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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶平原
27/109

4−7

 


 ……駄目だ進まなきゃ。身体が重い、足が鉛のようだ。武器を杖にしてヨロヨロ、と立ち上がり、ガツガツ、と柄尻を地面に打ちつけながら足を進める。心の底には、泥の様に溜まる、知人の言葉。


 先ほどのアレはなんだったんだ、偽物なのは分かっていた。水晶で出来ているのも見えていた。だが、俺はあの言葉を心底から否定する事が出来なかった。

俺自身きっと仕舞い込んでいた物があの水晶に映し出されたのだろうか? だとしたら、なんて俺は弱いのだろう。

肩に相棒がいないだけで、隣にリーンがいないだけで、仲間が側にいないだけで、ここまで簡単に打ちのめされてしまう。

なんて、なんて脆弱なのだろう。


 身体自体には大怪我など負っていないのに、ジクジク、と胸の痛みで顔が歪む。駄目だ、諦めるな。どんな目に逢おうとも、ドリー達だけは見捨てられない。

何故ここまで固執するのかは分からない。言葉にしてしまえば色々と出てくるが、そんなものとは関係の無い所で、相棒を見捨てることだけは出来ない、と己の魂が叫び声を上げる。


 フラフラ、と覚束無い歩みで進んでいけば、不意に視界が開ける。

ここは、地割れの底……なのか? 顔を上げれば、遙か上ではうっすらと光が入ってきているのが見える。

地上と変わらず水晶だらけなのは間違いないのだが。どことなく雰囲気が違う。

人工物から自然な物に変わったような違和感を感じる。突き出た水晶は淡い光を出しながら突き出しているし、何処から流れてきたのか、キラキラと光る川が流れていた。


 なんか、地上の水晶とは随分印象が違うな、ここの水晶は。試しに近くに生えている水晶を武器で叩くと、パキン、と音が鳴り折れる。

だが折れた水晶は光になどならないし、再生もしなかった。そうか、もしかして元からここにあったものなのか、この水晶は。

だとしたら消えない理由も説明がつくな。まあ、折角だし拾っていくか。

足元に落ちた、水晶の破片を袋にしまっていると、ふと、水筒の残りが少ないことに気がついた。


 大分飲んでしまったからな。このままじゃまずいよな、あの川の水は飲めるんだろうか? もし大丈夫そうなら補給しておかないと駄目だな。先がどれだけかかるのか分からないんだ。水だけは確保しておかないと……。


 辺りに注意しながら、キラキラと光る川に近づいていく。川の底は光る水面のせいで、何も見えやしなかった。

試しに武器を入れてみるが特に問題はなさそうだ。次に手を……大丈夫そうだな。そのまま手のひらで掬い飲んでみる。

……冷たい。ヒンヤリとした水は冷たく、少しだけ硬質的な味がした気がする。水晶の成分でも入っているのかもしれないな。皮の水筒に水を汲み、固くフタを閉める。


「あっ……」


 だが迂闊にも手が滑り、水筒を地面に落としてしまった。何をやっているんだ俺は。溜息を吐きながら、足元に転がった水筒を腰を折り拾い上げる。

 

 ――ズガンッ。俺の頭の上を何かが通り過ぎ、地面に突き刺さった。


 即座にその場を離れ、武器を構え振り返る。そこには俺の身長ほどの水晶で出来た鋏が、水面から地面に向かって突き刺さっていた。

危なかった。腰を屈めていなかったら、今頃俺は……頭を振り、嫌な想像を追い出し、気を引き締め直す。

水面から飛び出した鋏を目で追っていくと、先にはマネキンモドキの顔が二つ水面から覗いている。


 またアイツらか、いい加減見飽きたんだが。


 ――ゴポリッ。音と共に、水面が膨れ上がり、川からモンスターが這い出てくるのが見えた。水晶で出来た身体。八本の足、二本の鋏。マネキンモドキ顔だと思っていたものは、ピョンと飛び出した蟹の瞳代りに付いていた。


 飽きたとは言ったけど、こんな奴出てこいなんて言ってねーぞ。チキショウが。


 水晶蟹は八本の足でガツガツと走り寄ってきて、二本の鋏を巧みに使い、俺を攻撃してくる。武器で捌くが一撃が重い。巨大な鋏に似合わず、技も巧みで押される一方になってくる。


