グランウッド編外伝【綿毛は世界に若芽を運ぶ】
メイ達が、グランウッドを出発して数時間後、城の広間には王妃を初め、ゼム宰相、一、二、三、五番の隊長、不貞腐れ顔をしたゴンドが集まっていた。
「これでいいんじゃろ、儂の愛するリーンが家出してしまったがのっ」
ゴンドが、子供の様に地団駄を踏み鳴らし、騒ぎ立てている。
「いやいや、糞爺、メイと戦ったって話じゃねーか、全然話と違うだろうが」
「喧しいわ、ブラムの小僧如きに言われるまでも無く、分かっておるわい。ほんの少し試しただけじゃろうが」
「糞爺の『少し』程、宛にならん物はねーんだよっ」
「お止めなさい、予想外とはいえ、結果的には上手くいったのですから良いでしょう」
ゴンドとブラムの言い争いに、すかさず静止の声を上げる王妃。流石の二人も王妃に逆らう訳にもいかず黙りこくってしまう。
「ゼムの計画通りに事が運んだのは良かったのですが。ゼムはこれで良かったのかしら。自分の息子と孫でしょう?」
「孫だと思って、長い目で見ていれば、やりたい放題好き勝手ばかりしおる。――それに、四番隊の『掃除』の為に事を起こしてみたのはいいが、起こす問題がよりにもよって、獄級走破者の殺害未遂なんぞ……もう目も当てられんわい。まあお陰でリーンちゃんが、自由に成れたのは、良い誤算だったがのぅ」
ゼムは額に手を当て空を仰ぐ、その顔には少しだけ、疲れが滲んでいた。
ゼムにとっては勝手に宰相派を名乗る上に、訓練もまともにせず、態度ばかり大きくなっていく四番隊など『邪魔』以外の何者でもなかった。
四番の前隊長は、自分の息子のガラム。彼の頃から宰相派などと、ゼムの意思を無視して勝手に派閥を作り、徐々に四番を汚染していった。挙句の果てにはギランの頼みを聞き入れ、ギランを隊長に収め、自分はその上から更に派閥を煽る、など救いようもなかったのだ。
初期の頃は、リーンと孫の婚約には、四番の王妃派取り込みという要素も確かにあったのだが、ゼムにとっては、友人のゴンドの悩みを和らげてやりたい一心で確約しただけだった。だがゼムにとって予想外だったのは、自分の息子と孫が予想以上に〝馬鹿〟だった、という事だろう。
ゴンドと二人で、リーンの婚約を相談していた段階では、息子のガランはともかく、ギランはあそこまで馬鹿な男では無かった。ゼムにしてみれば、自分の孫だと言うこともあり〝多少〟駄目な面が有ったとしても、自分で〝教育〟するつもりだったのだ。だがギランは、リーンとの婚約が決まった事で、凄まじい勢いで増長し、ゼムの言葉すら届かなくなっていった。
そして、
そのままゼムには内密で、親の権力を用いて隊長に無理矢理収まってしまう。ゼムが気がついた頃には、既に四番隊を自分の身内で固めきっていたのだ。
リーンとの婚約を解約しようにも、欲に目が眩んだ息子と孫に猛反対を浴び、四番隊全員で結束して拒まれる等、ゼムにも予想外の抵抗まで見せてきた。目立った問題だけは起こさないので、一度決まった隊長を簡単に下ろすわけにもいかなかった。それに婚約については、簡単に解消などしてしまったら、更に王妃派、宰相派の亀裂を広げることになりかねない。
「しかし彼が来てくれて助かりました。獄級の面でも四番の面でも」
王妃の言葉に一同顔を頷かせる。サイフォスには思うところがあったのか、少し陰鬱な顔をしながら、訥々と話し始めた。
「そうですね。でも私が彼に知らせた時は、予想外に熱くなってしまっていたようで、まさか真正面から突撃していくとは思いもしませんでした。もしあのまま彼が死んでしまったりしていたら……折角出来た友人を失う所でした」
「サイフォスてめーは少し真面目すぎんだよ。メイの奴が簡単にくたばるわきゃねーだろ。大体ドリーの嬢ちゃんだっているんだ」
「……しかし」
「だ、大丈夫、メイくんは、そう簡単くたばらないです、悪運だけは強いですからー」
ブラムとアーチェの言葉で少しだけ楽になったのか、サイフォスは顔を少し和らげた。
