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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶平原
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水晶平原【外伝】

 


 


 大凡、百年程前、クレスタリア、辺境の村に母と一人の子共が住んでいた。

 母の名は『ライラ』

 息子の名前は『ギト』


 父親は、村を襲ったモンスターに食い殺されてしまい、今は親子二人だけ。だがライラは悲しみにくれることなく、懸命に彼との絆である息子を育てていった。

 スクスク、と元気に育ったギトを見て、ライラは幸せを噛み締める。

 

 あなた、見てますか? もう六歳になりました。元気いっぱいに貴方の子供は育っています。


 毎朝、亡き夫に向かって元気に育っていく息子の報告をライラは忘れた事がない。

 昼間には、仕事の合間に息子と一緒に近くの平原に散歩に行くことを日課にし、夜になったら息子と二人で食事をする毎日。

 

 散歩に出かける平原はとても美しく、息子のお気に入りでもあった。

 その平原には凶暴なモンスターなど、国の管理で出てこなく、ライラにとっても癒される場所の一つだったのだ。


 だがある日、散歩の途中で地割れがおこり、美しい平原は引き裂かれ、ライラとギトは深い地割れに飲み込まれ、暗い地中に落ちていく。

 

 ――ボチャン。


 地割れの下に広がっていた地底湖に運良くも落ち、命が助かった二人は辺りを見渡し驚いた。

 そこは天然の水晶がビッシリと生えた洞窟。

 自分たちが落ちてきた、キラキラと光る地底湖が広がっている。

 

 地底湖が光っているのは、水晶の元となる成分が魔力を受けて輝いていたからだった。

 ここに出来た水晶は皆、蒸発した地底湖の水が洞窟内に徐々に張り付き出来たもの。

 その為洞窟内部の水晶も淡く光り、ライラとギトにしてみれば視界が闇に染まることも無く、有り難い事だった。

 だがなにより印象深かったのは、赤黒く輝くクリスタルが奥に鎮座していたことだろう。


 ライラとギトは出口を探して水晶の洞窟を歩きまわる。だがやっと見つけた先へと続く道は、地割れの為か、沢山の岩で塞がれ、通れなくなってしまっていた。


 途方にくれるライラだが、岩をどかして先に進む決意を固める。


 愛する息子を死なせたくない。元気にこれからも生きていて欲しい。


 ライラの思いは強く、息子を奥の広間で休ませて毎日毎日……岩をどかし、土を掘る。

 見渡すかぎり水晶しか無く、食べるものさえ儘ならない。

 近くに広がる光る地底湖の水を飲み、毎日毎日……岩をどかし、土を掘る。


 水しか飲めず、段々と衰弱していくギトを懸命に看病し、ある時は自分の腕を切り落として食べさせようかとも悩んだ。

 だが腕を切れば岩も退かせず、足を落とせば歩くことさえ出来なくなる。

 そうなれば自然と息子も死んでしまうだろう……ライラは何もしてやれない自分が、歯がゆく、恨めしい。

 

 今出来ることは一刻も早く岩をどかすことなんだ、と自分自身に言い聞かせ、やせ細った腕を血まみれにしながら、毎日毎日、道を開いていく。


 だがギトの体力は底をつき始め、ライラの飢餓は限界に達してきていた。

 

 なにか食べたい……食べ物はないのか。

 耐え切れないほどの飢餓感は、ライラの目に横たわる息子ですら美味そうに見せてくる。


 嫌よッ、絶対にそれだけは嫌よッ。


 金切り声を上げながら、必死に自分に歯止めをかける。

 近くにあった水晶柱を岩で砕き、破片を次々と飲み込んでいく。

 空腹を誤魔化したい、息子を食べたくないッ! 必死に水晶を割り、胃の中に納める。

 ギザギザ、と割れた水晶はライラの喉を切り裂いて、言葉すらも喋れなくなっていった。


 水晶を胃に収め、地底湖の水を飲み、栄養すら満足に取れず、ライラの美しかった金髪は全て抜け落ち無くなった。


 気が狂いそうになりながらも、原型の無くなってきた素手で道を開く。

 

 私にもっと力があったらッ。

 岩に負けない強さがあったらッ。

 岩盤など貫ける鋭さがあればッ。


 欲しい、欲しい。息子を助ける力が欲しい。全てを貫く力が欲しい。


 だがそんなライラの心の拠り所であったギドは、二度と立ち上がる事は無くなってしまう。


 嫌よッ嫌ッ。いやあああああああああああああああああああああああああ。


 ライラは心のなかで叫び続ける。声にもだして叫び続ける。

 既にまともな声すら出なくなってしまった金切り声は、反響し洞窟内に響き渡る。

 

 ――大丈夫、大丈夫よギト……。

 地底湖のあった広間で、ライラは背中に死んだ息子を背負い、地面に膝つき祈り続ける。


 助けて下さい、助けてください。私のギトを助けてください。


 ライラの顔は、絶望しか感じられぬ、悲哀の表情に染めあがり、目からは滂沱の涙がこぼれ落ちる。

 延々と水晶を喰らい、地底湖の水を飲み続けたライラの涙は水晶になり、洞窟全てを埋め尽くす。


 流れた涙がライラを覆い、彼女自身が水晶と成り果てた。

 奥深くで永遠に祈りを捧げ続けながら……。


 あらら、ギトも寂しいわよね。そうねお友達を捕まえてあげましょう。何がいいかしら? 巨人さん、オオカミさん、人間でもいいわね。

 

 あれだけ真っ直ぐだったライラの思いは、水晶となって反射し、捻くれ、歪み狂ってしまった。

 見つける生き物を捕まえて、息子の為に保管する。

 

 繰り返し、繰り返し。

 繰り返し、繰り返し、繰り返し。


 ライラの涙が水晶を産み、いつしか……平原全てがライラの涙で覆われた。 

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