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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
混淆都市シルクリーク
100/109

踊る粉塵 燃ゆる通り



 南へと伸びる大通りを駆け抜ける。

 チラホラといるファシオン兵を無視し、飛んでくる矢弾を避け、転がっている死体や武器を跨いで先へ。

 すでに大分距離を稼いでおり、城門という敵地からは抜け出していた。

 ただ、『危険から逃れられた』とは言えないのだが。

 

 アイツら……本当にしつこい。

 

 背中を刺す殺意に促され、首だけ回して振り返ると、二百五十~三百メートルほど後方に、追走を続ける三つの赤錆を視認できた。

 

 ジリジリと距離が詰まっているのが分かる。

 先ほど蝶マッド・ウォーターで、通り中央に沼を作って嫌がらせをしたのだが、どうやら足止め程度にしかならなかったようだ。


 このままだと追いつかれちまうな。

 

 速度差のせいでどうにもならない。相手が速いというよりは、コチラがノロマなのだ。

 しつこく飛来する矢弾も最高にウザイのだが、最大の原因は痛み。

 全力疾走しているつもりでも、無意識の内に加減して減速してしまっているらしい。


 俺はこんなに遅くない。もっと速く走れるはずなのに。ついつい、そんな言い訳がましい台詞を零したくなる。

 

 ただ、

 これでも最初に比べれば遥かにマシな状態だった。

 わき腹の痛みは感じられるようになっているし、左腕だって僅かに動かせる。欠けていた集中力も今では戻り、魔法も使用可能になっていた。

 

 死ななかっただけ幸運だ。文句を言うのは贅沢すぎる。

 口をつきそうになる悪態を飲み込み、黙って足を動かし続けた。

 

 それにしても、まだ治らないのか……どんだけやばかったんだ、あの一撃は。

 

 経験測からの判断ではあるが、単純に骨が折れただけなら、もう腕くらい動かせても良いはずだ。

 これは、俺が知らなかっただけで、中身がかなりグチャグチャになっていたのかもしれない。

 

 回復魔法というのは綺麗な傷ほど治りが早い……らしい。

 簡単に言えば、腕を切ったらすぐにくっつくけど、潰されると一度くらいじゃ治らない。

 ぺしゃんこになったり、ミンチにでもなると、例え上位でも再生はできない。

 

 つまり、俺の怪我はそういったモノに近い状態だった……ということだ。

 幸いにも、回復で動く様子を見せているので、治療不可ではないらしい。

 

 ただ、なんというか笑えないレベルの負傷だったのは、間違いない。

 

 少しだけぞっとした。

 蠅に意識を奪われていなかったら、回復をかけて貰える前に意識が戻っていたら?

 下手したら、激痛で気絶してそのままお陀仏だったんじゃ。

 

 運が良かった……というのも当然あるが、恐らく色々な要因が重なった結果でもあるのだろう。

 重量、装備、受けた攻撃の種類。

 インパクトの瞬間、反射的に地面を蹴っていた可能性もある。

 

 しかしだ。

 その中でも俺が生き残れた要因の一つに、ハエが深く関わっているのは間違いなかった。

 

 意識が飛んだこともそうだが、あの不可思議な視界。

 世界がオカシク見えたあの現象にも、きっと蠅が関係している。

 

 蟲の動体視力。

 “右目”という共通点、動きが遅く見えたのも、『俺の動体視力が飛躍的に上昇したからだ』と考えると納得はできた。

 下手すると、思考速度や反射神経なども、向上しているのかもしれない。

 

 ――馬鹿ハエにも感謝してやるべきかな。

 

 アレがなかったら、たぶん俺は更に酷いことになっていた。

 散々迷惑かけられたこともあり、少し釈然としない気持ちもあるが、『ハエ、いやハエさんありがとう』という気持ちも……なくは、ない。

 

 胸中に渦巻くいつもの衝動に向け、嫌々と礼を述べてみたが、もちろん特にナニカ返ってくる訳もなかった。

 相変わらず謎な奴だ。

 

 謎……。

 いや、むしろ俺にとっての最大の謎は、自分自身の身体のことか。

 毎回毎回、妙なことばっかり起こる。

 ハエから意識を奪い返す寸前に見たアヤフヤな光景だって、俺は知らない……はずなんだ。

 