「しかし一番やらかしたのはやはり此の猪爺じゃろうな。当初の目的では夜中の警備は四番にさせて彼が侵入した所で交戦、彼に四番を叩きのめして貰うはずじゃったのに。この馬鹿爺はよりにもよって四番を追いだして自分で戦い始めるなど、何考えておるんじゃおのれは」
「喧しいわっ、自分だって爺じゃろうが。儂は唯リーンの友人を名乗るなら、こう、やはり自分の手でじゃな……」
「阿呆かっ。直ぐに突っ走るなといつも言うとろうが」
「お止めなさいと言ってるでしょう」
放っておけばすぐに始まる〝じゃれあい〟を何度となく制して纏めきる王妃は、やはり王という名をもつに相応しいのだろう。
だがゼムの言うことも尤もだと王妃は思ってもいた。
ブラム達から話を聞き、メイ・クロウエという青年は、信頼に足り、まだまだ甘いが将来性に優れ、ブラム曰く「リーンの結婚が無理矢理決まれば必ずあいつはやらかす」との言葉を元に今回の計画を練った。サイフォスに頼みメイに伝えてもらい、夜の警備に四番隊だけを配置する。侵入するメイに四番を叩きのめして貰い、侵入者一人にやられるようでは実力不足だと指摘。良くて解任、悪くても四番が奮起し訓練などに精を出して貰えばと思っていたのだ。――まあ、あわよくば開いた四番にメイかリーンを収めようとすら考えていたのだが。
だがそれを大事にした人物が三人、メイ、ギラン、ゴンドである。メイはブラムの想像以上にリーン達の事を大切に思っていた為、熱くなり、何時もの調子を無くし、明るいうちに真正面から突っ込んで行ってしまった。ギランはただ訪ねてきただけのメイに対して、嫉妬と蔑み、負の感情を押し出し、一般人にして獄級走破者であるメイを不意打ち、殺そうとした。
ゴンドにとってはメイという男は、ずっと見ていなかったリーンの笑顔を引き出す男の友人であり、やはり自分の手で見極めたいと、四番の警備を解除して、一人でメイを延々と待ち受けていた。それ以前にも、少々確認してみれば。ブラム達から信頼を受け、訓練の際にも内に将来性を見て取れ、ゲイルもメイを気に入っている様子だった。――もしリーンを大事にしてくれそうなら、この機会に婚約を移しても良いとさえ考えていた。
だがメイと戦っている内につい〝少々〟熱くなってしまい、最後には少しだけ本気を出しそうになっていた。だがメイはそんなゴンドをも、少しの間とはいえ出し抜き、超えてみせた。まだまだ弱く、技術も甘い、だが大事な場面で自分の意思を貫き、やり通し、リーンを大事に思っている事もわかったゴンドは、メイを気に入ってしまい、うっかり名前を交換し、武器を譲り、リーンを行かせる事を許してしまっていた。やはりゴンドは直情型なのだろう。
いつもの如くまた騒ぎ出しそうな皆を見つめながら王妃は考えに耽る。
(あなた、若い芽は遠くの空に旅立って行きました。でもきっとこれでいいのでしょう……グランウッドの意思を受け継いでいるのだから)
◆◆◆◆◆
今から十年前。【城壁都市グランウッド】は未曾有の危機に陥っていた。
肉沼から飽和状態になっていたレギオンゴーレムが這い出し、周囲のモンスターすら引き連れ、グランウッドに進行してきたのだ。
城壁の周囲はモンスターで埋め尽くされ、住民は逃げ出すことも出来ずに、騎士達と共に立て篭もって交戦する。走破者達も愛する自国を守るため立ち上がっている。
城壁の上から騎士達が魔法を放ち、住民が協力して熱した油を落とす。走破者達がその強さを生かし、住民達をモンスターから守っていた。
その城壁の上で一際目立つ二人の男が騎士、走破者、住民達に指示を出しているのが見える。
「魔法使いは魔力が切れたら直ぐに後ろに下がるんだっ。道具屋は協力して『魔力薬』を魔法使いに与えてくれ。代金は国が保証する。ありったけ出してくれ。
騎士たちも此処から一歩もモンスターを通すなっ、だが無理だけはしなくていい、一人の命が失わずに済めば、その人がまた一人助けられる。いいか無理だけはするなよっ。
――指示こんな物ですかねどうです? ライラス王」
「悪いわけないであろう? 【ジャン】よこんな時に使わない国宝なんぞゴミと一緒だ、遠慮無く使えっ」
