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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
城壁都市グランウッド
19/109

グランウッド最終【忘れていた手を受け取って】

 


 ――やべえ。

 現在、俺の頭の中はこの言葉で埋まっていた。


「少しは老人を勞って欲しい物だのぉ、さっさと来て、とっとと捕まればいいじゃろうに、なあ糞餓鬼」

「糞餓鬼が誰の事なのか、私には良く分かりませんがご老人」


 絶対カマかけてやがるんだこいつ、ローブ被って、顔隠してるんだからバレるわけねーだろ、そんな手には絶対に乗らねーぞ。


「糞餓鬼、肩から黒い手生やして、グランウッド騎士専用の斧槍持ってきておいて、それは無いんじゃないかの」

「……あっ、さ、流石だなっ、糞爺っ、グランウッドの重鎮『知将のゴンド』と呼ばれるだけは有りやがるっ」

『……恐るべしっ』

「知将とか呼ばれた事無いんじゃが、それも中々いいのぅ」

『メイちゃんさん、私の方が凄いですよねっ』


 聞くまでもなくドリーの優勝に決まっているだろう。


「まあ、そんな事はいいじゃろ、殺しはせんよ、さっさと掛かって来い」


 相変わらずの威圧感をまき散らしながら爺は槍斧構える。

 ――や、やるしかねぇ。

 直ぐさま後ろに飛び退き武器を抜き放ち、俺は悠然と立っている爺を睨めつけた。


「さっさと来ぬか、糞餓鬼、儂は早く寝たいんじゃがな」

「喧しい糞爺、俺が眠らせてやるわっ」


 セリフと共に『ボルト・ライン』を放ち、直後に斧槍を振りかぶり走り寄る。効かないのはわかっているが少しは隙を作るはずっ。


「――ッ――ッ!」


 が、唸りを上げて向かう紫電の雷撃は、爺の左腕の殴り一発で呆気なく霧散してしまった。

 ――か、雷殴るなよっ、一般常識だろうがこの糞爺っ。

 しかも、一緒に振り下ろしていた一撃まで、爺の武器によって防がれた。

 武器と武器とが噛み合って、ギチギチと金属同士が摺り合う音が耳に入ってくる。


 ――やばい無理だこれ。

 押し合いはしてみたが、力比べにすら勝てやしない。力を入れられるごとに俺の背が仰け反り、少しでも力を抜けば後方にひっくり返ってしまいそうだ。


 このままやられて堪るか……まだいける……ここはドリーの射程だ。


『ちょいやっ!』

 

