死屍累々の惨状と意馬心猿の現状
『メイちゃんさん、お早うございます』
「どうにかならんのかその呼び方」
『相棒に対する尊敬と心愛をこめて両方をつけたんです』
「それなら仕方ないな」
朝起きにドリーの『ウォーター・ボール』で水を出して貰って顔洗う。桶に水を溜め体を拭う、はぁ、きっと今の俺はひどい顔をしていることだろう。終わることのない大宴会に留まることを知らない料理の山脈。
「胃が痛くなってきた」
一先ず身なりを整え、荷物をまとめ準備を終える。外を見ればもう十分な明るさが世界を満たし、起きろ起きろと言わんばかりに鳥が鳴いている。
「皆もう起きてんのかな」
『メイちゃんさんより遅い人がいるとは思えませんね』
現代っ子は朝が弱いのだ、仕方ないじゃないか。
「まずは朝飯を食べに行こうと思うんだが、ドリーって何食べてるの?」
『水と太陽の光が大好きですよ、綺麗な水や魔力の篭った水なんて好物ですっ、ヨダレが出てしまいます』
「お前に口は無い、それは樹液だろ」
ドリーと下らない会話をこなしつつ飯処を探す。確か昨日散々食い散らかした場所が酒場兼、飯屋だったはずだ。
すれ違う村人全員に深々と頭を下げられ、居心地の悪さを感じつつ目的地に到着する。
中に入ればむっと香る酒の臭い、くせぇ。見渡せば村人や騎士が死屍累々と転がっている。
どうやらこいつら朝まで飲んで居やがったようだ。
「すいません、朝飯食べたいんですが、出来ます?」
「大丈夫ですよ。こちらの木板に書いてある中から注文してくださいな」
酒場の店員から木板の菜譜を受け取り、目を通した途端愕然とする。
文字が違うのだ。否、ある意味で当然のことだとは思う。今更気づく俺が抜けていたのだ。文字が明らかに違うのに読めてしまう。
下手したら喋っている言葉も違うのではないか? 今まで普通に会話してきたが、普通に考えれば此処は自分の居た場所じゃないのだから、言語表現だって違うに決まっているじゃないか。
自分がどれだけ沼から出て、人と会った事に浮かれ上がっていたかがわかる。喋れる人間に会い、浮かれてこんな簡単な疑問にすら辿りつかなかったのだ。
喋れる理由と読める理由は恐らくだが、沼の影響なのではないだろうか。あの沼に溶け出した、人間の魔力などと一緒に多少の知識や経験なども頭の中に吸収されたのではないだろうか。
もしかしたら、既に自分が自分じゃないんじゃないかとまで、考え、落ち込み始める。
『どうしました相棒?』
「いや何でもないよ」
つい嘘を付いてしまった。
「そういえばドリーは黒いまんまなんだな、グランに頼めば戻してもらえたんじゃないか?」
自分の体も黒く染まってしまっている為なんとなく聞いてしまった。
『何を言うのです、相棒はまだまだですね。黒だろうと白だろうとどっちでもいいじゃないですか、いやむしろ黒が良い、二人揃って黒いんです。お揃いじゃないですか。ッは! これはいけない、お揃いを自慢しに行きましょうっ』
「……ドリーは本当にドリーだな」
騒ぐドリーを宥めながらドリーに水を、自分にスープとパンを注文する。落ち込みそうになった気分などとっくに吹き飛んでしまっていた。
「いや、美味かったな」
『この水はなかなかの味でしたね』
飯も食べ終え、お代を払う。
しかしリーンに頼んで、ゴブリンの結晶とお金を交換していて良かった。さすがに一文無しじゃどう仕様も無い。
ゴブリンの結晶は一つ二十ゴルで交換してもらった。銅貨の下に小さい金属の固まりで銭貨があり十銭貨で銅貨一枚、銅貨一枚が、一ゴル、百枚で銀貨、更に百枚で金貨その上にも白金貨、王金貨など有るらしいのだが、一先ず俺には縁のない物だろう。
ゴブリンは道中15匹は倒しているので合計三百ゴル、今の飯代が六ゴル五センカ程度なので、稼ぐだけならかなりちょろい気がする。これだけ簡単なら皆同じ事するんじゃね? と思いリーンに聞いてみたが、妙な道具で結晶を鑑定しながら優しく説明してくれた。
