4−5
ザアザアと降り注ぐ雨が幌を打ち。ギャアギャアと喚く声が耳を打つ。つまりは何が言いたいかと言えば。
「やかましいわああ!!」
ピタリと止む皆の声。一斉にこちらに顔を向け、一部腕を向け、俺に向かって口を開く。
「メイ、聞いて。ラングさんは、篭手と脚甲がジムの最高傑作だとか言い出すのよっ。剣に決まってるじゃない。ねえ?」
「いえいえ。リーン殿は何も分かって居られぬ様で。剣など篭手と脚甲に比べれば、棒切れも同然。そうでしょう?」
『ぬふぉう。相棒っ、雨が降ってます。飲み放題ですっ』
……駄目だこいつら。リーンとラングは名工ジムの作った装備の中で、どれが最高傑作か、で意見が食い違い大騒ぎ。ドリーは雨が降ったお陰で大はしゃぎ。肩の上でクネクネ踊っている。まったく、雨が振っている旅もこれはまた良い物なのに。静かに楽しむという事が出来んのかこいつら。
多分みんな、かなり飽きているのだろう。馬車に揺られてもう四日も立っているのだから。
道中モンスターに襲われたりもした。だがリーン曰く、クレスタリアまでの道は、四級以下の区域間を縫うように出来ている為、滅多な事では今のメンバーで苦戦する様な相手は出て来ないそうだ。今の所は、そこそこに安全な旅路となっている。そりゃ皆飽きもするというものだ。まあ俺自身は案外平気なのもので、外の雨模様を眺めながら楽しんでいる。まあ多少の騒がしさも仕方ないというものか。
でもドリー、一つ言っておきます、雨水をコップに溜めようとするのはやめなさい。
まあ俺のほうも、二日前に新しい魔法も一つ入れ替えた事だし、気分は上々というやつだろうか……やっと静かになった馬車を見て、溜息を一つ吐き、幌の隙間から、外の景色に視線を向ける。
ポツポツ、ザアザア、と降り注ぐ雨を……じっと見つめ続ける。
なんだかな、やっぱ雨を見てると少し色々思い出しちまうな。――先ほどまでの気分は、段々と落ち込んでいき、少しだけしんみりとした気分になってきてしまう。ふと故郷で釣りをしていた時の事を思い出す。
――あの時は、谷山と一緒に釣りに出たのはいいけど、大雨が降り出して釣り所の騒ぎじゃなかったっけ。傘だって、持っていってなかったし、ずぶ濡れになってしまったな。川も荒れて、釣り糸を垂らした瞬間、餌が無くなったりしたっけか…………心の底がジクリ、と痛む。肉沼の主を倒し、沼は消滅した。これって一応、仇を取ったことになるのかなぁ。どうなんだろうな。
やっぱり、前向きに生きるって決めてはいても、不意に思い出し、心臓がジクジク、と後悔の音を立てる。あの時助けられたら、せめて一緒に逃げれたら。考えたって、どうしようもない事ではあるし、どうにも出来ない事でもある。……やはりこの雨が悪いのだろうな。延々と落ちていく思考の波は、自分を呼ぶ仲間の声で、唐突に引き上げられる。
「メイっ、メイったら」
声に気づき、振り向けば、目の前にはリーンが俺に向かって荷物をさし出していた。
「もうっ、何回呼んでも気づかないんだから。そろそろ降りないと、このまま検問に入る気?」
考え込んでいて、呼ばれたのに気がつかなかったみたいだな。確かに検問に入るのはまずいな。リーンから聞いた話によると、もし指名手配になっているなら、村では平気だったが、国や検問なら既に情報が回っているそうだ。国なら斡旋所に行って確かめることも出来るのだが、検問じゃそうもいかない。
急いで荷物をまとめ、ローブを羽織る。ローブもそうだがインナーも右肩付近、腹、左腕など、所々、切り跡で破けてしまっている。まあこれくらい平気だろ。早く次の国に行きたいから修繕に出さなかったけど、モンスターもそれほど強くはないし、問題ないよな。
