4−4
一体、二体……動き出した死体の数は合計十二体。確認した後、キャプチャ・ライダに目を向ける。よく見てみれば、脳の中心にある目を残して、全て閉じられているようだ。もしかして、あれが何か関係あるのか? だが、あまり考えこむ時間も無く。周りを見れば、死体がゆっくりとこちらに近づいて来る。まだ自分たちとは離れた場所にいた、トロールが、腕を振り上げ、何も無い地面に斧を叩きつけた。――地面が砕ける音が洞窟内に反響する。
何だ突然。なにか意味があるのか? だがその様子を見て、慌てた様子のリーンとラングが俺に向かって話しかけてくる。
「メイっ、このままじゃロックシーフまで集まって来ちゃうわよ」
「メイ殿、早めに死体の数だけでも減らさねばマズイぞ」
た、確かにそうだ、何で気づかなかったんだっ。早く数だけでも減らさないと。ラングとリーンに頷いて見せ。武器を片手に、近くに来た死体に向かって攻撃を始める。だが一匹の死体に狙いをつけ近づいた瞬間。トロールが地響きを鳴らしながら、斧を振り上げ突進してくる。
――まずいッ。すぐさま横に避けると、今まで居た地面が破砕音と共に砕かれた。体勢立て直しトロールに向かって武器を振るうが、今度は死体が向かってくる。
な、なんてウザったいっ。トロールの隙を死体が埋めて、死体を攻撃すると襲いかかってきやがる。これは結構厳しいぞ。他の皆はどういう状況になってるんだ。
「リーンそっちはどうだっ」
「一匹は殺ったわっ。でもトロールが邪魔で、中々ッ」
俺の相手を死体がしてる間に、リーンの方に攻撃しているのかっ。
本当にウザったいが、リーンが一体は殺ったらしい。
……おいおい、まじかよ。
リーンが死体を一体倒したと聞いて、キャプチャ・ライダに目をやると、脳に付いてる目が一つ開いたようだ。だが開いた目が次の死体に視線をやり、今度はその死体が動き出す。
「ラングっ。倒しても死体の数だけ復活するぞこいつら」
「なんて面妖なっ。――っせりゃああッ。メイ殿、こっちも一体やりましたぞ」
流石だな。俺だけじゃねーか、まだ倒してないの。少しでも威力を上げないといけないな。武器にエント・ボルトを付け、相手をしている死体の右腕を穂先で切り飛ばし、纏った雷撃で死体が右半分ほど焦げる。だがその位では、まるで何事も無かったかのように、また平然として襲いかかってくる。
これは、地面に電気流しても効き目はなさそうだな。
死体相手は人間を切っている気がして気味が悪い……まあ肉沼よりは全然ましだが。
周りを見れば地面に転がっている死体は、およそ三十から四十程、まだそれだけ起き上がって来るって事か……。
それにしてもこの死体、大して強くは無いけど、動けなくなるまで攻撃しないと、止まらないらしい。
まあ、同時に死体を処理していけば、援護しきれず、少しずつは削れるはずだからまだいいが。
先程の死体を斧部分で吹き飛ばし、状況を確認する。
リーンはトロールと死体を同時に捌いているし、ラングの方も順調そうだ。トロールはリーンに掛かり切りで、後ろを向いている。
お、これは狙えるんじゃないか? あの脳に直接たたき込めれば、流石に動かなくなるだろうし……よし。
『ボルト・ライン』
頭部に向かって魔法を放つ。一直線にキャプチャ・ライダに向かって雷撃が走っていく……だが背後から撃った筈の雷撃は、トロールの石斧によって弾かれる。
――こ、こいつ、後ろを見もせず石斧を背面に回しやがった。どうなってんだ。
周りを見れば、一体の死体が意思の篭らぬ瞳をこちらに向けている。
まさかこいつら、視界まで共有しているのか?。
試しにドリーに一本、背後からスローイングナイフを投げてもらう。やはりトロールは頭部を傾けナイフを見もせずに避けた。
どうやら、思った通りのようだ……。
『相棒、奥から何か来ますっ』
またかよッ。
