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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
混淆都市シルクリーク
102/109

常識は 持てば持つほど 脆くなる

 




 シルクリークの地下牢獄は、常と変わらず陰湿な空気を孕んでいた。

 陽光すら届かぬそこは、点々と在る魔灯の光だけで薄暗い。

 呻き声と泣き声が聞える。カビと血臭と人の痕跡とも呼べる悪臭も漂っていた。

 

 カづンっ。

 唐突に誰かの足音が反響した。

 金属の硬さと少しの乱暴さを感じさせる足音を境に、さめざめとした泣き声たちが沈黙する。

 また響く。

 遠慮など微塵もない足音が、石畳を一定間隔で叩いて進む。


 金属格子内の家主たちは、足音が通りすぎるのを怯えて祈り、自分たちの前で止まらぬことを悟ると、安堵の吐息を零した。

 

 足音の主が進む。さらに奥へ――目的の牢へと向かって。

 


 音に怯えて身を竦ませる者たちがほとんどの中で、イシュの様子は少し違っていた。

 座する姿は落ち着いている。彼の心を表しているかのように、伸びた背筋は未だに折れていなかった。

 

 ただ、

 太陽も見えない場所での生活は、やはり健全であるとは言い難い。よく見れば、イシュの身体の至るところにそういった名残が伺える。

 

 汚れた衣服は元の色を忘れたかのように黒ずみ、それと対をなすように肌は青白い。

 膝に置かれたその両腕も、以前と比べれば力なく痩せている。

 

 しかし、それでもなお残る威風のおかげか、瞑目する彼の姿に無残さはない。

 ぼさくれて後方に伸びる金髪でさえも、みっともないというよりは、まるで“獅子”の(たてがみ)のようだ。

 

 カづン、と大きく足音が響き、イシュの眉が僅かに跳ねた。

 先ほどから近づいてきていた者が、イシュの捕らわれている牢前で足を止めたのだ。


「――っ」

 

 訪れた客の姿を眼差しで捉え、イシュが少しの動揺をみせた。ただソレはすぐに消え去って、いつもの柔和な笑みへと戻る。

 

「“久しぶり”とでも言うべきかな。それとも“はじめまして”と言うべきだろうか。どちらなのかを聞かせてくれると、私としても助かるよ」

 

 静けさの満ちる暗がりに、イシュの奇妙な挨拶が染みる。

 それを受け取ったのは牢前にいた男。赤い着衣、黒手袋と仮面……つまりは赤錆の主、シルクリークの現王であった。

 

「オレにとっては久しぶりだが、お前にとっては初めてだと云えるだろう。挨拶などつまらんことは如何でも良い。好きにしろ」


 低い声音で王が言い放ち、イシュの笑みが寂しげなものに変わった。


「ああ、そうか。やはり“ジン”ではないのだな。わかってはいたが、こうやって聞くと不思議な気分になるよ……」


 イシュの呟きには、どこか悔やむような色が垣間見えていた。

 ジン・シルクリーク。

 自らの弟の名であり、現王の名前である……はずなのだが、イシュの口調と態度は、まるで別人に接するようだった。

 一拍のあいだナニカを思い返すように視線を彷徨わせ、イシュが王へと話し掛ける。


「世の中にはオカシナことが多い。仮面を被っていても、そうやって肌を隠していても、立ち姿や細かい部分で私は君が弟だとわかるんだ。

 でも同時に、ソレは絶対に違うとも感じる。この奇妙な感覚は、言葉では言い表せないモノだよ」

 

 そこまで言ってイシュはスッと双眸を細めた。暢気な男の雰囲気はすでにない。らしからぬ剣呑としたナニカが漏れている。

 声音を低く落としたイシュは、真剣な口調で続けた。

 

「……いつからだ? いつから君はそうなった?」

 

 お前は誰だ。お前は何者だ。

 そんな単純な問いかけを聞き、王は胸元で揺れるクリスタルを摘んでみせる。


「いつから……か、目覚めたのはコレを手にしたその日だが、完全にオレになったのは、お前がココに入る前日だと言っておこう。

 ジンなどと、つまらぬ名でオレを呼ぶなよ若造。ダド・ウィンブランド、それがオレの唯一の名だ」


「……ダド」


 訝しげにダドの名をいくどか繰り返す。

 暫く思考の沼にひたるように考え込んだイシュだったが、やがて小さく首を振ると、奥歯を噛み締め表情を険しく歪めた。

 

「私の弟は今どうなっている? できればさっさと身体を返して君は消えてくれないかな」


 敵意ある声音をイシュは飛ばすが、そんなモノなどまるでそよ風だといわんばかりに、ダドはせせら笑っている。


「消える? オレがか? 笑わせるな。もといたゴミはオレがすり潰した。消えた者をどうやって返せというんだ。

 

 お前も下らぬ意地を張っていないで早く頭を垂れろ。まさかまだ助けが来るとでも思っているのか?

