EPISODE:05 夕陽に染まる家路。
「おい。」
「……。」
「…おい!」
「親に向かって、おい!とか言う人とは口聞きません。」
「貴様、何回も言うが、私の母上は貴様のように手癖の悪い女ではない!」
「うっさいなあ!電車の中やで?静かにしてや。変な目で見られるやんか!」
瞬間湯沸かし器のように、怒りを爆発させている、私の母と称する女は、隣に立っている私の顔を見ようともせず、窓から差し込む夕陽を見ながら、電車という鉄の城に揺られている。
「答えろ。なぜ頭を叩いた?」
「言う事聞かんかったからやんか。ちゃんと言う事聞く子やったらママは叩きません。てかさっきからあんたのそのイラっとくる口調何なん?メタレンジャーに出てくる悪役か何かの真似?」
「何を言っているんだ?この女は?」
私は、窓にへばりついて熱心に夕景色を眺めている真香に訊いてみる。
「あたし知らなーい。」
真香は窓の外から目を離さず、淡々と背中で返事をする。
「この電車とやらで、私をどこに連れていく気だ?」
「どこも行かんわ、帰んねん。」
帰る。と言うからには家だろう。
だが、私の家である律塔堂であるはずがない。
ふと、意識が途切れる前の出来事を思い出す。
「転生とか言っていたか…?あの小娘…。」
意識が途切れる瞬間、真香にそっくりな少女が言い放った「てんせい」という言葉に、私は聞き覚えがあった。
「輪廻転生…。生命とは死と生を何度も繰り返すものと父上から聞いた事がある…。まさか私はあの時、死んだのか?ならば、あの少女は死と生を導く巫女か何かだっだとでも言うのか…?だとすれば、この異国の世界は……」
異国などではなく、まるっきり別の世界という事になる…。
頭を使いすぎて疲れてきた。
「やっぱあんた、メタレンジャーの見過ぎやろ…。」
「ところでだ。目の前の席が空いているのに、なぜさっきから私が座る事を阻む?」
目の前の座席には、一人分座れるスペースがあからさまに空いている。
だが、立っている者が多い中、誰もそこに座ろうとはしない。
王子である私の事を知り、わざと空けてくれてるのでは?と思ったのだが、どうもそうじゃないらしい。
座ろうとするも、隣の女が私が座る事を頑なに拒否する。
「優先座席て書いとるの見えへん?」
「優先されるべき者が座るのではないのか?ならば尚更、その資格がある、王たる私が座るべきであろう。」
「王って何の話やねん!いいから、書いとるとこよく読んでみ。」
「……、この席を必要とされる方におゆずりください。とあるが?」
「もう答え言うとるやんか。自分で。」
「今、この席を必要とする者、それは頭を使いすぎて疲れている私じゃないのか?」
「ママもあんたの変なモノマネに付き合ってると頭疲れるわ…。お年寄りの方、身体が不自由な方、妊婦の方って書いとるやろ?」
「見よ。あそこに座ってる者は、まだ私より若いし、至って健康そうだ。もちろん妊婦でもない。あれはどうなのだ?」
「どこがあんたより若いんや。どう見ても一回りは上やろ。うちらは元気やからええの。あの人は関係ない。よそはよそ、うちはうちや。」
「何を言ってるのか、さっぱりわからん。解せぬ。」
「こっちの台詞じゃ!」
結局座る事は叶わなかったが、目的地に着いたらしい。
私達は電車から降りることになった。
先ほどまでいた、オオサカエキと呼ばれる都市部とは打って変わり、夕陽が儚く照らす、物静かな街へ出る。
前を歩く二人の後ろ姿を見て、私はようやく、ほんの少しだけ自分の置かれている状況を、客観的に見ることができた。
地響き、大地へ舞う光、輪廻転生、異国の世界。
自分は目の前にいる女の息子、眞人という少年に転生したのだ。
しかし、多くの疑問が残る。
輪廻転生という現象は、前世の記憶を引き継げるものなのか?
だが、テレウァンとして生きていた時の事はつい昨日のことのように鮮明に覚えている。
だとすればなぜ、私がテレウァンとして生きていた時、前世の記憶を持ち得なかったのか。
テレウァン王子という存在が、最初の命だったとすれば辻褄は合う。
だがそれならなぜ、私は生まれたばかりの赤子ではなく、眞人という、すでに人生を積んでいた少年として転生したんだ?
女は毒はあるが、私を当然のように母親として接している。
彼女からしてみれば、眞人は最初から息子なのだ。
じゃあ、仮に私が本当に転生なんてものを、今現在経験しているとしたら、私が転生する前の、元の眞人はどこへ行ってしまったのか?
眞人の妹らしい真香も然り、同じ境遇である。
あいつも、テレウァン果樹園を耕していた家族の娘という記憶を持ち合わせていながら、姿形を変えて私の目の前に存在している…。
他にもこんな境遇のやつがいるのか…?
父上やトゥエリィ、ハニヴァやニニ達も…。
そんな憶測を頭の中で展開させていると、奇妙な罪悪感に苛まれた。
「何してんの!眞人!……眞人!!」
「ん?あ、私か。」
「ぼーっとしてへんと、はよ帰るよ!」
振り返ると、女が奇妙なものに跨っていた。
「な、なんだそれはっ!!」
「何って?何?」
「貴様が器用に跨っている、その奇天烈な椅子だ!」
「チャリが…、何?」
「それは…、動くのか!?」
「いちびってんと、あんたもはよ乗って!帰るで!」
「ったく、何をそんなに急いでおるのだ…。」
女が指を指す先に、小さめの青いチャリなる乗り物が停めてあった。
おそらく、眞人のものだろう。
私は試しに跨って、見様見真似で漕いでみる。
「ちゃんとヘルメット被りや!」
「ヘルメット…、これか。」
ヘルメットとやらを被り、再度漕いではみるが、
「うわっ!!」
ドサッ!
ドサッ!ドサッ!
いくら挑戦しても、漕ぎ出す度に地面に叩きつけられてしまう。
「何してんの!?何で何もないとこでこけてんのあんた!」
女が笑う。
「見て見て!あたし乗れてるー!!」
真香がぐるぐると自転車で回転しながら、私に煽るように見せつけてくる。
こんな屈辱は生まれて初めてだ。
「クソッ!あんな小娘にできて、私にできない事などあってたまるか!!」
ドサッ!
ドサッ!!
ズザザァ…
私は被っていたヘルメットを地面に叩きつけた。
「やっていられるか!」
結局チャリは押して帰る事にした。
王たるプライドを引きずりながら。
ゴーーーー…。
「ん?」
上空で空気を切り裂く重低音が、腹に圧力をかけられるように響いた。
「何だこの音は…?」
真香も音に気づいたのか、突然チャリを止め、空を見上げる。
朱に染まりかけた夕暮れ空に、豆粒ほどの銀の影が一つ、二つ、三つ、だんだんと多くなっていき、やがて空を覆うほどに右から左へ飛んでいた。
「あの飛行する物体はもしや…!?」
それは、転生する瞬間に見た、大地から光を吸い取り、空を浮遊する巨大な物体だった。