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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
水晶平原
23/109

4−3

 


 周りを木々で囲まれた空間に、日光が差し込み。滝壺で跳ねた水滴が反射して、キラキラと光っている。そして目の前に居るラングは、断固たる謝罪の構えを崩す気配がない。いい加減頭を上げてもらいたいものだ。

 正直なんでも言ってくれと実際言われてたりすると、逆に何も思いつかなくて困る。それに、先ほどの勘違いも、多少こちらにも非があった。


 少し話を聞いてみれば、どうやらドリーを見てモンスターと誤解したらしい「使い魔の証はめてるだろ」と言ってはみたが、熱くなっていたらしく目に入っていなかったとの事。

 延々と頭を下げ続けるラングの頭に付いている耳が、ピコピコと揺れている。ラングが男じゃなければ触らせてもらっているのに。 

 肩でドリーが何やらモゾモゾと動いているが、今は眼前の珍事に集中する為に、気にしない事に。


「リーンはなんか思いつく?」

「突然言われてもねぇ……私たち依頼の途中だし。そんなに構ってる時間はないわね――ラングさん、でしたか? 私を助けようと思い、来てくれた事は感謝いたします。ですが、聞いての通り依頼の途中です。何もしてもらわなくても構いませんのでお引き取りください」


 まあ確かに、余り構ってはいられないな。ただでさえ、リーンの『おかげ』で遅れているのだから。

 もう一人の原因でもあるラングに目を向けると。地面に頭を付けているラングの耳が、ピクリと揺れた。そしてその揺れが身体に伝わったかのように、身体をプルプルさせながら顔をゆっくりと上げる。


「じ、実は自分も依頼を受けて此処にまいったのだが」

「あれ、そうなんだ。なんの依頼?」


 この山の依頼……他にあったかな。斡旋所に行った時に、受付付近にある依頼の掲示板を横目で見たが、他にこの山の依頼は載っていなかった気がする。違う村から他の依頼でも受けて来たのだろうか。


「むむ。少し北にある村から依頼を受けましたな、内容は山腹洞窟のモンスター討伐だったか。日付けは……ひの、ふの、確か九日前であったような」

「――えっ? アンタかよっ、帰って来ていない走破者の一人って。何やってんのさ、こんな所で。アンタ受付のおねーさんに、既に死んだ事にされてるんだけど」


 もし見つけたら証明書だけなら、持って帰っても良いとは思っていたが。まさか本人に会うとは思いもしなかった。しかしラングは本当に、何をやっていたんだろう。まさかリーンと同じく迷子にでもなっていたのだろうか。


「いやそれが、依頼を受けて此処に来たまでは良かったのだが……道中で遠方にこの眼で珍妙なモンスターを捉えましてっ。討伐対象ではないが、やはり追いかけて勝負せねばっ、と思わぬか?」

「無いな」

「無いですね」


 さすがに討伐であって殲滅じゃないし、余程の理由か、親玉でもないかぎり、そこまで離れたモンスターを見つけて追いかけはしないだろう。

 

 ――なんだか印象通りの人(?)だなこの人。絶対目的と手段を途中から勢いで見失う性格だ。


 溜息を吐き出しそうになりながら、ラングを見る。俺達にすげなく返されたせいか、少し動揺ているが、懲りずにも先を続けてきた。


「ま、まあ。人それぞれではありますな。して、いざ追いかけてみると奴め逃げ出しおる。これは許せん……と思い。延々追い掛け回してたら滝に出たと。まあ残念ながら滝を見ていたらモンスターは逃がしてしまったのだが」


 やはりこの人馬鹿なんじゃないかな、と頭によぎる。だが今の話少々はおかしい気がする。念の為に確認しておいたほうがいいだろう。


「でも、時間合わなくないか、何日も追い掛け回してた訳じゃないだろ」

「馬鹿なっ。そんな真似するはずなかろうに。時間が合わんのは、ここで八日ばかり泊まりこみをしていたからだな――滝があるならば修行せねばならんだろう?」

「ねーよ。なんでその流れで修業になるんだよっ」


 余りの話に思わず自分の頭を抱えそうになる。やっぱりこの人面倒くせぇ。リーンを見ても、彼女からアイコンタクトで「もう……手遅れよ」とこちらに伝えてきた気がしたので、俺もすかさず「お前も大概だぞ」と返しておく。


