建設! 崩壊! 擦り合わせ
砂岩拠点内 通路
すっかり日も暮れて時刻は夜。
頭にドリーを乗せたリーンは、妙にホクホクとした顔つきで、しましま模様の通路を歩いていた。
(やっぱお風呂って良いわね……眠くなっちゃうけど)
数日ぶりの暖かい湯船。ゆっくりと浸かるソレは非常に気持ちがよかった。疲れもあって、湯の中で少し眠ってしまったほどだ。
正直言うと、ちょっとだけ溺れそうになった。
メイから『なんか怖いからドリーと一緒に入って』と言われていなかったら、一人で随分と間抜けなことになっていたかもしれない。
(お風呂……なんて恐ろしいのかしら)
たぶんどれだけ強くなっても、風呂にだけは敵わない気がしてならない。思わず頭の上でふやけているドリーに感謝を送った。
それにしても、こうやってゆっくりするのは随分と久しぶりに感じる。日数的にはそこまで経ってはいないのだが、戦闘や移動が続きすぎたせいだろう。
(なにしようかしら。まだ寝るには少し早いわよね。終わるのも早かったし)
リーン自身は周囲の警戒を任されていたので、詳しい現場の内容は知らなかったが、まん丸を筆頭とした土魔法使いのおかげもあって、作業は予想よりも早く終了したと訊いている。
ただ、メイの話によると――
ハイクが壁を白黒に塗ろうとしたり、サバラの部下が妙な仕掛けをノリで作ろうとしたり。
樹々が格付けしようと爬虫類型の亜人に喧嘩を売ったり、とそれなりの苦労はあったようだ。
監督という名の雑用を引き受けていたメイが、『本隊マジですげぇよ、全然問題起こさねぇんだ……』とぼやいていたのは少し面白かった。
とはいえ、なんだかんだで男女別で入れる大部屋が二つ、無事に完成した。
場所は砂岩の中ではなく、速度や作り易さも考慮して外の地下だ。
この拠点の地下とも繋がっているので、すぐにでもそちらの部屋には行けるが、風呂上りには遠慮したい。
部屋自体はかなり広く取ってあるけれど、人数多くゴチャゴチャしているからだ。
お湯を使って身体の汚れは落としているらしいので、汗臭さなどは余りないだろうが、きっと間違いなく蒸し暑い。
(私たちばかりお風呂入るのはなんか気が引けるけど、メイも良いって言ってたし、気にしなくても良いのかしら)
一応最初にその辺りを伺ったのだが、メイは『気にすんな、どうせ明日にでも作るだろうし、下手したら勝手に穴掘ってはいってるかもな』と言っていた。
たぶん本当に気にしなくていいのだろう。
助かった、と思う。
焦げ臭さを漂わせて歩くのは、リーン自身余り好きではない。
汗も泥も血みどろも全部流して、やっと殺伐としたものが抜けた心地になっている。
ただ、
それでもまだ不満はあったが……
「せっかく着替えたのにまた外套っていうのも、少し落ち着かないわ。ねードリーちゃん」
『そうですねー、私もせっかく脱皮したのにまた蛇に戻ってしまいましたっ』
まだ新しい外套を指先で摘んで愚痴を零すと、ドリーも同意するように尻尾付近をペシペシと揺らした。
仕方ないとはいえやはり外套は鬱陶しい。できれば楽な格好になりたいというのが本音である。
しかし、現在この砂岩拠点内部には、シズルやサバラ、スルスなども一緒にいるので、自分の部屋と風呂以外では迂闊に脱げなかった。
拠点を別々にすれば解決する問題ではあるが、話し合いなどで接触の機会も多くなる。
往来する手間を考えれば、近い場所に部屋を寄せるのも当然か。
「でも、シルクリークを出たし、そろそろバラしても良いと思うんだけど……どうなのかしら?」
『んーむ。相棒としてはまだ隠しておきたいみたいですよ。
私も夕方に一度伺ったのですが、「信用って部分ではもう構わないけど、状況自体は好転してないし、誰か捕まって、獄のモンスターが追加されたら詰む。もう少し様子を見る」っと仰っておられました』
「ふーん、大変ねー」
リーン自身にも十分関係していることなのだが、思わず他人事のように返答した。
いや、そういった部分を考えるのは得意ではないので、メイにうっちゃっているとも云える。
別に本当にどうでもいいわけではない。なにかあったら一生懸命働くし、意見を求められたら頑張って考える。
ただ、それ以外は基本的にメイ任せなのがリーンのスタンスだ。
一見するとかなり適当だし、事実かなり能天気な立ち回りなのだが、これはこれで利点もあった。
戦闘中に妙な指示を出されたとき、『それはオカシイのでは?』と疑問を抱くと手遅れになることもありえる。
リーンには基本的にソレがない。信じた者の指示であれば動くし、躊躇いなく剣を振るう。
指示が間違って死ぬのも、指示を信じないで死ぬも結果は同じである。
そうなってくると、リーンとしては指示を信じて死ぬほうが好ましいとさえ思えた。
前からそうだったか……そう聞かれるとリーン自身でもよくわからない。信頼が多くなるにつれ、甘えも少しだけ増えている気もする。
いや、そもそも反対意見を言うのは自分の役割ではないのだ。性格的にもリッツ辺りが妥当だろう。
その辺りは、得意分野の違いというか役割分担に近いのかもしれない。
でも、それは戦闘や行動方針に関してのことだけ。できれば普段は世話を焼いて、頼りがいのある部分を見せたいと常々狙っている……が中々結果が実らない。
不思議だ。
(いつも惜しいところまでいってる……気がするのよね。たぶんもう少しなのだけど)
メイやリッツは少し恥かしがり屋なので、普段中々頼ってはくれないが、そろそろ『わーリーン助けてー』と言ってくるのでは……と予想している。
ドラン……は、さすがに私生活で勝てる気がしないので、世話を焼こうにも手を出せない。
できるとしたら、訓練とかそういった面くらいだろう。
(それにしても、私もいい加減本気を出すべきかしら?)