 自分自身のことなのに、考えてみると分からないことだらけ。最近では『便利な能力だ』、で済ませられないレベルだ。

 

 ハエの右目、知らない映像、その他もろもろ。

 自分が違うナニカに近づいているようで、人から外れていくようで、考えると少しだけ怖くなった。

 なにも分からないのが一番怖い。知らない間に病に冒されていくようで、かなり嫌な気分になる。

 自然と心が下向きに、陰鬱な思いが湧いた。


『……相棒、大丈夫ですか? もう一度、回復をお掛けしましょうかっ』


 だが、ドリーの声が聞え、気持ちは落ちきる直前で止められた。

 声色は不安そうで、こちらを心配してくれていることが聞いただけで分かる。

 

 ったく、なんだかんだで駄目だな、俺は。

 

 痛みと疲れ。

 意識を奪われる気はしないが、魔法を撃ったわけでもないので、別に減りもしてない黒い衝動。

 色々と絡んでか、よほどキツそうにしていたのかもしれない。

 

 回復、か。

 とても魅力的な響きではあるのだが、現状を考えると迂闊に甘えるにわけにもいかなかった。

 少しだけ心惹かれながらも、俺はドリーにかぶりを振ってみせる。


「いや、だいじょ――魔力は、ま――温存、しててくれ。あと少しで魔法使わないといけ――し、身体強化にも、残しておかないと、駄目だ」

『でも……っ、いえ、わ、わかりました』


 ああ、気が付かなかったけど、こんなに疲れてたのか。

 声に出してみれば、自身でも驚くほど息も絶え絶えな返答だ。

 ドリーは一瞬だけ反論しかけたが、蛇の口をむぎゅと歪めて頷いてくれた。


『きっと、相棒がそう言うのならば、大丈夫なのでしょう。任せてくださいっ、私は信じていますっ』


 会話をバッサリ打ち切るかの如く、そう言ってくれたドリーに感謝する。

 酸素を取り込むことで必死で、無駄口を叩く余裕すらもなかったのだ

 

 気を使ってくれたドリーに礼を返したかったが、後回しにする。

 逃げ切ってからで十分だ――あと……“少し”なのだから。

 

 身体は不調で、未だに速度は上がらない。次に追いつかれてしまえばもう逃げ切れないことは分かっている。

 状況は不利だ。追い詰められているといっても過言ではない。

 

 しかし、

 俺には、まだ残されている足止めの策があった。

 

 前準備。保険。

 言い方は何でもいいが、危険に飛び込む前にソレを行うのは当然だ。

 

 八方塞がりというにはいささか早い。

 

 サバラの部下に頼み、運んでもらっておいたアレまで辿りつければ、敵の足を緩めさせることができる……可能性はある。

 

 正直いえば、上手くいくかはどうか微妙なのだが、ネタバレしてしまった大沼で足止めするよりは期待値が高かった。

 少なくとも、成功すれば相手に警戒心を植え付けつけられるだろう程度には。


 もう少し、あと少し。

 俺はそれだけを考えて、ただガムシャラに走った。

 

 

 走って走って――。

 背後から撃たれる矢弾を避けながら駆け、視界が酸素不足でぼやけ始めた頃。

 どうにか俺は、目的の場所まで辿りついた。

 

 ――あった、これだ。

 

 俺の視界に映っているのは、明らかに『事前準備していました』、とばかりに民家前にズラリと並ぶ十個の大樽。

 ソレらの蓋はすでに開けられており、中身の“白い粉”をすぐに確認できた。

 そう、白い粉。

 リッツを迎えにいった際に見つけた、この小麦粉モドキこそが、俺が仕込んでいた保険だ。


 量も十分、距離は……っと。

 

 急ぎ赤錆たちの位置を確認する。コチラとの距離は百五十メートルほどか、どうやら考えている暇も、悩んでいる暇もないらしい。

 

 俺はすぐに動き出し、十個の樽を次々と蹴り倒していった。

 重量を感じさせる鈍い音と共に樽が倒れ、馬鹿みたいな量の白い粉が通りの中にぶちまけられる。

 

 黒板消しでも叩きまくったかのように、白い粉が中空を舞う。口元を覆う布がなかったら、咳き込んでいただろう。

 

 今日が風の強い日じゃなくて良かった。この曇天で雨が降らなかったのも、幸運だった。

 