 それこそ本当にお笑い種だな。残念だがお前を助けるなどと吼えていた家畜共は……今日全ていなくなったぞ」


 力を見せ付けるように片手を横に振るい、王は更に言葉を重ねてゆく。

 

「己の命惜しさで見苦しくも尻尾を巻いて逃げ、オレの国から消え去った。

 笑えるなおい。どうだいい加減目も覚めただろう? 亜人など所詮は獣にすぎんのだ」

 

 さもオカシソウに嗤う。腹を抱えて王はただ嗤い続けた。

 洞窟で反響する風の唸りのような、不気味なソレがいつまでも鳴り響いている。

 憎め、憎め、お前を捨てた亜人を憎め。

 イシュに向かって刷り込むように、ダドは嗤いながらも亜人の逃亡を語った。

 

 情けなく逃げた。全てを捨てて逃げた。

 獣、家畜、畜生でしかない。

 ダドはそう言葉を紡いでいった。

 が、

 延々と続くかと思われたソレは、イシュの貫くような言葉で唐突に遮られた。

 

「亜人も人も中身は変わらないさ。君が言うようにどちらが優れているということもない。

 私を置いて逃げた? 結構じゃないか。

 ここで助けを待つことしかできない私が、助けてくれようとしていた者が逃げたと知って、怒り狂うとでも思ったのかい?

 

 彼らの命が失われないことに喜びはあれ、恨むなどあり得ないよ。いや、嬉しいね。今日は悪報だけではなく、朗報も聞けたようだ」

 

 もう一つの悪報で震える拳を、座した後ろにひた隠し、イシュは堂々と王へと微笑みを向ける。

 そして、ナニカを思いついたかのように、少しだけ楽しげな口調で更に言葉を重ねた。

 

「大体……君が亜人を嗤うのだって、随分と滑稽じゃないかい? 嗚呼、そうか……もしかして私を生かしているの――――」


 破砕音。

 そこまで言った瞬間、ダドとイシュの間を遮っていた金属格子が、王の片手の一振りで、切り裂かれるように千切れ飛んだ。

 擦り切れ、捻じ切れ、けたたましい硬質な音が暗がりをつんざく。


 ギチギチギリギリ。

 そんな音が聞えてくるかのように空気が撓んでいる。ダドの身体から息も詰まる威圧が溢れ出していた。

 鉤爪のように爪を折り曲げた格好のまま、ダドが落ちた格子のカケラを踏み砕く。

 ガキリと鳴る甲高い破砕音と共に、ダドはイシュへと冷たい殺意の矛先を突きつける。

 

「口が軽いと命も比例すると知れ。

 お前の首をオレがいつまでも落とさぬと思っているのなら、それは愚考でしかないと知れ。

 オレの国を作る準備はすでに整った。木偶の数が揃うまで大人しくしていたがもう終わりだ。

 隣国も、その先も、その全てをオレが掌握する。

 よく考えろよ若造、ここで惨めに死ぬか、それともオレに従うか……それがお前に残された選択だ」


「……っ……」

 

 言い返そうとしているのか、イシュの喉元が呻く。だが、絞首にでもされているかのごとく、彼の言葉は中々外には出てゆかなかった。

 冷や汗が流れてイシュの頬を伝っている。呼吸がままならないのか、胸を押さえて片手を床に押し付けている。

 

「…………ッチ」


 唐突に、

 苦しむイシュを一瞥し、ダドがコツリと踵を返す。そのまま、さもつまらなそうに鼻を鳴らすと、なにも語らず歩みだした。

 ゴツリゴツリと響く足音が遠のいてゆく。どことなく、ソレは来たときよりも乱雑さが目立つ音へと変わっているようだ。

 

 暴王が消えると同時に、冷たい静けさが戻ってきた。

 ポチャリ、と水滴が垂れる音を聞きながら、イシュは自分以外誰も居なくなったソコで、酸素不足に陥っていたかのように、荒い呼吸を繰り返す。

 

「はは……少し挑発しすぎたかな」


 らしくもなく感情的になっていた。随分と馬鹿な真似をしてしまった。

 冷や汗をぬぐい、自嘲気味に笑うと、イシュは後ろ手を付くような格好で力を抜く。

 

 牢の格子が壊れているのが見える。通り抜けようと思えばできるかもしれない。

 ――いや、駄目だな。

 小さく首を振って否定を固めた。

 感情に任せてそこから逃亡しようと試みるほど、イシュは我を忘れてはいない。

 

 先に見張りがいるのを知っている。あんな格子などは、しょせん飾りでしかないのだと理解していた。

 ――弱い自分では万が一の可能性すらもない。

 悔しくもあり歯痒くもあるが、それは純然たる現実であった。

 

 なにもせずに諦めるようで納得はできなかったが、無駄に反抗して死ぬわけにもいかなかった。

 いや、なにより。

 そう、なによりも……。

 

「消えた……死んだ、のか。嗚呼、私は結局なにもしてやれなかったのだな」

 

 今はただ、少しだけ悲しみに浸りたい気分だった。


 誰もいない。

 見られても聞かれてもいないのに甘えてしまった。


 今だけは、ほんの少しだけ声を漏らして、身内の弔いを嗚咽に乗せてもいいだろうか。

 返答する者も誰もいない。


 静かに静かに片手で顔を覆って身体を震わせる。

 捕まってから今日まで――飄々と牢内で過ごしていたイシュだったが……この日ばかりは、僅かな涙を床に落とした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 時刻は昼。

