買い物、時々、走破者登録
騒ぎも一段落着き、リーンが俺に街の案内をしてくれる申し出てくれたので、有り難く世話になる事にした。二人で城から出ようと通路を歩いていると、前から金髪碧眼の美形騎士が立ち塞がり、こちらに話しかけてくる。どうにも漂ってくる雰囲気が無性に気に食わないが、モテそうだから嫉妬でもしているんだろうか。
「やあリーンさん、無事で何よりだよ。君が側に居ない間、僕は心配で心配で夜も寝られなかったのだから」
「それはご愁傷様ですね『ギラン』殿、これからも永遠に側にいる事は無いのですから、ご就寝の際は鞘にでも頭を打ちつけ眠りに着けばよろしいのでは」
「相変わらずリーンさんは照れ屋なのだね、所でそっちのが胡散臭い協力者とやらかい」
『メイちゃんさん、なんだかこいつ無性に殴り付けたくなりましたっ』
さっきの雰囲気はこれか、さすがドリー奇遇だな、俺もだ。
「初めまして、メイ・クロウエです」
「君に名前は聞いてないよ、控えたまえ」
こ、この野郎、余りの態度の悪さに、鼻フックをかまし引き摺り回したい衝動に駆られる。
「リーンさん今から僕は食事にしようと思うのだけど、いつものように一緒にどうかな」
「今まで一度として食事にお付き合いした記憶はございませんが、ギラン殿と私では少々〝いつも〟の感覚は違うようですね」
「リーンさんはいつも冷静なんだね。そういう所も素敵だと思うよ」
ある意味で、あの辛辣な言葉にめげずに口説き続けるこいつは、実は凄い奴な気もしなくはないが、この湧き水の如く沸いてくる自信は一体どこから来ているのだろう。
「申し訳ございませんが、今からメイと一緒に街へ行く約束ですので、ギラン殿はお一人で行かれると良いのではないでしょうか」
「なっ『婚約者』である僕の誘いを蹴って、この不審者と出かけると言うのかね」
――婚約者だと。こんな奴がリーンの婚約者なのか、あの爺さんが許すはずがないと思うのだが、一体どうなっているんだ。俺の疑問なんてそっちのけで、ギランと呼ばれた男はリーンの肩を掴み揺すって問いただしている。
「ご理解いただけたようで何よりです。私は少々〝汚れて〟しまったのでそれも落とさねばなりませんね。失礼します」
凄まじく容赦の無い態度だ、正直見てる俺ですら心が折れそうなのだが。掴まれた肩を手で払い、ボーゼンと立ち尽くすギランを置き去りに、リーンは俺の腕を引きながらズンズン歩いった。
◆
「で、結局なんだったんだ、今のギランって人。婚約者とか言ってたように聞こえたんだけど」
「……本当よ、私は納得していないけど、婚約者らしいの」
「よくゴンドの爺さんと両親が許したな〝あれで〟」
「お父様は十年前に亡くなっていてもういないわ、母様もそのせいで臥せっているし……。お兄様はあまりそういう事に感心がないから、それにね、ギランのお祖父様がゼム宰相なのよ、お祖父様文句ばっかり言っているけど、ゼム宰相と仲良いから……それもあってかお祖父様が婚約者にって」
思いっきり踏んでしまった。最近地雷率が高すぎる気がしてならないんだが。どうにも現状が良いせいなのか気が抜けている気がする。
『メイちゃんさん、なんだかリーンちゃんが可哀想ですよ』
そうだな……俺もそう思うよ。
「どうにか断れないのかね、それって」
城を出て町並みを歩く、街並みは綺麗だがリーンの浮かない顔を見ていると、街の情景でさえも俺の気分は上がらない。
「どうにかする為に沼の攻略に参加したのよ、お祖父様が何も言えなく程の手柄を立てればって思って……元々騎士になったのは、元々お父様みたいな騎士に憧れて、――というのもあったのだけれどね。でもお祖父様は、危ないから家に居ろ、騎士なんてならなくていいって、勝手に婚約させたのだって、家に居させる為なのよ」
多分爺さんに黙って沼に着いて来たんだろうな、爺さんが了承するはずがないし。きっと後で知った爺さんは凄まじいほど暴れて沼まで乗り込もうとしたに違いない……その時の事を想像すると思わず身震いしてしまう。
「でも無事手柄も立てたことだし、上手くいくといいなリーン」
「そうなればいいわね。メイありがとう、――さあ、街の散歩に出掛けましょうっ」
俺の腕を引っ張り、楽しそうに笑うリーン、やはり笑顔の方が似合ってるなと感慨に浸りながら、されるがままに引っ張られていく。
「メイ、街の中で行きたい場所ってあるの? 言ってくれれば案内するわ」
