4−6
重なりあう水晶の中、逃げ切った事に対する安堵感が身体を巡る。気になるのは、目の前で震えながら礼を言ってくるこの男。結局、アイツらの仲間じゃないのか。それとも腰を抜かしていた為置いてかれただけか。反射的に、ラングに向かって助けるように頼んだ自分が言うのもなんだが、あの状況で腰を抜かされたら、仲間じゃないなら見捨てられても仕方のない事だろうとは思う。だがその彼が、俺達に頭を下げて必死で礼を言ってくる姿を見ていると、まあこれはこれで良かったのかな、と思ってしまう俺は単純なのだろう。
取り敢えず、あまり大騒ぎは出来ないので、小声でドラゴニアンの人と少しばかり話をする事にした。
「お礼はもういいって。仲間に置いてかれて災難だったな。でも腰抜かす程臆病なのに、なんであんな所に行ったんだよ」
「いんや。あの人達とは仲間とかではない。おらぁ、クレスタリアから荷物持ちで雇われただけだ。最初の話では、入り口だけ、って話だったのに。奥さドンドン進んでって、最後にはお前はドラゴニアンだから、モンスターと戦えって言われて……」
そういえば、ドラゴニアンって種族的にかなりの強さを持っているんだったか……こりゃ、荷物持ちで雇って危なくなったら体良く使おうって魂胆だったのかね。でも実際の所は想像以上の小心者だったと。
「でもなんだって荷物持ちなんてやってんのさ。もっと安全なのにすればいいのに」
わざわざ危険な場所に行くこともある荷物持ちなんてしないで、その体格を活かして、力仕事でもすれば良いと思ったんだが。何か理由でもあるんだろうか。
「おらぁ、体だけでかくて、翼が小さい、空も飛べねえぇ落ちこぼれだで。村でも馬鹿にされて……でも死んだ両親は、おらの事、大事に育ててくれて。死ぬ間際に、おらに優しくて、強い男になれ、って。戦闘するのは怖くて出来ないけど、せめて荷物持ちしながら勇気さ付けようと思って村を出たんだけども……」
両親の遺言ってやつか。臆病ではあるが、心根の優しい奴なんだろう。――しかし相変わらずラングの奴イラついているな。左前方で水晶に寄りかかりながら立っているラングは、目を瞑ったまま、苛立たしげに尻尾を動かしている。流石にあの反応は異常だ。もしかしたら憧れだけじゃなく、なにかラングなりの訳があるのかもしれないな。短い付き合いだが俺の知っているラングは、あのように他者を無駄に威圧する行動を取るような男ではなかった。そう、しいていえば〝正義漢〟とでも言えばいいのだろうか。
「取り敢えず。名前を聞いてもいいか? いつまでもアンタじゃアレだし」
「おらの名前は【ドラン・タイトラック】村の皆からは、鈍亀ドランって呼ばれてたけんども」
「そうか、俺はメイ・クロウエだ。ドランの事は一緒に連れて行こうとは思っている。でも戦闘はしなくて構わないから、今回みたいに動けなくなるのはやめてくれよ。もしそうなったら流石に次は置いて逃げるかもしれない」
「ありがてぇ。おらも、足さ引っ張らねーように、頑張るよぉ」
――自己紹介を終え握手を交わす。一応、他の皆も自己紹介はしたものの、ラングはポツリと名前を呟いただけで目も向けない。リーンも大して変わらず、座ったまま名前だけ名乗って終わりだ。……なんか空気重くね。とても居た堪れない気持ちになってくるんだが。
『相棒。ここはビシッと渾身の冗談でも言って、この場を和ませるべきではっ』
「ドリーそれは俺が赤っ恥をかくだけな気がするが」
『大丈夫ですっ。相棒の冗談は世界一ですっ』
「なにっ、それは知らなかったぞ。そうか、いつの間にか高みに登っていたようだな。だが残念ながらこの空気の中で冗談が飛ばせるほど、俺の心臓は強くない」
『口惜しいですっ。私の声が皆さんに聞こえれば、自慢の大樹冗句が飛び出したんですがっ』
