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ウルトラマリンハート  作者: 蛸山 葵
壹幕:玉森 眞人
7/11

EPISODE:07 エビフライカレー。

私は右手を首筋に当て、律理(りつり)を溜めた。

そしていつものように拳を天に挙げた後、乳臭い小童共に向ける。


「その構えって!まさかテレウァン王子の律式!?」


「知っているなら、話は早い。」


この律式の構えをする度、ぞくりとした優越感が私の全身をひたひたに満たす。

左手も同様に構え、両の手を小指から順に折りたたんでいき、じわじわと力を込める。

すると、男どもは突然、股間を抑え込み、膝から崩れ落ちて悶え始めた。


「くっ…、あははははは!!見ろ!あいつら全員の金玉を掴んでやったぞ!!女の周りで芋虫のようにもがいておる!!無様だ!傑作だ!!」


私は人差し指と親指で輪を作り、くるくるとこねくり回してみせた。


「きゃああああーー!!王子こそハレンチですよ!!」


「お?ようやく私を王子と認めたな?」


「認めましたから!そのくらいにしといてあげてください!!」


「まだだ。これから面白いものが見れるぞ。」


「え…な、何する気ですか…?」


「男の金玉が破裂する瞬間を見た事はあるか?」


「ぎゃああああーー!!それだけはやめてください!」


真香は懇願し、私の両の手にしがみついてきた。


「ふん。まあいいだろう。潰れる様が見れないのは惜しいが、大事な民である貴様に免じて、奴らを許そう。」


私が手を離すと、小童共は泡を吹いて倒れていた。

いい気味だ。


「本当に、テレウァン王子なんですか…?」


「何度もそう言っている。」


「あの!テレウァン果樹園の事!ありがとうございました!どうしても、お礼言いたかったです!」


唐突に真香は深々と頭を下げた。

頭のつむじがくっきり見えるほどに。


「…急に、どうした?」


「おじいちゃん、本当に喜んでました!それからおじいちゃん、イキガイ?を見つけたって元気になって…!」


「生き甲斐…、私が与えたのか?」


「はい!」


…なんだ。

私の選択は間違ってなかったのか。

ハニヴァが以前言っていた、王子は民の希望とは、まことの事だったのか…。


「ノフィーナと言ったな。歳は?」


「九歳です!」


「ふむ。年相応の姿に転生したな。私は十二歳ほどだが、なぜ子供などに転生してしまったんだ…?」


「晩ごはん、できたでー!」


リビングから、あの女のやたらと響くでかい声が飛んできた。


「いいか?二人でいる時は、王子、ノフィーナと呼び合う。前世の名を忘れぬ為だ。だが、それ以外は兄上、真香だ。いいな?」


「はい!」


「それと、あの女のこともママと呼んでおけ。私も本当は口にしたくないが、母と呼ぶことにしよう。現状私達は、あの女の子だ。仕方ない。」


「優しいんですね、王子様って!」


その言葉に、トゥエリィの顔が浮かぶ。

今頃、彼女は私の死をどれほど悲しんでいるだろうか…。

胸の奥で締め付けてくるざわつきを抑えながら、私達はリビングに入った。


「いい匂いだ。」


テーブルの上には、エビフライカレーとやらの料理が置かれている。


「美味しそー!!」


「どれ、一口…」


スプーンを手に取り、口へ運ぼうとした瞬間、


パシン!!


「ぬっ!?」


手の甲を叩かれた。


「貴様は猿か!なぜいちいち私を叩く!?」


「まだいただきます言うてへんやろ!!」


「その儀式を私は知らんが、忘れたからと言って人を叩く理由がどこにある!?少し貴様は手癖が悪すぎる!!」


「兄上、母ですよ!忘れてます!!」


「あ、そうだったな…。」


「あんた達…、今日変やで…?ほんま、どうしたん?」


「どうしたと言いたいのは私の方だ。何故、母はそこまで我が子を必要以上に叩く?さては、私のことが嫌いだな?」


「アホか。こんな愛情たっぷり注いでんのに、嫌いなわけないやろ。」


「解せぬやつだな。」


「解せへんのはあんたや。急に人が変わったみたいに…。まさか中一になって厨二病ってやつ??メタレンジャーの影響!?」


「私はどんな影響があろうと、王子の責務を果たすのみだ。そっちこそ、その気色の悪い愛情表現は何に影響された?」


「ええ加減にしいや!!」


「あいだっ!!」


この女…、猿から生まれたに違いない。

そうとしか思えん。

それか虎の血を引いておる…。


「…、いただきます…。」


「いただきまーーーす!!」


一匙掬う。

刺激的でありながら、どこか懐かしさを孕んだ香りが鼻を打つ。

それを口に運び、舌を滑り、喉へと落ちた瞬間…、


「ぬぉっ!!?」


一口、もう一口と口へ頬ばる。

琥珀色の液体に染まる白い粒達の食感が心地よく、一口サイズに切られたエビフライとやらが、潮のような旨味を放ち、口の中で溶ける。


「美味しいっ!!」


真香が歓喜のあまり揺れる。


「まあ…、美味だな。」


認めたくはないが、召使いの飯と遜色ない旨さだ。


「珍しー。ご飯に感想言うなんて。」


母さんは驚いた表情で私達を見るが、その口元はわずかに上がっていた。


「おかわりだ。」


「ないわよ。」


プルルルル…!