最近リッツが頑張って料理をしているところを見かける。このあいだ食べた料理も美味しくなっていたし、自分も新しいナニカを爆発させる頃合いだ。
――凄い、これは名案かもしれない。
脳裏に走った閃きは、まるで千金のような輝きを誇っている……気がした。
だが、なにをして良いのかがわからない。やはりこの辺りは人の意見も伺うべきだろうか。
「ねえドリーちゃん。私が得意なことってなにかしら?」
『ぼぉーっ、でしょうか? ズバシュっ、かもしれません!』
「んぅ、燃やすと斬る以外だとないの? 料理とか、掃除とか、洗濯とか……あとは料理とか、掃除とか、洗濯とかね」
『おお、それは知っています。確か相棒が「止めろ、魔法使ってでも良いからさせるな」と仰っておりましたよ』
ふぅ……と溜息が漏れた。やれやれと首を振って、リーンは少しだけ苦笑した。
――メイったら……まだ私を誤解しているのね。失礼だわ。
そう、誤解だ。
完全に誤った情報をメイは掴んでいる。らしくないものだ。
確かに人より“少し”だけ失敗していたのは事実ではあるが、それはもう過去の自分である。
子供が大人になるように、スクスクと一部以外成長していることを理解していないのだ。
わからせてやらなければいけない。
しかしメイは案外頑固である。普通にいっても聞かないことは分かっていた。
ならばどうする……そう考えると答えは単純明快であった。
城を崩すにはまず防壁や門から……つまり、周囲の印象を『凄いっ、さすがっ』と変えてしまえば良い。
簡単だ。
リーンは薄く笑って、通路をテクテクと歩いていった。
砂岩内 厨房モドキ
木製食器や鍋などが山のように置かれている。
その部屋の片隅。
地面に少し大きめの穴が開いている場所では、ドランが数名の者たちと共に食器を洗っていた。
「リキヤマさんは休んでていいっすよ、自分たちがやりますし」
「いや、気にしないでくんろ、オラこういう作業って好きだもんで。やらないと逆に落ちつかねーだよ」
「ふーん、なんか結構意外でしたね。もっと怖い人かと思っていましたよ」
魔法で水をバシャバシャと流しながら、ワイワイと皿洗いを続けるドランと魔法使いたち。
大変な作業ではあるが、嫌気は見えない。
大人数だけあって、今日の夕飯は鍋系の煮込みモノと、肉などの食材を焼いただけになってしまった。
でも、その味は十分に満足ができるモノだったのだ。
達成感が部屋の中に満ちている。
あの人数の食事を作るとなると、それはもう大変である。だからこそ、それをやりきった者たちの顔は、非常に爽やかだ。
談笑が続いている。
最初は緊張していた魔法使いたちも、ドランの人柄に促され、今では和気藹々とした雰囲気となっていた。
楽しそうだ。素晴らしい雰囲気である。こういうものがきっと疲れ果てた身体に沁みるものなのだろう。
そして、そんな彼らの仕事部屋に、一人と一本が……
「あら、皆大変そうね。手伝いに来たのだけど」
『お邪魔しますっ』
襲来した。
「お、赤い姉御までくるとは。いやー門前の魔法凄かったっすよ」
「あら、砂蛇ちゃんまで一緒なんですねー」
魔法使いたちから歓待を受けて、リーンとドリーは少し嬉しそうに歩み寄る。
「ありがとうございます。いえ、お風呂に入ったのはいいんですが、私ばかりがゆっくりするのもどうかと思いまして、ここに」
『私もお手伝いに来ましたっ』
魔法使いたちの輪の中に、すんなりとリーンとドリーは受け入れられている。
丁寧な言葉使いと柔らかい雰囲気を被ったリーンは――顔は見えないが――なんでもできそうな才女っぽい感じを纏っているのだ。
「お……お風呂の湯加減は、だ、大丈夫だったけ?」
ドランはそれだけ言うのがやっとだった。
リーンが『とても気持ちよかったわよ』と返しているが、会話を続けることはできなかった。
大丈夫なのか? そんな不安が押し寄せている。
リーンの悪行……もとい部屋のだらしなさはドランも存分に知っているし、ドジで色々やらかすのも経験済みだ。
メイからも何度か『気をつけろ』と忠告をされている。
普段であれば良い、メイがいればストップをかけてくれるからだ。
しかし、今日、ここに、彼はいない。
指が震えていた。恐怖しているのかもしれない。
嫌な予感がする。断るべきだろうか……。
でも……まだリーンは“皿洗い”を試したことがないではないか。
お帰り願いたい、そう言うのは簡単だが、リーンは好意からここにきてくれている。
まだ挑戦したことすらないのに、イメージだけで追い返して良いのか。そしてそれがドランにできるか否か。
「助かるだよー、量が多くて大変だったもんで」
無論できるわけがなかった。
ふふ、と笑ったリーンが隣に座り込む。ちょっとだけビクリと肩を震わせてしまったのは気のせいかもしれない。