 中天に差し掛かる太陽が、からりと乾いた空気を生んでいる。

 風は穏やかで土埃こそ舞っていないが、外気は寒く過ごし易いとは言えない天候だ。

 

 撤退戦を終えてから数日。

 延々と休まずに進み続けたこともあり、シズルは自身の身体に疲れが溜まっていることを実感していた。

 

 表情には決して出さなかったが、気落ちしている部分はやはりあった。

 原因は、やはり避けられなかった被害と垣間見た敵の増援。

 

 もっとも、確かに増援は絶望的な数だったが、被害総数に関しては違う。

 報告だけなら悪い結果でもなかった。

 撤退戦での被害総数は五十ほど。内訳としては、外側を守っていた本隊が四十近く、サバラたちが残りである。

 

 少ない。歓喜してもオカシクない数かもしれない。

 ただ、実際死人が出ているのだから、シズルとしては喜ぶ気になれなかった。

 

 暗い顔を出しては駄目だ。落ち込むなら一人のときにしなければいけない。

 ――まだ道半ば、余裕を持って挑め。

 門前でのメイの言葉と、戦場でのリッツの言葉が反響している。

 しっかりとソレを実践し、今まで顔を俯かせることをしなかったのは、やはり生来の生真面目さゆえだろうか。


 無理ばかりしているわけではない。シズルとしては以前より余裕を持っているつもりである。

 その効果が出たのか、今日まで部下たちに陰気が伝染することもなく、未だ士気は高く保たれていた。

 

 ただ、それ以上に、先頭を走る荷車の存在も大きかった、とシズルは思っている。


 迷いなく進む。躊躇いなく前進する。

 モンスターが出れば、荷車から降りることなく矢弾と火炎で追い払う。

 陰鬱な空気が漂うことが幾度もあったけれど、定期的にその邪魔するように道中で妙なことが起こった。

 

 ずっと止まらないで進んでいたのに、なぜか気が付くと荷車の上に木が生えていたり。

 どこにそんな量があったのか、今取ったばかりのような瑞々しい果物が投げ渡されてきたこともあった。


 いきなり荷車を引っ張るトカゲが暴走したのも覚えている。

 誰の声か全く把握できなかったが、『むほぉーー、ご褒美の水の素晴らしさは格別ですっ』などと、妙に明るい声が聞えてきたことだって……。

 

 アレは一体なんなのか。

 全くわけが分からなかったが、暗さを吹き飛ばす一つの要因となっていたのは、間違いないだろう。


 ともかく。

 どうにか落ち込み過ぎることもなく走り続けた結果が出た。

 今日、ようやく待望の目的地へと辿り着くことができたのだ。


 いい加減ケイメルにも限界が見えていたし、精神的にもそろそろ休息を取らねば持たない。

 だからこそ、ケイメルの足が止まった瞬間には安堵が湧いた。

 

 ――これでようやく一息つける。

 

 はずだったのに。

 なぜか隊列の先頭付近で地に足を下していたシズルは、呆然と立ち竦んでいた。

 胸中に漂っているのは、到着した喜びではなく……言葉が出ないほどの困惑だ。

 

「ここは……」

 

 ポツリと呟き首を傾げ、シズルは短くなってしまった髪をさわりと揺らした。

 ジッと見つめる視線の先には、シズルが微塵も予想もしていなかった景色が広がっている。


 巨大な窪地を覆うように守る巨大な砂岩壁。

 外周には、内部へと向かう傾斜が渦巻くように伸びていた。

 

 崖下で風にざわめいているのは緑の樹海。瞬くように煌いているのは陽光を受けた川だ。

 その区域を寸断するように、延びた砂岩壁が走り回っている。

 空にはでかい怪鳥が羽ばたき、耳を澄ませば獣の遠吠えが聞えた。

 

(ど……どういうことだ)

 

 シズルはこの場所を知っていた。

 直接足を運んだことはないが、職業柄、十分に話は聞いている。

 そう、ここはシルクリーク管轄の二級危険区域。

 通称【獣ヶ檻(けものがおり)】。

 シルクリークの城務めの彼女が、知らないわけがなかったのだ。

 

 乾いた大地に唐突に広がるオアシス。独自の生態系で成り立っている獣の楽園。

 生息する獣と群棲する植物はシルクリークの民を潤して、今も人々の糧となっている。

 

 しかし、

 巨躯の獣が好き勝手に闊歩するココは、二級に指定されるだけあって、極めて危険な区域である……はず。

 それこそ、下手な者が足を踏み入れようものなら、即座に獣の餌となってしまう場所だ。

 

 そういった情報を理解しているからこそシズルの困惑も大きい。

 ここで進行が止まった意味だって、まるで理解ができなかった。

 