ゴブリン程度の結晶で上がる身体能力は大したこと無い上、幾ら体が強くなっても、格上の魔物や、弱い魔物であっても集団で襲われたり、油断すれば即座に死んでしまう為。訓練や経験も無い一般人は低級の結晶を結晶屋から購入して使い、普通に暮らす事のほうが楽らしい。やはり命の危険を嫌がるのは皆同じなのだろう。
そんな事をグダグダ考えていると床に転がっている死体が一体起き上がる。
「よーメイ。おはようさん」
「おはようブラムさん。とりあえず言う事は、顔洗ってこい」
フラフラと酒場から出て行ったブラム、さすがに女の子であるリーンやアーチェが転がっていなかっただけマシとしておこう。
二人がいない事を確認し、安心してるとおかしな物を見つけた。
――くそっ、だめだ吹き出しそうになった。サイフォスさんがケツから樽に嵌ってやがる。なにがどうやったら、あーなるんだ一体。普段真面目だからこういう時ハッチャケてしまうのかもしれないな。
「おはよう。――メイ昨日いつの間にかいなくなっちゃって探したのよ」
「おはようリーン。君が俺にアホみたいな量の酒を、飲まそうとするからに決まってんだろ、後お前はその頭をどうにかして来い」
ユラユラと歩いて出て行くリーンの頭は、きっと此処に来る間に爆破の魔法でも受けてきたのだろう。ぐしゃぐしゃになっていた。溜息を吐いて周りを見れば、アーチェが既に身なりを整え飯を食っている。
――あの野郎。飲ませようとするリーンに同乗して、しこたま度数の高い酒を混ぜてこようとしていたのは忘れんぞ。
「やあ、おはようメイさん。いい朝だね」
「あんたはまずそこからケツを抜けっ」
やっと全員起きだしたようだ。なんて騒がしい朝だろうか、みんな好き勝手してやがる。
皆が起きだし飯を食い終わり、準備を終えて出発の時間になる。なんだかんだで結構楽しめた気がする。起き上がり小法師の如く、頭を下げまくる村人に手を振り別れを告げる。ここから三日程度でグランウッドに着くとの事だ。
◆◆◆◆◆
草原をガタガタとユラユラと走る荷馬車の上、リーンと二人でゆるりと座る。
他の皆はそれぞれ馬に乗って進んでいるが、俺は馬に乗れない為に馬車の上となった、ついでとばかりに俺に新たな魔法を覚えさせる為、リーンも同乗している。
そうっ、新たな魔法を覚えさせる為だ。肉体が強くなったお陰か、多少魔力も上がっていたようで、手の甲にある刻印に空きができていたのだ。
さて何を覚えるべきだろう。そろそろ違う属性に手を出すべきか。やはり雷に相性が良さそうな物は〝水〟と〝風〟だろうか〝火〟はまあ論外だな、相性は悪くもないが別に良くもないし『エント・ボルト』するなら〝土〟と言う手もある。
……だがやはり水と土は却下だな、ドリーが覚えられるのだから、俺がその役目をする必要はない気がするし。雷を強化して行くべきか、風を覚えるか。
「――よし、リーンとりあえず、風の魔道書をお願い」
「あら決まったのね、 どんな魔法にするの?」
「えっと……低級でいいから周囲の風をある程度操れそうなのってある?」
「それなら『エア・コントロール』の魔法があるわね、でもこれって攻撃魔法じゃないわよ? 暑い日に風を吹かしたり、部屋の空気変えたりする魔法なんだけど」
「それでいいっ、むしろそれがいいっ」
「そ、そう? じゃあとりあえず覚えられるか試してみましょうか」
魔導書に手を置き、リーンが呪文を唱えている。一瞬光りが強く輝き手にある刻印が赤く染まっていく。俺は風の適正も備えていたらしく呪文を覚えられたようだ。
魔法の吸印も無事終わり。俺もしばらくは平和な馬車旅を楽しんではいたのだが。
「さあ来いっ、ゴブリン来い、現れやがれっ」
「もう、メイ少し落ち着いたら?」
「いや、そうは言っても、新しい魔法試すのなら弱い敵のほうがいいじゃないか、やはり自分の戦力はきちんと把握しておくべきだと僕は思うな」
『相棒、早く使いたいだけなのが見え見え過ぎて、私でも援護できませんっ』
そ、そんな事はないぞドリー、だが時として男には我慢出来ない欲求があるのだ。
◆
「おいっ、【草狼】が前から七体だ」
「はいっ、おれおれ、俺が行きますっ」
待ちに待った魔物が現れ、俺は直ぐ様リーンに頼んでおいた皮の袋を右腰に付け、荷馬車が止まるのを待ちきれず飛び降りる。
