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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
混淆都市シルクリーク
104/109

音鳴らす金貨は一体誰の為

 


 シルクリーク王城 一室



 特に豪奢な意匠が施されているわけでもない部屋の中で、ヒソヒソ話を続けている者たちが三人。

 ソファーに座りながら語っているのはジャイナ、その真向かいで聞き入っているのはラッセルとゴラッソだ。

 三人は、誰がいる訳でもないのに声量を落とし、テーブルを挟んで顔を突き合せるように会話を続けている。

 不意に、

 前のめりになっていた身体をジャイナが起こし、疲れの伺える表情を二人に向けた。


「――ってことらしいさね。アタイが聞いた話では」

「いや、そりゃ本気で言ってんですかい姉御? さすがにそいつは……いくらなんでも」


 荒唐無稽。

 絶対にあり得ないとまではいわないが、どうしてもジャイナの話が信じられず、ラッセルは否定的にかぶりを振った。

 

(信じたくねぇってのが本音なんでしょうかね。もしそれが本当だったら……くそっ)

 

 わずかに苛立ちながらも、ラッセルは『相方の様子はどうなのか』、と横にいたゴラッソの様子を伺う。

 と、なぜか動揺している自分とは違い、ゴラッソは難しそうな顔をしているものの、腕を組んでウンウンとうなずいている。


 何でお前は納得してるんだ。

 そんな問いかけを込めた眼差しを受け、ゴラッソはキョトンとした顔をしながら口を開いた。

 

「おいおい、ラッセル、ジャイナが態々オレたちに嘘吐くかよ。よくわっかんねーけど、本当なんだろ、よくわかんねーけど」


 馬鹿馬鹿しい、と諸手を上げたゴラッソは、妙に自信満々な面持ちだ。


「いや、ゴラッソ……アンタはあいかわらずだねぇ」

「ゴラッソは本当にゴラッソなようでなによりでやすよ」

 

 二人して『馬鹿はある意味幸せだ』、といった意味を込めて言葉を送るが、ゴラッソは未だよくわかっていないのか『まあな』と笑って満足そうである。


(はぁ、こいつが脳みそまで筋肉で出来ているのを忘れてやした……)


 何を言っていいか分からなくなってラッセルが押し黙っていると、ジャイナが目を細めて苦笑を漏らした。


「まあ、呆れたアタイが言うのもなんだけど、影が言ってたのは確かさね。

 ……全く、もし仮にそれが本当なら、アタイたちもつくづく運がないよ、旦那も含めてさ」

「違いない……」


 ――運がない。

 それに関しては同意するしかなかった。大本を辿れば自業自得なのだが、先ほどの話を聞くとやはりそんな想いが湧いてくる。

 しいていうなら、『よりにもよって』というやつだ。

 

(アッシたちはまだ良いけど、旦那は大丈夫でやしょうか……一人になって酷くなってなきゃいいんでやすがねぇ)


 今頃あの陰険な影と二人きり。

 らしくはないとも思うが、それなりの時間を過ごした仲間なのだから、心配したって罰はあたるまい。

 ソファーに背中を預け、仰ぐように天井を見ると、質素ながらも美しい砂岩の模様が視界に入る。

 模様を眺めて気を休めたラッセルは、胸中に湧いたモヤモヤとした感情を吐き出すように呟いた。


「本当、まさか……って感じですかねぇ」

「お、おうっ、そうだな」

「ゴラッソぉ、ちっとは頭を使ってくだせぇや」


 とりあえず言っただけなのだろうゴラッソに反射で苦言を飛ばすが、返ってきたのは謝罪ではなく不機嫌そうな眼差しだった。

 

 ――なにか悪いことでも言いやしたか? 

 

 状況が掴めずラッセルが首を傾げていると、ゴラッソは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 

「ラッセル、馬鹿なことばっか言ってるんじゃねぞ。頭使うのはオレの仕事じゃなくて、お前の仕事だろうがっ」

「あーもう、はいはい、そうでやしたね。アッシが悪かったですよ」

「おう、分かればいいんだ、わかればよ」


 ――なんでアッシが怒られてるんだか。

 そんな文句が飛び出しそうになったが、ゴラッソのこういった部分は慣れたもの。

 むしろ、逆にいつもと変わらない彼の態度を見たせいか、少しだけ気が紛れた気がする。

 

(いまさら後悔したって遅いってことでやしょうね)

 

 話をすべて信じたわけでもないし、納得も未だにしてはいなかったが、ここで否定したところで何かが変わるわけでもない。

 

 死ななければいつかは好機が巡ってくるかもしれない。

 ラッセルは自分自身を慰めながら、テーブルに用意していたカップを手に取り一口啜った。

 

 苦みばしった匂いと味が、荒れていた胸中を落ちつかせる。

 いつの間にかカラカラに乾いてた口内と喉も、まるで生き返ったかのように潤うのを感じた。

 

 お茶のお陰か、はたまたゴラッソのお陰か。

 少しゴチャゴチャとしていた思考も戻り、ラッセルは気持ちを切り替える意味も含め、別の話題を場に振った。

 

「でも、ジャイナの姉御もよく話やしたね。アッシたちに憑いてるモンが反応したらどうする気だったんですかい?」


「ん? いや最初はアタイも心配して黙ってたんだけど、よく考えれば大丈夫さね。アンタたちに聞かせちゃいけないことだったら、端からあの影もしゃべりゃしないよ。

 ただ、他に伝えればどうなるかなんて考えるまでもないけどさ」


「そりゃそうでやすが、ちっと怖い部分じゃありやすからね」


「良いじゃないか、一人だけ知ってるってのも嫌な気分だったんだよ」

 

 そう言うと、ジャイナはムスくれて顔を横にそむけた。

 もう少し若ければ……いや、可愛げがあればその仕草も似合ったものを。

 

 と、思ったがもちろん言葉にするはずもない。そんなことを言えばジャイナが怒り狂うのが目に見えている。

 ――ちょっと危なかったですが。

 ラッセルは額にかいた冷や汗を拭い、訝しげな表情をしているジャイナに『なんでもない』と誤魔化しを入れた

 

(しっかし、伝えたら駄目な内容だったらどうする気だったんでしょうか……)

 

 自分たちに憑いている枷、その細かい部分は未だ判明していない。

 余計なことを喋るな。

 これだけ聞けば筆談でもなんでも伝える手段はあるのだが、そんな甘いことを影がするはずもないだろう。

 冒険して死ぬ気なんか毛頭ないし、やはり第三者に伝えるのはやめたほうが無難なのだ。


 だからこそ、冷静に考えてみれば、ジャイナの行動はかなり危険なものだったことが分かる。

 ただ、『一人だけ』そう言ったジャイナの気持ちも分からなくもなかったし、憤慨する気も起きなかったのだが。

 

(嗚呼、アッシたちに枷さえなければなぁ……)


 ないもの強請りではあるが、ジャイナの話を聞いたせいで、その想いは強くなっていた。

 

 この状況から逃れるための救いを求めてしまうのは、贅沢な祈りなのだろうか……いや、思うだけならば自由に違いない。

 

 好機……いまはただソレを願うばかりだ。

 幸いにも、喧しい赤錆たちの相手をするだけで今のところは済んでいるのだから、まだ希望は残されている。

 

(……あ、でも、そういえばゴラッソは違いやしたっけか)


 兵の補充だかなんだかわからないが、ゴラッソは少し前に別の化け物に会ってきたと聞いた。

 何を見たのかまでは知りたくもないので、詳しくは聞いていないが、ろくでもない見た目の不気味な奴だということらしい。

 帰って来たゴラッソの顔色が相当悪かったことから察するに、きっとそれだけではなかったのだろうが、世の中には知らないほうが幸せなこともある。

 

