パーティリーダーから追放を言い渡されましたが、所属はこちらではありません。
つらつら長文になってる説明は、読み飛ばしても多分問題ないです。
「つい、ほう…?」
冒険者パーティ『黒壁の剣』が、本日の打ち上げを行っている酒場に顔を出した私は、告げられた言葉を復唱した。
何を言われているのか、全くわからなかったので。
私はアイギア、26歳の独身男、しがない荷運び兼情報屋だ。
短く立てた黒髪と柄無青バンダナがトレードマークなので、どこかで見かけたら懇意にして欲しい。
今は黒壁の剣というパーティの荷運びを担当している。
しかし、黒壁の剣に雇われてはいない。
「ああ、そうだ! お前みたいな役立たずの荷運びはパーティから追放だ!」
「えー、そもそも私はこのパーティに属してませんし、給料も貴方からは支払われてませんが?」
「うん?」
酒場の隅にある八人掛けの丸テーブルに、四人が座っている。私は到着したばかりで、卓の傍に立ったままだ。
軽めの花酒を泡立てたものが注がれたジョッキを持った手で、立ったままの私を指さしていたイジェークは、ほろ酔い顔で私の言葉を反芻しているようだが、理解はできていないようだ。
イジェークはパーティリーダーの剣士だが、頭も弱けりゃ酒にも弱い。
それを補佐しているのが治癒兼会計士のジェレンだが…彼の姿は卓になく、近くにも見えない。
今この卓にいるのは、イジェークの顔と剣の腕に心酔している三人娘…盾士のレナータと、魔法士のナキナ、斥候のキルフェの三人だけだ。
金髪碧眼のイジェークは頭に反して見目は良く、絵に描いたような美形で背も高い。侍る三人も同様に見栄えのするタイプで、ストレートロング紫髪に黒目のレナータは背の高い美人系、波打つオレンジ髪ハーフアップに緑目のナキナはふわふわ豊満癒し系、赤髪ポニテに金目のキルフェはスレンダーかわいい系と、四人揃うと周囲が騒めくくらいには目の保養になるのは確かだ。
四人とも十代後半だが、なかなかただれた生活をしているらしい。元気ありあまってるのかな?
戦闘の腕は良いが、それ以外がガバガバの四人を締めて(主に財布の紐を)いたのがジェレンで、彼は私がどこに所属しているのかも知っていたはずなんだが…これは、ダメな予感がする。
「ジェレンさんはどこに行ったんです?」
「アイツは一足先に追放してやったよ!」
「あー……新規で治癒士と会計士を雇うご予定が?」
「かい…? 治癒士は、いらない! おれたちは強いからな!」
「そうきたかぁ……」
腕を組んで溜息をこぼしてしまう。
酒場の床板の木目を眺めながら、来るのが一足遅かった、とは思うものの、私の仕事の最優先事項であったジェレンの警護については、最悪の事態を免れたと見て良いだろう。
次点の重要事項は、ジェレンがいないなら気にする事もない程度になるだろうから、このまま離れても大丈夫かな。
大丈夫という事にしてしまおう。もう付き合うのもめんどくさいし!
