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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶平原
30/109

水晶平原【最終】

 


 幾ら決意を固めても、ただ対峙しているだけで、あの威圧感は生存本能を刺激し、恐怖が内から込み上がる。

だがこのまま殺られる訳にはいかない。

こちらを待ち構え、動かぬ主。――今のうちに出来ることをしておかないと。


「ドリー全員に新魔法、その後、魔水を飲んで魔力回復をしてくれ。ドラン回復薬はその箱に入ってるか? あるなら三本程出してくれ」

『任せてくださいっ【フィジカル・ブースト】』


 ドリーが覚えた水魔法が発動し、俺達の身体能力を少しだけ上げ、身体に力が漲ってくる。

結構効果あるもんだな……前にサイフォスさんが使っていた『オーバー・アクセル』の下位互換版ではあるけど、格上との戦闘じゃ、少しでも自身の能力を上げる魔法は有り難い。


「メイどん、回復薬出したんだけんども」

「お、有難うドラン、助かるよ」


 ドランが主を気にしながらも、ジャラリ、と背負う為に付いている鎖を鳴らし、箱を開け回復薬を取り出してくれる。

それを受け取り、俺、リーン、ラングの三人で飲み干す。

 よし、耳の違和感も大分取れてきたな。しかし回復薬は余り回復した気がしないな。身体が少しは楽になった気もするが、やはり高価なものじゃないとそんなに効かないのかね。まあ贅沢は言ってられないけどさ。

 準備も整い、武器を構え今度はこちらから打って出る。何をしてくるか分からない相手に後手後手では分が悪い。


「リーンとラング前衛、少し下がって俺がフォローに入る。ドランは万が一の為に後方で道具を少し取り出して待機しててくれ」

「了解よ」

「応ッ」

「それくらいなら、おらにも」


 ドランを残し、逆三角形の陣形のまま、主に向かって疾走していく。

迎え討つ主は、両手を天井に伸ばし、鍾乳洞状に生えている水晶を二本引き千切った。

右手に持った一本の水晶柱をポン、と中空にほうり投げ、そのまま右手で殴り飛ばしてくる。殴られた水晶はバラバラに砕け、尖った破片が雨あられ、とこちらに向かって襲いかかってくる。

 リーンとラングは自分に当たる物のみを選別し弾き飛ばし、速度を緩めず、身体を捻り、抜けていく。

 流石に俺はあんな真似が出来るはずもなく、走る速度を緩め、槍斧を風車の様に回転させ破片を防いでいく。時折、抜けてくる物もあったがドリーが撃ち落とし、どうにか無事に突破出来た。


 前を行く二人に向かって、主が右腕全体を水晶刀に変形させ、薙ぎ払ってきたが、リーンは伏せ、ラングは軽く飛び、躱す。

俺まで届く攻撃ではなかったのだが、眼前の空間が引き裂かれてしまった様な錯覚に、一瞬陥ってしまった。

それほどまでに鋭く、威力ある一撃だった事が、嫌でもわかってしまった。

 ――これは受け止められるような攻撃じゃないな。


『フレア・ボムズ』


 主が攻撃を振り切った隙に、リーンが右手を向けて魔名を唱える。

リーンの周りに現れた複数の火炎球が、主に向かって殺到していき、攻撃を振り切った体勢だった為に避ける事もできず、連続する爆発音と共に、主の右半身に着弾していった。

ラングも振り切り終わった水晶刀の腹を力任せに蹴り上げる。

 

 ――ガギッィン。


 甲高い音が鳴り、強度の弱い腹部分を蹴られた水晶刀に微かなヒビが入った。ラングと入れ替わるように位置を替え、俺はそのヒビに向かって力任せに槍斧を振り下ろす。


 俺の手に、硬くはあるが確かな手応えを感じて主の腕を見れば、先ほどまでよりも更にヒビが広がっているのが見て取れた。

よし、このままイケルんじゃないか? せめて片腕を落とせれば大分楽になるはずだしな。リーンの魔法を受けた右半身も割れまではしていないけど、表面が黒く煤けているし、このまま押していこう……。


 だが俺の浅はかな希望を嘲笑うかの様に、主が左手に持っていた水晶柱を口に運ぶ。

ゴリゴリ、と水晶柱を容易く噛み砕き、飲み込んでいく。


「おいおい、冗談は止めてくれよな。まさかと思うが……」


 嫌な予感がして、警戒を解かず観察していると、ひび割れていた筈の右手が治っていき、煤けていた右半身が、透き通った水の様な透明度を取り戻していく。

 まじかよ、巫山戯んなって。獄級の主ってのは、どいつもこいつも、こんなんばっかりかよッ!