だが、リーンとドリーが追加投入されて暫く、展開はドランの予想とは裏腹の結果へと疾走していた。
完璧である。皿洗い“は”文句をつける部分もなく順調に進んでいる。
『私の秘奥義のガボボボ、一つ、ブクブク、雄大なる水仙……いえプププ、水洗がお披露目になってしまいましたっ』
「これなら洗い易いわね」
リーンの頭上の乗ったドリーの口から、いぜん見たのと同じように水の滝がだばぁーと流れている。
水中で喋ってるっぽくゴボゴボ言ってはいるが、元々口で喋っている訳ではないので、あれは唯の雰囲気作りなのだろうとドランは判断した。
リーンは流れ落ちる水を使って、テキパキと食器を洗っている。
やはり問題は、頭から水が流れているくらいしか見当たらない。
早い。
流れるような速度で食器が洗われている……感心しても良い、拍手してもいい。
でも、魔法使いたちとドランの笑みは、苦笑いで固定されていた。
「あ、赤い姉御……もうちょっとほら、普通に“積む”といいんじゃないかなーと思うんす」
「そ、そうねー。素敵だとは思うけど、普通がいいんじゃないかと思いますー」
「んだ、普通が一番いいだよー」
宥めるような言葉が、次々とリーンに飛んだ。
そんな彼らの視線は一様にして、一つの場所へと向けられている。
ソレを一体なんと呼べばいいのだろうか。
しいていうならば、皿タワー、とでも名付けるべきだろう。
縦、斜め、平行、メイが見たら『トランプタワーじゃねーから』と叫びそうなほど、珍妙な形で洗浄された皿が積まれている。
もう、触ったら崩れるんじゃないかな……とドランが諦めるほどに高く、グラグラもしていた。
動けない。積まれるソレを崩すのが怖くて、ほぼ全員が動けなくなっている。
唯一変わらないのは、なんだか楽しそうに皿を洗っているリーンと、滝を吐き出しているドリーであった。
『リーンちゃん凄いですっ。見てください、皆さん驚かれていますよ』
「これって、やってみると案外楽しく感じるわ、ついに私の才能が開花したのかしら?」
違う方向にな!
恐らくここにいる全員が、胸中でそう叫んだに違いない。
誰かが『おい、やばいぞ、注意しろ』と目線で促している。それを受けた誰かは、また違う誰かに向けて『嫌だよ、お前やれよ』と言っている。
そして、巡り巡って最後にそれが突き刺さったのは、
(オラ……け?)
もちろんリーンの仲間であるドランであった。
数々の視線が語っている。
――お願いしますっ。
――自分には無理っす。
――リッキヤマさんっ! リッキヤマさん!
――ここを守れるのはリキヤマさんだけなんです。
ワッ、とドランが顔を両手で覆った。リーンが楽しそうにしているし、一生懸命やっているのに心苦しかったのだ。
だが、それでも……“守る”そう言われてしまっては動かないわけにはいかなかった。
震える身体に力を込めて、ドランが幾多の視線を背負って立ち上がる。
一言で良い。そう、たった一言で良い。
――帰ってください。
これだけだ……ここまで直接的じゃなくていい、もう少し柔らかい言い方で、真摯な想いを込めればきっと伝わる。
間違いない。
「す、すまねぇけんども――――」
「よし、終わったわっ、完璧ね!」
『わー、ぱちぱちーー』
同時だった。
ドランが立ち上がってリーンに声をかけるのと、彼女が最後の皿をいたわるようにタワーの麓に置いたのは……。
しかも、なぜかその置き方は、縦置きだ。
「――ちょ、危ないだでっ」
慌てたドランが思わず叫ぶ、縦に置かれた皿もグラグラと揺らぐ。
全員の目が見開かれている。呼吸だって止まっている。
止めようと誰もが動いたが、遅すぎた。
カタリ……
そんな情け容赦のない音が全員を絶望へと落とし込む。
抵抗むなしく、皿は無情にも、リーンスペシャルデッシュスペシャルタワーへと倒れこんだのだった。
今日の天気は晴れ。しかし晴れのち皿でもあったらしい。
耳を塞いでさえも聞こえる崩壊の宴を聞きながら、ドランは片手を差し出したままでそんなことを考えていた。
…………。
全てが崩れ、その部屋でまともに立っている人物がいた。リーンである。
視線の先は皿、皿の海が広がっていた。
人々が膝をついたり『うわーー』と叫んでいるし、ドランは小さく首を振りながら、『大丈夫、このくらい大丈夫だでー』と呟いている。
死屍累々とした惨状を見て、リーンは思った。
――どうしよう。
これは絶対に駄目な部類の失敗だ。また惜しいところでやらかしたようだ。
――どうしよう。
混乱の極みに陥って、リーンは反射的にドリーに助けを求めてみる。
『なんてことでしょう……ふわわわ、どどどど、どうすれば』
が駄目だった。
どうやら一緒になってやらかした自覚があるのか、頭の上で慌てている。
ドランが優しい目で見ていた。他の人たちもなんだかんで怒っていない表情で見ている。
――怒られたほうがまだ良い……心がっ、痛い!