雨が降る中、馬車から全員降りる。ラングもどうやら水晶平原方面を通って行くようだ。答えなんて聞かなくても分かっていたが、念のため聞いてみたところ。「やはり獄級最奥に入るには、まだまだ未熟っ。しかし、その脅威に少しでも触れる為に、そこを通るのもまた修行っ。当然のことですなっ」と笑っていた。まあ、そう言うと思ったけどさ。
『ぬほほーい。雨ですよっ……あれ?』
「なんだ、どうしたんだドリー」
てっきりハイテンションで騒ぎ出すと思ったのに。なんかまずい事でもあったのだろうか。
『なんだか、この雨は余り美味しくないです……少しピリピリして辛い感じがします』
「味に違いなんてあるのか。魔水飲んで口直ししたら?」
『いえ、メイちゃんさん、時には我慢も必要なんですっ。まだ瓶に入れてから時間が浅いので、コクと、まろやかさが足りませんっ』
おおー、すごいなドリー。なんだかソムリエみたいじゃないか。結構美食家なんだろうな。
「なあ、ドリー、ここにすっごい普通の水があ……」
『いただきますっ』
ま、まあ。好き嫌いが無いのは良い事だよなドリー。
「ほらメイ、見て。あそこが水晶平原の入り口よ」
リーンに言われ目を向ける。遠方に崖のように、切り立った地面が地平線いっぱいに伸びている。よく見ると地割れの如く、その崖の一部が裂けているのがわかった。こ、これはまた凄い光景だな。あそこに入るのか。呆ける俺に、リーンが続けて説明を始めてくれる。
「検問は、西に行った所にある別の裂け目に立ててあるわ。この絶壁を迂回もできるけど、そうすると一級区域や二級区域を、かなり長時間歩く事になるからお勧めできないわね」
確かにそれは嫌だな。ブラムもかなり奥に行かなきゃ平気だって行ってたし、大丈夫だろう。呑気にそんな事を考えながら、裂け目に向かって足を進める。
◆
いざ目的の裂け目にたどり着いてみれば。その高さはかなりのもので、首を上げ後ろにかなり下がらねば、絶壁の頂上すら見えない。
こ、これは結構怖いな。裂け目の中は薄暗く、何か飲み込まれそうで、背筋に少し冷や汗が出てくる。行きたくない、と思う気持ちをグッと堪えて足を進め始める。
崖の裂け目に入っていくと、薄暗いが、裂け目の上部から光が入ってくる為、前は見える。だが一緒に雨も入ってくるせいで、被ったフードにボタボタと雨が滴り少々うるさい。
「しかし薄気味悪いなここ」
「うむ。崖登りの修行には良いかもしらんが」
「ラングさん、そういう事は私達と居ない時にでもやってください」
うーむ。まだリーンのラングへの言葉は敬語か、未だラングを警戒してるのかな、最初に俺が襲われたから、中々タイミングが掴めないのかもしれないな。俺自身は、依頼の中や馬車旅で色々と話しているうちに、面倒くさいが、別に悪いヤツではないだろうと思ってるんだが。
――歩みを進めていくと、いつの間にか雨は止んでいて、不意に前方が明るくなっていく。あれ? なんだろ、いきなり明るくなってき……。っげ。
明るくなった理由は単純で、裂け目を抜けた――ただそれだけだった。
左側は未だに崖が切り立っているが、逆側には透き通る水晶が隙間なく立ち並んでいた。その為に、水晶側から光が入り込んでいたのだろう。崖と水晶壁に囲まれた隙間が先に続いている。
それだけなら別段、驚きもしないのだが、水晶の中には大量の人間、動物、モンスターが苦悶の表情を浮かべたまま埋まっていた。どれも肉体は腐っていないようで、腕が無くなっている者、首から上が無い者など、多少の違いはあれど、死んだそのままの状態で水晶壁に埋まっているようだ。
水晶自体は綺麗なのに、中身で台無しになってるじゃないか。なんか昔、博物館で見た琥珀みたいだな。