ライラスと呼ばれた男はグランウッドの王【ライラス・デルウィッド】――王と言うには少しばかり力強い体つきをしていて、太陽に輝く金髪の髪を後ろ手になでつけている。自国に攻め入るモンスターをその鷹のような目で睨みつける様はどこか野性の獣の雰囲気を感じさせる。
ライラスの前で指示を出すジャンと呼ばれた男。彼はリーンの父親であり、ゴンドの息子、グランウッド騎士団一番隊隊長【ジャン・メルライナ】――真っ赤な髪を風に靡かせ、皆を暖かくさせる優しい顔立ち、愛する息子や娘妻を守る為に、その赤い瞳には決意の光を秘めていた。
彼は白い騎士鎧を身に纏い、父親から受け継いだ大剣背負い、次々と皆に指示を出しモンスターの猛攻から街を守っている。
二人は危険も省みずに最前線で指示を出し続ける。自分たちがいなければ士気が下がり、ここが耐え切れない事を知っているのだ。 と、そこに一人の若い青年が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ジャ、ジャン隊長。やばい、大変な事になったっ」
「どうしたブラムっ。何があった」
「ゴンドの爺が城壁から武器持って飛び降りやがったっ」
「――はぁ。と、父さんは何をやっているんだ……」
ジャンは溜息を吐きながら城壁の下に顔をのぞかせる。――ジャンにとってゴンドを見つけるのは至って簡単だった。モンスターが吹き飛び、火炎の竜巻が吹き荒れる、その中心にゴンドは居るのだから。
「相変わらずだなゴンドは。だが、いいのだよ奴はそれで。俺の自慢の臣下だからな」
呆れるジャンを横目に、ライラスはその光景を見て笑い声を上げている。それを見てジャンとブラムはなんとも言えない顔になってしまう。
「この王あって、あの臣下だねブラム」
「なんでこう直上型しかいないんだっ、此の国はッ」
呆れる二人の声に反応して、近くにいた初老の男がまた一人話しかけてきた。
「失礼な事を言いおる。ブラムの坊主、儂が居るではないか」
「ゼムさんまで来やがった。収集つかなくなっちまうっ」
「喧しい。あの猪と一緒にするなっ。――しっかしモンスター共は、ちいと邪魔だのう『サンダー・ストーム』」
ゼムの魔名と共にゴンド戦っている横に新たに雷の竜巻が吹き荒れる。属性の違う二つの竜巻がモンスターを蹂躙していく様は圧巻の一言だった。
ゼムは今でこそ宰相などしているが、若い頃はゴンドと共に騎士団の隊長にまでなっている男だ、ライラス、ゴンド、ゼムの三人でよく騒ぎを起こし、そのバツを受けた事など数えられない程。
「あああ、何やってんだゼム爺。あそこにゴンドの爺がいるんだぞっ」
「此の位で死ぬんじゃったら苦労せんわ。ほれ見てみろ、元気じゃろうて」
ゼムが顎をしゃくって、先程までゴンドが暴れていた付近を指す。よく見てみれば土煙を巻き上げこちらに向かってくるゴンドが見える。ゴンドは城壁までたどり着くと城壁に武器を指しながら登ってくる。
「何してくれるんじゃ殺す気かっ、この糞爺っ」
「爺はお前もじゃろうがっ。あのまま黒焦げになれば良かったものを」
「お前より先には絶対に死なんわっ」
「っはっはっはっは。良いだろージャン、ブラム、俺の臣下達は」
「結局収集がつかなくなってるじゃねーかっ」
「なあ、ブラム……父さん達に何言っても無駄だよ……諦めも世の中には必要な事なんだよ。覚えておくといい」
この危機に緊張感がまるで無いこの国は、今はまだ案外大丈夫そうである。
◆
皆の活躍も有り初期の頃はかなりの余裕を持って相対していたグランウッドであったが……。
終わること無く攻めて来るモンスター達、徐々に減りゆく資材と体力。休むことすら許されずモンスター達と数日間に亘って交戦し続けているこの都市は、既に限界に近づいていた……。
ゴンド達はともかく、普通の騎士にとってレギオンゴーレムは悪夢以外の何者でもない。少しぐらいダメージを与えても回復してしまい、皮膚が焦げれば、裏返り治ってしまう。一体倒しても死体を吸収し、他の巨人が回復していく様は一般騎士には到底耐え切れるものでは無かった。