「駄目だこいつ強い。逃げないと……畜生、隙がねーよ」


 逃げ出そうとする俺を見てか、水晶蟹はブクブクと口から泡を出しこちらに吹きつけてくる。あれに当たったらどうなるかわからない。

武器で泡を叩き落すが、一つの泡がすり抜けて身体に当たりそうになり、反射的に左手の篭手で泡を払った。

――ピキピキ、と割った瞬間、篭手の表面が水晶で覆われてしまう。それを見て、焦って武器に目を向ければ、武器の表面にも同じく水晶が覆われてしまっている。


「くそっ。本格的に、当たるわけにはいかなくなったな。でも水生生物ならッ」

『ボルト・ライン』


 少なくとも蟹なのだし多少は効くんじゃないか? そう思いボルト・ラインを撃ってはみたが、水晶蟹の鋏でいともたやすく防がれてしまう。


 直撃したよな……その割には焦げ一つ付いてはいなんだが、なんだか、吸収されでもしたみたい……え、なんか様子が可笑しいぞ。動きが止まった?

唐突に蟹の動きが止まり、雷撃を受けた鋏がビリビリと振動し、そのまま鋏を振り上げ俺に向かって突き刺してくる。


「いきなりかよっ、あぶねえ」


 ――ガガガガガガッ。俺の真後ろにあった水晶柱が、蟹の放った鋏で、いともたやすく粉々になる。

おい、威力上がってるじゃねーか、どういう事だよ。もしかして雷属性を当てるとこうなるのか? だとしたら、自分の首を絞めただけじゃないかよ。


 次々と繰り出される鋏を間一髪で避けていく、避けるたびに水晶柱が粉々になっていき、辺りにキラキラとした破片が飛び散っていく。

どうにか避けてはいるのだが、徐々に徐々に追い詰められていき、最後には鋏が身体にかすってしまった。

――ッ! 声にならない叫びが口から漏れる。僅かにかすっただけだというのに、紙の様に吹き飛ぶ己の身体。衝撃と共に回る視界。地面に叩きつけられ、転がっている事だけは理解できた。


「っぐ、いてえ。取り敢えず、早く……早く起き上がらないと」


 くそ、駄目だ、まだ動けない。あの蟹、次はなにをしてくるか分からないが、絶対碌な事じゃない。もう少しだ、もう少しで動けるんだ。頼む、何もしないでいてくれッ。


 だが水晶蟹は俺が動けないのを確認すると、腹部分をガパリ、と開き、身体を地面に近づける。ガサガサ、ワラワラ、腹から大量の何かが這い出てくるのが見えた。

マネキンモドキの頭から、直接、鋏と足が生え出した子蟹達が、その水晶の歯をガチガチと鳴らしながら、俺に向かって群がってきている。

頼むから、俺の身体っ、動け、動け、動けっ!

