶対いつか仕返しをしてやる。と心のなかで誓い、せっせとリーンの口にスープを運んでやる。
『ここの、お水も中々のお味。やりますね水晶平原。あなたの勝ちですよっ』
一体何と勝負しているんだドリー。
……しかし、今日は皆、妙にテンションが高い気がする。まあ、仕方ないのかね。獄級からこうやって日常に出ると、開放感や安心感、色んな思いが溢れでてくるのだから。
溜息を一つ吐き「仕方ねーな。今日の所はもう少し甘やかしてやってもいいか」とか、思い直してリーンに食事を食わせてやる俺も、少しテンションが上がっているのだろう。
◆◆◆◆◆
食事も終え、ドリー、リーン、ドランは既に寝に入っている。
最初に見張りは俺が請け負い、火の番をしながら起きているのだが、疲れているはずのラングが未だ起きたまま座っていた。
「疲れてるんだろ、早く寝ろよなラング」
「うむ、そうなのだが、少し興奮してしまっていて眠れぬのだよ」
焚き火を見つめながら、ラングは無くした自分の腕を見つめ溜息を吐いている。
そうだよな。無くした腕を悔やむのは当然の事だ。
「やっぱり、気になるよな……ごめんな、俺の状況判断が甘くて腕、なくさせちまった」
俺の言葉を聞いたラングは顔をキョトン、とさせ、何故か笑い声を上げ始めた。
思わず不思議そうにラングを見つめると、それをみて更にラングは笑い声を上げる。
「ははは、メイ殿までそのような事を言うとは。腕の事は気にしてはおりませんよ。否、多少は落ち込みはしますが、結局メイ殿がいなくても自分は『水晶平原』を通り抜けたであろうし、襲われていた『走破者』達の助太刀に入っていましたからな。
そうなれば自分はたった一人で主の場所に着くまでも無く、あそこで水晶の一つとなっていた事でしょうな」
「でもさ、やっぱり気になるだろ?」
ラングの言うことも多少、納得は出来るのだが、先ほどの溜息を見てしまうと、自分の中で罪悪感が沸き上がってくるのは、どうにも止めようが無い。
そんな俺の心情を見ぬいたのか、ラングは先を続けてくれる。
「先ほどの溜息の事を気にしておられるのかな? あれは自分の不甲斐なさと、見る目の無さに呆れていただけだ」
ラングは少し複雑そうな顔をして、自分の頭をボリボリ、と掻いている。
一体どういう事なのだろうか? 疑問に思っていると、ラングは少し言いづらそうにだが、先を続けてくれた。
「まず、腕を無くしたのは自分の実力が不足していただけだろう。そして、なによりもドランの事ですな。
彼は、昔の自分では出来なかった事を見事やってのけたのだよ。
自分は命を救われ、その身で庇われ、それでも何も出来なかった。だがそんな自分とは違い、ドランはあの状況で動き、そして、やってのけた。
そのドランを臆病だと、決め付け、自分と重ねてしまった。改めて自分の見る目が無い事に気がつかされましたぞ」
言葉だけなら、自らを責めているだけにも聞こえた。だが、眼前のラングは何処か誇らしそうに、まぶしそうにドランを見つめ、口元を緩ませ笑っている。
その表情を見て、ラングは本当に気にしてないんだな、と何故か確信してしまう。
やっぱりラングは強いじゃないか……そんな思いを心の中で呟き、顔を上げる。
見上げれば、漫天の星空が輝き、美しい夜空が全てを覆い、見守っている様だった。
その光景を瞼に刻み、俺は、獄級から開放された事を、改めて実感し、生きていることに感謝していく。