絶え間ない交戦のお陰で、魔法薬などの資源も尽き果ていき、魔法使いの数が減ればそれだけ殲滅速度も遅くなる。初期よりもモンスターは減っているはずなのに、都市に取り付くモンスターは明らかに増えてきている。
「ヤバいっ。ジャン隊長、南が押し切られそうだっ」
「っく。ゼムさんに行ってもらえっ」
「あちらに、モンスターが侵入しましたっ」
「走破者達を向かわせろッ」
ゴンドを初め皆が獅子奮迅の活躍を見せてはいるが、すでに終わりが近づいていた。ジャン達の眼前に蠢くレギオンゴーレムが次々と固まり一つの強大な巨人と変貌して行くのが見えてしまう。
「もうダメだっ。皆死んじまうんだッ」
一人の走破者が取り乱し次々と混乱が広まっていく。あの強大な巨人の一撃ならば城壁とて簡単に砕けてしまうだろう。
この光景を見ていたライラス王とジャンはある一つの決意を固めていた。
「ジャン。このままではもう持たないだろう……愛する家族が居るお前に言うことでは無いのかもしれないが、一緒にこの国を、守って貰えないだろうか」
「王よ。愛する家族を守るのに、何を躊躇う必要がありましょうか。私が居なくても、既に若い芽は出始めています。未来は明るい物になるでしょう」
その二人を見つめるゴンドは思う、なぜ……何故ライラスは自分に言ってくれぬのかと、怒りが沸き上がっていくゴンド、結局それに耐え切れず、怒りを顕に王に詰め寄って行ってしまう――。
「ライラスっ、なぜ儂に言わんッッ。老木から朽ちていくのが当然じゃろうがッ」
「お前にはまだやって貰わねばならん事がある」
「ライラスなんの事じゃっ。一番やらねばならん事が、
――ッ! がっあああ。――な、何を、なにをするんだ……ジャン」
怒りに身を任せたゴンドの背後を取り、当身で意識を刈る事等、今のジャンには造作も無いことだった。
なぜならそれだけゴンドが息子を――愛していたから。
そんな息子に対して、ゴンドが警戒など、まるで抱いていないから。
「経験を積んだ老木には、まだ若木の為にその経験を残す仕事があるんだ……家族を頼んだよ父さん」
倒れたゴンドに親愛の瞳を向けるジャンは、傍らにいるブラムに顔を向ける。
「ブラム、父さんを奥に連れて行っておくれ――それと次の隊長はブラムに頼みたいんだ。私の代わりに国を守ってくれないか」
ブラムに向けたそんなジャンの言葉に、楽しそうにライラスが続く。
「ブラム、やったな出世じゃないか――俺の妻と娘の事も頼むぞ。
お前が受けてくれれば俺も安心だからな――後はゼムとゴンドに……先に行ってると伝えておいてくれ」
二人の言葉にブラムは、なにも言葉を出せず、目からは涙が溢れ出る。
ギシリ、と周囲にまで響き渡りそうな力で、歯を食いしばり……やがて何か覚悟を決めた表情を称えて顔を上げた。
「――っぐ、はぃッ……お、俺、ちゃんと守って見せますからッ。此の国を、皆を、モンスター共から守って見せますからッ!」
これ以上二人の邪魔をしてはいけない。ここから先は自分では役に立たない。
とめどない程の悔しさと、泣き叫びたくなるような歯がゆさ覆われながらも、ブラムは倒れたゴンドを背負い上げ、溢れる涙を拭きもせずに――二人の偉大な男を心に刻んで、街の中心へと歩んでいった。
「ハッハッハ。この国も安心だなジャン」
「はい、そうですね……」
「さて、じゃあ俺達は国のゴミ掃除でも始めるか」
それだけ言うとライラスは腰に差してあった、刻印が装飾された木剣を抜き放った。
その木剣は大樹グランウッドの枝から作り、代々グランウッドの王に伝わる宝剣であり――それも、秘術として、人生で一度しか使えぬ大魔法が刻み込まれた宝剣でもあった。
目の前には既に凄まじい大きさに膨れ上がったレギオンゴーレムが、こちらに向かって来ていた。だが二人は、何も恐れる事無く、威風堂々と構え巨人を迎え討つ。
「ジャン『全力』でやれよ。まだまだお前程度じゃ俺の技は破れんさ」
「王こそ全力でお願いしますね。私の攻撃でグランウッドに『被害』が行っては堪りません」
「――生意気な事を言いおって、見せてくれる俺の全力をッ。我が愛する国を守護する王の力をッ」
――ライラスは木剣を振り上げ魔名を叫ぶ。