 ――後は……これが上手くいってくれれば万々歳だな。

 

 ドリーには、もう手順の説明を済ませている。後は実行に移すだけの状態だ。

 疲れで震える足を踏ん張り、荒れきった呼吸を整え、俺は撒き散らされた粉へと右手を向ける。

 

「ドリー、やるぞッ」

『お任せをっ《バタフライ・エールフェクト》』


 指示に従い、ドリーが蝶子さんを粉付近へと呼び出す。それを確認し、俺も続いて魔名を唱える。


「『エア・コントロール』」


 蒼い魔力光が散り、蝶子さんが大気に溶ける。そよ風を自由に操作するだけの魔法が、跳ね上がるように中位レベルへと変わった。

 

 ビュウビュウと風の勢いが増した。俺の意思で操作できる範囲が、飛躍的に向上したのが分かる。

 元が元だけに、ソレ単体での殺傷力は向上しても皆無と言っていいほど低い。

 

 が、

 今この時、この状況であれば、この魔法はうってつけだった。

 

 俺の視界の中で、渦巻くように風が地面の粉を巻き上げる。粉吹雪の如く煽られ飛んだ粉は、徐々に纏まりをみせ――やがて巨大な球体状へと形を変えた。

 

 迅速でなければいけない。そして、同時に繊細に扱わなければならない。

 粉と酸素の間は、詰めすぎても駄目、スカスカすぎても駄目だ。

 必死になって過去に見たテレビ番組を思い出し、記憶にある状態に近いものを想像し練り上げる。

 

 集中。

 赤錆も、疲れも、痛みも、衝動も、その全てを蚊帳の外にして、目的のモノを作ることだけ、ただそれだけを考え意識をそこに集約させた。

 

 粉が中空で回る、躍る、一箇所に閉じ込められる。

 そして、

 遂に白い粉を孕んだ巨大風球が、俺の前方――通り中央に完成した。


【何をする気か分からんがッ、もうつまらん小細工にはしてやられんぞ、槍使いッッ!】


 球体を挟んだ先からハルバの怒号が聞えた。粉の濃霧のせいでよく見えないが、声の大きさからしてそれなりに近い。タイミング的にもここがギリギリか。

 

 確かに赤錆の言う通り小細工――には違いないが、今回のはちょっと趣旨が違う。


「ドリーッ」

『ちょいやっ』


 ドリーが、右肩にある革収納からダガーナイフを二本取り出し、一本を白球の真上に放り投げる。

 直後。

 緩やかに落下しているナイフへ向けて、残ったもう一本を投擲。


『グランド・ホール』


 流れるようによどみなくドリーの魔法が発動、深さは一メートルと五十ほどの落とし穴を俺の真下に作り上げた。

 重力に従い身体が土中へと落下する。俺は足が地面に付くと同時に屈みこんだ。

 俺が右手で左耳を、ドリーが動かない左腕の代わりを務め、右耳を塞いでくれた。

 

 と同時に、ダガーナイフのかち合う音がかすかに鳴り、次いで地上で爆音が轟いた。

 

「う――をっ!?」

『にゅはーーっ!?』


 とてつもない振動が、土中までもを揺らす。

 塞いでいても鼓膜が破けそうなほどの音を聞いて、俺とドリーも思わず驚愕の声を上げていた。

 

 ――どうなった?

 慌てて穴の出口を見上げてみれば、そこから見える世界は真っ赤……いや、太陽が落ちてきたかの如く、眩い閃光で染まっている。

 

「――成功、だよな」


 眩しさで目を細めながら、俺は炎と熱に支配されているであろう外を眺めてそう呟いた。

 

 大丈夫、たぶん……成功した。

 

 小麦粉に似た粉、ダガーによる火花での着火。

 簡単に言ってしまえば、俺が引き起こしたのは、ただの粉塵爆発である。

 

 本来なら密閉空間で起こり易いものらしいが、今回は中位にまで引き上げた空気操作により、擬似的にソレを作りおぎなった。

 

 爆発するかどうかは……実のところかなり不安だった。

 昔なんかの番組で見たのだが、『酸素と可燃物質の密度によっては、爆発が起こらない』とか言っていたからだ。

 なんちゃら下限がどうとか、濃度がなんとか……名称自体は詳しく覚えていないが、酸素が少ないと燃えず、可燃物質の密度が離れすぎると、連鎖燃焼してくれないらしい。

 