何それ、めっちゃ聞きたい。
ドリーと会話している俺を、不思議そうに眺めているドラン。俺は軽い説明を含めてドリーを紹介する。
そしてさっきから気になっていたドランの背負う金属製の箱がなんなのか聞いてみたところ。どうやらあれは荷物入れのようで、中身の保護、重量軽減、強度の増加、の三つの刻印が彫られたミスリル製の荷物入れだそうだ。ドラン自身の魔力を吸い常時発動させてる為、ドラン自身は魔法が使えないとのこと。聞けば、かなり高価だったようだが、今まで荷物持ちでコツコツ貯めたお金使って、特注で作ったらしい。
話も一段落つき、外に顔を向けると、どうやらまた雨が振り出しているようだ。更には日も暮れてきたようなので、今日はここで夜を明かすしかないだろう。流石に火を使うわけにもいかず、干し肉とドリーに出してもらった野菜を食べる。今日の所はラング、ドラン、リーン、俺、の順番に交代で睡眠を取る事にした。――たまにモンスターの足音らしきものが聞こえてきたりもするが、今のところは問題ないようだ。
俺の寝る順番がやっと回ってきたようで、疲れた身体を冷たい水晶に預け、段々と重くなっていく瞼をゆっくりと閉じ意識を落としていった。
◆◆◆◆◆
「メイッ、起きてッ」
リーンの切羽詰った声に、意識が急激に覚醒していく。なんだ、何かあったのかっ。周囲に目をやれば、リーンとラングは上部に向けて臨戦態勢に入っており、ドランは後ずさりしながら、リーン達の見ている方向から距離をとっている。慌てて視線を上にやると。女性型の人型水晶が、水晶上部から上半身だけ突き出ていた。見た目はマネキンによく似ていて、毛髪の無い頭。のっぺりとした顔には不気味な笑みを浮かべこちらを見下ろしていた。――不意にその水晶マネキンと視線が交わる。先ほどまで貼り付けていた笑顔をニタリ、と邪悪な笑みに染めあげ、大口を開き金切り声をあげた。
――――声が水晶に反響し、ビリビリと振動し始める。
「っがあ、なんだこの声。耳が、耳が痛いッ」
「メイッ、耳を塞いで」
「うむ、この声は如何ともしがたいな」
「頭もいてーだよ。耳さ塞がねーと」
『相棒、これはマズイかもしれませんっ』
思わず耳を塞ぎ、全員その場で膝をつく。反響した叫び声は徐々に収まっていく。何だったんだ、今の声は……ピキッ、ピシリ。辺りからそんな音が聞こえ始めてきた。――まさか、仲間を呼んだのかッ。
「まずい、皆。仲間を呼ばれた。早く外にッ」
即座に外に飛び出し、周囲を確認するが、北側には既に敵があふれており、俺たちを逃す気など毛頭ない事が伺える。東……と西も無理か、どう考えても北側の敵が押し寄せてくる。また南かよっ、このまま奥に追いやられるのは避けたいんだが……今はまだあのタイタニアスが居ないだけましだが、獣系の水晶が多いな。これは南しか抜けるのは無理だ。絶対追いつかれる。
「南に行くしかない。無駄に戦わずに逃げた方が良い」
「わかったわ。魔法を使うから、私が撃ったら即座に逃げて」
リーンの言葉に頷き、チャンスを待つ。ジリジリと距離を詰めてくるモンスター達から視線は外さず、下半身に力を込める。焦るな、落ち着け。まだ動くな。駈け出しそうになる、自身の身体に言い聞かせ留める。
『ファイア・ウォール』
リーンの魔名と共に炎の壁が地面から吹き上がる。即座に反転して脱兎の如く逃げだす……が、ある程度小さいモンスターは今の魔法で炭化してくれたようだが、少し体格良いモンスター達は、炎の壁を物ともぜずに突っ切って来ている。
大丈夫だ、距離は離せた。これなら逃げ切れる。炎の壁でモンスター達との距離は開いた。未だ追われている事に変わりはないが、つい心の底で安堵が生まれ、油断に変わる。
『相棒、前方にさっきの奴がまた来ましたっ』