さっきの音で本当に来やがったのか……見れば、奥からロックシーフが七体ゾロゾロと、その手に石のナイフや斧を持ってやってくるのが見える。
か、勘弁してくれよ。
このまま更に増えられたら洒落にならない。どうにかロックシーフの数を削らないと。
「リーン、魔法はッ」
「だめっ。今は炎だけで、広範囲か単体のしかないわ。このまま撃ったら巻き込んじゃう。――メイッ、少しだけ時間を稼いで頂戴」
リーンはそう言うや否や、後方に下がっていく。何か策でもあるのか? ここはリーンを信じて任せるしかないな。
ラングには今死体が群がっていて頼めそうにないし……。
即座に時間稼ぎの為に、リーンが居た位置に走りこみ、死体の相手をする。先刻までリーンに捌かれていたトロールは、近寄ってきた俺に向かって石斧をなぎ払ってきた。――大丈夫だ、躱せるッ。ドリーが近くにいた、死体の首を跳ね飛ばし、迫るトロールの攻撃を、地面を強く蹴り、飛び越える。
「ドリー、トロールに牽制」
『あいさっ』
俺の言葉にドリーがスローイングナイフを、上部のキャプチャ・ライダに向かって一本ずつ投げつけていく。トロールは石斧で頭部を守り、ナイフを弾いている。やはり、そこは嫌がるか……これで少しは時間が稼げるな。チラリとロックシーフを見ると、直ぐ側まで迫っていた。
もう来やがったッ。
俺の周りにロックシーフがワラワラと群がってくる。
ドリーに頼ろうにも、トロールに牽制していて動けない。ロックシーフに囲まれ、攻撃がいたるところから向かってくる。必死で敵の攻撃を捌き弾く。厳しい……正直いつまで持たせられるかわからないぞこれは。必死で抵抗してはいるが、群がってくるロックシーフを未だ一体すらも倒せていない。
「ちくしょう。捌き切れな、――ッツがあああ」
突如、左腕に焼けたように熱く鋭い痛みが走る。見ればロックシーフの持っていた石のナイフが腕に突き刺さっている。
畜生ッ。左腕で武器が握れなくなっちまった。槍斧を右手に持ち替え片手で捌いていくが、避けきれず身体に裂傷が刻まれていく。
まずい、リーンはまだか。このままじゃもたいないぞ。
身体からは血が流れ、体中がじくじくと痛む。
『相棒ッ、い、今回復を』
「駄目だ、ドリー牽制しててくれッ」
ここでトロールにまで動かれたらどうにもならない。ドリーには悪いけどそのまま牽制に徹して貰うしか無い。――そうだっ、ラングはどうなんだ。死体はまだ尽きないのか。
焦り、致命傷を避けつつ、援護を求めてラングに視線をやる。
ラングの周りには、ゴロゴロと吹き飛んだ死体が転がっている。十体は殺ったのか? だが次々と起き上がる死体に群がられ、中々動けないらしい。
――ダメか。頼むリーン、早くしてくれ。そのままリーンに目を向ける。リーンは剣の柄を引きぬき、腰に撒いてあるベルトから筒を抜いて、差し替えている。
「メイッ。ロックシーフから離れて」
「――ごめん、無理だっ」
リーンの言葉に下がろうとはするが、周りを囲まれ逃げられない。
「じゃあそこから動かないでね」
『アース・バルジング』
リーンは大剣を地面に突き立て魔名を唱える。地面に突き刺さった瞬間に、モンスター達の足元が隆起していく。岩の針がロックシーフ五体、死体八体を串刺しにしている。ラングも突然眼前の敵が串刺しになり、驚きリーンの方を見ているようだ。
トロールはどうなった。――っち。惜しい、逃げられたか。トロールはどうやら後ろに下がってやり過ごしたらしい。トロールが下がったのを見て、すぐさまドリーが牽制を止め、俺を何度か回復してくれる。
助かった……ドリーの回復魔法で外傷は治ったようだが、未だにズキズキと痛む。しかしなんだあの筒。もしかして違う属性になるのか? なんて便利な物を。だが、これなら止めまでいけるかもしれないぞ。
――顔を動かし直ぐに周りの状況を確認する。復活しそうな死体は後十数体ほどのようだ。
ロックシーフは二体……瞬時に判断する。一気にモンスターの数が減った為、俺に余裕が出来た。