(わ、私たちが向かっている先は、槍使い殿たちが使用していた“オススメ拠点”ではないのか。

 ここが拠点? いや、いやいや……さすがに“ココ”はないだろう。こんな場所を拠点にするなど、正気の沙汰とは思えない。

 そうだっ、サバラなら何か――)


 脳裏に湧いてきた懸念を溶かすため、横に立っていたサバラを伺う。

 だが、返ってきたのは同様の視線、『どうなってんのコレ?』といったモノだった。


 ――駄目だ。どうやら二人共、ろくに話を聞いていなかったらしい。

 

 言い訳にしかならないのは重々承知していたが、ここまで話をできない状況が続いていたのも事実であった。

 

 亡くなってしまった者の確認と、残った資材の把握。

 他にも様々な事後処理が撤退直後のシズルとサバラに課された。


 目が回るほどの忙しさだ。移動しながら仕事、仕事。

 戦闘の疲れや精神疲労は溜まるばかり……たまに空いた貴重な時間は、休息にあてて睡眠を取った。

 

 以前までのシズルであれば、眠らずに押し通しただろうが、さすがにもうやらない。

 無茶をして倒れることの方が、この状況では致命的であると理解しているからだ。

 

 いや、ほんの少しだけ、『彼らに任せておけばマズイことにはならないだろう』と、甘えてしまっていた部分もあったのかもしれない。

 

 だがそうやって任せて実際辿り着いた先はココだった。しかも三級や四級ではなく二級だ。

 一や獄じゃないだけ救いはあるが――シズルの感覚からすると――ココは拠点にして良いような場所では断じてない。

 

(いや待て、焦るな。なぜココに来たのか……冷静に考えて予測をするんだ。

 私は指揮官だ。焦って判断を下すのは愚考であると嫌でも学んだはず。考えろ……情報を統合しろ)

 

 むにゃむにゃと頭を悩ませ、様々なことを照らし合わせて考える。

 と、次の瞬間。

 シズルの脳裏に、稲穂のごとき閃きが駆けた。

 

(――ッツ!? そうか食料……食料ではないか? 資材の中でも減りが早かったし、ここで補給しようと思ったのだな。

 っく……そうか、槍使い殿は中々気も回る御人のようだ)

 

 閃いた自分の考えに、シズルは全力で賛同する。ここが拠点であると認めたくなかったというのも、きっと少しだけあった。

 

 なにはともあれ、食料調達ならばシズルの理屈にも合っているし納得がいく。

 

 荷車に積載した資材は、薬剤や武器、資金などが多く、逆に水と食料は少なかった。

 水は魔法でどうにもなるが、食料はそうもいかない。街や村に買い付けに行くことはできるものの、それでは人目につく危険性があるのだ。

 

 やはり……

 ここで獣の肉や植物を狩って補填をするつもりだ。そう、立ち寄っただけだ!

 

 正解を引き当てた手ごたえに、グッと拳を握る。

 混乱せず状況を把握しきれたことを確信して、なんだかしてやったりの気分が湧いた。

 

 指揮官として、一人の使い手として、最近メイたちに色々と思うところがあったシズルは、僅かにそこへと近づけたっぽく感じていたのだ。

 

 ――間違いない。食料調達だ……そうだろう、槍使い殿?

 

 ふふ、と少し自慢げに笑ったシズルは、前方のメイに視線で答えを求めた。

 

 が、

 

「さて皆、ようやく“拠点”がある場所に到着した。前衛は荷車から降りて進んでくれ。

 魔法使いは後で仕事が山ほどあるから、魔力は温存しててくれると助かる。土系統は特にだからな」

 

 轟沈。

 ぷるっと少し膝が震えた。

 残念なことに、シズルの導き出した回答はメイによって一瞬で粉砕されたらしい。

 

「そ、そんな……ばかな」

 

 何気に予想外の状況に弱いのか、シズルの口からはポヒーと煙を吐くように呟きが零れている。


 周囲にたむろっていた部下たちの間にも、混乱のざわめきが伝っていた。

 表情や反応は、『ええー』と言いたげな者もいれば、ようやく休めることに安堵している者まで様々だ。

 恐らくココがどこかを知っている者と、知らない者との反応の違いなのだろう。

 

「――ッく」

 

 落ちていたシズルの電源が急に入り、勢い良く顔を上げた。

 右、左、と視線を飛ばす。

 いまだ状況は分からない。こうなれば、まず詳しく事情を聞くべきだ。

 シズルは足早にメイたちの下へと近づいていった。

 

「なんだかな……」

 

 慌てるシズルとは対照的に、その後を追って歩き出したサバラは、目を半眼にして苦笑していた。

 まるで、『また兄さんが妙なこと言い出した』と言わんばかりの様子である。


「……ん?」


 駆け寄ってきたシズルとサバラに気がつき、メイが二人に眼差しをやった。

 リーンたちはシズルたちには目もくれず、妙に真剣な雰囲気で、遠い空を飛ぶ白い怪鳥を注視している。


「二人とも、どうした? 休憩ならもうちょっとで休めるから我慢してくれないか。疲れてるのは分かってるし、優先的に休めるようにするから」


「ふむ、それはお気遣いすまないな――ではなくッ! 槍使い殿、ここが拠点というのは一体……まさかここがどういう場所か知らないのではないか?」


「兄さーん、オイラも知りたいんだけど、わかりやすく説明頼むよ」

 