 そう、たとえば『自分が知らないだけで世の中には化け物が溢れている』、といったこととか。


 知らなければ、なんの不安もなく一級走破者の実力で自信を持てていたモノを……今では自分の実力など紙くずくらいにしか思えなくなっていた。

 

(あんなのに絡まれて勝てるわけがないっつー話でやすよ)


 影を筆頭に連れだつ化け物を想像したラッセルは、『嫌だ嫌だ』と胸中で言い放ち、一度身体を震わせた。

 できれば関わりたくない。心の底からそう思う。


(ん? ああ、まあそう甘くはないみたいで……)


 ラッセルは聞き覚えのある足音を捉えて、長々と溜息を吐き零した。

 

 乱暴で、硬く喧しく、そして妙に堂々としたその足音は、あの赤錆の性格をよく現している気がする。

 ハマの場合もう少し豪快な音だし、レイモアは執拗で陰湿な感じだ。アロのモノは口数と同じく静かすぎて聞き取れない。

 

 となると、やはりこの足音はハルバのモノだろう。

 

 ジャイナとゴラッソもさすがにここまで接近すれば気がついたらしく、嫌そうな顔をしてドアを見つめている。

 

 頼むから平穏なナニカであってくれ……そう思いを扉に向かって送ってみる。

 が、

 

【貴様らに仕事だ! 王からの命だ誇れ!】


 蹴り破るように勢いよく開けられたドアと共に、呆気なく打ち砕かれた。

 

 開いた扉から現れたのはやはりハルバ。

 右手には相変わらず斧槍を握り、常と変わらぬ鎧を纏った出で立ちのまま、ラッセルたちを睥睨している。

 

 ――やっぱりか。

 若干ウンザリしながらも、ラッセルは愛想笑いを浮かべてソファーから立ち上がった。

 

「旦那、できればでいいんでやすが、『いるかー』くらい声をかけてもえると助かるんですがね」

【何故だ、いるのは気配で分かっておるのだから不要だろう。大体、私が貴様らに気を使う必要がどこにある?】

「ソウデヤスネー」


 断言。

 ためらいもないその言葉に、ラッセルは『言っても無駄だ』と早々に悟って適当な同意を返した。

 

「ところで、アッシたちに仕事ってのはなんでしょうか? できれば簡単なモノがいいんでやすが……」


 微妙な保険をかけつつもラッセルが問いかけると、ハルバはギギギッと鷲掴むように赤錆の手甲を鳴らして返した。

 顔色こそ伺えないが、どこか笑っているような雰囲気だ。


【なに、たいしたことではない。少し隣国に攻め入る準備を進めるだけだ】

「――ちょッ!! そりゃ大事じゃないですかいッ!?」


 余りにあっさりと言われてしまったせいか、どうにか驚愕の叫びを返せたのはラッセルだけだった。

 ジャイナとゴラッソも驚いているのだろうが、声を発するより顔を引きつらせて凍っている。

 

(いやいや、攻め入るって戦争するってことでしょうや? それをたいしたことじゃないってどんな思考回路してやがるんですかいッ……)


 今すぐにでもここから逃げ出したかったが、残念ながら逃亡先のドアには赤錆の防壁。

 というか、そもそも、そんなことをしようものなら影に殺されるに違いない。

 

(冗談じゃねぇや)


 自分でも抑えられず、乾いた笑いが溢れ出る。ジャイナは表情を青ざめさせ、ゴラッソは反芻するように言葉を噛み締めている。

 

【ほうなんだ嬉しいか? まあそれは仕方ないだろう。やはり侵略は滾るものがあるからな】


 どこをどう勘違いしたのか、ハルバは自分たちの反応を見て歓喜していると判断したようだ。 

 ――役に立たない眼球なんて転げ落ちてしまえッ!

 

 ハルバの素面を見たことはないので、ちゃんと眼球があるのかどうか定かではないが、ラッセルは心中でそう叫ばずにはいられなかった。


 ――駄目だ……落ち着くんだアッシ。

 

 自制心を賢明に働かせ、混乱する気持ちを宥めてゆく。

 今は驚くより先にすることがある……余計なことはしたくない、どうにか断らなければっ。

 

「いやー名誉……なことではありやすが、アッシたちにできることなんて高が知れてやすよー」

「そうそう、そうさね。戦場なんかに出ても足を引っ張ちまうよっ」


 出来るだけ心象を悪くしないように遠まわしに断ってみると、ジャイナも同じことを考えていたのかこれ幸いとばかりに便乗してくる。

 

 ――よし、多少強引になってもこのまま押し切るしか……。


「そうか、戦争ってことは相手は人だろ? 化け物相手じゃなければ案外イケル気もするんだが」


 ――ゴラッソォオオオオ!

 ラッセルが心の中で吠え立て、ジャイナはゴラッソの足を見えない位置でガスガス蹴る。

 それでようやく自分がやらかしたことを悟ったのか、ゴラッソは足に走る痛みに顔を顰めて口を閉じた。


【ふん、中々に良い心意気ではあるが、貴様らの仕事は戦場に出ることではない。準備だと言ったであろうが。

 なあに、そこらの街や村に兵を率いて向かい資材をかき集めてくるだけだ。

 簡単だろ? 一万程度の兵は渡すから、反抗するようだったら殺して奪って来い。

 ああ、死体は拾って集めておけよ、使い道があるとのことだ】

 

 ――なんだそれは……。

 クラリ、と心労の頭痛のせいか、一瞬倒れそうになった。

 資材を集めるというか、殺して奪えとまでくると、完全に山賊や強盗と変わらないではないか。

 

(なんて、行きたくねぇ命令でやしょうか……)


 いまさら偽善者を気取る気はなかったが、そこまで堕ちたくもない。

 しかし、

 ここで断ればどうなるか。

 一度捕らえた亜人に対する仕打ちを見たことがあるが、その時は情けのカケラもない所業だった。

 

 それが自分に向けられる? 勘弁して欲しい。

 

 今までソレが自分たち向けてこられなかったのは、間違いなくシャイドのおかげなのだが、それを微塵も信用していないし、いつまでも続くとは思っていなかった。

 理由など単純だ。

 アノ王とこの赤錆たちが反抗する者を放置するわけがない。


(たぶん、シャイドの旦那のことなんて関係なしに、気に喰わなかったら殺すに決まってる……大体、そんなことしない大人しい奴らだったら、端からアッシらもここまで苦労してないっって話でやすよ)


 どう考えても断れない。ここは引き受けるしかないだろう。

 やはり自分の命がなによりも大事である。


(こうなったら……覚悟を決めて引き受けて、話を丸く収めながらこなしていくしか……)


 そこまで思考をめぐらしたラッセルは、ジャイナに向けて『了承する』との目線を送る。

 と、恐らく同じことを考えていたのだろう、パチリパチリと数度の瞬きが返ってきた。

 

 ジャイナに異論はないらしい。ゴラッソはなにも考えていないだろうし、聞くまでもない。

 

「わ、わかりやした。じゃあ向かった先での指揮はアッシたちがしてもいいんで? 好き勝手に暴れられるとこっちも困りやすし」


【ふむ、構わんぞ。今回は以前のハマのように共に向かうことはできんからな。

 が、しっかりと成果は上げねばただでは済まさんと覚えておけ】


「へ、へえ」

 