「よし、わかりました、追放ですね、じゃあ私はこれで」
「それでいい!」
イジェークはご機嫌にジョッキを掲げた。三人娘もそれに倣ってジョッキを掲げ、乾杯の流れになる。
私は片手を挙げてさっと挨拶をして、そのまま踵を返した。
ざっと見た感じ、ジェレンが握ってた買い出し用の財布は卓に置いていかせていたようだが、会計がそれで足りるかどうかは謎だ。すでに足りてない気もするし。
あの店は…と言うか、この辺りの冒険者向けの店は基本ツケ払いを認めていないので、足りなければ拘束されて牢にぶち込まれるだろう。
どうなるのかは明日になればわかるだろうから、このまま放置で良い。
店の外に出ると、ジェレンがこちらを見つけて走ってきた。
治癒士の証明章を右の胸につけただけの普段着姿である所を見ると、装備もおいてけされたのかも知れないが、まあそれはどうにでもなるだろう。
「アイギアさんごめんなさい、イジェーク達がわけのわからない事を言ったでしょう…?」
私よりも少し大きいジェレンが、しょんぼりした顔でこちらを見てくる。
やわらかそうな栗色の髪を後ろで一つにまとめ、青みがかった灰色の目をしたジェレンは、イジェークと並べば地味かも知れないが顔立ちは整っているし気のいい奴なので、あんなパーティにはもったいない男だった。
能力的にも。
「気にしなくていいさ、それよりジェレンさんも突然パーティから追放されたんだろう? 所持品は大丈夫か? 全部巻き上げられたりしてないか?」
「えっと…はい、身に着けていたものは置いていけと言われましたが、それ以外は…そもそもイジェーク達は把握してないので」
「……だよなあ」
まあ、把握していたとしても、それを取り上げる方法は一つしかない。
そして、その方法をイジェークは否定した。
新しい会計士を雇う予定がない、と言う言葉によって。
冒険者と言う仕事は、稼げる時は稼げるが、稼げなくなればただの金食い虫だ。
装備一つ手入れしたり新調するだけでもそれなりの金額が飛んでいく。体が資本の仕事だから、食費も馬鹿にならない。
これで、有事に貯金の一つもないと詰む。
その辺りの問題に対する備えとして、この街のギルドでは冒険者個人もしくはパーティ単位での蓄財を推奨している。
ギルドが推奨する蓄財計画に参加していると、ギルドからの依頼の報酬が一割増になる。その割増になった分の額が蓄財に回され、冒険者側には額面通りの金額が報酬として支払われるので損はない。
ギルド側としては報酬の取り分で多少損をする形になるが、食い扶持を失った冒険者の襲撃やらなんやらの金銭トラブルが減った事で大きな損が減り、結果としては問題がないそうだ。蓄財計画に伴う手間賃が定期収入になっているのも大きいらしいが、さすがにその辺の詳細まではわからない。
さておき、この蓄財計画への参加方法は二種類ある。
一つは、ギルドにまるっとお預け楽ちん蓄財計画。もう一つは、管理は自分達で行い、蓄財場所にギルドの一角を借りる自己蓄財計画。
お預け楽ちん蓄財の方では、報酬からの蓄財分が自動で蓄財場所に移されて手間いらずだが、事務処理の手数料が含まれる管理費がそこそこの金額になる。こちらは個人での登録の他、パーティでの登録ができ、登録されたパーティ証があれば財の出し入れが可能だと言う点も込みで楽ちんなのである。
自己蓄財では、報酬は一旦全て冒険者に支払われ、支払日から一定期間内に規定金額以上が蓄財場所に移されていれば良く、蓄財場所の管理費だけで済むので安上がりになる。こちらは個人での登録のみ、パーティを紐づけはできるが、補助情報でしかない。一つの蓄財計画につき最大二人まで登録ができ、登録された人間にしか財の出し入れはできない。
ちなみに、自己蓄財でパーティ紐づけがある場合、報酬の割り増し分は一割だが、パーティ紐づけがない場合は報酬をパーティ人数で割った金額に対し一割増×自己蓄財している人数分となる。
他にも細々した決まりがあり、諸々込みでギルドとしてはパーティで活動している場合は楽ちん蓄財を推奨、ソロで活動している場合は自己蓄財を推奨している。とは言え、飽くまでも推奨であって強制ではない。
黒壁の剣も、五年前から蓄財計画には参加している。イジェークは参加するつもりがなかったが、ジェレンがパーティ参加の条件に挙げたため、しぶしぶ参加を決めたのだ。