うっ、自分の無胸を片手で押さえ、顔を俯かせる。視線を上げたら目が合ってしまう。
この状況を打開できる手立てが思い浮かばない。
謝罪するのがまず先決なのだが、いま謝っても、たぶん皆『いいですよー』とか『止めなかったこちらが』とか言ってきそうな空気である。
気まずすぎる。耐えられない。限界だ。
両手を右往左往させ始めたリーンは遂に限界に達し――
「うぅ……もう無理よっ、助けてぇーー!」
『相棒ぉぉぉ、私が付いていながらごめんなさいーー』
間違いなく盛大にどやされそうな相手、メイに助けを求めながらも逃走した。
素晴らしい速度である。
それを見て、ドランや魔法使いたちは、『仕方ないなぁ』と言わんばかりに首を振って、片付けを始めたのだった――。
最終的には、メイの元に辿り着いたリーンはしこたま怒られた。
止めなかったドリーも同罪で、リーンより少なかったがやはり怒られた。
怒られている最中は少しほっとした表情をしていたリーンであったが、すぐに部屋に連れて行かれた。
そして、しょぼくれながらもドランの指示に従い、間違いなく従い、後始末を終わらせることとなったのだ。
リーンの計画はある意味で成功したと言って良いだろう。
『赤い姉御に頼るのは戦闘関連にしておけ』、そんな暗黙の了解が、これを期にしっかりと“広まる”ことになったのだから。
◆
リーンタワー崩壊事件から一日経った夜半。
色々と面倒なことも起こったが、この二日間で僅かに拠点を改装して、一通りの作業はようやくこなし終わった。
忙しさもとりあえず一段落。
時間が空いたこともあって、今日は俺たちの行動方針について話し合うこととなった。
石材テーブルを中心に皆が座っている。
人数は俺を含め全七名、仲間たち全員とそこにシズルとサバラを足した数だ。
一応、床に座っている樹々を入れると八名ということにもなるが。
「で、早速話を進めたいんだけど、なにか前もって言うことはあるか?」
そう言って俺は好きなように座っている面々を見回した。
全員きちんと耳を貸してはいるが、特に反応はない。どうやら前もって言うことはないようだ。
進行役を誰にするべきか少し考えていると、サバラとシズルが目線で『任せる』と促してきた。
別に進行役=偉いってわけじゃないので、誰が進めても良いのだが、今回は拠点の主でもあるこちらに手綱を渡そうということなのだろう。
「よし、じゃあこれからの大まかな行動方針を決めたい。まずは……サバラ、現状の説明を頼む」
「オイラかい? 了解、大雑把に行くから細かいのはその時々で」
耳を一度ピクリと動かしうなずくと、サバラは注目を集めるように指先でテーブルを叩いた。
「先ずは戦力から。
こっちはだいたい六百、敵の戦力は大よそ十万ほど。正面衝突で勝てる見込みは皆無な戦力差だね。
地味に数を削ろうにも、相手側にはよくわからない補給がある。向こうがこれからどう動くかってのは大事になるけど、こっちが都市から出ちゃったから情報は掴めないと思っていい。
やらなきゃならないのは……戦力差を少しでも埋めることと、物資を蓄えることかな。
そうなってくると、現状でできるのは金で誰かを雇うって辺りだけど、さすがに十万差を埋める人は集まらないし、なによりそんな金はない。
……ん、なんか自分で言ってて軽く凹んできたんだけど」
大雑把に現状説明し、耳をショボンとさせて苦笑するサバラ。
まあ気持ちは凄くわかる。聞いてるだけのこっちまで妙な笑いが出そうなほどだ。
ただ、それで諦めたら話し合いをする必要はない。
話を止めないためにも、俺は『じゃあ……』と返した。
「サバラとしてはなにか方策はあるのか? 多少は無茶でも良い」
「んーー、相手の数から考えても、一番楽で間違いないのは他国に協力を得るってところだけど、まあ厳しいね。
シルクリークの情報なんてとっく知れ渡ってるだろうに、それでも動いていないのが良い証拠。
仮に動いてくれるとしたら、戦争が始まるくらいじゃないと動かないよ。
やっぱり今は戦力稼ぐしかないんじゃないかな。で、ある程度までいったら補給源を探って……また地道に局地戦で数を減らす、とか?」
サバラらしいけっこう現実的な意見だ。
確かに国の協力を得られれば一気に戦力差は縮まるが、そう簡単に動いてくれるとは思えない。
俺の個人的な意見からすれば、『戦争するくらいじゃないと他国は動かない』という国の構え方は随分と暢気で鈍重だ。
だがそれは、色々と裏を知っている“今”の俺だからそう思うだけだ。
ナニカが起こるかもしれない、問題が起こるかもしれない、くらいで他国が動くほうが異常である。
別の国がミサイルの準備をしている“かも”しれない。じゃあ撃たれる前に撃とう。
そんな考え方をする国があるかもしれないが、普通であれば真っ先に情報収集をするか、自分の国の足場を固めて迎撃準備を進めるだけだろう。
違う国の問題に首を突っ込むということは迂闊にできることじゃない。
自分から戦争をふっかけるくらいリスクが高い行為である。
「じゃあシズルさんはどうです?」