 助かったと言うべきか、どうにか要望は通ったものの、しっかりと釘は刺されてしまった。

 ただ、赤錆たちが同行しないのは運が良かった。

 ハマと違ってファシオン兵は命令に忠実だ。勝手に暴れまわる心配は……たぶん少ない。


(結局、アッシらの頑張りに掛かってるってのは間違いないんでしょうや。

 しかし攻め入るって一体どこに? 可能性として高いのはクレスタリアとホーリンデル辺りでやすが……)


 思考を高速で動かしそんなことを考えていると、ハルバが『ああ、もう一つの用事だが』と話を続けた。

 

【ギルテ……いや、今はホーリンデルとかいう名の国であったか。まあどちらでも良い。

 今回はそこに攻め込むつもりであるが、王が運河向こうの国が邪魔だと仰られてな。

 影にどうにかしろと伝えておけとのことだ、わかったか?】


「はっ? どうにかってアッシらにどうしろと」


【む? いつも連絡を取っておるだろう。それで伝えておけばいい】


「伝えるのは良いんでやすが、断られたときは?」


【つまらんことを聞くな。決まっておるだろう――】


 そこまで言ったハルバは、武器を握っていない左手を手刀の形に変え、自らの首をトントンと叩く。

 死にたくなければやれ、ということのようだ。

 

(嗚呼、やっぱりこの旦那たち……シャイドの旦那に従う気なんてこれっぽっちもありゃしない)


 直感でしかないが、赤錆たちと比べると、雰囲気や威圧は明らかにシャイドが上。

 なのに好き勝手を許しているということは、シャイドは分かった上で使っている……もしくは遊ばせているといったところだろう。

 

 他人が必死に動く様をニヤニヤと笑いながら見守る……あの影が好みそうな所業だ

 

 とはいえ、そんなことラッセルたちに分かったところで大した違いもない。

 シャイドにとって、自分たちの命もゴミ屑同然の価値しかないのだ。使えなくなったら、つまらなくなったら、きっとためらいも無く殺されるだろう。

 

 選べる道なんて限られている。死にたくなければ、生き延びるために立ち回るしかない。

 

「はは、旦那任せてくださいや。どうにか話を通してみやす」

【そうか、ならば良い。ついでに私個人の用事ではあるが、あの忌々しいッッ……槍使いの情報も集めておけ。

 見つけたらすぐ報せろ、いいな、すぐにだぞ! 文を送っても構わん】


 ――まーた言ってやすよ。

 どうにも取り逃がした槍使いとやらによほど執着しているのか、亜人が逃げ去ったあの日からことあるごとに憤慨している。

 

 さすがに見つけられなくても殺されはしないだろうが、多分ブチブチと文句は言われるだろう。

 

(結局は忙しくなるしかないってことでやすかね)

 

 伝えるだけ伝えてさっさと立ち去っていくハルバの背中を見ながら、ラッセルは己の拳を静かに握り締めた。

 



 ◆

 

 

 

 二級区域拠点 自室

 

 

 話し合いを済ませて二週間と少しがすぎた今日、俺は砂岩壁に囲まれた自室の中で、

 

「だー、くそッ! マジかよっ……」

 

 砂岩の椅子からズルズルと滑り落ちながらも悪態を吐いていた。

 先ほどまで人のベッド(モンスターの毛皮などで作った)で勝手にゴロゴロとしていたリーンでさえも、ドリーを両手で抱えながら苦笑いを浮かべている。

 

「良くなったり悪くなったり忙しないわね」

『相棒、どうどう、どうどうですっ。冷静沈着が大事ですよっ』


 リーンが同意を零し、ドリーは久々に出てきた中の人……もとい中の腕の指先を、擦り合わせるようにシュリシュリと動かし俺にみせてきた。


 いやドリーさん、それ猫を呼ぶときに使うやつではないでしょうか。

 言動が一致していないドリーの動きに若干癒されながらも、俺はずり落ちていた身体を椅子の上に戻して一息つく。

 

 しかしどうしようか……この状況。

 

 これまでコチラも色々と動いて準備を進めてはいたが、まさかこんなことになるとは思っていなかった。

 今頃サバラやシズルさんたちも、ストレスで軽いパニックになっているかもしれない。

 

 俺自身は言うほど冷静さを欠いているわけでもない……と思っているのだが、文句くらいは零したい気持ちとなっている。

 

 努力が必ず実るとは限らない、ということか。

 この二週間――自分たちで言うのもなんだが、かなり頑張って動いていたほうだと思う。

 人材集め、三級区域付近の偵察、資材補給にシルクリーク内部の情報収集と、忙しなく動き続けてきた。

 

 しかし、そのほとんどがぱっとしない結果に終わった。

 人材補給は金を積んでも集まりが悪く、三級区域の偵察をしてみれば、いつの間にやらファシオンの見張りが数千立っていて迂闊に踏み込めなくなっている。

 

 更にはシルクリークの情報を探ってみると、こちらの拠点が根こそぎ破壊されていて、都市内部にはファシオンが我がもの顔でウロウロ。

 武器が見つかった心配こそしてはいないが、コソコソ隠れて取りにいける状態ではなくなった。

 

 そして、資材補給に至っては、つい先ほど届いた二つの報せによってほぼ詰んだ状態になっている。


 その一つは、シルクリークがなにやら戦争の準備を始めている……ということだ。

 

 内容は、各地の村や街から火薬に近い炸裂系の素材や、剣や槍、そして防具などを強奪するように奪っている……という話。

 シルクリーク内部でも、明らかに大規模の戦闘を想定された準備の予兆が見えているらしい。

 一般市民の被害は俺の想像していたよりも妙に少ないとのことだが、問題はそこじゃない。

 

 これのなにが困るって、せっかくコチラが武器や資材を集めているのに、横から掻っ攫うように奪われてしまうことだ。

 一応回復薬の類は残っているのだが、矢弾関係は根こそぎやられた。

 こちらも動いているし多少の確保してあるが、決して十分とはいえない。

 

 まさか金の使い道がなくなるような状況になるとは……。

 

 リドルに送るはずの手紙だって、そのせいで結局送らず終いになっている。

 一応それだけではなく――リドルに関係することでもあるし――多少の情報を集めて一緒に送ってやろう……といった意味合いもあったが。


 どちらにせよ、状況は良くない。

 

 ただ、

 まだこれだけならば全然マシだと云える。ここまで大事になってくれれば、俺たちがクレスタリアに送った手紙も活きてくるし、上手くいけば多大なる助力を得られるのだから。

 

 まあ、ソレもコレだけなら……という話だ。

 

 よりにもよってと言うべきか、ここに二つ目の報せが重なった。

 最悪とも呼べるこの絶妙のタイミングで、“水晶船の運行が停止した”のだ。

 理由は醜酸運河のモンスターの活性化である。

 

 もう溜息しかでない。これを最初に聞いたときは本当に頭を抱えたくなったほど。

 

 シズルが部下に運ばせている手紙だって、いまごろ運河手前で足止めを喰らっているだろう。

 いちおう鳥なんかに運ばせる郵便もあるので送れないこともないのだが、届いたところで援軍や物資の期待はできない。

 いや、なにより痛いのは、行商人などの数が激減することだ。

 船が止まるということは、ファシオンが買い漁った矢弾や武器防具、そういったモノの補充経路が滞ったことを意味している。


 ファシオンの資材漁りと補給経路の遮断。もう武器補給に期待は持てない。

 これが誤情報だったらどれだけ良かったか……そう思うのだが、この情報は複数の行商人などから得たモノであり、残念ながら信憑性はソコソコに高い。

 