 ドリーが妙な掛け声と共に、ミスリルナイフを全力で振るう。おかげで爺がかち合わせていた武器を引いた。

 ようやく自由になった俺は、ドリーの攻撃に合わせ連携攻撃を行っていく。

 攻撃回数が一気に増大する。爺に向かって刃が躍りかかった……。

 しかし、それすらも爺は手甲と槍斧を器用に振り回し、次々と弾きかえして当たらない。


 ……マジで相変わらず器用な爺だ。


「こっちの手の嬢ちゃんは中々のもんじゃな」

「ドリーだ、俺の自慢の相棒なんだ、覚えとけ糞爺っ」

「そうかそうか、ドリー嬢ちゃんか、覚えておくかの」

『はいっ、よろしくですっ』


 挨拶は後にしなさいドリー、今は戦闘中です。


 大体此方はドリーと二人で絶え間なく攻撃しているのに、全て会話しながら裁かれ、逸らされ、弾かれているんだが、どうしろってんだ。


『相棒っ、この人強いっ』

「身を持って知ってるさ、ドリー気合入れろよっ」

『合点承知ですっ』


 切る、突く、払う、柄尻で殴る。お互い無言で意思の疎通をする。

 不思議な感覚だった。なんて息が合うのだろうか……相棒が何をしているか見なくてもわかる。

 次はドリーはきっと切り払う、俺はそこに同時に攻め込もう。よし、じゃあ俺が突こう、隙は出来るがドリーが分かってくれているはずだ。

 今までに無いほどに身体が動き、攻撃は鋭さを増してゆくばかり。


「甘いぞ糞餓鬼ッ――!」


 ――だが届かないっ。

 一撃をまた弾かれて俺が舌打ちを漏らすと、爺が不敵な笑みを浮かべて口を開いた。


「しっかし、お前本当にあの時の糞餓鬼か、動きが段違いじゃぞ」

「ドリーのお陰だなっ」

「お主自身の動きまで良くなってるんじゃが。まだまだ、ではあるがのぅ」


 まあ当然のことだろう。爺との訓練以外、全ての戦闘はドリーと一緒だったんだ。すでに俺の動きはドリーが肩にいることが前提になっているのだろう。


「さっさと当たりやがれッ!」


 力任せに振り下ろすが、防がれる。また爺と押し合いになるがあっさり負けてしまい、後ろに無理やり下がらされる。

 ――頼むから、もっと老人ぽくしてくれ……。


「ドリーっ」

『アース・メイク』『ウォーター・ボール』


 爺の足元の土が突如として盛りあがり、体勢を崩させる。そこにドリーの放った水球が襲い掛かった。

 

 長引いたらヤバイ、さっさとやるしかねぇ。


 俺とドリー。息を合わせて、二人で同時に襲い掛かる。

 爺は態勢を崩しながらも手甲で水球を撃ち落とし、ドリーの攻撃は柄で逸らした。

 でも……両手を使ってしまっている、今なら。 


 ――ヤレる、届くっ。


 突きを放つ爺の腹部辺りに向けて。殺す気なんて微塵もないけど、手加減をできる相手でもなかった。

 大丈夫、回復魔法もある。多少の傷なら死なないはずだ。

 渾身だった。避けられるタイミングとは思えなかった。普通なら、無理だ。普通なら……。


「――――墳ッ!」


 轟ッ。烈風が渦巻いた。

 凄まじい風切り音が巻き起こり、俺の武器は爺にあっさりと『蹴り上げ』られた。


「……は?」


 一瞬、何が起きたのか理解出来なくなった。握っていたはずの武器が消失し、手に痺れが残っている。

 一拍だけ時間をかけて俺の思考がようやく戻った。


 くそ……体術までヤレるのかこの爺、反則すぎるッ。


 武器は背後に弾け飛んだようで、。耳に地面に刺さった音が聞える。


 俺の体勢は崩され、強制的にお手上げの姿勢にされてしまっていた。身体は後ろに流され、完全に隙を晒した格好だ。

 ヤバイ、そう思った時には、眼前の爺は左腕を腰溜めに引いていた。


「――ッ!」


 小さく息吹きを吐き捨てて、俺はそのまま力の流れに逆らわず、バク転気味に身体を逸らす。

 宙に飛び、天地逆さまになると同時に、先ほど居た場所の空気が嵐のように荒れ狂ったのを感じた。

 頭上に地面が近づいて来ていたが、ドリーがナイフをもったまま地面を殴ってくれ、その反動で無事後ろに跳びのけた。

 