「――まずは、道具屋とか武器、防具屋とかに行ってみたいかな」
「よし、任せなさい、伊達にこの街で育ってないのよ、良い店を紹介してあげるわ」
街の街路を通り抜け人ごみの中を歩く、すれ違う人達はドリーに奇異の視線を向けるが、ドリーの指に嵌った、銀で出来た印入りの指輪を見て、興味をなくし視線を外している。
使い魔ってそれほど珍しくないのかね、良く周りを見ると、草狼に印入りの首輪を嵌め一緒に歩いている女の子がいたり、見た目は鷹に近いが、明らかにモンスターだろう鳥を肩に乗せていたりと、そこそこに使い魔と言うものは居るらしい、まあ家のドリーが『一番』なのは、誰に聞いても『間違いない』だろうが。
「まずは防具屋に来てみたわ、ここの商品はかなり良い品物があるんだからっ、期待しててね」
どうやら周りの使い魔とドリーの可愛さを比べ優越感に浸っている内に、いつの間にか防具屋に着いていたようだ。
「ごめんください、リーンです。おばさんいますかー」
リーンに促されるまま鎧の絵が入った看板の店に入っていく、どうやら知り合いでも居るらしく慣れた様子で店内を進んでいく。
「あら、リーンちゃんじゃないのっ、久しぶりねー、元気だったのかしら、最近見なかったけど、どうしちゃったの? そっちの彼はリーンちゃんの恋人かしら、やるわねー」
リーンの剣閃の如く、嵐の様に荒ぶるオバサンの話しっぷりに、些か怖気付いてしまった。
『おばさん恐るべしっ』
どうやらドリーも同じ気分だったらしい。
「ち、違うってば、メイは恋人じゃないのよ、す、少しの間任務で一緒だったのよ」
おばちゃんの口撃で慌て、その後もあたふたと喋りまくっているリーン。こういうリーンを見ていると、こんなにも楽しそうなのに、騎士で居る時のリーンは、どこか張り詰めていて、時折何かに苦しんでいる様に見える時がある。
「いやいやリーンの恋人に見られるなんて、かなり光栄な事じゃないか、なんか得をした気分……かもしれん」
「メ、メイまで何を言ってるのよ、もうっ、そんなに私をからかって楽しいのかしら」
「楽しい」
「楽しいわねー」
『滅茶苦茶楽しいですっ』
「もう知らないっ」
少しからかい過ぎてしまったようで、リーンは拗ねて店の隅に逃げて行ってしまった。
「リーンちゃんが楽しそうで何よりだよ、あんなに楽しそうなあの子を見たのは久々さね、何か良い事があったのかね」
「良い事か、――ありましたよ、きっとオバサン達もすぐ知る事になると思うんで、その時は遠慮無く喜ぶといいと思いますよ」
「そうかい? そいつは今から楽しみだねー」
この世界の人々にとっての獄級は、身体に巣食う病巣の様な物だろう、それが一つとはいえ、自国から消えたのだから嬉しくないはずはない。また宴会でも始めるんじゃないんだろうか、きっと次の日には、サイフォスさんが詰まった樽が出荷されて行く事だろう。
「それで今日は何を買いに来たんだい」
「えっと、旅に使うのにフード付きのローブってあるかな、あっ後、軽い装備と服やブーツとか一式、出来ればローブと上半身の服は、黒だと嬉しいんだけど、――予算は、ぎ、金貨2枚、死ぬ気で三枚、までなら……が、頑張る」
小市民の俺は、思わず銀貨二枚と言ってしまいそうになるが、旅には欠かせない命を守る為の防具や服だ、崖から飛び降りる心境で金貨二枚、無け無し三枚の予算を伝える。色に関してそこまで固執する気はないが、黒色ならばドリーの動きが敵から見え辛くなりそうだし、保護色の様になれば儲け物だろう。
「若いもんにしては奮発したねえ、リーンちゃんと仲が良いようだし〝おまけ〟しといたげるよ。おばさんにまかせときなっ」
「はい、お願いします」
『モンスターより力強いおばちゃんですね』
ガハハ、と笑いながらおばちゃんはドカドカと店の中から見繕って俺の前に持ってくる。
「まずは黒に染めた【シルクリーク】産の『守護蚕』から取れた糸で出来たインナーに『突貫牛』の皮のズボン、同じ皮で出来ていて、鉄の板を間に挟んだ皮の胸当てで、合わせて銀貨三十枚かね」
「おーこれは中々」
確かシルクリークは運河を越えて、グランウッドの更に西にある国と、荷馬車で読んだ本に書いてあった記憶がある、守護蚕はその付近で生息している虫で、軽くて丈夫な繭で身を守るのだとか、突貫牛の方は一本角の牛で、動く物を見て突進してくるんだっけか?