ジェレンが参加する前、黒壁の剣はイジェークとレナータだけのパーティだった。ちなみに、黒壁はレナータの黒い大盾をアピールするつもりだったらしいが、当時から二人はデキており、パーティ名決めたのがレナータな時点でなんかもう…別れた後も残ったらどうすんだこの要らねえアピールしてるパーティ名。…おっと蛇足蛇足。
盾士と剣士だけのパーティでは依頼達成率が低かったため、当時登録したての治癒士ジェレンと、所属パーティが崩か…解散してフリーになった魔法士のナキナをメンバーとして勧誘した。
レナータはジェレンだけで良いと言ったようだが、ナキナがうまくレナータに取り入ったらしい。
ともかく、優先して勧誘したいジェレンが言い出した以上、蓄財計画には参加しておくか、となった。
ここで、どちらの蓄財計画に登録するか、となった時に問題となったのが、管理費である。
年間での平均的な管理費の差を提示されて、イジェークとレナータは自己蓄財がいいと言ったのだ。使える金が減るのは嫌だと。
だが二人に管理はできない、計算が覚束ないし、できたとしても面倒だからやりたくない。
言い出しっぺはジェレンなのだから、言い出しっぺが管理して自己蓄財にしろ、と言う事になったそうだ。
パーティで自己蓄財を使用する場合の推奨登録を参照して、会計担当としてジェレンを管理人、パーティリーダーとしてイジェークを代理人で登録しようとしたようだが、イジェークは登録を断固拒否、ジェレンだけで登録となった。
ナキナについては、我関せずを貫いて話し合いにも参加しなかったそうだし、一年後くらいに参入したキルフェは詳細を聞きもしなかったそうだ。
お分かりいただけた事と思う。
五年間に亘って黒壁の剣が稼いだ報酬から貯めた財、現在それを把握し、かつ自由に出し入れできるのはジェレンだけなのである。
安定して依頼を達成できるようになった黒壁の剣の稼ぎはそれなりになっており、蓄財に回さない分だけでもイジェーク達が満足する程度の散財はできていたし、不足分が発生した場合は都度ジェレンが財から補填していたし、そもそも不足が出ないように締めていた。ゆえに、蓄財分はなかなかの額になっているようだ。
自己蓄財の登録がジェレン個人のみであるため、現状の蓄財をそのまま黒壁の剣の物とする事はできない。
もう一人代理人を登録し、そちらに管理人権限(代理人は出し入れできる財の額等に制限がある)を委譲する手続きが必要だが、では誰が代理人を引き受けるのか…と言う話である。
「とりあえず、一度ギルドに行って、蓄財の額を確認します」
「その方がいいだろうな。パーティからの離脱手続きもやってしまおうか」
手伝うよ、と言って肩を叩くと、ジェレンがへにゃりと笑って礼を言う。
酒場からギルドまでの距離は1ブロック程と遠くはない。同じような酒場や、食堂を兼ねた宿泊施設の並ぶ通りを歩きながら、今の手持ちがどうなっているかを確認する。
イジェーク達はパーティ拠点として家を一軒借りている。当初ジェレンもそちらで生活していたのだが、キルフェが参入したあたりでその家から出て、ギルド近くの部屋を借り直した。部屋数が足りなくなったので女性メンバーに譲ったと言う事にしているが、それだけではないだろうとは察している者が多い。あれじゃあしょうがないよな…と同情されているのは言うまでもない。
そちらの部屋はイジェーク達がまったく把握していないので無事、予備の装備や金品類も部屋にあるらしいので、すぐに困る事はないようだ。
「ジェレンさんはしっかりしていて安心だな」
「アイギアさんの助言に従っただけですよ…その節はありがとうございました」
「よしてくれ、聞かれた事に対してちょっと話をしただけで感謝されるのもムズガユイ」
等と話をしていたらギルドに到着した。
ギルド自体は休みなく開いているが、日中~夕方と較べれば人が激減するため窓口も稼働していない。用がある人間が都度呼び出しをかける形になっている。
蓄財室は窓口横の頑丈な扉の奥にある。入るのも財の出し入れも登録済みの人間しかできないし、記録も残るので、こちらで作業する分にはギルド職員に声をかける必要などもない。私もジェレンも登録済みなので、そのまま蓄財室へと移動する。