 距離は離せた……武器は丁度横にある。

 ――まだ、やれる。

 突き刺さっている自分の武器を持ち直し爺を見ると、威風堂々と拳を突き放った態勢で立っている姿が映った。


「……二身一体とでも言えばいいのかのぅ、面倒臭いもんじゃな」

「無理、無理っなんだあの超爺」

『お爺さんとは思えませんね、中に別の人でも入っているんですよっ』


 あ、有り得そうで怖いなそれ。てかあの爺まだ魔法すら使ってないんだが。


 お互い構え直し、仕切り直しをする。再び仕掛けようと力を込めた、――所で、爺が話かけてくる。


「諦めて帰らんか、糞餓鬼」

「お断りだな糞爺」

「そこ迄せんでいいじゃろう、所詮他人事なんじゃし」

「やかましい、リーンだから助けに来たんだ、他人だからとか知った事かっ」


 目に浮かぶは騎士の顔をしたリーン、だが其れを押し流すかの様に、次々と彼女が楽しそうに笑っている光景が目に浮かぶ。


「今頃部屋であの湿気た顔になってんだ、爺の都合押し付けんなよっ」

「お前に何が判るっっ! 仕えていた主も、愛する息子も十年前に亡くした儂の気持ちの何が判るかよっ」


 怒号、凄まじい怒りを空気に乗せて解き放ってくる。だが押される訳にはいかない、良い訳が無い。


「わかんねぇよ、けどっ、リーンの笑顔を見たことあるだろっ、ギランと結婚してあの顔が出来るのかよ」

「笑顔のぅ……残念ながらここ数年は見ておらんな。――それに、あのギランの阿呆は儂が〝教育〟すればいいだけじゃしな」

『相棒……これは、負けていい勝負じゃないです〝絶対に〟』


 わかってるさ、ドリー、試合に負けてでも勝負には勝ってやる。


「応、俺が使える状況を作る、新魔法を連続で二つだ、ドリーなら、余裕だろ?」

『まかせてください、相棒に掛かれば、そんな事簡単ですもんねっ』


 溢れんばかりの信頼が伝わってきて、俺に自信が湧いてくる。やってやるさ、ドリー。


 直ぐ様後ろに飛び退き、更に爺との距離を離す。



「もうそろそろ、いいじゃろ、次で決めてくれるわっ」


 辺りに殺気が満ち溢れ、魔法により、槍斧に炎が纏わり付き蠢いている。その姿はまるで炎でできた蛇の様だ。


 目の前に居る爺の身体が一回りは大きくなった様に感じた。


 爺の足元に地面が爆ぜ、雄叫びを上げながらこちらに襲い掛かって来る。地面を抉り取り、周囲に炎を撒き散らしながら。

 ――あんなもの受けられる訳がない、避けられる訳がない。


 故に、受けないッ、避けなどしない。

 

 向かってくる爺の眼前に、俺は自分の武器を放り投げた。『ボルト・ライン』腕から飛んだ雷撃が、斧槍に武器に向かう。迷わず俺は目を瞑った。目を閉じていても瞼の裏に凄まじい光が入ってくる。


『相棒行けますっ』


 ドリーの声に目を開き、腰にある鉄粉を取り出し走りだす。横目で見ると、俺の武器が黒焦げになっている。畜生、またかよっ。


 雷撃が武器に直撃し、放電による光りで目が眩んでいる筈なのだが。構わず突進してくる爺。


「小賢しいわっ、糞餓鬼、目にだけ頼っていると思うなよっ」

「ドリーやれっ」

『グランド・ホール』『ウォーター・マッド』


 新たに覚えたドリーの土魔法が、俺と爺の直線状に人一人ハマる程の広さ、深さ四メートルほどの落とし穴を開けてもらう。


「そんなもんに掛かるかっ――ぬっ、何っ!? 足が滑って止らぬっ」


 更に唱えていた水の魔法で、爺の向かってくる足元は既に泥にしている。勢いの着きすぎた爺は武器を手放し、そのまま穴に飛び込んでいく。ドリーと二人で穴から爺を見おろし。


「ふははは、王手だ糞爺」『ぬははは、いいぞー相棒っ』

『エント・ボルト』


 魔法を掛けた鉄粉を穴の上から入れていく、降り注ぐ電撃粉、痺れて動けなくなる爺。はっはっは、これじゃあ鎧は効果あるまいてっ。


 痺れさせはしたが、この爺の事だ長くは持たないだろう、急いでリーンの部屋に向かう為、穴から立ち去ろうとすると、底から声が聞こえてきた。


「抜かったわ、一時間は動けぬ」


 ……そんな訳ねーだろ。


「武器はまだ城にあるが、儂の武器が『勝手』に奪われたりすれば更に一時間は動けぬっ、武器も『戻って』来なさそうじゃしな」


 本気で戦ってもなかった癖に。


「裏口から入ってすぐ置いてある。家宝の大剣と筒が嵌ったベルトを持ってかれたら同仕様もないわいっ」


 素直じゃない、置いておきましたとは言えんのか。


 離れ際、別れの言葉を送られる。


「覚えておれよ、また何時か見えようぞ『メイ』」

「断固拒否だっっ――――またなっ『ゴンド老師』」


 ゴンド老師から『貰った』武器を拾い、背に担ぐ。急いでリーンの元に走る。


『【二人共】素直じゃないですねっ』


 ……ドリーの言うとおりだな。


 結局の所、試合に勝たせて貰い、勝負にも勝たせて貰っただけなのだろうな。何時か絶対目にもの見せてやる。


 

 ◆◆◆◆◆



 暗い部屋の中で『私』は壁を睨めつけながら座り、一人物思いにふけっている。いや、閉じ込められていて、それしかすることが無かったと言えばいいのか。――武器も取り上げられてしまった、助けも呼べない、壁はミスリルを仕込んであるし、窓は無い、扉は金属製、装備も武器も無い私では、壊して出て行く事もできないだろう。


 ――明日になって、式場に連れて行かれてしまえば、大勢の前でメルライナの名前を汚す様な所業を、私は出来はしないだろう。


 私は今ほど『メルライナ家』それが邪魔だと感じた事はない――自由に生きたい、今まではメルライナの名前に負けない様に生きてきた、偉大なるお祖父様、尊敬出来るお父様、少し変わった兄、私を産んでくれたお母様。メルライナに負けない様に、他の人間に舐められない様に、騎士の間では言葉使いだって崩した事はない。