 そんな事をしている間にも、未にラングは意気揚々と話を続けていた。


「やはり。男に生まれたからには一度は【ドラゴニアン種】には憧れますからな。鯉ですら出来て自分に出来ないはずがない。未だ半ばまでしか登れんがもう少しなのだっ」


 ドラゴニアン……確か別名、竜人族だったか。以前、旅路の途中で読んだ本に書いてあった気がするんだよな……。

 人と混じった種族で身体能力は群を抜いて高くて、でも子どもが生まれにくい種族だと記憶している。


 まあそりゃ、カンガルー対竜じゃ憧れるかもな。でも、滝登ってもアンタは竜にはなれんからな。


 と。そんな事を考えていると、唐突にドリーの声が聞こえてきた。


『あいぼおおおっ。見てくださいっ――とうっ』


 ドリーの声が聞こえ、肩を見るが、居ない。慌てて辺りを見渡すと、何故か滝の上からドリーが腕を捻りながら華麗なジャンプで滝壺に向かって飛び込んだ。

 

 ……か、かっこいい。


『ひゃほーーいっ』


 飛び込んだ瞬間歓声をあげ、見事着水。


 ドリー、十点をあげよう。


 どうやら先ほど肩でモゾモゾしていたのは、滝に飛び込みたくてウズウズしていたのだろう。多分俺がラングと話している内に、隙を見つけて我慢できずに遊びに行ったんだな。

 リーンとラングはドリーの声が聞こえないので、気付かなかったらしく、水音に驚き滝壺に目を向けている。二人は滝壺からドリーが泳いで上がってきたのを見て、俺に目を向けた。


「……どうしても飛び込みたかったらしい」

「そう、なら仕方ないわね。本当いつも元気ね、ドリーちゃん」

「あの飛び込みっ。あれは秘技カルガン落としでは?」


 飛び込みに秘技があるのかあんたの種族は。


 やっと水から上がったドリーは何故か元気がなく、肩に戻ってきた時には凄い勢いでプルプルしていた。


『あ、あいぼう。めちゃ怖かったです』


 どうやら飛び込むまでは楽しかったらしいが、いざ飛び出して落ち始めた瞬間怖くなったらしい。


 しかしどうやってあそこまで登ったんだ? そう、不思議に思って聞いてみると。どうやら根を崖に突き刺して頑張って登ったのだそうだ。最近魔水のおかげで調子が戻った為、出来るようになったらしい。

 俺の質問に答え終わると、ドリーは背中に垂らしているフードの中に隠れてしまった。


 そ、相当恐かったんだな……。


「しかし、何時までも遊んでるわけにも行かないな。もう十五時だぞ、そろそろ行かないと――ラングさん。お詫びは気持ちだけでいいんで、俺達はもう行きますね」


 流石に時間を食ってしまった。確か滝は山腹洞窟『付近』にあるって聞いたな。じゃあ先刻の右の道がやっぱり正解だったわけだ。まあ今更言ってもしょうがないだろうが。北の方角にこのまま進めば出るだろうし……。


 ラングが何も言わないので、不思議に思い目を向けると。正座しながら顎に手をあて、うんうん唸っている。そして何事か決めた様子でこちらに顔を向ける。


「申し訳ないが。もし良かったら、自分と一緒にいきませぬか? 報酬等は一切要らぬので、これを詫びとして受け取って貰えまいか」


 いきなりの提案に少し驚いた。すげなく断っても良いのだが、少々悩む。どうするか……少し変人ではあるが、腕は確か。さっきは襲い掛かられたが、それは誤解だとも分かった。リーンを助けに入る位には正義感もあるらしい。いや有り過ぎるのかもしれない。


 まだ信用はしないが、どうせ断っても着いてきそうな気配しか感じ無い。困ってリーンに目線を送るが俺に任せる、と促してきた。リーンとドリーに警戒して貰えば先ず大丈夫だろう。ラングは間違いなく俺よりは強いが、リーンよりは弱い。ドリーに任せればかなりの視野で警戒出来るし……。


「んー。まだアンタの事を信用した訳じゃないけど。取り敢えず共闘という形で良いか? 勿論ただ働きだけど」

「異論はない」

「俺は、メイ・クロウエだ。メイで良い」

「自分はラング・ラッド。宜しく頼む。ラングと呼んで貰いたい」


 ラングと握手を交わす。リーンは名乗りだけ終え、握手はしなかったようだ。ドリーの名前は俺の口から伝えておいた。のそのそとフードから出てきて握手を交わし、やっと肩に戻ってきた。