 ともかく。

 想像していたよりも音と振動が強烈で、ちょっと驚きはしたものの、上手く爆発してくれたようだ。

 

 ただし、これで赤錆が倒れてくれたと思うほど、俺はアイツらを舐めてもいないのだが。

 

「さて、さっさと逃げるぞ」

『ふぉぉ……あんなことになるとは思っていませんでしたぁ』

 

 俺の首元で、ドリーがプルプルと小刻みに震えていた。

 

 ……すまん、時間なかったし、どうなるか教えてなかったな。そりゃ怖いわ。

 

 できれば慰めてやりたかったが、今は逃げるのが最優先。

 閃光と炎が収まったことを確認し、即座に穴の縁に片手をかけて地上へ這い出す。

 

 むわり、と最初に感じたのは異常な熱気。

 やたらと舞っている煙と土埃のせいで視界は悪くなっていたが、どれくらいの爆発だったのかは、確認できた。

 

 ん、あれ? 被害……大きくね?

 

 爆発地点を中心に抉れて広がるクレーター。通り両脇の民家の壁は、無残に崩壊している。

 壊れていない壁だってもちろんあるが、大体は黒焦げになっており、燃え残った白い粉がへばり付いて、ハイク好みのハチャメチャな色合いと変化している。

 

 ……ふ、ふーん。

 

 いつもとは少々趣が異なった都市リフォームを垣間見て、俺の口端は自然と引きつり、額からはタラリと冷や汗が流れた。

 ――正直、予想外でした。

 粉塵“爆発”とはいっても、『粉が燃えて炎がばーっと広がるだけだろ』とか思っていたのに。

 

 粉塵やべぇ……完全に舐めてた、なんだこれ。

 

 唯一の救いとしては、シルクリークの住民たちの避難が完了していることだろう。

 建物の中にも、ほぼ間違いなく人はいない。

 ここの住民たちは、定期的に起こる局地戦に非常ーに慣れており、建物の中が安全でないことを嫌でも知っているからである。

 

 サバラやシズルさんの部下たちも避難誘導しているとのことだし、その辺りのぬかりはないはずだ。

 人がいそうな状況なら、そもそもやろうとは思わなかったのだが、同時にこの爆発も引き起こせなかったわけだし――――。

 

 いや……待てよ、違うな。

 

『相棒、なにしてるんです?』

「いや、ちょっと……」

 

 ドリーの声掛けに軽く返答しながら、数秒使って地面に指で文字を書いた。

 『犯人は赤……錆……だ』 

 ――そうだ。起こしたのはそもそも俺じゃない。これで完璧だ。


 ダイイングメッセージさながらの文章を見て、満足げに頷いた俺は、即座に南へと向けて疾走を再開する。

 

 民家の方々……この問題が解決したら、お国様がお金を出してくれるはずなので、安心してください。いや、シズルさんには俺からも言ってみます。

 赤錆……こんな素敵な都市を破壊するなんて、ひでぇ奴らだ、許せねぇよッッ!!


 ギリギリと歯を噛み締め、拳を握った。

 本当なら誰か人を捕まえて、赤錆の悪行を伝えたかったところだが、近くに人はいないし、そんな時間もなかった……残念だ。


 予想していたことではあるが、実は土煙の先から感じる殺気が残っている。

 やはりアイツらはそう簡単にはくたばってくれないようだ。

 

 かといって、すぐに追いかけてくる様子もなかった。

 

 よしよし、良い展開だ。

 

 警戒、迷い。

 恐らく赤錆たちは、いまそんな感情に捕らわれている。そうなってもオカシクないように動いたつもりだ。

 

 俺は、先ほど粉を利用して爆発を引き起こす姿を見せた。

 しかも、中身をろくに確かめる素振りなく真っ直ぐ樽へと向かって、である。

 赤錆たちも、『樽が前から準備されていたモノである』ことに気が付いただろう。

 

 逃げているはずの俺が、前々から準備していた樽を使って攻撃してきた。

 レイモアにいたっては、“樽”という物体に苦い思い出しかあるまい。

 

 きっと、赤錆たちは今頃こんなこと考えている。

 

 ――もしかしたら、この追走劇すら罠なのではないか……と。

 