身体にぴったり張り付くような、黒いインナーシャツ、袖は肘ぐらいまでの長さでかなり動き易そうで手触りもかなり良い。ズボンの方も、焦げ茶色の皮で出来ていて中々渋い色をしていやがる。皮の胸当ては大して特筆する点もないが、シンプルで使いやすそうだし、手に持ってみればかなり軽い上、間に金属の板が入っている、との話なのでそれなりに防御面でも期待しても良さそうだ。
「いいですね、これ、買いますよ」
「毎度あり、まあここからが本番なんだがね、あんた運がいいねーこの間『二級走破者』が持ち込んだ物なんだがね。『宵闇トカゲ』の皮で出来ていて、前面をミスリルで補強してあるこの〝篭手とブーツ〟金貨一枚と銀貨二十枚、計一万二千ゴルでどうだい?」
黒い皮で出来た篭手とブーツは靭やかでいて、とても頑強そうであるし、攻撃を受けたり弾く側には銀色の金属板が覆っている。これなら十分、逸らしたり、足で蹴りつけたりと気兼ねなく使えるだろう。
ミスリルって確かそこそこ希少な鉱石だったような。
昔読んだ空想小説からの知識程度ではそれくらいしか分からなかったが、さして問題もないだろう。
篭手に関しては、手の甲に付いている金属板をずらせば印が確認出来るような仕組みになっているようだ。正直二級走破者や、宵闇トカゲがなんなのだかよく分からないが、この篭手とブーツががとても良い物だと、それだけは俺でもわかった。取り敢えずトカゲと走破者は後でリーンにでも聞くとして、これは間違いなく買いだろう。
「買いです。――あれ、おばちゃんローブはないの?」
「おっと、実はこれからが本当の目玉なんだがね」
さっき本番って言ってたじゃねーか。
おばちゃんは急々と店の奥に入って行き、一着の黒いローブを持ってくる。黒い生地にフードが付いており、襟元に銀のボタンが付いている。どうやらフードの取り外しが出来るようだ。
全ての縁に銀糸の刻印が縫いこまれており、前面には銀色の牙を象った物が数カ所付いている。どうやらあれでローブの前を閉めて固定するのだろう。
「どうだい『守護蚕の女王』の糸で出来たこのローブ、撥水性に優れ、耐熱性だって悪くない。防御面ではそこまで優れているとは言えないが、見所はなんと縁に刻まれたこの刻印っ! これはね。『コンデション・エア』という魔法の刻印で、ローブの内側にあるもう一枚布の刻みこんであるんだよ。その効果は、便利も便利、暑さや寒さを和らげるってものさ。ただ、自分の魔力を使ってだけどね。
でも実際、魔力消費はとても少ない魔法だし、十分実用の範囲さね。ただし、自分の魔力を使用するから注意するんだよ。
命結晶使った防具ならそれもないんだけど、あれを使うとどうしても防御が紙になっちまうから、防具としては使い物にならないのが困りもんだね。
さあ、今なら同じ素材で出来たこの布も付けるよ、頭に巻くも良し、首に巻くも良しさ」
っぐ、どこの通販だこのおばさん、しかし滅茶苦茶欲しいなこのローブ。
「で、でもお高いんでしょう?」
「今ならたったの、一万四千九十ゴルだよっ」
「たけーよっ、全然たったのじゃないですけど」
「なら、仕方ないね、うちにあるのは後は此れ位だよ、百ゴルでいいよ」