 何時の事からだろう、自由に生きたい、騎士を辞めたい、なんて考え出したのは……ああ、『彼と彼女』に会ってからだ。


 不思議な出会いだった。最初は私だってモンスターだと思っていたものだ、でもボロボロになりながらも、最後の一撃から肩に乗る彼女を庇っていたのを見てしまい、何も考えずに飛び出している自分がいた。


 顔を見れば普通の青年、とてもじゃないけど、獄級から逃げのびたとは信じられなかった、普段は少し目付きが悪いのに、肩に乗る彼女を見つめる目は、常に優しさに満ちていた、心根が良い青年だろうという事はすぐに信じられた。


 まあ流石に平気で記憶喪失だと嘘を付いていたのを、見た時はどうかと思ったのだけど、彼なりの事情があったのだろう。


 彼と彼女のやり取りは、見ていてとても楽しい物だ、じゃれあいを見ていると心から笑っている自分がいる。言葉が通じないのになぜあんなに信頼し合えているんだろう、言葉が話せる私にはそう思える人はいないのに、ブラム隊長、アーチェ、サイフォスさん、皆の事はもちろん信頼している。家族の事もそうだ。だけど私はそれとは違う何かを、求めているのだろう。


 いきなり騒がしく世話のやける、弟と妹が出来た気分になってしまった。上に兄しか居ない私は、お姉ちゃんになりたかったのだから。


 ――まあそれも沼に潜っている間に又印象は変っていったのだけど。


 彼は弱かった、すごく弱かった、弱い筈なのに。気がつくとなぜか不思議と頼りにしている自分がいたのだ。ドンドンと頼もしくなって行く彼と彼女を見ていると、獄級だって怖くは無くなっていたのだから不思議なものだ。


 隊長じゃないのか、という質問には少し動揺してしまったが、彼はそれ以上は聞かないでいてくれた。私は永遠に隊長には成れない、お祖父様が上から圧力を掛けているのだから。


 私はこれからもずっとこうやって、生きて往くのだろうか、氷の仮面と冷たい言葉を盾にして……。


 ――彼と彼女の様に生きたい、あんな奴と結婚なんてしたく無いッ、大体、未だに恋愛感情というものはよく分からないのに……いつか私にも判る日が来るのだろうか。


 何か外から戦闘音が聞こえてくる。賊でも入ったのであろうか、可哀想に、どうせお祖父様にやられてしまうだろう。

 お祖父様が居る限り、此処には誰も入れやしない――不意に戦闘音が止み、静けさが戻ってきた。どうやら賊は討伐されてしまったようだ。


 遠くからバタバタと音が聞こえて来る。ドアを開けようとしているのか、ノブが、ガチャガチャ鳴った――瞬間、開くはずの無い扉が無理矢理斬り飛ばされ、来る筈がない『彼と彼女』がそこに居た。


「よーリーン、久しぶり、捕まってるって聞いたんだけど、調子どう?」


 肩にドリーさんを乗せながら妙な挨拶をしてくるメイがいた。



 ◆◆◆◆◆



 金属製のドアを見て不安になったが、問題なく切り飛ばせた様だ。

 

 爺さんの武器凄いなこれ、刃こぼれすら出来てないぞ。


「なっ、なんでメイが此処にいるのよ」

「いや、リーンが監禁されてるって聞いたから助けに来たんだけど」

『怪盗淑女っ、只今参上ですっ』


 ドリーが肩の上で何やらポーズを取っている。


 ――えっ、俺聞いてないよッッ、ドリーずるいじゃないかっ。


 突然現れた怪盗二号の存在に悔しさを噛み締めながら、リーンに剣を渡す。――くそっ、後でポーズ教えてもらおう。


「ほらリーン、剣持ってきたぞ」


 此処までの道はなんと険しい事だったか、爺に爺に爺に、じじいしか居なかったが。大体本当に裏口入ったら剣と謎の筒が置いてあるし、そんな事する位なら自分でやればいいのに。


 リーンの顔は戸惑い驚きに染まっていた、何だよ、いいじゃないか助けに来たって。


「ほ、本当に……助けにきたの?」

「当然だ」『当たり前ですっ』


 何をそんなに不思議そうな顔をしているんだか、逆の立場だったら突っ込んで来るくせに。実績あるんだからなリーンは、沼の時だってそうだ、俺が危なくなった時に考え無しに突撃して来たじゃないか。