 それは半分正解で、半分不正解だ。

 元々用意していたのは事実だが、別に赤錆たちのためだけ、これだけのために用意したわけではない。

 ファシオンがいっぱいきたら、まとめて焼けるのでは? とかそういったことも踏まえての準備だ。


 でも、その効果はしっかりと赤錆にも与えられただろう。

 罠か? いや、違うかも。

 一度でも脳裏に過ぎってしまえば、もう拭えない。

 

 できればこれで倒せている。

 もしくは手傷を負ってくれているのが理想だったが、少なくとも、これでもうアイツらは全速力で走れなくなった。

 

 俺は逃亡しながら、ときおり樽を通りへと転がすだけでいい。

 たったそれだけで、中身のない樽もれっきとした罠になる。

 

 十個のうち、例え罠が一個だけしかなくてもソレで十分なんだ。

 三個目辺りに罠があると気がついたとして、残り七個を警戒せずにあけることができるだろうか。

 否、普通はできないものだ。

 

 アイツなら罠を張っているかもしれない。そう思われる程度には、俺は赤錆たちにおちょくりや絡め手を見せてきた。

 やはり、これも日ごろの“行い”の賜物ということだろう。

 

 さすがに弓野郎を引っ掛けることは無理ではあるが、ここまで離れてしまえば矢弾もそこまで怖くない。

 樽に警戒して進む赤錆たちの姿を想像し、『っぷ』と笑いを漏らしながら俺は走り去った。


 

 

 ◆

 

 

 

 疾駆する走破竜の上で、リッツは焦る気持ちを抑えて前方を睨んでいた。

 ――遅い。

 シズルはすでに送り届け、敵の増援の数も把握した。

 リーンとドラン、それにサバラたちの活躍もあり、まだ持ち堪えることができるだろうとは分かっていた。

 しかし、肝心のメイがまだだったのだ。

 

(なにやってんのよ、アイツ……)


 苛立ちと同時に、胸中には不安も湧いていた。

 自分自身を狙っていたはずの矢弾が止まったことも、ソレを煽る要因となっている。

 

 四対一で勝てるわけがない。だからきっと、逃げ回っているはず。

 しかし、あの射手が狙い始めるとマズイ状況になりかねない。どこに逃げても、壁の裏に隠れても、居場所がバレテしまうからだ。

 

 それでも、メイなら追いつかれることはないとは思っている。

 思っている……が、だからといって心配しないわけでもない。

 

 リッツとしては、こういう不安はどうにも苦手だった。

 自分の知らないところで、見えないところでなにかが起こるのは、心がざわつく。

 

 見えていれば助けられるのに、射程距離であるのならば、なにかできるのに。

 遠距離に手が届く射手だからこそなのだろうか、射程範囲外で起こる出来事は、妙に嫌いだった。 

 

 無事でいなさい。無事でいて欲しい。お願いだから。

 そうやって、願うことだけで手が出せないのはもどかしい。

 

 メイもドリーも、リーンもドランも、樹々だって、できることなら全員が無傷でいてもらいたい。

 

 出会った始めこそ接し方も分からなかったが、最近では随分と自然にソコにいられるようになっている。

 妙な連中ばかりであるのは完璧に間違いないのだが、輪に入った居心地は思ったより……悪くはない。

 

 家族だってもちろん大事だが、それ以外の繋がりも捨て難いものだと知った。

 ただ、一度手に入れてしまうと、ソレを失う恐怖も大きいらしい。

 

 ――私のモノ、皆は私の仲間だ。だからなくしたくないし、手放したくない。


 自分のだ、と一度思ってしまうと、妙に大事にしまい込みたくなる衝動に駆られる。

 種族柄なのだろうか、それとも元々の性格なのか、それはリッツ自身でも良く分からない。

 

 ――何でも良い、何でもいいから、早く安全を確認したい。

 

 苛立ちで頬が少し膨れ、尻尾がムズムズした。どうにも気分が悪い。

 早く解消してしまおう……そう考えて、リッツは樹々の首元をパシパシと叩いて声を掛けた。

 

「樹々ちゃんお願い、できるだけ急いで。あの馬鹿を早く連れてかないと逃げられないのよ」

〈ギャっ〉


 了承の鳴き声と共に、身体にかかる加速が増したが、重量軽減が切れていることもあって、いつもより速度は落ちていた。

 

 もっと早く!