だが先行していた二匹の子蟹が、ついに俺の身体にたどり着き、身体にしがみついてくる。

右肩に一匹、左太ももに一匹。


 ――ブチリッ。


「――――ッツ!」


 二箇所同時に激痛が走る。どうやら二匹の子蟹に肉を食いちぎられたようで、子蟹を見ると口元を真紅に染めてクチャクチャ、と俺から食いちぎったものを咀嚼している。

だがそれは同時に救いでもあった……余りの痛みに先ほどまで動かなかった身体が動き始める。


「俺はお前らの餌じゃねーぞッ」


 激痛で怒りがこみ上げ、力任せに肩にいる小蟹を掴み、地面に叩きつけ、太ももにいる子蟹に裏拳を振り下ろす。二匹の子蟹は甲高い音と共に砕け散った。


 ――ギイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛


 砕け散った子蟹を見て、親が憤怒の顔を浮かべ、地面を砕きながら、襲いかかってくる。

あの様子では逃げても執拗に追いかけてくるだろう……何か、何かないのか打開策は。痛む身体を押さえつけ、立ち上がり、辺りを見渡せば、目に入る一本の水晶柱。


「あれだっ、あそこまで行けばッ」


 頭に浮かんだ一つの案を信じ、敵に背を向け走り出す。背後から鳴り響く音からすれば、やはり水晶蟹は追ってきているようだ。

目に入る周りの景色が、ドンドン、と後ろに置き去りにされていく。蟹の迫る音も近づいて来ており、自分よりも僅かながら相手のほうが足が速いことが伺える。


 もう少しで、あそこまでたどり着く。目的の巨大水晶柱は目前に迫っていたが、その前にやらなければならない事が残っていた。


『ボルト・ライン』


 背後に向かって撃ち出した雷撃は、狙い通りに水晶蟹の右鋏に当たる。止まっていたはずの鋏が再度細かに振動し始めたのが見える。


 目的の水晶柱にたどり着き背中をつけて、息を飲み、敵を待ち構える。

迫り来る水晶蟹の威圧感は半端ではなく、緊張で喉がカラカラに渇いてしまっている。すぐさま逃げ出したくなるが、必死で堪える。きっと、逃げた所ですぐに捕まってしまう事は、分かりきっているのだから。

来い、お膳立てはしてやったんだ。やってこいッ、お前の自慢の突きを……。


 目前にせまった水晶蟹は、そのままの勢いで俺の顔面に向かって突きを繰り出してくる。

俺は瞬時に足の力を抜き、その場に座り込んで難を逃れる。頭上を豪腕が過ぎ去り、髪の毛を少量ちぎって持っていった。

そのまま鋏は背後の水晶柱に直撃し、一撃で粉砕してしまった。

相変わらずとんでもない威力だな。だが、狙い通りに動いてくれた事にだけは礼を言っておくぞ。

水晶蟹は座り込んだ俺を見下ろし、ニタリと瞳を笑わせる。そのまま空いた、左の鋏を振り上げ叩きつけ……。


「残念だったな糞蟹ッ、お前の負けだッ」


 ――ドゴンッ!


 辺りに音が響き、水晶蟹が、押しつぶされ、粉々になっている様子が見える。


 折られた水晶柱は自然に出来たものであり、折れても無くならない。つまり、折れた巨大な水晶柱が蟹に向かって倒れこみ、そのまま蟹を押しつぶす事に成功したというわけだ。


 正直かなりやばかった……蟹が突いてこなければ、この水晶が自然の物でなかったなら、途中で感づかれたら。上げ始めたらキリがない程、穴だらけの愚策。否、賭けであったのだろう。

――だが賭けには勝った。目の前にいる、潰れた水晶蟹から淡い光が飛び出し、俺の中に入ってくる。

蟹と一緒に結晶も壊れたのだろうな。久しぶりに感じる吸収の感覚。まだ足と肩は痛むが、身体が軽くなり、随分と楽になった。


 少し、精神の方も落ち着いてきたか? やはりあの場所はそういった精神を乱す何かがあったのだろう。まあ、心の奥に罪悪感が詰まっているのは間違いはないが……駄目だ、また気分が落ち込んできてしまう、今そんな事を続けていれば簡単に死んでしまいそうだ。気分を変えよう。よし、まずはケガの手当からしないといけないな。


 袋から包帯と薬草を取り出し、傷口に薬草を塗りこみ、上から包帯を巻いていく。徐々に痛みが和らいでいくのがわかった。

うーむ、薬草も馬鹿に出来たもんじゃないな。


 手当も終わり、大分痛みも引いてきた。早く先に進まないとな……倒れこんだ水晶柱から這いでて、仲間を探しに奥へと歩く。



 ◆◆◆◆◆



 隠れ、やり過ごし、時には倒す。


 先程出た、蟹程の強敵が出てこなかったの本当に助かった。

見たところ、地割れの底には死体入りの水晶は無いみたいだな。まあここまで進んでくる奴が、居なかっただけなのかもしれないが。

先に進むにつれ道幅が狭くなっていき、上部から入ってくる光も弱くなる。日が沈んできたのかもしれない。


 先を見れば地割れの終点と思わしき場所が見え、洞窟の様な穴がぽっかり、空いているのが見えた。

何で洞窟が……そうか、もしかしたら、元々水晶の鉱脈だったんじゃないか? そこを起点に地割れが走り、今みたいな状態になっている、と考えればこの形状も納得出来るかもしれない。