「――本当、余計なことしかしねーなアイツらッ」

 

 思わず苦々しい舌打ちを一度零すと、リーンが難しい表情を俺に向けてきた。

 

「ねえ、メイは今回のことはどう考えてるの? 私としてはちょっと偶然とは思えないのだけど」


「ああ、俺も同意見だな。水晶船が止まることで戦争おっぱじめても後方に憂い無しってのは、さすがに赤錆たちに都合が良すぎる。

 たぶんシャイドの野郎が関わってるんじゃないか?」

 

 リーンの言葉に俺が同意を示すと、なにか思いついたのかドリーがパチリと指を鳴らした。


『うーみゅ、そういえば確か前もキラキラ船が止まったことがありましたねっ。あの時と一緒でしょうか?』


「おう、そうだな。いまになって考えるとアレも意図的なモノだったって気がする」


 ドリーの言う“前”とは、クレスタリアで足止めを喰らったアレだ。

 

 以前までなら『偶然だろう』と流したかもしれないが、情報が出揃ってきた今は少し違う。

 主の会話能力。そして狂ってはいるが知能があること。更に言えば、今回の死狂い関係っぽいモンスターの存在と、俺が狙われているという事実。

 

 そう言ったことから考えると、今回も前回もシャイド……かもしくは他の化け物が意図的に引き起こしたのだと思えてくる。

 

 恐らく、クレスタリアの時は俺に冤罪を掛けるための足止め、今回は赤錆たちの支援(?)ってところか。

 

 手を組んでいる、という割には好き勝手に動いているという印象のほうが強く、どうしてそれで国に攻め込まないのだろうとか謎はかなり多い。

 だが少なくとも偶然で片付けるよりは、俺の中で納得がいく考えだった。

 

 アイツらの考えていることはよくわからないものの、今回はしっかりと共闘してるって思っておいたほうが無難だろう。

 

 ――きっついな。

 俺は人差し指と親指で目の内側を揉み、感じていた疲労を逃がした。

 

 これからコチラはどう動くべきなのか。

 戦争が始まるのを待ってファシオンの後方をついて漁夫の利を狙うって考えもあるが、それを暢気に待っていると、獄化している可能性がある三級区域を放置することになる。

 

 それでファシオンの数が減るなら全然構わない。しかし実際は違うだろう。

 戦争で大多数の死亡者が出た場合、逆に数が強化される恐れがあるのだ。

 

 やはり早いうちに三級区域を潰すように動くしか――。

 

 ただ、それを行うには問題が残っている。

 三級区域に立っている数千単位のファシオンの見張りの存在だ。

 ファシオンを大きく動かしたのだから、向こうが警戒するのは当然と言えば当然なのだが、俺からしてみれば、『余計なことを』と思わずにはいられない。

 

 ここで問題になってくるのは……三級区域に入り込む方法である。

 別に入るだけなら強引に突破することはできるのだが、それでは駄目だ。

 

 なぜなら、

 こちらの存在を認知されている状態で突入してしまえば、たちまち囲まれて増援を呼ばれる危険性があるからだ。

 しかし隠れて忍び込むには少々警戒が硬い。強引に突破しても、そのまま手早く最奥にまで辿り着けるかは未知数である。

 さすがに蟲毒みたいに深いとは思ってはいないが、楽観的な考えで挑むのは馬鹿らしい。

 

 ――ここは見張りを陽動するのが一番手堅いよな……あとはどうにか人数を揃えられれば。


 敵だって馬鹿じゃない。三級区域にだけそんなことをすれば陽動であることなんて容易に気づかれる。

 少なくとも俺が敵であればそう考えて、味方を呼んで内部に進入されていないか調べるだろう。

 

 敵が馬鹿であればもちろん嬉しいが、それを願って行動することはできない。

 多数の命も掛かっているのだし、それくらいはやってくるのを踏まえて打開策を練るのが当たり前だ。

 

 ――くそ、マジで人数が足りない。

 陽動を見抜かれないためには、複数箇所で同時に動くのが常套手段。しかしその人数を確保するには時間を使わなければならず、時間をかけると敵が強化される、かもしれない。

 

 なんて鬱陶しい状況だろうか。

 考えれば考えるほど、胸中にだんだんとイライラした気持ちが募ってきて、気がつくと俺は自分の膝を指先でコツコツと叩いていた。

 

 ――人員が欲しい。

 

 サバラたちだって頑張ってくれているのだが、いかんせん人の集まり方が緩慢だ。

 これは想像でしかないけど、多分シルクリークの領域内にいる人たちは、『大人しくしていれば自分は安全』とでも思っているのではないだろうか。


 関わらなければ大丈夫。いつか誰かが解決してくれる。

 自分の身に危険が降りかかっていないから、きっと……心の底でそう考えているのだ。


 ギリ、と奥歯を噛み締めた。握った拳は痛いほど軋んでいる。

 

 自分でもよくわからないが、モヤモヤとした気持ちが後から後から湧いてくるのを感じた。

 

 もしかしたら、サバラたちがあーやって懸命に動いて、死者だって出しても頑張っているのに、ちょっとくらいは協力的になってくれても良いんじゃないか? 

 そんな風に思ってしまう部分があるのかもしれない。

 

 傲慢……なのだろうか、『自分たちがやっているのだから動けよ』そういう考えは偽善の押し付けに近い形だとも感じる。

 

 でも、なぜかモヤモヤは一向に晴れてはくれなかった。

 声高に責める気は別にないが、やはり全て納得するのも難しい。

 こういうことを考える辺り、俺はまだ子供から抜け出せていないってことなのかもしれない。

 

 ――嗚呼、せめてシルクリークの人たちくらいなら助かるんだけどな。

 

 シルクリーク都市内部に住んでいる人たちは、俺の知っている限りでは協力的だった。

 戦闘能力がほとんどなくても裏方を手伝ってくれていたし、自分たちにできることを懸命にこなしていた。

 

 やはり危機感の違いか。周辺区域の人たちは知らないのだから仕方ないのか。

 

 そう納得しようとしたが、

 ――自分たちにも関係のあることじゃないかッ。

 そんな想いが湧いてきて、イライラは止まらず、モヤモヤは蔓延っている。

 

 なんとなく、以前グランウッドで英雄の話を聞いたときのことを思い出した。

 ――確か、今と似たような気持ちになったっけ。

 

 勝手に期待して、勝手に信じて、いつか救われると願っている。

 

 それだけこの世界が厳しいものだとあの場面ではうなずいたが、なんとなく納得できなかったのを覚えていた。

 

 危機感が足りない。現状を知らないとはいえ噂くらいは届いているはずなのに――。

 トントン、と貧乏揺すりのような足踏みの音が一定間隔で鳴っている。

 自分が出している音のはずなのに、妙に他人事だと感じた。

 

 ドリーとリーンは何も言わなかった。考えの邪魔をしないように気を使ってくれているのだろう。

 どうやら、こんなイライラした姿を、俺は自分の仲間になら晒しても良いと思っているらしい。

 

 随分と甘えている。情けない。落ち着こう。

 なにか声を掛けられたわけでもないのだが、不思議と俺の思考はスムーズに静寂へと流れていった。

 

 考えろ。

 今の状況。使える手札。目的と、手段を。

 

 水晶船が止まっている。シルクリークが戦争の準備を進めている。

 人材は集まらない。その理由は問題に直面していないから。


 グルグルと俺の頭の中を言葉の群れが回り続けてゆく。

 そして、不意にアヤフヤだった発想のモヤが集まっていき、やがて現実味を帯びた形に固まっていった。

 