 どうやらラングが地図を持っているらしく、それを借り受け先へと進む。リーンが恨めしそうな顔をしていたが、もう、絶対に、渡さない。しかし流石に来た道を戻るのは骨が折れる。見れば山腹洞窟があるだろう北への方向には獣道が出来ている。方向も間違いなさそうなのでこちらに進んでも大丈夫であろう。



 ◆◆◆◆◆

 


 先頭には俺が、真ん中にラング、最後方にリーンの順番で地図を確認しながら、木々の間を進んでいく。邪魔そうな枝だけ選んで武器で斬り落としていく。特に敵の気配も無いようだ。ドリーも何も言わないし。それにしてもリーンは騎士で案内役をやった事があるんじゃなかったのか? どうやったらあんな理解不能な図を書けるんだ。


「なあ、リーンって騎士の時に案内役をやったことがあるんだよな?」

「何それ。初耳だわ」

「おい、騎士団の時に地図を見たこともあるって言ったよな確か」

「勿論よ。ブラムさんが何時も「頼むから地図を見て勉強しろっ」って私に持ってくるから〝見てたわよ〟そこまで期待されたら断れないわ」

 

 っぐ。見てたって言葉通りの意味かよ。か、勘違いした俺が悪いのか。いや、落ち着け。余りにも平然と言い放ってきたから動揺しただけだ。完璧にブラムさん舐めてた。あの人凄いすぎるだろ。どうやって、この癖のある団員を捌いてたんだ……良かった俺、騎士団とか入らなくて。


「ほう。リーン殿は勉学に励む程、地図に精通しているのだな」

「今がモンスター討伐の最中じゃなかったら、俺は襲いかかっていただろうな」

「……メイ、冷静さを欠いてはダメ。戦闘で危険よ」

「――頼むリーン。リーンは戦闘〝だけ〟頑張ってもらえると、頼りにしちゃう」

「ほ、本当にっ。頑張るわっ」

「普通でっ。普通でいいですっ」


 もう俺の心の支えはドリーだけだ。


『相棒っ、見てくださいっ。蝶々が飛んでますよっ』


 ……大丈夫、まだ、俺は、大丈夫。




 ◆◆◆◆◆




 しばらく進んでみると岩肌が目立ち始め、目的の洞窟が見え始める。木々に隠れながら近づき、目標の洞窟を確認する。崖際にポッカリと開く黒々とした洞窟は、今まで何人の人間を飲み込んできたのだろう。不意にそう感じてしまうほど薄気味が悪い。穴の大きさは高さは六メートルくらいか。横幅は人が並んで十人は入れる程だった。入り口には一体のモンスターがいるようで、少し様子を確認してみる。


 あれがロック・シーフか普通に人間サイズだな。見張りなのかあいつは? だとしたらそれなりに知能があるってことだな。――っげ、ナイフまで持ってやがる。想像以上に面倒くさそうな相手のようだ。一匹辺りは確かに弱いんだろうが、数を呼ばれてオークまで出てきたらかなり厄介だな。外では森に燃え移るからリーンは魔法使えないだろうし。もう少しよく観察してみるか。


 洞窟脇に石像のように佇むロック・シーフ。ゴツゴツとした岩肌に、人間の輪郭だけを象った造形。それはどこか彫像にも見えてくる。ただし趣味の悪い彫像だが。灰色の岩肌には苔が生えている箇所が所々あり、森などで隠れられたら見つけるのは難しそうだ。


 どうやって片付けようか悩んでいると、ラングが行く様で任せろ、と身振り手振りで示してくる。俺が了承を示すと、姿勢を低く構え手を地面につけ……一気に飛び出した。弾丸の様に駈け出し、ロック・シーフに迫る。ギシギシと音をさせながらロック・シーフが振り向いた頃にはラングの拳が頭に突き刺さっていた。周りを確認しながら近づいて見てみれば。砕けるでもなく綺麗に頭を貫いていた。


「見事なもんだなー」

「ぬはは。修行の賜物ですな」


 見張りも倒し、洞窟の中に入っていく。入り口は確かに暗かったのだが、少し先に進み右へ曲がると、ポツポツと松明の明かりが見える。どうやら視界の問題はないようだな。洞窟の中は内壁にはビッシリとカビやら苔が生えている。しかもアンモニア臭や、腐敗臭が漂っているので正直今直ぐ外に出たい。だがそんなわけにもいかず、口元に以前顔を隠した布を巻き先にすすむ。


 暗さは問題ないが臭いがきついな。沼とはまた違った臭さが有りやがる。余り嗅ぎすぎると気分が悪くなりそうだな。後ろのリーンもどうやら口に何か巻いている。ラングの方は何やら一人で「心頭滅却すればこれもまた芳し」などとブツブツつぶやいているようだ。我慢するところじゃないだろこれ。