 ――ガジガジ。


 妙な音に目気づき、目を向ければ、二匹程の妙なモンスターが水晶に巻きつき齧り付いているのが見えた。

一メートルほどの大きさがあり、ミミズに似た細長い身体、先端部分と思わしき場所には人間の口だけ付いていた。

獄級って、本当こんな奴しかしないよな……水晶が餌なのか? 出来れば俺の事は食わないで貰えると有り難いんだが。


 だがそんな俺の願いなど、やはり相手には通じないようで、二匹の水晶喰いは俺に気がつき、飛び掛ってくる。

槍斧を二閃、飛び掛ってきた二匹の水晶喰いは、呆気無く砕け散り、地面に落ちる。

あれ? 弱くねーかこいつら。いや強くても困るわけだし、弱くてこちらは大助かりではあるんだけど。


 グラグラ、と足元の地面が揺れる。


 何だよ、地震……じゃない。なにか来るッ。俺の左右の地面が突如吹き飛び、地面から先ほどの奴とは比べ物にならない大きさの、水晶喰いが現れる。

一、二……五匹もいんのかよッ。あれか、さっきの奴の親ってわけか。こいつら相手は、絶対無理だ逃げよう。

幸いにもあの洞窟まで行ってしまえばこいつらは入ってこれないはず……だよな。とにかく行ってみてから考えるしかない。


「くそ、ここに来てから走ってばっかじゃないか。いい加減、ゆっくりさせてくれてもいいんじゃないか」


 走る俺の後を追い、地面から俺に向かって、飛び出す水晶喰い。相手の動き自体は、そこまで早くもない為、難なく避ける。


「よしそのまま地面にぶつかっちまえっ」


 少しだけそんな期待を胸に宿らせるが、呆気無く、地面を食いながら潜っていく水晶喰い。

っち、そうでしょうねー。そうだと、思っていましたって。期待してねーし。

不意に足元が揺れ、嫌な予感を感じ横に飛ぶ。先程までいた地面がはじけ飛び、潜っていった筈の水晶喰いが飛び出してくる。

五匹の水晶喰いが次々と俺を丸呑みにしようと飛び掛ってくる中を必死に走り、避けていく。


 あと少し、あと少し。ドンドン、と近づいてくる洞窟の入り口に、あと少しで入れる距離まで来た、だが、瞬間。はじけ飛ぶ前方の地面。

飛び出した六匹目の水晶喰いが大口を開けて、中から水晶塊を散弾の様に吐き出してきた。


 ――眼前に広がる水晶弾の壁。


「やられてたまるかあああああ」


 雄叫びを上げながら、武器で弾き、足で蹴り上げ、拳で打ち砕く。

――ガツンッ、一発の水晶弾が頭を掠め、ドロリ、と額から血が流れ落ちる。右の視界が真っ赤に染まり、視界が狭くなる。

構うものかッ。意識なんて飛ばさせやしない。吐き出される水晶弾の尽くを避け、そのまま一気に突っ切っていく。


「届けえええええ」


 洞窟の入口にそのまま飛び込んで行く。後ろで凄まじい震動が地面から伝わって来たが、どうにか助かったようだ。

水晶喰いは洞窟の入り口付近で壁に噛み付いているが、どうやらここの壁は再生速度が速いらしく、噛み砕いてもすぐに直っていっているようだ。


 ここまで、来れないみたいだな……助かった。しかし血が目に入ってどうにも邪魔臭いな。


 水筒の水で額を洗い、以前顔を隠していた布を頭に巻き付ける。

応急処置を終え、奥へと進んでいけば、かなり歩いた先で、左側に光る洞内湖が広がっていた。


「へー、綺麗なもんだな。これは絶対元からあったやつだな。獄級で素直に綺麗なんて思える時点で間違いないし……あれは?」


 よく見れば洞内湖の端から、何かが湖から上がってきた跡が見える。跡を追っていくと、少量の食べ残りと、見覚えのある使い捨ての道具。そして奥に続く痕跡が残っていた。


「き、きっとドリー達だっ、そうか……ここに落ちてきたのか。良かった、本当に良かった」


 ほぼ間違いないだろう。やはり彼女たちは生きていた。早く追いかけないと行けないのだが、今の俺は、涙がこぼれ落ちそうになるのを、嗚咽を吐き出しそうになるのを堪える事で精一杯だった。