そういうとおばちゃんはドサリと、普通のローブを出す。ぐぬぬっ、さっきの高機能のローブを見せられ、次に普通のローブを見せられて誰がこれを欲しいと思うのか、しかし先程のローブを買ってしまえば、予算ギリギリどころか崖っぷちの金貨二枚に銀貨九十枚になってしまうやはりここは……。
「か、買います〜」
「どっちをだい」
「黒い方を……」
「まいどありっ」
「あっ右肩に穴を開けて貰えます、この肩からドリーが出れるように」
「使い魔ちゃんかい、ドリーって言うんだねよろしく」
ドリーはおばちゃんに向かって親指を突き立て挨拶を返している。
「なかなか賢い子だねー、いいよ綺麗に改修してあげるよサービスでね。このローブは三日後に取りに来るといい」
畜生、良いように買わされた様な気がする。まあ別に悪い装備じゃなかったからいいんだけども。
「あれメイ、買い終わったのね、――また結構奮発したわね」
どうやらリーンが持ち直したようで戻って来て俺が買った装備をしげしげと眺めている。
「おせーよリーン。おばちゃんに財布の中身、搾り取られちまったじゃねーか」
「嫌だよ、人聞きが悪いねこの子は」
「っぐ、おまけしてくれるんじゃなかったのかよっ」
「したじゃないか十ゴルと改修で、本当は金貨三枚ぴったりだったんだからね」
『相棒だめです、到底勝てやしねーです』
「相変わらずねおばちゃんは、メイいいじゃない、どれも本当に良い品よ、――じゃあ有難う、おばちゃん又来るわね」
リーンに慰められるも悔しさを抑えきれず、帰り際に「覚えてろよっ、次来たときには負けないからな」と遠吠えを履いてみるが「財布の中身を補充してから又来るんだよっ」とあっさり返され撃沈してしまった。
結局その後、武器屋でスローイングナイフを二十本、ドリー用の刃渡りが長く肉厚なミスリルナイフを一本、武器を背負うベルトを新調して、武器の加工で余った鉄粉を腰の皮袋一杯に分けてもらった。
道具屋では薬草、地図、肩に掛ける丈夫な皮の袋、日持ちの良い乾燥肉や鍋、ドリーが何やら思うことがあってか、果物や野菜の種、その他小物を買い、終わってみれば五枚あった金貨が残り銀貨二十枚。まだゴブリンや草狼の命結晶が残っているものの、まさかここまで金を使うとは思わなかった。
◆
「なあリーン、宵闇トカゲと二級走破者ってなんなの」
のんびりと街を歩き、露天で買った『飛び兎の串焼き』と言う物を二人で齧りながら歩いて行く。ドリーには、どっかの山から取れた湧き水、という歌い文句で売っていた水を購入して上げた。
「あの装備の素材のことね。宵闇トカゲって言うのは、二級以上の危険区域でしか生息していない、大人一人分程の大きさのトカゲなのだけど、その身体は夜の闇のように黒くて、頑強で柔軟な皮を持っているの、でも夜中にしか動き出さない上に、身体が黒いから探し出すのが大変でそこそこ貴重な素材なのよ。走破者の説明は、今向かってる……ほらあそこよ」
リーンの指差す方向に目を向ければ、そこには城に使われている素材と同じ、石で出来た二階建ての建物がデンっと居を構えていた。
「ここが『国営走破者斡旋所』ね、取り敢えず入って入って」
「お、応」
『水うまいーーい、街すごーーい』
楽しくてしょうがないのかグネグネ肩で蠢いているドリーは一時放っておき、とりあえず石作りの建物に入ると、居るわ居るわ、中には如何にも強そうな戦士やら魔法使いやら頭から耳が生えた猫耳やら……猫耳?
