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前世、どうしようもないダメ王子で婚約破棄してざまぁされたので、今世では婚約者の言うことを全部聞こうと思います

掲載日:2026/09/06

前世、どうしようもないダメ王子で婚約破棄してざまぁされたので、今世では婚約者の言うことを全部聞こうと思います


 五歳の誕生日、第二王子レオナルドは、ケーキの上に立てられた蝋燭を吹き消そうとして前世を思い出した。前世の彼も同じ国の王子であり、夜会の最中に公爵令嬢へ婚約破棄を突きつけ、男爵令嬢と真実の愛を貫こうとした大馬鹿者だった。最後は王籍を剝奪され、愛する男爵令嬢にも逃げられ、北部の牧場で牛のふんを運びながら三十六歳の生涯を閉じている。


「牛のふんは、もう嫌だ!」


 叫んだ拍子に、鼻息で蝋燭の火が消えた。国王夫妻は息子が炎を怖がったのだと思い、優しく頭を撫でてくれたが、レオナルドはそれどころではなかった。前世で婚約者だった公爵令嬢クラリッサに捨てられたら、今世でも牛のふんが待っているかもしれない。


 六歳になると、レオナルドはクラリッサと再び婚約した。彼女は銀色の髪を二つに結び、挨拶の最中も真っすぐ彼を見ている。前世の彼はその態度を「可愛げがない」と嫌ったが、今世のレオナルドには、処刑台よりも恐ろしい審判官に見えた。


「クラリッサ、僕に直してほしいところはあるか?」


「初対面ですので、まだ分かりません」


「遠慮するな。何でも直す。絶対に君を怒らせない」


「では、椅子の上で土下座するのをやめてくださいませ」


 レオナルドはすぐに床へ下りた。公爵夫妻は感心し、王子は人の意見を聞ける立派な子供だと褒めたが、クラリッサだけは警戒するように目を細めていた。婚約者の機嫌を損ねないためなら、レオナルドは礼儀作法でも歴史でも算術でも、喜んで学ぶつもりだった。


 十歳になる頃には、レオナルドは優秀な王子として知られるようになった。前世では居眠りしていた会議でも熱心に記録を取り、クラリッサが指摘した税率の誤りも即座に修正した。食堂で豆を残そうとして彼女に見られたときは、皮まで噛んで飲み込んだ。


「殿下。わたくしは、豆を残すなとは申しておりません」


「しかし、好き嫌いの多い男は嫌だろう?」


「皮を食べる男は、もっと嫌です」


 レオナルドは皿の端に豆の皮を戻した。彼はクラリッサが本を持てば先に扉を開け、寒そうにすれば外套を差し出し、ため息をつけば三日前まで遡って自分の発言を反省した。やがて王宮では、第二王子は婚約者に心酔しているという噂が流れ始めた。


 十五歳で学園へ入ると、前世で真実の愛を誓った男爵令嬢リリアが現れた。桃色の髪、潤んだ瞳、男子生徒の袖をためらいなくつかむ小さな手まで、前世とまったく同じだった。廊下で彼女が足を滑らせて胸へ飛び込んできた瞬間、レオナルドは横へ跳んで回避した。


「きゃっ!」


「医務室は右だ。僕に触るな!」


 リリアは床へ転がり、たまたま通りかかった教師に保健室へ運ばれた。レオナルドは助け起こさなかったことを少し反省したが、前世では彼女を抱き止めたところから転落が始まったのだ。翌日から、彼はリリアが半径十メートル以内へ近づくたびに鐘を鳴らすよう従者へ命じた。


 廊下に鐘の音が響くたび、生徒たちは火事か敵襲かと逃げ回った。リリアは王子に嫌われていると泣き、教師たちは授業にならないと訴え、クラリッサは額を押さえた。呼び出されたレオナルドは、婚約者の前で姿勢を正した。


「殿下。鐘を撤去してくださいませ」


「分かった。では太鼓にする」


「音の問題ではございません」


「煙で知らせるか?」


「普通に距離を取ればよろしいのです!」


 レオナルドはその日、鐘も太鼓も煙筒も処分した。その代わり、リリアに婚約者がいるので個人的な交流はできないとはっきり伝えた。前世では一度も口にできなかった言葉だが、言ってみれば驚くほど簡単だった。


 卒業を控えたある日、クラリッサが二人だけで話したいと言い出した。指定されたのは、前世でレオナルドが婚約破棄を宣言した大広間だった。磨かれた床と巨大なシャンデリアを見た途端、彼の鼻には存在しない牛舎の臭いがよみがえった。


「レオナルド殿下。わたくしとの婚約について、お話がございます」


「待ってくれ! 破棄だけはやめてくれ!」


 レオナルドは床へ膝をつき、頭を抱えた。自分なりに努力したつもりだったが、鐘がまずかったのか、豆の皮がまずかったのか、それとも六歳の土下座からすべて間違っていたのか。クラリッサは長い沈黙のあと、持っていた扇子で彼の頭を軽く叩いた。


「顔を上げてください。結婚後の役割分担について相談したかっただけです」


「婚約破棄ではないのか?」


「いたしません。殿下は少々おかしな方ですが、仕事はなさいますし、女性関係にも潔癖です。何より、間違いを指摘すれば直してくださいます」


 レオナルドは床に手をついたまま、何度も瞬きをした。前世では自分の間違いを認めるだけで負けた気になっていたが、本当に負けたのは、誰の言葉も聞かなかったからだった。牛のふんを運び続けた二十年間にも、少しは意味があったらしい。


「ただし、わたくしの言うことを何でも聞くのはおやめください。自分で考えて、必要なら反対してくださいませ」


「分かった。君の言うとおりにする」


「ですから、それをやめてくださいと申しております」


 クラリッサは扇子を閉じ、大きく息を吐いた。それでも口元は笑っており、レオナルドはようやく床から立ち上がった。今世の彼は、婚約破棄も王籍剝奪も免れ、二年後にはクラリッサと無事に結婚した。


 結婚式の翌朝、王太子となったレオナルドに、北部の牧場から陳情書が届いた。牛のふんを肥料として買い取る制度を作ってほしいという内容である。書類を読んだレオナルドはしばらく遠い目をしたあと、誰よりも詳しい知識を使って完璧な制度案を書き上げた。


「殿下は、どうして家畜の排泄物にそれほど詳しいのですか?」


「長い付き合いなんだ」


 クラリッサは不思議そうに首を傾げたが、それ以上は尋ねなかった。こうして北部の農業は発展し、国は豊かになり、レオナルドは賢王と呼ばれるようになった。ただし彼は、生涯、チョコレートケーキだけは口にしなかった。


 色と形が、どうしても前世を思い出させたからである。


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