「な、なんなのリーンこれ、趣味悪いんだけど。大丈夫なのか、ここ通って」
「この壁の向こうが水晶平原よ。ほら、あの大分先に道がなくなって水晶側に裂け目が見えるでしょ。あそこから入って西に真っ直ぐ抜けるのよ。入っても南側の奥に行かなきゃ大丈夫らしいから、そんな心配しなくてもいいわ。ただ外壁には絶対触ったら駄目よ」
き、聞きたくはないけど、聞かないと気になって眠れなくなりそうだな。
「な、なんで」
「あーなりたくないでしょ?」
リーンがヒョイと水晶を指差し、そう言ってきた。ま、まあ予想通りの答えだったな。俺は絶対壁には触らないからな。――しかし色々と埋まってるな。どうやって埋まったんだろうかこいつら。壁を見ながら進んでいると、一際大きいモンスターが見える。六メートル程の巨体を持ち、身体に鎧を纏い、手に盾と剣を持っている一眼のモンスター。なんだこいつ。こんなの奴まで捕まってるのか。
「随分強そうなモンスターだなこいつ」
「メイ殿、あれはモンスターなどではないぞ。【タイタニアス】という種族だ。昔、北の山脈に住んでいたらしいが、百年ほど前に絶滅している」
「何でまた」
「一節によると、北にある住処の近くに谷があり、そこが獄級になってしまったらしい。そこに戦いを挑み絶滅したという話だ」
ってことは、こんな奴が絶滅してしまうような場所があるってわけか。想像するだけでもとんでもねーな。話しながら歩いていると、目の前には既に水晶平原への入り口が近づいてきている。淡々と歩みを進めるうちに気になることがでてくる。――あれ。なんかさっきから、ドリーがやけに大人しいな。どうしたんだ。
「ドリーどうした、なにかあったか」
『あいぼう、ここ……怖いです。どこにも生命の息吹を感じられません』
――珍しい事もあるもんだなドリーが怯えるなんて。中はどうなってんだ一体。
もう入り口に着いたみたいだし、少し覗いてみるか……あー、ドリーが怖がるのも無理ないかも知れないな。
中を覗いて見れば、少しだけ起伏のある地面、所々生えた、背の低い木、草や花さえ、全て水晶で覆われて、正しく水晶平原の名に相応しいものが広がっていた。
平原には六角形の水晶が、無数に地面から突きでており、中にはやはり死体が埋まっている。その様子はまるで氷の棺が立ち並んでいるかのようだ。
綺麗な光景だ、と同時に途轍もなく冷徹で、なんの温かみもない光景だ。
趣味が悪いとかいう話じゃないだろこれ、本当に大丈夫か。草に止まっている虫でさえ、水晶になってやがる。
中に入っていき、目についた地面に生えている草を軽く武器で壊してみると、草は砕け、淡い光と共壊れた部分が消える。しかしすぐにピシリ、ピシリ、という音と共に折れた部分から新しい水晶が生え、再生していった。
壊しても駄目なのか。まあ、あまり気にしても仕方ないか。先に進もう。
周りに見える水晶に入った死体を目にいれないように嫌々ながらも進んでいく。
「メイ、ここからは近接戦闘音ぐらいならいいけど、魔法とか絶対に派手な音は鳴らさないでね。仮にも獄級なのだから、下手に騒ぐと流石にまずいわよ」
「了解気を付けるよ――そういえばさ、どんな奴なのここの主って、リーン知ってる?」
「そこまでは私も知らないわ。見た人がいても、その殆どがきっと死んでしまっているだろうし」
俺、今から寡黙な男になることに決めたわ。絶対しゃべらねーからなっ。
◆
黙りこくって二十分程歩いた頃だろうか、意外にも俺はしゃべらない事も得意なのかも知れないな。等と調子の良い事を考え始めた頃。前を歩いていたラングが、耳をピクリと動かし、唐突に話しかけてきた。
「メイ殿っ」
「――ッ! 何だよっ、いきなり。ビックリさせないでくれよ」