 だが何時までもウダウダとはしていられない。顔をピシャリと叩き、奥に続く痕跡を頼りに先を進んでいく。

その足取りは先ほどとは比べ物にならないほど軽くなっていた。



 ◆◆◆◆◆



 落ちる、落ちていく。トロールの攻撃をどうにか受け止めたが〝私〟は濡れた地面で踏ん張りが効かず、なすすべなく暗い地割れに落ちていく。

――良かった、メイは落ちなかったのね。

落ちていく中で見えたのは、メイがギリギリで地割れから免れた様子。だが同時にドリーが落ちていくのも見えてしまった。


「ドリーちゃん、こっちに捕まってッ」


 空中で大剣をドリーに向かって必死で伸ばす。どうにか剣にしがみつけたようで、こちらに引っ張り、抱き寄せる。

胸の中では彼女がジタバタ、と暴れ必死に空に向かって手を伸ばしていた。

離れたくないのだろう、メイの元に戻りたいのだろう。落ちていくだけで何も出来ない自分がとても虚しく、悔しかった。


「ドリーちゃん、私が絶対にまた会わせてあげるからね……」


 どうやら、ラングとドランも一緒に落ちているようだ。自分が生き残れるかは分からない、でも彼女をまたメイに会わせてあげたい。


 落ちていく先を見ると、僅かながら光が見えた。どうやら地底湖にでもなっているらしく、水面がユラユラ、と光っている。

下が硬い地面じゃないなら……これなら助かるかもしれない。胸に希望の光が灯る。

ドリーを腕に抱き込み、足を下に、息を止め、水面に落ちていく。


 ――ザバンッ。水しぶきが舞い上がり、水中に入ったせいか、目の前が良く見えない。

どちらが上で、どちらが下なのだろう。混乱する頭の中。だが一瞬だが水面が見えた気がしてそちらに向かって泳いでいく。


「――ゲホッ、ゴホッ。どうやら生きてる、みたいね」


 先には岸が見える。そちらに向かって泳いでいると、近くにラングが気絶したドランを連れて泳いでいる姿が目に入った。

流石と言うしかないだろう。武器と魔法を抜けば身体の動かし方は彼が一番上手いのかもしれない。


 どうにか岸まで泳ぎ着き、這い上がる。


「ラングさん、ドランさんは生きているんですか?」

「うむ。ドラゴニアンの身体は丈夫だからな、この程度では死にはしないだろう」


 フンッ、と鼻を鳴らして、ドランを見るラング。そこまで嫌いなら助けなければいいのに……きっと彼なりの事情があるのだろうが、私にはよくわからない。


「ドリーちゃん、大丈夫だった?」


 腕の中のドリーに話しかけてみるが、しょんぼりと項垂れて、いつもの元気は全くないようだ。彼女を一撫でして少し開けた場所まで歩いて行く。

取り敢えず迂闊に動かないほうがいいだろう、一休みして身体を温め食事を取る事を提案する。


「だがメイ殿が危ないのでは? すぐに戻ったほうがいいと思うが」

「すぐに戻れるなら、私だってそうします。でもここから上がる方法も、進む方向も分からないのですから、まずは万全にしたほうがいいでしょう……それに、メイはきっと逃げ延びます、今までだって、そうだったのですから」

「……うむ。言われてみれば、そう思えるのが不思議ではあるが、一理ある、従おう」


 やはり彼にはどこかそう思わせる何かがあるのだろうか? あっさりと納得したラングに少し拍子抜けして、炎の魔法を使い暖を取る。

やっと起きたドランは話を聞き、必死にラングに礼を言っているが、ラングにあっさりと無視されている。

軽く炙った干し肉と、防水の袋に入れて置いたパンを食べ、交代で見張りをしながら服を乾かしていく。


 ドリーはモゾモゾ、と袋の中に入ったかと思うと、それから姿を見せなかった。


 可哀想だ、早く元気になって欲しい。またメイとドリーの楽しそうな姿を見ていたい。自分自身、やはり寂しいと感じているのだろう、沈んでいく気分は、戻りそうにはない。


 あれから長い間、ここから動いてはいない。幸いにも敵はでなかったようで、十分休めたのは助かった。仮眠を取り、体力も戻り、服も完全に乾いた。使い捨ての魔法薬や回復剤の瓶を端に押しやり、出発の準備を終える。


