前後の爺と王妃と報酬
まさか人生で、こんな経験をする事になるとは思いもしなかった。王族に合うために城へと招かれるなどという経験を。
目の前に見えるは、淡い緑の美しい城、苔などの緑とは一線を画した気品のある色、そびえ立つ塔など大樹の如く、城の城壁は木々の壁のようだ、城の周りにはぐるりと堀があり透き通った水が溢れている。
まるで石で出来た【グランウッド】のようだ、その城はその名前を汚すことなく体現していた。
堀に掛けられている木で出来た跳ね橋を渡り、城門へと近づく、少々の間、ブラムが番兵と会話していたが、番兵は慌てた様子で城の中に入っていき、俺が城の景観に目を奪われている内に人数が増え戻って来ている。
お城を叩くと、番兵が一人、も一つ叩くと番兵が二人。
叩くと増える不思議なポケットの歌を不意に思い出してしまい、思わず吹き出してしまった。
「なんだメイ、いきなり吹出しやがって」
「いや、何でもないです」
失礼すぎて言えるわけないじゃないか。
「でもブラムさん俺作法とか分からないんですけど大丈夫なんですか?」
「まあ、敬語使ってよほど失礼な事をやらかさなきゃ大丈夫だろ、宰相のじじいとゴンドの糞爺に目付けられないようにだけ注意しとけばな」
「ゴンド?」
「応、リーンの所の爺だよ、【ゴンド・メルライナ】」
「了解、把握しました。俺は影になる」
「無理に決まってんだろ、最重要人物じゃねーか」
どうやら神は俺を見捨てたようだ。なんとかして失礼にならないよう、目立たないよう、するしかないだろう。
目立ちたくない理由なんて幾らでもある、下手に目立てば目を付けられて、リーンの所の爺さんにボコられる、あまりに良い印象なら騎士に成れとでも言われる可能性だって有る、そうなれば目も当てられない。騎士など成ろうものなら、強制的に戦争に出ないと行けないし、ブラムさん達のように、ちょっと獄級潰してきて、とお願いされたら行かねばなるまい。
まさに前門の爺、後門の獄級である。
まあ単純にリーンやブラムから〝お願い〟されたら断り切れないとは思うが。受けた恩が多すぎて返す当てがないから飛びついてしまいそうだ。
正直かなりまずい状況ではあるのだが、此処で名案を閃くのが良い男の秘訣なのだと思う。
「ブラムさん名案です。ちょこっと嘘付いて、俺のやった事を上手くごまかしてくれれば良いと思います。俺幸せ、皆幸せ」
「それは迷案だな。俺が不幸になるから却下だ、騎士が仕える主に嘘付いて良いわきゃねーだろ」
良い男所か、俺はまだ彼女すら出来た事がないのを忘れていた。
「心配しすぎよメイ、幾らお祖父様だってそんな事しないわよ」
「可愛がられてる本人の言葉ほど信用できない物はないな」
「メイ、その通りだ、糞爺がそんなに優しいわけがない」
「メ、メイくん、今まで有難う」
「アーチェ、良い事言ってるようで、その言葉は俺が死ぬ前提だ」
「まあまあ、皆さん落ち着いて、ほら城に入れるようですよ」
『メイちゃんさん、お腹がすきましたっ』
ドリーもうちょっとだけ我慢しような、今お前の相棒は崖っぷちだ。
◆◆◆◆◆
武器を引渡し、番兵に促されるまま中に入る。
外見も素晴らしかったが内部もかなりの光景だった。大理石の様な石の床に青い絨毯が小川の用に敷かれ、緑の支柱が木々の用に立ち並ぶ、窓から入る光は木漏れ日にも見える。
通路を進み、目の前に現れた扉を抜ければ、きっと王妃と謁見する広間に出るのだろう。さすがにブラムも押し黙り、真剣な顔つきをしているようだ。
扉を開き中に入れば、衛兵がずらりと立ち並び、槍を地面に立て、玉座まで槍の林道が出来上がっている。玉座には薄緑のドレスを纏い頭に金のティアラを付けている女性が座っている。横にある少し小さな椅子にはもう一人可愛らしい女性が座っており、二つの椅子の両脇に騎士鎧を着込んだ厳つい老人と、高級そうなローブ着こなした、髭を伸ばしたメガネの老人がいた。
絶対こいつらリーンの爺さんと、宰相の爺さんだろう。とても分かりやすくて、俺としては助かるのだが、その二人からは既に警戒と不信の視線をバチバチと感じる。
お、お腹痛い、帰りたい。
「一番隊隊長ブラム・ヴァチェスター、主の命を無事完遂し、我が剣と盾を主の元へと戻すべく此処に参上させて頂きました」
一体誰だこいつ、俺の知っているブラムじゃない。
「二番隊隊長、サイフォス・ライル、同じく此処に」