「すまぬ。だが前方から剣戟の音が聞こえてきている」
確かに前方から、何か音がしてるな。でも水晶が邪魔で見えないんだが。どうしよう、見に行ったほうがいいのか……でも余り近づきたくはないしな。よし、スルーしよう。
「よし、無視して……」
「ふはは、待っておれっ。助太刀にいくぞ」
そういうとラングの馬鹿は一人で突っ走っていく。そうだったよ、あいつそういう奴だったわ。うわっ、マジでどうしようか。俺が頭を抱えていると、横からリーンが俺に声をかけてきた。
「メイ、どうするの? ラングさんも走破者、死ぬ覚悟位は出来てるでしょうし。置いていって先に行くのも構わないと思うけど」
――本音を言えば行きたくない……だが多少なりとも俺はラングの事が気に入ってしまっているようだ。きっとこのまま置いていったら後味の悪い事になるのかもしれない……っぐ。い、行けばいいんだろ。ちきしょう。
行きたくはないけど、明日のご飯は美味しく食べたい。そんな単純な理由で、鉛の如く重くなった足を上げ、リーンに向かって返事を返す。
「じゃ……じゃあ、見に行ってみて、やばそうだったらラング連れて逃げよう」
『相棒は守ってみせますっ』
ドリーの励ましで足に力が篭り、そのまま音に向かって駆け出していく。
目の前は少し開けた空間になっていて、周りには水晶が立ち並んでいる。あのタイタニアスが入った水晶まであるようだ。そこでは見知らぬ走破者が五名程、十体程の水晶で出来た人間と戦っていた。
あの茶髪の男剣士がリーダーか、指示を出しているようだし。あの金髪の女は魔道士だろうか。後はあの男はシーフとでもいえばいいのか? それに戦士風な男が一人結構ゴツイな。後一人……なんだあれ。
身長二メートル二十程か、大柄な体格に凄まじく太い腕。少しずんぐりした身体には、所々茶色の鱗が張り付いていた。頭には二本の角が後ろに向かって伸びているし、太い尻尾が生えていて地面にだらりと垂れ下がっている。なにより目立つのは背中一杯に四角い金庫のような、金属の箱を背負っていた事だろう。――なんだか竜みたいだな。もしかしてあれがドラゴニアンってやつか?
「メイ、どうするの」
「そこまでヤバい状況じゃなさそうだな。ラングは……お、いたな」
ラングはやはり助太刀に入っていたようで水晶の人間と交戦しているようだ。人型水晶は、一様に苦悶の表情を浮かべていて、服や剣、装備なども全てが水晶で出来ていた。細かい造形や顔の様子なども凄まじく緻密に出来ているようだ。
それにしても、なんだあいつら気味が悪いな。まるで水晶からそのまま出てきたみたいじゃないか。少しだけ、背中に寒気が走る。くそっ。ここに何時までもいたってどう仕様も無い。行くしかない。
「――大丈夫そうだし、行くぞリーン」
「わかったわ。危なくなったら撤退でいいのよね」
『わたしは警戒しておきますっ。ナイフ効かなさそうですし』
互いに声をかけ、俺とドリー、リーンは武器を抜き、戦闘に参加していく。
――取り敢えずこいつに一撃を……ッな。
眼前に迫った人型水晶に渾身の突き繰り出すが、硬質な音と共に武器を弾かれてしまう。
かてぇ。どうなってんだこいつ。突きは駄目だ、せめて斧か打撃部分で叩かないとっ。
しかし思わず攻撃してしまったが、走破者達には一応声を掛けたほうがいいのだろうか。もしかしたら余計なおせっかい、かもしれないしな。
「必要なら、援護する」
だがリーダー格の男はこちらを一瞥しただけで、何も言わない。
なんだ、こいつら感じわりーな。
そう感じながらも今更後には引けず、先程の人型水晶に、斧とは逆に付いている歯車モドキを叩きつける。パキィン。甲高い音が鳴り、腕が折れ、地面に落ちていく。