「そうか……知らないから、知らないだけなんだ。どうしても動けない人は別としても、危機感が足りないってだけの人が、圧倒的に多いのは間違いないんだよな……」


 我知らずの内に独り言を呟いていた俺は、自身の考えに賛同して俯かせていた顔を上げた。

 視界の中でリーンとドリーが、不思議そうに首と手首を傾げているのが見える。

 

「メイったらいきなりどうしたの。考えすぎて頭がアレになったのかしら……大丈夫っ、まだ間に合うし、回復魔法で治しましょう」

『いえいえリーンちゃん、ついに相棒の百二十……三か四色の脳細胞が光り輝いてしまったのですよっ』

「お前らなぁ……」


 相変わらずの二人をジト目で睨んだが、それ以上は今はやめておく。俺がするべきことは、現状を打破するための行動を起こすことだ。


 正直気は進まない。

 これが名案だとは絶対に言えない。ただ、この状況を変えるための手立ての一つであることは間違いなかった。

 

 シルクリークの動き。まだ送っていない手紙。リッツの金の使い道。

 そして、陽動を行うための人材を確保するといった目的――。

 

 それらを使って俺ができること、そしてしなければならないことが今は形になっている。

 

 よし、と頬を一叩き。

 自分自身に気合を入れた俺は、リーンへと向かって眼差しをやった。

 

「今からすぐにサバラたちを呼んで来てくれるか? ああ、後リッツもだ。近くの町までひとっ走り手紙を届けて貰わないと」

「了解、でも一体ナニするつもり?」


 リーンは否を唱えず立ち上がると、ドリーを俺に手渡しながらもそう問いかけた。

 

 ――はあ、偉そうに説明するほどでもないんだよな。こんな手しか残っていないなんて、どうしようもねーな。

 湧き上がってくる罪悪感を踏みにじった俺は、歪みそうだった表情を二ヤリと笑いに変え、リーンの問いかけに答えた。


「ナニってそりゃ……自分の住んでいる国を守るんだし、我関せずの人たちにも動いて貰うだけだよ。

 背中を押すんだちょっとだけ、無理はさせない程度にな」

「そう、なら良いわ。じゃあ行ってくるわね」


 詳細は省いた俺の言葉に、リーンは柔らかい笑みを返して外套を羽織る。

 そして、燃えるような赤髪をフードの中に隠して部屋から足早に立ち去った。

 

『相棒、忙しくなりそうですか?』

「もちろん、今からが勝負だ」

『ふむ、では私も頑張らないといけませんねっ』

「おうっ、そうだな」

 

 二人残った部屋の中、軽くドリーと応答を交わし俺は、石テーブルの上に書かなきゃならない手紙を準備をする。

 ドリーもドリーでいそいそと脱皮した蛇ぐるみに着替え始めており、部屋には一気に忙しい雰囲気が満ちていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 リドルの街 酒場内



 夕食時に重なる時間帯。

 斡旋所に隣接している酒場の中には、ガヤガヤとした活気が溢れていた。

 店内には温かみのある魔灯の光と食事の香りが満ちており、酒杯を打ち合わせる音と、今日の話題を肴にした会話も飛び交っている。

 

 静けさを好むものからすれば少々騒がしいくらいではあったが、こういった酒場に陰鬱な空気は似合わないだろう。

 

 そんな酒場の奥。

 二つのテーブルを繋ぎ合わせた席に八名ほどの集団の姿があり、テーブルの真ん中付近に座している岩爺もまた、静かに飲む酒が好きな一人であった。

 いや、騒がしさ自体も好んでいるし、結局は飲めれば何でも良いのかもしれない。


「うむぅ……」


 テーブルに並ぶ料理には目もくれず、岩爺はポツリと唸りを零して酒瓶を二度ほど振った。

 軽い。

 瓶の口から飛び出してくる音も、手に伝わる水の振動も、いかんせん心もとない具合である。

 

 飲み足りない気分だ。もう一本頼むべきか……。

 少々悩んでみたものの、左隣に座っているシルが許してくれるかどうか……それが問題だった。

 

 金銭面ではなんの心配もない。しかし飲み過ぎると『身体に毒ですからー』と言われてしまう。

 優しい子に育ったことを喜ぶべきか、酒に制限をかけられることを悔やむべきか、極めて難しい問題だと云えよう。

 

 ゴリゴリと、生えてもいないヒゲを撫でるように顎を触る。

 厳しい表情を貼り付けながらも、酒のために必死で考えを巡らしていた岩爺は、やがて何か閃いたのか、ゴンと手を打ち真向かいに座っていたゲント(オッちゃん)と、その連れに視線を向けた。


「のぅ、儂の酒があっという間に空になってるんじゃが、お主らはもうちっと遠慮できんのか?

 老人の楽しみを奪うもんじゃないぞ。いかんいかん、うむ、嘆かわしい」


 偏屈爺のように苦々しく言ってみると、健康的に日焼けした女性剣士と、線の細い魔法使いの男性が苦笑い。

 ゲントも呆れたように嘆息している。


「おいおい、爺さん……オレたちは自分で頼んだ酒を飲んでるだろ。自分で飲み干しておいてこっちのせいにするなよ。

 それに、無くなったんだったらまた頼めば良いだろうが」


「ほうっ、そうじゃなっ。無くなったら頼めば良い、うむ、いい言葉じゃ。まったく、儂はどうでもいいのじゃが、ゲントが言うなら仕方あるまいて」

 

 その言葉を待っていたッ、と片手を上げて店員を呼ぼうとした岩爺だったが、その直前に左隣から手が伸ばされてきて、腕をグッと握られ止められてしまう。


 ――っく、やはり駄目じゃたか。惜しかった。

 腕前面部分を覆う柔らかそうな黒い体毛が視界に入る。もう顔を見るまでもなく誰の腕かなどわかっている。

 一応視線を上げてみたが、やはりゆったりとしたローブを揺らし、ニコニコと笑っているシルであった。

 

「お父さんー、人のせいにして頼もうとしても駄目ですからねー。今日はもうお終い」

「かーケチ臭いっ、金はたんとあるんじゃから、少しくらい構わんじゃろうて」

「そうですかー? お金はあっても、飲みすぎれば体に毒なのは同じだと思いますよー」

「ぐぬっ」 


 澱みない切り返しに言葉が詰まる。

 最後の頼みとばかりにシルの顔を伺うも、意思の硬そうな視線が返ってくるばかりで付け入る隙もなさそうだ。

 

(これはさすがに丸め込めそうにもない……残念じゃが今日は諦めるかの)


 本気で飲みたいと押し通せば、シルは不機嫌になりこそすれうなずいてくれるとは思うが、そこまでワガママを言う気にはなれない。


 せっかく心配してくれる者がいるというのに、それを無下にするのは贅沢に過ぎる。

 構ってくれるうちが花。

 その上で胡坐をかいていれば、いつしか呆れられてしまうものだ。

 

 単純にこういったやりとりをすることが自体が好きだという部分もある……けど、やはり酒を飲みたいというのが、限りなく本音に近いか。

 

「分かった分かった、今日はもう飲まんよ」

 

 諦めたと意思表示するように手を下げ、口寂しさを紛らわすため、シルが取ってくれた料理の幾つかをつつく。


 ――退き時が肝心だ。

 と、不意にゲントがこちらを見てニヤニヤと笑った。しかも目が合った瞬間、酒をぐいと煽ってみせるオマケつきである。

 この間似たようなことをしたから、仕返しのつもりなのだろう。

 