「なんで、なんでそんな無茶するのよ」

「心配だったから」


 単純な事じゃないか、難しく考えすぎなんだよな、リーンは。


「お祖父様だっているのよっ、なんでお祖父様の武器まで持ってるのよ」

「な、なんとかなりました、どう考えても見逃されたみたいだけど、武器は爺に貰った」


 見逃された、あれは完全にそうだった。だが一矢は報いたはずだ。今頃爺は鉄粉塗れだろうさ、チクチクするがいいわっ、――まあ実際武器は本当に助かったのだけど。――遂に俺の武器も三代目になってしまった。一本目も二本目も感電死、お、俺のせいか。


 俺がしばし考え込んでいると、その言葉を聞いたリーンは、さすがに信じられなかったのか、少し声を荒らげて反論してくる。


「お祖父様がそんな事する訳がないじゃないっ」

「――まあ、なんだかんだいって結局、あの爺さんはリーンが大好きなだけだった……って事かね」


 結局の所、爺さんもリーンが大事で大事でしょうがなかったのだ、絶対に納得は出来ないけど、婚約も爺さんなりに考えた結果なんだろう。


 押し黙ってしまったリーンの顔を見ると、今にも涙を零さんばかりの表情をしている。彼女自身、何か溜め込んでいたものが有ったのだろう。顔を俯かせて何かに怯えながら俺に訪ねてくる。


「――メイ、私も、自由に生きてもいいのかな」


「好きにすれば良いんじゃないか」


 ビクリっ、と身体を震わせて、俺の言葉に何も返さずただ押し黙っている。――どうにもこういう空気は得意じゃないな。つい居心地の悪さを感じ頭を掻いてしまう。


「まあ今回の件で俺に出来る事は此処までだ、大体、俺は今から旅に出ないと行けないんだ、折角正体隠して来たのに……あの爺さんが知将だったのは予想外だった」

『恐るべしっ、恐るべしっ』


 きっとドリーは俺を和まそうとしてくれているんだろう、――まあそのセリフは気に入ったんだろうが。


 リーンがおずおず、と顔を上げ、俺とドリーをその涙の溜まった瞳で見つめている。


「私も、私も、ついて行って……いい?」


 頭を掻きながらリーンの言葉に黙って右手を差し出す。――あの時は其のまま忘れてしまっていたが、今、此の時、此の場所でするほうがきっと価値が有るのかもしれないな。


「メイ・クロウエだ宜しくな、もう洗ったから、ヘドロ塗れじゃないぞ」

「――ッ、リーン・メルライナよ、よろしく……よろしくねっ、メイ、ドリーさん」

『相棒っ、私だけ、さん付けは――なんだか、モニャモニャする感じですっ、改名を所望しますっ』


 ドリーが仲間外れは嫌なようで、肩の上でクネクネと主張している。


「ドリーが仲間になるのに、さん付けは要らないってよ」

「なかま……そう、そうよね、ドリーちゃん」

『たとえ私の言葉は届かなくても、リーンちゃんは仲間ですっ』


 涙が溢れたその顔は、悲しみの顔じゃなく輝かんばかりの笑顔も一緒だった。あの時忘れられていたその手は、今、改めて繋がれた、俺とドリーとリーンに増えて。


 やっぱり彼女には、笑顔が似合うな、としみじみと思い、その顔を見れただけで、今回の苦労など何処かに消え去ってしまっていた。


 ◆◆◆◆◆


 

 三人で向かうは、クレスタリア行きの定期馬車、屋敷から出て、俺の荷物を回収して、グランウッド南門へと直走る。時間は既に【五時半】になってしまっていた。クレスタリア行きの馬車は【六時】なので、あまり時間が無い。


 遅れた理由は簡単だ、やはり女の子の準備は時間が掛かるのであろう。時間が経つにつれ、イキイキとしていくリーンを見ているのは、楽しかったのだが、余りの暇さにドリーに教えて貰った、怪盗紳士のポーズを練習し終わってしまった。ドリー曰く『完璧ですっ、二人揃ってのポーズも決めましょうっ』と大張り切り。うむ、期待して待っているよドリー。


 まあ、遊んでいたお陰で、リーンの準備がいつの間にか終わっていたのは助かった。


 今、隣を走るリーンは、中々見事な装備を身に付けている、上半身に赤いインナー、下半身は黒いスパッツの様な物を履いている。


 その上から白の金属鎧、脚甲、手甲、腰回りには赤い生地がスカート状に広がり布の上から金属板が何枚か、垂れ下がっている。背中にはいつもの大剣を背負い、色の違う筒が嵌ったベルトを腰に巻いている。着替え中は、非常に、非常に、残念ではあったが、目を瞑り、唇を噛み締め、拳を握り、耐えぬいた。信じられない程の紳士である。