「リーン、ラング。駄目だ、速攻で倒すか、水晶を食わせないようにしないとキリがないぞ。取り敢えず、全体に攻撃を分散させてくれ。もしかしたら弱点があるかもしれない」

「そうね、魔法は節約しながら様子見をしましょう」

「うむ、先ほど腕は駄目な様子でしたな。違う場所を狙っていくとしよう」


 方針も決まり、気になってチラリ、とドランの方は見てみれば、どうやらまだ無事な様子。主からすればドランは眼中に無いのだろう、あちらを狙って隙を見せるのが嫌なのか、今の所狙われる様子もないのは幸いだったが。


『相棒、まずは狙い易い所からいきましょう。無理は禁物ですっ』

「応、ドリーも何か気づいたら教えてくれ」

「メイ、来るわよッ」


 リーンの言葉に反応し、繰り出される手刀を避けていく。地面が抉れ、裂かれた空気が荒れ狂う。

ある程度お互いをフォロー出来る位置を保ちながら、攻撃を避け、水晶の身体を攻撃していく。腹、肩、胸。次々と攻撃を加えてみるが、少しの傷が入るだけでどうにも効いた気がしない。


 ――今まで気にした事がなかったが、正直言えば絶対的に武器の威力が足りていない。爺の武器だ、業物には違いはないのだが、リーンの持つ剣程の武器ではない。ラングの持つ手甲と脚甲も相当な業物なんだろうし、なにより打撃がこいつと相性が良い。


 俺の武器は、普通の武器に比べれば良い物なのだが、実際はただ単純に、頑丈で、あの爺自体が凄まじく強かっただけだったらしい。

 かといって別に切れ味が悪い、と言うわけではないんだけどな。金属製の扉を斬った事あるし。でもこいつ相手だと今の俺の技術じゃまともに攻撃が通じない。せめてもう少し俺に技術があれば、武器がもう少し切れ味が鋭ければ、今言っても仕方ない事ではあるのだが、獄級の主相手にすると、やはりどうしても気になってくる。

 強くなりたい……弱いままでいたくない。

 

 俺が心の中で自分の無力さを噛み締めている間にも、リーンとラングは主に攻撃し続けている。


 ラングが主の繰り出した手刀を避け、そのまま腕を駆け上る。頭部に攻撃を加えようとするも、歯をむき出しにして噛み付いてくる主のせいでやむを得ず、一旦下がって戻って来る。

 リーンの方は余り大きな魔法は使わずに、各場所に炎弾を撃ち込んでいるようだ。幾つか炎弾は命中しているようだが、主の背負う水晶柱に飛ぶ炎弾は、主の手で握りつぶされてしまった。


「メイ殿、頭部を庇っていましたぞ」

「こっちも、背中の水晶を庇っている節があるわ」

『なんだか頭と背中の時だけ、可笑しな動きでしたっ』

 

今は俺に出来ることをしないと。脳裏に張り付く葛藤をしまい込み、皆の意見を元に考えを纏めていく。


 ――確かに頭部と背負う水晶柱には攻撃が一度も当たっていない。庇っている? 上手くいけば、これが突破口になるかもしれない。だが、まだ決め付けるのは早計だし、多少時間をかけてでも様子を見るべきだ。