 暢気なメイの台詞にシズルがほんの少しだけ声音を荒げ、サバラは肩を竦めて返答を求めた。

 すると、メイは少し考え込むように『んー』と唸った。

 

「いや、どうって言われても、元々俺たちはココを拠点にしてて、少しだけ住んでたんだよ。で、今回はせっかくだし再利用しようと思って」


「本当に住んでいたのか……ココに?」


 手甲を鳴らし、シズルが左手で区域を指し示すと、少し楽しそうに雰囲気を和ませたメイが肯定する。


「正確には、奥に入った砂岩壁の中にですけど。なんというか、住めば都っていうか……結構快適なんですよね」

「……快、適っ」


 事もなげに言われ、言葉に詰まる。“快適”の言葉の意味がよくわからなくなって混乱した。

 と、

 そんなシズルを放置したままに、残り二人の会話は進んでいる。


「ああ、もしかしてリキヤマさんたちってここにいたの?」


「そうそう、さすがサバラ、良く覚えてるな。最初はココにいて、都市内に拠点貰ったあと連れてきたんだよ」


「オイラもそれ気になってたんだけど、どうやって都市から内部に入ったのさ」


「ん、まあ後で話すよどうせ必要なことだし」

 

 あれ? とシズルは気が付いた。

 なんだか自分だけ置いてきぼりにされている感じが凄くしている。メイと会話しているサバラも、いちおう驚いてはいるのだが、自分と比べるとやけに冷静に見えた。


 ――もしかして、わ、私だけが慌てているのか?


 実は自分がズレているだけで、こういったことは普通にあるのではないか。

 そんな不安に急に駆られ、慌てて周りの様子を確認する。

 

 混乱、戸惑い、苦笑。

 自分と似たような表情をしている者が沢山いた。少なくとも、この状況は一般的なことではないらしい。

 

 ――良かった、私だけではないのか。

 

 安堵の溜息を一つ。

 若干冷静さを取り戻したシズルは、渦巻いている疑問を解消するためにも、メイへと改めて話しかけた。

 

「や、槍使い殿、これは私の考えではあるのだが、ここを拠点にすると言うのは……その、いささか危険ではないだろうか?」


「ああ……んー。そうです……ね? でも、正直ココより条件が良い場所探すとなるとかなり大変ですよ」

「条件が良い……条件が良いっ?」


 思わず同じ台詞を二度吐いてしまったが、メイは特にツッコムこともなく、シズルとサバラに向けて四本指を立ててみせた。


「えっとそうですね……ぱっと説明すると――」

 

 指折り数えるように、メイはここに拠点を構える利点をあげていき、サバラとシズルは黙ってそれに耳を傾けた。

 


 メイの提示した利点は、差し出した指の数と同じく四つあった。

 

 一つ、位置関係。

 元々ソレが目的なのだから当然ではあるが、ココはシルクリークにもそれなりに近く、拠点とするにはもってこいの場所である。

 

 二つ、食料問題。

 撤退戦で五十名弱の犠牲者が出ているとはいえ、現在数えてみればまだ六百名近い人数がいる。 

 当然その人数を養う食料を集めるのは大変だ。

 しかし、

 モンスターの肉、群生するキノコや植物、湖もあって魚までいるココならば問題はない。

 量も味も文句をいうには贅沢すぎるほど上等だし、生きるためのモノは十分揃っているとも云えるだろう。


 三つ、金銭問題。

 食べなければ生きていけないのと同様に、金がなければ満足には戦えない。

 薬剤類や矢弾、人を雇って総数を増やすなどなど、これからを考えると、資金はいくらあっても困らないだろう。

 

 そこで、

 二級区域で得られるだろう命結晶を付近の街などで売り払って、今後の足しにする。

 素材を売るのも少しであれば構わないが、足がつきやすくなるので極力結晶を捌く方向で。

 

 四つ、根本的な戦力増強。

 二つ目と三つ目をこなして行くと、自然とモンスターたちとの戦闘が発生する。

 その際に実力が足りない者に命結晶を吸収させ、戦闘経験を積ませることで、少しでも戦力の底上げを計る。

 

 ただここに関しては、『やらないよりは良いだろ』という程度の重要性だ。

 結晶を吸収したからといって、すぐに目が覚めるほどの強さを得る訳ではない。

 今回の場合、個人の力量を上げるのが目的ではなく、サバラとシズル、二つのグループの連携強化が主である。

 

 だから数でボコるなり、罠を張るなり方法は自由だが、強い者がモンスターを倒して結晶を与えるのは、できるだけ控えること。

 自分たちで倒すからこそ自信に繋がり、その自信はきっと切迫した状況で命を救う。

 

「――ということです。できれば個人が強くなるよりは、数増やしたほうが良さそうなんで、結晶は売り優先で。

 身体だけ強くなっても限界あるというか、技術とか追いつかないと、勝てないもんは勝てないんですよね……」


 少しだけ苦々しい色を声音に浮かべながらも、メイはそう言って話を締め括った。

 