「私か? そうだな……サバラと変わらんな。打てる手が少なすぎてどうにも……」
コメカミをぐりぐりしながらシズルは笑い。そして悔しそうに拳を握った。
「ねえ、ちょっといい」
と、少し苦い空気を払うように、リッツが肩肘をついたまま小さく挙手。
特に問題もないので、俺が黙って促すと、彼女はそのまま話を続けていった。
「アタシとしては戦力集めるよりも、先ずは補給源の情報を集めるなり、対策取る方を優先したいところだわ。また新しく湧いてきたり、これ以上援軍来たら面倒だし。
あと、
アタシたちって、まだその話を詳しく聞いてないんだけど、できれば説明してくれない?」
打ち合わせをしてたわけでもないのだが、後で聞こうと思っていた内容を、リッツが率先して問いかけてくれる。
ありがたいと思いながらも、俺はサバラの返答を待った。
「そうだね、じゃあちょっと良く分からない部分も多いけど――――」
前もって準備していたのか、サバラは腰の布袋から紙切れを取り出すと、中身を読み上げていった。
数分のあいだ、俺たちはサバラの話に聞き入った。
だが、その内容を聞けば聞くほどに、自分の頬が引きつってゆくのを感じた。
リーンやドランも、俺にしか分からない程度ではあるが、雰囲気を硬く変えている。
嫌な報せ。
案の定と言うべきか、ろくでもないことになっているのが判明してしまった。
サバラの偵察が探った場所は、なんと俺が当初に迷っていた三級区域だと云う。
大柄の戦士てのは恐らくゴラッソだし、スコップ持った化け物は明らかに獄のモンスターだ。
そして重要なのは、拾った会話の内容である。
《……器と武器……うずる?》
《シャ……が手配してくれる……大丈夫》
《オデは……もう……けど……ャイドに……い加減返せ……っで》
《……オレに言われ……いやっ、分かった言っておく》
《球も残りが……もうごれで最後……》
《いやだからオレに……兵が足りなくなったら、またここで……》
まん丸は地中に隠れてやり過ごしているあいだに、コレを思い出してメモに残してくれていたらしい。
サバラいわく、『間違ってないと思うよ』とのことだ。
多少抜けてはいても、シャイドの名前が出ているのは明らかだった。
相手側が若干否定的ではあるが、『兵が足りなくなったらまたここで』と、更なる補給の可能性も示唆している。
いまのところ、俺が気になっているのは“球”という単語だった。
実はいくつか心当たりがある。
ラッセルが持っていたモノと、クレスタリアでシャイドが逃亡する直前、使用したアレである。
両方形も大きさも話を聞く分には一緒だし、『ガルスに借り受けていなければ』と言う台詞と、化け物の言った、『シャイドにいい加減返せ』という一文が適合する。
ということは、その継ぎ接ぎスコップがガルス、とやらなのだろうか……いや、ここに関してはまだ不明瞭である。
しょせん予想の範囲を出ることはないが、ここまで情報が揃いだすと、脳内で描かれていく絵があった。
クレスタリアでシャイドが投げた球からでたのは、“怨霊”。
その見た目は、俺の知っている“瘴気”に近いのモノであり、ラッセルの球もそれと同種の可能性がある。
そして、
その球で赤錆やファシオンの動きに変化があった事実。
俺にしか見えない死体から漏れるモノと、他人も見えるので少し別ものかもしれないが、赤錆たちが零していたアレも“瘴気”である。
球の持ち主はほぼ間違いなく獄のモンスターであり、補給になんらかの関係があるのは三級区域。
そこから近い獄は……【“死”狂い牢夜】だ。
確か、ソコはアンデットっぽいやつとか霊っぽいナニカが出る場所だと訊いている。
瘴気、怨霊、獄、継ぎ接ぎスコップ。赤錆たちとの関連性。そしてシャイドに球。
予想でしかない……しかし、もう繋がりがないとは思えない。
こうなってくると、痛覚なく襲ってくるファシオンがゾンビにしか見えないくらいだ。
想像は膨らむ。
例えば、ファシオンの素材は人間の死体ってことになるのだろうか、とか。
ってことは“器”って単語は死体で……話の流れからすると、それを準備しているのがシャイドって可能性も、など。
連想するのはホラー映画だった。霊が死体に乗り移って動かすような、あんな場面だ。
だからファシオンが動かなくなると、取り付いたナニカが飛び出す……なんて考えると。
――なんとなくソレらしいのが嫌だな、おい。
この仮定に『馬鹿らしい』と考えるより先に、『獄らしい』となる辺り、本当に嫌な場所である。
兵の補給源は死狂いなのだろうか……いや、関係はあるだろうけど、目立った移動の形跡はなかったらしいし、やっぱり三級区域か。
三級区域が発生源になっていると仮定すると、獄が広がっているか、新しい獄化している可能性が出てくる。
表面化してるって情報はないみたいだし、恐らくまだ完全ではないのだろう。
補給の数が一気に増したのは、進行が進んだからか……放置しておくのはかなりマズイ気がする。
悪化する=敵の数が増える……そう思えてならなかった。
余りゆったりしてる時間もないな。いくつかこちらの手札も晒さないとマズイ。
正体を明かす?