「頭部と背中に集中させてみてくれ、たまに同時に攻撃してみてどちらが重要なのかを確かめてみよう」


 皆の同意を得て、頭部と背中を狙って攻撃を加えていく様に方針を固める。


 ◆◆◆◆◆


 凶悪な主の攻撃を避け続け、時折ドランから回復薬などを受け取りながら攻撃を続ける。

 しかしドランも中々やるんじゃないか? 怯えて逃げ惑っているが、時折飛んでいく主の攻撃を避け続けるのだって、簡単に出来ることじゃない。


 しかし、かなりの時間攻撃を続けているのだが、主は未だにまともなダメージを負った様子はない。だが隙を見ては延々と狙い続けてみてわかった事もある。同時に狙っていけば頭部には当たる事があるのに、背中の水晶には未だ一撃たりとも直撃していない。

 完全に背中を庇っている。あそこが弱点なんじゃないのか? 試してみる価値はありそうだな。

ドリーにむかって小声で指示をだす。


「ドリー、頭と見せかけて背中を狙おう。皆にだけ伝える事ってできるか? もしできるなら伝えてくれ。主がこっちの言葉を理解しているかは分からないが、念の為だ」

『っふっふっふ、お安い御用ですっ、任せてください相棒っ。――リーンちゃん、かんがるさん。相棒からの伝言ですっ。頭部を狙うと見せかけて背中の水晶に全員で攻撃したいそうです』


 リーンとラングに上手く伝わった様で、リーンは小さく頷き、ラングは拳を打ち合わせ気合十分の様子だ。


「リーン、ラング。主の『頭』に集中攻撃するぞッ」

『ファイアー・ウォール』

 

 俺の言葉と同時にリーンの魔法が炎の壁を作り出し、主からの視線を遮った。

主は両手を振り上げ炎の壁を無視してこちらに攻撃をしてくる。が、そこには既に俺たちは居ない。

炎の壁を目眩ましに、既に場所を移動している。いままで俺たちが居た場所に主の両手が突き刺さり、炎の壁が霧散する。

その腕をラングが駆け上がり、リーンは左、俺は右から駆けていく。


『フレア・ボムズ』


 リーンの魔法が発動し、全ての火炎球が頭部に向かって殺到する。この魔法は攻撃の為では無く主の視界を更に遮る為のもの。腕を駆け上るラングは尻尾を打ちつけ飛び上がり、雄叫びと共に頭部に向かって跳びかかる。

その声を聞いた為か、腕を振り上げ頭部を庇う主。


「掛かったッ! 一斉に行くぞ」

『相棒、やっちまいましょうっ』

 ドリーの補助魔法をこの身に受けて、風の如く加速する。全力で蹴られた地面が砕かれて、砕かれた水晶の魔力光が漂っていく。今持てる自分の力と速度を武器に乗せ、水晶柱に向かって槍斧を振り下ろす。


「喰らいなさいッ」

 リーンの剣に火炎が纏い、赤い髪が靡き、彼女の通りすぎた後にはユラユラ、と火片が舞い散っている。彼女自身が紅い炎弾と化し、その一撃を叩き込む。


「ぬううりゃああああ」

 空中に飛ぶラング。攻撃を防ごうとする主の腕を更に蹴り上げ空高く飛ぶ。裂帛の気合を込めた蹴りに重力を乗せて流星の如く、背中の水晶柱に蹴りをぶちかます。


 ガギィ――――ッ!


 全ての攻撃が直撃し、広間に音だけが響き渡った。


 全てが傷一つ付けられずに弾かれた音が……。


「――嘘だろッ!? 弱点じゃねーのかよッ」


 手元に感じた感触は、今まで打ったどの場所よりも固く、何者も通さないとする強い意思さえ感じさせる手応えだった。

もし、仮にここが弱点だったとしても、本当に打つ手が無くなってしまう程の強度。 

 駄目だ、後は頭部位しか思いつかねーぞ。一旦ここから離れないと……だが、攻撃を受けた主の様子が少し可笑しい事に気がついた。ワナワナ、と身体を震わし、こちらに攻撃をしてくる様子がない。


 この隙に離れ、再度対峙する。


 …………ガァァァアアアアアアアアアアッ!!