 少し先に進むと開けた空間があり、ロックシーフが五体ほどうろついていた。確認した後は少し下がり、バレない程度の声量でどうするか決めることにした。


「どうにかバレずに抜けられないか?」


 俺としてはバレないように行ったほうがいいと思ったが、正直まだ俺にはこういう時の経験が足りない。


「倒したほうがいいわ」

「リーン殿に同意」

「理由は?」

「放置したら、ロックシーフのあの見た目で背後から忍び寄られて、一突きされかねないわ。どうせ倒さなければならないし、今此処で倒したほうが無難ね」


 それもそうか。今回はドリーには警戒だけしてもらって速攻で片付けるか……流石にドリーのナイフじゃ相性が悪い。方針も決まり三人配置に着き、構えて足にギリギリと力を漲らせる。タイミングを測りドリーに石を反対側に向かって放り投げて貰いその音に釣られた瞬間に一斉に駆けるッ。ロックシーフの背後を取り、槍斧を上段から一気に振り下ろす。ギャリギャリ、と音を鳴らし真っ二つにかち割った。


 流石、爺の武器だ。金属扉でもいけたから当然じゃあるんだが、やはり改めて使って見るとかなりの手応え。きっと業物なんだろうな。


 気がつけば……俺が一体倒す内に二人は既に二体づつ片付けてしまっていた。分かってはいたが悔しい。少しは強くなれたと思っていたが、そんなに甘くないか。気分が少しだけ落ち込むが、これから強くなっていけば良いだろうと無理矢理納得する。


『――相棒、二人で頑張って行きましょうね』


 まるで俺の心を見透かしたかの様な、絶妙なタイミングで掛けられた声。空いた手で、――そっとドリーを撫で気を引き締め直す。……流石相棒だな。慰め方まで分かってやがる。


 まあ、騒がれる前に片付けられたのは運が良かったな。取り敢えず片付けはしたが、武器はしまわず慎重に進む。広間の先は二手に別れていた。どちらに進むべきか……まあ、いくら悩んでも正解が判るわけじゃないがな。


 ――何だ? 右からなにか引きずる音が聞こえて来た気がする。 どうやらラングは気づいた様子で俺に目線を送ってくる。手を上げ、後ろに下がる合図を直ぐ様二人に見せ、一旦下がり岩壁に隠れ様子を伺う。


『二体来てますね。さっきの石ころです』


 ドリーの声の通り、先の方から二体のロックシーフが来ているようだ……片付けるか? いや。何か引きずっているようだな。目を凝らし確認すれば。二体のロックシーフはどうやら人間の死体を一体ずつ引きずり、先程の分かれ道を左側に向かっていく。何処かに持っていくようだ。オークの餌にでもするのだろうか。そうだとしたら、後をつけたほうがいいだろうな。暫く静かに待ち、ロックシーフが見えなくなってから二人に声をかける。


「着いて行ったほうがいいと思う。多分あの死体オークの餌にでもするつもりじゃないか」

「そうね。どちらに行けばいいのか分からないのだし。賛成よ」

「メイ殿。それなら奴らを倒してから左に向かえばよいのでは」

「まだ先に分かれ道が有るかもしれない」

「成程。道理だ」


 皆の意見もまとまった為、先程の二体を追いかける。静かに近づき、後を追う。




 ◆◆◆◆◆




 ――その速度の遅さに苛々とし始めた頃に、ようやく目的地についたようだ。中に入る二体を見送った後、壁際から中を覗いて見る。――瞬間。かなりの悪臭に目が染みて、涙がこぼれそうになってしまう。中は広い空間になっていて。壁際には松明が置いてあり明るさは十分有る。問題はその下だった。


 見れば左右の壁際には、人間の死体が放り出されている。先程のロックシーフは奥にでも行ったのか姿は見えない。どうやらここに死体を持ってきて放り出しているらしい。ふと、何か目端に捉え良く見てみれば、広間中央に固まりが転がっている。リーンに聞くとオークの死体だとの事。


 おい、どういう事だこれ。あいつが引き連れているんじゃないのか。俺が少し混乱していると……それをあざ笑うかの様に奥から重量のある足音が近づいてくる。――徐々に姿が見えてくる……少しでかいな。奥から出てきたのは四メートルほどの、緑色をしたモンスター。その体はでっぷりと腹が出ていて。皮膚の所々が白くかびている。よく見れば皮膚が緑なのではなく、体中に苔が生えているのだと理解する。腕は丸太より太く。手には何処が手に入れたのか、岩で作られた巨大な斧を持っている。顔は光が届かず未だ見えない。


