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俺の人生ヘルモード  作者: 侘寂山葵
肉沼の森
10/109

2−9

 


 着々と近づいて、綽々と歩みを進める。


 つまり何が言いたいのかと言うと。


「暇だ……」

「随分余裕綽々じゃねーか」

「まあそう言いますけど、ブラムさんも思ってるでしょうに」

「まあ、これだけモンスターが出なけりゃそうなるわな」


 なぜか通路内では、モンスターが『異常』に出てこないようで、只々長い通路を歩いていると暇でしょうがない。それにこの暗さと臭気、足元を濡らす沼のせいで気分まで暗くなってしまう。


 このままじゃ精神衛生上良くないので、気分転換を試みようと、ブラムに遊びを提案してみる。


 ボッコボコにしてやる。



「ブラムさん、シリトリでもします?」

「シリトリ? そりゃ何だ」

「言葉尻を取って交互に言い合っていくだけですよ、鎌、――魔法、みたいに、ちなみに間違ったり最後に〝ん〟が付いたら負けです」


「いいぜやってやる〝金〟」


「ねこ」


「荒野」


「やけど」


「ドリー」


「やさしい」


「お前の負けだな」

「汚いっ! な、なかなか、やりますねブラムさん、人間の反射神経を利用した高度な罠でしたよ」


 さすが隊長をやっているだけあって、頭が回るようだ。汚い罠に掛かって負けてしまった。


 このままじゃ俺の精神衛生上、良くない。簡単に勝てそうなアーチェに再戦を挑み、癒されよう。


 ズタボロにしてくれる。



「アーチェ今の話聞いてたよね? シリトリしようぜ」

「……わかりました、いいですよ〜」


「じゃ行くぞ、〝むこ〟」


「心の垣根〜」


「ねんざ」


「雑魚野郎〜」


「うろこ」


「腰抜け〜」


「お前、それ全部俺に大して言ってるだろッ」


 全く癒されなかった。むしろズタボロだ。どうやら人選を誤ったらしい。


「メイ、貴方って本当に緊張感ないわね」

「酷い事を言うなリーンは、みんなの緊張を、解そうと思っただけなのに」嘘だ。


 ◆◆◆◆◆


 枝別れしている通路は、人を迷わす魔境の迷路。一度通った道のはずなのに、まるで終わりが無いのではと思わせてくる。


 ――だがどうにも遊んでいたお陰で、いつの間にか、見覚えが有る四叉路にたどり着く。


「おー着いた。確か、来たのがこっちだから……。えっと正面の通路を行くと、最初に俺が居た、人を固めて巨人生まれてた広間で、今いる通路の左隣がドリーの居た場所、それの一個向こうの通路が、巨人が六体眠ってた部屋です。巨人休憩所はまだ先があったみたいなんで、最奥は多分そっちです」

「そうか、しかしドリーの嬢ちゃんは一旦戻ったりしなくてもいいのか?」


 俺も気になりドリーに目を向けるが、ドリーは、いらんいらん、っと手を振り巨人休憩所方面を指差す。気にせず行けと言っているんだろう。


「でも。今から行く所にまだ巨人六体かそれ以上居たらどうします? 未だ肉巨人出てきてないし。俺、嫌な予感しかしないんですけど」

「大丈夫だろ。まとめて一部屋に居たら、それはそれで美味しいからな。部屋に入る前に、外から全力で魔法を撃ちまくる。数体削れりゃいいし、弱るだけでも大分ましだろう」

「俺も撃ったほうがいいですかね?」

「馬ー鹿。お前の魔法如きなんぞ、レギオンゴーレムなら少しだけビリッとして一瞬動きが〝止まる〟位だ」


 それもそうだと思い、撃つのをやめておく事にする。


 さすがにここから先は奇襲を掛けたいので全員口を閉じ静かに進んだ。


 ――ついに部屋の入り口が魔物の口の如くぽっかりと姿を現し、静かに、呼吸すら止めねばならないと迄、思い込みそうになるほど、静かに、近づく。


 その余りの静けさに、自分の心臓の音が、モンスターに聞こえてしまうんじゃないか、などと馬鹿なことを考えてしまう。


 心臓を抑えつけ、先を見る、どうやらブラムが入り口から内部を伺ってるようだ。


「おいっ、メイちょっと来てくれ」

「うをっい! いきなり大声出さないでよ。びっくりしたじゃないか」

「すまん、すまん。とりあえず中を見てくれ」

「……あれ? なにもいないですね。でも此処で間違いないっすよ、なんか見覚えあるんで」


 まずは部屋に入って様子をみる。それなりに広い部屋はやはり他の場所とは違う雰囲気を放っている。人面樹の壁は四角く整っているし、天井まで、手を掲げ伸びている人面樹の柱を見ていると、まるでどこかの神殿にも見える。確実に邪教ではあるが。