蓄財室の中は空間拡張が施されており、中で更に五つの個室に分かれている。
それぞれの個室の壁には防護と防音結界、扉には個体認識の術式が施されており、こちらも入った者の記録が残る。室内には小窓のついた壁に向かって机が一つ、椅子が三脚。机の上には筆記具が並んでおり、蓄財の出納帳等を記載するのに使える。
壁の小窓の横に、個体認識用の魔術石がはめ込んであり、ここに蓄財を確認したい人間が手やパーティ証をかざすと、対応している蓄財箱が小箱に出て来る仕組みだ。個体認識は生体波と呼ばれるモノを利用しているので、かざすのは手でなくても良いようだが、まあ大体は手とか腕をかざす。顔をかざしてもいけたと言う話は聞いた事があるので、顔を使う人間もいるかも知れない。
ジェレンの蓄財箱が小窓から出て来る。
私は立場上ジェレンと一緒に個室に入れているが、通常同じ個室に入れるのは、同じ蓄財計画で登録されている人間だけなので悪しからず。
蓄財箱にも付いている個体認識の魔術石と暗証番号の操作をして扉を開けたジェレンが、最初に取り出したのは出納帳だった。希少品以外の額…硬貨の類は一定枚数以上になると自動で高額貨に変換されるため…に問題ない事を確認し、入れたままの希少品の種類と個数を別で入れてあったメモと照らし合わせて確認する。
普通に生活するなら、成人五人が数年は暮らせそうな金額がそこにある。蓄財って大事。
内容物に問題がない事を確認したジェレンが、扉前で立っている私に問いかけて来た。
「オレの取り分だけこのまま残して、パーティ用の蓄財計画を新規で作る事は可能ですかね…?」
「あー…まだパーティ離脱してないから、できない事はないだろうけど…後々問題にならないように色々手続きしておかないと怖いぞ」
なんだかんだ時間もかかるし、そのままあいつらに渡してしまった方がいいんじゃないだろうかと言う提案に、ジェレンは首肯しない。
人が善いのか、それとも思う所があるのかどっちだ……どっちもかな。
ギルド側の不利益にはならないだろうから、まあいいか、と手続きの兼含めて連絡する事にする。
連絡先は私の雇い主、ギルドマスターだ。
夜も深まって来たギルドに、ギルドマスターを呼び出す。
秘書がおまけでついてくるが、いつもの事なので気にしない。
「よる……よぶ……ひどい……」
「緊急事態ならいつでも呼んでくれと言ったのは誰でしたっけねえ」
ギルマス部屋の応接用長椅子でギルマスのアリリアが酒を抱えてヨレている。寝巻ではないが部屋着のまま来た…連れて来られたのだろう、これ下着つけてるか?みたいな谷間がゆるんだシャツの隙間から見えている。しかし文句を聞くつもりはない。
危機的状況ではないが、緊急事態ではあるので。
「まあ大目に見てやってください、ここ暫く、気を張る仕事が立て続けだったせいで気力が尽きてるんですよ」
「お前はそういうの得意だからツヤツヤしてんな…」
全員分のハーブティーをサーブして、アリリアの頭側にある一人掛けの椅子に腰を下ろしたツヤツヤ顔の秘書リド。腹の探り合いとかが大好きなやつなので、アリリアがしおしおになるような気を張るオシゴトとかはさぞかし楽しかった事だろう。こわ。
こちらはキッチリ仕事着でシャツベストネクタイスラックス姿だ。着替えてなかったのか着替えてきたのか、まあどっちでもいいんだけど。
アリリアは緩くウェーブを描く焦げ茶の髪を、今は軽く一つにまとめて右肩に流している。普段は編んで結い上げているせいか、下ろしていると普段より幼く見えるが、化粧のせいもあるかも知れないな。赤い目がとろんとして今にも寝そうだ。
リドは色味の薄い金髪を一つにまとめて背に流している。藍色の目は楽しそうに撓んでいるが、視線はこちらに本題をどうぞの圧をかけてきているこわい。
「とりあえず前提からな、私の仕事が終わった」
「ほう、それは僥倖ですね」
「ほんとか!」
アリリアが目を見開いて長椅子から身を起こす。勢いがスゴイ。
私とジェレンは、アリリアの向かいに置かれている一人掛けの椅子に座っているが、ジェレンが勢いに驚いて跳ねた。
ジェレンはギルマスと会う機会もほとんどなくて緊張していたから、過剰反応するのは仕方ないだろう。
しかし、思う所があったようで、おずおずと口を開いた。
「あの……アイギアさんのお仕事って、黒壁の剣のサポートです、よね?」