 しかしあの筒は何なのだろう、それぞれ四角い宝石が先端に付いていて、色違いで七本ほどある。何処かで見た様な気もするのだが……。


「その筒何なのさ」

「秘密、――今は時間が無いでしょ」

「ちょ、待たせた奴のセリフじゃないだろそれ」

「し、仕方ないじゃないっ、わくわくして準備が進まなかったのだから」

『それなら仕方ないですっ』


 ドリーの言う通りだ、まあ遠足前の夜みたいなもんか、俺も寝られない子だったから気持ちは良く解った。


「でも良かったな爺の許しも取れて」

「あれを許したって言うのかしら、勘当されたのだけど」


 屋敷を出る途中、穴の中にはまだ爺さんが座り込んでいて、本当に2時間位は動かないつもりの様だ。リーンが「行ってきます」と爺に向かって言えば、爺は「家宝まで持ち出しおってっ、貴様なんぞ勘当じゃっ、さっさと出て行け、儂の目の黒いうちは家に帰ってくるな」と喚いていた。


 だが一つ言いたい事が有る、じじい、アンタの瞳は赤色だ。


 メルライナ家系は瞳と髪が赤いのか、じじいも瞳が赤かった。簡単に要約すれば、――いつでも帰って来いとの事だろう。それを聞いたドリーが『大丈夫ですよね、相棒、どうせ顔を合わせれば感動に変わっちゃんですからっ』


 ドリー上手い事言った、後で褒めてあげるからなっ。


 最近メキメキと色々な語呂を増やしていくドリー、きっと楽しくてしょうがないのだろう。


 ◆


 【五時四十分】すでに街中には入っている、南門までまだ距離があるが、これなら余裕で間に合うだろう。


 ――だが遠くの方で、十名ほどの騎士達が駆け寄ってくるのが見える。くそっ、戦闘の音でも聞きつけて来たのだろう。


「リーンっ、先に行っててくれ、顔を隠さずリーンが街中で暴れるのは不味い」

「わかったわ、メイ、適当に相手したらちゃんと逃げてね」


 それだけ言うとリーンは路地に入り俺と別れて先を行く。


 


 ――さて俺の眼前に広場が見えるな、此処で相手をしよう、狭い所で戦闘したほうが俺に有利になりそうではあるが、周りに被害が出そうで非常に怖い。弁償とか言われたら堪らない、本当にもうお金が少ししか無いのだから。


 騎士達が広場にたどり着き、俺と相対する。前に一人出てきた奴には〝非常〟に見覚えがあった。


「お前か、僕の妻である、リーンの屋敷に押し込んだ奴は」

「なんの事だか分かりませんが?」

『こ、こいつはっ、相棒を攻撃した奴ですっ』


 ――ドリーの怒った声なんて初めて聞いたな、肩の上ではドリーが珍しくも怒りを顕に既に臨戦態勢に入っていた。


 目の前には忌々しいギランと四番隊であろう騎士達合わせて十人ほど。広間にいた人々は不穏な空気を感じ取り、距離を離し様子を伺っている。


「っというか、君はあの時の不審者じゃないか、良く生きていたもんだね」

「誰ですそれ、なんの事だか分かりませんね」

「肩から『気味の悪い物』を生やしてるのは君位だろ」


 こいつだけは絶対ぶっ飛ばす。


「証拠なんて無いだろうが、手の使い魔だって他にもいるぞ」


 知らないけどな。まあ居たとしても、ドリーは世界で一人だけだが。


「ふんっ、飽くまで恍ける気か、ゴンド老に夜中の警備は要らないと言われて、下がってみればこれだ、どうやらあの老人も耄碌したようだね、僕の部下に屋敷を監視させておいて良かったよ――まあどっちにしても、死にぞこないを再度此処で仕留め直すだけなんだがね」

「御託はいいから、やるなら来いよ、手前だけは張り倒してやる」

「やはり程度の低い男だ、僕が手を出すまでもないさ――行けっ、お前ら」


 ギランの声と共に、昨日見た光景が眼前に広がる。


 直ぐ様、槍斧を抜き放ち構え、火炎の槍にドリーの水球を当て打ち消し、飛んできた水の弾丸は槍斧で叩き落す。足元から生えてきた土針の山を避け、土針を利用して風の刃をやり過ごす。既に魔法使い四人の右腕と右足には、ドリーが放ったダガーナイフが刺さっていた――もうこいつらは動けないだろう。