 見渡していると、奥から重低音が鳴り届いてくる。耳を済まし、音を聞く限り、重量級の物同士がぶつかり合う重い音が耳を打つ。


 ブラム達と共に部屋を抜け、先を確認しに行く。足元の沼はすっかり無くなり肉の地面が現れている。ここの地面には顔はないようで少し安心してしまうが、そんなものは、通路を抜けた先の光景を目にし吹き飛んでいく。


 先程の部屋より更に広い空間、壁も地面も天井も全て肉で埋まっている。その広々とした部屋に人面柱が伸びており、やはり邪教の神殿に見える。ぶつかり合う二体の肉巨人、拳を振るいお互いを殴り合う、肉が弾け、顔が飛び、ヘドロが滴っている。二匹が戦ってる足元には四体の肉巨人の死体が転がっていて、きっと先ほどまでこいつらも戦っていたのであろう。


 なぜモンスター同士で戦っているのだろう、あまりの光景に俺だけじゃなく他の皆も固まってしまって動けない。


 遂には、二体の肉巨人の一体が倒れ伏し、残った一体はこちらにゆっくり体を向けた。体に緊張が走り、全員が武器を構えて警戒する。


 だが肉巨人はこちらを無視するかのように、奥に向かって歩き出し、壁際まで行くと膝を付いて座り込む。


 

 奥の壁が盛りあがり、肉巨人より更に大きい七メートル級の人型モンスターが現れる。現れたモンスターは、大口を開け肉巨人を頭から飲み込んでいく。


 肉巨人を喰らったモンスターは膨れ上がり、姿が変わり今では十メートルほどの大きさになっている。気持ちの悪いピンク色の肌、人間二人を腹から半分に分け、二人の上半身同士をくっつけたような外見、頭の横の方から足が生え、下半身の足の間には頭が生えその横には手が生えている。左右対象……いや上下対象と言うべきか。ピンク色のマネキンに似た顔の表情は、上の頭はヘドロの涙を流し、下の頭は憎悪の顔を拭かべている。


 巨人がゆっくり動き出し、下半身についている手が、肉の地面を抉り、その固まりをカタパルトの如く飛ばす。


「全員避けろッッ!」


 ブラムの言葉に従い、横に体を投げ出し避ける。凄まじい速さで、飛び、流星の如く迫ってきた肉塊は出口上部に当たり、完全に出口を塞いでしまう。


「畜生ッツ! 塞がれた、多分こいつが此処の主だ、殺るぞ」


 素早く起き上がりモンスターを見る。モンスターは天井を仰ぎ両手を広げ咆哮を挙げる。



『ぐぅ゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ』



 凄まじい咆哮で身が竦む。耳を塞ぐ。モンスターはそのまま前倒しに倒れこみ、四本の腕と四本の足で地面を蹴手繰り、こちらに向かって突進してくる。


 数人の騎士がその身を吹き飛ばされ、地面に叩きつけられていた。叩きつけられた騎士をモンスターが掴み、頭から喰らう。


「くそがっ、誰かっ止めろっ」


『アイシクル・スパイラル』 『フレイム・スワロー』 『ボルト・インパルス』


 氷の螺旋が肉を抉り、炎の燕が皮を焼く、何本もの紫電のラインがモンスターを貫くが、モンスターは気にも止めずに騎士を喰う。


「あの野郎ッ、ぶった斬ってやる」

「隊長、私も行きます」

 