「もうっ、メイったら仕方ないわね。油断したらダメよー」
「あいよー行ってきます」
前から駆け寄る草狼、七体、荷馬車に揺られ時間潰しに読んでいた、騎士団管理の魔物辞典に載っていた情報を頭に思い出す。
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【草狼】(くさおおかみ)
草原などに生息し、ある程度群れで狩りを行う。
狩りの際草原に隠れる為体は草色に染まっており、基本的には相手から姿を隠して獲物に襲い掛かる。
危険度はさほど高くなく、ゴブリンを素早くして筋力を下げた程度、だが急所への噛み付きだけには注意したほうがいいであろう。
その緑色の毛皮は服などに加工される為、剥いで、各国が運営する走破者斡旋所でゴルなどと交換してもらうと良いだろう。
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まあこれくらいなら油断しなければ大丈夫だろうし、新しい魔法の試し打ちには、素早い相手は丁度良かったかもしれない。
七体の狼が草原を駆け抜けこちらに襲いかかってくる。
腰に付けた袋からサラサラの目の細かい〝砂〟を右手に握る。
「ぬはははっ、これでもくらえぃ」
『くらえぃ』
手に握った砂に『エント・ボルト』掛け、宙にばらまく。即座に『エア・コントロール』で風を操り砂を狼の群れに送り込んだ。
「――ギャッン」
悲痛な声を上げ狼の群れは、砂に纏わり付いた電気が身体に流れ、動きを止めている。
「やった大成功じゃないか、今のうちに片付けるぞドリー」
『流石私の相棒ですっ鼻高々です』 鼻はないがな。
さすがに砂に着いた電気程度じゃ、仕留められないみたいだ、だが動きが止まってしまった狼なんて、ゴブリンより楽勝じゃないか。
俺は狼の群れの中に突っ込んで行き斧槍を振るう、狼たちは動くことも出来ず、なすすべもなく草原の肥えと化すのだった。
「いや予想以上に上手く行ったな」
狼の皮を剥ぎ終え、余り待たせるのも悪いのでリーン達が待つ荷馬車に戻る事にした。
「メイは魔法を随分変わった形で使うのね」
「んー肉沼の主を相手にした時に足止めって大事だなと思ってね」
正直効かない相手もかなりいるんだろうけど、その時はドリーもいるし別の手段をとればいいだけだ。何より雑魚相手にはかなり有効な手段なので、旅をしながらモンスターを狩るのに役に立ってくれる事だろう。
◆◆◆◆◆
散発的に襲ってくるモンスターを退治しながら、三日間の距離を走り、遂にグランウッドの巨大な城壁が目に入る。
「で、でけぇ」
『でけぇです』
「応、どうだグランウッドは、中々壮観な見た目だろうが」
眼に入る巨大な石の壁、七階建てのビルくらいあんじゃねーかこれ、さすが魔法、こんな城壁作るなんて普通にやったらかなりの労力だろう。
凄まじい大きさに威圧されてしまいそうになる。閉じきった巨大な門の横に並んで開いている、少し小さめの門から中に入っていくと門兵が二人立っている。
「王宮騎士団一番隊隊長、ブラム・ヴァチェスターだ入るぞ」
「よくぞ無事お戻りになりましたっ……しかし隊長殿、その者は一体?」
「構わん、信頼出来る人物だ、責任は俺が取る、まずは王妃様に会いに行かねばならん……朗報だぞ」
「――ッツ、分かりました、どうぞお通りください」
門番にドリーを見られ、不審な目を向けられるが、ブラムが上手くやってくれたようで、中に入る。
――――目の前に見える光景は、俺の心を捉えて離さない。石畳の道が続き、石作の家が立ち並ぶ、通りには人が溢れ、活気のよい空気が通りに溢れかえっている。街の中心に見えるは、緑掛かった石で出来た、荘厳で美しい城が建っている。
――生きてて良かった。
『メイちゃんさん、見てくださいっ、凄いですよ、とってもすごいです』
「――嗚呼、凄いなドリー、とても凄いな」
ぼんやりと街並みを見る俺と、興奮して腕をくねらせ凄い凄いとはしゃぐドリー、騎士たちが笑いながらこちらを見ているが、今の俺には気にもならなかった。