『偉大なる大樹の力 《グレイトフル・グランウッド》』
ライラスが魔名を叫んだ瞬間、国が変わる。城壁近くの地面から木々が生え出し、周りのモンスターを刺し貫きながら二人の周りだけを残し、グランウッド全体をドーム状に覆い尽くす。――王の命を力に変えて、優しく、力強い盾となる。それはまるで偉大なる大樹グランウッドのように。
「――ッ、やれえい、ジャンっ。俺が全てを守って見せるッ」
「応ッ、言われずともッ。貴様らに、メルライナに伝わる極技を見せてやろうッ」
『幾万の降り注ぐ太陽 《フォーリング・サンミリオンズ》』
家宝の大剣を空に掲げ、その生命を燃料に、心の力を燃やし尽くす。空から降り注ぐ小さな太陽が、全ての脅威を殲滅する。あたり一面を焼け野原に変えて。
その極技によってモンスター達は燃え尽きる。再生の暇さえ無く燃やし尽くす――だがその強大な殲滅力は街にとっても例外はない、凄まじい火球が降り注いで往くが、グランウッドを守る大樹は小揺るぎもしない。なぜなら、守る物が王なのだ、大切なモノを守り切るのが、グランウッドの『信念』なのだから。
大樹に守られたグランウッドの中で、ゴンドの悲しき雄叫びが国中に響き渡った。
――その日、二人の男がこの世を去った……全てを守り、未来を若木に託して。
◆◆◆◆◆
相変わらず騒がしい広間に王妃は意識を戻し、場を沈め、話を結論へと導く。
「では、事件を誘発したガランと一般人であるメイ君を殺害しようとしたギランの処分は。階級を一般兵まで落とし、二度と性根が曲がらぬほど、叩き上げる事にする。でいいかしら」
王妃の言葉に反論する者など誰もいなかった。――少なくともかなり甘い結果ではあるが、ゴンドとゼムの〝教育〟を毎日のように受け続け、厳しい〝訓練〟をこれから受ける二人にはこれが〝甘い〟採決だとは思いもしないだろう。王妃はこれからの忙しさを鑑みると、少しふらつきそうになる頭を振り溜息を吐いた。
(しばらくたって、暇ができたらクレスタリアの姫に手紙を送らないといけないわね)
王妃は広間にある窓を見やり再度溜息を吐いた。
話し合いも終わり。再度街に向かうブラム達の耳には活気良い声が耳に入ってきていた。街は既に祭りの準備が始まり、段々と騒がしくなってきている。
「しかしメイの奴は何時戻って来るんだろうか」
「いやいや、ブラムさん今日出て行ったばかりなのだから。直ぐ戻ってくる訳無いでしょう」
「ま、まだメイくんには伝えないといけない言葉がいっぱいあるんですけどー」
「彼とは〝同士〟の誓いを結んだ仲だからね。僕としては彼の持ってくる面白い話を今か今かと待ち望んでいるのだけども。――嗚呼、メイ君が帰ってきた時の為に新しい宝物を開発しなければいけないねっ」
「相変わらずゲイルの坊主はそればっかだな。まあ、メイの事だから帰ってきた時には面白い話をわんさか聞かせてくれるんじゃねーか」
一同はドンドンと準備の進む祭りを見つめ。――彼と彼女達とすごせたら良かったのに、と思いを一つにしていた。
空には綿毛がフワリフワリと風に運ばれ、遠くの土地に種を運んでいくのが見えていた。
◆◆◆◆◆
ガタガタ、ガタゴト、青空の下一台の馬車が南に向かって走っている。馬車の後ろには二人客だけが乗っていた、いや詳しく言えば青年と『彼女達』だろう。
「――ッ、へっくしっ、チキショウ」『――ッはっぶしッ、よいしょッ』
「なんなのメイ、風邪でも引いたの。お腹出して寝てるからそういう事になるのよ。しっかりお腹は暖かくして、身体を冷やさないようにしないとっ」
「リッ、リーンわかった、わーかったって。大丈夫だって、今日はちゃんと蹴り飛ばさないようにするって」
『あ、相棒。毛布を殴り飛ばしたのはどうやら私ですっ』
「大丈夫だドリー、毛布なんて要らないさっ」
「駄目だって言ってるでしょ。メイったら」
『でも同時にくしゃみが出てしまうとはッ。やはり相棒とは〝以心電刃〟ですねっ』
「惜しいなドリー、伝心だっ。――以心ッ」
『伝心ッ』
「楽しそうで何よりだけど、誤魔化されないからねっ。メイもドリーちゃんも」
本当に楽しそうで何よりである。