いや、まて……獄との関連性が明確になった今、それを行う危険性も凄まじく上がっている。
できればサバラとシズルには伝えておきたい気持ちがあるが、広い範囲で動けば、これから指揮官がバラバラに分かれることも十分ありえる。
そういった場合、俺の知らないところで手の届かないところで、どっちか一方が捕まるかもしれない。
俺だって二人がペラペラ喋るとは思ってはいない。
が、相手が獄関連だと考えると、洗脳、幻覚、脳をいじって情報を取り出す……その他諸々。
シルクリーク内だけならそういった予兆はなかったっぽいが、状況が変わった。その辺りにも注意をはらわないとマズイ。
――やっぱ危ないよな。かといって全部黙っているわけにも……ん、ああ、いけるかな。サバラにも聞いていたし、気が付いても不自然ではないよな。
「ちょっと良いか?」
俺は静かに手を上げた。そして、全員の注目を集められたことを確認し、言葉を続ける。
「化け物の会話の中に出てきた単語に覚えがある。確かサバラに聞いたクレスタリアの使者の名前だったと思うんだけど。
問題が起こった時期から考えても……なにか関係はないか?」
白々しく知らないフリをかましながらも、俺は思考を誘導する。
サバラは目を細めて思案している。シズルの口からは、思い出すかのように呟きが零れた。
「確かに……使者はシャイド・ゲルガナムという名の男だったな。時期は重なるが、特になにか目立ったことをした形跡はなかったはずだが」
反応は芳しくない。
だが、
このまま話が流れるか……と思ったところで、サバラが落としていた視線を上げた。
「いや、普通にありえるよソレ。シズル姉さんは都市内に篭ってたから知らないだろうけど、実はオイラのところで、ちょっと前にクレスタリアで妙な動きが在ったって情報は掴んでるんだよね。
城の上層部の顔が総入れ替えしたとかなんとか……そのときにシャイドって男も外されたらしいよ。
しかも……禁薬販売とかで追放(?)だったかな、しっかり賞金まで掛かってる」
「なに? 本当かッ! 聞いていないぞ、そんな話」
シズルが僅かに声を荒げて言うと、サバラは口角を持ち上げちょっとニヒルな感じで笑った。
「そりゃ仕方ないよ、なんかシルクリーク内では情報規制かけられてるし。
オイラがソレ知ってたのだって、最初に他国に協力する方法考えてたとき気が付いただけだしね。
でもさ、こうなってくると結構怪しくない?」
「つまり……クレスタリアが今回の件に関わっている、のか?」
少し憤慨するようにムスリと顔を顰めたシズル。
――あ、このままじゃマズイかな。
そう感じた俺は、流れを再度誘導するために『いや……』と話を遮った。
「指名手配されてるんでしょ、ソイツ。だったら元々問題起こす奴だったんじゃないですか。
で、悪事が露見して逃亡、それで手配されてるなら納得もいくし。
とりあえず、そのシャイドってのは結構きな臭い感じだと思うんですよね。
……この中で会ったことがあるのってシズルさんくらいでしょうし、なんかそういう心当たりとかあります?」
『はい相棒っ、私もあったことがあります。ウネウネでしたっ』
おう正解。でもドリーさん、そのとき相棒も一緒にいたから、教えてもらっても得られる情報は同じだ。
たぶん、『この会話なら入れるっ』と思いついたままに言葉に出してしまったのだろう。
次は頑張ってくれ。
ふと周囲を見ると、ドランの優しげな眼差しと、リッツの呆れた眼差しが飛んできているのが分かった。
リーンはなんか震えている。どうやら笑っているらしい。
とりあえず、何でも良いからその目を止めろお前ら。
邪険にするようにソレらを視線で払っていると、シズルが記憶を浚い終わったのか、『ふむ』とうなずいた。
「いや、やはりとくにオカシナ動きはなかった気がするが。
あのときは……以前クレスタリアに助力したさいの礼に、使者と物資を送ってきただけだしな。
持ってきたのも、水晶資源だったり宝石だったり、貴重な鉱石だったり。
……ああ、このくらいの“赤いクリスタル”なんかも一つ持ってきていたな、現王が物珍しげに手に取っていたのは覚えているよ」
「――ブホッ」
『ぬおお、大丈夫ですか相棒っ!?』
盛大にむせた俺の背中をドリーがさすってくれる。リーンとドランもちょっと驚いているのか、僅かに身を引いていた。
リッツはクレスタリアでのことをまだ知らないので、何を言っているのかわかっていない様子だ。
さすがに後で教えてやったほうが良いだろう。
「いや、すいません。なんかヨダレが気管に入っちゃって」
怪訝な表情で俺を見るサバラとシズルに向かって、俺は苦しい言い訳を零す。
少し呆れた視線はそのままだったが、とくに突っ込んでくることはなかった。
――危ねぇ……ドストライクすぎて逆に驚いた。
このくらいの――といったシズルの手は、シャイドが持っていたアレと同じくらいの大きさだった。
色は微妙に違うが、どうせ幻術かかっているだけで、十中八九アレだと思う。
そういえば……俺がこのあいだ見たときも持ってたっけか……いや、微妙にアヤフヤだな。
とりあえず持ってるって仮定すると、王様がオカシクなったってのも、“乗り移られている”とかってオチなのかもしれない。
――マジで余計なことしかしないなあの影野郎。似たようなのって何個もあんのか。
複数個あのクリスタルがあると考えると、三級の方にもあるって思っておいたほうが良いのか、それとも獄の内部にあるのと同じモノが……。
グルグルと思案しながら、俺は誤魔化すように話題を振った。
「とりあえず、怪しいには違いないし、少し調べてみたらどうです?
