2−2
妙な痒みと頭痛のせいで目を覚ます、自分がどこにいるのか、一瞬理解が追いつかず混乱する。
「まだミイラにも、化物にもなっていないみたいだな」
自身の体をある程度確かめ一息つき、念のため木の隙間から外を確認する。
「とりあえず、外には何もいないみたいだが」
一先ず緊急の危険は迫っていないようだな……。しかし肌からのピリピリとした痒みと、ズキズキと響く頭痛はまだ続いているようだった。
「実はあの沼に毒とかあったらどうしよう……」
嫌な考えが頭をよぎるが、幸いにも目と口には沼の水は入ってはいなかったので、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせる事にした。
――まあ、確かに目と口に水は入ってはいないのだが、そこ以外のすべての場所が腐水に浸かり、それが乾いて服と髪はバリバリと固まっている。見れば全身真っ黒になり、臭いもとんでもないことになっていた。
「うげっ、これじゃ俺までモンスターみたいだな」
散々たる有様に思わずため息をついてしまう。木のウロから出る手段も思いつかず、とりあえず今の状況を振り返って考えてみる。あの化物達が出てきた穴から飛び込んだのだから、今自分がいる場所は化け物の巣で間違いないのではないか。
――だがいったいどこにこんな場所があったのだろう。今まで17年生きてきてあんな化物にあったこともないし、実際に出たなんて話しも聞かない。まさか異世界やら違う星からきた生命体なんて事だったりするのかもしれない。
いつもならこんな話を聞けば鼻で笑って「じゃあ目の前に連れてこいよ」とでも言ってやるのだが、実際目の前に連れてこられては何も言えない。
場所については結局の所、俺にとっては異世界でも地球外でも大した違いはない。一番マシなのはここが地球で、まだ見つかってない場所がありましたと言う場合だろうか。
――正直今の状況に愚痴もでるし悪態もどれだけ出しても尽きない。だが良く考えれば自分はかなり幸運だったのではないか、まだこの場所では肉巨人しか見ていない。人面樹だって巨人と同系統に見えなくもない。
ならばきっと、俺は巨人が出てきた穴に飛び込んだ為に〝此処〟に出たのではないか。
そうつまりは、巨人達の巣に。
考えれば考えるほど背筋が寒くなってくる。
もしウジが出てくる穴に飛び込んでいたら?
あの赤骸骨の穴だったら?
ウジの穴ならあの異常なほどの虫の数で、俺なんてあっというまに見つかってしまっただろう。
赤骸骨なら、あいつは服を着ていた事と、どことなく所作で知性を感じさせていたので、巨人から逃げるよりは、簡単にはいかないだろう。頭が良い化物なんて勘弁してもらいたい。
ここの巨人はグロイしデカイしデロデロしてはいるが、あまり知性は感じ無い。わかりやすく言えばバカといったところか。
――まあ、そのおかげで俺は今こうして生きているのだから、巨人のバカさ加減には感謝してもいいな。
しかしどうやってここから出ようか、いい加減ここからの脱出を考えるべきだ。
蹴破れるか試すか? 十中八九無駄だとは思うが……化物うろつくこんな場所で、食虫植物の如く出口を塞ぎ捕まえられたんだ、俺程度の蹴りで開く程度なら他の物だって捕まえられるわけがないとは思うんだよな。
「なんとかして外にでないと……頼む、まぐれでいいから開いてくれ」
祈るような気持ちでウロの奥まで下がり、勢いを付けるために前傾姿勢に構え力を貯める。
足に力を込め、木に向かって走りだそうと足を踏みだそうとした瞬間。――木に変化が現れた。
「な、なんだいきなり」
メキメキと音が鳴り、ウロの出口を埋めていた無数の手が、花弁を開くが如く左右に分かれる。
「出ても大丈夫なのか?」
どう考えてみても罠にしか見えず、ここから出たら化物に囲まれているんじゃないかと思い、ビクビクとしながら外に出た。
「あれ? 何もいないな」
てっきり罠だと思っていたので、外に出て何も無いことに拍子抜けしてしまった。取り敢えず周りを警戒していると、後ろの木からまた音が聞こえてくる。
後ろを振り向き木を視界に入れると、木の幹の一部がメキメキと盛り上がり、人型の上半身が生え出してきた。
真っ黒な人型の頭部から出てきた木の繊維が別れ、髪の毛のように伸び広がる。そして見た目がだんだんと整っていく。どうやら女性型のようでその顔を見ていると、きっと人間だったら可愛かっただろうなどと、しょーもない事を考えてしまう。
頭を振り、その妙な考えを外に追い出し、思考を元に戻す。俺が馬鹿な考えをしていた間も、彼女(?)は特に危害を加える様子もなく、ただこちらの顔をジーッと見つめていた。