 突然、今まで浮かべていた微笑みを憤怒の色に染め上げ、雄叫びを上げ、蒼い瞳の周りにビキビキ、と血管の様な物が浮かぶ。まるで周りが見えなくなったかの様に、拳を無秩序に打ち付け暴れ始めた。

 何だ、一体どうしたっていうんだ。いきなり怒り狂いやがって。主の変貌に戸惑い、一寸思考が働かなくなる。


 ――バチリッ。


 嫌な音が聞こえてくる。主が歯を噛みあわせ、両手の平を拝む形で合わせている。ここから見ても、歯と腕に凄まじい力を込めているのがわかり、そこから周囲に青白い電火が迸り始める。

生存本能が今すぐ逃げろ、と必死で伝えてくる。


「ここから離れろぉぉッ!」


 俺にはこれだけ叫ぶだけで精一杯だった。


 主が口を開き、腕を掲げた瞬間に、広間の天井から至る所に落雷が降り注ぐ。連続する落雷の音で耳は麻痺して聞こえないし、落ちてくる落雷を避けるだけで、なにも考えられなくなる。

 視界の端でラングが落雷を避けているのが見える。さらに、離れていたドランが落雷に追われ近づいて来てしまっているのも見えた。

リーンはッ? 彼女を見つけ無事である事は確認できた……だが必死に避けているリーンに主の右拳が振るわれた。

 あれは、避けられない……避けようとする場所全てに落雷が降り注ぎ、避ける事もできず、剣を盾に拳を受ける。


「――――ッ」


 拳を受けたリーンは軽々と吹き飛び、地面を転がっていき、動かなくなる。

嘘だよな、嘘だろ……。 


「リーン……リーンッ」


 頭が真っ白になり、ひたすらリーンに向かおうとする俺をドリーが必死に止める。


『待って、相棒落ち着いてくださいっ。大丈夫ですっ、リーンちゃんは死んでいませんっ。だから落ち着いて』


 ドリーの言葉にハッ、と気づきリーンを見れば、少しだけ動いているのが見える。


 ――良かった、本当に良かった。死んでしまったのかと、また自分の力不足で無くしてしまうのかと思った。

冷静さをほんの少しだけ取り戻し、安堵の溜息を吐きそうになる。だがそれも束の間、ドランが主のすぐ近くまで追い込まれてしまっているのが見えてしまう。


 ドランを見つけた主は口を広げ、彼に向かって食らいついていく。



 

 ◆◆◆◆◆




 『自分』の近くでドラン殿が主に狙われているのが見えた。

 

 ドラン殿の事は実際好きでも嫌いでもない。ただ、自分の尊敬する『彼』を踏みにじられた気分になり、どうにも取り乱してしまうのだ。ただの八つ当たりであろう。わかっている。そんな事はわかっていた。

 ドラン殿を助ける義理もないし、そこまで好ましく思っていたわけでもないが、きっと『彼』ならこうするはずなのだ。

 尻尾を打ちつけ反動で加速する。地面を蹴り上げ間に合わせる。呆然とするドラン殿を左手で押し出し、寸での所で間合いから外してやった。


 ――ブチリッ。


 右肩に激痛が走り、肩から先を全てを、主に喰いちぎられてしまったのがわかってしまう。

地面に転がり、主を見上げれば。顔を戻し、クチャクチャ、と咀嚼音をさせながら自分の右腕を食らっているではないか。

ニタァ、とこちらを見つめながら、口を広げ真っ赤に染まった口内を魅せつけてくる。

 

 なんて腹立たしいモンスターだろうか。血がドンドン、と抜けていき、身体に力が入らない。

 自分はこのままここで死んでしまうのだろう。どれほど彼に近づけたのだろうか。わからない……だが助けた事に後悔などない。

 

 諦めが心を支配し、覚悟を決める。


 ふと、影が落ちる。主がきたか……だが様子が少々可笑しい。前を見れば、先程助けたドランが、身体を、膝を震わせ、否、身体全てを震わせながら、背中から箱を降ろし、鎖をその手に、自分と主の間に立っていた。