急いで腰にある鉄粉にエント・ボルト。そのまま宙に振りエア・コントロール。
キャプチャ・ライダに向かって紫電の粉が舞い散り、次の死体を操ろうと目を開いたそこに、狙い通りに襲いかかった。
「――ッ――ッツ!?」
――ビチャビチャ、と口と耳から紫の触手を出し、全ての目を掻きむしっている。目からは滂沱と紫の涙を垂れ流し、一つの目を残し、全てが潰れていた。
今なら止めまでいける筈だ……よし、ラングの手が空いているな。
「頼む。ラングッ」
「応ッ、我が種族の蹴りの威力見せてくれるわっ。くらぇい」
尻尾を地面に撃ちたて、高く舞い上がる。其のままトロールの頭部に蹴りを叩き込んだ。トロールの頭部が粉砕される。――だがキャプチャ・ライダは直ぐに頭部からズルリ、と骨髄、触手を抜き、触手を地に突き立て蜘蛛の如く這い、逃げ始める。
――このままじゃ逃げられちまう。どうする、間に合うか……。
一瞬悩んでしまう。そこにリーンの声が掛かった。
「メイ、任せてっ」
『ロック・ウォール』
再度リーンが剣を地面に突き立てる音がして、魔名を唱える声が聞こえてきた。逃げるキャプチャ・ライダの前に、突如現れた、岩の壁が進路を阻む。
すげえ、いけるッ。
「『エント・ボルト』」
その光景見た瞬間に、ドリーのナイフにエントを掛け、ドリーが投げつける。
このチャンスは絶対に逃せない――。
ズキズキと痛む身体を抑えて、キャプチャ・ライダに向かって駆ける。ドリーの放ったナイフが脳髄に刺さり、電撃が走る。動きを止めた脳に向かって飛び、其のまま斧を叩きつける。キャプチャ・ライダは粉々に砕け、電撃で紫の液体が泡立ち蒸発していった。
……やった、倒した。
『さすが、自慢の相棒ですっ』
握りこぶしを天高く振り上げながら、ブンブン腕を振り回し喜ぶドリー。いつか胸を張って、その声に答えられるようになれたらいいな……。
◆
その後はキャプチャ・ライダさえ居なくなれば楽勝で全員でモンスターを全滅させる。調べてみたが、この広間の奥には少しの金品が置いてあるだけだった。先程の分かれ道は、ラングが単独で様子見しに行ってくれている。危ないと思ったら帰って来るそうなので大丈夫だろう。
しかし二級と言っても侮れないな……確かに沼よりも絶望的な状況ではないけど。危なかった。ラングがいなかったら本当に厳しかったぞこれ。
――後、結晶も取っておかないとな。トロールもオークも素材は腐っているしダメそうだな。キャプチャ・ライダは全身黒焦げだし……。ロックシーフの岩皮くらいか……ま、まあ結晶は取れたから、良しとしよう。それに、ラングにはお礼を言っておかないといけないな。
そんな事を考えている間にラングが帰ってきたようだ。話を聞くところによると、あの奥は死体置き場らしく、まだ十体ほど置いてあったらしい。
広間内の死体の中で、戦士らしきものと魔法使いらしき死体を見つけ、嫌々ながら懐をさぐれば、二枚のカードを見つける。多分これが四日前の走破者達なのかな……。死体に少しだけ手を合わせ冥福を祈る。溜息を一つ吐き、皆に顔を向ける。
「やっと終わったな」
俺は戦闘の余韻で力がこもる身体から少しだけ息を抜き、この依頼の終了を口にした。これが俺の初依頼成功か、少し感慨深いな。だがそんな俺のしんみりとした気持ちを、リーンはお構いなしでぶち壊す。
「メイ、帰るまでが依頼なのよっ。ほら頬が汚れてるわよ、ちょっと来なさい」
「い、いいって、やめてっ。まじで。勘弁してくれよ」
『では、私が拭いてあげましょうっ』
「おお、ドリー優しいなおま……待って、ドリー素手じゃねーか、痛い、痛いんですけどっ」
「やはり、先ほどの蹴りには何か名前を付けねばなるまいか……」
皆、何だかんだで無事依頼が終わり嬉しいのだろう。しっかし、えらい目にあったな。もっと楽に終わると思っていたんだが。
◆