ドリーの声に視線を彷徨わす。見つけた。また来やがったかマネキンモドキが。このままじゃ仲間を呼ばれちまう……くそっ、距離が遠すぎて、あれじゃ攻撃できない。
前方にそそり立つ水晶柱に先程のマネキンモドキが生まれ、再度叫び声を上げるのが見えた。近くにあった水晶からトロールが生まれ、ひと塊になっていた俺達に向かって、水晶製の棍棒を振り下ろす。危ないっ、反射的に地面を蹴り上げ、左に身体を投げ出す。見れば全員、間一髪同じ方向に避けられたようだ。バギンッ……耳に何かが割れる音が入ってくる。
トロールの打ち下ろした棍棒が水晶の地面に亀裂を刻み、その亀裂が俺達の背後に伝わってくる。――崩落。見れば、今まで背後に有ったはずの地面が突如崩れ落ちている。
ちくしょうっ!? 地割れの上に地面が出来てやがったのかっ。
崩落した地面の下には黒々とした裂け目が口を開け、俺達の退路を断っている。端の方から再生が始まっているようだが、まだ地面が出来るまでは、多少時間がかかるだろう。
不意に退路を断たれ、動揺してしまう。その様子を見てか、マネキンモドキの声が再度響き、全員が反射的に耳を塞ぎ、身体が硬直する。眼前には棍棒を横殴りに振り払ってくるトロールが見えた……ゆっくり、ゆっくりと迫る巨大な棍棒が俺の目に映る。……嗚呼、だめだ、死ぬ。その光景に抵抗をやめ、諦めそうになる。だが心の底から、いつぞやにも感じた渇望が湧き上がる。
――嫌だッ、死にたくないッ。
その瞬間、俺の身体は自然に動きだし、武器抜き棍棒に構え、地面を蹴り直撃を避ける。ガギンッ。身体が浮遊感に包まれ、地割れに向かって吹き飛んでいくのを感じた。意識が飛びそうになる。
このままじゃあそこに落ちるッ。――思い出すのは、新しく入れた魔法、ここで使わないで何処でつかうよッ。
『ウィンド・リコイル』
『――――ッ!』
――ビリッ。肩口から何かが破ける音がした。だが今は構っている暇はない。
地割れに向かって、右手から発射される風の砲弾。威力自体は、そこまで強い物ではない。だが俺が選んだ理由は、この反動ッ。撃ち出した術者に大して凄まじい反動を生み出すこの魔法。避け、加速、飛び上がる。キャプチャ・ライダとの戦闘で教訓を経て、瞬時に離脱、足止めが出来る魔法を探してエア・コントロールと入れ替えた。風の反動で吹き飛ぶ身体を地面に繋ぎ止める。雨で滑る地面に武器を突き立て、地割れの手前で止まる。
よし、地割れには落ちずに済んだ。皆も各々に直撃だけは避けていたのも見えた。まだいけるッ。
「よし、皆逃げ……え……?」
背後を見れば誰の姿も見えない。
「ドリー、皆はどうしたッ」
肩を見れば、いつものようにドリーがそこに……居ない。ドリーが張り付いているはずの服は、肩口から千切れ、無くなっている。背中に氷柱を突き込まれたような悪寒が走り、足がガクガクと震え出す。なんで、なんで皆いないんだ……ドリーは? ドリーはどこにいったんだ。
答えは一つしかない。俺はすでに分かっているはずだ。
……自分以外、地割れに落ちてしまったのだと。
「嗚呼アアアアアアアアアアアア」
敵が側にいる。そんな事分かっている。でも心底からの絶叫は止まらない。どうしてこんな事にッ、俺が服をちゃんと修繕していれば、見知らぬ走破者なんて放っておけば、南に逃げこまなければ、こんな事にならなかったのにッ!!
頭が真っ白になり、自分を責める声は消えてはくれない。絶望が身体を支配する。先ほどとは違い、このまま化物の攻撃で死んでも良いとさえ思えてくる程に。
膝をつき、無防備を晒す。動けない。力が湧いてこない。
――だが来るはずの攻撃は未だこない。なぜ? モンスターに目を向ければ、その光景に、一縷の希望が湧いてくる。見ればモンスター達は地割れの下を覗き、どこか慌てた様子を見せている。
どうして?