「……何をしておる、早く逃げろ。そんなに怯えていて……何ができる」


 力が抜け、かすれてる声で促した。何をしておるんだ此奴は、助かったのだから早く逃げればよいものを。


「いいいい、嫌だっ。オラは臆病で、弱虫でっ、鈍亀だけんども。強くなりたいんだっ。それがオラの両親への恩返しだで。

なのに、命まで助けて貰って、その人を見捨てて逃げたりしたら……おらぁ一生強くなんてなれねんだっ」


 目の前にいる……身体は大きく、ノミの心臓も持つドラゴニアン。逃げればいいのに意地を張り、声など恐怖で泣き声になっている。時折鼻水をすすっている音さえした。

 

 みっともない。

 カッコ悪い。

 だがどうしてか、その後姿が『彼』と重なって見えた気がした。


「おい、逃げろって、ラング、ドランッ」

『お願いです。逃げて下さいっ』


 メイ殿とドリー殿の叫び声が聞こえてくる。無理だ、間に合うまい。ドラン殿に抱えてもらい逃げても彼の速度じゃ逃げ切れまいよ。

 目の前で、主が獲物を捉えられると、歓喜の金切り声を上げている様子が見える。


 ――ギィィィいいいいいいッ!

「う……ガアアアアアアアアッ! かかか、掛かってくればいいだでッ。おらの両親から貰っだ、自慢の巨体は、おめぇなんかに負けねえんだッツ!」


 主に負けじと涙声で虚勢を張っているドラン、だが主に完全に舐めきられているのであろう。主は顔を喜色に染め、口を開き自分たちを飲み込もうと顔を近づける。


「来んなっ、向こうにいげえええ」


 吠えるドランは鎖を握り箱を振り回し始める。

 ガガッガッ。重量軽減の魔法を切ってあるのだろう金属箱は、その重さだけで地面を削りとり、鎖に引きずられ、油断していた主の額に直撃した。


 ――――ド……ゴォンッッ!!


 凄まじい音が響き渡り、主の頭が後ろに跳ね上がる。

 ゾワリ、と寒気が走った。身体が歓喜で震えてくる。苦しい筈なのに笑いが底からこみ上げる。


 ははっ……は、ドラン殿、いやドランッ。そうだ……それこそが、自分の憧れて止まない『彼』と同じドラゴニアン族ぞッ!


 薄れ行く意識の中で、心の中では歓喜が広がっていく。瞼には彼の背中が焼き付いていた。



 ◆◆◆◆◆



 俺の心境を語るなら……凄まじい、の一言しか出ないだろう。ドランの力任せの一撃は、直撃した主の頭部を、まるでピンボールの如く跳ね上げ、あの硬い頭部には深いヒビが広がっている。

攻撃を受けた主は額を押さえ、気色の悪い叫びを上げ続け、暴れている。

 駄目だ、呆けている場合じゃない。ラングだって片腕を失ったがまだ生きているんだ。リーンだって早く治療してやらないといけない。それに、あの臆病ドランが作ったこの好機、絶対に逃して堪るものかッ。