「三番隊隊長、ア、アーチェ・スネイプル、おにゃじく、こ、此処に」
良かった知ってる奴がいた。いつもの如く人に囲まれ怯えたのか、あの短いセリフを噛んでいるアーチェに少し和んでしまう。
さすがに隊長格しか挨拶はしないらしく、リーンは黙って傅いている。
「よく私の元へと帰って来ました、疲れている貴方達には悪いけれど……ブラム、命を全うしたと言うのは、沼の攻略が済んだと取って間違いないのですね?」
「否……少し違います、正確には大樹グランウッドの開放と沼の消滅です」
――――広間に静寂と動揺が走り歓喜に変わった。歓声が広間の隅々にまで広がっていき、俺の耳にはそれ以外の音が聞こえなくなった。
「静まりなさい」
歓声の中透き通るような凛とした王妃の声が響き、再び広間に静寂が支配する。
まるで映画でも見ているようだった。
「ブラム、嘘偽りない事実なのですね?」
「我が剣と盾に賭けて」
「そう……そうですか。夫が亡くなり十年の月日が流れましたが。遂に、遂に我らが悲願が達成されたのですね……。ブラム、詳しい話をしてくれますね?」
「はい、では失礼して、沼開放までの詳しい経緯を話させて頂きます」
そこから話されるブラムの話は、余りの酷さに穴が在ったら、否、穴を掘ってでも入りたい気持ちでいっぱいになってしまう、村で言った事と同じ様な事を喋る喋る、ドリーはドリーで『そこですっ相棒』『危ないっ』『そ、そんな』などと話を聞いて興奮している。
良い事を教えてやろうドリー、なんとお前もそこに居たんだぞ。
「……話は伺いました、名前をお伺いしてもよろしいですか? 勇気ある青年と大樹様のご息女様」
……誰か助けて。
「自分の名前は、『明 黒上』です、そして肩に乗っているのがドリーです王妃様」
「……そうですか、貴方は記憶が無いと言う話ですが、本当の名前は『クロムウェル・メルウエリン』では有りませんか? 何か聞き覚えがないですか?」
だ、誰ですかそれ、知らないよそんな名前の人。
「いえ、存じません、この名前は両親から貰った名前で間違いありません、失礼ですが、どの様な方なんでしょう?」
しかし敬語ってこれでいいのだろうか、あまりの場違いさにかなり不安が湧いてきてしまう。
「人々の話す伝説の人物の名前ですよ、伝記によれば遙か昔に各国の王の元へ、血のように赤い骸骨が現れてこう言ったのです【奴を差し出せ奴を探せ、探し尽くして殺し尽くせ奴の名は、クロムウェル・メルウエリン、庇い立てすれば国を滅ぼして探し出す】そう言い残して去っていったようです。王や民はこう考えました。魔物達が必死になって殺そうとする人物だ、きっと彼らの天敵なのだ、きっと世界を救ってくれるに違いない、きっと全てを救ってくれるに違いないと、実際その話を聞き、その名を語った者は、尽く魔物が現れ殺されてしまったようです。私も子供の頃から聞かされているお話で、いつか現れてくれるのではないかと思っているのですよ?」
勝手な話だ、勝手に期待して勝手に救われると信じている。それだけこの世界が厳しい世界なのだろう。そんな与太話を信じてしまいたくなる位に。
「貴方がその人物ではない事は、理解しましたが、国を救ってくれた事に違い有りません、この国を代表してお礼を申し上げましょう。有難う御座います。できれば……娘様からの言葉も伝えてもらえますか?」
『相棒、こいつ無駄に話が長いです、いつまでたっても終わらないので、二人でシバいて黙らせましょうっ』
「ドリーは我が母の守った国の為なので、気にしないと申しております」
――当然伝えられるわけもなく。
「そうですか、私達はやはり大樹様に守られていたのですね……」
『相棒、あのお爺さんの髭が不可思議な長さです、引っこ抜いてみたいのでちょっと側に行ってみましょうっ』
「大樹はいつも見守っているとの事です」
守られていますよ、きっと、多分。
きっとこの広間にいる誰もが、俺の胃の痛みは分かち合えないだろう。
「ではこの国を守ってもらった貴方に報酬に王金貨3枚と騎士になる栄誉を与えたいのですが如何でしょう」
余りに予想外すぎて、思わず吹き出しそうになってしまう。
馬鹿か、実はバカなのかこの王妃、えっと銅貨百枚で銀貨、更に百枚で金貨、金貨十枚で白金貨で更に十枚で王金貨だから……。1ゴル百円で考えても三億位でいいんだろうか、 しかし国を守って三億なら普通なのか?