「いやー、やっぱりさすがの爺さんも娘には敵わないってか。んー酒がうめェなっ」


 露骨にこちらを煽ってくるゲントに、軽く皿でも投げつけてやろうかと考える。

 が、その直前にゲントの両脇にいた連れ二人が、悪ふざけをする彼に向かって言葉を投げつけた。


「ゲントっ、アンタも余り調子乗って飲んでるんじゃないよ。例の隊長さんとやらから飲みすぎんなっていわれてるんだろ?」


「そうそう、今度会ったときにゲントは金を酒にしか使ってませんでしたー、って報告されたくなかったら程々にしとくことだね。

 ちなみに、僕はしっかりと酒を飲みまくった日時まで記録しているけど」


 左隣の女性剣士にヒジで突付かれ小言を一つ。更に男性魔法使いから追撃の釘までさされてしまい、ゲントは少し焦ったように酒瓶をテーブルに置いた。


「お、お前ら、今それは関係ねーだろっ。くそ、分かったよ、はいはい今日はここで止めりャいいんだろ。つかその記録さっさと消せよッ」


「ほっほ、ゲントが怒られとる。ざまぁないのぅ」


「爺も一緒だろうがっ!」


 岩爺が他人事のようにからかうと、ゲントは額に青筋を浮かべて拳を握って声を荒げた。

 怒ってみせてはいるが本気ではない。そんなことくらいは、この短い付き合いでも把握できるようになっている。

 岩爺が仕返しにニヤリと笑って見せると、ゲントは仏頂面を貼り付け『ケッ』と料理に手をつけた。


 そんなゲントの様子を、連れ二人は意地悪そうな表情で眺めている。

 

(うむ……いい光景ではあるな)

 

 死ぬはずだった者がここでこうやって飯を喰らい酒を飲んでいる。ただそれだけのことではあるが、きっとゲントにとっては何よりの宝に違いない。

 

 全てが助かった訳ではないが、なにもかもを失うよりは救われるというものだ。

 なんとなく眺めている内に目端が落ちて、笑みがからかうようなものから、自然なモノへと変わった。

 

「しっかし爺さん、隊長さんは今頃なにしてんのかね。最近物騒な噂が飛び交ってるってのに、一向に隊長さんの話が耳に入らねーんだが、どういうこった?」


「そりゃ隠れて動いているだけじゃろうて、お主も案外心配性じゃある」


 ムシャムシャと骨付き肉を喰っているゲントに答えてやると、彼は少し不満気に骨を揺らして否定を返す。


「んー、そういうんじゃねェけどよ。こーなんだ、もっと隊長さん赤錆を討つッ、みてーなスッキリした話が聞きてーなーと思って」


「どこの子供じゃ。大体あのクロ坊が派手に動くわけもなかろうて」


「ああ、そりゃ確かにな。でもちゃんと無事なのかね? 結局シルクリーク側が亜人を追い出しきったって話だぜ。

 水晶船も止まっちまってるし、どうにも嫌なことばっかり続きやがる。こっちとしては、そろそろ嬉しい話題を聞きたいところだろ」

 

 ゲントがさもつまらなそうに言うと、周りにいた元隊員の数名もうなずいて同意を示した。

 

(ほんにコヤツらは子供じゃて、クロ坊たちの活躍を聞きたいってだけなのが見え見えすぎてなんとも言えんわい)


 自分自身もリッツたちの噂を探っていることは棚に上げて、岩爺は胸中で呟いた。

 ただ、

 最近妙に物騒になっているのは事実であるし、無事かどうかの確認をしたいのは同意だ。

 

 今のところ、なぜかリドルにはファシオンの手が伸びていないので、こうやって多少は緩くしていられるが、それもいつまでも続くことか。

 最近の悪い噂から考えても、また攻め込まれる……そう念頭に置いて行動しておくべきだろう。

 

「ゲントや、お主は腕のほうはどうなっておる? 最近サボリすぎて鈍ってはおらんか?」


「はあ? 馬鹿言えよ、オレほど鍛錬してる奴は早々いねぇや。爺さんこそ、そろそろ腰がイカレテ動けなくなる頃じゃねーのかい?」


「ほっ、儂は年季が違うからのぅ。今からでもお主を片手でナマスに出来るぞい」


「ああ、くそ、確かに出来そうな気がしてきた」


 もう少し乗っかってくると思ったが、意外にもゲントは折れるのが早かった。

 と、不服そうに『まだまだ無理だろなー』などとぼやきを零しているゲントを見て、女性剣士と細身の魔法使いがおかしそうに噴出した。

 

「っく、くく。いや確かにゲントのやつ、戻ってきてからは妙に気合入れて依頼受けてるからね。

 腕は鈍っちゃいないどころか、上がっているのをワタシが保障するよ」


「『なにかあってからじゃおせーんだ、ちったぁ努力しないとな』、だっけ? ぷっ、ゲントの癖にやたらと真面目だからオカシイったらないよね」


「ああ? うっせえぞお前らッ。大体な、アソコに入った後に、消えたからって『これでもう安心だ』なんて暢気にしてられる奴ぁいねーんだよ」


 妙にムキになってゲントが反抗すると、蟲毒に入った経験がある他三名も、それぞれ『だよなー』とか、呟きながらも肩を竦めている。

 ゲントの連れ二名はそんな彼らを見て状況悪しと悟ったのか、早々に『降参だ』とかぶりを振った。

 

 ――しかし、少し意外じゃったな。

 別に依頼なんて行かなくても暮らせる金は既にあるのに、聞いてみれば全員が全員未だ走破者業をしっかりとこなしてるとのことだ。

 

「ふーむ、てっきり喰っちゃ寝ばかりしとると思うとったんだがのぅ」


 試しに直球で感想を述べてみると、ゲントは少し居心地悪そうに鼻を鳴らした。

 

「まあオレもそうなるんじゃねーかと思ってたんだがよ。いざ大金貰ってみると、これが驚くほどに使い道がねーんだ。

 家を買うってのもパッとしねーし、装備なんか一回買ったらしばらくいらねーだろ?

 良い酒飲んだところで高が知れてやがる。つか逆に前よりも依頼を楽にこなせるようになったせいか、少しずつ増えてる始末だ。本当、世の中わからねーもんだ」

 

 複雑な心境を表すように、ゲントは表情を顰める。ふと見渡してみれば似たような表情をしているものばかりだった。

 

(む、もしかしたら儂が一番怠けとる可能性も……おお、こりゃいかん)


 溶けてなくなってしまった己の目を覆う、赤茶革の眼帯に指を当ててなぞる。

 一応この視界に慣れるべく努力はしているが、未だに全開であるとはいえそうにもない。

 

 以前ならば容易く小さな虫の羽のみを落とせた。しかし今やればきっと胴体ごと切り裂いてしまうだろう。

 一寸とはいえ致命的。

 やはり視界が一つ消えうせるというのは思ったよりもキツイもの、ゲントたちの腕が鈍っていないことが分かったのは僥倖だ――。

 

 

 

 しばらくそうやって食事を続け、ようやく頼んだ皿が空になった頃のことだ。

 満腹感に包まれて一休みしている岩爺たちの下に、見覚えのある一人の亜人女性が近づいてきた。

 

 猫科の耳をヒョコヒョコ揺らし、慌てた様子で走り寄ってきた亜人女性、彼女もまた蟲毒に潜った一人だった。

 よく見てみれば、手の中にはちょうど両手で四角を作った程度の金属箱が一つ。

 