 しかし何なんだこいつら、まるで連携出来ていないじゃないか、お互いの魔法の属性が干渉しあって威力が下がってるのがわかっていないのだろうか。


「っち、近距離で囲んでしまえっ」


 俺に向かって剣を抜き放ち向かって来る五人の騎士達。相手との距離を図りながら、――タイミングを図る。


「ドリー足元に」

『ウォーター・ボール』『ウォーター・ボール』


 ドリーの水球二発が足元の地面に放たれ、地面に当たった水球は水を撒き散らし、周りを水浸しにする。直ぐさま俺は、槍斧を地面に突き刺し、魔名を唱える。


『エント・ボルト』『エント・ボルト』『エント・ボルト』


 散らばった水に電撃が走り、騎士達に襲いかかった。駆け寄ってきた騎士五人は水に浸かった足から電撃が伝わり、ピクピク、としながら地面に伸びている。


 まあ威力弱まっているから、死にはしないだろうけど……しかし、ちょっとこいつら騎士にしては弱すぎないか、ゴブリンより少し強い程度だろこれじゃ。


 きっと訓練もしないで遊び回っていたんだろうな四番隊。


 全ての部下が戦えなくなり、舌打ちしながらギランが前に偉そうに出て来やがった。前にそこそこ腕があるとは聞いたのだが、どんな物なのだろうか。念のため警戒しながら迎え討つ事にしよう。


「使えない部下共だな、仕方ない僕が相手してやるよ」


 ギランは云うやいなや腰の剣をスラリと抜き放ち、剣に魔法を掛け始める。


『エント・ウィンド』


 ギランの剣の周りの空気が荒れ少し空気が歪んでいるようにも見える。どうやら風の刃で攻撃範囲を広げる魔法なのだろう。


 魔法をかけ終え俺に向かって剣を突き放ってくるギラン。確かに先程の騎士よりは少々強いのだが。


 な、なんて遅い突きなんだ。頭に浮かぶは糞爺の尋常じゃない攻撃の数々、ブラムの身のこなし、リーンの剣閃、アーチェの隙を見逃さぬ集中力。サイフォスの凄まじい魔法。それに比べてなんて遅く、弱く、力の無い攻撃なのだろう。


 俺とドリーで全て避け、弾き、逸らす。黒いローブを靡かせながら、篭手すらも駆使して避け続ける。当たらない当たりはしない。太陽光に煌く篭手に火花を散らせながら隙を探す。


 見つけたっ、攻撃し続け疲れが溜ったのか、剣を篭手で弾かれギランは態勢を崩してしまっている。少し手加減しながら、柄尻で腹部に突きを放ち鳩尾部分に叩き込む。


 柄尻で腹を突かれ、痛みの為かギランは腹を抑え後ずさってしまっている。


 よ、弱い、こいつら本当になんで騎士なんてやってるんだ。


「――ッガハ、や、やってくれるじゃないか、本気を出してあげるよっ」


 ……なんだかやる気が無くなってくるなこれ、ドリーはナイフを収め、俺は地面に武器を突き立て手を離す。


 ドリーと二人揃ってギランに右手を突き出し、同時に人差し指を、チョイチョイっと動かし挑発してやる。


「武器はいらねえ、掛かって来いっ」『お前なんて素手で十分ですっ』

「な、な、なめやがってええええええええ」


 怒り狂うギランの突きを、右に避け、剣の腹を横に蹴り飛ばす。流石に自分がやられた動きに近いので、初めてにしては上手く行った様だ。俺が蹴り飛ばしてる間にもドリーはギランの顔にジャブを突き立てていて、俺は蹴りの回転運動をそのまま流し、ギランの腹部にまわし蹴りを叩き込む、蹴られた痛みのせいか、頭の位置は下がりギランは腹部を押さえながら後ろに後ずさっている。


 ――隙だらけだな、おい。時間も無いし、もう終わりにしてやる。


「くらっとけええ」『相棒によくもぉぉぉ』


 ギランに向かって走りながら右半身を沈み込ませ、地面ギリギリを這うように翔ける。そのまま拳を握り締め、俺は腹部にドリーは顎に、拳を打ち出し勢いのまま同時に突き上げ、殴り飛ばした。はじけ飛ぶようにギランが宙を舞っている。