ああ、でも、クレスタリアに手紙をやって聞いてみる……のは難しいか。こっちは手配されてるだろうし、なにより証拠自体はナニもない。
ただ、名前を伏せて適当に情報を伝えるくらいは、しても良いかも」
「うむ、そうだな。文面は考えねばなるまい。それも後で決めたほうが良いだろう」
シズルの意見に俺たちは了承した。
――今の状況じゃ、この話題はこれ以上伸びないっぽいな。
ゴラッソやラッセルたちがもうちょっと表舞台に上がってくれば、それを切っ掛けにすることもできるんだが……アイツらその辺を警戒して隠れてやがる……面倒な。
少しだけ胸中で悪態を吐いて気分を一新させた。
優先するべきは補給源である三級区域でいいだろう。もし獄と似たような状態になっているなら、クリスタルを叩き壊せば状況も変わるかもしれない。
何個もあるなら一個壊しても駄目かもしれないけど、やらないよりはマシか。
王の持っている奴を壊すのは、さすがにちょっと。囲まれて袋叩きにされる絵しか想像できないし、いったん諦めよう。
一分ほど時間をかけて思考を纏めて整理する。
おおよその行動方針が決まった俺は、それを伝えるべく軽く息を吸った。
「なら、シャイドの方はボチボチ調べるとして、白フサも言ったように、先ずは補給源に少数精鋭な感じで乗り込んでみないか?
俺としてはもう少し情報が欲しいし、そのまま潰せそうなら潰せばいい。
で、そのあいだに都市にも亜人……は無理だから、本隊にいる人員を何人か送り込んでおきたい――」
途端、シズルが苦渋を舐めたような顔をし、サバラが鼻頭を掻きながらも俺の話を遮った。
「いやいや、兄さん。補給源を見に行くってのはオイラとしては賛成だけど、都市に人を送り込むってのはちょっと無理だよ。
今まではシルクリーク側に味方を紛らせていたから出入りできてたけど、もう手引きしてくれる人はいないんだし。
忍んで入るたって相手の数が増えてるから見張りもいっぱいいるし……どうすんのさ」
ああ、そんなことか。
ポンと手を一回打ち、俺はサバラとシズルの懸念を払うように言う。
「入れるぞ簡単に」
「――なんで、どうやってさっ!?」
サバラの叫びを俺は『まあまあ』と抑えながら、テーブルの上に指先で円を描いて見せた。
「いや、ほら、シルクリークの外壁あるだろ? 実はアレの地下にちょこっと穴あけてあるから、そっから入れば簡単っ」
「ちょっ、槍使い殿なんてこと――――」
ガッ!!
凄い痛そうな音が鳴った。
動揺したシズルが、勢い良く立ち上がる途中、膝を石テーブルに強打したらしい。
シズルは必死で顔を上げているものの、ちょっと涙目になって『痛い……』と呟いていた。
リーンとリッツが顔を背けて震えている。サバラなんてテーブルに顔を伏せてヒーヒー笑っていた。
常識人だからこその反応だろう。なんだか、ちょっとだけシズルが不憫だった。
ただ俺は笑わなかった。いや、どうしても笑えなかった。
――経験があるがアレは半端なく痛い。
想像して自分まで痛くなり、笑うより先に身体がプルッときていたのである。
「くぅ、くぬっ!」
――お?