「ネコミミだとおおおおお」
いかん、不可抗力で口が滑ってしまったようだ。
「な、何よいきなりどうしたのメイ」
『相棒っ、私も猫耳生やしましょうかっ』
ドリーは世界一可愛かもしれないが、それはシュールすぎるからやめてくれ。
「なんでもないんだリーン、ちょっと僕の心に有る愛と勇気と希望と何か、が口から湧きでてきてしまっただけさっ」
「しょうもない事を考えてるのはわかったから、その変な口調はやめてよね。嫌な奴を思い出しそうになるから」
『尻尾なら、尻尾ならいける気はするんです』
それは俗に言う気のせいだドリー。
だが〝何故か〟屋内で注目を集めてしまったようで、周りの無遠慮な視線が突き刺さってくるのを感じる。するとある一角から、背に大槌を担いだ屈強な戦士風の男が近寄ってきて、リーンに話しかけ始めた。
「おっとメルライナのお嬢さんじゃないか、どうしたんだ今日は、楊枝みてーに細っこい兄ちゃんまで連れて」
男の言葉に辺りから笑い声があがる。
「こんにちわ、『デルトラ』さん、今日はメイに走破者登録してもらおうと思って来たのですが、何か御用ですか」
「その兄ちゃんが走破者だってっ、笑わせんなよメルライナのお嬢さん、あんたじゃあるまいし、そんな甘いもんじゃねーよ。その兄ちゃんじゃモンスター狩りに行く道中で死ぬのが落ちだろうよ」
大体状況が掴めてきた気がしなくもない、多分、走破者って言うのはモンスターとかを狩ったりする人達の事なのだろう。そういえば魔物辞典に素材をここに持って行けって書いてあった気がするな。
「あら、そうなんですか、殺しにかかる一番、二番、三番の隊長を同時に相手にして、勝てなくても生き残っているメイは、実力不足なのですか、それは随分走破者の地力も上がっていた様で、知りませんでしたね」
――ピシリッ、まるでそんな音が聞こえてきた気がした、空気が凍りついたように辺りは静まり返る。
大げさに話しすぎだろリーン、あの時はドリーが活躍していたし、リーンに助けて貰わなかったら間違いなく死んでたんだが……意外とリーンって負けず嫌いなんだろうか。
「おいおい、じょ、冗談よせよ、一、二、三、って言ったら、あの『城壁のブラム』に『冰水のサイフォス』『沈黙のアーチェ』だろうが」
「――っっブッハッ、いや、な、なんでも無いです、続けて、続けていいっすよ」
『――っつブッハッ、何それ面白いですっ』
ブラムとサイフォスはまだわかるからいいけど、沈黙はねーよっ、あんまりの面白さに空気読めずに吹き出してしまった俺は悪くはないだろう。ドリーはずっと『相棒っ、沈黙ですってっ、ちんもくーっ』とか言いながら笑い続けている。言葉が聞こえないのを良い事に笑いまくってるドリーが今は羨ましい。
「それ以外に居ないでしょう? まあ今の話では〝二級〟のデルトラさんに掛かったら、大した事は無いらしいですが」
「う、嘘ついてんじゃねーよ、こんなガキがそんなに強いわきゃねーだろが」
「ならデルトラさん、その大槌ちょっとよろしいですか、――メイ、はい、投げるから取って」
デルトラから槌を受け取り、ぽんっと投げ渡してくる。
槌頭の大きさが肩から手の平程の幅もある大槌、それをこちらに軽々しく放り投げるなんて、ば、ばかじゃないのかリーンは、当たったら死んでしまうじゃないか。反射的に槌の柄を空中で片手に取る。
「――あれ、案外軽いもんなんだな、こんな大槌だからもっと重いかと思ってたよ」
「っな、ありえねえ」
「デルトラさん走破者だと宣う位なら、人を見た目で判断するその目を交換してからが宜しいんじゃないですか」
「あっ、これ返しますね、じゃあ」
呆然と槌をもつデルトラと静まり返った屋内を無視してカウンターに向かって二人で進む。
「なあなあリーン。さっきの様子見てると、俺って結構強くなってるって事なのかね」
「そうね、大分戦闘慣れしてきたみたいだし。メイ一人だけだったらさっきのデルトラといい勝負できるんじゃないかと思うわ」
「なんだよ期待して損したじゃねーか。だってさっきの人ってあんまり強くないんでしょ」