獄級モンスターが慌てる理由はなんだ。――思考が回り、一つの結論に達する。そうだ、あのクリスタルしかない。壊した事で獄級区域を消滅させ、モンスターが消え去った肉沼にあったクリスタル。
それも皆が死んでいたら、慌てる必要はないはず。それならば、何か皆が生き残る可能性が下にあるんじゃないか……その考えに、希望が湧き、決意が決まる。都合の良い解釈かもしれない。勝手に望みを繋いでいるだけかもしれない。だが少しでも可能性があるならば。諦められるかよッ。
地割れを見れば、南から北に続いている。もしかして、南にモンスターが集まっているって事は、入り口がそこにあるんじゃないか? やってやるっ。絶対にドリーを、リーンを、皆を見つけ出してやる。
モンスター達が混乱から立ち直り、こちらに振り返るのが見える。身体を動かし大地を蹴る。ウィンド・リコイルを後ろに撃ちだし、身体を瞬時に加速させる。……南へ向かって。
◆◆◆◆◆
どれだけ走ったかなんて考えていない。ひたすらにモンスターからの攻撃を避け、南に向かって駆けていく。眼前に巨大な水晶が目に入って来る。まるで氷山のようだ。きっと、きっとあそこだっ。証拠などないが妙な確信を持つ。見れば水晶塊の下部には穴が空いているのがわかる。追撃してくるモンスター達を振り払い、そこに飛び込む……追ってこない? 入って来られないのか。
入り口付近では今まで俺を追っていたモンスターが悔しそうに、たむろしているじゃないか。
どうにか、ここまでたどり着いた。呼吸を整え、深呼吸をして気持ちを静める。周りの様子を見れば上下左右、水晶の壁が取り囲み、両の手を広げた程の幅しかない手狭な通路が下へと向かって伸びている。
「絶対にここだ。やってやる、一人でも進んでやるっ」
握る手には力がこもり、ギシギシと持っている武器が軋みをあげる。一歩、一歩。奥に向かって歩みを進めていく。下に延びる通路は滑りやすく、非常に危ない。慎重に降りていけばやっとのことで下にたどり着く。下では通路が折り返していて、北に向かって続いているのがわかった。
「やった此処だ、きっとこの先だ」
◆◆◆◆◆
平坦な通路を歩き、淡々と進んでいく。不意になにかの視線を感じた。だが見渡しても何も見えないし、水晶の中にも死体すら入ってはいない。顔を前に戻したが、背後から最近聞き慣れたピシリ、と言う音が聞こえてきた。
振り向けば、頭を地面にさげて両壁から垂れ下がっているマネキンモドキの群れが、ビッシリと生えていた。入り口付近から順番に起き上がり、顔には気色の悪い笑みを浮かべこちらに手を伸ばしてくる。
「くそが、捕まってたまるかよ」
先には開けた部屋が見えている。この狭い通路じゃなにも出来ない。あそこまでいけば。――背後を見れば壁を伝い、追いかけてくるマネキンモドキの群れ。
――間に合う。必死に走り広間に出るが。グンッ。身体を引っ張り何かを感じ、足元に目を向ける。そこには一匹のマネキンモドキが、俺の足首を掴みニタリと笑っている。
凄まじい力で引き寄せられ、通路に引っ張られる。足を引っ張られ地面に倒れこんでしまう。すかさず地面に武器を立て、止めようとするが、ギャリギャリと音を鳴らし、地面を引き裂き止まらない。
「止まれッ、止まれっておい。頼むからッ、止まれよぉおお」
一向に止まる様子もなく、通路に引っ張られていく。先には大量のマネキンモドキが群れこちらに無数の手を伸ばしてきているのが見えた。怖い、嫌だ、あそこに行きたくない。恐怖が身体を巡り、パニックに陥り魔法を乱射する。
『ウィンド・リコイル』『ウィンド・リコイル』『ウィンド・リコイル』
やたらめったら撃ったせいで、反動が次々と伝わり、腕にビキビキと痛みが伝わってくる。嫌だ嫌だ嫌だ……それでも魔法を撃つ事を止めない。