 そんな指示を出したくもあったが、樹々は十分頑張ってくれているし、乗っているだけの自分が言うのもおこがましい気がして、それ以上は言えなかった。

 

(……なんか腹が立ってくるわね)


 どうも気に喰わない。仲間、ではなく自分が、だ。

 メイとドリーは、囮とはいえ赤錆四人の誘き寄せ、リーンとドランはなんだか凄く活躍をしていた。

 樹々の場合、いなかったらどれだけ大変だったか考えるまでもない。

 

 それに比べて自分はどうなのだろうか。

 赤錆を一人いつも引き受けている。今回はシズルを送り届けて、本隊の誘導を行い指示はちゃんとこなした。

 しかし、納得はできない。


 武器の変化によって、戦い方が一番左右されるのは恐らく自分だ。それはわかっている。

 そう考えると仕方ない部分はあるとも思うし、どうしようもない……とも思うのだが、こー、もっとバシッと活躍してみせたかった。

 

 仲間があれだけ働いているというのに、自分が一番楽をしているのは、やはり釈然としない。

(むぅ、アタシのお陰で助かった……くらいは頑張りたいのに)

 

 モヤモヤと思案を続けながら、自分が仲間を救った場面を想像した。

 きっと、皆が褒めるに違いない。

 

 ――さすがリッツ様だ。素晴らしい、家来になりますっ。

 ――ふおお、白フサさん凄いですっ。

 ――リッツちゃん流石ね。自慢したいくらいよ。

 ――おお、すごいだでー、今日はお礼として、リッツどんの好きな夕飯で揃えるだよー。

 

 こんな感じだ……これは間違いない。

 リッツの頬が、にへらと緩み、耳も外套の中で力なくヘたれる。

 

(ふふ、仕方ないわね。ババーンと活躍して皆をアタシが救うのよ)

 

 先ほどまで不安でいっぱいだったが、いつの間にか少しだけマシになっている。

 心配がなくなった訳でもないけれど、悪いことばかり考えるのも、それはそれでどうか。

 そう思ったリッツは、できるだけいい想像を脳裏で膨らませながら、仲間の無事を祈っていった。

 

 

 祈りは届いた、とでも言うべきか。

 あれから暫く樹々の背で揺られ続けたリッツは、ようやく視界の中に、待ち望んでいた姿を捉えることができた。

 どう見ても、なんど見ても、間違いなくメイとドリーの二人だった。

 

 ドリーのほうは相変わらずのようだが、メイはその手に蒼槍を持っておらず、代わりに少し安っぽい、銀色の斧槍を右手に走っている。

 

 駆けるメイの姿にいつもの元気がない気がして、少し不思議に思ったが、生きているのは間違いなく、無事であることはハッキリしていた。

 

 良かった……。

 こうなってくると調子の良いもので、一瞬で重たくなっていた胃が軽くなり、心臓が普通の速度で鼓動を打ち始めた。

 その安堵感を例えるならば、『すごい大金を入れた財布をなくしたけど、よく探してみたら部屋の中に落ちていた』――それを見つけた瞬間を大きくすると、似たような感情になるかもしれない。


 とにかく、ほっとした感じである。

 

〈ぎゃっ、ぎゃっ!〉

「そう、樹々ちゃんも嬉しいわけね」

 

 はしゃぐように頭を振り、真っ直ぐにメイたちへと向かう樹々を見て、リッツはその首元をさすって呟く。

 メイたちも気が付いたのか、少し足を速めて向かってきている。


(武器は右手か……)


 乗り易さも考えて、メイの左手側へと樹々を誘導し足を止めさせる。

 『お疲れさま、良くやったわね』などと労おうかと思案するも、リッツが声をかける暇もなく、メイが斧槍を握った右手を、シュタっと上げて口を開いた。

 

「うむ、出迎えご苦労だっ」

『出迎えご苦労さまですっ』

「……なんでそんな偉そうなのよアンタ。だいたい遅いのよ、馬鹿じゃないの、もうちょっと早くならなかったわけ?」


 労いの言葉をかけようと思っていたはずが、メイのやたらと暢気な返答と態度を見て、リッツは気がつくと文句を吐き出していた。


(あれ、オカシイ……予定と少し違うわね)