素材と結晶は袋に詰め、暗くなってきた山道を注意しながら降りた。帰り道は至って平和で、モンスター達も出てはこなかった。あいつらがいた所為で、この周囲に居た弱いモンスターは、逃げたのかもな。しかし今現在街道を並んで歩いているのだが、歩きだと、遠いなこれ。暗くなってしまったし早く村につかないかね。
あ、そういえばリーンのあの筒は、なんだったんだ結局。
「リーン、その筒なんなの。もうソロソロ、教えてよ」
「ご、ごめん、メイ。すっかり忘れてたわ」
おいおい、聞く側としては凄い気になってるんだから、忘れないでくれよ。
リーンは茶色の柄尻が付いた筒を一本取り出して、見せた。
「これはこの大剣とセットになっている物で、この柄尻の色で属性が分かれているの、筒自体に刻印が掘られていて、自分に吸印していない魔法でも使えるのよ。筒には小さい結晶を入れられるから、それを使えば数発は魔力を使わなくても魔法が使えるしね」
おー凄いなそれは。七本あるってことは七属性あるのか、そりゃ家宝にもなるよな……ん? でも確か印を彫るだけならまだしも、結晶使うと凄く脆くなるって、防具屋のおばちゃんや、ゲイルさんが言ってた気がするが。
「なあ、強度は大丈夫なのかそれ。いや、大丈夫なのは散々見てるけどさ、普通脆くなるんじゃないのか?」
「ふふふ。これはね。あの有名な【ジム・オルコニアス】の作品なのよっ。すごいでしょ。ね?」
その言葉にラングが驚愕の表情を浮かべる。
「な、なんと。かの名工の作だったとは」
全然わからないんだが。すごいでしょ、って言われても困るぞ。まあ、ラングの反応から見たら有名なんだろうが……でも今まで聞いたこと無いしな。正直に聞いてみるか。
「リーン、全然知らないんだが。誰そのジムって人」
リーンは俺の言葉に驚き、何故か少し頬を赤く染め口を開き始めた。
「そ、そうなんだ。知らないのね。何だか自信満々に話したのを思い出すと、恥ずかしくなってきちゃったじゃないっ。
――もう、ジム・オルコニアスはね、三百年前に現れた名工なの。それまでは【結晶機構】を加えると【刻印回路】の所為で、絶対に脆くなってしまって誰として、まともな物を作れなかったのよ。だから武器や防具に使えても、できて魔法使い達の、杖やローブくらいだったのね。まあそれでも相当脆くなって、直ぐ折れたり壊れちゃうから基本的には使えないのと一緒ね。ここまでは良い?」
結晶機構と言うのは、恐らく結晶から魔力に変換する為の機能なのだろう。刻印回路はその魔力を流したり、魔法を刻む為の回路でいいのかな。一先ず納得してリーンに頷いて見せる。
「だけど、彼は次々と魔法剣や、魔法の防具を作り出し、世の中に送り出していったのよ。
武器、防具の強度を脆くせず、それ所か滅多な事じゃ傷一つ着きもしないわ。そんなこと、未だに誰も成し遂げられていないのにね。まあ、各国で研究はしているのよ。兄様も一個だけジム作の防具を分解して調べた事があるらしいけど。まったく分からない上に、二度と戻せなくてもうやらない、って嘆いてたわ」
あー、あの人分解とか好きそうだもんな。下らないことを考えつつも、続きの話に耳を向ける。
「唯、全く進んでないわけでもなくて、クレスタリアはそれで動く船が大分前からあるわ。外側だけしか強度は保てないらしいけど。
東にあるメイスリールは、武器や防具の強度をそれなりにまで上げたらしいわ……やっぱり比べ物にならないけどね。ちなみにグランウッドは魔道具の種類がとても多いのよ。街の魔力灯だったり、メイがお兄様に貰ったっていう小物とかね」
各国それぞれ特化して研究してるんだな。やはりこういう物があるお陰で村が清潔だったり、モンスターの中で人々が暮らせているんだろか。
今の話から考えると、結晶を燃料みたいに扱っている面があるってことだよな。
あー、だから結晶の換金は基本に斡旋所でやっているのか。そりゃ自分の国で使いたいもんな。俺が考え込んでいるとリーンの話を横からラングが意気揚々と語り始める。