「建前はそうだな」
実際の仕事も、大半の実務はそうだが、それはメインの仕事のおまけである。
「私がギルマスから受けてる仕事は、ジェレンさんのサポートと保護だったんだ」
「オレの…?」
「こちらのギルドでは、パーティ内の人間関係がゴタつきそうなとこには監視をつけてるんですよ」
「とは言え、大抵の監視はパーティにずっとついて行くわけじゃない」
私が、黒壁の剣にくっついてあれこれしていたのは、ジェレンに危害が及ばないように見張るためでもあった。
ジェレンの職である治癒士は、希少と言う程少なくはないが、成り手が少ない上に、多くの治癒士は神殿に所属している。
冒険者ギルドからすれば、無所属治癒士はうっかり失われるには惜しい人材なのである。
しかし、だからと言って、全ての無所属治癒士に私のようなサポーターがつくわけではない。
……ギルマスの財布にも限界はあるし。
黒壁の剣のパーティ構成と、リーダーの気質、その他諸々から、稀にあると言う『不要と判断した人間を依頼先で放置してくる』ようなトンチキ案件が発生しそうな気配をリドが感じ取ったため、パーティ内の人間関係が安定する又はジェレンがパーティ離脱するまでという期限でサポートについていたのだ。尚、私がサポートについたのはジェレンが個室を借りるようになった直後くらいである。お察しいただきたい。
このギルドで前述のような案件は発生した事はないようだが、他国のギルドで発生した時にはまあ酷い事になったと聞く。
問題にならなくて良かった良かった。
「と、念のためにってついてってたわけだが、ジェレンさんがパーティ離脱する事になったから私の仕事は終了」
「なるほど……確かに、アイギアさんがいなかったらオレも変なところで捨てて来られてたかもしれませんね…」
実際、何度か危険なタイミングはあった。ただ、それ以上の足手まといがいた事や、結構露骨な茶々を入れる事で気を逸らして来た結果、本日のまあ穏便な追放案件になったわけだ。
「ですが…あの…」
「うん?」
「それで、何でギルマスがきらきらした目でこっち見てるんでしょう……?」
困惑するのも無理はないと言えるくらいの輝かしい目で、アリリアがジェレンを見ている。
その話は私からする筋の話ではないんだよなあ…とリドに目線を投げると、説明役引き受けましょうの首肯が返って来たので任せた。
「それは私から説明しましょう」
「お願いします…?」
「ギルマスはですね、説明と計算が苦手なんです」
「はい?」
「そこから入るな!」
困惑に困惑を重ねさせるのをやめろ!
仕方ないので簡単に説明する。私に説明させるために変なとこから話そうとしたんじゃないだろうな?
「ギルマスはジェレンさんが黒壁の剣に所属した時から目をかけてたんだ」
「どうしてですか? オレそんなに珍しい職でも、特殊なスキルがあるわけでもないですよ?」
「職については確かに珍しくないが、神殿所属でない治癒士である事、それとジェレンさんは、蓄財計画についてちゃんと理解してただろ?」
「……え? はい、それなりには…?」
私も説明うまくないな、ジェレンの困惑が一向に解ける気配がない、すまん。
しかし重要なのはここなのだ、そのまま進めさせてもらう。
「蓄財計画を黒壁の剣に理解させ、計画に参加させた、その手腕がギルドに欲しいと思ってるんだよ、このギルマスは」
「はー……なる、ほど…?」
「君もギルドで働いてみないかい?!」
継続困惑中に追い討ちをかけるんじゃない、このギルマスが。
しかし冒険者に計画内容を説明するのも、参加させるのもなかなか大変なのは事実なのだ。実績があるジェレンを雇いたい気持ちはわかる。
おまけに神殿所属でないからギルドで雇えるし、ギルドで雇っておければ緊急時にも治癒士が一人は確保できる(その場合はもちろん特別手当が出ます)となるのもわかる。おまけにジェレンは出納帳を自分で記入できる程度には計算もできる。
「冒険者という立場を続けたい場合は、臨時職員で雇う事も可能です、考えてみてもらえますか?」
とりあえずたたみかけておくつもりだなリド。
まあでも悪い話ではないので考えておいてほしい。
「えー…それで、ここまでが前提、本題はジェレンさんのパーティ離脱に伴う、蓄財の処理についてだ」