――だがそのおかげか、マネキンモドキに魔法が当たり怯み、手が外れる。ゴロゴロと、反動で部屋に向かって転がり込んだ。
ハア、ハア。呼吸が荒い。通路を見れば、マネキンモドキが群れてそのまま固まっていく。通路は奴らの顔や腕で埋まり、戻る事が出来なくなる……大丈夫。皆さえ見つければ、どうにか出来る。きっと大丈夫だ。
自分自身を励まして勇気を搾り出す。身体を起こし、部屋を見れば不思議な光景が目に入ってきた。さほど大きい部屋ではないのだが、水晶の壁が全面磨き上げられ鏡面のようになっている。
俺の姿が写っている? なんか妙に落ち着かない部屋だ、早く出よう。部屋を出るために出口に向かってヨロヨロと歩き出す。
――ピシリッ。
糞がッ、またかよ。武器を振りかぶり、辺りを見回す。一箇所の壁が盛りあがり【一人】の水晶が現れる。
「ここなら武器が使える。お前らなんかに殺られ、――ッ! ……なんでお前が、なんでお前が居るんだよ谷山ぁぁ」
目の前に現れたのは水晶で出来た友達の姿。
嘘だ、あいつは死んだ筈なのに……。
それなのに、いつも如く、こちらをおちょくった顔で俺を見ている谷山。
俺が混乱していると、頭の中に声が響いてくる。
『やあ、メイちゃん。久しぶり。元気だったかい? 酷いじゃないか……見捨てて逃げるだなんて』
嘘だ、嘘だ。どう見たってニセモノだっ。見た目は完全に水晶なんだ。偽物に決まっているじゃないか。でも、頭に響く声は懐かしいそれのまま。違う、違う。見捨てたんじゃない。如何仕様もなかったんだ。
「違うんだっ、見捨ててない。お前はもう死んでたんだ。仕方なかったんだっ」
何を必死に言い訳をしているんだ俺は。偽物なんだろ。じゃあいいじゃないか。
『でも、友達を忘れてこんな場所で一人で楽しそうにして。酷いよね』
「まってくれ、俺はただ前向きに生きようと思ってッ。忘れてなんていないんだッ。信じてくれ」
止まらない。信じていないはずなのに、言い訳の言葉が止まらない。
『だめだよ、メイちゃん。友達なんだろ? 寂しいんだ、一人でこんな所にいると。一緒にいてくれよ』
その言葉になぜか身体から力が抜ける。谷山は、――腕をゆっくり伸ばして俺の首に手を掛ける。
ゲホッ、ゴホッ。
徐々に締め上げてくるせいか、息が苦しく頭がボーッとしてくる。……だが、ギリギリで踏みとどまり、込み上がる本能。嫌だ死にたくない。やめろ、ヤメてくれ。
――ブンッ、ゴキンッ。
余りの恐怖に振り回した武器が、谷山の頭に当たる。強すぎる力で振るったせいか首が折れ、地面にゴトリ、と転がった。転がったソレと目があい、そしてそれが語りかけてくる。
『あの時と同じじゃないか。ねぇ、メイちゃん』
「だ、黙れええええッ」
地面に転がった首に、何度も……何度も何度もッ、武器を振り下ろす。粉々に砕けた物を見て、自分の手を見つめ呆然としてしまう。殺したのか、俺が? 違うッ、これはモンスターだ。どう考えてもモンスターだったはずだ。
――ビキリッ、ピシリッ、ビシビシッ。
辺りから次々と音が鳴り、知っている顔が生まれていく。両親、学校の友達、谷山。ありとあらゆる顔見知りが現れ、近づき、俺を責める。
『また殺すのかい?』『お前が殺した』『見捨てた』『忘れたのね、私たちを』
違う、違うんだッ。半狂乱になりながら武器を振り回し、部屋を駆け抜ける。何人切ったかなんて分からない。わかりたくもない。部屋を飛び出し、通路を必死で走る。暫く走った先で座り込み。壁に背を預けて顔を手で覆う。なんでこんな事に、俺は見捨てたのだろうか、俺は、俺は……。
「……助けてくれよドリー。誰か助けてくれよ……」
止らぬ涙が頬を伝う。責める声が耳から離れない。暫く動くことも出来ぬまま、その場にとどまり、涙を流す。