「ちょ、ちょ、ちょっとみなさん、大変ですよ。これ、さっき一般速達の郵便が斡旋所に……それで、お爺さんにって渡してくれって言われて、その名前が、アレで」


「これ、少しは落ち着かんか。とりあえず儂のじゃろ? 見せてみぃ」


「あ、はいっ」


 少し支離滅裂になりかけている亜人の女性から金属箱を受け取り、岩爺は手の中で回転させながらも確認してゆく。

 すると、金属箱の上部に差出人の名前がぺたりと貼り付けられていた。


「ひょっ……これは、クロ坊から? のようじゃな」


「ですよねお爺さんっ。私もそう思ったのですが、ちょっとだけ自信がなくって」


「噂をすれば……ってか、爺さん、ほらさっさと開けようぜ」


「あらークロ君からなのー? リッツちゃんったら元気にしているかしらー」


 祈るように両手を組んで亜人女性が跳ね、ゲントが身を乗り出して急かしてくる。

 シルは相変わらずニコニコしているが、頭部に生えた耳が嬉しそうに動いていた。

 

「ああ、喧しいな己らは、少し黙っておられんのかっ」


 頭を突付かれ腕を引かれ、さあ開けろとはやし立てられた岩爺は、思わず叫んでシッシと追いやるように手を振る。

 

(これクロ坊からじゃよな……こんな名前付ける知り合いはクロ坊くらいしかおらんし)


 うむ、と一度唸り、岩爺がもう一度差出人の名前を伺うと、ゲントもシルも覗き込むようにそれを見た。

 

 【貴方の右腕、怪盗紳士より。ちなみに、鍵は娘さん関連です】

 

「クロ坊じゃよな」

「ああ、隊長だな」

「クロ君ねー」


 恐らく右腕というのはドリーのことで、その後のフザケタ名前はメイの趣味だろう。

 娘関連……との言葉もあるし、十中八九間違いはあるまい。

 とりあえずここにいる――メイを知っている――者たちも、満場一致でそうだと判断しているようだ。


「まあ、なんでもいいから開けてみるぞい」


 妙な名前で若干気勢が削がれた気はするが、ともかく中身を見ないことには始まらない。

 金属箱の前面に埋め込まれたダイヤルを、岩爺はおもむろに回していった。

 

 リッツ関連とヒントで思いつくものなんて、数えるほど。

 それに、元々こういったことも考えて身内で暗号を決めておくのは、走破者の定石でもある。カチャカチャと、実際八桁の数字を入れ込んでみれば、やはり正解だったらしい。

 カキッ、と小気味良い音と共に金属箱の上部が開放され、中身があらわになった。

  

「手紙……かの」


 入っていたのは、何の変哲もない一枚の手紙。

 やたらと厳重にしまっていたことと、斡旋所ではなく一般速達だったことを考えると、よほど人に、もしくは国に見られたくないモノ……と考えられる。

 

 すぐに顎をしゃくって合図を送ると、ゲントたちは周囲から手紙が見えないように動いて人壁を作った。

 

 緊張感が漂い始め、ペラリと手紙を捲った音に誰かが息を呑んだ。

 そして、

 開いてまず視界に飛び込んできた一文を見た岩爺は、驚愕の表情を浮かべると、

 

【お嬢さん、の金銭を僕にくださいっ】 

「阿呆かッ」


 反射的に手紙をぺいとテーブルに投げ捨てた。

 正直、色々と悪意が滲んでいる文面だったので、投げ捨てた自分は悪くないと思った。


(相変わらずじゃな……)

 

 気を取り直した岩爺は、訝しげな顔をしている全員に『なんでもない』と告げると、改めて手紙を読み直す。

 

【先ずは、『目的を文頭に置くと人は安心して先を読む』と偉い人が言っていた気がするので試してみました。安心してくれたようでなによりです。

 さて、今回手紙を送ったのは上記のこともありますが――――――】

  

 そうやって、ツラツラと少し下手な字で書かれていたのは――

 シルクリークの現状、今なにをしているのか、危険が迫っている、などなど微妙に伏せられてはいるが、だいたいそんな内容であった。


 そして、更に読み進めていくと、文の最後の方にはこうもかかれていた。

 

【こっちで了承はとったので、白い奴のお金を使ってでも、とにかく噂を広範囲にばら撒いてください。

 内容は、

 シルクリークが戦争を始めようとしていることと、水晶船がとまって逃げ道がなくなっていることなどを、大げさに尾鰭をつけて流してくれると助かります。

 実際に資材集めでファシオンが動いているので、信憑性はそれなりにあります。

 

 事実半分、嘘半分、そのくらいで構わないので盛大にやってくれないでしょうか。

 しばらくすればこちらの人員がリドルに到着します。できれば俺たちの素性は伏せながら、少し助けてやってもらえますか? たぶん向かうのは――――】

 

 簡単に纏めると、自分たちにしてもらいたいことと、これからどういう風に動いていきたいかが書いてある。

 強制ではないができれば協力を頼みたい。

 そんな願うような想いを込めた文面が、後にも丁寧に書き連ねてあった。

 

 悪い噂をばら撒け、金で雇えそうな人を見つけたら捕まえて欲しい。

 岩爺はその内容を見て、メイが何をしたいのかを大まかに悟っていた。

 

(クロ坊は巻き込む気なんじゃろな……国全体を)

 

 扇動。

 明らかに子供や戦闘できないモノを除いた大多数の人々を煽る。

 彼らの危機感を、嘘と真実の噂で盛大に高めようという魂胆であろう。

 

 戦力としては期待していない、と書いてあることから、真正面から戦闘するつもりがないのは分かったが、これからかなりの大事になるのは想像に難くない。

 

(騒ぎの中心にいるとは思うたが、まさかここまでになるとはのぅ)


 きっと、騒ぎの増大とともに被害だって爆発的に増えるだろう。

 でも、民衆を煽って扇動するなんてメイが望んだ結果ではないはずだ。

 彼は面白半分で被害を大きくする輩では、絶対にない。

 恐らくではあるが、この問題を解決しないとそれ以上の被害がでることが分かってしまった……きっとそんなところだ。

 

 そうなると、遠まわしな比喩で“人外”といった単語がチラリと書いてあったが……アレは獄のモンスターのことかもしれない。

 

(儂は……リッツのこともあるし手助けするのは構わんが、他の者はどうか)


 せっかく獄を走破して平和を得た彼らが、また危険に飛び込むか。

 断ってもきっと誰も責めないし、誰も文句は言わない。

 彼らは今、どんな気持ちで手紙を読んでいるのだろうか。

 

 チラリと視線を上げてみれば、真っ先に映ったのはゲントの表情だった。

 

(ほっ、こりゃ聞くまでもないか)


 口端が獰猛に釣りあがっている。嬉しそうでいて、そして頼もしいまでにやる気の満ちた表情だ。

 ゲントはグッグッと拳を数度握り締めている。まるで自分の調子を確かめているようにも見える。

 そして、やがてそれも満足がいったのか、乾いていたであろう唇をひと舐めしゆっくりと口を開いた。

 

「なあ、聞いたかよ……おい。隊長さんが助けてくれって言ってやがる」


 少しだけゲントの声音は震えている。

 だが、それは怯えではなく、間違いなく歓喜の震えであった。

 深く呼吸を整えて、ゲントはここにいる全員に言い聞かせるように言葉を続けてゆく。

 思い出すように、まるで自分を蘇らせるように、だ。


「オレはよ、忘れられねーんだ。いつまで経っても、こうやって平和に浸かっててもだ。

 あの時のことを、いつだって思い出せる。

 それでな、一個ずっと心に決めていたことがあるんだ。

 もし隊長さんがオレらに『手を貸してくれ』そう言ったら、迷わずそうしよう、ってな。

 で、お前らはどうなんだ? まだオレは隊長さんの部下のつもりなんだがよ」

 