 なにかしら経験談でもあるのだろうか……と、シズルとしては尋ねてみたい気持ちになったが、さすがに失礼になりそうだと押し込めた。


(しかし……こうやって理由を聞くと、確かに頷ける気はするな)


 先ほど受けた説明を反芻しながら、腕を組み唸る。

 危険なのは変わらないが、同意できるものも多かった。

 

 隣に居たサバラも同じように考え込んでいて、口をつぐんでいる。いや、自分と同じく反対意見を出せないだけなのかもしれない。

 

 反対するだけなら『危険だっ』と言えばいいが、そんなことは子供でも出来ることだ。

 仮にこの案を蹴るならば、しっかりと代案を用意するのがスジである。

 しかし今のシズルには、ココの利点を超えるような場所に心当たりはなかった。

 

(……気になる部分は残っているが、やはり危険に踏み込まなければ、先へと辿りつくこともできんということか)


 ひとしきり考えも纏め終わり、シズルはメイへと了承を伝えた。

 サバラも特に異論はないのかうなずいて、己の部下たちへと『警戒は怠るなよっ、そろそろ先に進むからな』、と指示を放っている。

 

(ふぅ……腕利きが揃っているとは言え二級区域だ。まだ気を抜けそうにはないな)


 だが、

 言い聞かせるように決心を固め、これからおもむく危険区域への警戒を強めた――直後のことだ。

 

「おーい! 警戒しろ、モンスターがきやがったーー!」


 唐突に、部下の一人が上げたであろう、切迫した叫びが響き渡った。

 一瞬で殺伐とした空気が流れる。鍔鳴りの音や、武器を手に取ったであろう音が緊張感を一瞬にして高めた。

 

「――っち、早速か……やはり危険には違いないなッ!!」

 

 舌打ちを漏らし、シズルは視線を空へと向けて敵影を確認する。

 視界に映ったのは、背中に数匹の黄色い鳥を乗せた白い怪鳥だ。

 

 ――先ほど空を飛んでいた奴かッ。

 

 巨体を優雅に舞わせ、こちらに向かって滑空してきているソレは、死んだ魚のような眼光を地上に差し向け、雄々しさのカケラもない羽ばたきを見せている。

 

 油断はできない……と、シズルの身体には緊張が巡っていた。

 

 空を飛べる優位性。親と子の隙のない連携。

 その上――記憶が確かならば――知能もそれなりに高く、自分と相手の力量を考えて、逃亡の判断すら下せるモンスターであるはず。

 一見すると間抜けな目つきと姿形だが、油断していい相手ではない。

 

 戦力的には十分倒せる範囲。が、対応を間違えば犠牲者がでてもおかしくはない。

 

 ――そんなことは……絶対にさせないッ。

 

「さあ来るが良い、私の後ろには決して通させん!」

 

 剣を片手にシズルが吼える。警戒していたこともあり、彼女の対応は迅速だった。

 がしかし、

 シズルと怪鳥の間に、それ以上に迅速に動いていた者たちが割り込んだ。

 

「おお、ようやく来たか鳥め、こいつ……絶対にあのとき逃した肉だ。今度は逃すなよッ!」


『申し訳ありません……ぴょライダーさん。もう私には樹々ちゃんがいるのですっ』


「わかってる、私も過去は振り返らないわ。そう、見つめるのは未来……今日のお夕飯」


「アタシは肉より胡桃の方がいいけど……まあ、みんな食べたがってるし、仕方ないわね……」


「んー、今日は人数も多いもんで、ここで食材を手に入れられるとオラも助かるだよー」


〈ギャーーー〉


 もちろん、先ほどから執拗に怪鳥の動きを伺っていたメイたちだ。

 全員が全員すでに武器を引き抜き、滑空してくる怪鳥にギラギラとした眼差しを飛ばしている。

 完全に……狩人の眼差しだった。

 

 シズルが呆気に取られて見守る中で、滑空する怪鳥と待ち受ける者たちとの距離が消えてゆく。

 

 怪鳥とヒヨコとメイたち全員が眼差しを交差させた。

 

 そして、今まさに、戦闘の発端が切って落とされる――

「クッ!? クケエエーーーーーー!」

 ことはなかった。

 

 メイたちの――とくに樹々――の姿を確認した怪鳥が、カッと目を見開き慌てたように軌道を変更。

「え……」

 シズルが困惑の呟きを零している内に上昇し、一合すら交えることなく優雅に空へと舞い戻った。

 

「ケ、ケケエエエエ――ッ!」

 

 鳥が鳴き、ヒヨコがピーピー叫ぶ。

 呆然と見守る全員の視線を一身に受け、怪鳥は、晴天に流れる白雲にまぎれるように、バッサバッサと飛んでいった。

 

 どこかで、遠吠えが、聞えた。

 切迫した空気が妙に気まずいものに代わり、場には少しの沈黙が馬鹿にするように踊っていた。

 

「にげ、た……のか?」


 不覚にも、シズルは状況を把握するまでに数瞬かかった。警戒態勢を整えていた部下たちも、似たような状態、似たような顔を貼り付けている。

 

 ――不利だと知れば逃げ出すモンスターではあるとは聞くが、それにしたって一撃すら加えずとは……なぜ?