「ドランッ、リーンとラングを頼むッ。お前のお陰で光明が見えたッ」


 頭に浮かんだのは此処での苦い記憶や、敵の強さ。だがそこに賭けてみるしか今はないッ。


『相棒、一気に決めてしまいましょうっ』

「ああ、活路は見えた。行くぞドリー」


 いつの間にか落雷は止んでいて、広間には主の叫び声が響いている。だが俺の耳には徐々にその声すら入らなくなってくる。

 ……静かだな、集中するには丁度いいか。

 武器を握りしめ、一歩進み、魔名を六度、連続で唱える。


『エント・ボルト』


 更に、ドリーの補助魔法を受け、力が漲る……次第に速く、駆けていった。

バチバチ、と雷光を纏った槍斧が輝き、俺が駆けた後に光の線を残していく。

 主は叫ぶのを止め、天井に手を伸ばし水晶を一本もぎ取るが、駆け寄る俺を見つけ回復を諦めたようで、その手に持った水晶を殴り飛ばし、水晶弾を放ってくる。


『こんなの余裕ですもんね、相棒っ』

「そうだなドリー、やってやる」


 速度を緩めてなるものか、足を止めたりしやしない。

襲い来る水晶弾を全てを避ける事など出来るはずもなく、直撃だけは避けるも、身体の至る所に当たっていく。

構うものかっ、負けてなんてやるものかッ! ドリーが回復魔法を使ってくれているんだ。痛みさえ我慢すれば、意識さえ飛ばさなければ。

 ドロリ、と伝う血液が片目に入り、視界が真っ赤に染まっていった。


 俺に無理矢理近づかれた主は、慌てて左手を俺に向かって突き放つ。軽く飛び避け、そのまま腕の上を走る。


『フォロー・ウィンド』


 速度を、もっと勢いを。追い風に背を押され、紫電をまき散らしながら、さらに加速していく。

もう既に、細かい事など考えられなくなってしまっていた。


 不意に足元が揺れ、主が俺を落とそうとしてくるが、構わず腕を蹴り上げ宙に舞う。

眼前に、残った右手の壁が俺の進行を立ち塞いでくる。

 

 ――邪魔をするなよッ! 『ウィンド・リコイル』

右手を下に向け、空中で反動を利用し更に身体を浮かす。だがその勢いで前のめりに回転し、頭が地面に向き体勢が崩れる。


『このくらいっ』


 ドリーが主の手を土台にして前転の要領で回転を促し壁を越えていく。


『ウォーター・ボール』


 そのまま主の額のヒビに水球を打ち込んだ。速度を力に回転を重みに、重力さえも味方につけて。全身全霊の力を込めて、主の額に叩きこむ。


「とどめだぁぁッ!」


 静かな空間に破砕の音が染み渡る。放電の光で俺の視界が真っ白になっていった。

重力に引かれ、地面に落ちるのを感じる。

急速に近づく地面を徐々に認識して、どうにか着地には成功する。


 バッ、と顔を上げ、状況を確認する。どうなりやがったッ。確かな手応えはあった筈だ。

見れば、ピクリとも動かない主。額のヒビは先程までもより大きくなっている。

 

 ――ビクンッ。


 主の身体が微かに揺れ、次第に振動が激しくなっていく。

 電撃を受けた水晶の身体は主の意思に反して振動していく。ドリーの水球でヒビの奥まで行き届いた電撃が振動を生み出し……徐々に、ヒビが大きくなる……。


 ――ギィィイイイイァアヤアアアアアアアア嗚呼。


 叫び声が響き、キラキラ、と水晶を舞い散らせながら『水晶平原の主』は砕け散った……。


「勝てたのか? 勝てたんだよな…………そうだッ。リーン、ラングッ」


 どうなったんだ、二人は大丈夫だったのだろうか。

 振り向いてみれば、ドランが座り込みながら……いや、腰を抜かしながら、ラングの止血をして、薬草を塗りつけ包帯を巻き、無理矢理に回復薬を飲ませていた。バタバタ、と嫌がってラングが暴れているのが見える。

リーンの方も動けなくはあるが無事なようだった。


『相棒、やりましたねっ』

「そうだな。ギリギリ、どうにかなったみたいだ……」


 身体から力が抜けて、安堵の溜息を吐く。

 どうにかなった、もう一回やれと言われたって、絶対に出来ないと言い切る自信すらあった。


 辺りを見渡せば、砕け散る水晶が散乱している。

 ん? あれは……砕け散った主の破片の間に何かを見つけ近寄っていく。

 マネキンモドキとそっくりな姿をした水晶が破片の間に見つかり、その上に見たことのある「黒」「灰色」「白」「透明」の光る珠が浮かんでいる。


『おおー、キラキラ珠、綺麗ですねっ』

「なに、ドリーも見えるのこれ?」

『はい、キラキラしてますっ』


 うーむ、ドリーにも見えるのかこれ、しかしどうしようか。前回は灰色の珠が入ってきたんだよな。なんか色関係あんのかね?