「何言ってるのよメイ。技術不足ですら、身体能力のせいで二級なのよ。ドリーさんも一緒にいたら圧勝どころじゃないわよ。それに二人が離れてる事が無いのだから、結論としては圧勝でいいのよ」
『相棒と私の二人に敵はいませんよっ』
「そうだなドリー俺も頑張るさ、――でもあんなに騒がなくても良かったのに」
「で、でも、メイを馬鹿にされたから……つい」
「まあその気持は嬉しいよ、俺だってリーン達を馬鹿にされたら腹が立つしね」
まあリーン達を馬鹿に出来るような人物がどれだけいるかは疑問ではあるが。
「ありがとね、あっ、メイ着いたわよ、――すいません登録に来たのですが、よろしいでしょうか」
リーンの言葉に奥から「はーい」と返事と共に可愛らしい帽子を被った受付が出てくる。
「走破者登録と説明を彼にお願い」
「はい、では此処にお名前と、今連れていらっしゃる使い魔のお名前。後使い魔の種族をお願いしますね」
――――――――――――――――――――――
【名前】 『メイ・クロウエ』
【得意武器】 『槍斧』
【得意属性】 『雷、風』
【使い魔の名前】 『ドリー』 (連れている方のみ)
【使い魔の種族】 『木』 (同上)
【固定のパーティメンバー】 『ドリー』 (いる場合のみ)
【パーティ名】 『ドリー時々俺』(同上)
――――――――――――――――――――――
「良し出来ました」
「はい、よろしいです、ではまずこちらの刻印に手を置いてください」
言われるまま魔道書らしき物に描かれた刻印に手を置くと、置かれた刻印が光りだし、そして徐々に消えていった。受付は魔道書を他の人に渡し、俺に向き直り「コホンっ」と咳を払う、どうやら話を始めるようだ。
「では、少々の待ち時間があるのでその間に説明をさせて頂きます、まず走破者の説明から始めましょう。この世界【エムネスアース】は遙か昔からモンスターが蔓延り、人はモンスターに押されて続けております。その為、まだ我々の踏み込んだ事のない土地が、未だ広がって、いえ広がり続けております。走破者とは、モンスター狩り金品に変える者、ただ強さを求める物、色々とおりますが。『未開の地を走破する物』これが走破者たる所以です」
つまり未開の土地を歩き、モンスターを倒し生活する人の事か。
「基本的に、この『国営走破者斡旋所』は各国の王への民からの依頼、村からの依頼、騎士団が動くまでもないモンスターの目減らし、など様々ですが、国を通して斡旋所に下ろされ、その依頼を皆様に紹介させて頂く場所であると、理解されるとよろしいでしょう、国毎に斡旋所の所属は違いますが、走破者の皆様は特に気になさらずにいてもらって結構です」
「違う国に行ったらまた登録し直すんですか?」
「いえ、様々な国の思惑はございますが、この走破者についてだけは、基本的にどこの国も協定を結び、協力関係に有ります。先ほど手を置いて頂いた刻印はすぐにでも各国の斡旋所に回されますので、安心してもらって結構です。モンスターに押され続けている我々人類が、モンスターに対抗するための最低限の約束事なわけですね」
戦争するけど核だけは使いませんよ、みたいなもんなんだろうか。
「今メイ様は登録なされたばかりで『走破者見習い』と言う事になっております。これは、四〜一まで、つまり危険区域の危険度と同じように、走破者の実力を表す称号とでも思っていただければいいでしょう、これを上げるためには、その区域を走破できる実力を依頼などで示す事です。例えば一級モンスターに認定されている『弱竜種』などの討伐、素材、などの依頼を受け、それを完了させ斡旋所から認められれば、『一級走破者』と認定されるわけです。区域には獄級もございますが未だ走破されたことは無い為、獄級走破者は存在しておりません」
「依頼であって強制とかはないのですよね」
「はい走破者は国に使えているわけではありません、ですが、よほどの事が無い限り走破者の皆様は断られませんね。国から皆様に緊急の依頼なんてものが来るような事自体、既に相当な危険に晒されている時でしょう、誰もが自分達の愛する街が滅ぶ姿は見たくはありませんから、とりあずは以上でしょうか、依頼を受けたい場合は受付、もしくは依頼が貼られている掲示板へとお願いします」