同情の眼差しを向けていると、シズルが悶絶を乗り越え復活した。
なんとも頑丈な人だ、と感心したが、
「わ、我が国の防壁は、や、易々と穴を開けられるようなものでは、は、ないのだがなぁ。槍使い殿」
若干声が覚束ない感じになっていた。
くそっ、駄目だ結構無理してるこの人。
震える声が不意打ち気味に入り、噴出しそうになった俺は顔を背けざるを得なかった。
『はーい、回復ですよー』
「お、おおっ……すまないな。魔法が使える砂蛇とは……むぅ」
俺が発作を抑えているうちにドリーがシズルを回復し、ようやく崩れた空気が元に戻った。
シズルはドリーに興味が湧いているのか、チラチラと視線をやっている。
――はは、羨ましかろうっ。
ついついドリー自慢をしたい衝動に駆られたが俺はどうにか押さえ込んだ。
シズルの痛みも引いているだろうし、脱線しかけた話を戻すには良い頃合いである。
「まあ開けた方法は置いといて、実際そっから入れば進入自体は簡単なんですよ。亜人じゃなければそこそこ自由に動けますし。どうです?」
「それならば……まあ、いいが。頼むから防壁に穴を開けるのは止めてくれまいか? 土中からモンスターが入ったらどうするつもりなのだ」
もっともなシズルの意見に、俺は思わず頭を掻いて苦笑いするしかなかった。
「すいません。でも、家の大きいの二名が通れる程度なんで、もし入ってきても小さい奴ですよ。
それに、どうせファシオン放っておいたらモンスターよりも被害がでそうですし……ね」
頼み込むように手を合わせて謝罪すると、シズルは少し自嘲気味に笑い片手をふった。
「いや、こちらこそすまないな。苦言を言うつもりではなかったんだが、つい癖になっているようだ。
内部に入り込めるというならば、私としては否はない。サバラも同じだろう?」
「ん、まあね。オイラとしても、打つ手が増えるのは嬉しいよ。まさか穴空けてるとは思わなかったけど」
二人の同意を得られたことに安堵して、俺は先ほど止められてしまった話の続きをすることに。
「そこで、実は資金についても……心当たりがなくもなかったり。シズルさん、問題解決したらお金返ってきます?」
「あ、ああ……金額によっては少し時間はかかるかもしれんが、間違いなく大丈夫だ。このあたりは私を信用して貰うしかないのだが……いや、しかし、その心当たりとは一体」
少し眉間にシワを寄せてシズルが首を傾げる。俺は若干ニヤニヤとしながら、チラっと心当たりに“顔を向けた”。
「いやー僕の知り合いにお金持ちがいらっしゃいましてー」
チラ、とまたソイツを見る。すると、嫌な予感にでも襲われたのか、ソイツは少し椅子から腰を浮かした。
「な、なによ。アタシになんの用よ……」
「いやー別にー、ただちょっと、心優しい誰かさんが資金提供とかしてくれないかなーなんて」
「そ、そう。そんな奇特な奴いないんじゃないかしら? アタシなんだか体調が悪くなってきたし、そろそろ失礼するわね」
さすがと言うかなんと言うか、ガタリ、と椅子を蹴倒し……“リッツ”が躊躇いなく逃亡した。
しかし、無駄である。
「逃すな引っ捕えろッ!」
『ふぁっほーい』
「ごめんね、これも指示なの、仕方がないのよ。私も本当はこんなことしたくないわ……」
「あばば、みんな容赦ないだでっ」
即座にドリーを投擲し、リッツの頭部に張り付かせる。リーンも即応し、優しく語りかけながらも羽交い締めするかのように捕らえた。
さすがにドランは動けないようで、戦々恐々としながら事態を見守っている。
「やめてーー離してーーっ、嫌、絶対に嫌っ! 馬鹿なのなんなの、死ねばいいのに!
持ってない、いま持ってないもん。全部置いてきたし渡せないわ!」
どうにか逃れようとリッツが叫び、俺は暴れている彼女の肩に手を置いて語りかけた。
「安心したまえ、もちろん親御さんには僕からキチンと手紙を送らせていただこう」
「いやーーっ!」
首を左右にいやいやと振って、リッツがもがく。
しまった、説得の仕方を間違えたようだ。
こいつを説得するなら……と。
「まて、落ち着けっ、よく考えろ国の補償だぞ? 利息つけちゃおうぜ、がっぽりだ……後でがっぽりくるんだっ。胡桃もいっぱいだ間違いない、なっ!」
『ふふ、大丈夫ですお任せくださいっ』
「……本当? 本当に?」
利息と胡桃に反応し、リッツが揺れる瞳をこちらに向けた。
なんてちょろいんだ、と思いながらも、俺はしっかりと視線を合わせ、『間違いない』と頷いて見せる。
「や、槍使い殿……余り……無茶なものにされると、その、なあ?」
と、その様子を見てか、シズルが不安そうに問いかけてくる。
このまま喋らせるとマズイと判断し、俺はすぐに高笑いをあげてソレを遮った。
「ははは、ご冗談を、お国様が危機を救ってもらってけち臭いこと言いませんよね?」
「――っぐ、善処……し、よう」
詰まるように言葉を紡いで、シズルが胡散臭い政治家のような台詞を吐き出した。
さすがに、こういう言い方をされてしまえば反論はできないようだ。
サバラは楽しそうにそのやり取りを見ながら、『オイラたちにも報酬よろしくっ』などと言っている。
本当に利息をつける気は俺にはない。
リッツだってまるまるお金が返って来て、抱えきれないほどの胡桃を見れば、案外満足する子である。
とりあえず、これで大よその話は纏まったか。
補給地点を潰す。戦力を増やす。
クレスタリアが大っぴらに動くことはないだろが、上手く手紙を送れば、ちょっとは保険になるかもしれない。
資金も十分ではないけれど、少しはマシになった。
まだまだ状況は苦しい。しかし、悪くなるばかりでもない。
やってやる……そう心に定め、俺はまた椅子に腰を下して、更なる話し合いを続けていった――。