 聞くまでもない。問いかけるまでもない。

 ゲントがそういった瞬間、蟲毒に潜った彼らの表情もまた、同じものになっていたのだから。


(やはり若いモンはいいもんじゃ。活力に満ちておる)


 うなずく岩爺を尻目にゲントが立ち上る。

 一体なにをする気なのか……と様子を見ていると、おもむろに近くの椅子に片足を乗せて、

 

「おう手前らッ。今日はココにいる全員にオレが奢ってやる。なんでも好きなものを喰ってくれ。

 まあ、その代わりちっと話を聞いてくれねーか!」


 酒場にいる者たちに向かって砲声をぶつけたのだった。

 ゲントの姿に視線が一瞬で集まり、最初はキョトンとした顔をした者たちも、『奢り』という単語を聞いて歓声を上げた。

 

「いよっ、さすがゲント太っ腹っ!」

「よし今日は全部制覇する。酒もだ」

「うむ、中々気の利いたことをする御人もいたものだな。遠慮をするもの失礼か、ならばありがたく頂戴するとしようっ」

「だーお前らッ、まずは話を聞けっつってんだろが!」


 好き勝手に注文を始める人々にゲントは怒声を漏らす。

 おうそうだったと、改めて向けられた視線の数々は、『さっさと話し終われ、飯を食いたい』そう言外に示してきていた。

 

「こ、こいつら……あー、ちょっと聞け、まあ飯がまずくなるような悪いやつだが我慢してくれると助かる。

 今シルクリークでゴタゴタがあるのは手前らも知ってんだろ? そのことで今しがたオレの知り合いから緊急の報せが届いたんだ。

 少なくとも手前らにも関係ある話だから、耳の穴よーくかっぽじっておけよ。

 まあ簡単に言えば、シルクリークが隣国と戦争をおっぱじめようとしているって警告だったわけだ」

 

 シン、とゲントの断言に一気に空気が冷えた。半数程度の人々の表情には動揺が走っている。 

 そのことを予想している者もいたのだろうが、やはり全ての人々が知っているわけではなかったらしい。

 そんな彼らの表情を睨み付けるように眺め、ゲントは再度声音を上げた。

 

「しかもだ、付近の村や街から強奪紛いに資材調達と徴兵までしてるって話だ。

 いずれココにも兵隊が来るだろう。安全だって浮かれてやがるとすぐにそっ首落とされちまうことになる。

 更には、頼りの水晶船も糞獄のせいで現在運行停止。ホーリンデルに逃げようにも、いまのところそこが最有力の戦争相手。

 どっちについても巻き込まれることは間違いねェ。

 

 なんなんだよ一体よ、蟲に喰い散らかされるわ、その間に悶着は起きるわ、今度は戦争だァ?

 冗談じゃねえーつか、ふざけてんのかって感じじゃねーか?」

 

「ちっ、またあの野郎共の仕業かよ」

「余計なことばっかりしやがるッ」

「ぬはは、悪党が調子に乗って蔓延りおるか。許せんなッ!」

 

 ゲントが威勢良く問いかけると、チラホラと同意の声が上がった。

 大多数ではない。まだ極めて少数だ。

 やはり国という戦力に歯向かう気概を持てるモノは中々いないということか。


 が、

 それでもゲントは気にした様子もなく、自分の腰元に吊るされている布袋に手をやると、

 

「で、実は手前らに頼みごと……いや仕事があるんだ。どうもその国が気に喰わねぇってお人らがいるんだがよ、ちょっとオレらで手助けしてやんねーか?

 戦いたくないやつは別に戦わなくても構わねー。

 ちょっと近くの町や村で、今オレが話たことを広めてやってくれるだけでもいいんだ。

 簡単だろ? ほら、報酬はもちろんオレからしっかり出すからよ」

 

 ヒョイ、と床へと向かって布袋を投げ捨てた。

 ジャラリと音を立てて床に落ちたそれは金貨。

 一瞬で人の視線を集中させたのを確認したゲントは、手を叩いて不敵に笑う。

 

「まあよ、もちろんこれっぽっちしか持ってないわけじゃねーんだ。まだまだオレの懐には余裕がある。

 っと、そんなことを言っている内に、どうにもまた出資者が増えた模様だな」

 

 ゲントの言葉に合わさるように、タイミングよく投げ出された袋、その数は六つ。

 岩爺、シル、そして蟲毒に潜った三名と先ほど合流した亜人女性のものだ。

 ジャラジャラと床に転がるソレラは、やはり人の視線を集める魔力を秘めていた。

 

 そして、

 シンと静まり返った酒場の中、ゲントは全員の顔をゆっくりと見渡すとこう言った。

 

「さあどうする? 

 たんまり金を貰って危険を背負うか、それとも金を貰わず危険を背負うか。

 オレとしても残念だが、手前らに選べるのは二つしかねーらしい。

 ――さあ、どうするんだ?」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「全く、お主は阿呆か、わざわざあんな目立つことせんでもよかろうに」

「あー、いや、オレもちょっと隊長さんの真似をしたくなってよ。でも良いだろ上手くいったみてーだしな」


 一連の騒ぎも収まり、ようやく元のテーブルに戻った岩爺は、さっそくゲントに向かって苦言を呈していた。

 だが、ゲントは少し仏頂面で肩を竦めているばかりだ。

 

「ゲントや、いちおうここは酒場じゃが国の斡旋所なんじゃぞ。お主のしたことは下手をすればかなりマズイことになっておっただろうに」

「いや、それはオレだってわかってる……というか、“ココ”以外だったらさすがにやらねーよ」


 くい、と親指を後方に向けてゲントが言う。

 それを辿って視線をやると、少し先に見覚えのある受付嬢が冷や汗をダラダラと流して、自分の耳に両手を当てている姿が。

 聞えません。知りません。なにも起こりませんでした。つまり、そう言いたいらしい。

 

(どいつもこいつも……)

 

 はあ、岩爺は吐息をつくと、それ以上ゲントに小言を漏らすをやめた。

 どうやら年の功も長年住んでいる者には敵わないらしい、と自分の負けを認めたのだ。

 

 事実、あれだけ騒いだのに斡旋所はなんの反応を示さないし、ゲントの声かけに乗った者も多かった。

 やたらやる気がある亜人から、噂をまくだけならやってやるぜ、と乗り気な人たちまで、その目的は様々だが、おおむねメイの望んでいる展開へと向かっている。

 

 ただ、上手くいったにはいったが、しっかりと被害は出ている――。

 

「しかしゲントや、良いのか? クロ坊は別にお主らにまで金出してくれとは言うとらんかったじゃろうが」


「ああ、良いってことよ。自分たちの居場所守るのに金をケチるとか馬鹿らしい。大体酒買うのにあんな大金いらねーだろ」

 

 特に気にした風もなく鼻を鳴らすと、ゲントは『それに――』と呟いた。

 

「まあ、しっかりと隊長さんの借金は増大してっから、オレは痛くも痒くもねーんだけどな」


 意地悪そうに笑ったゲントだったが、その表情は、とても嬉しそうでいて、誇らしげであった。




この間壁紙を頂いた次の日にリーンの絵を頂きました。

活動報告はその際に書いたのですが、知らない方もいると思ったので、ここでお知らせしておきますね。URLは活動報告に乗っております。

(この後書きはそのうち消滅します)

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