 目の前でブラムが憤怒に顔歪めモンスターに向かって行き、リーンが並走し主へと向かう。


『オーバー・アクセル』


 即座に魔法使いが二人に補助を掛け、身体能力の底上げをはかった。


「メイさん貴方にもかけさせます、決して無理はしないでください」

「ありがとうございます。邪魔にならない範囲で行ってきますっ」


 サイフォスの指示によりブラム達と同様に俺にも強化の魔法が掛けられる。

 赤い魔法球が身体に当たると同時に、漲るほどの力が湧いてきた。

 一度、二度、自分の身体の調子を確かめるように手を握って開く。


 これが身体能力強化の魔法か……信じられないほど体が軽くなったな。

 最前線で戦うなんて邪魔にしかならないだろうが、少し後方に下がってブラムとリーン達の援護ぐらいなら出来そうだ。

 正直あんなモンスターの側に近寄りたくはなかったが、前で戦っている二人が崩されれば結局俺も死んでしまうことになる。


 死なない程度に……実力を弁えて、もし何かあった時には援護できそうな位置を。 


 先に行ったリーンとブラムは、モンスターに次々と攻撃を加えていた。

 リーンが大剣で主の胴体に斬りつけ、食らいついてくるモンスターの顎を、ブラムが盾で跳ね上げる。 リーンの後ろには影のように付きそい、後ろから矢と魔法の豪雨を降らすアーチェの姿。

 

 連続で攻撃を続けるブラム達の猛攻に、モンスターは呻き、怯む。

 が、突如モンスターの腹が膨れ、上下の顔から共に再度咆哮を上げた。

 軋むように悲鳴を上げる大気と、余りの声量によって吹き飛び倒れるリーンとアーチェ。

 ブラムだけは盾で耐えていたようで、態勢を立て直している様子。


 喜悦の笑みを浮かべ、ギョロリと、倒れこんでいる二人に目を向けた主は、両手を高々と振り上げ、リーンとアーチェに向かってそれぞれに振り下ろそうとしている。


「メイ、リーンを頼むッ。オレはアーチェをッ!」

「やってみますッ!」


 リーンに向かう俺とアーチェに向かうブラム。


 今の俺の走る速度――そしてこの距離なら……行けるッ、まだ間に合う筈だ。


 命結晶で底上げされた脚力と、掛けられた補助魔法の効果は、俺の走る速度を今までで体験したこともないほどに上げていた。

 主の振り下ろす豪腕が、二人を潰す――直前。

 必死になって走った甲斐あってか、俺は倒れこんでいるリーンを脇に抱え込み、そのまま突っ切って距離を離すことに成功した。


 轟音と共に主の振り下ろしが地面を破砕し、その衝撃でグラグラと揺れた地面が、俺の足裏を伝って身体を揺らす。

 

 アーチェはどうなった?

 

 焦ってそちらへと視線を向けると、主の豪腕を盾で受け止めているブラムの姿が視界に映る。


 あんな腕を受け止めるなんてどんな腕力してんだあの人ッ!?


 身体がほのかに光っている所を見ると何らかの魔法が発動しているのかも知れないが、それにしたって凄いには違いあるまい。


「――ッ――オラッ!」


 咆哮のような叫び声を上げてブラムが主の腕を振り払い、アーチェを抱えて俺の側まで飛ぶようにして戻ってくる。 


「ブラムさん何あいつ、やばい。すげー強いんですけどっ」


 今の一連の光景を見て思った感想を思わず零すと、ブラムは片眉を少し上げて『そりゃ主だからな』と俺に返す。

 

【グル゛オオ雄雄ッッ!!】


 避けられた事が気に食わなかったのか、主が大気を揺るがすような怒号を上げて、俺達の居る場所へと向かって突進を開始。

 避ける間もなくこちらに迫り、こちらを叩き潰そうと右腕を打ち下ろす。

 しかし、それを見たブラムはが再度盾を上げて豪腕を止める。

 一瞬だけ拮抗していた両者だったが、ブラムが少し若干ながら押され始めていく。


「メイ、一旦リーンを抱えて下がれ、アーチェもだ」


 このままでは拙いと悟ったのかは知らないが、少し焦った様子でこちらに指示を出してくるブラム。


「ドリー、アーチェに」 『フィジカル・ヒール』


 俺が言い終わる前に、ドリーがアーチェを回復。すぐに邪魔にならないようにリーンを抱えて下がろうとした俺だったが、腕を受け止めていたブラムに向かってモンスターが口から大量の肉液を吐き出すのを見てしまい足を止めた。

 