いや待て待て、騎士も付けてきたと言う事は、ドリー目当てに取り込もうとしているのだろうか。だとしたら結構強かなのかもしれないなこの王妃。このままでは絶対にまずい。上手い事値切るしかない。
「いえ、その様な高額な報酬はいただけません。金貨5枚と多少の魔力の篭った水、魔物辞典、そして国内での常識ある範囲内でいいので、俺とドリーの自由を報酬で貰えませんでしょうか?」
一瞬だけ王妃が見せた怪訝そうな顔を見逃さなかった。危ないどうやら本当に取り込む気だったようだ。
「獄級を開放した報酬がそれでは少なすぎますでしょう?」
「何がその者に取っての一番の報酬かは、人によって違います王妃様、今の俺とドリーにはそれで十分な報酬です」
お願いします。それでいいです。十分じゃないか、余計なおまけはいらないです。
自分でもかなりの無茶な言い訳だとは思うが、俺が必死に心の中でお願いしたお陰か、宰相の爺さんが進みでて、まさかの援護をしてくれる。
「王妃様、その者もそれで十分だと言っているので、いいのではないですか? 大体本当に大樹の娘なのか、証拠も有りませぬ。そのような素性もわからぬ者を騎士にするのは些か早計でございます」
いいぞ宰相もっと言え。たぶんこの爺さんはこういう役割なのだろう。こんな怪しいやつ普通に疑うべきだ。
「相変わらずの心配性だな貴様は、そんな事ばかり考えているからそのような弄れた顔になるんだ、怪しいのなら取り敢えず殴ってみればわかるだろう」
すいません、わかりません、やめてください。
畜生、リーンの爺さんまで出てきやがった。確かこの爺さんゴンドさんだったか、この国での要注意人物が二人揃って参加とは、四面楚歌すぎて泣けてきそうだ。
「殴って分かるなら苦労せんだろう、この脳筋耄碌爺が、貴様がそんなだから儂が苦労しとるんだろうが」
「何を言う、宰相なんだから苦労するのは当たり前だろうが、したく無いなら儂のように、後を任せて後ろに引けばよかろう」
「お止めなさいっ、客人の前ですよ」
白熱していく爺さん対爺さんの口論は王妃さまの鶴の一声で黙ることになった。多分この国はこういう運営の形なのであろう、王妃がおおらかに許容し、宰相が疑い、ゴンドの爺さんが力任せに突き進む。
まあ、兎にも角にも口論は止み、宰相の爺さんが王妃に頭を下げ、再び俺に顔を向けてくる。
「宰相として疑わなければならぬ立場、少しこの者と話させてもらっても構いませんかな?」
「許しましょう、あまり失礼のないように」
出来れば許さないで欲しかったが、そうもいかなくなってしまった為、再度気合を込め直し迎え討つ。
「貴殿が沼開放の協力者である事は、間違いあるまいて、だがその腕が大樹の娘である事と、この国に貴殿らが害を及ぼさぬ保証を示してもらえるかね?」
「恐れながら宰相殿、そんな保証はどこにもありません。が、しかし危害を及ぼすなら沼で既にやっていると思いますが?」
「国の内部に入り込む為やもしれぬだろう」
「それは既に宰相殿の眼前で断っています。もし私の所望した報酬程度でどうにかなる国ならとっくに滅んでいるでしょう」
宰相は俺の言葉になにか考え込んでいるのか押し黙り、やがて静かに口を開いた。
「それもそうじゃな、ふむ。良いだろう、貴殿を信じる事は出来ぬが、無闇に疑う事はやめておくかの、今の所は……、だがな」
そういうと宰相は後ろに下がりゴンドの爺さんが「では儂も」と前に出てくる。
「おい、ブラム、この小僧は信用できるか?」
「はい、糞じ、……ゴンド老。騎士達〝全員〟が短いながらにも命を預け旅をしましたが、今生き残っている騎士達〝皆〟間違いなく信用しております」
「〝全員〟〝皆〟だと、リーンもか?」
その言葉に凄まじいほどの嫌な予感がしたが、後ろからリーンが前に出てきて返事をし始めてしまう。
「はいお祖父様、私自身メイの命を救い、メイから命を救われております。私にとってもメイは信頼できる〝大切な仲間〟です」
見事にリーンから爆弾が落とされる。
目の前のゴンドの爺さんの目付きが剣呑な物に変わり、心なしか威圧感がましたように感じられた。
「ちょ、ちょっと待ってください、ゴンドの爺さん、リーンには俺がただ命を助けられて恩を感じているだけですって」
「誰が貴様の爺さんじゃっ、さらにはリーンの事も呼び捨てだとおおおお」
どうやらあまりの緊急事態で焦ってしまい、地雷原のド真ん中で阿波踊りを踊ってしまったらしい。
◆◆◆◆◆
最終的には、凄まじいほどの大騒動に陥る寸前で王妃の鶴の一声が響き、俺の寿命は少し伸びた。だが帰り際にブラムに向かって「明日儂の屋敷に二人で来るがいい、リーンの仲間が弱くて死んでしまったら、リーンが悲しんでしまう、儂が自ら鍛えてやろう」と死刑宣告。本当に伸びたのは少しだけと判明してしまった。
王妃様からの報酬は金貨五枚に新品の魔物辞典、水を入れて一日経てば魔力の篭った水になる、【魔浸水の瓶】水晶で出来た手のひらサイズの物なのだが、リーン曰くかなりの値打ち物との事、だが王金貨三枚よりはましだと言うので仕方なく妥協しようと思う。街での自由の為に、ドリー用の使い魔認定の指輪と、王妃直筆の保証書を貰い、どうにかこの魔窟から解放されたようだ。本当に気疲れしてしまった。