 取り敢えず、白でも取ってみるか……白い珠に手を伸ばし、取ろうとするも、手から逃げるように遠のき、代わりに黒い珠が吸い込まれていく。

 頭と身体に何かが流れこんでくる。ズキリッ、と頭が痛みなぜかとても悲しい気分になってくる。

 

 なんだろうこの気分は……故郷に、いや母ちゃんに会いたくなってきたな。

 何故か不意に母親に会いたくなり、心が痛んだ。


 だが俺の心情などお構いなく、流れこんできたものが左手に向かい、持っていた武器がビキビキ、と音を立て変質し始めた。

 槍斧の色が変わり始め、金属と水晶が混ざり合って、少し透き通った黒蒼い色に変わってしまう。歪んだ三日月型の斧はより凶悪さを増し、打撃部分の歯車状の部分は尖っていく。なにやら、槍先も鋭さを増した様に感じられる。

所々には水晶で装飾が付き、斧、槍部分の、刃の部分だけが透き通った水晶で出来ている様だった。

柄尻に付いていた紅い鉱石は、変色して蒼い色になっているじゃないか。


 これは……なんだか。


『相棒、なんだか凶悪な感じでカッコイイですねっ』


 やめてっ、はっきり言わないでドリーっ……っぐ、すまんな爺さん、あんたから預かった武器は『不可抗力』でこうなってしまった。頼むから、次に会った時に怒らないでくれると有り難いです。お願いします。


 溜息を吐きつつ辺りを見渡し、例のクリスタルを探すと、主が居た背後に空間が有り、そこには相変わらず紅黒い色をしたクリスタルが内部に光の線を煌めかせながら鎮座していた。

変質してしまった武器を振り上げ、クリスタルめがけて振り下ろす。


 ――バキィーン。硬質な音がなり、クリスタルがあっけなく砕け散り、辺りを光が埋め尽くす。


 目を開ければ、一面水晶だった筈の広間には自然に出来たであろう水晶と、キラキラ光る地底湖のみが残り、辺りを岩壁が覆っていた。


「よし、取り敢えず。出口を探してみるか」

『アイサー』


 ◆◆◆◆◆


 動けないリーンを俺が背負い、ラングはドランが背負う。そして南に向かって地割れの底を延々と進んだ。

 

 ラングにありったけの魔法と回復薬を使ってみたが、自ら動けるほどには回復できなかった。そのお陰で、比較的軽傷だったリーンにも手が回らず、結局二人とも揃って自分で動けなかったのだ。


「ちょっと、メイ降ろして、大丈夫だからっ。おーろーしーてー」

「喧しいっ。動けないくせに耳元で騒ぐなって」

「ドラン、下ろさぬかっ。自分で歩けるわ、やめんかっ」

「ラングどん、嘘はいけねぇ。おら、力はあるだ、安心してくんろ」

『ふふふ、リーンちゃん相棒の上は居心地がいいんですよっ。やりましたねっ』


 やいやい騒ぎながら歩いて行くと、途中で自然に出来た洞窟に行き着き、その中を通ることに決め、徐々に上へと向かって歩いて行く。

 そのまま進んでいけば、先の方に明るい光が入ってきているのがわかった。その光を目指し、少し早足で歩いて行く。


 ――全員揃って外に出たが一瞬光に目が眩んでしまった。恐る恐る目を開けると、あの無機質な水晶の平原は様変わりしていて、緑の草が颯爽と平原一面に広がっている。優しい風が頬を撫で、遠くの方には川が見えた。いつの間に飛んできたのか、鳥が青い空を悠々と飛翔している。

――綺麗だな。こういう景色を見たくて旅に出たんだもんな。


『うひょー、蝶々さんが飛んでます。ぬわー見てください相棒っ、あの川の水は絶対美味しいですよっ。早くっ、早く行ってみましょうっ』


 ドリーがこんなに喜んでくれてるんだもんな。頑張って良かった、かな……。


 光りと命溢れる平原を見渡しながら歩いて行く。まだクレスタリアまでは距離があるだろうが、この景色を見ながらだったら悪くはない。







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― 新着の感想 ―
前の地獄級は軍隊がいい感じでこの地獄級は敵の数と質高いから無視しつつの少数精鋭が正解っぽく見えるなぁ、まぁ本当に強けりゃ全部少数精鋭でいいんだけどな
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