 おー綺麗に飛ぶもんなんだな人間って。額に手を当ててそれをつい眺めてしまった。――弧を描きながら宙を舞っていくギランは、そのまま吹き飛び、広場に置いてあった樽に頭から突っ込んでいった。


「ホールインワンじゃないか」

『相棒の仇は取りましたっ』


 ドリー、実はまだ俺は生きているんだ。


 ギランの突っ込んだ樽は、どうやら生ごみを捨てる樽だった様で、異臭が周りに漂い始めている。


 いや……なんか、ごめんね。まさか生ごみに突っ込むとは思わなかったんだよ。が、頑張って生きてくれギラン君。


 心の中で少しだけギランに同情してしまった。


 さっさと逃げ出すはずだったのに、四番隊の予想以上の弱さに結局全滅させる事となってしまうなんて。

 だがこのまま遊んでいると、馬車に間に合わなくなるので、さっさと広場から出ようとしたが目の前に知った顔が映る。

 

 騒ぎを聞きつけて駆けつけたのか、ブラム、アーチェ、サイフォス、ゲイルが広場に現れた。


 ――正直かなりまずいな、この中の誰と戦っても敵う気がしないんだが……どうにか逃げ切れるかな。


 焦る頭で逃げる算段を立てていたのだが、どうにも皆の様子がおかしい。なぜかぎこちない雰囲気を漂わせて、挙動不審になりながら、皆でこちらに話しかけてくる。


「あー、メ、いやローブのお前、一応連行せにゃならんのだが着いて来てくれないか――残念ながら今日は四番隊『以外』全部非番で、武器を持ってきてねーからよ。もし、仮に……仮に、抵抗されたらどうしようも無いんだがな」

「お、大人しく着いてきてくれると助かります。メイく、ヘドローブくん」

「僕のほうも予備の杖まで今日は『たまたま』修繕に出していましてね、替えの武器を取りにいく途中なんですよ」

「あ、メイく、いやローブ君、もしメイ君、って人にあったら伝えておいてくれないか。『妹をよろしく』って、あ、後旅の途中でおもしろいもの見つけたら是非っ、是非、教えてくれないかなっ、後また魔道具に付いて語ろうじゃないか、一晩中っ」


 こ、これは酷い、こいつら、わざとらしいにも程があるだろうっ。


『さ、さすがに演技が下手すぎますっ』


 なんだか溜息が出そうになるが、同時に笑いもこみ上げてきてしまった。


「あー会ったら伝えときますよ、あ、さっき誰かが『また会う日まで』と言っていましたよ――じゃあ俺は逃げさせて貰います。じゃあ『行ってきます』」


 背後に掛かる行ってらっしゃいの声に苦笑しながら駆け出した。

 ――本当になんでこう騎士って奴は、嘘つきばっかりなんだろうな。

 ついつい走っている途中で笑いが出てきてしまった。


 しかし笑ってばかりもいられないな……時計を見つめながら先を急ぐ、このままじゃ本当にヤバいな、時計は【五時五十五分】を指していた。


 ◆


 【六時三分】結局走り出す馬車を必死に走って追いかけ、そのまま乗り込む嵌めになってしまった。に、二度とやらねーぞ。吐きそうになるほど全力疾走してしまい、馬車の上で外を見ながら座り込んだ。


 溜息を吐きながらリーンは俺に心配そうな目を向けてくれている。


「メイ、本当に心配したのよ、いくらなんでもギリギリすぎるでしょ」

「いや、嘘つき騎士達に伝言預かっちまって『行ってらっしゃい』だってさ」


 いや、過ぎ去ってみればなんて良い国だったんだろう。


「……そう、また会いに帰って来ないとね」

「そうだな」


 リーンの言葉に頷き空を見上げる。――今日の天気は快晴、白い絵の具を垂らした様な雲に、海のように広がる空、太陽が輝き、どんどんと遠ざかっていくグランウッドを照らしている。なんて良い旅達日和なんだ、楽しくなってきてグランウッドに向かって手を降ってみた。嘘つき騎士達に届くように。



「よし、リーン、ドリー目指す次の目的地は……」


 振り返れば新しい仲間がいて肩には相棒がいる。新しい新天地に胸が高鳴っていくのを感じる。


「クレスタリアだっ」「クレスタリアね」『クレスタリラですっ』


 ドリー惜しいっ、名前が悪いよなっ、言いにくいもんなっ。


 ――ではさらばだっ【グランウッド】また会う日まで。



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