これならどうにかなりそうだな。
強いのは強いんだが、こちらの数が多いので、然程苦労はしていない。次々と倒される人型水晶。だが倒された端からまた水晶から生まれ出てくる。
駄目だ。キリがないしラングを連れて、離脱するか。
――しかしそんな俺の考えを否定するかの様に、リーダー格の男が口を開き、とんでもないことを言い出し始めた。
「このまま此処で騒ぐのはマズイでしょう。ラッセル、押し付けて逃げますよ。ゴラッソ、ジャイナ、デカイのは置いていきなさい。大した荷物は持たせてないですから」
いやいや、何いってんだこいつっ。冗談じゃないぞ。別にお礼を言ってもらいたくてきた訳じゃないが……いや、まあ俺もお前ら置いて逃げようとか思ったけどさ。なんか釈然としねーなおい。
「ほれ、お前らに良い物やるよっ。――そらっ」
ラッセルと呼ばれた男が、腰袋から丸い玉を取り出し、こちらに放り投げてきた。――男の投げた玉が地面に当たると、爆竹を打ち鳴らすような音が俺の周辺に響く。一斉にこちらに目を向けてくる人型水晶。その間にドラゴニアンらしき人物をおいて離脱してく。
あの野郎なめた真似しやがってっ。
一瞬激高しそうになるが、慌てて頭を振り怒りを沈める。
冷静になれ、逃げないとマズイぞ。くそっ、本当に押し付けていきやがって。しかしなんだ、一人置いてかれてるな。仲間じゃないのか?
今の音で目覚めたのか、狼、人型、モンスター型、次々と水晶の中からビキビキと音を出し、生まれ落ちる。最悪の展開になってきやがった。
「リーン、ラング、あとそこの、でっかい箱背負ってる人。逃げるぞ」
「オ、オラのことかっ?」
「そうそう、アンタだ。アンタの事だよ。早く逃げないとまずいって」
俺の言葉に不思議そうな顔をして、再確認してくる。しかし座り込んだまま何故か立ち上がる様子がない。早くここから逃げなければ。先程の走破者達が立てた音のせいで、更なる危機に陥りかねないのに。
「一緒に連れてってくれんだか? すまねえ、助かるよぉ。でも腰さ抜けて立てねえんだ」
まじかよっ。よりにもよって、こんな時にっ。どうやらドラゴニアンらしき人物は腰が抜けてしまったようで。その場から座ったまま動かない。
――どうすっかな。お、いい所にいるなラングの奴。あいつに任せるか……しかしこいつら、ワラワラと。頼むぞドリー、もう少し耐えてくれよっ。辺りに群がる人型水晶からの攻撃をドリーに捌いて貰いながら、急いでラングに声を掛ける。
「ラングっ。その人頼むっ」
「承知。うぬ、そちらは、――ッ、も、もしやドラゴニアンか?」
「んだ、確かにおらぁ、ドラゴニアンだけんども。それがどうしたんだ」
助けようとしたラングは座り込んだ男をまじまじと見て、突然慌てた声をだした。
身体を震わせ、ドラゴニアンの男を見つめ、戸惑いをみせている。
あー、そういえば憧れているんだったか。前にも言っていた気がしたな。
「……なっ、なぜ腰など抜かしているんだ。おかしいだろっ。戦えばよかろう。ドラゴニアンなのだろっ」
助けることも忘れ、ラングは男の肩を両手で掴み、揺さぶっている。おいおい、急に何やってんだラングの奴。今そんな事してる暇……ピシリッ。背後から何か音が聞こえてくる。嫌な予感を感じ、恐る恐る後ろを振り返ると。タイタニアスの入っていた水晶から、中身と全く同じ、水晶の巨人が生まれ出る。
「嘘だろっ。リーン、本当にやばいっ。ラングっ、いいから早く行けって」
ラングも俺の声を聞き、タイタニアスを視認したようだ。急いで腰の抜けた男に肩を貸し、走りだしていく。リーンは少しでも時間を稼ごうとしているのか、タイタニアスに向かって剣を振るっている。だがリーンでさえも、足に多少の傷を負わせる事しか出来なかった。