 直ぐ隣で覗いていたリーンが小声で話しかけてくる。


「なんでこんな所にトロールがいるのかしら。でも色がおかしいわね普通……ッ! メ、メイ正直かなり面倒な事になったわ」

「なんだトロールってマズイのか」

「いえ。トロール自体は三級上位なのだけど。あいつの頭を見て」


 促されるまま見てみると。目には白目だけしかなく、口をだらしなく開けて下を垂れ下げている。顔は目から上が無くなっていて。脳みそが見え……なんだあれ。よく見ると脳みそだと思ったものは、どす黒い紫色をした奇妙なモンスターだった。脳みそに似ているその姿の至る所から目が開き、トロールの耳から触手らしき物がこぼれているのが見て取れた。かなり醜悪な見た目をしたやつだな。


「あれは『キャプチャ・ライダ』確か山を越えてかなり先にある二級区域にいるやつよ。最近、沼の事もあって遠征に出て行ってなかったから、数が増えて出てきたのかもしれないわ。あいつに関しては、たまにそういう事があるのよ。生まれて直ぐにフラフラと出ていって今みたいに問題を起こすの。他の大きいやつなら直ぐ判るんだけど……足が早くて土地のモンスターに付くから発見が遅れちゃうの」

「に、二級か。やっぱり強いのか」


 リーンが面倒だと言う位なのだから、相当強いんじゃないのかあいつ。なんで四級依頼に来てあんなのに出会わなきゃならんのだ。――そんな事を考えていると、背後から広間を覗いていたラングが口を開く。


「メイ殿。自分が追いかけてたのは多分あやつだと思う。その時はあのようなモンスターには、取り憑いてはいなかったのだが。あの珍妙な脳みそは同じ奴かと」


 今この瞬間から、俺は滝が嫌いだっ。滝さえ、滝さえ無かったらっ、ラングが潰してくれてたかもしれないのにっ。思わず悔しさに地面に拳を打ちつけそうになったが、バレルとまずいのでググっ、と堪えて我慢する。


「そう。なら、その時に出てきたのね。そして逃げた後に付近でトロールを捕まえて戻って来たのかしら。私は一度……数減らしの遠征に着いて行って戦った事が有るのだけど、かなり厄介な奴だったわ。モンスターを操り、体の限界を突破させ、自らの身体として動かす。あいつ自体はかなり弱いのよ。だけど身体にはいくら攻撃しても痛みはないし、逃げ足が早い。逃がすと身体を乗り換えまたやり直しよ。後もう一つあるん……」

『相棒ッ! 後ろッ』


 ドリーの言葉に振り返ると、背後三メートル程の位置に全身苔が覆ったロックシーフが一体。糞ッ、まだいやがったのか! 今まで後ろで静観していたラングが駈け出し一瞬で倒してしまう。だがロックシーフの死体が地面に倒れこみ地面にぶつかり、大きな音をたてた。洞窟内に音が響き渡る。――あいつに注目しすぎて気づけなかったか。いや、このロックシーフは体中が苔とカビに覆われている。きっと壁と同化し、ドリーの目すら欺いて近づいて来たのだろう。


 振り向きたく無い気持ちでいっぱいだったが、覚悟を決め振り返り、広間を見る。すると音に反応して完全にこちらに目を向けているキャプチャ・ライダと視線が交わった。最悪な気分だな。脳に無数に張り付いてる目が一斉にこちらを見ているのだ……ゆ、夢に出てきそう。


 思わず目を逸らしそうなる頭を抑え、武器を抜く。逸らしたら、いきなり襲いかかってくる気がしてならない。周りは既に臨戦態勢になって武器を構えているようだ。


「どうするよ、リーン」

「やるしかないわね。逃がす気なんて無いわよあいつ」

「奇っ怪な奴めが退治してくれるっ」

『相棒〝私たち〟の強さを見せてあげましょうっ』

「さっき言いそびれたけど。あいつにはもう一つ厄介な所があって……」


 リーンの話を遮る形で、頭に居るキャプチャ・ライダの周りが光りだす。


「魔法が使えてね。――自分の乗っているモンスター以外にも、小さい死体なら目の数だけ動かせるのよ」


 そこまで言葉を聞いた時には既に、転がっていた人間の死体が次々と動き出し始めていたのだった。 


「お、俺。このモンスター嫌いだわ」

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