 どうにも普段からこれで慣れているせいか、反射的に対応してしまう。これは反省しなければならない悪癖だ。

 ただ、ソレを受けたメイは『慣れたものだ』と気にもせず、ドリーと一緒に樹々へと重量軽減と身体強化の魔法をかけていた。


 ――怒ってくれれば、逆に謝りやすい気もするのに。

 自分が悪いのは分かっていたが、少しだけそう思わなくもない。

 

「はぁ、もうなんでもいいわ。ほら早く乗りなさいよ。アンタがこないと逃げられないでしょう」

「ん、ああ……おう」

 

 少し反省しながらも、リッツは謝罪の意味も含めて『乗れ』と左手を伸ばした。

 が、メイはなぜかそれを受け取らず、

 

「いや良いや、リッツはひ弱だからな。下手するとそのまま一緒に落ちそうだし、自分で乗るよ」


 そう言って、樹々の左側にわざわざと移動――持っていた武器を一度地面に刺し置き、右手一本でリッツの後ろに乗り込んだ。


(……こいつ)


 圧倒的な違和感がリッツの脳裏を駆け巡った。

 なぜわざわざ回り込む。なぜ一回武器を置いた。いや、もうそういう問題ではない。

 注意して鼻を利かせてみれば、血臭がしているではないか。

 

(……怪我をしてる? 今の感じからすると、箇所は左腕……ドリーちゃんもいるし、回復をかけてないってことはないわね。

 となると、かけても動かせないほど?)

 

 リッツはそこまで思考を回すと、樹々に『走って』と指示を出し移動を任せた。

 上半身を捻り、後方を伺う。

 矢弾はまだ飛んできていない。来たとしても、樹々に指示を出して、上手く左右に避けてしまえば問題はあるまい。

 

 メイと目線を合わせ、リッツは静かに左手を上に構えた。

 

「ねえ馬鹿クロウエ。たまには褒めてあげようじゃない。ほら、左手を出しなさい」

 

 できるだけ明るい声音……のつもりで、左手でハイタッチを迫る。

 

『わーいっ』

「おお、ドリー良かったなー」


 しかし、首元を器用に移動してきたドリーが、差し出したリッツの左手に蛇頭をぶつけ、メイはウンウンと頷くだけで動かない。

 

(ああ、へえ、そう。そっちがその気なら別にいいけど……)


 もう確信にまで至っていたリッツは、その態度に僅かにイラ付きを覚え、右手を少し後ろに引く。


「いや、本当にさすがだわ、やる――じゃないッ」


 そして、褒め称えるようにメイの左肩に向け――振った!

 

「ちょ、まて、ぎゃああああああぁぁぁぁっ! ……ん?」

「――あらクロウエ、突然どうしたの? 変な声上げちゃって」


 肝心のリッツの右手は腕を叩く直前で止まっている。

 妙な悲鳴を上げグネグネと悶えていたメイも、それにはたと気が付き動きを止めた。

 

 誤魔化すように視線を右から左へウロウロと彷徨わせ、メイは静かに口を開いた。

 

「き、樹々の真似をしてみたんだけど、まだ修行が足りなかったようだな」

 

 …………。


 言い訳がましいその台詞に、冷たい沈黙が一拍流れる。

 相手にするつもりもなかったリッツが、無言のまま延々と見つめ続けると、メイとドリーが無駄に息の合った動きで同時に顔を逸らした。


「あのね、面倒なことやってないで、左腕は動くの、動かないの、どっち? 

 大体、なんで無駄に隠してんの、意味がわからないんだけど。困るでしょ、動かせないの知らなかったら」

 

 『無駄な抵抗は止めろ』とリッツが迫ると、さすがにこれ以上は無駄だと悟ったのか、メイは深い溜息を吐いた。

 

「微妙に動くけど、戦闘には使えない。回復かけたいのは山々だけど、実はさっきの強化で魔力は空っぽ、いまは無理」


「……呆れた。もしかして回復優先しないのは、時間がってこと?」


「そういうことだな。さっき樽で時間稼ぎしたから今は見えてないけど、まだ間違いなく後ろから来てる。追いつかれて挟み撃ちとかなったら目も当てられないし、急がないとマズイだろ。