 あの肉液は見た目からしてあの肉スライムと同じ物。早々当たっていいはずのものではないだろう。

 それに幾らブラムが強くても大量の液体を盾では防げない。

 俺の嫌な予想は、残念ながら正解のようで、ブラムは肉のスライムに飲み込まれていくようにして姿を隠していった。


 自分程度で何が出来る。そんなことは分かっていたが、頭に浮かんだのは『どうにかしないと』そんな思いだった。

 ヘドロのような肉液から助け出すためには……。

 と、そこまで考えたところで俺の思考が弾けるように回り、脳の底からサイフォスの言葉が浮かんできた。


『ならば、沼を攻略した後は、騎士団全員に撃ち込まないといけませんね』


 躊躇っている時間なんて無く、怯えている余裕すら今はなかった。

 

「ドリーッ、ブラムさんに水をッ!! アーチェッ! 回復したならリーンを連れて下がってくれ」


 短い言葉、詳しく語る事すらなかった俺の指示を、ドリーは正確に悟ってくれる。


『ウォーター・ボール』『ウォーター・ボール』

『フィジカル・ヒール』


 凄まじい速さで空中に刻印を描き、ブラムに向かって水球を二連続で射出。

 肉液を強引に吹き飛ばし洗い流し、遅れて掛けられた回復魔法が中から出てきたブラムの軽く焼け爛れた肌を癒す。


「ガハッ、糞、あの野郎やってくれやがってッ!」


 咳き込み悪態をつく余裕程度はあるブラムを見て、俺は思わず安堵のため息を吐いた。


 まさかこんな所でサイフォスとの会話が役に立つとは思いもしなかった。


「わりーな油断した、メイ助かった……ん、あれは? メイッ今すぐ下がるぞ」

「えっ? あぁ……了解っす」

『アース・シェイク』


 俺の返答と共にブラムの魔法が発動し、主を中心とした一定範囲にだけ小規模の地震が起こる。

 思わぬ揺れに虚をつかれたのか、主が少しだけ足を取られ態勢を崩した。


「オラッ、メイ。さっさと走れ!」


 ブラムの怒声のような声に尻を叩かれ、俺は主が体勢を崩した隙に全速力でブラムと共に逃げ出す――と同時に、サイフォス達魔法使いと、リーンが一斉に主へと向かって大剣や杖を向け、魔名を叫んだ。


『サン・フレイム』

『ウインド・ラッシュ』『ウインド・ラッシュ』


 リーンの大剣から半径五メートルほどの炎球がモンスターに飛び交い着弾。そこに吹き込まれた暴風が、炎を豪炎に変え天井付近まで赤い炎の舌巻き上げた。

 燃え盛る炎とそれに呑み込まれた主。

 どう見ても直撃で、どう考えても助かりそうも無い火勢だ。


「さすがにこれならあの妙な奴も死にましたよね?」

「わからん、油断はするなよ」


 恐る恐ると声を掛けた俺に、ブラムが緊張を緩めず返し、そこに続くように、

「メイ、先刻はありがとうね」

「消し炭になれ! 燃えつきろ!」

「これ以上はさすがに私も魔力が尽きてしまいますよ」

 リーン、アーチェ、サイフォスが声を上げた。


 正直若干一名おかしくなってる気がしなくも無い。


 全員が警戒を解くこと無く次第に収まっていく炎を見つめていると、やがて中から形はそのままに黒焦げになったモンスターの姿が現れた。


「おー黒焦げじゃないか……って、なッ!?」


 裏返る皮膚と、消えていく焦げ後。あれほど真っ黒になっている主が、俺の目の前で逆再生するかのごとく元の姿を取り戻していく。


「勘弁してくれよ、反則すぎんだろッ!」


 倒したと思った主は、何事も無かったかのように再生し、こちらを威嚇するかのように二頭が恐怖心を煽る咆声を広場内部に響かせた。



 ◆


 どれだけ攻撃したかわからない。何度攻撃しても肉が集まり回復する。モンスターの攻撃はそこまで早いものではなく、補助のかかった今の俺なら避けるだけなら何とかなる。


 が、それにしても…………ジリ貧だ、このままじゃ確実に全滅する。

 リーンとブラムも大分疲れが溜り、サイフォスも顔色が悪い、多分もう後僅かしか魔力が無いのであろう。アーチェにいたっては矢が切れている。他の騎士も善戦してはいるが次々とやられていく。