取り敢えず警戒は解かずに話しかけてみようか、まあ、言葉が通じるかも分からないけど……。
「もしかしてお前が出してくれたのか?」
俺が声をかけると、その整った顔に笑みを浮かべブンブンと縦に振る。
まだ分からないが、この笑顔を見ているとなんだか悪い奴じゃなさそうな気がしてくるな。
「もしかして、出口を塞いだのも匿ってくれた?」
どうにも自分が無事だった事を考えると、そんな気がしてくる。聞いてみると、彼女は腕を組み、二度ほど頷き嬉しそうにしていた。
その人懐っこい仕草に思わず警戒を解いてしまう。
ふと、彼女はもしかしたら出口を知っていて、教えて貰えるかもしれない、と希望的観測が頭をよぎった。
「この沼から外に出たいのだけれど、君は外に通じている出口わかる?」
俺の質問に彼女は頷く。思わず小声で「よっしゃ!」とつぶやき拳をにぎりガッツポーズをしてしまった。
「じゃ、じゃあ教えてもらえる?」
思わず声が裏返りそうになりながら質問するが、彼女は困った顔で腕を組み、首をかしげている。
「教えるのはだめなのか?」
テンションが即座に落ちていき、やる気がなくなりしょぼくれていた俺を見て、彼女は急いで首を横に振るが、やっぱり困った顔で指を右に指したり左に指したりする。
――それを見ていて、もしかしたら出口までの道順が複雑すぎて説明出来ないのかもしれないと思い当たった。
「道順が説明できないからダメなのか?」
彼女はすまなそうな顔をして頷いた。方向だけでも彼女に聞くと、彼女は元々俺が向かおうとした道があると思われる方へ指を向ける。
まあ、あの巨人休憩所の先じゃなさそうなのが、わかっただけ良かったかな。
「ありがとう、じゃあまた巨人が来るかもしれないからもう行くよ」
振り返り出口に向かおうとするも、突然俺の後頭部にペシッとなにかが当たる。
――何かと思い振り返えれば、先程の樹女が手招きしているのが見えた。
仕方なく近づき、黙って見ていると、彼女は何か伝えたいのか、ジタバタとボディーランゲージをしてくる。
ここは俺の頭脳をフルに使い、解読を試みる事にしよう。
じたばた。
「ほうほう」
くねくね。
「なるほど」
わさわさ。
「はははっ、そいつは面白いなっ! ……じゃあそういうことで」
サッっ、と手を上げ出口に向かう。ダメだ、あいつ何が言いたいか訳がわからん。
さっさと出口に向かう俺の後頭部にゴスっっと何かがぶつかってきた。
「い、いってーなおい、何しやがる」
予想外の痛みに思わず振り返り、彼女に文句を言うと、彼女は俺の足元を指さしている。何かと思い足元を見下ろすとプカプカと、肘から下だけの黒い手が浮かんでいた。
思わず彼女を見ると右腕が同じだけ無くなっている。
わざわざ呼び止めるのに手をちぎって投げたのだろうか……だとしたら彼女は少し頭の弱い子なのだろう。
彼女は腰に左手を当て、落ちた黒い手を指差し次は俺を指す。拾えとでも言ってるのかだろうか、嫌々ながらも落ちている黒い手を拾い、彼女に向かって歩き出そうとするが、持っている手が突然動きだし、出口を指差す。
驚いて彼女を見ると今度は俺が持っている黒い手を指差し次は出口を指した。
「もしかしてこの黒い手で道案内してくれるのか?」
彼女は残った左手を前に突き出し、手を握り、親指を立て笑顔を浮かべている。
――なんてこった、実はこいつ天才なのではないだろうか。
さっきまでの頭の悪い子発言はすでに沼に捨て去り、彼女に尊敬の眼差しを向けた。
「ありがとうございました、お世話になります」
いつのまにか敬語になってしまったが、そこは気にせず、左手に黒い手を持ち、右手で彼女にブンブンと手を振り別れを告げる。彼女も手を振ってくれようとしているのか動き出す。
ふるふるふる、左手からなにやら動きを感じそちらを見ると、もげた右手がこちらに手を振っているのが見えた。
「気色悪いわぁぁぁー」
俺は思わず手に持っていた黒い手を投げ捨てる。しょうがないじゃないか、きっと誰だってそうする。
多分、彼女は思わず右手で手を振ってしまったのだろう、
やっぱりあいつはアホの子だった。彼女に対する印象はこの短い時間で二転三転し、最終的にはアホの子に落ち着くことになった。
ぽちゃん、と音がして沼に落ちた黒い手は、こちらに向かって手だけで、バタフライ泳法の如くバッシャバッシャと泳いでくる。その光景は、大分耐性が付いた俺じゃなかったら、きっとトラウマになっていただろう。足元まで来た黒い手はズボンをヨジヨジと登ってきて、俺の右肩に上がると少し服を掴み、まるでそこが自分の席だと言わんばかりにくつろいでいる。
さすがに呼ぶときに困るし、後で名前でも付けてみよう。
珍妙な相棒が出来た俺は、外に脱出する為に出口に向かって歩き出した。