 

 疑問で頭の中をいっぱいにしていると、ふいに怒声に近い声が耳に入ってきた。

 

「マジかよッ、あの鳥こっちを覚えてやがる。三歩進んだら忘れろよッ! ニワトリの癖に記憶力が良いとかあり得ねぇ……嗚呼、俺の肉がっ」

『むむぅ、あの鳥さん……お利口さんなのでしょうか?』


 声に釣られて視線をやると、地団駄を踏んで逃亡する怪鳥に文句を言っているメイと、首元でウネウネしている砂蛇が見えた。

 その周りでは仲間たちも残念そうに肩を落とし、『また逃げられたわ』『アイツ顔といい、本当に腹立つわね』『前よりも逃げるのが早くなってるだでー』と零している。

 

 また。前よりも。覚えている。

 そんな言葉の端々を捉え、シズルはどうにか状況を把握した。

 獣の勘か、本当に記憶しているのか。

 一体どうやって認識しているかは定かではない。

 ただ間違いなく言えるのは、彼らはすでに怪鳥から天敵認定されているらしい、ということだった。

 

 なんだか……。

 ポツリと呟き空を見上げる。やけに太陽がまぶしい。

 背後からは、『白い鳥……素晴らしいィィイイイイ』などと奇声も聞えてくる。


 ――なんだか、思ったより平和だな……。

 

 危険なのは変わらないとわかっていたが、この緩い空気のせいで、緊張感を保つことができなくなっていた。

 更に言えば、『城門前の戦いや、ファシオンを抜けた状況と比べれば、まぁ安全なのではないか?』などと幸せな思考回路まで動き始めている。

 

「くそぅ……逃げられたもんは仕方ない。気を取り直して先に進むぞー、ちくしょう」


 シズルの価値観が染色されていく間にも、メイが全体に向けて声をかけた。

 気を取り直してと言う割には、一番悔しそうにしているのが本人なのだから、随分と間の抜けた指示ではある。

 

 相変わらず空気は緩む一方だ。

 しかし、緊張や撤退した後の陰鬱な空気で顔を俯かせるよりは、良いのだろうか。

 戦死者や敵の数、これからの行く末。落ち込もうと思うなら容易にできる状況は揃っている。

 でも、だからこそ。

 こういうときに少し緩ませて、余裕を持たせるべきなのだろうか。


 ――しょせん道端、道半ば。

 

 部下が死ぬたびに重荷が掛かるのは当然だけれど、それで膝を折っては今までが無為になる。

 気楽に進むほどには割り切れないが、少しだけ、ほんの僅かにシズルの足取りは軽くなっていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 葉擦れの音を聞きながら、木々の隙間から零れ落ちる陽光を浴びて進む。

 先頭を行く俺の後方からは、地を這い回る樹根を踏んだ、荷車のガタガタ音が追いかけてきている。

 

 平和だ。

 記憶にある拠点へと向けての進行は、一言で表すならば“順調”そのものだった。

 

 いくどかモンスターに遭遇したものの、苦戦する様子はまるでない。

 

 二頭の豹が出れば自ら追いかけ回し、デカイゴリラはドランが『ふんぬ』と放り投げた。

 巨大な蛇はリーンにナマスにされ、隊列後方に襲いかかってきたモンスターは、リッツがバスバスと撃ち殺した。

 ハイクも相変わらずで、気に入らない色のモンスターが出現すると、なんか叫びながら狩っている。

 

 楽勝といっても過言ではない。

 前よりもモンスターが弱くなっている気がしたが、やはり赤錆たちと戦っていたおかげだろうか。

 技術の向上は自分では中々実感できないものだが、こうやって目の当たりにすると嬉しいモノだった。

 

 特に被害も出てないし、やっぱりここに来たのは正解だな。

 

 後方のシズルたちも、進むごとに時間が経つごとに緊張が消え、動きに余裕が出てきている。

 

 一安心、本当に良かった。そんな安堵の気持ちが胸中に流れた。

 というのも、俺は自分の価値観と他の人の価値観の違いに、先ほどまで少々の戸惑いを感じていたのだ。


 彼らにとっての二級は、恐らくそれなりに恐怖すべき危険な場所である。

 しかし、“いま”の俺にとってのココは、例えると婆ちゃん家の裏山のようなモノだった。

 危険が全くないとは言えないが、遊びに行くのに、秘密基地を作るのに、躊躇いが生まれない危険度だ。


 仮にも命が掛かっているのだから、油断はしていないし、モンスターを舐めているということでもない。

 ただ緊張や恐怖といった感情が、裏山の域を超えないだけ。こればかりは、自分ではコントロールできないことだった。

 

 最初にココに入るか迷っていたときは、もう少し警戒していたはずなのだが……やはりこれも慣れなのか。

 