「しかしだ。実はその御仁にはいくつもの逸話もあってな。やれ骨の剣を作るために百人は殺した。やれ水晶の槍を作る為に坑道を一つ根こそぎ掘りつくした等、悪い噂や、良い噂も溢れているのだ。実はまだ、長寿種で生きているだの、人間だった、ドラゴニアンだった、探しだしたら切りがない。
――だがやはりこう云う噂は聞いていて心が踊りますなぁ」
まあ気持ちは分からなくもないかな。そういう伝説とかは聞いてると少しワクワクするよな。しかしそんなに凄い家宝を持ち出して良かったのかな。まあ爺さんから渡してきたのだし、問題は無いだろうけど。
先ほどから静かだったドリーを、ふと気になり見ると、瓶から、魔水を美味そうに飲んでいる。よくみれば少しだけ腕に付いた蕾が、膨らんでいるようにも見えた。成長しているのかな。
◆
村に着いた頃には結局夜中になってしまっていた。だが斡旋所は開いていた為、必要な分の結晶を残し、素材、カードを引渡す。報酬含めて、合計金額が金貨二枚にもなってしまい、少々驚いてしまった。どうやら二級の中でもキャプチャ・ライダは上位らしく、肉体的には弱いのだが結晶自体の強さは高いらしい。洞窟奥にあった金品は本当に少量しかなく、銀貨二枚で斡旋所に引きとって貰った。
依頼の内容を話してみると、やはりキャプチャ・ライダは山を超えてやって来たらしい。近々遠征が行なわれるはずだったが、その前に出てきてしまったとの事。どうやら、少し前に、山向こうの村で目撃情報出て、討伐依頼をだしたが、止めを刺せずに逃がしてしまったようだ。
キャプチャライダについての報酬は残念ながら貰えないようだ。ただこのお陰で、俺とリーンは四級に上がることができた。まあ特に特典も無いが、少しだけ嬉しくなってしまった。その後は宿へと戻り、それぞれの部屋に帰る。どうやら、ラングも此処に宿を取ったようだった。部屋に戻って装備を外し、ベッドに腰掛ける。明日の昼間にはクレスタリア行きの馬車も出るし、早めに寝とかないとな。
あーでも、寝る前に、今日会ったキャプチャ・ライダを辞典で見ておくかな。また出会った時に、なにか対策が取れるかもしれないし。まあ二度と会いたくはないが。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
【キャプチャ・ライダ】『二級』
主に二級区域に生息しているモンスター。その見た目は醜悪だが。モンスター自体は然程強くはない。特殊な能力があり自分と同格、あるいは格下の相手の脳と入れ替わり操る。身体能力の限界を無理矢理に引き上げる為、操られる前のモンスターよりも一級程格が上がる。だが肉体がついていけず、操っている内に肉体が壊れてしまい、新たな死体に移っていく事を繰り返す。自身が危機に陥ると、すぐに身体を乗り捨て逃げ出してしまう為、逃げ道を塞ぐか、一気に倒してしまおう。
こいつの厄介な所は、脳部分に無数に浮き出ている目の数だけ周りにある人間や、小さいモンスターの死体を操る魔法を使ってくる事だ。死体自体はそれほど強くはないのだが、閉じた目でその死体と視覚を共有するようで、凄まじい視野を誇る。一匹だけに遭遇した場合はいいが、無数の取り巻きと共に現れた時は逃げるか、広域魔法ですぐに殲滅するのが良い。
フラフラと自分の乗る肉体を探しに区域から飛び出す事も多い為、色々な場所で騒動を起こしている。自身の安全に備え巣に死体を収集する癖があるので、あまり巣に乗り込んで行く事はお勧めできない。引き取り素材は無数に付いている目。ナイフなどで抉りとり、斡旋所に持ち込めば良いだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「大して新しい事は載ってないな」
『メイちゃんさん、また粉を使えば良いと思いますっ』