突然、奇妙な音とともに、テーブルが揺れた。


「地響きだっ!!テーブルの下へ伏せろ!!」


「アホ。ママの電話や。」


「…でんわ?」


母さんは音の発する四角い物を手に取り、耳に当てる。


「もしもし瑠香?どしたん?」


『やばい!帰れんなった!どーしよ…。』


四角い物から突然、女の声が聞こえた。


「なんだその物体は!?どういう仕掛けで…!?」


「なんで?瑠香今どこおんの!?」


『大阪駅!知らんの!?今日本めっちゃやばいことなってるよ!!』


私の声は相変わらず母さんの耳には届いてくれず。


「え!?全線運行見合わせ!?」


「おい!私を無視するな!誰と話しておる!!」


『テレビでやってへん!?』


「なんやの今日はもぉーー!!」


「すごい!あたしもでんわ?してみたーーい!!」


「そんな小さな物で人と会話できるのか?革命的じゃないか!!私にも見せろ!!」


『ほんまやばいねんて!もうどーしたらいいんーーー!!』


「ワン!ワン!ワァン!!」


バンッ!!!


「うるさぁぁーーーーい!!一回全員黙って!!」


「「はい…」」


『はい…』


「ワン…」


またこの女の凶暴な一面が現れた…。

虎のような息遣いで、今度は長細い物を手に取り、テーブル前の黒い置物に向けると、突然それが光りだした。


「今度は何…」


私は思わず口から出た言葉を、喉で飲み込んだ。


『次のニュースです。本日午後四時ごろから現在にかけて、全国で極めて異例の集団的異常行動が確認されています。

この事象は、国内すべての都道府県で確認されており、警察や消防への通報は通常のおよそ九倍に達しています。』


「…は?なにこれめっちゃ怖いやん。」


『多くは家族の様子が急におかしくなった、まるで別人が乗り移ったように振る舞うといった内容が、家族や関係者の通報が相次いでいます。

現時点では一部で精神疾患の集団発症、あるいは何らかの意識障害とみられています。

政府関係筋によりますと、対象となった人々の外見に変化はないものの、内面、言動、記憶、語彙、時には人格そのものが入れ替わったような兆候があり、一部の専門家からは、自己同一性の喪失が急性に発症している可能性や、未確認の精神現象の可能性が指摘されています。』


「兄上…、これまさか…。」


絶句した。

黒い置物に映る謎の技術にではない。

この事例は間違いなく我々の今置かれている状況とまるっきり一致している。


『この現象により、以下のような被害が確認されています。

一部の運転士の挙動がおかしくなったことや、ホームの混雑による緊急停車、関西圏では三十路線以上で運行停止。

重大事故は確認されていないものの、駅構内の混雑により約十四万人に影響が出ています。

教員、看護師、保育士など専門職において急な人格変化により、児童・患者の安全が確保できない状態が一部で発生。

文部科学省と厚生労働省は午後六時、全国の全公立学校に対し、明日の一時休校を要請しました。

政府は午後七時、緊急対策本部を設置。

総理は、「これは未曽有の事態であり、人命の保護と秩序の維持を最優先に対応する」と述べ、今日午後十時頃を目処に、全国民に向けた緊急記者会見を行う意向を示しました。』


この世界のことはまだ、ほとんどわからない。

だがそこには、混乱の最中にある街の映像、自分の家族が急に他人のような素振りをすると訴える、色んな人の困惑した表情が映し出され、事の深刻さを増させた。


母さんが手に持っていたでんわを微かに震わせながら、私達の方へ振り向いた。


「あんた達…、さっきからの変な言い回しってまさか……」


母さんの瞳に、私達が映る。

見つめているのは、息子ではなく、何者かを見る目だった。


『もしもしママ?聞いてるーー?』


母は、でんわで話していた瑠香と名乗る女の声を無視し、トイプードルを抱きかかえ、真香に問う。


「あんた達、この子の名前を今すぐ言いなさい!!」


「えっ…。」


一瞬で、リビング中の空気が凍りついた。


「真香、あんたが名前つけたんやで!わからんわけないやんな!?」


「……。」


まずい…。



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