 自分が今まで入った区域を並べて考えると、『そりゃ慣れるよな』とは思うが、これからは多少注意しておくべき部分だ。

 自分の感覚だけを頼りにすると、こういったすれ違いも起こり易くなるのだから。

 

 しかし、

 だからといって、なにも考えずに皆をココへと連れてきたわけでもない。ちゃんと考えての決断だ。

 

 ここにいるサバラやシズルを含めた全員は、城前と撤退戦を突破して生き残った人員ばかり。

 モンスターとファシオンで印象は違うのかもしれないが、しっかりと大人数で連携を取れば後れを取ることはない。

 

 力量自体は見誤ってはいないはずなので、そこら辺の自信はあった。

 その証拠に、俺たちが率先してモンスターを狩ったのは最初だけで、今ではシズルさんとサバラの指示に従い、徒党を組んでモンスターを排除している。

 

 ドリーとリッツの索敵によって、不意打ち受けないのも大きな助力となっているだろうが、やはりここまで生き残った力は持っていると云うことだ。

 

 見れば、もうすでに結構な数の戦利品が荷車に積まれている。

 正確な数こそ分からないが、今日の晩飯に困らない程度の量は十分にあった。

 

 ――地下の保存食はまだ食べられるとは思うけど、これだと今日は出番なさそうだな。

 

 古いモノから食べるのがセオリーだが、戦闘と移動続きで疲れも溜まっている。

 今日は美味いご飯を食べて、ゆっくり休みを取るべきだ。

 

 とはいえ、それもやらなきゃいけない仕事を終わらせたら……の話ではあるけども。

 



 ザクザクと腐葉土を踏みしめながら歩を進めると、鬱蒼と茂る森がわずかに開いた。

 俺は少々の懐かしさを感じながらも、前方にそそり立つ砂岩壁を見上げてゆく。


「なんか久々だなココも」

『ふふ、なんだか懐かしい気分になりますねっ』

「あ、オラが入り口開けてくるだで。換気するためにもちょっと開けっ放しにしとくだよ」


 俺の言葉にドリーが楽しげにうなずく。ドランは率先して先に進むと、砂岩壁に這っている蔦とか草を片手でむしり始めた。

 ガリガリ、と手を掛けたドランが力を込めると、砂岩の一部は無事に解放された。

 

 放置していたせいで少し異音が聞えたが、とくに大きな問題はなさそうだ。

 

 と、ドランの背中を見つめていた俺の耳に、ふいに後方からやんややんやと騒ぐ楽しげな声が聞えてきた。


「おい……見たか、秘密扉だッ!」

「いいよなこういうのっ」

「隠し階段とか……なんかクルものがあるよな?」


「だよな、間違いないっ!」


 この喜びようは間違いなくサバラの部下たちだ。どうも彼らは、隠し扉とか、秘密拠点とかが好きらしい。

 俺が最初に案内された拠点の無駄に凝った隠し扉とかも、若干趣味が入っていたとかなんとか。

 

 ――子供か、アイツら。

 馬鹿馬鹿しい……と鼻で笑ってみたが、俺自身もこういうのが大好きだったりする。

 実は先ほど『間違いないっ!』と叫んでしまった俺なので、結局は同じ穴のムジナなのかもしれない。

 

 こうなったら、回転扉とか作ってみるか……いやいや、さすがにそんな暇ないか。

 

 忍者屋敷によくあるアレを思い起こし、ドランに頼んで作って貰おうかと阿呆な考えが湧いたが、実用性のないモノを作って遊んでいられるほどの余裕はない。

 

 表だっては絶対に出さないが、コチラが追い詰められているのは、事実である。

 

 今日は手早く済ませて疲れを取る……明日はココに慣れるために案内して、明後日に今後の方針を決めるか。


 即座に思考を切り替え、ある程度の予定を定めると、俺は結集している人々へと顔を向けた。

 並び立った全員が俺を見ている。どうやら、これからの指示を待っている……らしい。

 

 ――つか、俺が声かけして良いもんなのか、こういうの。

 

 門前の際とは状況が違う。サバラたちを差し置いて、自分がなにか言うのは少々気が引けた。

 ただ、ココの詳しい状態をサバラたちは知らないのだから、俺が指示を出すのもこの場合は止むを得ないのかもしれない。

 

 早めに情報の擦り合わせはしとかないと。

 新たにできた予定を脳内スケジュール表に加え、俺は日没という名の時間制限に間に合わせるためにも、早々と声を上げた。

 

「さて、とりあえず到着したけど、今日の寝床を確保するためにもう一働きして貰う。

 早く終われば早く休めるからな。美味い晩飯を楽しむためにも頑張ってくれ!」


 一拍おいて、威勢の良い声が木霊する。まだ十分やる気は残っているようだ。

 できるだけ目立つ動きは避けたいのだが、これから行わなければならないのは、モグラ仕事……つまりは“拠点拡張”である。

 多少テンションを上げていかないと絶対に乗り切れない。

 

 嫌だなーと少し思いながらも、俺は自身のテンションを保つ意味も含めて、もう一度オーと叫びを上げた。




 

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