んーむ。暇があったらそれでいいのだけど、群がられると使う暇がないしな。そろそろ新しい魔法を入れ替えてみようか。明日、馬車の出発前に、道具屋へ見に行ってみようかな。背伸びをしながら身体を解し、ドリーと一緒に寝に入る。
◆
「おはようドリー。今日は何してんのさ」
『おはようございますっ。メイちゃんさん、見て分かりませんか? あさの準備体操ですっ』
布団の上で親指と小指だけを一っ、二っ、と掛け声と共に動かしたり、指をピラピラ動かし腕を振り回している。ドリー、それはちょっとシュールすぎんだろ。
「い、意味あんのそれ」
『ないですっ。あえていうなら気分がよくなりますっ』
「そ、そうか。俺も一緒にやろうか」
『はいっ。じゃあまず始めは、根っこを出して、ビュンビュン回ってくださいっ』
ド、ドリーさん。始めから難易度が高すぎるんですが。
――もう許してっ、根っことか出ないから。一応、言われるがままにやってみたのだが、他の体操も俺にはできなかった。仕方なく諦めて下で食事を取り、ドリーと共に道具屋へと向かう。リーンはまだ見ていない。どうやら寝ているか、また荷物と格闘しているのかもしれないな。
道具屋に着き、店主に、【低級魔法紙】を出してもらい、三つほど購入する。初めて見た魔法紙は、少し厚めの紙に刻印がずらっと並んでいる。この一枚につき、一つの魔法が入っており、使えば戻すまでは使用不可能になってしまうようだ。
一枚銀貨十枚もしたが低級なのでこれでも安い方なのだと思う。どうせ中級なんて、一個入れただけで刻印が真っ赤になってしまうので、やはり種類の使える低級が今の俺には合っているだろう。後でリーンに頼んで入れ替えて貰うか。買い物も終わり、道具屋を出て、リーンと合流する為に宿へと向かう。
宿について見れば、やはり予想通りの惨事となっていた。
「これ位ならまだ入るだろーけどさ、何でまた荷物増やしたしっ」
「待って、メイこれは罠にはめられたのよ」
嫌な予感しかしないが、聞くだけは聞かないとな。
「よし分かった。一応聞いてやろうじゃないか」
「……食材を買いに行ったらね。おじさんが今日は何が欲しい? って聞くから。年上の私が旅の食材を管理しないといけない、って答えたのよ。そしたら『いいお姉さんだねぇ』って言われちゃってっ。買うしかないわよね?」
「よし、今すぐ財布を出せ。預かるから」
『メ、メイちゃんさん、私が預かりましょうか。無駄使いはしませんよっ』
ドリー、いい子だな……でも、空の瓶を握りしめながら言ったのは失敗だったな。
何とか荷物を〝俺が〟まとめ、全員で馬車へと向かう。ラングに別れを言いに尋ねたが、どうやら居ないようだった。馬車へと向かって歩きながら、自分のローブを改めて見る。あー、ローブに穴開いちゃったな。クレスタリアで直して貰わないと駄目だな。
所々に俺のローブは、ロックシーフに刺され、斬られた穴が開いている。今回は直す時間もない為、クレスタリアまで行ってから、直すしかないようだ。結構気に入ってるのにな。
最初に乗って来ていた馬車を発見し近寄ると、そこには見覚えのある男の顔があった。あれ? なんでこんな所にいるんだろうか。
「ラング何してんだこんな所で」
「自分は目的地に向かう為、馬車に乗ろうと思いましてな。先ほどメイ殿を尋ねたときには居られなかったので、挨拶もせずに申し訳ない」
じゃあ入れ違いになったのか。まあそんな事もあるだろう。
「そっか、ラングはどこに行くんだ」
「うむ、南にある故郷に一旦帰ろうと思いましてな。取り敢えずクレスタリアまで」
「えっ、そうなのか。なら、一緒の馬車じゃないのか」
「なんと、奇遇ですな。まあ、旅は道連れといいますからなっ。また修行について熱く語りましょうぞ」
一回も語ったことないんだが。――とりあえずラングとは、しばらく顔を合わせることになりそうだな。クレスタリアへの道中が騒がしくなりそうな予感を感じながら、皆で馬車に乗り込み出発した。