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ウルトラマリンハート  作者: 蛸山 葵
壹幕:玉森 眞人
8/11

EPISODE:08 誰にも縛られたくない人生。

ああ。

もう色々めんどくさくなってきたな。

何だ?転生って?

何故死んだ後に、こんな理不尽に苛まれねばならんのだ?

死ぬ直前にも、民の問題もすっぱり解決してやったじゃないか。

ついさっきも幼い娘をいじめから解放してやった。

誰よりも、善い行いを重ねてきたはずだ。

それなのに、この仕打ちとは。

私を、あるいは神などという見えざるものを崇める者には、心底同情する。

結局、人はどれほど善良に生きようとも、死ぬし、報われず、救われない。

今も、この瞬間もそうだ。

それに、今の私は彼女の家族でもなければ、息子でもない。

息子が全く違う異世界人だと知ったら気の毒だと、こんなどこの馬の骨だかわからん女の心配なぞして、気を遣っている私が気持ち悪い。

私はもう王子ではないのだ。

王子という役目、生き方にもうんざりしていたところだ。

私だって、誰かに縋りたかった。

好きに生きたかったんだ。


そうだ…。

私には律式がある…。

何故今までこんな猿に叩かれて我慢していたんだ…。

どいつもこいつも、今の私に助ける義理などどこにある…?

延髄でも掴んで、意識だけ奪ってやって、逃げてしまえばいい…。

もはやここで素性を隠しながら生きる必要はない。


「眞人、真香、答えて!大丈夫、わからんかったら病院で診てもらお?ママがついとるから!」


「兄上…。」


「……。」


『もしもーし?もしかして二人もヤバい感じー?』


「あかん。すぐ病院行こ。」


「やだ!あたし病院なんて行きたくない!王子!!なんとかしてください!!」


「ほら!王子ってなんやの!?この子の名前言うだけでええんや!あんたが飼う時に名前つけて、朝も散歩連れてってたやん!!ねぇ、言えるはずやろ!?」


私は静かに右手を首筋に添えた。

意識の奥底で律式が目覚める。

皮膚の下、血液、神経、内臓、魂を、何かが波打つように伝わっていく。


「呼んで真香!眞人!!」


そして、ゆっくりと右手を母の方へ伸ばした、


その時。




「きゃああああああああ!!!」




外から突然聞こえた甲高い悲鳴が飛び込んできて、思わず律式を引っ込める。


「なに!?今の悲鳴!?」


母はぱっと立ち上がり、子供部屋に走っていき、窓のカーテンをシャッと開く。


「え…。」


その声は震えていた。

窓の外を見て、口を手で抑える。


「何の悲鳴だ!?」


私と真香も同じように窓の外を見た。

視線の先、団地の中庭には、四人の男児を囲むように、大勢の大人達が取り巻いていた。


「あれ、真香と同じ小学校の子達ちゃう…?え?なに?どしたんやろ…。」


母はソワソワした後、慌てて家を飛び出していった。


「王子…、あれって…。」


「おかしいなあ…。手加減したはずなんだが…。」


親らしき大人達が、子供を泣きながら抱き起こし、声をかけ、揺さぶる。

だが、少年達は力なく垂れたまま、ピクリとも動く様子はなかった。


「もしかしてあの時…、こ、殺しちゃったんですか…?」


ノフィーナの声が震えている。


「んー。そうかもしれんな。」


「そうかもって…。ダメじゃないですか!!」


「思ったより、この国の者は弱く脆い生き物みたいだな。」


「そんな強く握っちゃったんですか!?」


「知らん。どうでもよいわ。」


「……っ、え…?」


「まるで私が悪いみたいな口振りだな?あいつらが悪いんじゃなかったか、ノフィーナ?貴様も言っていたではないか。」


「……、何をですか…?」


「寄って集る弱いものいじめがカッコ悪いと、地獄に堕ちればいいと、そう言っていたじゃないか。貴様のそのひしひしと迫るような熱き善意に、私が感銘し、地獄に叩き堕とした。それで、いざその通りになると、私が間違っていた、やりすぎだと言うのか?」


「それは…。」


「こう言うと、答えられなくなるのも、民共の悪い癖だ。だから王子なんぞ嫌なんだよ。」


またこのパターンだ。

やはり、もうこの世界では好きに生きよう。

ここを抜け出すには、今しかチャンスはない。


「その犬の名は、ロワだ。」


「……、知ってたんですか?」


私は、真香の机の上に飾られた下手くそな絵を指さした。


「転生する前の真香が描いた犬の絵だろう。そこに名前が書いてあった。」


「ほんとだ…。」


「その名を言えば、母にも言い訳は立つ。貴様はここで真香として、新しい人生を歩め。」


「王子、どこかへ行くんですか?」


「私は、誰も気にせず、成すがままに、有無も言われない、そんな縛られない人生を生きる。」


「王子……。」


「最後にこれだけ訊かせろ。本当にフィアノアという名に心当たりはないんだな?」


「…………はい…。」


「そうか。ならばいい。貴様は九歳にしては、なかなか肝が据わっている。強く生きろ。王子からの最後の命令だ。」


「……わかりました。」


私はそう言い残し、ノフィーナの視線が背中にそっと突き刺さるのを感じながら、静かに家を後にした。





その頃、団地の中庭。

少年の遺体を囲む野次馬に、眞人の母親が飛び込んでいた。


「何があったんですか!?」


「あ!真香ちゃんとこの…。中庭で遊びに行ったきり、なかなか帰ってこないから、窓の外から中庭覗いたらしいのよ。そしたら……。」


「四人共……?嘘やん……。もしかして、もう…?」


「心肺停止…、まるで魂を抜き取られたように……。」


「そんな……、なんで……」


「外的要因はないから、事件性は薄いとか言ってるらしいねんけどな…、そんなわけないやんな…。だって四人同時やで…、ありえへん…。」


眞人の母親と近所の住民は、泣き叫ぶ少年の親達を見て、驚愕呆然と立ち尽くしていた。


「豊!お願い!!返事して!!何があったのよーーー!!!!」


一人の男児の親は、何度も冷たくなった息子の名前を呼び、体を揺すり続けた。

見守る誰もが諦め、救急車に運ばれるのを待つしかない、その時、


「光、が…」


「豊!?豊!!!」


一人の少年の双眸(そうぼう)が、うっすら見開かれた。

その瞳は夜明け前の湖のように静かで、冷たく、底のない闇だけを映し出している。


「光が…空に…、飛行機が…、飛行機がいっぱい…」


「光…?飛行機が何なの!?豊っ!!救急車はまだなの!?」




「五番目の…運命…、ゴアンゼン…、フィア…ノア…、降臨…、転生……」



ほんのわずかに開かれ、紫がかって乾いた唇からは、それ以上、息すら二度と出ることはなかった。

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