「そんなの全部貰っちゃえばいいよ? あだだだだ」
「さすがにそれはちょっと」
「ギルマスが不適切な発言をしてすみません」
アリリアの口をひねりあげるリド。気持ちはわかるが、ギルマスが言ったらダメだよほんと。
二人が来るまでに用意しておいた書類を三枚卓上に出す。
一枚はジェレンのパーティ離脱、一枚は自己蓄財のパーティ情報消去、最後の一枚は楽ちん蓄財計画の新規申込書。
先の二枚はジェレンの署名だけで通る。問題は楽ちん蓄財計画の新規申込書だ。
とは言え、この蓄財計画は現状このギルド独自の仕組みであり、ギルドマスターが法なので、アリリアが承認してしまえばどうとでもなるのだ。一応、第三者が申し込みするのを禁止する規約はないし、パーティ証あるし。
申し込み人がパーティリーダーでない事が後々問題にならないように、第三者申し込みの事由と立ち合い人の書類を添えておけば良いはず。
「成程、ジェレンさんの取り分だけ自己蓄財に残し、後はしれっとパーティ名義の楽ちん蓄財計画に移すと言う事ですか」
「はい、楽ちん蓄財計画では、管理費を蓄財分から抜いてもらう事ができましたよね? それにしておけば、彼等は何も気づかず今まで通りに活動できると思うんです」
「私が言うのも不適切ではありますが、面倒な手続きをしてまで彼等の蓄財を残す必要ありますか?」
「一応、今まで仲間でしたので、オレが抜けてすぐに野垂れ死にされるのも嫌かなって」
書類をチェックして、必要な箇所にサインを入れて処理をしながらリドがジェレンに問う。
ジェレンの優しさでもあるんだろうけど。
「それに、ここで新規契約した場合、一週間はこのお金、動かせませんよね?」
「そうですね」
「じゃあ、身勝手にオレを追放した祝杯上げて、所持金オーバーの飲食してるであろう皆には、一週間牢で冷や飯食べてもらうくらいしてもいいかなって」
「……成程、すぐやりましょう」
うん、そうだよな。絶対あいつら金足りないくらいに飲み食いするもんな。
普段ならジェレンさんが途中で止めたり、ちょっとくらいなら補充をする形で現金を用意してたけど、今日はあいつらしかいない。やりたい放題した金額がどうなるかはわからないが、十中八九牢のお世話になるだろう。
このバンダナを賭けてもいい(賭けない)。
嬉々とした顔で書類をそろえて、処理のために移動するリド。私とジェレンもそれに続いて部屋を出る。次は蓄財室で財の移動と、立会人が見届けましたよの書類作成処理を行う。
アリリア? 言いたい事言って満足した顔で、長椅子で寝てるので放置だ。
必要な手続きを終えた頃には、空が白みはじめていた。
そろそろ朝番の窓口担当が出勤し始めたくらいの時間に、街の警邏隊士がギルドに訪れた。
ジェレンの予想通り、黒壁の剣の四人が所持金不足で牢にぶち込まれたらしい。
この街の冒険者証、パーティ証を持ってる人間が所持金不足で捕まった場合、蓄財があるかどうかをギルドに確認に来る事になっている。
蓄財がある場合、必要な金額を警邏隊士とギルド職員、ギルド責任者(ギルマス又は副ギルマス)の三人立ち合いで必要な金額を引き出し、それで足りれば釈放、と言う手順を取れるようになっているのだ。
今回の場合、黒壁の剣の蓄財はあるが、現在は処理中で財を動かせない状態になっている。
必要な財があるかどうかの確認が取れるのは一週間後だ。
確認した警邏隊士はその旨を伝えるために帰って行った。
手続き間に合って良かった良かった。
蓄財がなかった場合は、金額+罰金分を強制労働で済ませるわけだが、それなりの冒険者では強制労働なんぞさほどの罰にもならないしな…。
泣こうが喚こうが出してもらえない一週間を楽しんでほしい。
「さて、それでジェレンさんはどうするんだ?」
警邏隊士を見送った後、すがすがしい気持ちで朝ごはんを食べに食堂に来た。
一緒に、とついて来たジェレンもすっきりした顔をしている。
この後どうするつもりなのか、暫くゆっくりするんでも良いだろうけど…と思いながら尋ねる。話題に困ったとも言う。
目玉焼きをパンに乗せてもぐもぐしながら、ジェレンは視線を落とした。何か言いにくい事があるんだろうか?
「あの、オレ…アイギアさんとパーティ組めないかなって思ってたんです」
「うん?」
私は荷運びですけど?