む、無理だろあれ。リーンで如何しようもないなら打つ手がないぞっ。
眼前のタイタニアスは、リーンに斬りつけられ怒ったのか、その巨大な剣をなぎ払ってくる――頭を下げ、体を落とし、地を這うように剣を潜る。どうやらリーンも同様に避けているようだ。
タイタニアスのなぎ払った剣は、辺りに突き出ていた水晶を、扇状に薙ぎ払い、破壊された水晶が光となって、宙を舞った。攻撃が終わって光が舞ってる。
今なら視界も悪くなっているし、逃げられそうだな。
「今だっ、急げ逃げるぞっ」
「メイっ、後ろには注意してね」
リーンに声を掛け、先に走り去ったラングを追う。チラチラ、と後ろを振り返りながら、西に向かって全速力で逃げ出す。背後からは、タイタニアスが邪魔な水晶を蹴散らしながら追いかけて来ていた。怖い、その余りにも巨大な身体と暴力をそのまま形にしたかのような威圧感。そのせいか。逃げたいという気持ちに反して、膝が震えて足が絡みそうになってしまう。
必死に逃げてはいるのだが、無情にも水晶の破砕音とタイタニアスの足音は徐々に、徐々にこちらに迫り、大きくなってきている。
『相棒、左に避けてくださいっ』
ドリーの言葉に従い悩むことなく左に避ける。ギャリギャリ、っという音が聞こえ、今まで走っていた地面が水晶の剣にえぐり取られ光が飛び散った。
あっぶねえ。こんなの受けたら間違いなく死んじまうっ。畜生……冷や汗が止らねえ、心臓が破裂しそうだ。
止まらない冷や汗と、早くなる鼓動。
だが幸いにもタイタニアスは、今の攻撃の為に足が止まってしまったのか、聞こえていた足音が少しだけ遠ざかる。
徐々に先を走っているラングの背中が近づいてきた。流石に何時もの速度は出せないようだ。
でもこのままじゃいずれ追いつかれちまう。どうにかならないか……。
藁をも掴む気持ちで、少し前を走っているリーンに声を掛ける。
「リーンっ、なにか手はあるか」
「全速力で逃げましょうっ」
残念ながら、リーンにも策は無いようだ。
遂にはラングに追いついてしまい、いよいよもって状況は悪くなる。
他に逃げる手立てはないかと、はしりながらも当たりを見渡し、状況を把握していく。西方面には、水晶柱の数が少なく、北は絶壁。
南は……凄いな、水晶柱がかなり多い。
あそこに逃げ込めばどうにかなるかもしれない……だが、やはり南に向かうのは少々躊躇われる。かと言って後ろから追いかけてくるタイタニアスと戦うのは更に無謀だろう。
「リーン、ラング、南の水晶柱が群生しているところが見えるか。あそこに逃げこもうっ」
「……それしかないわね」
「致し方ない」
「あ、あそこに行くのけ、ぜってーあぶねぇよぉ」
『相棒っ。早くしないと後ろからきますっ』
全員で南に向かって進路を変える。水晶が乱立する中を、避けながらひた走る。どこか、どこか隠れる場所はないかっ。――おお、あれならいけるんじゃないか? 少し先に、巨大な水晶柱が左右から斜めに重なり合っているのが見えた。下を見ればどうやら入れそうな隙間があるようだし、今、タイタニアスも乱立する水晶で俺達の居場所を見失っているようだ。
「あの下に入ってやり過ごすぞ」
一斉に水晶の隙間に身を潜め、息を押し殺す。これなら、もし外から見みられても、俺達の姿は水晶に埋まっている死体にでも見えるだろう。頼む。見つからないでくれっ。近づいてくる足音に、恐怖しながら、祈るような気持ちで待つ。タイタニアスは俺達が隠れてる水晶のすぐ側まで近寄ってきてジロリ、とこちらを見つめてくる。やめろ、気づくな。どっかいけっ。
俺の祈りが通じたのか、不意に顔を逸らし、どこかへ去っていった。
「……とりあえず助かったな」