 士気が低くなって来ている。顔色が悪い、皆の顔に絶望の色が見え始めている。


 考えろ、考えろ、持久戦は無しだ、あり得ない。大技を使おうにも、集中する時間をあいつから、もぎ取らねばならない。

 いや、ダメだっ、これじゃまず前提すら合っていない。あいつから動きを止められるような人間しか、大技を使えないのだから。


 止める。止める。止める……あ、そうだよっ!? ブラムが言っていたじゃないか。

 肉巨人相手じゃ俺の魔法程度じゃ一瞬動きが〝止まる〟位だと。

 ……ならばいける筈、幸い俺は魔力を殆ど使ってはいない。


「頼むドリー」


 ドリーに槍を手渡し、その槍に『エント・ボルト』を掛ける。どうもドリーは俺の一部と判断されているのか問題なく持てるらしい。


「俺があいつの動きを止めてみせますっ! サイフォスさん、リーンとブラムさんに補助を、二人は大技で決めてくれ、アーチェは、あー寝てろっ!」

「なに? 出来んのかお前……っち、迷ってる暇もねぇな。仕方ねー、乗ってやる。やってみろッ! 駄目だったら駄目だまた違う手を考えりゃいい話だ」

「わかりました二人に補助ですね?」

「大丈夫、任せなさい。私はメイを信じるあげるわ」

「酷いッ、まさかヘドロ野郎にそんな事を言われるなんて……きっとショックで一週間は寝込んでしまいます~」


 騒ぎながらも準備を進めるブラム隊と、主の動きを止めようと、他の騎士達が相手をしている中、俺は出来る限りバレナイようにモンスターの背後へと回っていった。

 

 余程俺は主から脅威と見なされていないのか、視界に入るのは無防備な背中。

 狙いは二つの身体を繋ぎとめている中心――腹だ。


「ドリーやれるな?」


 任せろと言わんばかりにドリーは槍を構え投擲準備に入った。


 ……相変わらず頼もしい相棒だ。

 俺はドリーを信じて右手を突き出し意識を集中し、準備を整える。


「やっちまえっ、ドリーー」


 ――轟。

 合図と同時にドリーが腕を振るって凄まじい勢いでモンスターに向かって槍を放つ。


 当たれ、当たれ……。

 

 そんな俺の願いが叶ったかどうかは知らないが、ドリーの投げた槍は、吸い込まれるようにモンスターの腹に突き刺さり、槍に溜まっていた電撃が炸裂する。

 撒き散らされる雷撃と一瞬だけビクリと身体を震わせ動きを止めた主。

 

 俺は、今も主の腹に突き刺さっている槍へ向けて右腕を構え、全力を込めて魔名を叫ぶ。


『ボルト・ライン』『ボルト・ライン』『ボルト・ライン』


 連続で魔法を放つごとに身体の中から何かが抜け落ちるように消えていき、それに比例するかのごとく体の力も抜けていく。

 でも、それでも俺は魔名を叫ぶのをやめない。


『ボルト・ライン』『ボルト・ライン』…………ッツ。


 モンスターの腹に刺さった槍に次々と落雷が落ちる。魔法を受けるごとにモンスターは、打ち上げられた魚の如く、体を撥ね上げ動きが止まる。


 手にある刻印が凄まじい速さで光を失っているような感覚を感じる。

 ……ダメだ限界だ。

 ふらつく頭と、抜け落ちていく力。

 思わず諦めて腕を下ろしてしまいそうになる。だが、まだ準備は整っていない。

 せめて後一発、後一発時間を稼げればッ。


 視界の端で何かが動いた。無意識のうちに目を向けると、映っていたのはドリーの腕。

 ドリーが指を一本立て頭上に掲げモンスターに向かって突き出す。 

 その腕は俺にこう言っている様な気がした――

『相棒ッやっちまいなさい!』


 聞こえるはずのないドリーの声が、聞こえた気がした。


 その声に導かれるように、

『ボルト・ラインッ!!』

 気がつくと俺は全力で魔名を叫んでいた。


 迸る最後の雷が、吸い込まれるようにモンスターに命中。

 それを確認して、俺は崩れる体をそのままに、糸が切れた人形の如く意識を失った――。





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