 ……でだ、まあ黙ってた理由なんだが――――」


 若干気まずげな口調で、メイが話し始める。

 大した理由じゃなければ本当に叩いてやろうか、ともほんのり思ったけれど、『戦況に関わる負傷を下らない理由で隠す奴でもない』と気が付いて、リッツは大人しく耳を傾けた。

 

 あーだこうだといったメイの話、ソレを簡単に纏めるとこうだった。


 恐らく、これから行う脱出は正面突破になる可能性が高い。だからこそ、士気は上げてやるべきだ。

 そうなってくると、『赤錆四人をひきつけて無傷で生還したぜ』という見栄えは、かなり美味しい。

 

 例えば軍勢に突っ込むにしても、『赤錆から悠々逃げ切った助っ人がいるんだっ、ファシオンなんて楽勝だろ』と思えば、勢いに繋がる。

 負傷自体は後でこっそり隠れて治す予定だったので、できればそれまで秘密にしておきたかったのだとか。

 

 そこまで言ったメイは、『何だかんだで、士気は最重要だ』と真剣な声音で続けた。


 もし一人が倒れても、士気が高ければ最後に敵を仕留められることもある。

 敵が一人でも多く倒れれば、ソイツに倒されるかもしれない一人が助かり、また同じような連鎖によって犠牲は減るだろう。

 つまり、最終的には全体の、自分たちの生き残る可能性が増えることになる。

 

 ――しょせん理想論だけど、するに越したことはない。使えそうなら使うべきだろ。


 放たれたその言い分に、リッツは釈然としないながらも同意した。


 ただし。

 さすがに『なぜ自分にまで隠そうとしていたのか』と聞いた際、自信満々の声音で『味方を騙すには、まず仲間から』と言われたのには、怒りが湧いたが。

 

 とはいえ、『庇われるように動かれると、バレ易くなる』との理由ありきのことだったので、怒り散らすようなことはしなかった。

 

 違う武器を持っていた理由は、『回収無理そうだったから蒼槍は放置、今もっている斧槍は、ファシオンが増えてきたから用心のため、そこいらに落ちていたのを拾った』とのことだ。 

 

(武器捨てて逃亡、回復魔法で簡単に治らないって、どれだけ危なかったのよ。

 ……本当、こいつ隠し事が好きよね。らしいっちゃらしいけど、隠されるほうは堪らないわ)


 黙ってろよな、と締めくくったメイをリッツは一睨みしたが、口には出さない。

 どうせ言っても聞かないのを分かっていたからだ。

 理由は納得できなくもないし、シズルに『元気な姿を晒らすのが仕事』と言った手前、反対するのも少し違う気がした。

 

 仕方ない――

 

「……本当、馬鹿クロウエは仕方ない奴だわ。金貨二枚で黙っててあげるわね」

「……っち、本当、モサモサって相変わらずな奴だよな。銭貨二粒なら払わなくもない」

「はあ、少なすぎるでしょっ? もうすこし常識を考えなさいよ」

「お前に言われたくねーよっ! さすがに金貨二枚も請求してくる奴から、常識とか言われるとは思わなかったんだが」


 一瞬で火花が散って、『お前がオカシイ』と擦り付け合うように睨み合うリッツとメイ。

 だが、白熱しそうになる直前で、さっと場を収める救いの手が差し出された。


『お待ちくださいっ! ここはっ、私が後でウマウマー胡桃を育てるということで……どうでしょうっ』

「そうね……ドリーちゃんの胡桃なら構わないわよ」

「なんなのお前、金貨二枚と胡桃が同価値とか、明らかに天秤ぶっ壊れてるんだが」

「うっさいわね、文句あんのッ」


 茶化すメイにリッツが唸ると、『別にーないですけどー』と明らかになにか含ませるような言葉が返る。

 

 いつもの状態、いつもの流れ。

 明らかにケンカ腰ではあるが、これはこれで日常を感じさせる気がして、リッツとしては嫌いでもなかった。

 別に仲間なのだから、ただで手を貸したり助けたりしても良い。でも、それを素直に出すのも、それはそれで恥かしいものなのだ。

 

 いつか慣れてきて、素直に言えるようになるまでは、こうやって誤魔化しながら助けてやればいい。

 少しずつ、少しずつだ。

 

 揺られる樹々の背の上で、リッツはそんなことを考える。

 ふと気がつくと、定期的に飛んできていた剛矢が止まっていた。

 さすがに射程にも限界はあるらしい。





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