「ラングさん、ドランさん。準備はできてますか?」

「問題ないな」

「大丈夫だー。荷物詰めんのは得意だで」

「しかしリーン殿、右か、左どちらに進まれるのか」


 目の前は洞窟が通路になっているようで、右と左に別れている。正直落ちた時に方角が分からなくなっているので、どちらに進めばいいのかわからない。

――確か方角を知る道具が道具屋で売っていたわね、次の街で買っておかないといけないわね。

しかし、どちらに進むべきか。どうせ幾ら考えたって分からないのだから、自分の直感を信じて進むしかないだろう。


「左ね、左に行きましょう」

「うむ、リーン殿がそういうのなら、間違いはないのだろう」

「……左。おら右だと思うんだけんども、どうせおらが間違ってるに決まってるもんな」


 暫く洞窟内を歩いて行くと、地面から、メイがマネキンモドキと呼んでいたモンスターが十体程、現れた。

それぞれが手に水晶の武器を持ち一斉に襲いかかってくる。


 大剣を抜き、一匹のマネキンモドキを冗談から真っ二つに切り分ける。


 やはりこいつらはそこまで強くないわね。ラングを見ても、首や腕などの細くなっている部分を正確に狙い倒していくのが見えた。

だがどうにも動きにくい。私とラングだけだと連携が取りづらいのだ。

ドランのほうは怯えて逃げ回っているのが見える。まあ、元々戦力外に数えていたからいいのだが、ラングとの連携に関しては予想外だった。


 強敵がでたら危ないかもしれないと、心に不安がよぎっていく。


 マネキンモドキ達は問題なく片付けたのだが……ラングがやはり先程のドランの行動を見て苛立っているようでドランに大して、彼らしくない苛立ちをぶつけている。


「ドラン殿は誇り高きドラゴニアンだろう。いつまでも逃げてないで堂々と戦えばよかろうっ」

「いや、でもおらは……その」

「言いたい事があるならハッキリ言えばよかろうっ」

「ラングさん、やめてくださると助かります。騒がしい上に、彼は戦闘をしなくても良いとメイが約束しているでしょう?」

「ぐぬっ、しかしだな…………否、了承した」


 私の言葉に、苦虫を噛み潰したような顔をして渋々了承をするラング。

どうにも、空気が良くない。自分ではこの雰囲気を変えられない。やはりメイとドリーが私たちの関係をつなげていたのだろう。

彼がいなくなった途端に、一気にギスギス、とした空気に変わってしまっている。


 嫌な空気のまま先に進んでいくと、一つの開けた場所に出た。そこは水晶が鏡面のように磨き上げられ、四方を囲んでいる部屋。


 自分の姿が映し出されているのが見える。見れば髪がぼさぼさになってしまってるではないか。

酷い有様ね、またメイに怒られちゃうのかしら……自分の髪の毛を手で抑えつけてはみるが中々戻らない。


 ――ピシッ、ピキピキ。


 何かの音が聞こえ、視線をやれば、水晶で出来たドラゴニアンらしきモンスターが三匹、ラングとドランに向かい合っている。

ドランは涙をながしながら、謝り。ラングは身体を震わせながら何か話しかけている。


「おっとうっ、おっかあっ。おらが駄目なばっかりに生きてる間、苦労させて、すまねえ、本当にすまねえ。未だに臆病のままでなにも変わっていない、おらを許してくれええ」


「貴殿はあの時の……違うッ。自分は強くなった、あの時のままじゃないッ。だからッ、貴方を、死なせてしまった事を、どうか許してくれ……お願いだ」


 どういうわけか、二人は抵抗も出来ぬままに、水晶に首をしめられている。


「何をやっているんですか、目を覚ましてくださいッ」


 ――ピシリ。背後から音がした。


『やあ、リーン。こんなに大きくなったんだね』


 記憶にある、懐かしい声が頭に響く。


「……お父様。な、何で」


 振り返ればそこに、生前と“寸分違わぬ姿”で私に微笑む父の姿。


『リーンだって何でこんなところにいるんだい? 騎士になって私の替りに国を守ってはくれないのかい』

「待って、お父様。私にだって選びたい道が……」

『でも、私は国の為に命まで投げ打ったというのに、随分楽しそうじゃないか、なあリーン』


 騎士には憧れていた。でも私には向いていない。私だって自分の道を選びたい。


『そうか、私が守った国など、どうでも良いと言うことなのかな』

「違うッ。そんな事はないのっ」


 どうでもいいとは思っていない。でも私にはお父様程、広く皆を愛する心がない。


『寂しいものだな。リーンが国を守れないというなら……せめて私と一緒に来てくれないか?』


 ゆっくりと、のばされるその手に、私は抵抗する気力が無くなっていく。徐々に締まっていく私の首。意識が深く、遠く落ちていく。


「やめて、やめてお父様……」


 私に出来た抵抗は、ただ懇願するだけの、弱々しい言葉だけだった。



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