「あっ、討伐したモンスターの素材は此処にもってくればいいんですかね」
「はい、適正な価格で引き取らせてもらっています。――あっ、出来たようですね。ではこちらが走破者の認定書でございます無くさぬようお願いしますね」
受付のおねーさんに刻印が入った四角い金属板を受け取り、説明が長すぎて眠ってしまったドリーを起し、リーンと共に斡旋所を後にした。
既に外は日が暮れ始めていて、綺麗な夕日が街を赤く染めている。
「さすがに疲れたな、どこかおすすめの宿屋ってある」
「お祖父様にお願いして私の家に泊ってもいいわよ」
「お断りします」
「そ、そう、それなら『深緑亭』がいいんじゃないかしら。あそこの料理おいしいし、案内してあげるわよ」
『名前が素晴らしいですねっ、そこにしましょう』
とりあえず緑がつけばご機嫌なドリーの賛成も貰った所で、そこに案内してもらう事にしよう。
◆◆◆◆◆
リーンの案内で深緑亭に到着する。確かに名前の通りの見かけだな。木材で出来た古風な宿屋は、天井が平らになっていて屋上には木々が植えてあり、涼しげな体相をしている。
「ここが深緑亭ね一日食事付きで、七十ゴルだったかしらね」
「高いのか安いのかよくわからんが、もう此処でいいや、――ありがとうリーン今日は付き合ってくれて助かったよ」
「気にしなくていいわよ、私も楽しかったから、しばらくは此処にいるのでしょ? 遊びにくるわね」
「そのつもりではあるかな、まあ楽しみに待ってるよ」
『またです、リーンさん』
ドリーと二人でリーンに手を振り深緑亭に入る。内部は梁が丸見えになっており、どこかログハウスの様にも見える。
木で出来た建物のお蔭なのか……妙に落ち着く内装だな。なかなか恰幅のよい女将さんに料金を払い、部屋を取る。どうやら二階の一番奥の部屋らしい、部屋に行く前に下の食事所で『草原猪』なる肉を頼み、パンとスープと一緒に残さず食べた。
「いやなかなか美味かったなあの肉、肉汁溢れていて柔らかかったし、明日も食べようかな」
『メイちゃんさん、私もお腹が空きました』
「部屋に戻ったらあげるから待っててな」
満腹になり動きたがらない身体を無理やり動かし、部屋に戻る。部屋はベッドと窓が一つ、衣服を掛ける為のチェストが備え付けてあり、シンプルながら良い部屋だ。武器を枕元に置き、ベッドに腰掛ける。
お腹を空かせたドリーの為に、今日報酬で貰った魔浸水の瓶を渡してあげる。
「どうよ、美味い? その水」
『……ッツ、こ、これは、――ぬふぉぉぉ』
ドリーが女の子にあるまじき、不可思議な雄叫びを上げ悶えている。
「な、なに、どうしたんだよドリー」
『っふっふっふ、どうやら私の真の力が目覚めてしまったようです。相棒、これで更に二人の伝説は磐石な物になりましたっ』
顔があったらきっとニヤリと笑っていたであろうドリーは、俺に見えるように手の甲に有る印を見せてくる。その印は紫色に近い色に光っていた。
「え、なにそれズルくね、どういう事だよドリー」
『ズルイって、メイちゃんさんも大概ですよ。これはですね……』
余りのドリーの脱線ぶりに一仕切説明を受けたが、もう一度頭の中で整理しなくてはならなくなった。一箇所説明するごとに脱線し、妙な小芝居が始まるとは、さすがに予想がつかないよドリー。
どうやらうちの相棒は、今まで全開ではなかったらしく、今の魔力の篭った水を吸収した事で、力を大部分取り戻したという話だ、元々大樹であったドリーにとって、太陽の光りと綺麗な水が無いあの沼は、地獄のような場所だったわけで、最初にリーンがドリーを確認した時に、魔力が無いのも当然の結果だった。
その後俺が水浴びをしている時に、綺麗な水を吸収、魔力が復活、そして今また魔力が篭った水を飲み更に調子が戻ったのだと。
今のドリーなら更に後二つは魔法が入るんじゃないんだろうか。ますます頼もしくなっていく相棒に負けないように、俺も努力しなければな。
息着く暇もないほど、色々なことがあった一日、王妃に爺に美形にオバサンにオッサンに受付に……装備を全て外し、ベッドに横たわり静かに眠りに着く。
今日も、騒がしい一日だったな……。