焼いた腸詰を噛みちぎったまま、思案してしまう。
いや戦闘できないわけではないし、なんだったら以前はずっとソロで活動してたけど、ジェレンがそれを知ってこういう事を言っているとも思い難い。ジェレンがこの街に来るよりも前の話だし。
「最終的にはソロで冒険者やりたいなって思うと、アイギアさんみたいに色んな事を知りたいなって思ったのと、アイギアさんの傍は居心地が良くて…」
「ううん…ありがたいけど、私は戦闘員じゃないからな…知ってる事は教えてやれるけど、冒険パーティとしてはただの足手まといだ」
「それでもいいです…と、言うには、オレだと力不足なんですよね、変な事言ってごめんなさい」
「いや、そんな風に思ってもらえてうれしいよ」
眉を下げて笑うジェレンに、少し申し訳ない気持ちになる。
しかし、私には冒険者に戻る気はない。少なくとも、大切なあの子の行く末を見届けるまでは。ギルマスからの、ややかったるいパーティ監視依頼を受けたのだってそのためなのだし。
「ギルドの仕事は良い話なんですけど、少し他の地域にも行ってみようかなって思うんです」
「旅行か? いいんじゃないか、少しゆっくりしても」
「いえ、武者修行して、攻撃も強い治癒士になろうかなって」
「また大変そうな事を」
ジェレンは体格も良いし、動きも鈍くはない。大変そうではあるが、無理ではないだろう。
「でも、それができたらソロ活動も難なくこなせそうだな、がんばれ」
「はい、戻ってきたらまた一緒にご飯しましょう」
「ああ、待ってる」
それが、街を出て行く前のジェレンとの最後の会話になった。
思い立ったが吉日とばかりに、さっさと旅立ったらしい。
アリリアはショックで半日寝込んだ。半日後には体には問題ないんだからとリドに首根っこ掴まれて仕事に戻らされていた。そういうものである。
自己蓄財は、一年分の管理料を置いていったので、一年以内には一度戻ってくるつもりなのだろう。
次に顔を見る時が楽しみだ。
一週間後、黒壁の剣は釈放された。蓄財がある事を知らされて、確認をしようとしているようだが、説明されても良くわかっていないらしく、とりあえず財は貯まる一方らしい。良い事だ。
ただ、依頼の成功率は下がった。
当然ではある。戦闘時にジェレンがかけていた継続回復と、防御向上を自分達の力だと思っていたわけだから。
ナキナとキルフェはともかく、イジェークとレナータもジェレンがいなかった頃をすっきり忘れる程度の記憶力なのでしょうがない。
予想通り、大物や希少価値のある獲物に関する依頼を受けられなくなったので、私の仕事の次点重要事項だった依頼品横流し警戒についても黒壁の剣は対象外となった。
これで当分彼等と関わる事はないだろう。
スッキリした気持ちで、街はずれにある自宅に帰る。
ここ一週間、あの子の機嫌を取るために欠かさず手土産を持参しているが、連絡なく一晩放置した事をまだ許されていない。
「ただいまアイカ…!」
好物の魔牛肉のお高い部分を皿にうつし、捧げ持ちながら部屋に向かう。
扉を開けた途端、顔に柔らかい感触と衝撃が来た……まだご機嫌は直っていないようだが、これはこれでご褒美です…。
身を起こすと、アイカが肉を平らげた後の皿を蹴りよこす。
ちんまり座ったその姿は愛らしいウサギだが、角ウサギという立派な魔物だ。座った状態で私の腰くらいまでのサイズがあり、雑食。先ほど喰らった後ろ足での蹴りは、本気を出せば私の骨くらい簡単に砕けるだろう。
数年前、依頼先で依頼とは関係なく救ってしまった小さな命、かわいくてつい連れ帰ってしまったが、思ったより大きな命になってしまった。
アイカと名付けたこの子を保護し、養うために冒険者をやめ、特例飼育許可を得るためにギルマスの部下になった。
この子はどうやら特殊な個体に育ってしまったらしく、どう変化していくかもわからない。
ギルマスの知り合いの研究機関とも協力しているが、できるだけ長くこの子と一緒に暮らしたい。
そんなわけで、私はこの子の行く末を見届けるまで冒険者に戻る予定はないのだ。
数年後、アイカちゃんは野生に戻ってしまい(サイズオーバーで人間の住居から溢れた)、アイギアは泣く泣く冒険者に戻る事になったりする。かわいそう。
なんか書き始めで想定していた終わりと違うところに辿りついたけどそれはそれで。




